ブラック企業社員がアイドルになりました   作:kuzunoha

41 / 101
第33話 わくわく林間学校

「今日も一日頑張ったぞい……」

 無事午後の授業を乗り切りました。食後の一番眠い時間帯に古文とかマジ勘弁です。

 このところ夜遅くまで内職をしていますので眠気が中々取れないんですよねぇ。秘孔を突けば一発ですが、そういう無理はしないよう家族と約束しているので気軽には出来ないのです。

 

「いや、まだ色々と残ってますけど……。それに今日は買い出しもあります」

「そちらは楽しみがありますからいいんですよ」

 学生の本分は勉強なので授業は真面目に受けますが、古文を学んでも社会に出て役に立った記憶がないので中々モチベーションが上がりません。

 隣の席の乃々ちゃんとお喋りしていると間宮先生が教室に入ってきました。

 

「皆お疲れ様! 朝も少し話したけど、明日から一泊二日の林間学校よ! 遅刻したら参加できないから、絶対に遅刻しないようにね!」

「は~い……」

 心のこもっていない返事が教室内に響きます。

 

「もう、そんな調子でどうするの。地域の環境美化活動と豊かな大自然での野営体験を通じて心の力を鍛えて、社会に貢献できる立派な人材になるのよ!」

「もっともらしいことを言ってるけど要はゴミ拾いじゃないか。それでテンション上げろって言われても難しいだろ」

 先生の力説に美玲ちゃんが反論します。皆の不満を代弁してくれました。

 うら若き乙女――それもアイドル達が雁首揃えて掃除というのは何とも花がありません。同じ慈善活動なら白鷺園でチャリティーライブをやりたいです。

 

「気持ちはわかるけど、学校の決まりなんだから仕方ないでしょう? 確かに地味で退屈かもしれないけど、皆で飯盒炊飯やお泊りするなんて楽しいじゃない。ああ、そういえば休んでいた子もいるから、これからの流れを改めて説明した方がいいわね。じゃあ七星さん、説明をお願い」

 不満の矛先を私にずらしてきやがりました。しかし裏取引の件がありますからこれくらいの苦労は仕方ないでしょう。

 

「わかりました」

 教室の前に出ていき説明を始めます。

「今回の林間学校は四人毎のチームに分かれての参加になります。このクラスでは当日十二名が参加する予定なので、チームが三つできる形になります。チーム分けはクラス全体での相談を踏まえ、私の方で総合的に判断しました」

 チーム分けの話し合いはしっちゃかめっちゃかでしたので、勝手に分けさせてもらったのです。あのままでしたら一生決まらなかったでしょう。

 

「まず、愛海ちゃん、幸子ちゃん、晶葉ちゃん、美玲ちゃんで一チームです。幸子ちゃんがいますので、チームキュートと命名しました」

「カワイイボクがいますから、妥当なチーム名ですね。フフーン!」

何か言っていますが相手にすると進まないので無視しました。でもあれだけ自分が好きになれるのは一つの才能でしょう。私なんて自分のことが世界で一番嫌いですから羨ましいです。

 

「続いて紗南ちゃん、光ちゃん、鈴帆ちゃん、ナターリアさんでもう一チームです。元気な子が多いのでチームパッションと付けさせて頂きました」

「ヒーローに必要なのは勇気と元気だからな! 元気の良さなら負けないぞ!」

 光ちゃんが大きな声を張り上げました。うんうん、やはり子供は元気なのが一番です。

 

「そして乃々ちゃん、蘭子ちゃん、七海ちゃん、私で最後の一チームです。落ち着いていて大人びた子が多いので、チームクールと名付けさせて頂きました」

「……クール?」

 皆なぜか困惑します。蘭子ちゃんと乃々ちゃんは私同様、気品があって落ち着いていますからどう見ても属性はクールでしょう。七海ちゃんはちょっと子供っぽいところがありますからクールとは少し離れてしまっていますけどね。

 

「明日のスケジュールですが、まずバスで現地に到着してからお昼ご飯を頂きます。そして清掃活動をした後に飯盒炊飯をして、テントの設営をします。テント張り等普段慣れない作業を行いますから、怪我をすることの無いよう十分に注意して下さい」

 そう言うと「は~い!」という元気な返事が返ってきました。

「そして飯盒炊飯のメニューはキャンプの定番であるカレーです。生徒の自主性を育む為、材料の買い出しからやらなければなりません。この後仕事がない子達で買い出しに行きますので、勝手に帰らないようお願いします」

 説明を一通り行った後、皆で最寄りの大型スーパーに向かいました。

 

 

 

 スーパーに着くとチームに分かれて食材の買い出しをします。カートを転がしながら材料をカゴに入れていきました。

「玉ねぎ、じゃがいも、茄子、赤パプリカ、ズッキーニは入れましたから、後はお肉ですか」

「緋色の二年草が足りぬようだが?」

「朱鷺ちゃんは人参が本当に嫌いですから……」

「あれは人が食するものではありません。お馬さんに与えておけば良いのです」

 人参農家の方には大変申し訳ございませんが、あの微妙な甘さといい食感といい絶対に受け入れられません。それにとても嫌な思い出もありますから本当に苦手なんですよ。

 世の中に水と人参しかなくなったら、私は喜んで死を選ぶでしょう。

 

「スイスイ~♪」

 お肉コーナーに移動する途中、七海ちゃんが何かをそっとカゴの中に入れました。投入されたものを見て思わず固まります。

「……七海ちゃん、これは何でしょうか」

「白子れす~!」

 満面の笑みで回答します。……軽く眩暈がしました。

 

「何を作るのか、わかってますよね?」

「もちろんカレーに決まっているじゃないれすか~」

 思わず両手で彼女の頭部をがしっと掴みました。

「どこの世界に白子をカレーに投入する阿呆がいるんですか!」

「だって、鱈の白子はお鍋にとっても合うじゃないれすか~。カレーはお鍋に似てますから、きっと合うに決まってましゅ!」

「全然違います! 早く戻してきて下さい!」

「残念れす……貴重なおさかな成分が……」

 ひどく落ち込んでしまいました。正しいことをしたはずなのに物凄く罪悪感が沸きます。

 

「……分かりました。七海ちゃんの意向を汲んで、うちのチームはシーフードカレーに変更したいと思います。乃々ちゃんと蘭子ちゃんもそれでいいですか?」

「は、はい……」

「我を満足させるものであれば、種別は問わぬ」

「本当れすか! ありがとうございます~」

 七海ちゃんに笑顔が戻ったので一安心です。

 その後は魚介類を吟味します。冷凍品や缶詰を上手く組み合わせることで、当日持っていけるような構成にしておきました。

 

「後はカレールーですか」

「いえ、ルーは必要ありませんよ」と言うと皆の頭の上にハテナマークが浮かびました。

「最近は市販のルーも美味しくなっていますけど、せっかくの機会ですから私が調合します」

「朱鷺ちゃんはスパイスの調合もできるんれすか~。凄いれす~」

 

 私の数十ある職務経歴の中には、個人経営のカレー屋さんも含まれているのです。

 試行錯誤した結果生み出したオリジナルカレーはお客様に大変好評でした。ことカレーに関してだけはお母さんにも負ける気せえへんのです。

 ブラックカレーよりも黒いブラック個人商店でしたので結局辞めましたけどね。24時間ワンオペは流石の私でもギブアップしました。

 

 でも私の調合は誰にも再現できなかったようで、辞めて直ぐに潰れました。あの時は立ち飲み屋で一人祝杯を上げましたっけ。

 まぁそんな過去のことはどうでもいいです。今回のシーフードカレーに合うカレー粉を調合しましょう。

 

「皆さん、辛さの好みはありますか? なければ私の好みに合わせて辛口にしますけど」

「凄烈な刺激は我の望むものではない。禁断の果実と鋭き針を携えた蟲の蜜との融合による一品。それと同様の慈愛を所望するわ」

「蘭子ちゃん、ちなみにおうちではどのカレールーを使っていましたか?」

「パ、パーモントカレーの甘口です……」

「……辛さは控えめにしておきますね」

「うん、ありがと……」

 重度の中二病ですが味覚は完全にお子様でした。でもそんなところがとっても可愛い。

 

 買うものを揃えてレジに行くと他のチームと合流しました。

「お疲れ様です。そちらも食材が揃ったようですね」

「ウチらの食べたいものは揃ったぞッ」

「こっちも完璧ばい!」

 美玲ちゃんと鈴帆ちゃんが胸を張りました。買い物途中では出会いませんでしたが、どんな食材を揃えたんでしょうか。気になったのでカゴの中を覗きます。

 

「……貴女達はいったい何を考えているんですか」

 チームキュートのカゴにはスナック菓子やチョコレート菓子がぎっしり詰められています。

 一方、チームパッションのカゴにはゲームキャラのフィギュアが付属した食玩やヒーローソーセージ、辛子明太子、バナナ等カレーの具材として疑問符が付くものがブチ込まれています。

 

「カレーの具材を買いに来たのに、何でお菓子しか入ってないんですか!」

「女の子同士でお泊りだと思って色々買ってたらかなりの量になっちゃったんだよ。その上カレーを食べたら太っちゃうから、もうカレー要らないじゃんって結論になって」

 愛海ちゃんが悪びれずに答えます。

「飯盒炊飯も授業の一環です。お菓子を買うなとは言いませんから、量を減らしてカレーの材料を買って来て下さい」

「ええ~!」

「断ったら一生登山ができない体にしますよ」

「わ、わかったって!」

 渋々お菓子コーナーに戻って行きます。いやはや、危ないところでした。

 

「そしてこちらの具材は何なんですか。明らかにカレーの具ではないでしょう!」

 今度はチームパッションに問いかけました。謎チョイスの真意を確かめねばなりません。

「普通にカレーを作っても誰もウケないって鈴帆ちゃんが言うから、とりあえず好きなものを投入する闇カレーにしようって話になったんだ。だからアタシはヒーローソーセージにした!」

「芸人として、何のボケもないカレーなんて作れんたい!」

 観客がいないところでボケてもあまり意味はないと思うんですけど。

 

「食事とは生き物の貴重な命を頂くことです。ですから食べ物で遊んではいけません。そんなことをしているとボケやツッコミの前にBPOに審議されてしまいますよ」

「くぅ! BPOが相手では分が悪いたい……。分かったばい、真面目に作るとよ」

 鈴帆ちゃんが肩を落として食材売り場に戻って行きました。流石芸人殺しのBPOです。

 

 林間学校の準備段階でこのザマとは先が思いやられます。先生が私を学級委員長にした理由がよくわかりましたよ。放置していたら白子カレーに闇カレー、挙句に調理拒否という惨状でした。明日以降も気を引き締めて行かなければいけません。

 

 

 

 そして林間学校当日になりました。

 観光バスに乗り、某県の自然豊かな地域に向かいます。二時間ほどして、美城学園が所有している研修所に辿り着きました。バスを降りると軽めのストレッチをして固まった体をほぐします。

 今回の林間学校は普通クラスの子達もいますので、結構な大人数でした。元男性としては肩身が狭いような気がしてしまいます。

 

 研修所内で早めの昼食を頂いた後、皆と雑談していると集合がかかりましたので集まります。

「それではこれより社会貢献として近隣の美化活動を行います。事前に決められたグループに分かれて清掃を始めて下さい」

 先生の言葉を受けて各グループに分かれます。ゴミ拾い用のトングとゴミ袋が渡されたのでチームの子達に配りました。

 

「こういうトングを持つと意味なくカチカチやりたくなりますよねぇ」

 そう言いながらカチカチ鳴らして威嚇をしました。パン屋さんでは毎回やってしまいます。

「ああ~よくわかります~」

 七海ちゃんもカチカチ鳴らします。蘭子ちゃんもつられて鳴らし始めます。

「皆さん、早く掃除しないとよくないと思うんですけど……」

 乃々ちゃんに止められるまで威嚇合戦が続きました。

 

 その後は各グループで掃除をしていきます。

 この辺りは合宿用の寮や企業の保養所、キャンプ場、バーベキュー場が密集しており、結構ゴミが多いので見つけ次第ゴミ袋に放り込んでいきます。

 危険な場所に違法駐車している迷惑な車が何台かありましたので、一ヵ所に集めて警察に通報したりもしました。そうするうちに集合時間になったので、研修所前の広場に戻ります。

 

「はい、皆さんお疲れ様でした。今年も沢山のゴミを回収することができ、地域住民の方のお役に立つことができたと思います。休憩をはさんで飯盒炊飯になりますので、集合時間になったらまた広場に集まって下さい」

 先生の言葉を聞き終わるや否や、周囲が一気に騒がしくなります。

「ん~!」

 思いっきり背伸びをしました。やはり軽く運動をすると気持ちがいいです。

 社会貢献とか尤もらしいことを言っていましたけど、研修所の清掃費用を浮かせようという魂胆が丸見えですよね。

 

「朱鷺ちゃんは凄かったれす~! 片手で4トントラックを持ち上げる姿はとってもカッコ良かったれす~!」

「いえいえ、大したことはないですよ」

「それが大したことないとか、いったいどういう神経をしているんですかねぇ……?」

 幸子ちゃんがため息をつきました。ちょっと持ち上げて移動させただけなのに。

 

「せっかく休み時間ですから新しい遊びをしましょう。そうだ、ヒモなしバンジージャンプとかどうでしょうか、幸子ちゃん?」

「それただの投身自殺ですよ!」

「ぐちゃっと地面に激突して潰れたトマトみたいになる前に助けますから大丈夫です。さぁ、さっそくチャレンジしましょう!」

「ちょっと、誰か助けてください!」

「あはは、待って~」

 結局休み時間は全力で逃げる幸子ちゃんを追いかけるだけで終わってしまいました。

 

 

 

 次はいよいよ飯盒炊飯です。チームクールの四人で集合し、役割分担を決めました。

「飯盒でお米を炊く係は乃々ちゃん、カレー作り係は蘭子ちゃんと七海ちゃんにお願いします」

「朱鷺ちゃんは何をするんですか……?」

「私もカレー作り係ですが、ほかのチームの進捗を確認する係も兼務します」

 昨日の買い出しでかなり不安になりましたから、美味しく食べられるものが作られるのかチェックしたいと思います。

 これも学級委員長の務めです。私の目が黒いうちはムドオンカレーは作らせません。

 

「もちろん、こちらの進み具合も都度確認しますので安心して下さい」

「それなら良かったれす~」

「ならば勝利が約束されたも同然ね。全てを支配下に置こうとするとは、虚像達の盟主にふさわしい行動ぞ」

「早速他チームの視察に行きますので、材料の下ごしらえをしておいてくださいね」

「は、はい……」

 

 乃々ちゃん達を後にして、まずはチームキュートの調理場に来ました。すると早速大問題です。

「皆さん、何をされているんですか……?」

「ババ抜きだよ。朱鷺ちゃんもやる?」

 四人揃ってトランプで遊んでいました。こ、この子達は……。

「何で遊んでいるんですか。早くカレー作りをして下さいよ!」

「いや、今も作っているよ。ほら、それ」

 愛海ちゃんが指さした先には大きな機械が鎮座しています。それは晶葉ちゃんが持参したロボットでした。

 

「ふっふっふ。これこそ、この私が制作した特製ロボット――これ一台でカレー作りと炊飯ができる全自動カレーライス製造機、コレイチ君だ!」

 晶葉ちゃんが無い胸を張りました。何のロボットなのか不明でしたが、カレー作り用のロボットだったんですか。ネーミングが若干アウトのような気がしますが、面倒なので突っ込むのは止めておきましょう。

 

「間宮先生から使用許可をもらっていますよ。最初は注意されましたが、『旅のしおりにロボットでカレーを作ってはいけないという決まりはないので問題ないはずです!』と主張したら『分かりました』と言ってくれました。

 今の朱鷺さんみたいに疲れた顔をしてましたけど、何かあったんですかね?」

 どうやら先生もさじを投げたようです。ならば私も口出しするのは止めておきましょう。

「そうですか。では適当に頑張って下さい……」

 

 その場を立ち去り、今後はチームパッションの調理場に向かいました。

「お疲れ様です。こちらの進み具合はいかかでしょうか」

「あっ、ビームちゃんだ。こっちは超順調だよ。何たってナターリアちゃんがいるからね!」

「~~♪」

 紗南ちゃんの言う通り、ナターリアさんが手際よくじゃがいもの皮を剝いています。とても手つきが良いので、料理上手なことが直ぐに分かりました。

 

「くぅ~! 目に染みるたい!」

 その横では鈴帆ちゃんが涙目で玉ねぎを切っています。ベタなリアクションを欠かさないところは流石芸人といったところでしょうか。アイドルなのか芸人なのかこれもう分りませんね。

「トキ! どうしたんダ?」

「ちゃんと調理できているか視察に来ましたが、杞憂だったみたいです」

「コッチはナターリアがいるから大丈夫だヨ! 特製の美味しいカレーをつくるからネ!」

 弾ける笑顔で答えてくれました。このチームの良心として組み入れた私の目に狂いはなかったようです。

 この状況なら闇カレーが生まれることはないでしょう。安心して調理場を後にして、チームクールのところに戻りました。

 

「只今戻りました。ここからは私も参加します」

「よろしくお願いします~」

 下ごしらえは済んでいましたので、煮込み鍋にオリーブオイルを引き具材を炒めていきます。頃合いを見て水を投入し、煮立ってきたところで特製のカレー粉を少しづつ入れていきました。

 底を焦がさないように良く混ぜながら煮込むと、スパイスの香りが周囲に広がります。香りも料理の大事な要素ですから、良い香りがするようにスパイスの調合を頑張りました。

  オーガニックの最高級品スパイスをケチらず使っていますので、市販のルーでは絶対に真似できません。

 

 カレーを小皿によそって味見をします。

「うん、美味しい!」

 魚介の旨みがよ~く出ています。これは正に究極のシーフードカレーと言えるでしょう!

 スパイスも今日の具材に合ったベストな調合です。これ以上具材が混ざると一気に魚臭くなってしまうんですよね。スパイスを調合する際にはこのバランス調整が大変です。

 もしこれ以上何かを足すような奴がいたら八つ裂きにしてやりますよ。ははは。

 

「そろり、そろり……」

 出来栄えに大満足していると、七海ちゃんが挙動不審になっているのに気づきます。その眼光が怪しく光ったような気がしました。

「今です!」と叫んでカレー鍋に何かを入れようとしたので、瞬間移動してその動きを封じます。

「……何を入れようとしているんですか」

「白子……」

 有無を言わさずアイアンクローをかましました。

 

「いたい、いたいれす~!」と必死に抗議します。殆ど力を入れていませんので痛いはずはないんですけど。

 ガンダムファイトっぽく、このままダークネスフィンガーで頭部を破壊して完全勝利したい衝動に襲われましたが、何とか自分を抑えて解放しました。

「下茹でした上に冷凍までして持ってくる執念には恐れ入りましたけど、このカレーには合いませんのでボッシュートです」

 例の効果音を口ずさみながら白子を取り上げました。まさか最大の問題児が同じチームにいるとは思いませんでしたよ。正に獅子身中の虫です。

 

「ううぅ……ひどい……」

 酷く落ち込んでしまいました。まるで私がいじめっ子みたいで良心が痛みます。

「わかりましたよ。カレーには入れられませんが、別に調理して副菜にします。それでいいですよね?」

「わ~い、やった~!」

 この可愛い笑顔には弱いです。それに食材を無駄にすることは私のポリシーにも反しますから仕方ありません。軽くソテーにでもすれば美味しく頂けるでしょう。

 

 

 

 乃々ちゃんのお蔭でお米の方も無事炊き上がりましたので、カレー鍋と一緒に大テーブルに持って行きます。チームパッションとチームキュートも無事完成したようなので、クラスの皆で一緒に頂くことにしました。

「ナターリアさん達のカレーはちょっと変わっていますね」

 カレーには普通使わない黒い豆や豚の耳みたいなお肉が入っています。

「ナターリア特製のブラジル風カレーだヨ~♪ ブラジルの国民食、フェジョアーダ風にアレンジしたんダ~!」

 フェジョアーダとはブラジルの代表的な料理で、黒豆とお肉を煮込んだ料理です。ブラジル国民にもっとも親しまれている料理だと以前ナターリアさんが言っていました。だから黒豆等が入っているんですね。カレーアレンジはとても美味しそうです。

 

 一方、晶葉ちゃん達のカレーも個性があります。

 ホクホクのじゃがいもと艶やかな牛肉。そして飴色の玉ねぎと忌々しい人参。そう、これはまるで……。

「これどうみても肉じゃがなんですけど」

「コレイチ君の設定を間違ってな。カレーのつもりが肉じゃがになってしまった……」

 確かに材料は似ていますから肉じゃがができてもおかしくはないですが、それでいいんでしょうか。

「せっかくキャンプなんだからカレーも食べたいな~」

 紗南ちゃんがこちらをチラチラ見ながら不満をこぼします。

 

「では、三チームで調理したものを分けて食べるというのはいかがでしょうか? それなら色々な味が楽しめますし、カレーと肉じゃがが両方食べられますよ」

「賛成~!」

 私の提案は満場一致で可決されました。カレーと肉じゃが、そして副菜の白子ソテーを取り分けます。

 

「頂きます!」と全員で発声してから食べ始めます。

 フェジョアーダ風カレーはスパイシーさはそれほどありませんが、豆の汁と豚肉の脂がジューシーに絡み合っています。まろやかな上クリーミーで非常に美味しいです。

 ナターリアさんにレシピを教えて頂いたので、家で作ってみましょう。

 肉じゃがは味がよく染み込んでいます。こちらはあっさり味で、素材の味が楽しめる優しいタイプの肉じゃがで美味でした。人参が入っていなければなお良かったです。

 

「このシーフードカレー超美味しい~!」

「スパイスの調合が絶妙だな。コレイチ君にインプットできないものか……」

 こちらのカレーも非常に好評で良かったです。七海ちゃんにアイアンクローをかました甲斐がありました。

 

「この白子のソテーも美味しいね。そう言えば、白子って魚のどの部分なの?」

「白子はれすねぇ、おさかなさんの精そ……もがっ!」

「まぁいいじゃないですか。どこであっても美味しいんですから」

 精巣だとバレると恥ずかしがって食べなくなるかもしれないので伏せます。

 私的には何だか共食いをしているような気がしますけどね。生まれ変わりの際に汚れたバベルの塔はボッシュートされてしまいましたので、正確には違いますが。

 

「ごちそうさまでした~!」

 全て完食しました。食材になった生き物たちもこれだけ綺麗に美味しく食べられれば浮かばれたことでしょう。その貴重なお命は決して無駄にしません。

 

 

 

 後片付け後はテントの設営を行います。四人用にしては大きいテントを張り終える頃には日がどっぷりと暮れていました。

 その後キャンプファイヤーやフォークダンスのイベントをこなしていると就寝時間が迫ります。

 

 当然大人しくしているはずもなく、クラスの皆で一つのテントに集合しました。大きいテントですが、十二人入るとぎゅうぎゅう詰めです。

「せっかくのお泊りなんですから、皆で恋バナでもしませんか?」

 お菓子を食べながら雑談をしたりトランプで遊んだりしている中、唐突に切り出しました。何だかお泊り会らしいことをしてみたくなったのです。

 皆の意中の人も知りたいですしね。そしてその相手が彼女達に相応しくない奴だった場合に備えて準備をしておきたいのです。

 

「誰か好きな人がいる子はいませんか?」

「ナターリア、P(プロデューサー)のこと大好きだヨ!」

 元気一杯に答えました。ですがナターリアさんが担当のPさんを好きなことは346プロダクション内では周知の事実なので、ここだけの話という感じはしません。

 担当Pさんは優しくて有能ですし、素行にも問題はないので合格です。もし問題があったら始末しなければいけなかったので良かったですよ。

 

「他にはいませんか?」

「…………」

 辺りが静寂に包まれます。妙な緊張感が周囲に漂いました。

「恋バナと言っても女子校ですからねぇ。そもそもの相手がいないですよ」

「同年代に拘る必要はありません。ナターリアさんみたいに担当のPさんだっているじゃないですか」

「そういう朱鷺はどうなんだ? Pと仲がいいじゃないか!」

 光ちゃんが質問を返してきました。

 

「いや、アレは無いです……」

 私はゲイではないので男性に興味はありません。駄犬なんて更に無しです。種族すら違います。

「あ~、確かに……。ワンちゃんは良い人だしゲームに付き合ってくれるから好きだけど、恋愛対象じゃないな~」

「右に同じだ。犬神は助手としては有能だが、男としてはな……。優しい親戚のお兄さんという感じしかしない」

 紗南ちゃんや晶葉ちゃんも犬神Pの担当アイドルですが、ものの見事に振られました。いるんですよねぇ、良い人なんですけど恋愛には発展しない方って。

 

 その後暫く恋バナをしましたが、結局ナターリアさん以外は意中の方がいないようでした。

 よしよし、まだ悪い虫が付いていないようで何よりです。彼女達が悪い奴に騙されないよう引き続き見守っていきましょう。

 

 

 

 先生の見回りが来る前に自分達のテントに戻りました。就寝時間ですので寝袋に入ります。

「それじゃお休みなさい」

「魂の安息を楽しむがよい」

「お休みなさいれす~」

「お、おやすみなさい……」

 

 そのまま寝ようとしましたが大切なことを忘れていました。上体を起こし呼吸を整えて、自分で自分の秘孔を突きます。すると右腕以外動かせなくなりました。

 これは今回の林間学校に合わせて新開発した秘孔――右腕以外動かせなくなる秘孔です。この状態であれば寝ぼけてジェノサイドすることはないはずです。

 寝返りがうてなくて辛いので普段は使いませんが、今回は仕方ありません。朝起きたら右手で秘孔破りの秘孔を突けば元通りですので安心です。そのまま眠りに就きました。

 

 翌日、「ホーホー、ホッホー」という謎鳥のさえずりで目を覚ましました。

 ん? 何だか右腕に違和感があります。

 視線を向けると、気絶した愛海ちゃんと涙目の乃々ちゃんが収まっていました。

「えっと……これは、どういう状況でしょうか……?」

「さっき起きてトイレに行こうとしたら、愛海ちゃんが朱鷺ちゃんに捕まって締め上げられていたんです。それを助けようとしたらもりくぼまで捕まって……」

 

 さては明け方に忍び込んで私のお山を堪能しようとしたのでしょう。そして無意識状態の私に捕まったに違いありません。片手でヘッドロックをしていますので、愛海ちゃんの頭部が私のお山に押し付けられているような格好です。気絶しながらも幸せそうな表情なのはこの為でしょうか。

 

「それより早く手を放して下さい! このままだともりくぼがもれくぼにぃっ……」

「す、すいません!」

 手を放すと乃々ちゃんが超ダッシュでトイレに駆けて行きました。漏れないよう健闘を祈りましょう。でも乃々ちゃんの貴重な失禁シーンを見てみたいので漏らしてもOKです。いや、むしろ漏らして欲しい。

 

 朝食を摂ってからテントを片付けていると送迎のバスが来ました。林間学校はもう終わりです。

 色々と苦労をしましたが、皆が一緒だとそれ以上に楽しかったです。あっという間で何だか名残惜しいですね。

 ですが一学期の終わりには修学旅行があります。今回以上に色々なことがありそうですから、今からとても楽しみです!

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ご一読頂きありがとうございました。
飯盒炊飯は飯盒炊爨だろとの誤字報告を頂きましたが、日本キャンプ協会様では両字は同意義で使われるとの解説があること、炊爨は字が難しく平易に読める炊飯が個人的に好きなことから飯盒炊飯で統一しております(どうでもいい)。







▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。