ブラック企業社員がアイドルになりました 作:kuzunoha
ニュージェネレーションズに危機が訪れたことを知ったのは、コメットとみくさん達のライブがあった日の夕方でした。アーニャさんから電話があり、本田さんから連絡が来ていないか確認があったのです。その際に一部始終を教えて頂きました。
問題はラブライカとニュージェネレーションズのライブ会場で起きました。
ライブ自体に大きなトラブルがあった訳ではありません。ラブライカは今までで一番の出来で達成感を得られたそうです。ニュージェネレーションズはややぎこちなく笑顔不足ではありましたが、それでも十分及第点の出来とのことでした。
トラブルの発端は本田さんです。ライブの集客数や盛り上がりに対して大きな不満を持ち、「アイドルなんて辞める!」と宣言してその場から逃げるように去ってしまったとの話でした。
別にライブ会場に問題があった訳でも、盛り上がりが著しく欠けていた訳でもありません。武内P(プロデューサー)の手腕によって抑えられたあの噴水広場は新人アイドルのデビュー会場としては破格の待遇なんです。
そう、新人アイドルとしては。
問題はニュージェネレーションズが今回のライブ以前に大型ライブ──『Happy Princess Live!』にバックダンサーとして出演していたことにありました。
本田さんにとっての成功の基準は二千四百人の観客が熱狂的な盛り上がりを見せたあのライブであり、それ未満の規模や盛り上がりでは失敗なんです。
噴水広場が良い場所であることは確かですが、流石に比較にはなりません。
しかし、本田さんがそう考えてしまうのは仕方がないのです。
何しろ彼女はスクールカーストの最頂点を秋名のハチロク並みの猛スピードで爆走してきました。本人は意識していませんが、今まで勝って勝って勝ち続け挫折した経験はないのでしょう。
自分がアイドルデビューすれば、前回以上にお客様がやってくると思い込んでしまったのです。
そんな中、衆人環視の下で赤っ恥のコキッ恥をかかされました。その精神的ダメージは相当なものだと容易に想像できます。それこそアイドルを辞めると言い出してもおかしくはありません。
一度バランスを崩せば、
今まで負けて負けて負け続けロクに勝ったことがないドブ川には一生理解できない、勝者の苦悩というやつです。
それに本田さんはニュージェネレーションズのリーダーとしてラジオ収録や取材で他の子達を引っ張ってきました。自分が駄目だからライブが失敗してしまい、皆に迷惑をかけてしまったという負い目もあるのでしょう。
自分勝手に辞めると言い出した訳ではなく、偶然悪い要素が組み合わさってしまったのです。
そして周囲の対応にも大きな問題がありました。ライブの規模はどれくらいなのか、お客様は何人くらい来るのか等をきちんと事前に説明していれば、本田さんが勘違いをすることはなかったのです。
新人アイドルのライブ規模がどの程度なのかシンデレラプロジェクトの未デビュー組には説明していましたが、ニュージェネレーションズとラブライカには伝えていませんでした。その点は私も反省しなければいけません。
また、当日の武内Pの対応にもまずいところがありました。本田さんが辞めると言って出ていく際、無理にでも引き止めて事情を説明しておくべきだったのです。
その場で誤解を解けばダメージは最小限で済みますが、フォロー無しで放置してしまうと本田さんの心の傷がどんどん開いてしまいますし、引っ込みがつかなくなります。辞表を出した数日後にやっぱり辞めないとは言い辛いのと一緒です。
前々から懸念していましたが、武内Pは担当アイドルとのコミュニケーションに難があることを確信しました。
このように今回のトラブルはアイドルとP、そしてサポート間のコミュニケーションが上手く行かなかったことで発生しました。誰か一人が悪いというものではなく、皆がちょっとずつ悪かったんです。
そうは言っても、私としては今回の件はそこまで深刻な問題ではないと
あくまでも身内の問題で取引先に大きな損害を与えた訳ではありませんし、誰かを怪我させたり死なせたりというものではありません。
要は誤解を解いて仲直りすればいいだけですから、いくらでもリカバリーが出来ます。
私なんて前世ではクレーム処理係として取り返しのつかない他人のトラブルを散々解決してきましたからねぇ……。息をするように土下座をしていたあの日々は思い出したくないです。
ライブ後の数日間で状況が改善しないかと様子を見ましたが、残念ながら一向に変わりませんでした。そのため我々がサポート役として何らかの対応をしなければなりません。
対応方法については色々と考えがありますが、私単独で動く訳にはいきませんのでコメット臨時集会を開いて今後のプランを検討することになりました。
「カンパーイ!」
いつもの様に五人で乾杯をします。今回の会場は全国チェーンの焼肉屋さんである『牛飛車』にしました。食べ放題コース用のお得なクーポンの期限が明日までだったからです。
「わかっていると思うけど今回の議題はニュージェネレーションズについてだ。ミニライブ以降、本田さんとは一切連絡が取れないらしい。このままでは本当にアイドルを辞めてしまいかねないから、コメットとしてどうフォローをするのか対応を決めたいと思う」
犬神Pも今日ばかりは真剣です。真面目な内容なので私も茶化すのは止めにしました。
「本当に心配です。もしかしたら、私の不幸が
「そんなことはないさ。今回の問題はちょっとしたボタンの掛け違いなのだから、ね」
「それで、肝心要の武内Pはどうされているのでしょうか? フォローするにしても彼と連携を取らないと問題が更に複雑になりかねませんよ」
今回のトラブルの当事者は武内Pと本田さんですので彼の動向も気になりました。すると犬神Pが苦笑いをします。
「それが、『本田さんのことは全て自分に任せて欲しい』って言われちゃってさ……。一緒に彼女を説得に行きましょうと提案しても、『対応中ですので心配しないで下さい』としか答えてくれないんだ」
「……その調子で本当に大丈夫なのかい?」
「簡単に解決するようには思えないんですけど……」
皆の言うとおり、今回の件は任せて安心とはいかなそうです。
「七星医院分院での治療の際、役員の方に武内Pのことをそれとなく訊いてみました。彼は以前は担当アイドルとコミュニケーションをしっかりとっていたそうです。担当アイドルのことを何よりも優先して考え彼女達の適性にあったプロデュースをしていましたが、その方針に反発し辞めていった子もいたようです。その時の経験がトラウマになり、アイドルと距離を置いているのかもしれません」
例え自分から離れていっても深く関わっていなければダメージは少ないですからね。アイドルになる前の私も同じような考えで行動していましたから、その気持ちは痛いほどよくわかります。
「OJTの時にアイドルのフォローについてあまり説明がなかったのはそのせいか……。あの飲み会の時の話とも繋がったよ」
犬神Pが入社したのは去年の4月ですから、その辺りの事情は知らなかったのでしょう。
彼のコミュニケーション下手は師匠譲りだったんですね。今は大分改善していますからいいですけど、最初の頃は結構酷かったです。あの状態でよくコメットのPに立候補したと思いますよ。
「私達としてはどう動いたらいいんでしょう? このままだと未央さんが危ないと思います。思い詰めてしまうと、悪いことしか考えられなくなりますから……」
ほたるちゃんがうつむいてしまいました。挫折した本田さんとかつての自分を重ね合わせているようです。
「対応としては二つ考えられる。
プランAは先輩の言葉を無視して積極的に介入する対応だ。本田さんの住所なら知っているから、皆で押しかけて一斉に説得する。彼女だってライブの失敗が誤解だとわかれば思い直してくれるんじゃないかな。
プランBは先輩の言葉に従い様子を見る対応になる。先輩がしっかり説得してくれることを信じて、シンデレラプロジェクト内で問題を解決してもらう。俺は先輩を信じてるけど、正直こちらは賭けだと思う」
二つのプランを聞いて、皆の眉間の
「七星さんはどう思う?」
「非常に悩ましいですが、今後の彼女達のことを思うのであればプランBが良いと思います」
「で、でも、お任せというのは冷たくないでしょうか……?」
乃々ちゃんが呟きます。やっぱり優しい子ですね。
「確かに我々が介入すればこの問題は直ぐに収束すると思います。しかしトラブルの原因である、シンデレラプロジェクト内のコミュニケーションの
その度に介入していたらシンデレラプロジェクトが成長できません。独立したプロジェクトなのですから、彼女達の中で問題が解決できるようにならないと永遠に独り立ちできなくなります」
前回のストライキ未遂の時は偶然の出来事だと思って介入しましたが、既に問題点は明らかになっていますから根本の原因を絶たなければいけません。残念ながら、それは外部の存在である私達では解決出来ないのです。
獅子は我が子を
それに本田さん達には武内Pがついています。
色々と苦言を
今は
何より人を見る目には定評のある犬神Pが心の師匠と崇めている人物ですから、こんなところで終わる訳がないでしょう。
「ボクもプランBかな。この試練は彼女達自身の力で乗り越える必要がある。そう感じるよ」
「……そうですね、私もそんな気がします」
「うう……私はどうすれば……」
アスカちゃんとほたるちゃんは私と同意見でしたが、乃々ちゃんは迷っています。
「それではプランBを改良してはどうでしょうか? 直接的な介入はしませんが間接的なサポートをする方式です。ニュージェネレーションズの件でラブライカや莉嘉ちゃん達がかなり落ち込んでいますので、本田さんのことは武内Pにお任せして他の子達を元気づけてあげるのはいかがでしょう?」
「あっ、それならいいと思います……」
乃々ちゃんの顔がぱっと明るくなりました。こういう後方支援であれば問題ないはずです。残りの二人もプランBの改良案に賛成してくれました。
「……わかった。コメットとしてはプランBの改良版でいく。それでいいね?」
「はい!」
一斉に答えました。これが私達の結論です。
「俺と同じ意見で安心したよ。実は今西部長からも今回の件は先輩に任せておけと言われたんだ」
「なんだ、最初から結論ありきだったんですか」
「いや、もし皆がプランAと決めたなら今西部長の反対を押し切ってでもプランAにしたよ」
上司に噛み付く気概が愛玩犬にあるとは思えませんけど、そういうことにしておきましょう。
「……ところで、七星さんは何皿牛タンを食べれば気が済むのかな?」
「はい?」
私の席の近くに積み上げているお皿を見て、犬神Pが残念そうに言い放ちました。
「シリアスな話をしながら一人で黙々と牛タンを焼いてるから、非常にシュールな光景だったよ……」
「いや、せっかくの食べ放題なんですから食べなきゃ損でしょう。皆食べ盛りなんですから、どんどん食べて下さい。もう残り一時間切ってますよ!」
「は、はい……。でもそんなに牛タンばかり食べなくても……」
「牛タンが一番原価率が高いんです。せっかくですから一番高いものを沢山食べて元をとりたいじゃないですか」
「えぇ……」
乃々ちゃんにドン引かれました。何故だ。
「じゃ、じゃあ上カルビを貰おうかな?」
「カルビ類は意外と原価率が低いので罠です。狙い目は海鮮です。海老やホタテならそれなりの値段しますよ」
「食べたいものを食べた方がいいんじゃないでしょうか……」
底辺根性が骨まで染み付いている私と彼女達の間には越えられない価値観の壁があるようです。
結局限界まで食べた結果、いつものように店内でリバースしかけました。でもどこかの偉い人も『退かぬ! 媚びぬ! 省みぬ!』と言っていましたのでこれで良いのです。
精算時にクーポンを使うことでかなりお安くなりましたが、お店用にサインを書いてあげることで更に千円割り引いてもらいました。やったね!
翌日はレッスンが終わってからシンデレラプロジェクトのプロジェクトルームに向かいました。三回ノックをすると「どうぞ……」というか細い声が聞こえたので入室します。
中にはシンデレラプロジェクトの皆さんが暗い表情で
「何か、ご用でしょうか……」
一番近くにいた智絵里さんから声を掛けられます。
「はい。ですがその前にやることが見つかりました」
「やること……?」
言い終わると室内の照明スイッチ前に移動し、全てのライトを点灯させました。すると瞬く間に周囲が光で満たされます。うおっまぶしっ!
「電気くらい点けましょう! 部屋が暗いと気分まで暗くなってしまいますよ!」
暗い部屋では気分まで落ち込んでしまいます。私は鬱展開というものが大大大嫌いですからこの部屋のシリアス加減が我慢できませんでした。暗いのは前世の私の人生だけで十分です!
「電気を点けに来たの?」
「いや、そうじゃないですよ、みりあちゃん。本田さんの件で皆さん落ち込んでいるかなと思いまして、様子を見に来ました」
「そのことですけど……」
美波さんが深刻な表情で答えます。どうやら本田さんは今日も来ていないようですね。
「実は未央ちゃんだけじゃなくて卯月ちゃんもお休みです。それに凛ちゃんはPさんと口論した後、怒ってそのまま帰ってしまいました……。私達、もうどうしたらいいのか……」
本田さんに続いてあの二人もお休みしてしまったようです。凛さんは煮え切らない武内Pの態度に業を煮やしたのでしょう。卯月さんは単なる体調不良かメンタルの問題かはわかりませんが、前者であることを祈ります。
「みんな、辞めちゃうのかな?」
みりあちゃんが体育座りのまま呟きます。普段はとても元気な子ですが、今日はとても静かなので寂しくなってしまいますね。
「大丈夫ですよ。あの三人と武内Pを信じましょう」
「でもあの人、何考えているかわかんないんだもん……」
莉嘉ちゃんが口を尖らせました。
「できる男というのは寡黙なんですよ。キャンキャンうるさいだけの犬ッコロと違って、彼は優秀ですし気骨のある漢です。きっとこの難局を乗り越えてくれるでしょう」
「そうなの?」
「はい、きっとそうです。それにコメットだって度重なる解散危機を乗り越えて今に至っているんです。私達が乗り越えられたんですから、ニュージェネレーションズの子達が出来ないはずがありません。だからあの子達が戻って来やすいように、皆さんは明るく楽しくアイドル活動を続けましょう!」
「そう言われてもテンション上がんないよ……」
「そうだと思って今回はスペシャルゲストを用意しました。ヘイカモン! 鬱展開バスターズ!」
私の合図と同時に複数の人影が室内になだれ込みます。
「七海特製のおさかなパンれす~! 食べて食べて~!」
「ぎにゃああ! みくはお魚が大っ嫌いっていつも言ってるのに、なんで毎回毎回魚を混ぜるのにゃあ!」
七海ちゃんの手には、アジが一匹そのままの形で入った特製パンが収まっています。そしてそのパンをみくさんに食べさせようとすると、彼女は猫のような俊敏さで逃げました。
「待ってくらさい~。おさかなは美味しいからみくさんにも食べてほしいのれす~!」
「余計なお世話にゃあ!」
追う魚と逃げる猫の追いかけっこが始まりました。普通逆だと思うんですけど。
「おっきな……やわらかそうな……お山達! ガマンなんてできない! 行きます飛びますいただきまーすっ!」
「ひゃあっ!?」
「はあっ!」
愛海ちゃんがかな子ちゃんに襲いかかったので、軽~く後ろ回し蹴りで撃墜しておきました。彼女は出落ち担当ですからこれで良いのです。
「きゃああ!」
巨大カタツムリが部屋のドアを無理やり通り抜けてきました。その姿を見て智絵里さんがとても驚いています。
「どうじゃ! 圧巻やろう? 上田鈴帆にしかできないアイドルば見せていくばい!」
巨大カタツムリの正体は鈴帆ちゃんです。梅雨シーズンだからカタツムリの着ぐるみを選んだそうですが、なぜそんなものが事務所にあったのかが謎です。
「着ぐるみは季節感が大事ばい!」と先ほど力説していました。
「フッフッフ……。この場に足りないのは笑いという訳だな。ならこの天才が発明した究極の一人漫才ロボット──『タウンダウン』の出番だろう!」
晶葉ちゃんのネーミングセンスはどうしてこう際どいんでしょうか。方々から怒られそうで怖いです。内容は科学者あるあるネタでしたが、細かすぎて我々には全然伝わりませんでした。
「とうっ!」
特撮ヒーローのコスプレをした光ちゃんが皆の前に出てきます。
「みんなお待たせ! 鬱展開ある所我ら有り! 五人揃って鬱展開バスターズ、ここに見参!」
一人だけ特撮ヒーローっぽいポーズを取ります。
「はい皆拍手~!」
私が勢い良く拍手すると、あっけにとられていた他の子達もつられてパラパラと拍手をしました。
いやぁ……。改めて見ると私の級友達のキャラは本当に濃いですねぇ。
「あ、あの……。私達を元気づけようとしてくれたんですよね? ありがとうございます」
「リフレッシュになったなら嬉しいです。光ちゃん達もかな子ちゃん達を心配しているんですよ」
「アイドルとヒーローって通じるものがあると思うんだよな! みんなに夢と勇気を与えて笑顔にするっ! でも落ち込んでいたらそんなことできないから、早く元気になってくれよっ!」
親指を立てて元気よく叫びました。
「……ははっ。何だか皆を見てたら落ち込んでたのがバカみたいだよ。でも確かに、湿っぽい雰囲気は全然ロックじゃないね。もっとこう、バーッ! と弾けないと!」
「アダブリエーニイ。私も、そう思います。未央達が戻ってきた時に暖かく迎えられるよう、私達も普段通りに活動をしましょう」
「このカタツムリさんフカフカですご~い!」
「わ~! ホントだ~☆」
皆さんの表情が和らぎました。さっきまで充満していた鬱々した空気はどこかに吹っ飛んでいったようです。
「こうして皆の心は守られた! ありがとう鬱展開バスターズ!」とついナレーションを入れたくなりました。やっぱりとても良い子達です。
「もう大丈夫のようですね。では私は寄るところがありますので、今日はこれで失礼します」
「どこに行くんだい?」
ルームの外で待機していたアスカちゃん達が怪訝そうな表情をしました。
「私は凛さんの様子を見に行ってこようと思います。怒って帰ってしまったというのがとても気になるんですよ。武内Pと本田さんの件に直接介入する訳ではないので、いいですよね?」
「はい、問題ないと思います」
ほたるちゃんに許可して頂きました。
「ではここは皆にお任せします。状況については常時LINEで報告しますので確認して下さい」
「……わ、わかりました」
そのまま足早に346プロダクションを後にしました。
瞬間移動を交えながらサラマンダーより速く『Flower Shop SHIBUYA』に直行します。
店番をしていた凛さんのお母様に用件を言うと家の中に招き入れてくれました。私が来たことを凛さんに伝えてもらいましたが、部屋から出てこないので直接伺うことにします。二階にある凛さんのお部屋に着くと、ゆっくりとノックをしました。
「開いてるよ……」
けだるげな返事が帰ってきたので、「失礼します」といって部屋に入りました。
ぬいぐるみ等はないシンプルな部屋ですが、お花が飾ってある点は女の子の部屋らしいなと思います。凛さんはベッドの上で横になっていました。
「何? 説教でもしに来たの?」
かなり威圧的な態度です。クールな風貌に加えてこの態度だと中々怖いですね。ドMの方には堪らないシチュエーションだと思います。私は違います。
「いえ、そうじゃないですよ。私は説教するのもされるのもあまり好きではないですから」
「じゃあ、どうしてここまで……」
「理由はこれです。じゃ~ん!」
「それ、ニュージェネレーションズのCD……!」
「これにサインを貰いたかったので来たんですよ!」
「……嘘つき」
そう言いながらもちゃんとサインをしてくれました。書き慣れてない感じが初々しくて可愛い。
その後は凛さんと暫くお喋りをしました。内容は昨日のテレビ番組やファッション、友達について等、たわいの無いものです。
もちろん本当に話したいことは別にありますが、相手から求められていない状態でアドバイスをしても説教にしか聞こえませんからね。凛さんからあの話題を振られるまでじっと待ちます。
「……あのさ、ちょっと相談いい?」
「はい、いいですよ。私に答えられる内容なら何でもOKです」
「Pのこと、何だけどさ……」
「ええ! あの駄犬が何かやらかしましたか! もしセクハラされたのなら爆発四散させてあげますから言って下さい!」
「いや、PってこっちのPなんだけど」
凛さんらしいナイスツッコミです。頑張ってボケた
「コメットはいいよね。担当のPと友達みたいに何でも話せてさ。……あの人が何考えているのか、私には全然わからないよ」
「確かに武内Pは寡黙ですからねぇ」
「でしょ? 何を訊いても『検討中です』とか『調整中です』としか言ってくれないし」
「担当されるアイドルとしては、それだと不安になりますよね」
「うん。隠してないで本当のことを話して欲しい」
おお、これはこれは。かなり
暫くの間ひたすら愚痴タイムでした。でも凛さんが悪い訳ではありません。誰だって今の状況になったら不安になりますし、Pに不信感をもってしまいますもん。
もちろん武内Pが一方的に悪い訳でもないです。本田さんも含め、ちょっとしたコミュニケーションの齟齬があっただけなんですよ。ビジネスでは本当によくある話です。そのすれ違いさえ解消できれば問題はなくなるのです。
「これから、どうしたらいいのかな」
「う~ん。難しいですねぇ。凛さんはどう思います?」
「分からない。でも嫌なんだよ。アイドルが何なのかよく分かんなくて、分かんないまま始めて、よく分かんないままここまで来て。でも、もうこのままは嫌。迷った時に誰を信じたらいいか分かんないなんて……。そういうのもう嫌なんだよ!」
凛さんの叫びが部屋中に響き渡りました。これが彼女の本音のようです。
「それなら、ちょっと視点を変えてみませんか」
「……視点?」
「はい。誰かを信じて導いてもらうのではなく、凛さん自身がどの方向に進みたいのかを考えて見ましょう。誰でもない貴女の人生なんですから、例え迷ったとしても自分の夢は自分で見つけてその手で掴み取らなければいけないと私は思います。
凛さんはニュージェネレーションズとしてアイドルを続けたいですか、それとも辞めたいですか?」
「辞めたくは、ない」
「では続けたいと?」
「そうなのかな……。とにかく、今のままで終わるのは、絶対に嫌」
「ならその気持ちを武内Pにぶつけてみましょう。今のままで終わりたくないから、絶対に本田さんを連れ戻して欲しいと伝えるんです。自分の意志をはっきり伝えることは社会の中で生きていく上でとても大切なことなんですよ」
アイドルとPは運命共同体です。だからこそお互いが本音で語り合う必要があるのです。
そのため私も犬神Pのことを遠慮なく駄犬と呼びつけて日頃からコキ使っているのです。決して私の性格が悪い訳ではありません。
「さっき話したよ。でもあの人は逃げてばかりで、私に向き合う気が全然なかった」
「なるほど……。ですが本当の意味で思いを伝えられたと胸を張って言えますか? 凛さんも一方的に気持ちをぶつけるだけで、武内Pの気持ちを理解しようとしなかったのでは?」
「それは……」
思わず口ごもりました。どうやら図星だったようです。先程の愚痴の勢いを考えると、武内Pに
「なら、もう一度腰を据えて話してみてはいかがでしょうか。ちゃんと話をするまで何時間でも粘りましょう」
「……わかった。あの人ともう一度ちゃんと話してみる。今度は退かずに、本音が聞けるまで」
「それがいいと思います。そしてもし喋らなければ引っかいたり噛み付いたりしてやるのです! Pなんて私達が働いて得たお金で食べているんですからヒモ男みたいなものですよ。だからそんな奴らに気を使う必要はありません!」
「ヒ、ヒモはちょっと酷くない? 流石に朱鷺みたいな振る舞いはできないけど、頑張ってみる」
「はい。私は、美嘉さんのステージで凛さん達が見せたあの輝く笑顔をまた見たいです。何しろ私はニュージェネレーションズの大ファンなんですから」
「……ありがとう。朱鷺」
先程までの怖い顔つきは霧散していました。
「アドバイスついでにもう一つ。前々から気になっていたんですけど、凛さんにはアイドルとして決定的に足りないものがあります!」
「足りないもの?」
不思議そうに首を傾げました。
「そう! 貴女に足りないもの、それは! 情熱思想理念頭脳気品優雅さ勤勉さ! ではなく~」
超早口でまくしたてました。そして柔らかい頬っぺたをぷにっとつまみます。
「笑顔が足りない!!」
「……えひゃお?」
自分でやっておいてなんですが、何言っているか分かりませんので手を離しました。
「そういえば、朱鷺はいつも笑顔だよね」
「ええ。でも昔からこうだった訳ではありませんよ。以前はもっと暗~く暗~く辛気臭いツラをしていました。でもそれだと心まで暗くなってくるんです。心は体についてきますから、辛くても笑っていれば辛さは軽減されます。そのことに気付いてから私は笑顔を心がけるようになりました」
だから営業スマイルは私の最強スキルなんです。前世では当時のお母さんからネグレクトされたり学校や職場で酷く
例え道化の仮面であっても、暗い闇の底で生き抜くには必要なものだったのです。
でも最近は楽しいことが多いから、作らなくても自然と笑顔になってしまいます。
「ファンの方々は私達が楽しんでライブする姿を見たいんです。だから笑顔マシマシで生きて行きましょう! 笑う角には福来るですよ」
「ふふっ。そうだね」
凛さんから自然な笑みがこぼれました。やはり美少女には笑顔が一番です。
「ではそろそろ失礼します。また明日、事務所でお待ちしています」
「うん。それじゃ」
この日はそのまま別れました。明日はいつもどおり出社すると言っていましたから、これで凛さんの方は問題ないはずです。
準備は整いましたので後は武内Pの頑張り次第です。ニュージェネレーションズが無事復活するよう、あの意地悪な神様にでも祈っておきましょうか。