ブラック企業社員がアイドルになりました   作:kuzunoha

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第36話 やらかしリーダーズ

「ごめんなさい!」

 シンデレラプロジェクトのプロジェクトルーム内に凛さんの声が響きました。そしてみくさん達に勢い良く頭を下げます。

「昨日は勝手に帰っちゃって……本当に、ごめん」

 とても申し訳無さそうな表情です。その言葉には嘘偽りはないでしょう。

 

「レッスンを勝手にサボるなんてプロ失格にゃ! ……でも、戻ってきてくれてありがとにゃ」

「ふふっ。みくちゃんはこんなこと言ってるけど、凛ちゃんのことを一番心配していたんだよっ」

「ちょっとかな子チャン! そんなこと言われたら恥ずかしいにゃあ!」

 そんなやり取りを見て周囲から笑い声があがりました。昨日までのシリアスさから一転して、いつも通りの緩い空気が漂っています。

 

「やっぱり、こういう雰囲気の方が寝やすいよね~」

「杏ちゃん! 寝ちゃったらダメだにぃ☆」

「嫌だ、私は働かないぞ!」

 この二人もいつもの調子に戻っていました。私の嫌いな鬱展開が消え去ったようで何よりです。ありがとう! そして、ありがとう! 鬱展開バスターズ!

 

「でも、未央ちゃんはまだ来ていないです……」

「大丈夫。絶対に連れ戻してもらうよう、P(プロデューサー)とちゃんと話をするから」

 凛さんの瞳には決意の色がはっきりと浮かんでいます。昨日までのイライラした感じは完全になくなっていました。それでこそ私の大切な強敵(とも)です。

 

「凛ちゃん、少し前までとは雰囲気が違うね」

 李衣菜さんが不思議そうな表情をします。

「色々抱えていたものを吐き出したら、何だかスッキリしたんだ。それに大事なことにも気づくことができたし」

「大事なことって何?」

「人任せにしないこと、かな? 今までは誰かが私を素敵な世界に連れて行ってくれるかもってなんとなく思ってた。でもそれは違うんだよ。私にとっての素敵な世界はどこなのか自分で考えて、自分の足でその世界に飛び込まなきゃいけないんだ。昨日朱鷺と話して、そのことに気づけた」

 不意に私の名前が出てきたのでびっくりしました。

 

「凛さんのこの気付きは素晴らしいです。彼女の言うとおり、白馬を駆る素敵な王子様がどこからか現れて自分を救ってくれるなんて展開は現実世界ではありえません。これからの人生、自分の進む道は自分で切り開くという覚悟が不可欠です。

 それに今や男女同権の時代です。シンデレラだって時代に合わせて、王子様を逆ナンした上に授かり婚をして玉の輿に乗るくらいの(したた)かさが必要なんですよ」

「ぎゃ、逆ナンで、授かり婚……」

 智絵里さんが顔を真っ赤にして絶句してしまいました。可憐な少女には刺激の強いワードだったようです。

 

「ま、まぁ逆ナンはものの例えですよ。とりあえず本田さんの件については凛さんから武内Pに話をして貰う予定です。……そういえば、肝心の彼は本日どちらに?」

「微笑みを携えながらも病魔に侵された天使────彼女が住まう聖堂へ旅立ったわ」

 十秒くらい掛けて熊本弁を翻訳します。卯月さんの御見舞に行ったということでしょうか。

「そうなんだ。早く話したかったんだけど……」

 凛さんが残念そうな顔をしました。するとプロジェクトルームの扉が勢い良く開け放たれます。

 皆の視線の先には、雨でずぶ濡れになった武内Pがいました。

 

 

 

 武内Pとシンデレラプロジェクトの皆さんがルーム内で向かい合います。私は皆さんの少し後ろで彼女達の様子を伺うことにしました。

「ちゃんと聞かせて。この部署はどうなるの?」

 みくさんが話を切り出しました。シンデレラプロジェクトの現状について一番焦りを感じているのは彼女ですから、この反応は止むを得ません。

「未央ちゃんは?」

「やっぱり辞めちゃうの?」

 莉嘉ちゃんとみりあちゃんが矢継ぎ早に質問します。再び暗い表情になってしまいました。

 

「やっと、デビューまで信じて待っていようと思ったのに……。みく達、どうしたらっ……!」

 今は可愛い猫耳アイドルでなく、前川みくという名のか弱い一人の少女に戻っています。

 こういう鬱展開は我慢なりません。思わず介入しそうになりましたが、ぐっと堪えます。

 ここが踏ん張りどころですよ。頑張れ、武内P。

 

「大丈夫です!」

 すると今まで聞いたことのないくらい力強い言葉が発せられました。その声を聞いた皆さんがハッとします。

「ニュージェネレーションズは解散しません。誰かが辞めることもありません。絶対に……。本田さんは、絶対に連れて帰ります! ……だから、待っていて下さい」

 『絶対』ですか。従来の彼なら、それこそ絶対に使わないようなワードを口にしました。

 本田さんを必ず連れて帰る。そういう強い決意が籠められているように感じます。

 

「嫌だ!」

 先程まで押し黙っていた凛さんが急に口を開きました。武内Pは一瞬(ひる)みましたが、負けじと凛さんを正面からじっと見つめ返します。

「ただ待つのなんて嫌。だから、私も一緒に連れて行って欲しい!」

「ですが……」

「私はずっと、誰かから手を差し伸べられるのを待ってた。でも、それじゃ駄目なんだよ。大切なものは自分で掴まなきゃいけないんだ」

 一呼吸置いてから続けます。

 

「私は未央を助けたい。未央にアイドルを辞めて欲しくない! だから、一緒に連れて行って!」

「……わかりました。一緒に、行きましょう!」

「ありがとう、P!」

 凛さんが素敵な笑顔を見せました。

 正義の輝きの中にあるという黄金の精神を武内Pと凛さんの中に見たような気がします。以前楓さんや菜々さんから感じられた輝きをこの若者達から感じました。

 

 

 

 そして、武内Pと凛さんは雨の中に飛び出して行きました。今のあの二人ならきっと本田さんを説得できるはずです。

「やあ、どうしたね。みんな」

「お、おはようございます!」

 流れ変わったなと思いながら和んでいると、今西部長が現れたので慌てて挨拶しました。その隣にはなぜか美嘉さんもいます。

 

「あ、あの~。私達……」

「Pと凛チャンが未央チャンを迎えに行ったので、それを待っています……」

 かな子ちゃんとみくさんが事情を説明しました。

「……そうか。それじゃあその間、ちょっと話でもしていようか」

「お話?」

「そう。昔々あるところに……」

 

 今西部長が武内Pの過去を語りました。内容は先日役員さんから聞いたものとほぼ同じです。

 プロデュース方針の違いによりシンデレラに逃げられた魔法使いが、無口な車輪に変わってしまったというお話でした。

 ですがその呪いも解けたことでしょう。先程の武内Pの行動は無口な車輪ではなく、シンデレラを舞踏会に導こうとする魔法使いのものでしたから。

 

「さて、私はそろそろお暇します」

「Pチャンを待たないの?」

「ええ。所詮私は外様ですからね。ここから先は同じプロジェクトの仲間である皆さんにお任せします」

「……じゃあ、私も行くよ」

「ええ~! お姉ちゃんも行っちゃうの!?」

「私も朱鷺と同じで部外者だから。これ以上はお節介になっちゃうし」

 

 美嘉さんの表情はあまり優れません。自分がバックダンサーに誘ったからこんな事態になったと気に病んでいるのでしょうか。

「二人とも、心配してくれて本当にありがとにぃ~☆」

「スパシーバ。……ありがとう。美嘉、朱鷺」

 皆さんに見送られ、プロジェクトルームの外に出ました。

 

 扉を締めた後、暗い表情の美嘉さんに話しかけます。

「ニュージェネレーションズの件でしたら、あまり気にしない方がいいですよ。美嘉さんが誘っていなくても別の形で何らかのトラブルは起きていたでしょうから」

「でも、今回のトラブルの原因は私じゃん。私が誘っていなければこんなことには……」

 落ち込んだ様子だったので、両手でほっぺたをつまんでぐりぐり動かしました。

 

「にゃ、にゃにしゅるのっ!」

 抵抗されたので指を離します。

「美嘉さんはギャルの癖に真面目すぎるんです! バカ真面目なギャルなんておかしいです!」

「いや、朱鷺はギャルを何だと思ってるのよ!?」

「理解不能な不可思議生物ですが、何か?」

「アンタねぇ……」

 何だか呆れ顔です。

 

「それに、あのライブでバックダンサーとして成功したからこそ武内Pはあの三人を組ませようと思ったはずです。いわば美嘉さんはニュージェネレーションズの生みの親なんですから、もっと胸を張って下さい」

「そりゃまあ、そうだけど……」

「今回のトラブルは無事に解決するはずです。だから美嘉さんが気に病むことは何もないんですって」

「……わかった。朱鷺がそんなに言うなら信じてみるよ。その……ありがと」

 少し笑みが生まれました。本当にこの子は、ギャルの癖に仲間思いで優しくて責任感が強い、最高に良い子です。もし私が男だったら絶対告白していましたね。

 

 

 

 その日の夜、部屋でゲームをしていると凛さんから電話がありました。

「もしもし、朱鷺?」

「はい。今日の件の報告でしょうか?」

「……うん」

 報告連絡相談を欠かさないとは流石凛さんです。ビジネスマナー研修で色々叩き込んだ甲斐がありました。

 

「未央の説得、成功した。アイドル続けるって」

「そうですか! おめでとうございます!」

「ありがとう。……このまま終わりたくない、アイドル一緒に続けさせて欲しいって言ったら、『うん』って言ってくれたよ。お互い泣いちゃって、大変だった」

 凛さんの真摯な気持ちが本田さんの心を打ったのでしょう。お互い素直になればどんな障害だって乗り越えられるんです。

 

「でもよく家に入れて貰えましたね? 以前武内Pが訪問した時は門前払いだったんでしょう?」

「Pと一緒に外で待ってたら、同じマンションの人から『女の子が不審者に襲われている』って通報があったみたいで……。事情を説明しに出てきてくれたんだ」

「ああ、そういうことですか」

 彼の強面っぷりもたまには役に立つのですね。

 

「それで、武内Pとも仲直りできましたか」

「うん。『もう一度やり直させて欲しい』って言われたから、もう一回信じることにしたよ。私の気持ちをちゃんと伝えたらわかってくれたみたい。朱鷺のアドバイスのお陰、かな?」

「いいえ、これは凛さんが自分の足で動き出して掴み取った成果です。だからもっと胸を張っていいんですよ」

 私が言ったことなんて単なるきっかけでしかありません。

 

「でも、あの時言われなかったら気づけなかった。……本当、朱鷺って不思議だね。私より年下なのに、ずっとずっと大人みたい」

「はは、周りからはよく姉キャラだって言われますよ。単にお節介なだけですけど」

 話していたら少し喉が渇いたので、コップに入っているコーラを口に含みました。

「いや、姉っていうか……オジサンかな?」

 

 飲みかけていたコーラを一気に噴き出しました。

 

「ゴホッ!! ゲホッ! ゴホォッ!!」

 た、炭酸が気管にィィィィ!

「ちょっと、大丈夫!?」

「う、うう……」 

 そのまま2分くらい悶絶します。おにょれ……蒼の申し子め……。

 

「落ち着いた?」

「……ええ。花のJCをオジサン呼ばわりするどこかのアイドルさんのお陰で、すっかり元気になりました」

「そんなに怒らないでよ……」

「私のどの辺がオジサンっぽいんですか! 説明して下さい!」

「だって隙を見てはノンアルコールビールを飲んでるし。競馬新聞片手に競馬中継を見てる姿なんて完全にオジサンなんだけど」

 否定のしようがありません。完敗に乾杯、なんちゃって(渾身の激うまギャグ)。

 

「まぁ、とりあえずはニュージェネレーションズと武内Pが仲直りできて良かったですよ」

 超無理やり話を軌道修正しました。

「うん、本当にありがとう」

 その後暫く世間話をして通話を終えます。乃々ちゃん達にLINEで結果を報告した後、床に就きました。これで今夜は安心して熟睡できそうです。

 

 

 

 その翌日、レッスンルームに向かう途中で武内Pと卯月さんに遭遇しました。

「おはようございます」

「おはようございます、七星さん」

「朱鷺ちゃん! おはようございます!」

 卯月さんはマスクをしています。どうやら本当に風邪だったみたいですね。

「体調はよろしいのですか?」

「はい! もう治っています! マスクは念の為ですから心配しないで下さい」

 気の流れがいつも通りなので、申告通り問題はないのでしょう。

 

「その節はありがとうございました」

 武内Pから深々とお辞儀をされたのでちょっとキョドりました。なんか若衆に挨拶されるヤクザの組長さんみたいな気分です。

「えっと、何のことでしょうか?」

「渋谷さんの説得や前川さん達へのフォローのことです。コメットの皆さんがいなければ今回の件はもっと大変な事態になっていました」

 ああ、そのことですか。

 

「いいえ、私達は別に大したことはしていません。サポートの有無に関わらず、本田さんは皆さんの元に戻ってきたでしょう。凛さんの件にしても私は軽く背中を押してあげただけですしね」

 この難局を乗り越えたのは彼ら自身の力によるものです。私達のサポートなんて微々たるものなんですよ。

「それでも、感謝します」

 再び頭を下げた後、ゆっくりと顔を上げました。うん、一皮剥けたいい表情です。魔法使いとして覚醒した彼ならば、14人のシンデレラ達を無事舞踏会に送り届けられるはずです。

 

「Pさん! また丁寧口調になっていますよ!」

「すいません。……いや、すまない」

「……何をされているんですか?」

「お話しやすくなるよう、丁寧口調を止めてみることにしたんです!」

 へぇ、何だか楽しそうな遊びをしているんですね。

 

「いいじゃないですか。フランクな口調の方が親密度が増します。私にも丁寧口調はしなくていいですよ」

「わかりました。……いえ、わかった」

 おお、ワイルド系の武内Pは何だか新鮮です。

「それでは私は仕事がありま……あるので、失礼する……よ」

 早歩きで去っていってしまいました。若干キャラが崩壊している感じです。私も敬語を止めたりすればもっと人気が出たりするのでしょうか。

 

 

 

「そういえば、卯月さんに訊きたいことがあったんです」

 無人の廊下で二人きりになったので、いいチャンスだと思い問いかけました。

「はい、なんでしょうか!」

「武内Pが卯月さんの御見舞に行った時、どんなお話をされたんですか?」

 あの御見舞の後から彼の態度は大きく変わりました。無口な車輪を素敵な魔法使いに変えたマジックの種にはちょっと興味があります。

 

「普通のお話ですよ。今後どんな仕事をやりたいかとか、ミニライブの心残りのこととか……」

「心残りとは本田さんのトラブルの件ですか?」

「いえ。せっかくのステージなのに、最後まで笑顔でやりきることが出来なくて。だから今度はちゃんと最後まで、笑顔でステージに立ちたいなって。凛ちゃんと、未央ちゃんと一緒に……」

「……そうですか」

 

 本田さんや凛さん、武内Pがそれぞれ自分の進む道に迷う中、彼女だけはアイドルとして自分の夢やニュージェネレーションズの未来を考えていました。アイドルとして皆と一緒に輝きたいと望む卯月さんの純粋でひたむきな情熱が、無口な車輪であった武内Pの呪いを解いたのでしょう。

 人を元気付けもう一度立ち上がる勇気を与えた彼女こそ、真のアイドルと言えるのかもしれません。私もこんな素敵なアイドルでありたいと心から思います。

 

「ありがとうございます。勉強させて頂きました」

「い、いえ! 特に参考になることは言ってませんけど……」

「そんなことはないですよ。ところで話は変わりますが、本田さんは元気ですか?」

「未央ちゃんですか? はい、とっても元気です! お休みする前より元気かもしれません!」

「……わかりました。色々とお時間を取らせてしまい申し訳ございませんでした」

 卯月さんとはそこでお別れしました。どうやら、私が懸念していた通りになっているようです。ここはもう一肌脱ぐしかありませんね。

 

 

 

 卯月さんとお話した翌日、346プロダクションでレッスンをした後、急いで本館のエントランスに向かいました。そして『トキ(北斗の拳)と同じ程度の能力』を使い気配を消します。

 私には世界最高峰の暗殺者としての力が備わっていますから、誰にも気づかれずに忍ぶことなど容易いことです。ニンニン。

 そのまま待機しているとニュージェネレーションズの三人がやってきました。

 

「しまむー、しぶりん! じゃーねー!」

「はい、お疲れ様でした! 未央ちゃん!」

「うん。二人共、また明日」

 お互いに手を振って別れます。事前に確認していたとおり、卯月さんが病み上がりなので今日は軽めのレッスンだけで解散するようでした。

 気づかれないように本田さんの後をつけます。第三者から見たら完璧にストーカーですね。

 

「……」

 先程までの騒がしさが嘘のように静かです。無表情のまま電車に乗り込んでいくのでついていきました。電車を乗り継いで本田さんの家の最寄駅に降ります。彼女の住所は犬神Pに教えて頂きましたので把握しているのです。

 そのまま家に帰るかと思いきや、帰路の途中で公園に寄りました。誰一人いない夕刻の公園のベンチに座り、深刻な表情で溜息を付いています。

 

 用意してきたホッケーマスクを被り、殺人鬼ジェイソンの如く背後から慎重に忍び寄りました。

「わあっ!」

「きゃああああああ!」

 彼女の顔を覗き込むように最接近すると物凄い悲鳴が上がりました。思いのほか大きい声なので逆に私が焦ります。

「ちょ、ちょっと私ですって!」

「だ、誰か、誰か助けてー!」

 本田さんの絶叫は止まりません。慌てて手で口をふさごうとしたところ、運の悪いことに巡回中の警察官に見つかりました。怖い表情でこちらに近づいてきます。

 

 

 

「……いくら友達だからって、そういうタチの悪いイタズラはしないこと。いいね!」

「はい。心から反省しております」

 呆れ顔の警察官からひとしきり怒られた後、やっと開放されました。

「ちっ、冗談の分からない奴め……」

 十分遠くに行ったことを確認してから、その背中に向かって悪態をつきます。JCのお茶目なジョークに目くじらを立てるなんて人としての器が小さいですよ。

 

「一緒に弁解して頂いてありがとうございました。あやうく留置場送りになるところでした」

「……それは別にいいんだけどさ。何でとっきーがうちの近くにいるの?」

「ずっと後をつけてきました」

「えぇ……」

 正直に伝えるとドン引かれた上に後ずさりまでされました。残念ですが当然の反応です。

 

「やましい気持ちは一切ありません。せっかくですし少しお話でもしませんか」

「まぁ、いいけど……」

 一緒に公園のベンチに座りました。

「しかし珍しいこともありますね。いつも元気な本田さんが一人寂しく公園で黄昏(たそがれ)ているなんて」

「べ、別にいいじゃん!」

「もし悩みがあるのでしたら相談に乗りますよ」

「……」

 うつむいて押し黙ってしまいました。

 

「ああ、そう言えばなぜ後をつけてきたか言っていませんでしたね。そろそろ死にたくなる頃だろうと思って心配になったんですよ」

「……!」

 そう言うとハッとした表情をします。

「表面上は普段より明るく振る舞っていても経験者である私にはわかります。今回の引退未遂の件でニュージェネレーションズに大きな迷惑を掛けた上に、ラブライカや未デビュー組のデビューライブまで台無しにしてしまったと深く後悔しているんでしょう」

「は、はは……。とっきーって結構ズバッと言うんだ……。うん、そう」

 首を縦に振り肯定しました。予想的中です。

 

「私の勘違いで皆に迷惑をかけてさ……。本当、私って救いようのない馬鹿だよ。皆暖かく迎え入れてくれたけど、かえって辛くって……」

「そうですか。落ち込んでいるところ申し訳ございませんが、これから先輩アイドルとして厳しいことを言わなければなりません。私を恨んで頂いて構いませんので、耳を傾けてもらえれば幸いです」

「何……?」

 

 私は説教するのもされるのも好きではありませんからこういうことはあまり言いたくありません。ですが凛さんの時とは違い、ガツンと言ってあげないと目が覚めないでしょうからあえて厳しいことを叫びます。

「今回の汚点が消えることは絶対にありません! どれだけ恥をかいても取り返しがつかなくなっても、貴女のアイドル人生はまだまだ続くんですよ!」

「いやーっ!?」

 思わず頭を抱えてしまいました。

 

「やらかしてしまったという気持ちはよくわかります。ですがアイドル業はそんな簡単にゲームオーバーにはできません。ですから過ちを受け入れて強くなるしかないんです」

「とっきーみたいに何でも完璧にできる子には、私の気持ちなんて分かんないって……」

 その言葉を聞いてカチンと来ました。

「私が完璧? どこを見ればそう思うのか理解できません。……わかりました、私の黒歴史をお教えしましょう」

 

 その後、コメットの解散騒動について語りました。

 コメットを解散させたくないという一心から『トキ(北斗の拳)と同じ程度の能力』を全力開放して大暴走した結果、結局自力では解散を阻止できなかったことを伝えたのです。

 

「そして、私が散々やらかした結果がこのザマです」

 私のスマホでとあるサイトを開きます。そのままスマホを手渡しました。

「このサイト、何?」

「それは『346アイドル速報』というまとめサイトです。346プロダクションに関するインターネット上の書き込みをまとめたサイトですよ。数あるサイトの中でも一番の老舗で、悪意のある編集やしつこいアフィリエイトもないので人気が高いです。試しに私に関するまとめ記事を見てみて下さい」

 

「え~と、『朱鷺ネキと範馬勇次郎はどちらが強いのか』『【強い】七星朱鷺応援スレpart111【絶対に強い】』『北斗神拳とかいうチート武術』『【悲報?】beam兄貴が姉貴でJCアイドルだった件【朗報?】』『beam姉貴の新作をひたすら待つスレ』『【急募】セブンスターズの倒し方を教えろ【グラブレ史上最強】』『七星朱鷺とかいういつもラーメン屋にいるアイドル』……」

 

 サイト内にあるいくつかの記事を読んだ後、絶句しました。

「散々暴走した結果がご覧の有様です。こんな状態になってはいますが、私はアイドルを諦めてはいません。いつか清純派アイドルとして、コメットの四人でドームライブをやることを目標に努力しているんです。

 これに比べたら今回のやらかしなんて全然大したことないですよ!」

 自分で言ってて泣けてきます。あれっ、私の方がダメージを受けているような気が……。

 

「うん……その、ごめん」

 気の毒な人を見るような視線が突き刺さります。

「それに貴女はこれまで挫折を知らずに生きてきたでしょうから、今回の件はいい勉強になったと思います。一回り大きく成長するための試練だったと思えばいいんですよ」

「……そっか、そうだね」

「私としては、ちょっとくらいやらかしたことのある人の方が親近感が湧きます。なのでこれから頑張りましょう、未央さん!」

「うん! ……あれ、今名前で呼んでくれた?」

「え?」

 そういえば、ごく自然に未央さんと呼ぶことができました。

 

「もう一度未央って言ってみてよ!」

「そう改めて言われると何だか言い辛いです……」

「いいじゃん! ねっ!」

「……未央さん」

「やったー! やっと名前で呼んでもらえた!」

 先程までの暗い表情は消し飛んでおり、自然な笑顔が戻っていました。

 

「じゃあ名前で呼んでくれた記念に、二人のLINEグループでも作らない!?」

「ええ、いいですよ。グループ名ですけど、こういうのはどうでしょう?」

 スマホで文字を打って未央さんに見せました。

「あはは、私達にぴったりじゃん! いよーし、それに決定!」

 お互いの顔を見て笑います。今回の件で未央さんとも真の仲間になれたような気がしました。

 

 初夏の優しげな風が私達の間を通り抜けます。

 スマホの画面には『やらかしリーダーズ』という文字が表示されていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




~七星朱鷺のウワサ~
 親しみを感じたアイドルのことは自然と下の名前で呼ぶらしい。





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