ブラック企業社員がアイドルになりました 作:kuzunoha
「これが最後の勝負ですよッ! 馬鹿野郎お前私は勝つぞお前!」
泣きの一回で十連ガチャを回しました。するとスマホの画面内に地味~な演出が表示されます。結果は……レア九枚に確定SRが一枚ですか。……つまりは
「てめえらの血は何色だーっ‼」
壊さないように最大限の配慮をしつつ、スマホをベッド目掛けブン投げました。そのまま横になり涙目でふて寝します。
「世の中クソですね……」
呟き声がシーンと静まり返った自室に響きました。最近始めたグランブレードファンタジーというソーシャルゲームの課金ガチャに挑戦したものの、つい熱中してしまい三十分で五万円も飲み込まれたのです。
結果はお察しの通りでした。やはり致命的に運が悪い私と課金ガチャとの相性は最悪なようです。うん、知ってた。
「お風呂でも入ってさっぱりしましょうか……」
立ち上がってふらふらと浴室に向かおうとすると、さっき投げたスマホから着信音が流れました。確認したところ電話の相手は犬神P(プロデューサー)です。こういう落ち込んだ時に電話してくるなんて本当に空気が読めない奴ですね!
無視したいですが仕事の連絡だとまずいのでやむなく出ます。
「もしもし、七星さん?」
「ただいまお掛けになった現役美少女JCアイドルは現在留守にしております。ご用件のある方は発信音の後、味噌汁で顔を洗って出直して下さい。ピー」
「いや、いるじゃないか! それに自分で美少女って……」
「何ですかそのやる気のないツッコミは。貴方それでも芸人ですか! そんなんじゃM-1王者なんて夢のまた夢ですよ!」
「いつから俺は漫才師になったんだよ!」
「JC的な軽いジョークです。それで要件は何ですか? つまらない内容でしたら処しますけど」
ドスを効かせて問い詰めると、やや上ずった声で返事が返ってきます。
「実はさっき地上波テレビの仕事が取れてね。早速知らせようと思ったんだよ」
「そんな大事な話なら早く言って下さい。仕事の遅い男はこれだから駄目ですね」
「君は基本的に俺の話を聞いてないよなぁ……」
「それでどんな番組なんですか? テレビ出演と言ってもこの間の『パイクVSシールド』みたいなお仕事はもう御免ですよ」
「……あれはちゃんと謝っただろう。広告代理店のお偉いさんからの指名だから流石に断れなかったんだって」
「それをどうにかするのがPの腕の見せどころじゃないですか」
「そんな無茶な……」
体力系のお仕事は子供達が楽しんでくれるので口で言うほど嫌ではありませんが、そんなことをコイツに話したらそればかり持ってきますから釘を刺しておかなければいけません。
パイクVSシールドは矛盾という故事にちなみ、相反する『絶対に○○なもの』同士を戦わせて決着をつけるというバラエティ番組です。
ちなみに私が出た回は『どんなものでも絶対に破壊するアイドルVSどんな攻撃でも絶対に破壊できない金属』というテーマでした。なんとか超硬合金という非常に硬い金属だったそうですが、
私としても不本意でしたけど、わざと手を抜いてやらせをする訳にはいかないので仕方がなかったのです。でも私の力を参考にしてもっと硬い金属を作って見せると燃えていたので、あれはあれでよかったのかもしれません。やはり日本の技術者は凄いですよ。
「放映後は私のイメージが更に悪化してしまいましたからねぇ。潔く切腹して責任を取って頂きたいです」
「でもあの回は番組歴代一位の視聴率だったじゃないか! それだけ七星さんが世間に注目されているってことだよ。しっかり数字を持っているんだから、そのうち清純派アイドルとしても認められるはずさ!」
「そ、そうですかね……?」
「ああ! ところで次の仕事だけど、あの『アイドル格付けチェック』に輿水さんとのチームで出演することに決まったんだ。『
「ほう……やりますねぇ!」
「俺もやる時はやる男だからな! 七星さんも346プロダクションを代表して活躍してきてくれよ」
「任せて下さい。一流アイドルの真の実力を見せつけてあげます」
お互い上機嫌で電話を切りました。アレもたまには役に立つことがあるんですね。
アイドル格付けチェックとは『高級品(またはプロ)』と『安価品(または素人)』を見分ける問題に挑戦し、その正解数に応じて最終的なランクを決めるというバラエティ番組です。
最初は『一流アイドル』からスタートし、不正解の度に『普通アイドル』『二流アイドル』『三流アイドル』『そっくりさん』とランクが下がっていき、最後には『映す価値なし』としてテレビの画面にすら映してもらえなくなってしまうという過酷な企画です。
なお、番組名の通り出演者は現役のアイドルに限定されます。346プロダクションのバラエティ事業部が手がけている番組なので当初はウチのアイドルしか出演していませんでしたが、他事務所のアイドルも出して欲しいとの要望が非常に強く寄せられたため、今では765プロダクション等のアイドルにも出演頂いています。
他のプロダクションのアイドルも出演するので事務所間の対抗戦という側面もあるようです。346プロダクションは制作側ということで出演枠を二つ頂いていますが、その分どちらかは好成績を残さないといけないというプレッシャーがかかります。
ですが人生経験の長い私にとって敵ではないでしょう。一流アイドルを死守して、体力馬鹿や脳筋、近所のゲームが下手なお姉ちゃんといった汚名をこの機に返上してやるのです。
しかし凸レーションも出演するとは思ってもいませんでした。流石武内Pだけあり、事務所内に太いパイプがあるようです。
凸レーションはきらりさん、莉嘉ちゃん、みりあちゃんの三人から成る、シンデレラプロジェクト五組目のユニットです。プロジェクトメンバーのうち特に長身のきらりさんと年少組の二人という構成で、凸レーションの凸は『三人並ぶと身長的に
きらりさんは杏さんと組むと思っていたのでこの組み合わせは意外でしたが、気配り屋なきらりさんと実は鋭くて頼りになる杏さんを敢えて分けることでそれぞれのユニットの安定化を図る意図があるのではないかと勝手に想像しています。
彼女達は初のテレビ出演なので私と幸子ちゃんでしっかりフォローしてあげなければいけません。忙しくなりますが頑張りましょう。
そして瞬く間に収録当日になりました。かなり余裕をもって収録スタジオ入りします。
幸子ちゃんは前の仕事が押しているらしく到着は開始直前になるそうなので、代わりに楽屋挨拶に行くことにしました。
世間でもよく言われている通り、芸能界では本番前に先輩の楽屋へ挨拶をして周ることが習慣化されています。346プロダクションはその辺結構ゆるゆるですが、今日は他事務所のアイドルの方もいらっしゃいますので宮内的な庁
正直面倒ではありますが、郷に入っては郷に従えといいますから仕方ありません。
そのまま一番奥の控室前に移動しました。楽屋貼りを見ると『765プロダクション
「失礼します」
今日の出演者の中で一番の大物なので、ノックは略式の三回ではなく国際標準のルール通り四回しっかりとやりました。すると「どうぞ、お入り下さい」という返事が返ってきたので恐る恐るドアを開けます。
室内には銀髪で高貴な感じの美女とショートカットでボーイッシュな感じの女の子がいました。ボーイッシュな子は何だか緊張した面持ちです。
「初めまして。346プロダクションのアイドルユニット──『コメット』の七星朱鷺と申します。同じチームの輿水幸子さんはお仕事中のため私だけでご挨拶に伺いました。本日は番組をご一緒させて頂きますので、
何とか噛まずに言い終わるとそのまま営業スマイルで最敬礼します。大物には媚びて媚びて媚び続ける。これが私のビジネススタイルです。誰にも文句は言わせません。
「これはご丁寧に。
四条さんが優雅に一礼しました。テレビで見た通り本当にお綺麗な方です。ですが私としては、彼女に対して別の意味で憧れを持っているのです。
「『生っすか!? サンデー』内のラーメン探訪のコーナーは全て視聴させて頂きました。ラーメンへの真摯な態度と強い情熱には心から敬服します」
以前菜々さんにお借りしたDVDに彼女が担当していたラーメンの食レポのコーナーがありました。当初はどうせにわかやろと思っていたのですが、豊かな表現力と鋭い視点が私の心を捉えたのです。それ以来彼女のファンになりました。
「まぁ、ありがとうございます。貴女もらぁめんがお好きなのですか?」
「はい! もしよろしければおすすめのお店を教えてもらえると嬉しいです!」
「ええ、いいですよ。収録が終わりましたら、じっくり語り合いましょう」
「ありがとうございます!」
憧れの方を前にしてつい舞い上がってしまいました。もっと自重しなければいけませんね。
「ボクは菊地真っ! 一応言っておくけど、ボクは正真正銘の女の子だからね? 勘違いしたら駄目だよ!」
「承知しています。こんなに可愛い方を男の子と勘違いする訳ありませんもの」
「ほ、本当!? 可愛い?」
「はい。とっても可愛いですよ」
「へ、へへっ!」
照れた感じで上機嫌になりました。ボーイッシュな王子様キャラで売ってはいますが、実のところ女の子扱いされたい乙女だと言うことは事前にリサーチ済みです。
まぁ、調べなくても発する気が女性のものですから間違える訳ないんですけどね。
明るい表情をしていた菊地さんですが、直ぐに緊張した面持ちに戻ってしまいました。
「どうされました? 体調でも悪いのですか?」
「いや、そうじゃないんだけどさ。今日の収録が憂鬱で……」
「そういえば四条さんとペアですものね……」
「……うん。間違えられないと思うと胃が痛くって」
四条さんは他事務所解禁後の初登場以来、ほぼ毎回出演していながらチームメイトも含め一度のミスもなく三十六問連続正解し、常に『一流アイドル』の称号を守り続けています。正にミスパーフェクト、真の一流アイドルと言えます。
その分チームメイトにかかるプレッシャーはとんでもないものになります。前回ぺアで出演した
「盛者必衰の理という言葉の通り、いつまでも勝ち続けられる者はいません。真は真の力を発揮すれば良いのです。その道がどのような結果に終わろうとも、私はそれで満足なのですよ」
「でも、みんなが繋いでくれたバトンだからここで終わらせたくない。だから、ボクは頑張る!」
「……ありがとう、真」
二人がしっかりと手を繋ぎます。噂通り、765プロダクションのアイドル達はとても強い絆で結ばれているようですね。私達も見習わなければいけません。
再度一礼して765プロダクションの楽屋を後にし、次の楽屋に向かいました。
楽屋貼りには『876プロダクション
ノックをして許可を得てから入室しました。
先ほどと同じように挨拶をします。三人のうち二人は以前ITACHIに出演した際にお見かけしたことがありますが、ショートなボブカットヘアの子とお会いするのは初めてでした。
「日高愛です! よろしくお願いしますっ! えへへっ、ITACHIの収録ぶりだねっ!」
「……おはようございます。水谷絵理です。この間は、お疲れ様でした」
日高さんと水谷さんから返事が返ってきました。
「私のこと覚えてくれていたんですか?」
「当たり前だよ! だってあの動きは二度と忘れられないもん!」
ああ、そういうことですか。確かにあの時は滅茶苦茶なムーブをかましましたから、強く印象に残っても不思議ではありません。個人的には蒸し返して欲しくないですけど。
「……どうしたの?」
「い、いえ。何でもないですよ、何でも」
二人の記憶を抹消しようかという考えが一瞬よぎりましたが打ち消しました。消したところで映像には残っていますから意味ないですもんね。
「初めまして、秋月涼です。今日はよろしくお願いします」
「はい、こちらこそ」
少し落ち込んでいるとボブカットヘアの子から声を掛けられました。物腰が柔らかくて落ち着いた感じの女の子です。
あれ? でもこの違和感は何でしょう? この子の気の流れはどう考えても……。
「でも今日は残念! 体力系のバラエティなら七星さんの活躍が見れたのに!」
私の思考は日高さんの大声で搔き消されました。
「あ、あの時は非常事態でしたけど、私は本来清純派アイドルなので体力仕事はあまり受けないんですよ」
「そう、なの? 何か、もったいない……」
「……でも、その気持ちわかるな。やりたいこととやっていることが違うのって結構大変だし」
秋月さんが感慨深げに呟きます。若いのにかなり苦労してそうな印象を受けました。
その後少しお喋りして楽屋を後にします。
秋月さんについてはちょっと気にかかることがありましたが、きっと私の勘違いでしょう。あんなに可愛い子が男の子のはずがないですもん。
その後は他プロダクションの楽屋や、番組の司会を担当している天然系アイドルの
最後は凸レーションの楽屋です。日頃から交流が多いのでそこまで気を遣わなくていいから楽ですね。軽くノックをしてから楽屋内に入りました。
「おはようございます。皆さん今日はよろしくお願いします」
「あっ、朱鷺ちゃんだ! 今日はよろしくね~☆」
「みりあ、テレビに出るの初めてだから楽しみっ!」
莉嘉ちゃんとみりあちゃんが元気よく返事をします。
「……あれ、きらりさんは?」
彼女の姿が見えかったので訊いてみました。
「きらりちゃんならさっきおトイレに行ったよ」
「ああ、そうなんですか」
遅刻や体調不良ではなくて幸いでした。初めてのテレビ出演だと緊張し過ぎて体調を崩してしまう方が結構いるんですよ。その点、眼前ではしゃぐ二人は心配なさそうです。
「お二人とも緊張し過ぎていないようで良かったです」
「え~! だってテレビに出られるんだよ? ちょー楽しみ過ぎて緊張なんてどこかいっちゃったって☆」
「うんっ! アイドルってすごいねっ。毎日ちがったコト、できるんだもんっ♪」
ふふっ。どうやら私の小賢しいフォローなんて必要なかったようです。今のままの自然体なら彼女達の魅力は十二分に伝わるに違いありません。天真爛漫さが何よりの売りですからね。
「収録中にわからないことがあったら何でも訊いて下さい」
「は~い☆」
「えへへっ! ありがとう、朱鷺ちゃん!」
そのまま少し雑談して楽屋を後にしました。これで挨拶回りは無事完了です。
撮影準備が整いましたので収録現場である大スタジオに移動します。他のアイドル達と同じくひな壇っぽい席に座っていると、幸子ちゃんが息を切らせながら駆け足でやって来ました。
「おはようございます」
「お、おはようございます、朱鷺さん。なんとか間に合いましたか……」
「はい。私も一安心です」
「いや~売れっ子は辛いですねぇ~……!」
ぼやきながらも充実した表情です。彼女も私と似てワーカホリック気味なのでした。
そんなことを思っていると収録が始まります。
「アイドル格付けチェック!」
「始まりま~す!」
瑞樹さんと愛梨さんの掛け声に合わせて拍手をしました。他のバラエティ番組の司会も担当している安定コンビらしい慣れた感じで進行していきます。
「今日もステキな一流アイドル達が集まっているわね!」
「そうですねぇ、『今の間は』一流ですけど~」
「ではこれから、一流アイドルならわかって当然の物をチェックさせて頂くわ。問題は高い物か安い物か、またはプロか素人かの二者択一よ!」
「皆さ~ん、一流を維持できるように頑張って下さいね~」
「は~い!」
皆で元気よく返事をしました。表情こそにこやかですが内心は戦々恐々です。
「それでは早速第一問! 愛梨ちゃん、お題は何かしら?」
「最初のチェックは音感です! 今回はヴァイオリンとチェロの三重奏で音色を聞き分けて頂きます。今回も世界的な名器を揃えました。この三重奏の総額はなんと三十億円となっていま~す! そして比較して頂くのは初心者用の楽器で、こちらの総額は八十万円です」
会場からどよめきが沸きました。価値観が違いすぎてついていけませんね。私の前世の総額賃金が名器の六十分の一にも満たないと考えると悲しくなってきます。
「さぁ、栄えあるトップバッターは幸子ちゃんね! 自信の程はどう?」
「ボクを誰だと思っているんですか? トップアイドルなら楽器の良し悪しなんて一瞬で聞き分けられますよ! カワイイ上に一流なボクの活躍をとくと目に焼き付けて下さいね! ふふーん!」
自信満々な足取りでチェックルームに向かいました。盛大な死亡フラグを立てたような気がしますけど、大丈夫でしょうか。
そうするうちにチェックが始まりました。幸子ちゃんが音を聞き分ける姿をモニター越しに確認します。学校では中々見られない真剣な表情なので、何だかいけそうな気がしてきました。
両方の演奏を聞き終えると不敵な笑みを浮かべます。
「正解はズバリAです。これはもう間違えようがありません。音の広がりや深さがBとは段違いですよ! それにあの柔らかさはストラディバリウス独自の特徴です!」
迷いなく回答しました。その殴りたくなるようなドヤ顔を今だけは信じることにします。
続いて莉嘉ちゃんとみりあちゃんが挑戦します。
「う~ん……」
ひとしきり聞き終わった後、二人共悩むそぶりを見せました。出来ればAに行って欲しいですけど……。
「どっちもカッコイイけど……Bの方がいい音するかなッ☆」
「うん! みりあもそう思う! Aの方はちょっと固かったかな? 緊張しちゃったのかも」
どちらもBの札を上げました。346プロダクション間で回答が割れてしまったので、これで我々と莉嘉ちゃん達のいずれかが不正解ですか。どちらにも間違えてほしくなかったのでとても残念です。
他のアイドル達も続々と回答していきましたが、日高さんや水谷さんを含め殆どの方はBを選択しました。四条さんが来てくれれば勝利確定ですが、結果のネタバレになり番組的に盛り下がるので彼女だけ専用の回答ルームなんですよねぇ。
なお、幸子ちゃんはAの部屋の隅っこで膝を抱えています。この時点で終戦が決まったような気がしました。現実は非常である。
そして結果発表の時間が来ました。瑞樹さんが正解の方の扉を開けますので、
「正解はBよ~!」
フェイントをかけつつBの扉を開きました。Bの部屋の子達が大喜びする一方、幸子ちゃんは茫然自失とした表情で放心しています。うん、知ってた。
すると私を含め、不正解のチームの椅子やスリッパが安いものに交換されていきました。これが敗戦チームの末路ですか。
少しして先ほどの回答者達が一斉に戻ってきました。
「正解して良かった~! やったね、みんな!」
「当然! だってアタシ達はちょー一流のアイドルだもん☆」
「うふふーっ。二人とも正解で良かったにぃ♪」
正解したチーム凸レーションが幸せムードに包まれています。一方我々はお通夜でした。
「お疲れ様です。……次、頑張りましょう」
「そ、そうですね。まだまだ、これからですよっ!」
無言で席に座った幸子ちゃんに声を掛けると精一杯虚勢を張りました。第一問目からこの惨状ですから、私が全問正解して格下げを食い止めなければいけません。頑張るしかないよ。
「さぁ、どんどん行くわよ。続いてのチェックはこちら!」
「第二問目はジャズバンドです。今回はプロのジャズバンドとアマチュアのジャズバンドサークルの演奏を聴き分けて頂きます~!」
またも音楽問題ですか。私だってアイドルの端くれですから音感には結構自信があります。ジャズにはあまり詳しくないですけど、プロとアマチュアの演奏くらい簡単に聴き分けられるに違いありません。なんて言ったって私には『トキ(北斗の拳)と同じ程度の能力』がありますから、常人より遥かに聴力は良いのです。
ポンコツの幸子ちゃんとは違うんですよ、幸子ちゃんとは。おほほほほ。
「今回は驚異の身体能力が使えないですけど、大丈夫ですかぁ?」
「ええ、問題ありません。そろそろ世間の皆様に私が脳筋ではないことをご理解頂きたかったので丁度いい機会です。音楽の問題なので、これを外したら私のアイドルとしてのプライドが許しませんよ」
愛梨さんから意地悪っぽく質問を受けたので笑顔で返します。
「自信満々ですね~。ではいってらっしゃい!」
「はい。サクッと正解して戻ってきますから待っていて下さい」
軽い足取りでチェックルームに向かいます。
ジャズバンドの目の前に設けられた専用の座席に座り、アイマスクを付けて耳に神経を集中させます。
準備が整うと早速Aの演奏が始まりました。こちらは何となくダイナミックな感じがして聴いていて心地良いです。続いてBの演奏ですが、こちらは耳に届く迫力がAと比べて段違いに力強く、それでいて繊細さも感じます。こちらに比べるとAはややぎこちない感じがしてしまいますね。音の違いがはっきりわかりました。
「正解は、Bです!」
回答タイムになったのでBの札を勢いよく上げます。
「Bは最初の一音目から心が震えました。Bの演奏の力強さと繊細さに比べてしまうと、Aの方は如何にもアマチュアというか、色々と足りていないところが多いと思ってしまいます。Bからはバンドサウンドの迫力というものを感じましたね」
Bの演奏の良さについて熱弁した後、Bの部屋に向かいます。最初の回答者なので他のアイドル達が来るまで大人しく待つことにしましょう。
……そして待つこと十数分が経過しましたが一向に誰も来ません。一方Aの部屋には多数のアイドルが賑やかそうに待機していました。菊地さんや秋月さんも当然のようにAを選択しています。
あれ~? おかしいね、誰もいないね……。
思わず顔を手で覆ってしまいました。オジサンは寂しいと死んじゃうので、一緒に地獄に落ちてくれる人を大募集中です。
結局誰も来ないまま結果発表となりました。きらりさんも余裕でAを選択しています。
「それでは結果発表よ~!」
瑞樹さんと愛梨さんが近づいてきました。そ、そうです! まだ負けと決まった訳ではありません! 一発逆転のチャンスを信じてあの意地悪な神様に祈りました!
「正解はA~!」
がっ……駄目っ……! 無情な結果を受けて思わず天を仰ぎます。
というか祈る相手を間違っていました。あの神様なら面白がって絶対Aにしたはずですもん。
Aの部屋ではしゃぐアイドル達をモニター越しに茫然自失で眺めます。奇跡も魔法もないんだよといった気分でした。聴力は良くても感性がガバガバだったようです。
Bの部屋をそっと出てすごすごと大スタジオの座席に戻ると備品が更にグレードダウンしています。スリッパも100円ショップで売っているような洒落っ気のないサンダルに差し替えられていました。二問連続不正解は我々だけなので余計に惨めさが目立っています。
「本当に、すみません……」
「い、いえ。ボクも外しましたし……」
幸子ちゃんに謝りましたがお互いに目を合わせ辛いです。もう泣きたい。
「いや~! それにしても、一流アイドルと普通アイドルの中にまさか二流アイドルが紛れ込んでるなんて思いもしなかったわ~!」
「め、面目ありません……」
早速瑞樹さんに
「自信満々に間違えてどう思った?」
「辛いです……。音楽が好きだから……」
真顔で質問されたので小声で返事をします。私の出演シーンはばっさりカットして頂けないでしょうか。このピエロっぷりをゴールデンタイムのお茶の間に晒したくはないです。
その後幸子ちゃんは盆栽、私はミニドラマの演出を自信満々に外し、漸く最後の問題になりました。幸子ちゃんが何とか一問正解してくれたためそっくりさんで踏みとどまっており、映す価値なしだけは回避できています。
なお、チーム765プロダクションは四条さんと菊地さんの活躍で一流アイドルを維持しています。チーム876プロダクションは二流アイドルで踏み留まっていました。
「きらりちゃん、ごめんね……。せっかくずっと一流アイドルだったのに」
「だってフカヒレなんて普段あんまり食べないもんっ! 高いか安いかなんてわかんないよ~」
みりあちゃんと莉嘉ちゃんがきらりさんに謝ります。チーム凸レーションは一流アイドルを維持していましたが、先ほどの味覚チェックで惜しくも外してしまい普通アイドルにダウンしてしまいました。
それでもそっくりさんに比べれば天と地の差ですけどね……。
「うきゅ? んーとねぇ。確かにちょーっとだけ残念だけどぉ、みりあちゃんと莉嘉ちゃんが頑張って考えたこと、きらりんは知ってるの。みんなが全力で楽しめれば、きらりはそれだけでハピハピなんだにぃ☆」
「ほ、本当?」
「そう! だからみんなでハピハピしようねぇ~☆」
「うわーん! きらりちゃーん!」
「うぇへへ。きらりんがハピハピをあげると、みんなもハピハピをくれて。どっちもキュンキュンで、もう飛んでいっちゃうのー!」
流石凸レーションの屋台骨だけあって相変わらずの地母神っぷりですね。武内Pが年少組と組ませた理由がよくわかります。あのグループはきらりさんさえしっかりしていれば道に迷うことはないでしょう。
ですがあれでいてとても繊細な乙女ですから、その心が折れてしまわないように見守っていかないといけません。今の私が言えた義理ではありませんけど。
「それでは最終問題ー!」
「最後は毎度お馴染み、牛肉の食べ比べです♪ 1つは松阪牛、それも牛1頭からわずか600gしか取れないというフィレステーキで、注目のお値段は何と百グラムで18,000円でーす!
そして比べるのはスーパーで購入したアメリカ産牛肉で、百グラム900円のものになります」
予想通り最終問題はお肉でしたか。ジャズバンドやミニドラマでは後れを取りましたが、味覚は私の得意とする分野なので今度こそ大丈夫なはずです。というかこれで外したら命を絶つくらいの覚悟で臨みます。
「朱鷺さん! もうそっくりさんで構いませんから消滅だけは避けて下さいよ! 外したら一生恨みますからね!」
「……努力します」
必死の形相で叫ぶ幸子ちゃんの声援を受けながら死地に旅立ちます。先ほどの凸レーションの心温まるやり取りとは一変して殺伐とした空気に満ち満ちていました。
我々と凸レーション、どうしてこれほど差がついたのか……慢心、環境の違い。
「いざ鎌倉!」
別室の専用席に座り、アイマスクを付けて気合を入れます。番組スタッフの方に食べさせてもらい、まずはAの牛肉から味わいました。なるほど……こういう味ですか。
続いてBの牛肉を味わいます。すると先ほどの牛肉との味の違いがはっきりと分かりました。
深呼吸をした後コメントをしていきます。
「松坂牛の特徴はきめの細かい霜降りと柔らかな肉質、そして深みのある上品な香りです。脂肪の溶け出す温度が低く、舌触りが良いという長所もありますね。それらを全て兼ね備えているのはBの牛肉です! これは間違いようがありません!」
言い終わると同時にBの札を上げました。
松坂牛専門のステーキハウスには家族で何回か行ったことがあり、そこで食べたお肉と肉質が似ていましたので今度こそ間違いないはずです!
……きっと、たぶん、おそらく、めいびー。
再びBの部屋に向かいます。今回も最初の回答者なので、他のアイドル達が来るのをじっと待ちます。三連続で一人ぼっちは嫌だよう。はやくきて~はやくきて~!
手を組んで必死に祈り続けます。今回の祈り先はあの意地悪な神様ではなく、私の好きなニャルラトホテプ神にしましょう。
だが無意味でした。他のアイドル達は続々とAの部屋に入っていきます。
先ほどまでの自信は完全に打ち砕かれました。そういえば何となくAの牛肉の方が美味しかったような気がしてきます。もしかしたらあのステーキハウスが産地偽装をしていたのかもしれません。今度行ったら訴えてあげます。法廷で会おう!
もうダメだ、おしまいだぁ……と涙目で震えていると、ふと扉が開きました。
「あっ、ヤバッ!」
私の顔を見た秋月さんが思わず呟きました。……まるで貧乏神のような扱いです。
「遅かったじゃないか……」
「え、え~と。七星さんだけ、なのかな?」
「はい、私だけですよ。念願のお仲間ですから、ゆっくりしていってね!」
「これは終わったかも……。愛ちゃん、絵理ちゃん、ごめんね……」
そのままがっくりと肩を落とします。お願いしますから私=不正解みたいな図式を作るのは止めて頂けないでしょうか。
するとまた扉が開きます。今度は菊地さんでした。私を見るや否やまたも表情が引きつります。
「貴音……ごめんっ!」
「だからまだ不正解と決まった訳じゃないですって!」
「そ、そうだねっ! こっちが正解の可能性だってまだあるさ! ……多分、5%くらい」
「低すぎぃ!」
そのままフラフラとした足取りで部屋に入り、青い顔で天を仰ぎました。貴女達の中で私は一体どのような評価をされているのでしょうか。
少し待つとまた扉が開きました。今度はきらりさんです。
「おっつおっつ! みんながいてくれてうれしいにぃ☆」
不思議なことに私の顔を見てもテンションが変わりません。正直言って秋月さんや菊地さんの反応の方が普通だと思いますので不思議です。
「こちらに入ってしまい申し訳ございませんでした」
きらりさんに詫びを入れると何だかびっくりした表情です。
「うきゃ! なんであやまるの~?」
「だって連続不正解の私がいたら縁起が悪いじゃないですか」
「そんなことないにぃ☆ 今まではちょ~と運が良くなかっただけなのです! 今はきらりんもいるし、涼ちゃんも真ちゃんもいるからぱーぺき! うぇへ!」
「き、きらりさん……」
人の形をした女神がそこにいました。よし、決めた。きらりさんに相応しい素敵な旦那様に引き継ぐまで、私の命を懸けて彼女を
「……諸星さんの言う通りだね。酷い反応しちゃってごめんなさい、七星さん」
「うん、ボクも謝るよ。本当にごめん!」
「い、いえ! むしろ普通の反応ですから気にしないで下さい……」
秋月さんと菊地さんが私に頭を下げました。自らの誤りを素直に認めて謝ることができるこの子達もアイドル、いや人間としてとても素晴らしいと思います。この部屋にいる子達は私を除いて皆良い子でした。
そのまま
映す価値なしは嫌だ、映す価値なしは嫌だ、映す価値なしは嫌だ! とハリーポッターの如く心の中で呟き続けました。
「正解はBよ!」
こちらの扉が勢いよく開き、笑顔の二人が部屋に入ってきます。
その瞬間、片手を挙げて「シャアオラアアアァアアアアア!」と叫びました。そのまま皆と抱き合います。
「みんな、やったにぃ!」
「一時はどうなるかと思ったけど、正解して良かった~!」
「あはは! ボク正解したよ、貴音!」
本当に、本当に良かった……。何だか涙が出てきました。
こうして無事、映す価値なしは避けられたのです。その後は幸子ちゃんとも喜びを分かち合いました。そして弄られながらも最後まで収録に参加することができたのです。めでたしめでたし。
後日番組が放送されましたが、私達の正解シーンが同時間帯の瞬間最高視聴率を叩き出したそうです。結果こそそっくりさんで終わってしまいましたが、皆で目立って番組に
なお、私がガッツポーズをした瞬間を編集した動画が『完全勝利した七星くんUC』というタイトル名でスマイル動画にアップされ、史上最速でダブルミリオン再生になったそうです。
そんなもの作らなくていいから(良心)。