ブラック企業社員がアイドルになりました   作:kuzunoha

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第43話 ウキウキ修学旅行

「それじゃあ数学のテストを返却するわ。期末の学年平均は55点だけど、うちのクラスの平均はなんと70点よ! しかも赤点の子はゼロ!」

 間宮先生が喜びを頬に浮かべました。何だか感無量といった様子です。

「ミンナ、やったネ!」

 ナターリアさんが口を大きく開けて声を上げました。ぽっかりと浮ぶ雲のように軽やかな空気が教室中に漂います。

 

 すると次々にテストが返却されていきました。皆一喜一憂していますが、深刻な表情の子は誰一人としていません。

「次は七星さんだけど点数は何と100点よ! みんなも見習ってね」

 皆に注目されながらテストを回収しに前へ出て行きます。こういう目立ち方はあんまりしたくないので点数は言わなくていいんですが、悪気がないのがわかっているので怒るに怒れません。

 

「相変わらずテストは完璧だな。普段あんなに大雑把(おおざっぱ)なのに不思議だ」

「今回は大して難しい問題はありませんでしたから。後大雑把は余計ですよ」

 前の席の美玲ちゃんと喋っていると先生の視線を感じたので、慌てて口を閉じました。

「今回はよく頑張ったわね。全教科で学年平均を大きく超えるなんてこのクラス始まって以来の快挙よ! これも試験対策をしてくれた七星さんのおかげだからみんなで拍手してあげて!」

 すると割れるような拍手に包まれます。うう……恥ずかしいなぁ。

 

 前に先生から頼まれたとおり、最近は成績が振るわない子のお手伝いをしていました。

 この学校は私立のお嬢様校だけあり定期試験は公立校よりもだいぶ難しいですが、前回受けた中間試験の内容から各教師の癖や傾向はわかったので極力労力を減らし最大限の効果を得られるよう工夫したのです。

 狙い通り効果を発揮することができ、私としても重荷を一つ下ろしたように感じます。

 

「じゃあご褒美に先生のお山に登頂させてっ!」

「はいはい、また今度。さて、テストも無事終わったし来週からは待望の修学旅行よ! しかも行き先は沖縄だから楽しみね!」

 愛海ちゃんを華麗にスルーしつつ修学旅行の話をし始めました。するとクラス中がざわつき始めます。

「特製のカニの着ぐるみで地元の子供達を大笑いさせたる! 水陸両用アイドルを目指していくばい!」

「上田さん。着ぐるみは持ち込み禁止だからね?」

「しょ、しょんな……!」

 鈴帆ちゃんがしょげます。しかし水陸両用って……。アイドルとはいったい……うごごご!

 

「ですが夏直前の多忙な時期に三泊四日の修学旅行なんて、忙しいボクには何とも酷ですねぇ」

「あら、なら幸子ちゃんだけお留守番でもいいですよ?」

「出、出ないとは言ってないでしょう!」

「はいはい」

 こんなことを言っていますが、修学旅行に参加するために仕事のスケジュールを調整してもらうよう担当P(プロデューサー)へ必死に頼み込んだことを知っているんですよ。

 なんだかんだ言ってもクラスの子達と一緒に旅行するのが楽しみなんですよね。私もそうですから気持ちはよくわかります。

 

「今回はこのクラスの十二人全員で参加できるんだから、風邪を引かないようにしっかり体調管理してね! そして沖縄の海をみんなで楽しみましょう!」

「は~い!」

 元気な声が周囲に響き渡りました。

 

 

 

 そして修学旅行当日になりました。

「行ってきま~す!」

「はい、行ってらっしゃい♪ 乃々ちゃん達によろしくね~」

「おねーちゃん、いってらっしゃい! おみやげはイリオモテヤマネコがいいな!」

「ん~。それは密猟になっちゃうからちょっと難しいかな。代わりに朱莉が好きそうなお菓子をいっぱい買ってくるからそれで我慢してね」

「うん! いいよ!」

 満面の笑みを浮かべました。ふふ、ヤマネコが欲しいなんてやっぱり我が妹は可愛いなぁ。特別天然記念物じゃなければ捕まえて持って帰っていましたよ。

 

 今日は羽田空港で集合なので少し早めに家を出ました。間違えてまた成田空港に行きそうになったのはここだけの秘密です。

 危うく羽田成田間徒歩移動RTA(リアル・タイム・アタック)を再走するところでした。前回駆け抜けた結果、瞬時に高速移動する『ターボガール』として都市伝説化してしまいましたので二度とやらないと心に誓ったのですが、危うくその誓いを破りそうになりました。

 

「おはよ、ビームちゃん!」

「おはようございます。紗南ちゃん」

「闇に飲まれよ!」

「はい、やみのまー」

 既に到着していた蘭子ちゃん達に挨拶しました。そのまま搭乗手続きを済ませ飛行機に乗り込みます。

 

「~~~♪」

 飛行機の中では特にすることはないので、先週買ったるるぷ沖縄を眺めつつ鼻歌交じりで暇を潰します。

「今日の朱鷺ちゃんはなんだか、とても機嫌がいいです……」

 右隣の席に座っている乃々ちゃんから指摘されました。

「なんて言ったって人生初の沖縄ですからね。テンションも上がってしまうというものですよ!」

 前世ではモンスタークレーマー処理のために全国各地に出張していたものの、不思議と沖縄県には行ったことがないのです。

 現世ではよく家族旅行に行きますが、両親の仕事は開業医のため日帰りか良くて一泊二日なので沖縄には累計人生50年通して縁がなかったのですよ。

 蒼い空、青い海、白い砂浜……。その全てが人生万事ヘドロの私には縁遠いものですので、密かな憧れでもあったのです。

 

「イマドキ沖縄ではしゃいじゃうなんて可愛いですねぇ。ボクはグラビアの撮影でよく行きますよ! ふふーん!」

 左隣の席の幸子ちゃんがこれ以上無いくらいのドヤ顔をしました。何か(しゃく)に障ります。

「あれれ~? 幸子ちゃんはバラエティ以外の仕事もしていたんですか?」

「あ、当たり前でしょう! ボクは歌って踊るアイドルですよッ!」

「その割には年々バラエティの出演比率が上がっているような気がしますけど」

「……そんなことを言ったら朱鷺さんはもっと酷いじゃないですか」

「くっ……」

 これ以上言い争いをしてもお互い傷つくだけなので止めておきます。私は一人の清純派アイドルとしてこの生をまっとうしたいだけなんですけど、なぜ毎回明後日の方向に突き進んでしまうんでしょうか。

 

 

 

 皆とお喋りしているとあっという間に那覇空港に到着しました。飛行機から出た瞬間、太陽が燦々(さんさん)と降り注ぎます。週間天気予報では修学旅行中はずっと晴れの予報なので良かったです。

「とっても暖かいから、リオデジャネイロを思い出すナ♪」

「そうですね。本土よりも陽気で半袖でも暑いくらいです」

 比較的涼しい夏服の制服ですが、それでもうっすらと汗をかきました。

 

「それで、一日目はどこに行くんだっけ?」

「早速忘れたのか。初日はひめゆりの塔と塔に隣接する平和祈念資料館を巡るんだぞ」

 光ちゃんの質問に晶葉ちゃんが呆れ顔で答えます。

「早く海に行きたいれす……」

「気持ちはわかりますけど、修学の方もきちんとね。そしてその後皆で一緒に遊びましょう」

「わかりましたぁ~」

 七海ちゃんをなだめながら観光バスに乗り込み目的地に向かいました。

 

 平和祈念公園に着くと皆で一緒に見学をします。ひめゆりの塔は看護要員として戦場に動員される中で亡くなられていったひめゆり学徒隊の方々の慰霊塔です。

 ひめゆり平和祈念資料館には学徒隊の犠牲者の遺品や多くの犠牲者がでた(ごう)が実物大で再現されており、学徒隊について深く学べる場となっています。

 自他共に認める平和主義者の私としては、このような痛ましい悲劇を生む戦争が二度と起きないよう切に願いました。

 

「うぅ……ぐすっ」

「大丈夫ですか、蘭子ちゃん?」

「うん……」

 (まぶた)に涙を滲ませてうつむきました。なんとも知れぬ大きな悲しみの底に突き落とされているようです。

「戦争って、怖い……」

「そうですね。でも大丈夫です。例え何があっても私が皆を守護(まも)りますから」

「ふふっ。ありがとっ」

 くすっと笑いました。感受性が強くて優しい彼女には少々刺激が強かったのかもしれません。

 みんな戦争なんかやめよう! 馬鹿らしいよ! ラブアンドピース!

 

 見学が一通り終わるとバスに戻り、本日泊まる宿泊施設に向かいます。

 カラオケ付きのバスだったので、暗い雰囲気を吹き飛ばすためにオ○ンジレ○ジの『SUSHI食べたい』を一人で熱唱したらなぜか大ひんしゅくを買いました。

 でもナターリアさんと七海ちゃんには大好評だったので差し引きゼロです。

 

 

 

 宿泊施設に着くと割り当てられた六人部屋の和室に荷物を置きます。

「何か、ザ・修学旅行って感じの部屋だな」

「美玲ちゃんはこういうのお嫌いですか?」

「そ、そんなこと無いぞッ! 逆に好き、かも……」

「ウチも和室の方が落ち着くばい」

 鈴帆ちゃんが畳の上に寝転がりました。

「もう夕食ですからくつろぐのはご飯を食べた後にしましょう」

「それもそうやね」

 皆で一緒に食事の準備が済んだ大広間へ向かいました。

 

「う~。食べ過ぎました……」

「だから腹八分目にしとけと言っただろう」

「だって食べ放題のビュッフェ形式なんですもん。思わず限界を超えるまで食べてしまいました。晶葉ちゃんはもっと食べないと成長しませんよ。研究に熱中すると食事抜いちゃうんですから」

「わ、わかっているさっ」

「今度またご飯を作りに行きますから期待していて下さい」

「ああ。楽しみにしているぞ」

 

 夕食後は自由時間なのでクラスの子全員で一つの部屋に集まりました。皆パジャマなのでパジャマパーティですね。なお私は信頼と実績のダサジャージです。

「せっかくの修学旅行なんだからさ、皆で怖い話でもしない?」

「あ~いいれしゅねぇ~」

 紗南ちゃんの提案により怖い話大会が始まりました。照明を調整し部屋を暗くして、皆で輪になって集まります。

「…………」

 心なしか蘭子ちゃんの表情が強張っていました。

 

「順番はどうするの?」

「じゃあ私からいきますよ。学級委員長としてトップバッターを務めさせて頂きます」

「飛び切り怖い話をお願いね、ビームちゃん!」

「ウィ。お任せ下さい。

 ……これは私の知り合いのアイドルから伺った話です。その方の友達もアイドル志望でして、養成所でダンスや歌などをコツコツ頑張っていたそうなんですね」

 小声で語りだしました。小さな声で話し始めると聞く人が耳を近づけるため話に集中させることができるのです。

 

「その努力の甲斐があり、とある小さな芸能事務所にスカウトされてデビューすることになったそうです。そのアイドルはそれはもう喜びました。だって念願だったアイドルに成れたんですから当然ですよね」

 皆が一斉に頷きます。

「他のアイドルのバックダンサーやキャンペーンガール等の下積みの仕事を手を抜かず頑張った結果、その子もようやくCDデビューできるようになりました。事務所もそのアイドルの努力をわかっていまして赤字覚悟でデビューミニライブを手配したそうです」

「良かった……」

 安堵(あんど)の溜息が聞こえました。

 

「そのアイドルはライブの日を指折り数えて待ちました。そしてライブ当日になったのです。ライブと言っても小さい事務所ですから会場は小規模のライブハウスです。

 それでもその子は気にしませんでした。少なくてもライブを見に来てくれた観客のために精一杯歌おうと思ったんですね」

 共感を誘うように語りました。誰もが経験するシチュエーションで共感を求めると、話を聞く人をグッと引きつけられるんです。

 

「そしてライブ開始の時間になりました。喉はもうカラカラで、胸がどきどき張り詰めてくるのを感じます。ですが観客の方々が少しでも喜んでくれるよう笑顔を作り、一世一代の覚悟で舞台に飛び出しました!

 しかし、そこには驚愕の光景が広がっていたのです……」

「……ッ!」

 溜めに溜めてからおどろおどろしく言葉を続けます。

 

「観客は誰一人、いませんでした……」

「きゃー!!」

 かわいい悲鳴が部屋中に広がりました。

「た、確かに怖いなッ!」

「もし同じ目に遭ったら立ち直れんかもしれんばい!」

 美玲ちゃんと鈴帆ちゃんがブルブルと震えました。アイドルにとって観客0人は考えたくもない惨劇ですからこの反応は仕方ありません。正直幽霊よりよっぽど怖いです。

 

「もりくぼはそっちの方が安心しますけど……」

「お化けとかじゃなくて、良かった……」

 少々特殊な子もいましたが、概ね怖がってもらえたので良かったです。

「ま、まぁカワイイボクならそんなこと絶対ありませんけどねっ! というか怖さの方向性が違いますよ!」

「はは、すみません」

 蘭子ちゃんは心霊系の怖い話がとても苦手ですから変化球で勝負してみたのです。

 作り話だとネタばらしすると皆一様にホッとしていました。その後は怖い話を続けたり、トランプをしたりしてとても楽しい時間を過ごしました。

 

 

 

 翌日は首里(しゅり)城を訪れました。琉球王朝の王城で沖縄県内最大規模の城だったそうです。

 琉球王国の政治、外交、文化の中心地として威容を誇りましたが、先の大戦で灰燼(かいじん)に帰した後、沖縄の本土復帰二十周年を記念して国営公園として復元されました。

 再建されたものではありますがとても美しく、この場所の歴史に対する敬意に(あふ)れているような気がしました。お城は結構好きなので来られて良かったです。

 

「灼熱の業火が我が身を焦がす……」

「今日は結構暑いですからねぇ」

 蘭子ちゃんの額に汗が滲んでいます。日傘もあまり効果はなさそうでした。

「そうだ。仰いであげますよ」

 バッグから扇子を取り出して勢い良く仰ぎます。

「これはシルフの(たわむ)れ……否、プロバンスの風! ……た、助けて~!」

「ああっ、すみませんっ!」

 ついつい力を入れすぎてハリケーンみたいな暴風になってしまいました。

 

 首里城を後にした我々は観光バスで沖縄美ら海(ちゅらうみ)水族館に向かいました。

 こちらは国営沖縄記念公園・海洋博覧会地区内の水族館で沖縄の著名な観光地だそうです。

「むふー! みなさん、今日は七海についてきてくらさい~!」

 案の定魚好きな七海ちゃんが超張り切っていました。

 

「うわぁ~!」

「凄い……」

 巨大水槽内に展示されているナンヨウマンタやジンベイザメは正に圧巻の一言です。この一つの水槽で約七十種類、一万六千匹の生き物を様々な角度から見ることができ迫力満点で、まるで海の中にいるような神秘的な気分を味わえました。

「来てよかったですね」

「おさかなを釣り上げた時のような、ドキドキの連続れすっ!」

 食い入るように水槽に見入る姿が可愛かったです。

 

 その他にもイルカショーや熱帯魚コーナーなど見どころさんは盛り沢山でした。しかし私としてはそれ以上に気になるコーナーがあったのです。

「こっちは『深海への旅・個水槽』かぁ……深海魚ってなんか地味じゃない?」

「何言っているんですか愛海ちゃん。光の届かない闇の底で独自進化した生物なんて素敵です」

「でも、結構グロいのが多いよ」

「だから良いんじゃないですか。とっても親近感が沸きます。フフフ……」

 同じ闇の底で生まれ育った生物同士ですから共感してしまうところが多いんですよ。

 

 

 

 その後は本日のホテルに向かいました。

「明日はいよいよ海水浴とマリンスポーツか! 楽しみだ!」

「光は張り切っているナ! ナターリアもいっぱい泳ぐゾ~♪」

 明日は三日目にして念願の海ですから、皆浮足立っていました。そういう私も心がぴょんぴょんしてますから人のことは言えませんけど。

 

 夕食を終えて部屋に戻ろうとしましたが先生方が何やら真剣な表情をしてロビーに集まっていました。なぜか胸騒ぎがしたので、その輪から少し外れたところにいる間宮先生に話しかけます。

「お疲れ様です。何かあったんですか?」

「うん、実はね……」

 不安げな表情の先生から一通り事情を伺いました。

 

 明日はこのホテルに隣接したビーチで海水浴等をする予定なのですが、今日の夕方にその沿岸で巨大なサメらしき姿を見たとの目撃情報があったそうです。

 別の魚等を見間違えた可能性もありますが、生徒の保護責任があるので大事を取って明日の海水浴を中止にするか否か教師の間で意見が割れているとのことでした。

 

「そんな……」

「えぇ~! 海水浴できないの~!?」

 その説明を聞いた皆や他クラスの子達が口々に不満を漏らします。私も気持ちは同じでした。

 せっかく人生初の沖縄で仲の良いクラスの子達と旅行に来たのに、海に入らず尻尾を巻いて帰るなんて選択肢はハナっからありません。

「中止にする必要はないです。要はそのサメをなんとかすればいいんでしょう?」

「でも相手はサメよ? いくら七星さんでも危ないわ!」

「北斗神拳は無敵ですから任せて下さい。それに例え止められても私は行きます」

「そう言われてしまうと止めようが無いんだけど……」

 自信満々な態度で断言しました。たかが魚類にやらせはせん! やらせはせんぞ!

 

 

 

 翌朝、夜明けと同時にビーチに向かいます。先生やクラスの皆が見送りに来てくれました。

「何か感じますか、朱鷺さん?」

「はい。やはり目撃証言通り何かいるようです。……それも飛び切り大きいヤツが」

 幸子ちゃんの問いかけに答えました。集中して周囲の気を探知すると沖合いにひときわ大きい気を感じます。通常では感じ取れないくらいの距離ですが殺気に満ちていましたのでここからでもよくわかりました。

 

「やっぱり止めた方がいいんじゃないかしら。遊泳できないのは残念だけど七星さんの身の安全の方が大切よ」

「話し合いに行くだけですから大丈夫ですって。止めても無駄ですから諦めて待っていて下さい」

「……なら安全な距離で様子を見てね。危なくなったら直ぐに逃げていいから」

「は~い」

 先生は随分と心配症ですねぇ。例え死んでも自己責任ですという誓約書まで書いてあげたのに。

 

 なお、学校側が対応について346プロダクションに相談したところ、『朱鷺だったらメガロドンでもティラノサウルスでも問題なく処理できるから任せておけばいいさ』というそっけない回答があったそうです。理解のある事務所に所属できて私はとっても幸せですね(半ギレ)。

 

「シュノーケルはいらないのカ?」

「北斗の流派に伝わる『調気(ちょうき)呼吸術』のおかげで無呼吸で活動できますから素潜りで大丈夫です。初心者は10分程度なんですが私は特別なので30分以上無呼吸で動けますよ」

「初心者の時点で既に人間を止めているような気がします……」

 乃々ちゃんが何か言っていますが聞こえないフリをしました。

「じゃあ、行ってきま~す!」

 手を振ってから海に飛び込みました。

 

 入水後は先程の殺気目掛けて猛スピードで突き進みます。

 するとものの数分で目的地に辿り着きました。

(……ッ!)

 いました。

 眼前にはB級サメ映画に出てきそうなほど大きくて凶暴そうなホオジロザメが遊泳しています。その黒々とした瞳がとても印象的でした。コイツが殺気の主だったようですね。

『デカァァァァァいッ! 説明不要!!』といった感じです。

 目撃証言は確かなものでした。こんなのがいたら安心して泳げませんのでもっと沖へお引き取り願うことにします。

 

(めっ!)

「…………?」

 殺気を開放してホオジロサメにぶつけましたが全く動じません。むしろ殺気を私に向けてきました。どうやら哺乳類と違い察しが悪いようです。所詮は魚類ですから仕方ありませんか。

 さてどうしましょうかねぇと思った次の瞬間、大口を開けて私目掛け突っ込んできます!

 

 正に、突撃でした。

 巨体の全体重を乗せた、魚雷のような圧倒的な突撃。

 ホオジロサメは海中を一気に駆け────その牙は私を捕らえません。

 

(激流を制するは静水……)

 慌てず騒がず、腰を軽くひねるだけの動きで突撃を回避しました。

 いくら水中とはいえ、何の技術もない力任せの単調な攻撃が私に当たるはずがありません。

 そしてこれで正当防衛成立です。先に手を出したのは貴方ですから恨まないで下さいね。

 

 ホオジロサメは私の姿を見失って右往左往していました。

 再度殺気をぶつけるとUターンし再び私目掛け突進します。同じ攻撃が二度通じると思っているのでしたら甘いですよ。

 再び最小限の動きで突撃をかわし、そのまま攻めに転じます。

 

 下方から上方へ向けて繰り出す、手首を返しての切り上げの手刀。

 隙だらけだった白いお腹に吸い込まれていきます。

 次の瞬間、貫手が奴の心臓に到達しました。

 そのまま一気に潰します。

 回避から仕留めるまでの動作が、一瞬のうちに、何の予備動作もなく行なわれました。

 

 すると辺りの海水が真紅に染まりました。

 最期の力で暴れ始めたので、再び手刀で延髄を瞬断し脳を完全に破壊しました。するとぐったりして動かなくなります。

 本当は秘孔を突いて安らかに葬りたかったのですが、流石の私でも魚の秘孔は分からないのでそれ以外の方法で苦しみが最小限になるよう注意しました。弱者をいたぶる趣味はないのです。

(さて、と……)

 血抜きが十分に済んだことを確認した後、ビーチに向かって再び泳ぎ出しました。他に大きい気は感じられませんのでもう大丈夫です。

 

 

 

「ただいま~!」

「おかえりなさい……って、何その大きいサメ!」

 ホオジロサメの尻尾を片手で持ち巨体を引きずりながら上陸すると、先生が慌てました。

「交渉が見事に決裂したのでつい殺ってしまいました。正当防衛ですから仕方ありませんね」

「過剰防衛に見えるけど?」

「個別的自衛権を発動しただけです。誤差ですよ誤差」

「はぁ……」

 思わず溜息を吐きました。問題を解決したんですからもっと褒めても良いんですよ?

 

「でも、こんなのを持って帰ってどうする気なんだ?」

 晶葉ちゃんが不思議そうな顔をしました。

「どうするって、もちろん食べるに決まってるじゃないですか」

「食べる!?」

「当たり前です。私は無駄な殺生は致しません。生き物を殺すのは食べる時と決めていますので、このサメさんも頂きます」

「えぇ……」

 クラスの皆から一斉に引かれました。ですがナターリアさんと七海ちゃんはウッキウキです。

 

「でも、サメって食べられるの?」

「白身魚とほぼ同じですから美味しいですよ。低カロリーで高タンパクなので体にも良いです。死後時間がたつとアンモニア臭くなるのが欠点ですが、今獲ったばかりですしその場で血抜きもしていますから朝のうちに食べれば大丈夫です」

「朱鷺ちゃんの言う通りなのれす~。それにお肉だけでなく軟骨も美味しいんれすよ!」

「ナターリアはサメのお寿司食べたいナ!」

「わかりました。お寿司も用意しますよ」

 その後はホテルの厨房をお借りしてサメ料理を作り朝食として宿泊客に振る舞いました。

 とても新鮮で味が良く大好評でしたね。あのホオジロサメだって皆の血肉に成れたんですから浮かばれたはずです。お前もまさしく強敵だった。

 

 

 

「それじゃあ遊泳の時間よ。溺れないように十分気をつけてね!」

「は~い!」

 サメの脅威が無くなったので、その日は予定通り海水浴とマリンスポーツになりました。

「七星さんのお陰で海水浴ができるよっ! 本当にありがとう!」

「皆さんのためになったのなら良かったです」

 他のクラスの子達からとても感謝されたので何だか良い気分です。やはり良いことをすると気持ちがいいですね。

 

「じゃあ、あたしがサンオイル塗るからみんな一列に並んでっ!」

「愛海ちゃんはこういう時は本当に元気ですよねぇ……」

「うんっ!」

「でもエロ目的のタッチはNGです」

「えぇ~~!」

 サンオイルを取り上げました。先程からずっと手をワキワキさせているので皆警戒しています。

「せっかくの登山チャンスなのにっ!」

「ダメです。それに愛海ちゃんの目的は皆よくわかっているので無駄ですよ」

「ああ……今日の一番の楽しみだったのにぃ!」

 両手と両膝を砂浜に付いて悔しがりました。ですが普段の行いが行いですから仕方ありませんよ。おほほほ。

 

「はぁ~い! では私が塗りますから一列に並んで下さいね~♪」

 皆に声を掛けました。ぬっふっふ……。これこそ私の戦略────『愛海ちゃんを隠れ(みの)にして私が塗る作戦』です。合法的にお触りができる機会を逃してなるものですか。このためにわざわざサメ退治をしたんですからじっくり堪能するのです!

「ん~……。何となく朱鷺も危ない気がするんだよな。ここは乃々にお願いしたい」

 すると美玲ちゃんがとんでもないことを言い始めました。

「えぇっ! 私ですか?」

「何と! な、なぜ私ではダメなんですか!」

「朱に染まった鷺からは、どことなく邪気を感じる……」

「ちくしょうめぇ~!」

 両手と両膝を砂浜に付いて悔しがりました。普段の行いがそんなに悪いのでしょうか。

 

 その後は気を取り直し、ビーチバレーやスイカ割り等、海辺のレジャーを一通り堪能しました。蒼い空、青い海、白い雲、皆のビキニ姿。どれも最高です。

 特に皆のビキニ姿は素晴らしいです。むしろこれさえあれば他の要素は何一ついらないです。

 

「朱鷺ちゃんは、ジェットスキーには乗らないんですか……」

 ビーチチェアで休憩していると乃々ちゃんから話し掛けられました。

「運転できるなら乗りたいですけど中学生では自分で動かせないですからね。それに水上を走った方が遥かに早いのでスリルもありませんし」

「……水上を走るという意味が、もりくぼにはよくわかりません」

「簡単ですよ。何ならやってみましょうか」

 

 二人で海面に足を浸けます。

「こうやって、右足が沈む前に左足を出し、左足が沈む前に右足を出すと……」

 両足を高速回転させ海面上を勢い良く突っ走ります。暫く進んでからUターンし乃々ちゃんのところに戻りました。

「水上を自由自在に走れるというわけですよ。ね? 簡単でしょう?」

「それができるのは世界中で朱鷺ちゃんだけだと思うんですけど……」

 表情がやや引きつっているような気がしますが、何かあったんでしょうか。

 結局日が暮れる直前まで遊び続けました。皆はしゃぎ過ぎて夕飯を食べたら電池が切れたかのように眠りに就いたのです。何だかんだ言って皆まだまだお子様でした。

 

 

 

 翌日の最終日は自由行動です。那覇最大の繁華街──『国際通り』にてお土産やかわいい雑貨、アクセサリーを物色します。

「くっ……!」

 私の視線の先には色とりどりの一升瓶が並んでいました。近いのに手が届かないのは本当にもどかしいです。

「どうしたの、ビームちゃん?」

「なんでもないですよ。はぁ……」

 

 沖縄まで来て泡盛を呑まずに帰るとは何と無念なことか! 独特の香りとすっきりとした喉ごしの泡盛は本当に美味しいんですよ。ゴーヤーチャンプルーをつまみに呑むと更に格別です。

 それに泡盛だけではありません。未成年の身ではオリオォンビールやゴーヤービール等の地ビールも楽しむことが出来なかったのです。

 リベンジのため、二十歳になったら再上陸し地酒をフルコンプしようと心に誓いました。

 

「それにしてもどれだけお土産を買って帰る気なの?」

 私が抱えている複数の紙袋を見て呆れ顔で呟きました。

「妹にお土産を沢山買ってくると約束しましたからね。これでもまだ少ないくらいです」

「相変わらずのシスコンぶりだねぇ」

「家族想いと言って下さい」

 シスコンとは失敬な。妹のためならいつでも死ねる程度には大切なだけです。もちろん両親も同じくらい大切に想っていますよ。

 

 そのまま紗南ちゃんと談笑していると光ちゃんが駆け寄ってきました。

「あっ! ここにいたのか! 早く行かないと始まるぞ!」

「ああ、そういえばそんな時間だね」

「さぁダッシュだ!」

「ちょ、ちょっと待って! 少し距離があるんだからタクシーで行こうよ!」

 逸る光ちゃんを抑えつつ、タクシーを拾って某ショッピングモールに移動しました。

 

 

 

 モール内に設けられた仮設のイベントスペースに着くと既に他のクラスメイト達がいましたので、挨拶をしつつ安っぽいパイプ椅子に座ります。

 周囲には『琉神(りゅうじん)シーサー わくわくヒーローショー☆』と書かれたのぼり旗がところどころに配置されていました。

「琉神シーサーというヒーローは存じ上げませんが有名なんですか?」

「全国区展開はされていないご当地ヒーローだけど、沖縄ではとても人気なんだ! ローカル局で特撮番組も作られているぞッ! 自由行動日に偶然ショーがやっていて超ラッキーだな!」

 光ちゃんが興奮した様子でまくし立てました。彼女の強い要望により、皆で無料のヒーローショーを鑑賞することにしたのです。

 それにしても、周囲はご家族連ればかりなので女子中学生の集団は凄く浮きますね。しかも最前列ですから余計に目立ちます。

 

 周囲をキョロキョロしていると開幕の時間になりました。

 不穏なBGMが鳴ると戦闘員っぽい二人組の悪役が勢い良く飛び出します。その後ウツボ型の怪人がのっしのっしと出てきました。

「ハハハ! 人間がいっぱいだ~怖がれ怖がれ~!」

 そんなことを叫びつつ、戦闘員と共に観客席の子供達を驚かしにかかります。すると至るところから悲鳴が上がりました。正に阿鼻叫喚です。

 

「待て! 皆を怖がらせるような悪いヤツは、絶対に許さないぞ!」

 するとヒーローの勇ましい声が周囲に響きます。次の瞬間、オレンジ色の特撮ヒーローがステージに飛び込んできました。

「美ら海からやってきた獅子の戦士! 琉神シーサー、ここに見参!」

 かっこいいポーズを決めながら叫びました。正に王道を往くヒーローショーといった感じです。私はこういうの結構好きですよ。

 とはいっても私がひいきにしているのは溝ノ口発の赤いヒーローさんですからだいぶ系統は違いますけどね。あの圧倒的な強さとド外道な姿勢には共感できてしまうのです。

 

 その後は琉神シーサーと怪人達の間で迫真の殺陣(たて)が繰り広げられました。ご当地ヒーローだと侮っていましたが結構しっかりしたアクションなので見ていて楽しかったです。

「ぐおお~! やられたぁ~!」

 琉神シーサーが戦闘員とウツボ型の怪人をやっつけると、先程とは別の怪人が姿を現しました。何だかヒトデっぽい感じで、ごてごてした装飾が沢山付いています。

 

「出たな! ボーゲーン伯爵め!」

 光ちゃんが真剣な表情で唇を噛み締めます。伯爵ということは敵の幹部なのでしょうか。

「おのれ~! また我々の邪魔をするのか、琉神シーサー! ならばこちらもそれなりの手を使わせてもらう!」

 そんなことを(わめ)くとなぜか私達の方に近づいてきます。そして私の手を取ってステージ上へ向かいました。

「え? ええ?」

 訳も分からずステージに上がります。まさか人質というやつでしょうか。

 

「クッ……。汚いぞボーゲーン伯爵! その娘を離せ!」

「ファファファ! 貴様の言葉に従う訳なかろう! コイツは我々の人質となったのだぁ!」

 貴方は誰を人質にしたのかちゃんと理解しているのでしょうか。

 私を抱えるようにしていますが、片手でさりげなく私のお山を鷲掴みにしています。普通にセクハラ案件ですよ、これ。

 

「しかしこの娘……。女子学生の割にやたらとデカイな!」

「はぁ、そうですねぇ。よく言われます」

 それは事実ですから仕方ありません。

「髪飾りもセンスが悪い! 女子失格だ!」

「え~そうですか?」

 ミミッキュの髪飾りは結構気に入ってるんだけどなぁ。同じ闇を抱えたモンスター同士ですから愛着があるのです。

 

 その後もなぜかネチネチとディスられましたが、言われ慣れているので別にどうということはありませんでした。平然としていると怪人が焦った様子を見せます。

「よほど非常識な親に育てられたんだろう! 全く、親の顔が見てみたいものだ!」

「……親は関係ないでしょう。親は」

 なぜ見ず知らずの怪人に両親を馬鹿にされなければならないのか。沸々(ふつふつ)と怒りがこみ上げました。苛立ちが思わず表情に出てしまいます。

 

 私が反応すると、ボーゲーン伯爵とやらが途端に調子に乗り始めました。

「ほほう、図星だったか! 結局『蛙の子は蛙』ということだな! 毒親に育てられるとはなんと惨めな娘だ!」

「……いいえ。私の両親は私とは比較にならないくらい素敵な人達です」

 静まれ私。子供達の見ている前でキレてどうするんですか。我慢です我慢。

「親も親なら友達も友達だ! きっと揃いも揃ってロクでもない奴らなんだろう!」

「それも違います。確かに私はロクデナシですが、クラスメイトの子達は良い子達ですよ」

 クールになれ七星朱鷺。こんな安い挑発に乗るんじゃありません。我慢です!

「ふん、今時のガキなぞ信用できん! どうせ揃いも揃って尻軽女に違いないわ!」

 が……ま……。

 

「ん? どうした? ようやく泣いたかぁ~?」

 (うつむ)いて震える私の顔を怪人が覗き込みます。着ぐるみなので表情はありませんが、私には心なしか嬉しそうに見えました。

「フフ……。あははははははははっ!」

 その瞬間、最大限引っ張ったゴムが千切れるような景気のいい音が脳内に響きました。

 『EXAMシステム スタンバイ』という効果音が流れたような気がします。

 

 

 

────その後のことは、あまり憶えていません。

 気がつくと、パンツ一丁で泡を吹いている中年男性が無残に転がっていました。

 それはかつてボーゲーン伯爵と呼ばれていたモノの成れの果てです。

 当然ヒーローショーは中止です。そのままスタッフさんに連れられて楽屋に向かいました。損害賠償を請求されるかと思うと気が重いですが皆も一緒についてきてくれたので良かったです。

 

「あ~もう滅茶苦茶だよ……」

 楽屋では現場責任者らしき方が頭を抱えていました。恐る恐る中に入ります。

「朱鷺が暴れたからだぞッ!」

 美玲ちゃんから白い目で見られました。

「し、仕方ないじゃないですか! 家族や友達を馬鹿にされて黙っていられるほど私は聖人ではありません! 悪いのは暴言を放った怪人の方ですよ!」

 

「そのこと、なんだけど……」

 光ちゃんが気まずそうに語りました。何でもボーゲーン伯爵は琉神シーサーのライバル的な存在で、敵味方構わず暴言を吐くという特徴がある悪党キャラだそうです。

 このヒーローショーでは暴言で人質を泣かせたり怖がらせたりしてから琉神シーサーが華麗に救出するというのが鉄板の流れらしいのですが、事前知識が全く無かった私はガチギレして暴れてしまったとのことでした。

 

「す、すみません……」

 慌てて現場責任者さんに謝罪しました。あの暴言もショーの一環だとすると、勝手にブチギレた私が悪いと言わざるを得ません。

「いや、そのことはいいんだ。こちらとしても家族や友達を侮辱するような暴言はやり過ぎだと思っているさ。

 元々のアクターが急病で急遽代理の奴に()ってもらったんだけど、その辺りのモラルや常識に欠けていたんだな。だから一言謝罪がしたくて足を運んでもらったんだよ。本当にごめんね」

 現場責任者さんやスタッフさん、演者の方々から一斉に頭を下げられました。私にも落ち度があったので恐縮してしまいます。

 

「それにしても、よりにもよってビームちゃんを選ばなくてもいいのに」

「普通は子供に人質役をやってもらうんだけど、代理の奴が女好きの巨乳好きでね。勝手に自分の好みの女性を人質役に選んでしまったようだ」

「だから私のお山を触ってきたんですね」

 やっぱりあそこで処しておいて正解でした。破壊したのはスーツのみで本体は奇跡的に無事だったのでしっかり反省してほしいです。

 

「でも君、どこかで見覚えがあるな。……あっ! もしかして346プロダクションの!」

「アイドルの七星朱鷺と申します。以後お見知りおきを」

 そのままペコリと一礼しました。

「本当にすみませんでした! 命だけは助けて下さいッ! 何でもしますから!」

「……いや、別に何も要求しませんよ」

 真っ青な顔で土下座されました。私の世間的なイメージがここまで悪化していたとは……。今日は人生で初めて男から胸部装甲を触られるし良いことないです。

 

「ありがとうございますっ! ふぅ……助かったのは良いけどこれからどうしようか」

「これからとは?」

「今日はもう一ステージあるんですよ。今から予備のスーツとアクターを手配しても間に合わないのでどうしようかと」

「なら朱鷺さんがでたらどうですか? アクターとしてはぴったりでしょう」

 幸子ちゃんが余計なことを言い出しました。

 

「な、七星さん相手に殺陣なんて無理っス!」

「先月長男が生まれたばかりなんです! まだ死にたくありません!」

「あんな勢いで殴られたら絶対に死にます! 本当に勘弁して下さい!」

 アクター達が必死に命乞いをしてきました。もう泣きたい。

「朱鷺がいてもダメだぞ! このショーでは琉神シーサーとボーゲーン伯爵の一騎打ちが最大の見どころなんだ。それがないと琉神シーサーのショーとして認められない!」

 光ちゃんがこだわりを見せました。特撮マニアの彼女が言うんですからショーは諦めるしかありません。

 

「せっかく足を運んでくれた方に申し訳ないな……」

 現場責任者さんがガックリとうなだれます。何だか可哀想なのでどうにかできないか考えたところ、良い浮かびました。

「皆さん、…………というのはどうでしょう?」

 小声で皆に相談します。

「良い案ですけど、事務所を通さなくて大丈夫ですかねぇ?」

 幸子ちゃんが心配そうな表情を見せました。

「犬神Pに連絡して、力尽くで承認させますから問題ありませんよ」

「なら大丈夫ですか。カワイイボクとしては問題ないですよ。それに一度、クラスの皆さんと一緒に演って見たいと思っていましたし」

「じゃあ多数決で決めましょう。賛成の方は手を上げて下さい」

 すると十二本の腕が上がります。満場一致で賛成でした。

 現場責任者さんに提案すると「是非お願いします!」とお願いされました。これで決定です。

 

「衣装はどうしましょう……」

「制服のままでいいじゃないですか。一応見せパンは必要ですよね」

「じゃあ、買ってくるヨ!」

「はい。お願いします」

 見せパンを履かずにパンツ丸出しでライブという無意味なお色気サービスは我々には不要です。

 

 開場まであまり時間がないので皆でバタバタと準備します。でも何だかワクワクしました。

 そして開場時間になりました。私は先に舞台に上がり、マイクを持って子供達に語りかけます。

「良い子のみんな、こんにちは~!」

「こんにちは~!」

「今日は琉神シーサーに会いに来てくれてありがとう! とっても残念なんだけど、彼の故郷のニライカナイがボーゲーン伯爵に襲われちゃって、ここに来れなくなっちゃったの!」

「ええ~~!」

 不満の声が会場中に広がりました。

 

「本当にごめんね。でも今日は代わりに琉神シーサーのお友達が来ているんだよ! みんな~、出てきて!」

 言い終わるのと同時に、乃々ちゃん達が舞台に現れます。

「わたしたちは346プロダクションのアイドルなんだ。琉神シーサーにお願いされて、ショーの代わりにライブをすることになったんだよ!」

 今度はどよめきが広がります。お父さんお母さん方がとてもびっくりしていました。現役の人気アイドルが十二人揃っているんですから無理はありません。

「それじゃあ、みんな私達の歌を聴いていってね! まずは『お願い!シンデレラ』だよ!」

 するとあの曲のイントロがかかります。さあ、いきますよ!

 

 

 

「ありがとうございました~!!」

 その後は全体曲や個人曲等を一通り披露しました。クラスの皆でライブをする機会なんて今までありませんでしたから、とっても楽しかったです。

 観客も加速度的に増え、最後には沢山の拍手が私達を迎えました。噂を聞きつけた地元のファンの方も多数押しかけ、その場から逃げるのがとても大変でした。

 それにしても人生最高の沖縄旅行で、私が抱えている心の闇が数年分は浄化されたような気がします。今度は皆と一緒にプライベートで旅行に行きたいですね。

 

 なお、その後なぜか琉神シーサーと私がコラボレーションすることになり、地上最強の女性ヒーロー──『北神トッキー』として強制特撮デビューさせられました。

 

 あの世で私にわび続けろ犬神ィーーーー!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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