ブラック企業社員がアイドルになりました 作:kuzunoha
『ほら、おやすみのキス。これで安心して眠れるだろ……。ん? 凄えドキドキしてるな。ははっ、そんなに俺のことが好きなのか?』
「全然好きじゃないです」
『お前のこと抱きしめて眠ってないと落ち着かないんだ。おやすみ、夢の中でもお前のこと愛してるぜ』
「夢の中までストーカーですか。頭ハッピーセットですね」
『お前の寝顔見てから俺は眠るよ。そうしないと安心できないんだ。お前は俺専用の抱き枕だからな。他の奴には絶対渡さない』
「人をモノ扱いしないで下さい。こういうことを平然と言う人はまともな奴じゃないって古事記にもそう書かれています」
『いつかお前のベッドを百万本のバラで埋め尽くしてやるよ!』
「掃除とゴミ出しが滅茶苦茶大変じゃないですか! そんなにお金があるんだったらグアム旅行にでも連れて行って下さいよ。もしくは満漢全席でも可です」
『後何回おやすみって言ったら、一緒に暮らせるようになるんだろうか』
「そっか、あったまきた……」
スマホ画面に表示されているオラついたイケメンにツッコミを入れるのに疲れたので、そっとアプリを閉じてそのままアンインストールしました。
基本無料の乙女ゲーなので金銭的な被害は無いのが不幸中の幸いです。ですが精神的なダメージはかなりのものでした。私の心の中のギップルが『クッサーッ!!』と叫びまくっていましたよ。
どうせなら『芋けんぴ、髪についてたよ☆』くらいユーモアのあるセリフを喋って欲しいです。あれは初見で何が起きているかわかりませんでしたもの。
「あの、朱鷺さん。今何をされていたんですか?」
「ソーシャルゲームの乙女ゲーをプレイしていたんですけど」
「えっ……」
ほたるちゃん達が思わず絶句しています。すると心配そうに私の様子を窺いました。
「よし、救急車を呼ぼうか」
「だから病気じゃないですって!」
アスカちゃんがスマホを取り出したので慌てて止めます。
本日は『346 PRO IDOL SUMMER Fes』開催日の二日前です。ユニット練習の最終日でもありましたので、朝から夕方まで346プロダクションのレッスンルームで通し練習をしていました。その後プロジェクトルームで休憩がてら四人でお茶をしていたという訳です。
夏合宿の成果もあり新曲の仕上がりはほぼ完璧でした。アイドルフェス当日はきっと素晴らしいパフォーマンスが出来ると思いますので、今からとても楽しみです。
「みんなの前で堂々と乙女ゲーをプレイする度胸……。もりくぼにはありません……」
「そうですか? 何だか照れますね」
「……褒める意図は無いと思うけどな」
アスカちゃんの無慈悲なツッコミが冴えわたります。
「でも何で急にそんなゲームをプレイしたんですか? 今まで異性には全く興味がない感じでしたけど」
「ふっふっふ。よくぞ訊いてくれました! 清純派アイドルを目指す私にとって何が一番足りないか改めて考えた結果、『乙女心』であると気付いたのです! なのでいっちょ乙女ゲーでもプレイして純真無垢な乙女心を養おうとしたんですよ!」
「結果は、芳しくなさそうですね」
「……私にはちょっと早かったようです」
前世の記憶を消さないと決めた以上、何とか現状のままで男性に性的な意味で好意を寄せることは出来ないか色々と挑戦していますが難しいです。
少女漫画や乙女ゲーで心を慣らそうとしたんですが、そういう作品に出てくる男共はあまり好きになれません。さっきのような俺様系の奴なんて思わずブン殴りたくなりますよ。跡部様くらい突き抜けていればまだいいんですけどね。
「なら身近な男性の中では誰が好みなんだい?」
「身近、ですか……」
そう問われてパッと思いついたのは駄ドッグと張り子のタイガー、ドSドラゴンでした。後は有象無象のヒャッハー共です。
「ロクな奴がいない……」
思わず顔を手で覆ってしまいました。
揃いも揃ってコツメカワウソ未満の連中です。奴らを恋愛対象として見ることはとても無理でした。残念でもないし当然です。
「朱鷺さんはどういうタイプの男性が好きなんですか?」
「う~ん……。ナヨナヨした奴は大嫌いですからある程度は強くあって欲しいです。当然優しさがないと駄目ですよ。後は性根が真っ直ぐで歪んでいない方がいいですね」
「強さ、優しさ、歪みなさ……。でしたら武内P(プロデューサー)さんはいかがでしょう」
「あ~、彼ですか」
確かに身近にいる男性陣の中では奇跡的にまともな御方です。しかし有能で男前、かつ性格も良いですからその分競争率は高そうですし、何より緑色の死神が狙っているような節があるので手を出すのは止めておきます。流石に犬死にはしたくありませんし。
「異性に興味を持つのは悪いことではないけど、急に変わる必要はないと思うよ。きっと朱鷺にふさわしい運命の出会いがあるはずだから、ね」
「……はい」
前世の記憶の関係上、こればかりは一朝一夕で何とかなるものではありません。男性を異性として意識できるよう、少しづつ思考を切り替えていきましょうか。
「さっ、では気分を変えて皆で『MS
そう言いながらブルーレイレコーダーを起動しました。入れっぱなしのディスクを再生します。
「またヅダか」
「いい加減飽きました……」
「た、たまには他のものを……」
強制上映会のため遠慮のないクレームが来ました。一様に渋い表情ですがこれもガンダムの素晴らしさを布教するためですから仕方ありません。私は負けない!
「チッ、わかりましたよ。なら今日はサンダーボルトの上映会にします。あれも面白いですから」
「結局ガンダムじゃないか!」
やはり時代は宇宙世紀です。ヒットマンやレールガンが異常なまでに強い某アナザーガンダムは私の好みとはちょっと異なりました。一期は良かったのに二期でなぜああなってしまったのか、コレガワカラナイ。
そして『346 PRO IDOL SUMMER Fes』の開催日がやってきました。野外ライブですが天気は快晴なので何よりです。
「はい、オッケーです! お疲れ様でした!」
「ありがとうございました」
舞台スタッフさん達に一礼をしてから舞台袖に移動します。リハーサルは無事終了しました。
本番の三分の一くらいの時間しかなく悠長に曲のリハーサルをしてはいられませんので、セッティングやバランスチェックなどに絞り限られた時間の密度を上げることに集中したのです。
ステージの感覚は概ね掴めましたので、この調子なら本番もきっと上手くいくでしょう。
「おっはよー★」
「あら、おはようございます」
乃々ちゃん達と別れてお花を摘んだ後、廊下で美嘉さんとばったり遭遇しました。彼女も今回のアイドルフェスに出演されるそうです。
「これからシンデレラプロジェクトの子達の様子を見に行くんだけどさ、朱鷺も行かない?」
「そうですね。挨拶をしに行きたいと思っていましたので同行させて頂きます」
そのまま一緒に楽屋へ向かいました。
「ヤッホー♪」
美嘉さんが楽屋のドアを開けたので「皆さん、おはようございます」と言って中に入ります。
「あっ! お姉ちゃん☆」
「美嘉姉!」
「朱鷺ちゃんも一緒だ!」
皆さん一斉に声を発しました。
「今日は頑張ろうね★」
「ファンの方々に楽しんで頂けるライブにしましょう」
二人して声を掛けると、「よろしくお願いします!」という良い返事が返ってきます。
「美嘉姉、とっきー! 見ててね! この前より一歩進んでみせるから!」
未央さんが元気に宣言しました。今回はデビューミニライブの雪辱戦でもありますので、ニュージェネレーションズは三人共気合バッチリのようです。
「一歩じゃあわかんないかもねぇ~♪」
「はい。十歩くらい進んでいてもらわないと困ります」
「えぇ~!」
「ふふっ。冗談ですよ」
二人して未央さんをからかいました。
「美波ちゃん! まだ練習する時間あるかな?」
「ええ。全体曲?」
「うん!」
「待ってて、付き合うわ。先に出ハケのことを連絡してくるわね」
みりあちゃんが全体曲について美波さんに相談しました。その様子をアーニャさんがじっと見つめます。
「ニェット。全体曲の練習なら、私が付き合います」
「えっ?」
「美波はリーダーとして、皆に指示をお願いします。出ハケの連絡も、誰かお願いできませんか」
「じゃあ、きらりが行ってくるにぃ~☆」
「でも……」
「美波は皆のリーダーですから、どんと構えていればいいんです」
「細かいことはみく達お任せなのにゃ!」
「う、うん……」
どうやら美波さんのフォローは上手く行っているようでした。アーニャさんが美波さんの補佐として、彼女に負担が集中していないか随時確認しています。
美波さんは仕事を抱え込むタイプの方なので多少無理してでも止めないといけませんが、アーニャさんがいれば問題ないと思います。
何しろ美波さんが無理をしないよう、アイドルフェスまで彼女の家に泊まり込んでいたとのことでした。そのせいか以前よりずっと仲が良くなったようです。
ちょっと仲が良過ぎて色々とヤバいような感じもしますが私の気のせいでしょう。健全な友情であるに違いありません。きっと、たぶん……。
「どうやらこの間のアドバイスの成果が出ているみたいですね」
「ダー。美波は、私が護ります!」
気合は十分なようで軽くガッツポーズをしました。さしずめお姫様を守る美貌の近衛騎士といった感じです。
「アドバイスって何のこと?」
「いえいえ、こちらの話ですから気にしないで下さい」
美波さんが怪訝そうな顔をしたので誤魔化しました。アドバイスのことを本人に伝えてしまうときっとプライドを傷つけてしまいますから内緒なんです。
開場時間が間近となったため、フェスに出演するアイドル全員で舞台裏に集まりました。何やら瑞樹さんから出演前の挨拶があるそうなのでその言葉を待ちます。
「みんなー! 揃ってる?」
「はーい!」
「お客さんはもちろん、スタッフさんも私達も全員安全に楽しく今日のフェスを、この夏一番! 盛り上げていくわよ~!」
「はい!」
「じゃあ円陣組むわね。楓ちゃん、掛け声よろしく!」
「わかりました。……それでは皆で円陣組んで、エンジンを掛けましょう!」
「は、はい……」
不意に放たれた
「わかるわ~。先輩にボケられるとどう反応していいのか困るわよね~」
「おお~! 今のギャグだったんですか!」
「ホントだ! すごーい!」
「……フ、フフ」
「さむ……」
アイドル達がそれぞれ反応します。何か締まらない空気になってしまいました。でもこうやって場を和ませリラックスさせるという楓さんの憎い心遣いなんだと思います。
それならば私も大爆笑必至のギャグで皆さんを更に笑顔にしてあげましょう!
「では面白いシャレの謝礼をしないといけませんね!」
「………………」
渾身のギャグを放った瞬間、舞台裏が一気にシーンとしました。物凄い勢いでクールダウンしています。
うわぁ、これはダダ滑りですね。何だこれは……たまげたなぁ。
「……コホン。では改めて、346プロサマーアイドルフェス、皆で頑張りましょう!」
「おおーー!!」
出演者全員で勢い良く声を上げました。
そしてアイドルフェスが始まりました。
一曲目は瑞樹さんや楓さん達による『お願い! シンデレラ』です。346プロダクションの代表的な曲であり、大型ライブでこの曲を歌えるというのはトップクラスのアイドルである証明でもあります。舞台へ向かうアイドル達の中にあの子がいたので声を掛けました。
「じゃあ先発頼みましたよ、幸子ちゃん。頑張って下さいね」
「ボクを誰だと思っているんですか! このカワイさで最高に盛り上げてあげますよ!」
「はい。よろしくお願いします」
「朱鷺さんもボクほどではないですがカワイイので、きっと良いライブになるはずです! だからそちらも頑張って下さいね!」
「……ありがとうございます」
元気付けるはずが逆に元気を貰いました。本末転倒です。
その後はコメットの楽屋に戻り、モニターでライブの様子を確認しながら出番を待ちます。この待ち時間が一番緊張するんですよ……。
特に今回は大きなフェスです。数百人規模のライブであれば慣れたものですが、今回のように数千人規模となるとやはり緊張感が半端ではありません。それに私達の出番はシンデレラプロジェクトの後なのでまだまだ時間があります。胃を痛めつつ待つことしか出来ませんでした。
「もう……む~りぃ~……」
「お、待てい!」
フラフラした足取りで脱走しそうになった乃々ちゃんをひっ捕らえました。デビューミニライブの二の舞いは御免です。
「とはいっても、ノノの気持ちもわかってしまうよ。ボク達にとって非日常だからかな」
「はい。私も緊張しちゃってます……」
残る二人も緊張気味でした。ここはリーダーとして一言言っておいた方が良いですね。
「お客様の数が多いので緊張してしまうのは当然です。ですがより多くの方々に私達のパフォーマンスを見てもらうチャンスでもあるんですよ。今まで必死にレッスンをして、地道にライブをやってきた成果を出す時だと思います。だから皆でこのライブを楽しみましょう!」
「そうだね。例え目指す先がどんな場所でも皆となら辿り着ける。そんな気がするよ」
「はい。私一人では到底無理ですけど、皆さんがいれば大丈夫な気がします」
「うぅ~……。怖いけど皆がいれば何とかなる、かも……」
「はい! この四人が揃えば無敵です!」
今は心からそう思えました。
その後ライブは順調に行われていきました。シンデレラプロジェクトの子達の出番になったので応援でもしてあげようかと思い舞台裏に移動すると、既に彼女達が集まっています。ライブ用の衣装を纏い、武内Pを囲むようにしてその話を聞いています。
「……そろそろ時間です。準備は整いましたか」
「はい!」
元気よく返事をしましたが皆酷く緊張していました。その姿を見てちょっと心配になったので、最近マスターした新ネタを披露することにします。そう思い皆の背後から忍び寄りました。
「おっすおっす! にゃっほーい、アイドルときりんだよー☆ みんな今日までとってもとっても頑張ってきたからぁ、ばっちし大成功☆ もう、ぱーぺき間違いないのです♪ おっきおっきな会場で、みんなでうっぴょー! ってするにぃ☆」
「!!」
不意の物真似で、しかも真似たのがきらりさんでしたから皆一様にビックリしていました。
「ふ、ふふっ……」
少しして笑いが飛び出します。私のキャラとは真逆ですからそのギャップが面白いのでしょう。
「すご~い! きらりちゃんが二人いるみたい!」
「うっきゃー! 朱鷺ちゃんはきらりんのマネ、上手だにぃ♪」
「ありがとうございます。真剣になるのは良いですが皆さん表情が固いですよ。ファンの皆様に笑顔になってもらうためにも、まず自分が笑顔にならないと」
そう言いながら指で口角を上げました。
「……七星さんの仰る通りです。皆さん、笑顔で行きましょう」
「そうだねっ! よーし、笑顔全開で行こう!」
「はい。私も笑顔で頑張りますっ」
「杏のスマイルは高いよ~」
「美波の笑顔、私大好きです」
「ありがとう、アーニャちゃん。私もアーニャちゃんの笑顔は大好きよ」
場の空気がほんわかします。過度な干渉はしないと決めましたが、こうやって応援してあげるくらいならいいですよね。
再び楽屋に戻りモニター越しにライブの様子を見守ります。何だか授業参観で娘の様子に一喜一憂するお母さんみたいな心境ですよ。
先発はラブライカでした。シンデレラプロジェクトの中では結成期間の長いユニットですから、その分パフォーマンスのレベルは高いです。以前警察署で行ったライブより一段も二段もレベルアップしていました。
それに続く蘭子ちゃんのローゼンブルクエンゲルも素晴らしい出来でした。彼女が持つ唯一無二の世界観を余すこと無く表現できたと思います。
続くニュージェネレーションズにも期待しましたが、ここで思わぬ事態になりました。先程まで晴天だったのですが、夕立なのか急に雨が振ってきたのです。
かなり強い勢いで、窓を閉めた楽屋にいてもざあっと雨の流れる音が聞こえてきます。
「きゃあ!」
次の瞬間、耳をつんざくような大きな雷鳴が轟きました!
それとと同時に照明やモニター等が一斉に切れます。もしかして雷がライブ会場に直撃し停電してしまったのかもしれません。
フェスは一時中断となりました。
イベント主催者としては観客の方々の安全確保が最優先ですから、判断としては当然だと思います。野外ライブのため屋根のあるところで雨宿りをしている人の姿を多く見かけました。
不測の事態なのでスタッフさん達がせわしなく行ったり来たりしています。苛立ちを感じつつ、楽屋でじっと待機します。
「やはりここは私の命と引き換えに天を晴らすしか……」
「ですからそういうことは止めて下さい!」
「だ~めぇ~……」
「はは、冗談ですって……」
ほたるちゃん達に勢い良く止められました。冗談と言いましたが半分は本気です。このまま中止になってしまったらやりきれません。
「そんなことをしなくてもいいよ。どうやらもうすぐ再開するようだ」
「本当ですか!」
「ああ。今犬神Pに電話で確認したから間違いないさ」
アスカちゃんの話を聞いてホッと一安心します。
ですが思わぬ形で水を差されてしまったため、先程までの気合が吹き飛んでしまいました。再び不安と緊張に包まれます。
「…………」
楽屋内にも重い空気が漂い始めました。
気分を変えようとスマホを取り出したところ、LINEの通知が来ていることに気付きます。アプリを開くと私のクラスのグループから新着メッセージが来ていたので急いで確認しました。
『私の助手にふさわしい働きをしてもらわなければな。お前達の才能を世界に知らしめるのだ』
『ウチの分まで、観客をクギヅケにしてこい!』
『今日のライブのトップランカー目指して頑張ってね!』
『潮風も、太陽も、七海も、みんなの味方です~』
『
『ライブが終わったらまたスシ食べに行くゾ! 甘エビ! イクラ! ナットーマキ! あっ、オオトロもいいナ♪』
『アイドルとして、おっきなお山を登りきってみせてね!』
『君達の背中を押しにきた! 大丈夫、アタシがついてる!』
「……ふふっ」
皆の応援の言葉を眺めていると不意に胸が暖かくなります。さっきまでの不安はどこかに飛んで行ってしまいました。
そうです。私は今日出演できなかった皆の思いを背負って此処にいるんですから、最高のパフォーマンスをしなきゃね。そう思うと再び気合が漲ってきました。
もう何も恐くない。あのクラスの子達は、私の最高の友達です。
するとライブが再開しました。とは言っても大雨が降ったばかりですからお客様はあまり戻ってきていません。順番的に次はニュージェネレーションズなので彼女達にとっては不運としか言いようがないですが、こればかりはどうしようもありませんでした。
以前は観客が少ないことで未央さんが大きく動揺してしまいましたので、同じようなことにならないよう祈りながら食い入るようにモニターを見つめます。
するとあの三人が勢い良く飛び出してきました。
「みなさーん! 初めまして~!」
「ニュージェネレーションズです!」
「本当にお待たせしました!」
未央さんの掛け声に続いて、三人揃って自己紹介をします。
「待っていて下さって、ありがとうございます!」
「雨、大変だけど、盛り上がるように頑張ります!」
すると少ないながらも周囲から温かい拍手が送られました。三人は笑顔でお互いの顔を見合わせます。
「それでは聴いて下さい! ニュージェネレーションズで『できたて Evo!Revo!Generation!』」
高らかに宣言した後、持ち歌を歌っていきます。
卯月さん達をイメージした曲と武内Pが仰る通り、元気で明るく、巻き込み力の高い一曲です。
歌は安定していますし振り付けも完璧でクオリティが高いです。ですが何よりもその眩い笑顔が魅力的でした。
その明るい歌声と笑顔に惹き寄せられるようにして、雨宿りしていた観客がステージに集まってきました。コールの声とサイリウムの光が段々強くなっていきます。
彼女達はその声に応えるようにして更に光り輝いていき、曲が終わる頃には観客席はお客様で一杯になっていました。
お世辞抜きで、今まで一番──最高の出来だと思います。
「ありがとうございましたっ!」
三人共、良い笑顔です。以前と比べ十歩どころか百歩は進んでいました。なら私達は更にその先を行かなければいけませんよね!
少しして私達の出番が来たので舞台袖で待機していると、曲を歌い終えたアスタリスクの二人が戻ってきました。
「朱鷺チャン達も頑張ってにゃ!」
「後は任せたよ!」
「はい、お任せ下さい!」
ハイタッチをしつつ、今度は我々が舞台に上がります。
「皆さ~ん! こんにちはー! コメットです!」
「ウオオオオォォォォァァァァーーーー!」
眼前の圧倒的な客数に威圧されながらも指定の位置に移動して元気よく挨拶すると、怒声に近い勢いで返事が返ってきました。
「今回の曲ですが、何とこのライブが初披露の新曲です! この曲は今までとちょっと違うところがあるんですよね?」
打ち合わせ通り、隣にいるほたるちゃん達に話を振ります。
「はい。この曲は私達四人で詩を作ったんです。初めてのことなので大変でしたけど、その分想いを込められました」
「もりくぼも、全力で頑張りました……」
「フフッ、そうだね。ボク達の大切な盟友に向けた詩だから、心を込めて歌うよ」
「それでは聴いて下さい! コメットで、『
聴き慣れたイントロが流れ始めました。
バラード調の優しい曲なので、歌に意識を集中させます。
私が今この場所に立っているのは、アイドルのみんなのお陰です。
彼女達がいなかったら私は過ちを繰り返し、自分の世界に閉じ籠もっていたでしょう。
そんな私を救い出してくれた大切な友達への感謝を、この歌に込めて。
そんな気持ちで歌っていると自然と笑みが溢れます。
この幸せを観客のみんなに伝えたい。
すると眩いサイリウムが返事をしてくれます。
私の想いは確かに伝わっている。
そう思うと一層嬉しくなりました。
バラエティのお仕事も楽しいけど、ライブはもっと楽しい。
やっぱりここだけは特別です。
今までも、そしてこれからも、私の全てです。
「ありがとうございました!」
気付くと曲が終わっていました。本当に楽しい時間はほんの数瞬で過ぎ去ってしまいます。
四人で揃って観客席に向けて深々とお辞儀をすると、万雷の拍手が私達を包み込みました。
デビューミニライブでは喝采とはいきませんでしたが、今では割れんばかりです。
本当に、本当に、楽しいなぁ。
そのまま舞台袖に引っ込むとシンデレラプロジェクトの子達が全員揃っていました。
「場は温めておきましたよ。皆さんの最高のステージ、見せて下さい!」
「はい!」
十四人全員とハイタッチしました。振り返り、舞台に飛び出す彼女達を見守ります。
「みんな、本当に素敵なアイドルに成長しましたね……」
彼女達の全体曲────『GOIN'!!!』が流れる中、感慨深く呟きました。
その後、アイドルフェスは無事終了しました。
結果としては大成功です。雨による一時中止というトラブルはあったものの、それ以上の盛り上がりを見せました。『GOIN'!!!』もミス無くバッチリ決まっていて文句の付けようもありません。
撤収準備に取り掛かるスタッフさん達を横目にステージ上で余韻に浸ります。コメットやシンデレラプロジェクトの子達も一緒でした。
「何だかあっという間だったな……」
「うん。終わってみると、本当に一瞬だった」
それぞれ感想を口にしていると犬神Pと武内Pがこちらにやってきました。なぜか大きなダンボール箱を抱えています。
「Pチャン、それ何?」
「皆さんへのファンレターです。それと会場で配布していたアンケートも一緒に持ってきました」
「こっちはコメット宛のファンレターだよ。……よっと」
私達の目の前に箱を置きます。
「ファンレター? 何だかアイドルみたいですね……」
「いや、卯月さんはれっきとしたアイドルですから!」
思わず突っ込むと皆が一斉に笑いました。まだまだ新人ですからファンレターを貰いなれていないようです。
ファンレターを仕分けるとそれぞれ自分宛てのものを読み始めます。
皆嬉しそうな表情ですが、中でも未央さんは本当に幸せそうでした。
「プロデューサー、ありがとう! 私、アイドル止めなくてよかった!」
「……いい、笑顔でした」
アンケートを読んでいた未央さんが武内Pに感謝を伝えます。恐らく彼女のファンが書いたものでしょう。デビューミニライブでアイドルを諦めずに良かったと心から思います。
「えへへっ。しまむー! 見てこれ!」
「何ですか?」
喜びを伝える未央さんを横目に私宛のファンレターを確認します。まぁ、どうせ果たし状や脅迫状に違いありませんけど。
「えっ?」
そのファンレターには私達の曲やライブに対する感想が沢山書かれていました。慌てて他のファンレターを読んだところ、『いつもライブで朱鷺さんを応援しています!』とか『朱鷺ちゃんの歌が大好きです!』といったメッセージが綴られています。
「どうしたんですか、朱鷺さん?」
ほたるちゃんが私の顔を覗き込みます。
「普通のファンレターが来ました……」
「そうなんですか! 良かったですね!」
「でも、どうして?」
摩訶不思議な心境でいると、乃々ちゃんとアスカちゃんもこちらにやってきました。
「……確かにバラエティ番組の方がインパクトは強いですけど、朱鷺ちゃんはいつもライブに一生懸命でしたから、ライブが好きな方だっているはずです。今までは偶然、そういう人からのファンレターが無かっただけだと思います……」
「ああ。ボクもトキの歌は好きだよ」
「何と!」
私のライブが好きな人がいるんだ。私だってアイドルらしく、歌や踊りで誰かを元気付けられると思うだけでとても胸が熱くなります。
「今まで頑張ってきて良かった……!」
思わず涙ぐんでしまいました。
「フフフ、また勘違いしているな。ボクたちのストーリーはこれからが本番さ。トキにはもっとファンを増やして貰うよ」
「もりくぼは、もうアイドル辞めたいとは言いません……。この四人でなら、ずっと続けていきたいです……!」
「これからも四人で頑張っていきましょう、朱鷺さん!」
「はい!」
皆で抱き合って笑いました。デビューミニライブの時よりもずっと光り輝いています。
その笑顔を見て、私は決意を新たにしました。
彼女達と一緒に歩き続けるためにも、やらなければいけないことが一つだけ残っています。
それは────『前世の自分と正面から向き合い、未熟な過去に打ち勝つこと』でした。