ブラック企業社員がアイドルになりました   作:kuzunoha

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第4章 シンデレラと星々の舞踏会編
第48話 朱鷺と鷺


「吉良ちゃん! 吉良上野介(きらこうずけのすけ)ちゃん!」

 江戸城に登城し松の廊下にて梶川与惣兵衛(かじかわよそべえ)らと談笑していると浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)殿に呼び止められました。勢い良く駆け寄って来た後、私の正面に立ちふさがり綺麗な姿勢で土下座をします。

「……御勅使(ごちょくし)のご到着の時は玄関で出迎えればいいのかしら。それとも石段まで下がってお出迎えした方がいい? 着座に関する作法を教えて欲しいの」

 そう言って改めて深く頭を下げました。

「はぁ~」

 その姿を見てわざとらしく大きな溜息を吐きます。呆れたような表情を浮かべつつ、浅野殿を無視してゆっくりと歩き出しました。

 

「吉良ちゃん! お願い!」

(うるさ)いですねぇ……」

 (つか)まれた袖を大げさに振り払います。そのまま見下したような視線を維持しました。

饗応役(きょうおうやく)は貴女じゃないですか。その程度のことは常日頃からお心得あるはずでしょうから、いつもみたいに『わかるわ』と言って下さいよ。全く、この小娘をからかわないで欲しいものです」

「……正直わからないわ。だから教えて頂戴!」

「ん~? 本気で言っているんですか。これはこれは呆れ果てたものです。あはははっ!」

 最大限馬鹿にするように笑いました。自分ですら性悪だと思います。

 

「御勅使等のご到着の時間が差し迫っているというのに貴女は未だにそんな作法に詰まってウロウロしているんですかぁ。うぷぷぷ、ヤバイヤバイハライタァイ……」

 嘲笑にじっと耐えている浅野殿に追撃を掛けます。

「まるでお池の中の(ふな)ですね。田舎臭いったらありゃしません。とんだ鮒侍だこと」

「この度の大役、疎かにしたつもりはないわ。でも今日までの吉良ちゃんの指示は色々と手違いが多くて……」

「は?」

 思い切り威圧した後、手にしていた扇子で彼女の口を塞ぎました。

 

「自分の未熟さを棚に上げて他者批判ですか、おめでたいことです。何かといえば私の指図のせいにしていますがどんなことがあっても役目を真っ当するのが饗応役である貴女のお仕事じゃないですか。……さて、これ以上は時間の無駄です。おどきなさい」

「待って、お願い!」

「邪魔ですよ」

 わざとらしく足蹴にしました。もちろん普通にやると骨が砕けるので軽~くです。

 

「くっ!」

 すると起き上がった浅野殿が刀に手を掛けました。

「な、なな何ですかそれはっ!」

 精一杯ビビってみせると鋭い目で(にら)まれました。直ぐに余裕を取り戻して再び煽ります。

「この吉良を斬るというのですね。ご廊下を血で汚す覚悟がお有りであればやりなさいな」

「……ッ!」

 感情を押し殺してじっと耐えています。刀を手放す素振りは見せません。

「ド田舎の泥臭い鮒侍にそんな度胸はありませんか。こんな小娘一人切れないナマクラ刀とは武士の魂が聞いて呆れます。さっ、やってみなさい。ホラホラホラホラ。

 ……ふふっ、無理でしょう? これに懲りたら鮒侍は鮒侍らしく身分をわきまえて僻地でひっそり暮らすのがいいと思いますよ。おほほほほ♪」

 

 ゆっくり立ち上がりその場を去ろうとすると「待て!」という声が聞こえました。

 振り返ると刀を手にした浅野殿が迫ってきます。うわ、鬼気迫る感じでメッチャ怖い!

「吉良上野介ちゃん、覚悟!」

 迫真の演技で刀を振り下ろしました。

「うひゃああああッ!」

 切っ先が私の前髪をかすめます。その気迫に押されて思わず悲鳴を上げてしまいました。

 

「殿中でござる! 殿中でござる!」

「離しなさい! 離して!」

 梶川殿が浅野殿を羽交い締めにしました。ですがなおも刀を振り下ろそうともがいています。こ、ここまで役に入り切らなくてもいいと思いますけど……。

 私の動揺を他所(よそ)に、「はい、カーーット!」という野太い声が響きました。

 

 

 

 本日は時代劇の撮影のお仕事です。

 346プロダクションの映画部門が制作している『忠シン蔵ガールズ!』という時代劇で、あの忠義の志士の物語である忠臣蔵に大胆なアレンジを加え、主君の仇討ちに燃える侍少女達の群像劇を描くものだそうです。

 年末の特番時期に地上波テレビで放映する予定なので既に撮影が始まっていました。ちょうど今収録したのが有名な『松の廊下』のシーンです。赤穂藩(あこうはん)藩主の浅野内匠頭が旗本の吉良上野介に切りかかったという場面ですね。

 

 なお、主要な出演者は全て346プロダクションのアイドルで固めており、実質的な主役である大石内蔵助(おおいしくらのすけ)役には楓さん、その主君である浅野内匠頭役には瑞樹さんが抜擢されています。

 そして私にはラスボスである吉良上野介役があてがわれました。

 もう辞めたくなりますよ~、346プロダクション……。

 

 物語の性質上、主君の仇である吉良上野介は視聴者の皆様のヘイトを一手に引き受ける存在です。役とは言え瑞樹さん達を散々いびり倒すのですからファン達の怒りは当然の如く私に向かうでしょう。

 普通のまともなP(プロデューサー)であれば大切な担当アイドルをリスクの高い役に割り当てることはしませんので、制作側が出した吉良役のオファーは全て断られてしまったそうです。

 そして最終的に私にお鉢が回ってきました。ファッキュードッグ。グッバイドッグ。

 正直気は進みませんが、私が断ってしまうと芸歴が浅いシンデレラプロジェクト内で生贄を出さなければいけないそうなので止む無く引き受けました。悲しいですがイメージダウンの影響が一番少ないのは私ですからね。仕方ないね。

 

「やあ、お疲れ~」

「お疲れ様です」

 一旦休憩になったため楽屋に向かおうとしたところ、監督さんから呼び止められたので営業スマイルを返します。

「さっきの演技いいねぇ~! 悪役が本当に板についてて思わずブン殴りたくなったな。正にガンジーでも助走つけて殴るレベルだよ!」

「あ、ありがとうございます……」

 褒められるのは純粋に嬉しいですが悪役演技というところがもどかしいです。

 

「撮影スタッフ達のサポートをしてくれるし、体の悪いところも全部治してくれるからみんな君が超気に入っちゃって。どう? 次のドラマにも出てみない?」

「恐縮です。ちなみにどんな役なんでしょうか?」

「うん。美女でサイコパスな連続殺人鬼役だよ!」

「うわぁ素敵ですー。でも私だけでは決められないのでー、Pさんと相談してみまーす」

 棒読み気味に返しました。申し訳ありませんがそんな役は即却下です。

 

 少し談笑してから楽屋に戻りました。ノックをして扉を開けると瑞樹さんが椅子にもたれ掛かっています。

「お疲れ様です」

「うん、ご苦労様~」

 たれぱんだ並に垂れています。いや、体はちゃんと引き締まってますよ。特に胸部装甲は脅威のハリです。色々と魔改造した甲斐がありました。

「中々のゆるっぷりですね」

「抜けるところは抜いて、入れるところはしっかりと。大事なことじゃない?」

「はい。私もそう思います」

 オンオフをしっかり切り替えられる社会人の鑑です。

 

「先程は色々と失礼致しました。演技とはいえ酷いことを言ってしまい申し訳ございません」

「いいのいいの、そういうお仕事なんだから。それに時代劇の悪役なんて憎たらしいくらいが丁度いいのよね~。わかるわ」

 いつも通りの笑顔です。その言葉を聞いて少し安心しました。流石346プロダクションきっての淑女ですよ。

「でも撮影中は本当に憎たらしかったわ。あんな演技どこで覚えたのかしら?」

「それはまぁ、色々とありまして……」

 

 過去勤務したブラック企業で遭遇したクソ経営者や無能な上司のムカつく言い方や仕草を物真似してみたのですが、そんなことは言えませんので適当に誤魔化しました。

 自分でやってて嫌な奴だと思いましたから言われた瑞樹さんはもっと腹立たしかったはずです。大人の対応で気にしないとは言って貰えましたけど、その埋め合わせをしたいと思いました。

 

「そうだ。今度一緒にご飯を食べに行きませんか。お詫びにご馳走しますから」

「ん~。中学生に奢られる28歳って道義的にちょっと不味いわよ。もしお詫びをしたいのなら、それよりもっと良いコトがあるじゃない!」

「……わかりました。では先日新発見した目尻の小皺を取り去る秘孔を突きましょうか」

「ホント!? よーし、小皺が消えたキャピキャピのミズキが超スウィートなステージをお届けよ~!」

 鎖斬黒朱(サザンクロス)構成員の尊い犠牲により、瑞樹さんや他のアダルティアイドル達の美貌が日々磨かれているのでした。いや~、誰かの役に立てるなんて本当に素敵なことですよね。

 

「瑞樹さんは残りシーンはどれくらいあります?」

「後は切腹だけだからもう殆どないわ。朱鷺ちゃんはどう?」

「私も後は討ち入られて無残に斬られるくらいですからあまり出番はないです。物語的に楓さんやシンデレラプロジェクト達の四十七士がメインですから仕方ないですけど」

「楓ちゃんは事務所的にも期待の星だからねぇ」

 人気、実力共にアイドルとしてトップクラスですから主役起用は残念でもないし当然です。私も早く彼女のような美貌の歌姫になりたいですが、中々上手くいかないものですよ。

 翌日も仕事なので撮影後は早々に帰宅しました。

 

 

 

 夕食を食べた後、自室のベットの上で寝転がりながら最近の状況を振り返ります。

 時が経つのは早いもので、あの『346 PRO IDOL SUMMER Fes』から約三週間が経ちました。既に夏休みは終わっており二学期の始業式が先日行われたばかりです。

 幸いなことに仕事関係は至って順調で、本業であるユニットの活動と個人の活動がバランス良く入っています。

 体調面での問題もありません。以前のトラウマ巡りツアーの効果があったのか、悪夢やフラッシュバックはあの時以降一度も起きておらず快調です。もちろん油断は出来ませんが良い方向に向かっていることは確かでしょう。

 シンデレラプロジェクトの子も仕事が段々入るようになり知名度が順調に上がってきています。武内Pが選抜しただけあり元々素質は高いですから、ブレイクするのも時間の問題だと思います。

 

 正に順風満帆と言えますが一つだけ気がかりなことがありました。以前あの神様が告げた『新たな脅威』という言葉がずっと引っ掛かっているのです。

 仕事が上手く行っている時に限って大失敗や大事故が起きるのが世の常です。その上あんな不吉なコメントがありましたので油断はできません。

 奴が嘘を吐くメリットはないので危機が訪れることは確かですけど、その内容と時期がわからない点が問題ですね。一応これまでの猶予期間を利用して出来うる限りの迎撃準備はしていますが、それでも不安は残りました。

 

 万一全面核戦争が発生した場合に備えて日本政府が秘密裏に建造している要人用の核シェルターを奪取する計画も用意しましたが、そこまで深刻な事態にはならないことを祈ります。

「346プロダクション所属アイドル達の笑顔はこの国の宝です。その宝を奪う簒奪(さんだつ)者はこの私が全力で排除してあげますから首を洗って待っていなさい!」

 改めて決意表明をしつつ、その日は眠りに就きました。

 

 

 

 翌日の日曜日は『RTA CX』のお仕事です。

 とは言ってもRTA(リアル・タイム・アタック)やまれゲーの収録ではありません。

 何と、現在開発されている新作格闘ゲーム────『The CINDERELLA OF FIGHTERS(ザ・シンデレラオブファイターズ)』に私をモデルとしたキャラが出演するのです! ソ-シャルゲーム全盛のこのご時世に新規IPの格闘ゲームを出すという心意気は天晴です。褒めてつかわしましょう。

 ボイスも私が担当させて頂くことになったため今日はそのアフレコを行う予定なのですが、常にネタと予算が枯渇している『RTA CX』の制作陣がこの話に飛びついて来ました。アフレコに同行取材して番組制作費を少しでも安く済ませようとしているのです。

 どこもかしこもコストカットで悲しくなります。346プロダクションは逆に予算が潤沢なので番組のセット等が無駄に豪華ですけど、あれはあれで問題ではないかと時々感じますよ。

 龍田さん達とは録音スタジオで直接待ち合わせ予定なので、朝食を食べて直ぐ向かいました。

 

「おはようございます、龍田さん」

 録音スタジオ内には既に各スタッフが来ていたので挨拶をします。

「おはようございます。本日も見目麗しく、眼福の極みでございます」

「はいはい」

 いつもの冗談をスルーしつつ、他のスタッフさんや収録に立ち会うゲーム会社の方々にも挨拶をしました。

 その後は事前に頂いた台本を基にゲーム会社のディレクターさんから細かい演技指導を受けます。ポイントを頭にいれつつ軽く練習をしてからアフレコに入りました。

「それではよろしくお願いします」

「はい、こちらこそ」

 お互いに礼をした後、台本に書かれているセリフをしっかり感情を籠めて口にしていきます。

 

「アイビスと申します。以後お見知りおきを。ああ、次回はありませんでしたね。失礼しました」

「僭越ながら、私がお相手致します」

「遺憾の意を表します」

「降りかかる火の粉は払わねばなりません」

「足元がお留守ですよ」

「激流を制するは静水です」

「這いつくばっている姿がお似合いです」

「半人前の技では私は倒せませんよ」

「大事なのは間合い。そして退かぬ心です」

「せめて痛みを知らず安らかにお逝きなさい」

「貴女が弱いのではありません。私が強過ぎるのです」

「これは悪い夢? いえ、良い夢でした……」

 

 声を担当するキャラはアイビスという名前の美少女で、イギリス名家のご令嬢(15歳)という設定です。

 生まれつき驚異的な身体能力がある上に格闘技の天才であり、世界各国の格闘技を元に『北斗神拳』という独自の武術を編み出したというキャラ付けがされていました。

 色々と突っ込みたいですが、まぁここまでは別に問題ないんですよ。戦闘スタイルはトキ(北斗の拳)をベースにした華麗な動きですし、アイビスさん自身も自信過剰なところはありますが可愛くて良い子です。問題はここからです。

「はい、ありがとうございました。それでは続いて『鮮血のアイビス』のセリフをお願いします」

「……承知致しました」

 ここまで来たからには仕方ありません。覚悟決めろと思い深く深呼吸します。さぁ行こうぜ!

 

「ヒャーハハハァァァァ!!  壊れろ壊れろォ! 壊れちまえェェェェェェ!!」

「オレは勝つのが好きなんだよォォッ!!」

「傷つくのがイヤなら戦場に出てくるんじゃねェ!!」

「痛みと快楽を教えてやんよ!」

「この脳味噌ド腐れゲロブタビッチがァ!」

「ビッチビッチ、ビィーッチ!!」

「ブタは死ね!!」

臓物(ハラワタ)をブチ撒けろ!」

「濡れるッ!」

「オレは天才だ!! オレに勝てるヤツなんて居るはずがねェ!」

「おいお前! オレの名を言ってみろ! オレは北斗神拳創始者、鮮血のアイビス様だァ~!」

「ば、バカなッ! こ、このオレが……このオレがァァァァァァーーッ」

 

 これはひどい。

 最大限感情を籠めてしっかりと演技したせいか、スタッフさん一同が思わずドン引きするくらいの酷さでした。わ、私が悪いんじゃないもん! この台本にそう書いてあるんだもん!

 

「はぁ~」

 一通り収録が終わった後、深く溜息を吐きました。どうしてこうなった。

「お疲れ様です。飲み物をどうぞ」

「……ありがとうございます」

 龍田さんが差し出したペットボトルを受け取りミネラルウォーターを少し口に含みました。

「鬼気迫る迫真の演技に感服致しました。流石は七星さんです」

「そんなことしなくていいから……」

 

 私が声を担当するアイビスちゃんにはもう一つ大きな設定がありました。それは解離性同一性障害の患者────つまりは二重人格な子であるということなんです。

 主人格であるアイビスちゃんから切り離され、異常とも思える嗜虐性や残虐性を抱えた交代人格というキャラが先程アフレコした鮮血のアイビスちゃんでした。

 戦闘スタイルは凶器や血の目潰しなど何でもありで、とにかく相手さえ叩きのめせばご満悦という非常に厄介な子です。主人格とは一転して突撃中心の荒々しい戦い方をします。つまり簡潔に一言で表すと、ジャギですね……。

 

 元々はそれぞれ別々のキャラだったんですが、キャラのモデリングが間に合わなかったため無理くり同キャラに纏めたそうです。余談ですが、私がこのお仕事を大喜びで引き受けた時に鮮血のアイビスちゃんの話は一切ありませんでした。先週台本を渡されて初めて知ったのです。あの時は思わず目が点になりましたよ。

 ……いい加減、あの駄犬を保健所に連れて行ってもいい頃ですよね? 一応私をアイドルに抜擢してくれたのは彼なのでこれまで我慢してきましたが、もはや殺処分不可避です。

 

「すみません、七星さん。ちょっとよろしいですか?」

「はい、何でしょうか!」

 ゲーム会社のディレクターさんから声を掛けられたので一瞬のうちに営業モードに切り替えました。お客様に対しては常に誠心誠意対応するのが私のマイルールなのです。

「アイビスと鮮血のアイビスのモーションが概ね纏まったのでチェック頂きたいのですが」

「承知しました」

「ありがとうございます」

 ノートPCを開いて動画を再生しました。映像には開発途中のゲーム画面が映っています。

 するとアイビスちゃんが棒立ちの相手に対して技やコンボを叩き込んでいきました。続いて鮮血のアイビスちゃんも攻撃を行います。

 

「いかがでしょうか? 北斗神拳の技のイメージと違う点があれば指摘頂けると助かります」

「そうですね……。まずアイビスちゃんですけど北斗有情断迅拳(ほくとうじょうだんじんけん)の動きが若干違いますし、出が早いのでもう少し遅くして良いと思います。逆に鮮血のアイビスちゃんの北斗羅漢撃(ほくとらかんげき)はもっと勢いがあった方が良いでしょう。原作再現するなら通常技も少し見直した方がいいと思いますけど」

「なるほど。であれば一度弊社にお越し頂けないでしょうか。実際に操作して頂いた方が指摘し易いでしょうし、改めて技も見せて頂きたいです」

「わかりました。日程を複数挙げて頂ければPと相談の上スケジュールを調整します」

 ゲーマーとして良いゲームを作るのに協力は惜しみません。私担当のキャラはともかくゲーム自体は中々面白そうな出来なので、協力して面白いゲームに仕上げていきたいですね。

 

 

 

「それではお先に失礼致します」

 収録後に打ち合わせ等をしていたら夕方になってしまいました。今日は寄りたいところがあるためスタジオ前で解散です。

「お疲れ様でした。くれぐれも体調管理には注意願います。特に今日は喉を酷使されたので加湿器のセットを忘れないように」

「わかりました。ADの仕事は激務でしょうが、龍田さんも休める時はちゃんと休むんですよ」

「気温が下がってきていますから必ず布団は掛けて寝て下さい」

「はいはい」

「ラーメンばかりでは栄養バランスが崩れます。緑黄色野菜を中心に多品目を摂取するように」

「わかりましたって!」

 貴方は私のお母さんですかと思わず突っ込みたくなりました。イケメン超人の上にやたらと女子力が高いのが癪に障ります。

 ですが有能なのは確かなので万一ADをクビになったら個人的に雇って秘書にしてあげましょう。なぜかは知りませんが一流ハッカー並みのPCスキルも持っているので色々と使い勝手が良いですし、万一不祥事があれば『秘書がやりました』と責任を押し付けられますからね。

 

 最寄り駅から電車に乗り、都心の某駅へ向かいました。そして降りて直ぐのところにある大型の百貨店に入ります。そのままエレベーターに乗って目的の階に向かいました。

 私が降りた四階はコスメカウンター────つまり化粧品売り場です。

 ここは私にとっては完全にアウェーです。どのくらいアウェーかというと、プロ野球の『サーベルタイガースVSキャッツ戦』でキャッツのユニフォームを着て甲子園のライトスタンドに陣取るレベルです。ちなみにリアルでやったら間違いなくボコられますのでご注意下さい。

 

 清純派アイドルとして華々しく成功するためには、やはり見栄えが良くなければならないと悟りました。仕事ではメイクさんが勝手に仕上げてくれますがプライベートではそうはいきません。

 スマホで簡単に写真が撮れるこの時代。いつどこで誰に写真を撮られているかわかったものではないですが、そんな時にすっぴんでアホ面を晒していたら致命傷です。そのためまずは化粧品を買って色々と学ぼうと思ったのです。

 

 通販も考えたのですが、もしダンボールを開けられて化粧品を買ったことが両親に知れたらまた大騒ぎになってしまうので諦めました。ネットで調べたところドンドンキホウテで売っているような安物はあまり肌に良くないとのレビューが有りましたので、精一杯の勇気を振り絞ってこの地に降り立ったのです。正直物凄く居心地が悪いので適当に見繕ってさっさと買って速やかに撤収しましょう。

 

「いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか?」

「ひゃい!?」

 コソコソと物色していると不意に声を掛けられました。声をした方を向くと販売員さんが笑顔を携えています。いや、確かBA(ビューティーアドバイザー)さんと呼ぶんでしたっけ。

「い、いえ。化粧品を探しているだけですからお気になさらず……」

「そうなんですか。それなら色々とお試しすることができますよ。さあ、こちらへどうぞ」

「え、えぇ!」

 優雅な姿からは想像できないほどグイグイ食いついてきます。不慣れな環境のため思わずその勢いに押されてしまいました。

 

 そのままコスメカウンター内に設けられたお客様用の席に座らされます。

「お客様にぴったりな化粧品を探すお手伝いをさせて頂ければと思います。早速ですが、クレンジング液は普段何を使われていますか?」

 ク、クレンジング……? 新型のモビルスーツかな?

 何のことかさっぱりわかりませんが、知らないというのも恥ずかしいので誤魔化します。

「え~と、すみません。完全に理解しているんですけど、ちょっとだけド忘れしてしまいました。クレンジングってどういう用途の液でしたっけ?」

「……化粧品を落とす時に使う液のことですけど」

 そういうことですか。そうそう、汚れを落とす洗浄剤ですよね。もちろん知っていますとも! 

 

「普段はシンナーを使ってます!」

「ええっ!!」

 BAさんがものすごく動揺しました。

 何口走っているんですかコイツは! シンナーはプラモの塗料を落とすのに使う薬剤ですよ! 

「じょ、冗談に決まっているじゃないですかぁ~」

「そ、そうですよねぇ。余りに想定外のご回答でしたので驚いてしまいました。では改めて、どのようなものを使われているのでしょう?」

「えっと、その。……水とか?」

「水、ですか……」

 

 周囲がシンと静まり返った気がします。冷ややかな視線が全身に突き刺さりました。

 もう嫌だお家帰るぅ~!

「あの、お客様? ひょっとしてお化粧品のご購入は初めてでしょうか?」

 思わずドキッとしました。どうやら完全に見抜かれてしまったようです。

「すみません、実は……」

 こうなっては仕方ありませんのでお化粧ビギナーであることを白状しました。するとBAさんは呆れるどころか笑顔になります。

 

「ふふっ、そうなんですか。でしたらお化粧の基本についてもご説明させて頂きます。恥ずかしがらなくても初めは皆初心者ですからご安心下さい」

「……よろしくお願いします」

 素直に頭を下げました。知ったかぶりせず初めから教えを乞えばよかったようです。よく考えれば百貨店に勤めているBAさんならよく訓練されているでしょうから、お客様を馬鹿にすることはないですよね。

 その後は化粧下地の作り方やファンデーションの塗り方、化粧品選びのポイントなどを実践を踏まえながら一通り教えて頂きました。ちゃんとメモを取りましたのでバッチリです。

「それではこちらを頂きたいのですが」

「はい、お買上げありがとうございます♪」

 お礼も兼ねて少し高めのものを一式購入することにしました。こういうWINーWINな商売は素晴らしいと思います。

 

 精算後に担当のBAさんと談笑していると他のお客様がやってきました。

 瞳を半分覆った前髪が特徴的な超美人さんです。物静かな感じですがお山は中々の大きさでした。私がPだったら間違いなくアイドルとしてスカウトするでしょう。

 見惚れていると別のBAさんがそのお客様に笑顔で話しかけます。

「いらっしゃいませ。何かお悩みはありますか?」

「ふぁ……ふぁんデーションを……探しています……!」

「畏まりました。それではこちらへどうぞ」

「ほっ……」

 キリッとした表情で呟いた後、少し安心した様子で私の隣の席に座りました。

 

「ファンデーションはパウダー、リキッド、クリーム、ルースのうち現在はいずれをお使いでしょうか?」

「……?」

 BAさんに質問された瞬間、そのお客様がフリーズしました。頭の上にはハテナマークが浮かんでおり困った表情を浮かべています。そのまま暫く気まずい空気が流れます。

 30分程前にも同じような光景が繰り広げられましたので私にはピンときました。

「あの、大変失礼ですがもしかして化粧品に詳しくないのでは?」

「ッ……!」

 思い切って隣のお客様に声を掛けるとビクッと反応します。すると不安そうな表情のままゆっくりと頷きました。どうやら私の予想通りだったようです。

 

「私もそうなので安心して下さい。こちらのお店のBAさんはとても親切なので丁寧に教えてくれますよ」

「そうなの、ですか」

「はい。私共にお任せ下さい!」

「……よろしくお願いします」

 BAさんが笑顔で答えます。その後はファンデーションの試し塗りを何回か行い、気に入ったものを購入されました。彼女だけを残すと余計なものを買わされそうで心配だったので、買い物が終わるまで店内で時間を潰します。

 

「ありがとうございました~!」

 BAさん達に見送られ一緒のタイミングでお店を出ると、そのお客様が私に頭を下げました。

「……あの、買い物が終わるまで待っていて下さったんですよね? 不器用なので……ご迷惑おかけして、申し訳ありません」

「いえ、気にされないで下さい。私が勝手にやったことですので」

「選書のようにはいきませんでした。自分に何が合うのか、わからなくて……」

「そういう時は思い切って人に相談してみるのも手だと思いますよ。自慢ではないですが私も何が自分に合っているのか全くわかりませんのでBAさんにお任せしました」

「なるほど。そういう考えも、あるのですか」

「はい。でも貴女はお化粧無しでも本当にお綺麗ですよ」

 忌憚(きたん)のない感想を述べると俯いて顔を赤くしました。この人マジもうヤダ最高かわいい……。

 

「私を買いかぶりすぎです……。ですが今日は、わずかながら理想に近づけました。花も実もある宝珠(ほうじゅ)に……いつかなれるでしょうか」

「ええ、きっとなれますよ!」

「ありがとうございます。……それでは、私は書店に寄りますので」

「はい、今日はお疲れ様でした」

 一階の本屋さんの前でその美女とお別れしました。しかし在野にあんな逸材がまだ眠っているとは侮れません。私も負けないように自分磨きを頑張ろうと誓い、軽い足取りで家路につきました。

 

 

 

 翌日の放課後はいつも通り346プロダクションに行きます。次回出演のバラエティ番組の事前打ち合わせがありましたので、レッスン後はコメットの皆と別れて待ち合わせ場所である美城カフェへ向かいました。

 待ち合わせの時間よりだいぶ早いのでポケモンの孵化厳選をしながら待とうと思い店の前まで行くと、何やら怪しい人影がウロウロしています。よく見ると昨日コスメカウンターで遭遇したあの物静かな美人さんでした。カフェの中を窺っては行ったり来たりしています。

 

「何やってんだあの子……」

「あっ……」

 思わず呟くと彼女が私に気付きます。何だかばつが悪そうな表情をしました。

「えっと、入らないんですか?」

「……入り、ます」

「じゃあ行きましょう」

 彼女の手を取り店内に入りました。

 

「いらっしゃいませ、美城カフェにようこそ!」

「おはようございます。菜々さん」

「はい! おはようございます、朱鷺ちゃん! ……えっと、そちらの方は?」

「ちょっとしたお知り合いですよ」

「そうですか! それでは二名様ご案内します!」

 菜々さんに案内されるままボックス席に座りました。美人さんが紅茶を頼んだので私も合わせて紅茶にします。

 

「相席ですみません。ご迷惑でしたか?」

「いえ……そんなことはありません」

 その言葉を聞いてちょっとホッとしました。知り合い気取りでウザがられたら嫌ですもん。

「なぜ店先でウロウロされていたんです?」

「読書に適したカフェだと思ったのですが、お洒落過ぎて一人で入るには気後れしてしまって」

「なるほど。ああ、そういえば自己紹介がまだでしたか。……コホン。私、346プロダクション所属アイドルの七星朱鷺と申します。よろしくお願い致します」

「……鷺沢、鷺沢文香(さぎさわふみか)と申します。人に誇れるような特技などはありません。趣味は……読書でしょうか」

 お互いペコリと一礼しました。何だかお見合いみたいです。

 

「346プロダクション内にいらっしゃるということは、鷺沢さんもアイドルなんですか?」

「はい。今週から所属することとなりました。七星さんは先輩だったのですね。その節は大変失礼しました」

 なるほど。事務所所属のアイドル達の顔と名前は全て記憶していましたが、新人さんであれば知らないのも当然です。

「私のことはあまりご存じないですか? 結構テレビには出させて頂いてますけど」

「……すみません。今まで本ばかり読んでいましたので、テレビは殆ど見ないのです」

「いえいえ、いいんですよ♪」

 クックック……これは大チャンスです。色物怪力悪役キャラが彼女の中で生まれていない内に、私が清純派アイドルであると刷り込みをしてあげましょう。

 

「本がお好きなんですか?」

 バッグからごく自然に文庫本を取り出したので訊いてみました。

「はい。昔から、物静かな子だったのです。本を読むのが好きなだけの……」

 穏やかな笑みを浮かべます。本が本当に好きなことがその表情だけで良くわかりました。

「それがどうしてアイドルに?」

「担当のPさんから熱心にスカウトされまして……。最初はアイドルなんて到底無理だと思っていたのですが、あまりの熱意に押されてしまいました」

 どのPかは知りませんがいい仕事してますね。グッジョブです。

「ですが……」

 途端に表情が曇ります。

 

「何かあったのでしょうか」

「この世界は私の想像よりも遥かに綺羅びやかでした。……元々人と話すのは苦手ですし知り合いもいませんので、このような華やかな仕事が務まるか不安です。私は、本を読んでいれば幸せな……紙魚のような存在ですから」

 そのまま俯いてしまいます。なるほど、所属したばかりですからまだお友達がいなくて心細いんでしょう。私にも経験がありますからその気持ちはよくわかります。

「それなら、私に良い案がありますよ」

「良い、案?」

「はい。全てこの私に任せて下さい!」

「ありがとう、ございます」

 鷺沢さんが優しく微笑みます。あーもうテンション上っちゃう。テンション上っちゃう……。

 彼女も可愛い後輩ですので力になってあげたいと思います。346プロダクション所属のアイドル達は皆私の娘のようなものですからね。

 

 なお、それから暫くして『新たな脅威』が襲来した際に鷺沢さんとは思わぬ形で関わり合いになるのですが、この時の私は当然そんなことには気付いていませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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