ブラック企業社員がアイドルになりました 作:kuzunoha
「焼けたかな?」
牛肉の塊が焼ける濃厚な匂いが我が家のキッチンに満ち溢れます。据え付けの電気オーブンレンジを覗くとちょうど良い焼き色が付いていました。予定より少し早いですがこれくらいの方が美味しいので電源を落とします。
「すっごい美味しく出来上がっている。はっきりわかりますね」
独り言を呟きながら今調理しているローストビーフ用のグレービーソースを準備します。お肉を活かすも殺すもソース次第ですから慎重に調合しなければいけません。
ソースを用意した後は牛肉の粗熱が取れるまで他のパーティー料理の仕込みをしました。
本日は『七星医院 第二回天体観測会&ホームパーティー』です。
以前一日署長をやった際にコメットの皆とラブライカの二人で天体観測会&ホームパーティーを行ったのですが、思いの外好評だったのでその後も不定期で実施することになりました。今日はその第二回目なのです。
残念ながら乃々ちゃん達は予定があり参加出来ないので今日はラブライカの二人と別のアイドル達を誘っています。その内の一人は先日お知り合いになった鷺沢文香さんでした。
まだ事務所に所属されて日が浅く知り合いのアイドルもいないとのことなので、少しでも交流の輪を広げて貰おうと思ったのです。私は前世で中途入社することが非常に多かったのですが、仕事場に慣れるまでは毎回居心地が悪かったので文香さんの現状は他人事ではありませんでした。
これをきっかけに他のアイドルと仲良くなって仕事がやりやすくなればいいですね。
一通り調理を終えると料理や飲み物を持って会場である七星医院に向かいました。
「それじゃ、後は頼んだぞ。あまり遅くならないようにしろよ」
診療後、お父さんから医院の鍵を預かります。
「他の子達もいるし早めに切り上げるようにするから」
「終わったら新田さん達はタクシーで送ってあげなさい。うら若き乙女達に万一のことがあったら親御さん達に顔向けが出来ん」
「うん、そうする」
珍しく真剣な表情なので素直に諭吉さんを二枚受け取ります。やはり娘がいる父親としては心配になるのでしょうか。
「じゃな!」
そのまま颯爽と去っていきました。いつも元気ですよねぇ、あの人。
簡易キッチンで料理の仕上げをしていると出入り口の呼び鈴が鳴りました。
「はいはーい」
駆け寄るとガラス越しに見慣れた二人組がいらっしゃったので鍵を開けて迎え入れます。
「おはよう、朱鷺ちゃん」
「ドーブラエ・ウートラ。おはよう、ございます」
「はい、おはようございます」
いらっしゃったのは美波さんとアーニャさんです。待ち合わせ時間より早かったので準備を手伝ってもらうことにしました。
「私達は何をすればいいかな?」
「では美波さんは屋上でランタンに灯りを灯して貰っていいですか?」
「うんっ」
「私も、手伝います」
「アーニャさんは折り畳み式のレジャーテーブルを組み立てて頂けると助かります」
「わかりました」
二人共お願いした仕事をテキパキとこなします。その分手が空いたので私は仕上げたパーティー料理や飲み物を並べたりしました。10分くらいで一通り準備が終わります。
「お二人共、ありがとうございました」
「あら、お礼なんていいのよ。こういうのは皆で分担した方が楽じゃない」
「ダー。私も、そう思います」
少し前の美波さんは何でも一人でこなそうと無理をしていましたが、アーニャさんのおかげもあって最近はそういう感じが見られなくなっていました。とても良い傾向だと思います。
「流石、美波です。ランタンを簡単に点けてしまいました」
「そういうアーニャちゃんだって手際が良くてカッコよかったよ」
そのままお互いを褒め称えていきます。すると二人共段々顔が赤くなってきました。
「……ンミナミィ♪」
「……アーニャ、ちゃん♪」
甘々な空気が二人の間に漂います。これはなんというか、友達同士というよりも恋人同士のような……。
以前合宿でシンデレラプロジェクトの皆さんに美波さんをサポートして欲しいと言いましたが、そのことがきっかけとなり美波さんとアーニャさんの絆が一気に三段階くらいアップしました。
アイドルフェスはとっくに終わっていますけどアーニャさんは未だに新田さんの家に泊まり込んでおり、もはや半同棲状態です。
もしかして私はとんでもないことをしでかしてしまったのかもしれませんが、気にしないことにしました。もうなるようにしかなりません。色々怖いのでこの話題は終わりっ! 閉廷! 以上、みんな解散!
『フンフンフフーン♪ フンフフー♪ フレデリカー♪』
準備を終えて屋上で談笑していると着信音が鳴ったのでスマホを取り出します。確認すると相手は文香さんだったので通話の表示をタッチして出ました。
「……鷺沢、です。医院の前に着いたのですが、どうすればよいでしょうか?」
「今伺いますからちょっと待ってて下さい。わざわざ電話して頂かなくてもLINEでメッセージを送って貰えれば大丈夫ですよ」
「……お恥ずかしながら、すまーとフォンの操作方法が良くわからないのです。つい先日まで普通の携帯電話でしたので」
「な、なるほど……」
先日LINEの使い方をお教えしたのですがまだ要領が掴めていないようです。他のアイドル達と交流する上で有用なツールなので後で改めて操作方法を解説しましょうか。
そんなことを考えながら一階に向かいました。
「おはようございます、文香さん」
「おはよう、ございます」
出入り口の扉を開けると儚げに佇んでいました。地味めな服装なのでせっかくの美貌がもったいないですね。立派な山脈をお持ちなんですから、もう少し大胆に露出してもいいんじゃないかと思ってしまいます。でもこういう純朴さにキュンと来る人もいますので一概にどちらが良いとは言えませんか。
「では会場にご案内しますが、一部刺激の強い映像が含まれますので気を付けて下さい」
「……刺激、ですか?」
「グロテスクなものではないですよ。……私にとっては大変なグロ画像なんですけど」
怪訝な表情の文香さんの手を引いて医院内に招き入れました。
「これは……」
中に入ると文香さんが目を丸くして呆気にとられます。
まぁ、初見では仕方ないですよね。そう思いながら改めて待合室を見回します。
そこには私のポスターやタペストリー、生写真等がびっしりと掲示されていました。ストーカーの部屋に入ったのではないかと一瞬錯覚するほどです。
アイドルの等身大パネルがお出迎えする医院は世界広しと言ってもここだけでしょう。そんなことしなくていいから。
「……七星さんは、ご両親からとても愛されているのですね」
「愛というか、もはや執念すら感じますよ」
あの親バカ共が暴走した結果がこのザマです! 超恥ずかしいから止めてって何度も言っているのに聞きゃあしません!
一度強硬策として全て剥がして廃棄したのですが、翌週には復元された上にパワーアップしていたので諦めました。こんなことをしたら患者さんが減ると説得したんですけど意外と好評だそうです。院内で配布しているCDやグッズも飛ぶように無くなると聞きました。わけがわからないよ。
私の人気を高めるためと言っていますが本当なのでしょうかね。晒しものにしたいとしか思えないんですけど。
「この白衣姿、とても愛らしいです」
「その等身大パネルですか……」
先日の家族内ファッションショーの際に看護師姿になったのですが、その時撮影された写真を基にこんなものが作られました。他の写真を使ったパネルも量産化体制に入っているらしいです。
初めてですよ、ここまで私をコケにしたおバカさん達は……。
「ささ、会場は屋上なのでこんなところからはおさらばしましょう」
「は、はい」
文香さんの背中を押しつつ屋上に向かいました。
その後、残りのアイドル達も到着したので会場に来て貰います。文香さんとは初対面とのことなのでパーティの前にお互い簡単に自己紹介をしてもらうことにしました。
「では改めて自己紹介するわね。私の名前は
奏さんはミステリアスな雰囲気と大人びた性格が特徴のクールなアイドルです。歌とダンスはもちろん演技力の高さでも一目置かれており、事務所内では次期エース候補として期待されています。色物バラドル路線を突っ走っている私とは真逆の存在ですね。
「ちぃ~っす、
唯さんは金髪碧眼でコミュニケーション能力が高いザ・ギャルといった陽気な子です。カラオケが大好きなので先日菜々さんを強制的に巻き込み三人で行きました。
同じ17歳のはずなんですけど選曲が全く違っていてとっても不思議でしたね。一体なぜなのか皆目見当もつきません。あの時は終始大草原でとても楽しかったです。
なお私は『天城越え』と『津軽海峡冬景色』を全力で熱唱しました。少し引かれました。
「……鷺沢文香と申します。19歳の大学生で、趣味は読書でしょうか。今まで本ばかり読んでいた私ですが、前向きに変わっていけたらと思っています。よろしくお願い致します」
挨拶をした後、深くお辞儀をしました。
「えへへっ! こちらこそヨロシクね、文香さん!」
「文香と呼び捨てにして頂いて構いません。確かに年齢は二つ上ですが、大槻さんの方が先輩ですから」
「そう? じゃあ文香ちゃんって呼ぶよ☆ 私のことも下の名前で呼んでね♪」
「は、はい……」
唯さんのポジティブギャルオーラに圧倒されているようでした。
「あら、文香は可愛いわね……。欲しくなっちゃいそう」
「みなさんに注目されると……緊張で胸が苦しくなります。この調子で、アイドルが務まるのでしょうか」
「大丈夫よ。私も最初はどこにでもいる女子高生だったから。でも身近な存在だったはずの私を、ファンはたくさんの歓声で別次元の偶像へと変えてしまったわ。だから文香もきっとなれるはずよ、素敵なアイドルにね」
「あ、ありがとうございます」
色っぽい奏さんに応援されて文香さんが赤くなりました。
「可愛いわね。キスしちゃおうかしら」
「……えっ」
「ふふっ、冗談よ」
演技力が高いのでどこまでが素でどこからが演技なのかわかりません。そんなミステリアスさが彼女の魅力だと思います。
「でも唯が天体観測なんて意外だわ」
「そ、そんなことないよっ! 超ロマンチックじゃん!」
「ふうん。……ひょっとして、朱鷺が作った料理が目的、とか?」
「ドキッ! あちゃー。やっぱ、バレちった? 美波ちゃんから前回の天体観測の料理がメチャ美味しいって聞いたんで来ちゃったんだー♪」
「唯はロマンより食い気って感じだものね」
奏さんの言うとおり、唯さんは天体観測よりもパーティー料理に興味を示していました。ですが楽しみ方は人それぞれですからいいと思います。それに作った料理を美味しく食べて頂くのも楽しみの一つですから。
「安心して下さい。前回に劣らないラインナップを揃えましたよ」
レジャーテーブルの上には色とりどりの料理が並べられています。
アボカドと海老のタルタル風前菜、サーモンとクリームチーズの生春巻き、新鮮魚介のパエリア、ほうれん草とベーコンのキッシュ、アラビアータ、ひとくちピザ、ブーケサラダ等、軽く十種類以上用意しました。中央には先程のローストビーフが鎮座しています。
パーティ料理なので見栄えを良くしながらも野菜や魚介類を多く使用してヘルシーに仕上げるよう心がけました。食べ過ぎて体重増なんてオチになったら担当のP(プロデューサー)さんから怒られてしまいますからね。
「ホントだっ☆ 一流ホテルの料理みたいにキラキラしてて、メチャ美味しそう!」
「ありがとうございます」
前世で一流ホテルに勤めていたシェフの料理ですから当然といえば当然です。お客様には一流でも従業員には三流未満のホテルだったので結局潰れましたけど、卓越した技術は盗めたので勤めて良かったと思いますよ。
「準備が整いましたので『七星医院 第二回天体観測&ホームパーティー』を始めます。堅苦しい挨拶は抜きにして、食べて眺めて楽しく過ごしましょう。それでは乾杯!」
「カンパ~イ!」
全員未成年なのでアイスティーの入ったグラスをカチリと当てていきます。皆さんの陽気な声が夜の闇の中に吸い込まれていきました。
その後は星々を眺めたり料理を頂きながら談笑したりして思い思いに過ごします。
文香さんは奏さんや唯さんと仲良さそうにお喋りをしていました。交友関係が広く周囲に影響を与えることが多いお二人とお友達になれば、文香さんのアイドル生活はより良いものになるはずです。今日は早くも目標を達成できたようなので良かったですよ。
そんなことを思いながら、望遠鏡で星を眺めている美波さんとアーニャさんの傍に行きました。
「アーニャちゃん、あの星は何?」
「あの星は、ベガです。その下の大きな二つの星がアルタイルとデネブ。あの三つの星を結ぶと、夏の大三角になります」
「ベガとアルタイルって、織姫と彦星よね?」
「ダー。今日は綺麗に見えて良かったです」
二人共楽しそうで、そんな姿を見るとなんだかこちらまで楽しくなってきます。
しかしベガ、アルタイル、デネブと聞くとストファイ、アサシンクリード、伝説のオウガバトルを真っ先に連想してしまいました。私は末期的なゲーム脳のようです。
「朱鷺は、何か見たい星はありますか?」
「そうですねぇ。やはり北斗七星を確認しておきたいです」
「ダー。わかりました」
慣れた手つきで望遠鏡を操作し、先程とは別の空にレンズを向けました。
「ズドーラヴァ。今日は北斗七星も綺麗です。どうぞ、見て下さい」
「ありがとうございます」
意を決して望遠鏡を覗き込みます。そこには天に輝く北斗七星がくっきりと映っていました。ゆっくり数を数えると大きく輝く星が七つだけ見えます。
その事実を確認して一安心しました。そのまま望遠鏡から目を離します。
「もういいの?」
「はい。見たいものは見られたので十分です」
以前の暴走時とは違い余計なものは見えていなくて一安心でした。視力は良いので星自体は肉眼でも見えますが、念のため望遠鏡でも確認しておきたかったのです。
あの星──『
北斗七星の横に寄り添うように光る蒼い恒星。それが死兆星です。北斗の拳ワールドではその星が見える者には年内に死が訪れると伝えられています。物語上、この星を目にしたキャラクターの多くは死を迎えました。ごく稀に死を回避した人もいますけどね。
前世では実在していた星であり当然見ても死ぬことはありませんでしたが、現世ではその存在が抹消されています。しかし以前コメットの解散騒動で死にかけた時にはあの星がくっきりと見えましたので、多分あの駄神様が悪戯で北斗の拳設定に改変したのでしょう。
あの星が見えていないということは例の『新たな脅威』は私の命を脅かす類のものではないという証明になります。しかしどんな事態になるかはわかりませんので、引き続き出来うる準備をしておくことにします。
「ゆい、もうお腹いっぱい……」
「今日は楽しかったわ。次回開催する時も声を掛けてくれる?」
「朱鷺さんのお陰で、皆さんと楽しく過ごすことが出来ました。本当にありがとうございます」
「皆さんに楽しんで頂けたようで何よりです」
「今度は卯月ちゃんや凛ちゃん達にも来てもらいたいわね」
「ダー。蘭子や、未央も誘いましょう」
和やかなパーティーはあまり遅くならない内にお開きとしました。楽しい時間は短く感じるとは言いますが本当にあっという間でしたよ。皆さん学業とアイドル業で忙しいので第三回のスケジュールも早目に立てておかないといけません。
翌日はラジオのお仕事でした。以前出演した『マジックアワー』というラジオ番組から、再びパーソナリティとして出て欲しいとの要望を頂いたのです。
噂に拠ると以前に友紀さん、のあさん、志希さんの放送事故不可避トリオを血反吐を吐きながらも制御した手腕が非常に高く評価されたようでした。あの時のことは正直思い出したくはありませんが高い評価を頂いたこと自体は嬉しいです。
本日共演するアイドルは今までお仕事などの接点がなかった方々なので少し緊張しますが、良い子なのは確かですから彼女達の魅力を少しでも多く引き出せるよう頑張りましょう。
そう思いつつ、放課後の教室を後にして収録スタジオに向かいました。
スタジオに着くと待合室で待機するよう指示を受けたのでそちらに向かいます。すると出演者の一人が先に来ていました。
黒髪で澄まし顔のちびっ子です。タブレット端末を眺めていて私には気付いていないようなので、警戒されないよう笑顔で近づきました。
「おはようございます、ありすちゃん♪」
「……おはようございます。あまり名前で呼ばないで下さい。橘と呼ばれる方が好きなんです」
「え~。ありすちゃんの方が可愛いじゃないですか!」
そう言いながら頭を撫でると少し嫌そうな顔をしました。
「子供扱いしないで欲しいです。そういうのは……嫌いなので」
「小学生は世間一般的に子供ですよ。背も低いですし」
「身長は直ぐ伸びる予定です。牛乳を飲んでますので後三年もすれば朱鷺さんに追いつきます」
「はいはい。ありすちゃんは立派なレディーですよー」
「またありすって……」
ぷいと横を向いてしまいました。あらら、ちょっとからかい過ぎましたか。
アイドルをやっていると仕事とプライベートを問わず名前で呼ばれることが多いので、今のようにしかめっ面をしていると彼女のイメージダウンになりかねません。そのため今のうちから慣れてもらおうと隙を見ては名前で呼んでいるのですが中々上手くいっていませんでした。今回の共演をきっかけにもう少し心の距離を縮めたいと思います。
電子書籍を読んでいるありすちゃんを眺めていると、もう一人の共演者がいらっしゃいました。真っ白な肌と銀髪のショートヘアが目を惹く美人さんです。
「おはよー。今日もほどほどにいこー」
「おはようございます、周子さん」
「……おはようございます」
性格は自由奔放でノリが軽く、なんというか掴みどころがない感じです。事務所に所属されてから日は浅いですが人気は急上昇中で、奏さんと同じく次世代のエース候補と
「あーお腹すいたーん」
そう言いながらソファーに座りました。ちょっと疲れた感じです。
「お昼ご飯はちゃんと食べたんですか?」
「ロケ弁は出たんだけど、撮影でバタバタしててあんまり食べる時間なくてね~。忙しいのも困りものだよ」
その様子を見たありすちゃんがランドセルからお菓子を取り出しました。パッケージには『ラッコのマーチ イチゴ味』と書かれています。イチゴ好きな彼女らしいお菓子セレクトです。
「あの……これ、食べますか? 和菓子ではないですけど」
「食べる食べるー。というか和菓子はもう食べ飽きてるんだよねー。あれば食べるけどさー」
飄々と言いながらお菓子をつまみました。
「ありすちゃん、私も何か欲しいですぅ~」
「朱鷺さんはお腹空いてないじゃないですか。だから何もあげません」
「ああん、ひどぅい!」
「さっきの仕返しです。……ふふっ」
オーバーリアクションで反応すると少し笑ってくれました。収録前に気分を和ませることが出来たようで良かったです。
「お待たせしました~! 収録始まりますのでよろしくお願いします~!」
「はい! それじゃ皆さん、行きましょうか」
「そだねー」
「わかりました」
スタッフさんの合図と共に気持ちのスイッチを切り替えます。そのまま三人で一緒に録音ブースへ向かいました。
そして収録が始まりました。ブース内には既に三人いますがゲストの出演までは私一人でトークをしていきます。
「皆さん、こんばんは。真夜中のお茶会へようこそいらっしゃいました。このラジオは346プロダクションから毎週ゲストをお呼びして楽しくお喋りをする番組です。皆様をおもてなしするパーソナリティですが、先月の佐久間まゆさんから変わりまして今月はコメットの七星朱鷺がお相手致します。
今日と明日の間のマジックアワー。短いひと時ですけれど、皆さんと楽しい時間が過ごせたら嬉しく思います。どうぞよろしくお願いします」
初めはテンプレの挨拶からです。何回かやっているのでこの流れにも慣れてきました。
「それでは『マジックアワーメール』──略して『マジメ』のコーナーです。早速お便りが届いていますので読んでみましょう。ラジオネーム『タツタサンド』さんからのお便りです」
タツタというワードを見て物凄く嫌な予感がしましたが、そのまま読んでいきます。
「『七星さん、本日もマジアワで御座います』 はい、マジアワです♪
ええと、『笑いを愛し笑いに愛された聖女。全てのRTA芸人の生みの親であり、RTA芸人界の聖母マリアと呼ばれている七星さんに御質問です。事前に綿密な
ハガキを読み上げると眼前の二人が必死に笑いを堪えていました。
投稿者の顔面にデンプシーロールを叩き込みたくなりましたが、不幸にも今は収録中なので答えを返す必要があります。
「え~とですね。プレイしているうちに何となくその方が早くなるかな? と思ってしまうんです。後チャート通りだと面倒くさいのでついやっちゃうんですよ。まぁ大体失敗してタイムがグングン伸びます。
ついでですけど、私が投稿しているRTA動画のことをちょっと早いゆっくり実況動画と
以上、マジメのコーナーでした! 皆さんのお便り、お待ちしておりまーす!」
勢い良くコーナーを締めました。私がMCの回に限ってまともな質問が来ないんですけど、一体なぜなんでしょうか。
「ではそろそろお茶会にゲストをお呼びしましょう。お二人共、どうぞ~」
「は~いマジアワ~。あたし、塩見周子。出身は京都で実家が和菓子屋なんだ~。京都キャラっていうほど京都要素ないけどねー」
「み、皆さん、マジアワです。橘ありすです。是非、橘と呼んで下さい。アイドルになって間もないですが歌や音楽のお仕事には興味あるので頑張ろうと思います。よろしくお願いします」
対象的な挨拶のお二人でした。小学生の方がしっかりしているのはどうかと思いましたが、そこは346プロダクションですから仕方ありません。
「はい、今日のゲストは周子さんとありすちゃんです。この二人と一緒にまったりしたお茶会を楽しみたいと思いますので、是非お付き合い下さい」
「リスナーのみんな、よろしゅーこー♪ あ、これ流行らせようと思ってるんだけど、どう?」
「またありすって……」
パチパチパチと皆で拍手をします。ありすちゃんがジト目で私を睨みましたが気にしないことにしました。
「それでは、お茶会恒例のお飲み物のコーナーです。お茶会と言うことで、周子さんの実家から送って頂いた玉露がありますのでそれで乾杯しましょう」
事前にセットしてあったカップに緑茶を注ぎます。
「それでは乾杯~!」
乾杯してから湯呑みに口を付けます。普通の緑茶とは違い甘みとコクのある深い味わいです。
「甘みがあって、とても美味しいですね」
「本当です。苦過ぎないので飲みやすいです」
「お歳暮やお中元で玉露は嫌というほど貰うから、あんまり有り難みないんだよねぇ~」
「そうなんですか、羨ましいです」
「その気持ち良くわかります。ウチは実家が医院なんですけど、お中元とかで患者さんからビールやワインを頂くことが多いんですよ。両親はあまりお酒を呑まないので処理が結構大変です」
そう言いながら再び玉露を口に含みました。
「あはは。そんなこと言って、実は朱鷺ちゃんが隠れて呑んでるんじゃない?」
「ぶっ!」
その瞬間、口に含んでいた玉露を一気に噴き出します。
噴き出した液が対面にいたありすちゃんの顔面を直撃しました。
「汚いです!」
「ゴホッ!! ゴホッ! す、すみません……」
幸いなことに器官には入らなかったので必死に体勢を立て直します。
「もしかして図星かなー?」
「そ、そそそそんな訳無いじゃないですか! ちゃんと近所の方々に配ったりしていますよっ! それにお酒は二十歳になってからです! 未成年、お酒ダメ、ゼッタイ!」
「あはは、冗談だって♪ 朱鷺ちゃんはからかうと面白いなー」
「リスナーさん達に誤解を与えかねないギャグは自重願います!」
お歳暮やお中元に入っていたノンアルコールビールをパチって呑んでいたことがバレたのかと思い、一瞬冷や汗でした。
「うぅ……べちょべちょ」
一方ありすちゃんはハンカチで顔や服を拭いています。今度チョコクッキーでも焼いてきてあげますから許して下さい。
「さ、気を取り直して『マジックミニッツ』のコーナーです。ゲストのお二方には今から一分間トークをして頂きます。お題が出ますから、一分間以内に魔法を掛けるようにお話して下さいね。
見事トークが成功すればその後のお時間は自由に使って頂いて構いません。それではルールの説明が終わりましたので箱からお題の紙を引いて頂けますか?」
超強引に流れを変えました。すると「わかりました」と素直に返事をしたありすちゃんが箱に細い手を入れます。
「じゃかじゃかじゃか~、じゃん! それではお題はなんでしょう?」
「ドキドキした話、だそうです。……私はあまり思い付きません。周子さんはいかがですか?」
「ちょうど一つあるよ。あたしが話した方がいいかな?」
「よろしくお願いします」
「うん。わかった」
話し合いの結果、周子さんがお話をすることになったようなので「それでは驚いた話、どうぞ~」と言ってチャレンジを始めました。
「あたしと同郷の
そう言えば今日もドラマの収録だと言っていましたね。紗枝さんと共演とは知りませんでした。
「それで冗談半分でシューコちゃんに告ってみたらどうって言ったら、紗枝ちゃんが真に受けちゃってさ。『うち、周子はんのこと、ずっとずっと前から好きなんよ。……愛しとります』って赤い顔で告白されたから思わずドキっとしちゃったよ~。
あっ、もちろんシミュレーションだから勘違いしないでねー。こんな感じでどう?」
よし、ここにキマシタワーを建てましょう。
「とても素敵なお話、ありがとうございました。判定はいかがですか?」
成功すれば『ピンポン』、失敗であれば『ブー』という効果音が流れます。すると少ししてから『ピンポン』の効果音が勢い良く鳴り出しました。ナイスでーす。
さえしゅうのカップリングは大正義だってはっきりわかりますね。この番組のディレクターさんとは趣味が一致しているようなので一緒にいいお酒が飲めそうです。私は未成年ですけど。
「はい、見事大成功でした。それでは見事『マジックミニッツ』を成功させたお二人にゲストトークをお願いします。出演番組の宣伝でも構いませんから好きなことをお話して下さいね」
「あたしは別に告知は無いから、ありすちゃんが話していいよー」
「え? いいんですか?」
「うん。任せた!」
自らの手で勝ち取った貴重なPRタイムを年下に譲ってあげる年長者の鑑でした。
「ええと……。それでは番組宣伝をしたいと思います。現在撮影している『忠シン蔵ガールズ!』という時代劇に私も出演させて頂くことになりました。赤穂四十七士の中の
年末頃に放送されるかと思いますが、
「ちなみに私も
「知ってます。
「がーん!」
膨れっ面でぷいっと横を向いてしまいました。ですがこういう言葉責めは嫌いじゃないし好きですよ。ハァハァ……。
「あははー。ありすちゃんに振られちゃったねー」
「役なんですから仕方ないじゃないですか~。私だって主人公側がやりたかったです」
「……嘘です。さっきお茶を吹き掛けられたお返し、です」
そう呟いて笑みを浮かべました。ありすちゃんはね、ホントに神的に良い子だから。
「ああ~。ありすちゃんはやっぱり天使ですよ」
「橘です!」
そんなとりとめのないトークをしていたら、あっと言う間に終わりの時間が来ました。
「さて、お茶会が盛り上がっているところですけれども、魔法の時間は過ぎるのがとても早いものでもうお別れの時間がやってまいりました」
「何だかあっという間だったねー」
「本当です。主に朱鷺さんがふざけていたからですけど」
「ということで、真夜中のお茶会、マジックアワー。今夜のお茶会を彩ってくれたのは……」
「は~い、マジアワ~。最高級の和菓子よりあまーいシューコちゃんと……」
「リスナーの皆様、マジアワでした。橘ありすと……」
「パーソナリティの七星朱鷺でした。皆さんが魔法のひとときに包まれますように。御機嫌よう」
この二人の魅力がリスナーさん達へ伝わりますように。そんな思いを込めながら、この回の放送を終えました。
なお収録後に聞かされたのですが、次回放送のゲストは『しゅがーはーと』こと佐藤心さん(26歳・独身)とウサミン星からやってきた菜々さん(永遠の17歳・独身)とのことでした。
346のやべーやつ二人に囲まれると私のキャラなんて軽く吹き飛んでしまいそうで超恐いです。とりあえずどこかで『Be My Baby』を流そうと固く固く決意しました。