ブラック企業社員がアイドルになりました   作:kuzunoha

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第50話 筋肉でドン! マッスルキャッスル

「よーし、やっと完成しましたよ」

 プラモデル制作専用の作業部屋内に私の呟きが響きました。

 眼前には『MG(マスターグレード) 1/100 ターンX』が格好良いポーズをキメています。

「ふはははー! スゴイぞーカッコイイぞー!」

 組み立てはもちろん塗装の仕上がりも完璧です。我ながらいい仕事してますよ。秋は空気が乾燥していて塗装のノリがいいからガンプラを作るのに適した季節ですね。

 以前制作した『MG 1/100 ∀ガンダム』を一緒に持って戦わせました。口でちゃんと効果音も付けます。

 

「ぎゅーん、ドドドドドドッ!」

「ばしゅーん! ばしゅーん!」

「ズバババーン!」

「戦場でなァ、恋人や女房の名前を呼ぶ時というのはなぁ、瀕死の兵隊が甘ったれていうセリフなんだよォ!」

「このターンX凄いよ!! さすが∀のお兄さん!!」

月光蝶(げっこうちょう)であーーる!」

「死ねぇい! 犬神ィーー!!」

 ターンXを操りノリノリで猛攻を仕掛けていきます!

「朱鷺ちゃん~。夜中に騒いだらご近所迷惑よ~」

「ご、ごめんなさいっ!」

 

 防音室仕様ではないことをすっかり忘れていました。お母さんに注意されて興が醒めたのですごすごと後片付けをします。プラモは二機共に自室内のショーケースへ収めました。

 次は積んである『MG 1/100 ジ・O』でも作りましょうか。関係ないですがジ・Oやガンダムヴァーチェを見る度にかな子ちゃんを連想してしまいます。深い意味はありませんよ、ええ。

 

「はぁ……」

 ベッドに横になり溜息を吐きました。

 文香さんと初めてお会いしてから約一週間が経過しましたが、相変わらず状況は変わりません。『新たな脅威』とやらがいつ来るのかと気を張っているのにも疲れてきました。

 既に迎撃態勢は整いましたので手持ち無沙汰でプラモ制作をしている始末です。正直なところ来るのなら早く来て欲しいですね。蛇の生殺し状態は精神的に良くないですよ。

 気分はスッキリしませんが、明日も仕事なので早めに床に就きました。

 

 

 

 翌日の土曜日はコメット全員でバラエティ番組の収録です。朝から収録開始なので、かなり余裕を持ってテレビ局に向かい楽屋で暇を潰しました。

「……ん?」

 スマホが振動しているのに気付きます。手に取るとほたるちゃん達からLINEでメッセージが送られていました。どうやら三人が乗っている電車に車両故障があり立ち往生しているそうです。到着が遅くなるので先に準備していて欲しいとのことでした。

「わかりましたっ、と」

 返信した後、今日の共演者であるアイドル達の楽屋に向かいます。本来なら四人で伺うべきなのですが非常事態ですから仕方ありません。同じ346プロダクションのアイドルなのできっと理解してくれるでしょう。

 

 共演者達の楽屋前に到着しました。楽屋張りには『セクシーギルティ 片桐早苗(かたぎりさなえ)及川雫(おいかわしずく)堀裕子(ほりゆうこ)』と書かれています。これまたアクの強いメンツだなぁと思いながらドアをノックしました。

「どうぞ~開いてますよ~」

 間延びした声を確認した後、扉を開けます。

 室内にはヒョウ柄スーツのボディコン(死語)の方、圧倒的な山脈を胸部に宿した子、手にしたスプーンに念を送っている子がいます。異色すぎて思わず困惑してしまいました。

 

「人の顔を見るなり、その表情は失礼じゃない?」

「す、すみません。思わず顔に出てしまいました」

「全く……。まぁ、みんな個性的だから仕方ないけど」

 一番キャラが濃いのは貴女では? と思いましたが、口にする勇気はありません。

 今お話したアイドルは元婦警アイドルの片桐早苗さんです。童顔でロリっぽく見えますが何と瑞樹さんと同じ28歳のアダルティなアイドルで、七星医院分院の常連さんでもありました。

 色々と魔改造したため今や見た目は10代前半にしか見えませんが、その分立派なHカップのお山が人目を惹きます。ですがそれ以上の大山脈が私の視線を釘付けにしました。

 

「おはようございますー」

「おはようございます、雫さん。……今日もその胸部装甲は凄まじいですね」

「えっ、何ですかー?」

「いえ、こちらの話です……」

 及川雫さんはご実家が酪農家のアイドルさんです。おっとりした性格の可愛い方ですけど、何より特徴的なのは105cmを誇る346プロダクション一のお山でしょう。この圧倒的な迫力、山に例えるならK2です。

 お山ハンターの愛海ちゃんが最終目標に定めているだけはあります。私もそれなりには実っていますが、彼女と比べるととひんぬーですよ。

 

「お一人でどうしたんですか?」

「乃々ちゃん達が乗っている電車が遅れているので、先にご挨拶に伺いました。今日の『マッスルキャッスル』では対戦相手を務めさせて頂きますのでよろしくお願いします」

 軽く頭を下げました。

「同じ事務所なんだからそんなに気を使わなくていいのに、律儀ねぇ」

「癖みたいなものですから。……それにしても裕子さんはいつものですか?」

「さっきからずーっとですよー」

「曲がれ曲がれ~……ムンッ!」

 視線の先には、私の挨拶すら耳に入らないままスプーン曲げに挑戦している美少女がいました。

 

 その美少女──堀裕子さんは346のアイドル達の中でもトップクラスの個性を誇る方です。

 驚くべきことに自称サイキッカーでして、何かをするたびに「サイキック○○!」と唱えることで有名です。十八番はスプーン曲げらしいですけど、ちゃんと成功したシーンは見たことがないので本当にエスパーかはご本人しか知りません。

 とてもかわいい子なのでアイドルとしては素晴らしいと思いますよ。346プロダクションのPはよくこんな逸材ばかり拾ってくるものですねぇ。

 

「スプーン曲げなら私もできますけど」

「本当ですか?」

「はい。任せて下さい」

 スプーンという単語を聞いてやっと私の存在に気付いてくれたようです。

 予備のスプーンを手に取り、指先に少しだけ力を込めて「リリカル・トカレフ・キルゼムオール♪」と呟くとパキンと折れました。

「はい、この通りです」

「まさか、朱鷺ちゃんもサイキッカーなんですかっ!」

「いやいや、完全に物理攻撃じゃないの!」

「物理でもサイキックでも曲がれば一緒です。手段なんて誤差ですよ誤差」

「エスパーユッコが全否定されましたっ!」

 少しからかった後、再び彼女の方を向きます。

「改めて、本日はよろしくお願いしますね」

「そんなに畏まらなくていいですよ!」

「挨拶をしておかないと何となく気持ちが悪くて。あとこれ、召し上がって下さい」

「何でしょう~?」

 手にしていた紙袋を渡しました。すると雫さんが中身を取り出します。

 

「え~と『伝承者チョコ』に『北斗神拳饅頭』、それとこっちは『朱鷺サブレ』ですかー」

「祖父が経営している食品会社が製造しているんですけど、先日大量に送り付けられたので処理に困っているんですよ。ご近所さんにも配り終えてしまいましたので協力して処理して貰えると助かります」

 少し前までは非ライセンス商品でしたが、いつのまにか346プロダクションと提携して正式なライセンス商品として販売されているようです。売上もなぜか順調で、今度から愛知県内の駅ビルでも販売されることになりました。

 製造工場の場所さえ教えて頂ければ即刻破壊しに伺うのですけど、行動パターンを読まれているのか周到に隠匿されています。

賄賂(わいろ)を送っても私達は手を抜かないわよ? 私達だって『モーレツ★世直しギルティ!』の販促が掛かっているんだから」

「そんなことは期待していません。CDをアピールするためにもお互い全力で戦いましょう」

「はいー」

「よろしくお願いします!」

 笑顔で握手をした後、私達の楽屋に戻りました。

 

 

 

 30分程して乃々ちゃん達も到着したので無事収録が始まりました。

 ステージ上には瑞樹さんと愛梨さんがスタンバっており、それぞれの舞台袖に各チームが待機しています。

「みなさーん。退屈してますかぁ~」

「退屈~!」

 一般観覧者達が観客席から元気に返事をしました。

「うんうん、わかるわ。そんな退屈は対決で解決! 瑞樹と愛梨のきゅんきゅんパワーで、貴方のハートを刺激しちゃうわよ♥」

「それでは、今夜も始まります! 筋肉でドン! マッスルキャッスル!!」

 番組名をコールすると再び観客席から拍手が沸き上がります。

 

「はいは~い。では早速アピールタイムを懸けて戦うアイドルの登場です!」

 私からは見えませんが、瑞樹さんの声に合わせて早苗さん達がステージに出ていったようです。

 この番組では各対決で得たポイントの合計の高い方が勝ちとなり、宣伝のための時間をゲットできます。負けた場合はアピールタイムなし、引き分けは宣伝タイムを分け合う形になります。

 今回は我々の最新CDである『Dear My Friend』の発売を地上波テレビで猛アピールしたいので、頑張って勝つつもりです。

 あまり能力は使いたくはないですけど、宣伝のためですしお仕事で手を抜く訳にもいきませんので全力で各対決に望みましょう。

 

「もはやこの番組の準レギュラーのような顔ぶれです。それではチーム名をどうぞ!」

「私達はセクシーギルティ! 悪いことをしている子は、お姉さん達が逮捕しちゃうわよ♪」

 拳銃を打つような仕草をした姿が容易に想像できます。若干ネタが古いと突っ込んだら怒られそうですね。まぁ私も大概ですから言えた義理ではありませんけど。

「続いてのチームはバラエティ番組でお馴染みのあの子を含めた四人組よ!」

 紹介のアナウンスが有ったのでスタジオに飛び出しました。

 

「いらっしゃ~い。では、チーム名をどうぞ!」

「はい。アイドル界に彗星のように現れた清純派アイドルグループ────コメットです!」

「せ、清純派ね、あはは……」

 瑞樹さんが苦笑いすると、そのままセクシーギルティに呼びかけます。

「346プロダクションが誇る超人アイドルが相手だけど、勝算はあるの?」

「大丈夫、大丈夫っ! お姉さんにマ・カ・セ・て♪」

「ちょっと待って下さ~い! そういう意気込みは、マイクパフォーマンスでどうぞ!」

 

 愛梨さんが早苗さんにマイクを手渡します。番組恒例のマイクパフォーマンスですがこれも対決に含まれており、相手を言い負かすか観客にウケることを言った方にポイントが入ります。

「ある時はアイドル、酒豪、元ポリスウーメェン! その正体は最高機密♪ 盗み、割り込み、チケット買い占め、犯罪は許さない! アイドルパワーで巨悪を倒す、セクシーギルティー・エーックス! 今夜も貴方のハートをバッキューン♥」

「あわわわ……。すみません、負けました……」

「おおっとまさかの敗北宣言!」

「早ッ!」

 

 うわキツ……と思う間もなく乃々ちゃんがポツダム宣言を受託し無条件降伏をしました。あまりに見事な降伏ぶりのためか観客席から笑いが飛び出します。

「セクシーギルティに50ポイント!」

「よっしゃ!」

 残念なことに相手チームにポイントが入りました。少しでも乃々ちゃんに目立ってもらおうとマイクパフォーマンスを担当してもらったのですが、裏目に出てしまいましたか。

 でも観客のウケは結構良かったのでこれはこれで良かったと思いましょう。

「トークバトルはセクシーギルティーの勝利となりまぁす!」

「ハイ! OK!」

 番組ディレクターの合図と共に一旦撮影が止まりました。スタッフさん達がバタバタと次のゲームの準備を行います。

 

「ううぅ、すみません……」

「いいんですよ。これから取り返せばいいだけですから」

「はい。朱鷺さんの言うとおりです」

「ああ、全てはこれからさ」

「みんな……ありがとう、ございます」

 ワンフォーオール、オールフォーワンの精神です。誰かが上手くいかなければ他の子がフォローすればいいですしね。

 涙目の乃々ちゃんを励ましつつ、次のコーナーの収録に移りました。

 

 

 

「風船、早割り対決~!」

「ルールは簡単。相手の頭上の風船を早く割った方の勝ちよ!」

 愛梨さん達がルール説明をします。私達は四人で相手が三人なので今回はほたるちゃんが見学になりました。事前に予習していた通り、自転車の空気入れのような手動式のポンプを使って相手の頭上に設置された巨大風船を割るというゲームです。

「と、その前に……。出場にあたり朱鷺ちゃんにはハンデとして、重りを付けてもらいまーす♪」

 

 するとスタッフさん達が私の手足にリストウェイトとアンクルウェイトを取り付けていきます。このことは台本に書いてあったので素直に従いました。私の身体能力は既に知れ渡ってますから、これくらいのハンデがないと番組が成立しないと判断したのだと思います。

「これってどのくらいの重さなんですかぁ?」

「番組特製の重りで、一つで約十キログラムね。各腕と足に五つづつ装着するから計二百キロってところかしら。流石の朱鷺ちゃんもこれじゃあ中々動けないんじゃない?」

「そうですね。ずっしりとした重さを感じます」

 天下一武道会の準決勝で天津飯と戦った時の孫悟空のような気分です。

「じゃあハンデもつけたところで行くわよ~」

「真の筋肉アイドル目指して~。よ~い!」

 ピッと笛が鳴った瞬間、セクシーギルティの頭上にある風船が勢い良くはじけ飛びました。

 

「うひゃああああ!」

 三人が思わず尻餅をつきます。

「な、何が起こったの!?」

「いや、普通に空気ポンプを押し込んだだけですけど」

 慌てる瑞樹さんに対して平然と答えました。

 

「ちょっとちょっと! ハンデになってないじゃない!」

「こ、これはっ! もしやサイキックウェーブ!」

「只の物理現象だと思いますけどー」

 雫さん達がお尻をさすりながら立ち上がります。

「と、朱鷺ちゃん! 動き難いんじゃ……!?」

「重さを感じるとは言いましたけど動けないとは言っていません。たかが二百キロ程度で止められるほど私はヤワではありませんので」

「えぇ……」

 番組渾身の対策も私には効果がありませんでした。先程は目に見えない位の速度で空気ポンプを押し込み風船を破裂させたのです。引き換えに空気ポンプが焼き切れましたが、それはいわゆるコラテラルダメージというものに過ぎません。目的のための致し方ない犠牲です。

 

「ではスロー映像の再生で~す」

 愛梨さんの声の後モニターに先程の映像が超スローで流れました。そこには時間が静止した世界の中、一人死んだ魚の目でシュコンシュコンとポンプを押し込む阿呆が映っています。なんとなく時間停止モノのAVを思い出しました。アレって九割以上がヤラセなんですよね、酷いです。

「……朱鷺ちゃんだけ普段とあまり変わらず動いてるけど、スローなのよね?」

「間違いありません。超スローにしてやっと普通の人と同じくらいの速さだったみたいです」

「そ、それではコメットに50ポイント追加です! セクシーギルティとポイントが並びました~。負けたセクシーギルティの皆様にはこちらの苦ーい健康茶を飲んで頂きます」

 司会のお二人は戸惑いを隠せない感じでしたが、それでもMCのプロだけあり滞りなく進行を再開しました。そしてあちらの三人が苦しみつつも苦いお茶を飲み干していきます。

「この先が思いやられるわ……」

「悔しいと思う気すら起きないですね~」

「サイキックマッスル、恐るべし!」

 皆さんの愚痴がスタジオに広がりました。悲しいけどこれ対決なのよね。

 

 

 

「続いては、マシュマロキャッチ対決~!」

 これは一人がゲーム専用のマシュマロガンを撃ち、もう一人が口でキャッチするというゲームです。皆と相談した結果、ほたるちゃんが射撃担当で私がキャッチ担当になりました。

 向こうは早苗さんが射撃担当で裕子さんがキャッチ担当のようです。飛鳥ちゃんは次のゲームの準備のため別室に移動しました。

 

「それではゲーム開始……の前に、朱鷺ちゃんには追加のハンデを付けてもらうわね」

「追加?」

 事前に頂いた台本には書いていなかったので首を傾げます。

「このままじゃ全部キャッチは当たり前だから、動きを制限させてもらうわ。……はい、じゃあこれを着てね」

「これは……」

 すると西洋甲冑が運ばれてきました。ダークソウルに出てきそうなフルプレートのアーマーです。事前に用意したものとは思えませんので他のスタジオから急遽持ってきたのでしょうか。

 一旦収録を中断し、リストウェイトとアンクルウェイトを付けたまま甲冑をスタッフさんに装着させてもらいました。顔だけは剥き出しなので某英雄王にでもなった気分です。

 

 着替えが終わると早速収録が再開されます。私だけ異常に浮いているように思うんですが気のせいでしょうか。

「それではセクシーギルティから、マシュマロ発射!」

「ふふん。私の射撃の腕を見せてあげるわ」

「ムムッ、サイキックパワー充填完了! いつでもいけますよっ」

「OK!」

 するとマシュマロガンから勢い良くマシュマロが射出され、裕子さんの口目掛けて一直線に進みました。そのまま大きな口に吸い込まれていきます。

「もごもご……。やったー! キャッチ大成功です!」

「やるじゃない!」

 これ以上無いドヤ顔で喜びました。あぁ、ユッコさんはバ可愛いですねぇ。

 

「おめでとう二人共! それじゃあ今度はコメットの番よ」

 早苗さん達に代わってステージ上に移動しました。

「よろしくお願いします、朱鷺さん」

「私が必ずキャッチしますから気楽に撃って下さい」

「はい、わかりました」

 ほたるちゃんが真剣な表情でマシュマロガンを構えます。

「えぃっ!」

 そしておもむろに発射しましたが、マシュマロがなぜか天高く舞い上がりました。普通なら絶対に成功しない軌道です。

 次の瞬間、地を蹴り大きく跳躍しました。

 スタジオの天井ギリギリ高さまで飛翔して口でマシュマロをキャッチします。そして華麗に舞い降りました。

 

「せ、成功よ!」

 咥えているマシュマロを確認した瑞樹さんが叫びます。すると観客席から歓声が上がりました。

 どうやらマシュマロガンの調子が悪く暴発してしまったようですが、成功して良かったです。

「甲冑を着ているのに普段と変わらない機動力……やっぱり朱鷺ちゃんもエスパー……?」

「いや、普通に動いただけですから。確かに動き辛くはありますけど誤差みたいなものですよ」

 それにタイプ的にはエスパーより『かくとう/あく』又は『かくとう/どく』の方が適切だと思います。

「…………この子は一体どうすれば止められるのかしら」

 瑞樹さんとスタッフさん達が頭を抱えていましたが見なかったことにします。その後も連続成功しましたけど、早苗さんの射撃の腕が抜群だったためマシュマロキャッチ対決は引き分けに終わりました。

 

 

 

 そのまま次のコーナーに入ります。

 スタジオの照明が落ち、瑞樹さんにスポットライトが当たりました。

「お洒落。それは女の子が常に磨き、鍛え上げなければならない筋肉。──ということで、次の対決は私服ファッションショーよ♪」

 休憩を兼ねたファッション対決コーナーです。私服姿のアイドルのどちらがお洒落か決めるという内容ですね。コメットからはファッションに人一倍力を入れている飛鳥ちゃんに出てもらうことにしました。

 

「まず最初は静岡からやってきた個性派中二病アイドル、二宮飛鳥ちゃん! 真っ黒なパンクファッションに身を包んでいるその姿とカラフルなエクステは、このセカイに対するささやかな反抗なのでしょうか。囚われを破らんとする反逆の翼を広げ、今ここに飛び立ちます!」

「終焉は始まりだ。そして、ボクのセカイは広がり続ける……。ああ、痛いヤツでも構わないさ。この鋭い刺激で、キミたちを覚醒させるから、ね」

 今日は特に力を入れた中二病ファッションでした。彼女のセカイ観が凝縮された至高の出来で、思わず惹きつけられてしまいます。なお、絶対に真似したくはありません。

 

「続いては岩手の大地が育んだ脅威のボディ、及川雫さん! ブラウスとスカートというシンプルな組み合わせですが、胸に秘められたダイナマイトは健在です! 犬は飼い主に似ると言いますけど、飼い主は牛さんに似るのでしょうか?」

「こういうカワイイ服は好きですけど、やっぱり作業着の方が動きやすくていいですねー。私服をお見せするのは初めてなのでー、もーぉドキドキで胸がはちきれそうです!」

 観客の視線が一点に集中しました。あの脅威の山脈……ええぞ! ええぞ!

 ですがファッション度で言えばアスカちゃんの方が少し上を行っているような気がしますので、多分勝てるんじゃないでしょうか。

 

「雫ちゃんファイトです! 私もサイキックエナジーを注入して応援しますよ! ムムーン!」

 裕子さんが念を送った瞬間、雫さんのブラウスのボタンが音を立ててはじけ飛びました。

 するとK2が活火山のように勢い良く顕になります。

「あらー?」

「うおおおおおおおおおー!」

 思わぬハプニングにより、観客席の男性達が外人四コマ並みに活気付きました。

「おおっとこれは大ハプニングです~!」

「よくわかりませんけど、ありがとうございますー」

「こーら。乙女の胸元をジロジロ見るなんて、タイホよ、タイホ!」

 早苗さんが慌ててその胸元を隠します。

「皆の注目は独り占めね! セクシーギルティに80ポイント!」

 

 私服ファッション対決は胸先一つで決着が付いてしまいました。ファッション度で言えばアスカちゃんは決して負けていなかったと思いますが、ちょっと相手が悪すぎましたね。

「……醜い欲望の前に人は無力なものさ。ああ、ボクは全然気にしていないよ。全然」

 そう言いながらもジト目で自分の胸をぺたぺた触っています。アスカちゃんは結構平原ですからねぇ。ああやって強がっているということは気にしている証拠ですから後で慰めてあげましょう。

 それにしてもサイキックパワー、恐るべし……。

 

 

 

 その後はとうとう最終問題になりました。

「いよいよ最後の対決よ! 大量得点で逆転のチャンスは十分にあるわ。そして勝者には栄光のアピールタイムよ」

「だけど負けちゃうと超スペシャルな罰ゲームが待ってまーす♪ 今回の罰ゲームの内容はヒミツ☆ なので、期待していて下さいね~」

 普段の罰ゲームはバンジージャンプやスカイダイビングなので、似たようなものをやらされるのだと思います。私にとっては罰でも何でもないですが負けるつもりはありません。

 

「愛梨ちゃん、最後の対決は何?」

「筋肉と頭脳の融合、滑り台クイズで~す! ルールですが、早押しのクイズ対決です!」

「クイズはこちらのパネルから選ぶわ。ジャンルとポイント毎に別れていて、10が簡単、20がそこそこ、30が難しいクイズになっているわよ」

 会場のモニターに、問題のジャンルとポイントが書かれた6×3マスの図が表示されました。

「自分のチームが正解する度に相手のチームの滑り台の角度が上昇していきますので、どんどん正解して相手チームの滑り台の角度を上げていって下さいね。そして最後まで一人でも残っていた子のいるチームが勝利となり、それまで正解して獲得したポイントが全て入ります!

 負けたチームには獲得したポイントの半分しか入りませんので、高いポイントを獲得しながら落ちないようにするのが大切ですよ~」

 お馴染みの競技ですが、私は早押しクイズって苦手なんですよねぇ。つい考え込んでしまうので回答するのが遅くなってしまうのです。しかしここで勝たなければアピールタイムを獲得できませんから頑張るしかないよ。

 

「ではクイズ開始! ……の前に、朱鷺ちゃんには追加のハンデを付けてもらうわ」

「また追加ですか?」

「だってそのままだと腕力で体を支えて絶対に落ちないじゃない」

「うっ……」

 どうやら行動を読まれていたようです。

「では早苗ちゃん、お願いね」

「はいよー」

 すると装着していたガントレットを脱がされます。そして私の手元でガチャリという金属音が鳴りました。

「こ、これは?」

「手錠よ、手錠♪」

「朱鷺ちゃんには手錠を付けた状態で参加して貰います。足はロープで結んで、念のため追加の重りも付けさせて頂きますね。手錠やロープを外した時点で失格としますので注意して下さい~」

 そんなに警戒しなくてもいいのに。

 

 

 

「ではスタート!」

 準備が終わったのでいよいよ始まります。コメットは私と乃々ちゃんとほたるちゃんがプレイヤーとして参加しました。

 美麗なアイドル達の中に一人だけ、西洋甲冑姿で全身にダンベルを括り付けた奴が混ざっている光景はシュール過ぎますよ。手にはワッパで足にはロープなので手足を使って滑り台にしがみつくことは出来ません。

「それではまず、『一般常識』の10からです」

 愛梨さんが言い終わると、少ししてから問題が読み上げられます。

「緊急通報用の電話番号である110番。その運用が始まったのはいつから?」

「1948年10月1日よ!」

「早苗ちゃん、正解!」

「よっしゃ!」

 一般常識と言う割には特定の方に有利な問題だと思うんですが気のせいでしょうか。そう思っていると私達のチームの滑り台の角度が少し上がりました。

 

「まだ落ちないで下さいね~」

「セクシーギルティは次の問題を指定していいわよ」

「じゃあ『動物』の10にするわね」

 再び問題文が読み上げられます。

「牧場において、牛の乳しぼりは一日何回くらい行われるでしょうか?」

「はい。二回から三回ですー」

「雫ちゃん、正解よ!」

「やりましたー。おいかわ牧場の牛さんは皆元気なので、お乳が沢山出るんですよぉー」

 滑り台の角度が再び上昇しました。乃々ちゃんとほたるちゃんが不安げな表情に変わります。

 次の問題は『科学』の10でしたが、内容は超能力に関するものだったので裕子さんが正解しました。

 

「ちょっとちょっと!」

「なんですか~、朱鷺ちゃん?」

「さっきから特定の方に有利な問題ばかり出題されている気がするんですけど!」

「……実は、あまりにも正解できなくて問題が全部終わっても両方落ちないことが何回かあったの。だからクイズの中には特定の子に有利な問題も含まれているわ。そういう問題を選べるよう如何に早く正解するかという点もこのゲームのポイントね」

 リニューアル前の番組である『ブレインズキャッスル』が打ち切りになったのもアイドルの頭脳があまりにアレだったためと聞いていましたが、同じ問題が起きているようです。なぜそこまでしてクイズに拘るのでしょうか。

 

 続いても警察やエスパーなどセクシーギルティに有利な問題が出題され、連続で正解されてしまいました。

 既に私達の滑り台の勾配がかなりきつくなっています。乃々ちゃんは今にも落ちそうで、ほたるちゃんもかなり苦しそうでした。

「あうぅ……もう、むーりぃ~」

 乃々ちゃんが滑り台からずり落ちてしまいます。

「ごめんなさいっ! 朱鷺さん!」

 ほたるちゃんもその後を追うように落ちてしまいました。これでコメットは私だけです。

 

「おおっと、乃々ちゃん、ほたるちゃん共に脱落~!」

「でも二人共よく頑張りましたね。それより、なぜ朱鷺ちゃんが平然としているのかが不思議ですけど~」

「まぁいいじゃないですか。さ、次行きましょう」

「ん~それじゃあ、『動物』の20でお願いします」

 雫さんが選択すると問題文が始まりました。

 

「ロリス科に属する猿で、非常にゆっくりなスピードで動くことで有名な動物は?」

 その瞬間『ティン!』ときました!

「はい、スローロリス!」

「朱鷺ちゃん正解! コメットに初めてポイント追加ね!」

 するとセクシーギルティの滑り台の角度が上がります。

「これくらい大したことないわよ」

 まだ余裕を見せていますが、クイズの中には私に有利なジャンルがあるのですよ。ふっふっふ。

 

「じゃあ朱鷺ちゃん、ジャンルとポイントを選んで下さい」

「それでは『ゲーム』の10をお願いします」

 そう、ゲームというジャンルがね!

「PCエンジンのRPG『邪聖剣ネクロマンサー』に出てきた最強武器、ネクロマンサーの祝福後の攻撃力は?」

「500」

「正解!」

「次、『ゲーム』の20!」

「ファミコンのRPG『ラグランジュポイント』に出てきた幼児の『タム』がダンジョンの出口に向かう際に用いた言葉は?」

「わーい! でぐちら」

「正解!」

「最後、『ゲーム』の30!」

「レトロRPGでよく見られる『攻撃側の攻撃力-防御側の防御力=ダメージ(最低1ダメージ保証)』というダメージ計算式は通称何と呼ばれている?」

「アルテリオス計算式」

「せ、正解!」

 ゲームの10から30を立て続けに正解します。すると相手の滑り台の角度が急上昇しました。

 

「サ、サイキックパワー……限界です!」

「ここでユッコちゃん脱落~!」

 なぜかドヤ顔のまま滑り落ちていきました。

「こ、これは、結構辛いわっ」

「腕の力には自信ありますけど、これ以上は厳しいですねー」

 残る二人の表情も厳しくなっています。あともう一押しといったところでしょうか。

 

 お互いの得意分野の問題が出尽くしたため、その後は一進一退の攻防が続きます。

 既に雫さんも落ちており早苗さんとの一騎打ち状態でした。なお、こちらの滑り台の勾配は既に90度近くになっています。

「……はい、マグヌス効果!」

「早苗さん正解~。それではコメットの角度アップです。これで完璧に直角ですね」

「よし、勝ったわ! こっちも限界だから早くお願い!」

 滑り台の端で必死に耐えている早苗さんを言葉を受けて、こちらの滑り台の角度が上昇します。

 ですが私が落ちることはありませんでした。

 

「……え~と、朱鷺ちゃん? 直角になったのに何で落ちないの?」

「気合です」

「そ、そう……」

 瑞樹さんがドン引きました。本当は気の力を上手く操作して滑り台に引っ付いているだけです。重りを付け鎧を着せて手足を縛れば自由を奪えると思ったのでしょうが、そんなんじゃ甘いよ。

「だ、だから最初から妙に余裕があったのね。これルール違反じゃないの?」

「直角になったら負けというルールはありませんから無問題です。さ、ゲームを続けますよ」

「いえ、もう限界……」

 心を折られた早苗さんがそのままストンと落ちました。滑り台に残っているのは私だけです。

「釈然としませんけど、コメットの勝ちでーす!」

「わぁい、やったー♪」

 愛梨さんが勝利を告げると遠慮がちな拍手が会場を包みました。

 どんな手を使おうが勝てばいい! それが全てだ!

 

 クイズが終わると再びステージに集合し、撮影を再開します。

「それでは結果発表~!」

 各ステージで得たポイントの合計が高いチームが勝ちとなります。すると会場のモニターに200という数字が二つ表示されました。

「おおっと、同点ですー」

「わかるわ。皆仲いいものね。それではアピールタイムは仲良く半分こ、そして罰ゲームはそれぞれのリーダーに受けてもらうわ!」

「罰ゲームって何ですか?」

「それはヒ・ミ・ツ。じゃあ番組最後は早苗ちゃんと朱鷺ちゃんの罰ゲームを放送よ!」

 フッ。どんな罰ゲームでも私にとってはお遊びみたいなものです。バンジージャンプでもゲテモノ料理でもどんと来なさい! おほほほ。

 

 

 

 ……と思っていた時期が私にもありました。

 マッスルキャッスルの収録から数日後、私と早苗さんはなぜか渋谷のスクランブル交差点前にいました。アフター5の時間帯のため人々でごった返しています。私達の周囲には既に人だかりが出来ていますが無理もありません。

 

 だって、二人仲良くゴスロリのフリフリドレスに身を包んでいるんですから。

 

「もう、む~りぃ~。お家帰るぅ~……」

 思わずその場にしゃがみ込みました。既に顔は真っ赤っ赤です。

「罰ゲームなんだから仕方ないじゃない。これもお仕事お仕事」

「くっ……! わかりましたって」

 仕事と言われてしまうと何も反論ができません。諦めて立ち上がります。

 

 私達に課せられた罰ゲーム────それは、『ゴスロリ姿で渋谷のスクランブル交差点を楽しげにスキップしながら横断する』というものでした。こんな羞恥プレイ的な罰ゲームは今まで無かったのですけど、なぜ私が出演した回に限って採用されたのか、コレガワカラナイ。

「でも、早苗さんはよく耐えられますよね」

「だってお仕事じゃないとこんな格好出来ないじゃない? だから楽しまなくっちゃ!」

「いや、そうじゃなくてアラサーでよくこんな痛々しい姿に────」

「ん? 何か言った?」

「いえ、何でもないですよ、何でもない……」

 その笑顔が怖いです。気が抜けていたためか思わず本音が漏れてしまいました。

 

「こんなところでまごまごしてたらもっと人が来ちゃうわ。早く行かないと」

「……わかりました。次に青信号になったら行きましょうか」

 確かに人だかりが出来てきていますからノルマを達成して早々に撤収しましょう。

 すると次の瞬間、タイミングよく信号が青に変わりました。

「よ~し! じゃあ行くわよ!」

「はい……」

 わかったわかったわかったよもう! やればいいんでしょう! やれば!

 

「スキップスキップ、ランランラン♥」

「わぁ~い、たのしーなー♪」

 二人して笑顔を作り、軽やかなスキップでスクランブル交差点を練り歩きました。

 するとモーゼが海を割ったかのように道行く人々が我々を避けていきます。好奇の視線が全身に突き刺さり今にも死にそうでした。

 笑顔のまま半泣き状態で『止まるんじゃない! 犬のように駆け巡るんだ!』と必死に自己暗示を掛け続けます。

 

「誰か~、早く私を殺しにいらっしゃ~い♪」

 虚しい叫び声が渋谷の街の喧騒に吸い込まれていきました……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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