ブラック企業社員がアイドルになりました   作:kuzunoha

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第51話 決意

「それじゃあみんな、今日もお疲れ様。乾杯!」

「カンパーイ!」

 犬神P(プロデューサー)の掛け声と共にジョッキグラスを勢い良く傾けました。すると琥珀色の冷たく泡立った液体が上の方からどんどん落下してきて、シャワシャワと泡立ちながら喉を冷やして通過していきます。冷たさが全身に染み渡る爽快感は他のお酒では決して味わえません。

「ぷは~! はぁ~、たまりませんわぁ~!」

「……相変わらず凄い飲みっぷりだな」

 アスカちゃんが少し呆れた感じです。

「本当にアルコールは入ってないよね?」

「た、たぶん……」

「店員さんに確認しましたから間違いない……と思います」

 乃々ちゃん達がひそひそ声で話していますが丸聞こえでした。たまには手違いでアルコールを入れてくれてもいいんですけどね。

 

「では気を取り直して、『コメット全体会議』を始めよう」

「その前に料理を注文しましょうよ。とりあえず私は中華くらげと酢豚が食べたいです! どれもビールに良く合うんですよね~。くらげ! ビール! 酢豚! って感じで……」

「わ、わかった。なら先に食べるものを頼もうか……」

「じゃあ私が注文します」

 ほたるちゃんが率先して注文してくれました。気配りができる良い子なので今直ぐにでも嫁に来て欲しいですよ。

 

 今夜はコメットと犬神Pとの定例打ち合わせです。

 会場は『赤虎餃子房』というチェーンの中華料理屋さんにしました。チェーン店はどこの地域の店舗に行っても同じ程度のサービスが受けられるのが強みです。

 個人経営のお店は当たり外れが大きいので、知っているお店かよく下調べをしたお店以外入る気が起きないです。特に私の場合は超高確率で地雷を踏み抜きますので気を付けないといけません。前世で孤独グルメごっこをやって酷い目に遭いましたもん。

 

 その後は美味しい食事を頂きながら打ち合わせを行います。

 私達からはメンバーの健康状態、レッスンの進捗状況、話題、陳情などを一通り報告しました。一方で犬神Pからは今後の仕事の予定、営業状況、部の方針、他アイドルの動向等について報告してもらいます。その中に重要な情報が含まれていました。

「……それと、今度から新任の常務がアイドル事業部の統括重役を務めることになった。それに伴って今後部の方針が変わるかもしれないから、その場合はわかった時点で連絡するよ」

「あの、その常務さんとはどんな方なんでしょうか?」

 ほたるちゃんが気になったのか、犬神Pに質問をしました。

「ああ、346プロダクションの母体である美城グループの会長のご息女だよ。今はニューヨークの関連会社に出向しているから俺も直接会ったことはないんだけど、先輩とそう変わらない年齢にも関わらず経営者としてかなりの敏腕らしい。情報を集めているところだけど今わかるのはそれくらいかな」

「そうですか……」

 

 私も新任の常務が担当役員に就任するという情報をキャッチしていたので、七星医院分院で治療をするついでに彼女に関する噂を収集しました。

 同族経営の会社だと会長や社長の子供がその会社の役員を務めることがよくあります。そういう二代目三代目は無能のボンボンというのがよくあるパターンなのですが、犬神Pが話した通り美城常務は経営者として高い能力を備えているそうです。

 実際に彼女が経営者として就任した関連会社の決算数字を見ましたが、短期間でその業績を大きく伸ばしていました。但し経営改善にあたり大規模で無慈悲なリストラを断行したそうで、その対応に関しては社内で評価が別れています。

 そんな彼女が現在のアイドル部門を見てどう思うかは正直不安ですが、こればかりは始まってみないとわかりません。我々の敵に回らないことを切に祈ります。

 

 

 

 翌日は今度行われるコメットとニュージェネレーションズの共催ミニライブに関する打ち合わせのため、コメットと犬神Pの五人でシンデレラプロジェクトのルームにお邪魔しました。

「おはようございます、皆さん」

「おはよう、朱鷺」

「おはよー! とっきーは今日も綺麗だねー」

 ニュージェネレーションズの三人が出迎えてくれました。他の子達は出払っているようです。

「今度のライブもよろしくお願いします! 島村卯月、頑張ります!」

「その元気を本番でも発揮して欲しいな」

「最近のしまむーは好調だからねっ」

「はい!」

 アイドルフェスの大成功をきっかけとして、最近ではシンデレラプロジェクトにも良い仕事が回ってくるようになりました。プロジェクトが軌道に乗って良かったと心から思います。

 挨拶もそこそこに打ち合わせをしていると、今西部長と見慣れない美女がつかつかと室内に入ってきました。

 

「おはようございます!」

「おはよう」

 その女性は表情一つ変えず部屋を見回します。

「誰?」

「さぁ……」

「偉い人なんじゃないですか?」

 すると小声で話すニュージェネレーションズの方を見ました。

「ニュージェネレーションズ────島村卯月さん、本田未央さん、渋谷凛さんだったわね?」

「は、はいっ!」 

「仕事、頑張りなさい」

「はい!」

 三人共、眼前の女性が放つプレッシャーに飲まれています。

 

「おはよう、ございます」

 するとタイミング良く武内Pがいらっしゃいました。その様子を見て今西部長が話を始めます。

「では改めて紹介しよう。皆さん、こちらが美城常務だ。ニューヨークの関連会社に勤務されていたが本日帰国された。来週から我が社のアイドル事業部の統括重役として赴任される予定だ」

「よろしくお願いします」と言いつつ彼女に向けて深く頭を下げました。

 写真で見た通り、黒く長い髪と鋭い瞳が特徴的な凄い美人さんです。背がかなり高くスタイルが良いので女優と紹介されたら信じてしまいそうですね。ガンダムで例えるとハマーン様みたいなオーラを纏っています。

 

「常務、こちらが現在シンデレラプロジェクトを担当している武内くん、そしてあちらがコメットを担当している犬神くんです」

「……よろしくお願いします」

「よ、よろしくお願い致しますっ!」

 駄犬の声が若干上ずっていました。いやはや、男としての器の違いがはっきりわかりますねぇ。後でからかってあげましょう。

「君の資料には目を通した。優秀な人材は大歓迎だ。これから期待している」

「……はい」

 武内Pの目を見据えて淡々と声を掛けました。強面な彼に対して身じろぎ一つしないのは流石といったところでしょうか。

 

「ふふっ、貴方は相手にもされてませんよ」

「……放っておいてくれ」

 横にいる駄犬をからかっていると美城常務の視線が私に向けられました。そのままこちらに歩み寄ってきます。鋭い目付きがさらにきつくなったのは気のせいでしょうか。

「コメットの七星朱鷺。君の噂はよく聞いている。先日のマッスルキャッスルにおける過度な活躍も見させてもらった」

「そうですか。光栄です」

 卯月さん達とは一転して初手呼び捨てです。思わず吹きそうになりましたがぐっと堪えました。

 

「デビューから約九ヵ月という短期間で多大な成果を挙げたことについては、私も認めよう」

「はい、ありがとうございます♪」

 棘があり過ぎる言い方をされて楽しくなってきたので、わざとらしく満面の笑顔で返します。

「だが、美しい城に住まうお姫様に力は必要ない。王女は高貴で美しくありさえすればいい」

「ん~、果たしてそうでしょうか。現代は男女同権の時代ですよ。お姫様だって大切なものを護るためなら、自ら剣を取り戦場を駆け抜けてもいいんじゃないかと思いますけど」

「成る程。どうやら君とは意見が合わないようだ」

「そうですね。残念ですが無理に合わせる必要はないですよ。貴女と私は違う存在なのですから」

「……フッ。お互い時間の無駄という訳か」

「はい、これ以上論議する必要はないでしょう。私は面倒が嫌いですので」

 出会って2分で目を付けられたようです。美城常務敵対化RTAがあったら恐らく私は全一でしょう。何の自慢にもなりはしませんが。

 

「では、失礼する」

 そのままスタスタと外に出ていってしまいました。少しすると室内の緊張がほぐれます。

「な、七星さん! 常務とは初対面なんだからもう少し大人しく振る舞えないかな?」

 気付くとワン公の顔が真っ青になっています。これだから小物だと評されてしまうんですよ。

「いや、喧嘩を売られたのは私の方なんですが。よほど私の個性が気に入らないんですかねぇ」

 すると今西部長が済まなそうな表情をしました。

「常務には常務なりのアイドル像があるんだろう。彼女のことは小さい頃から知っているが、決して悪い子ではないんだ。ただ意志が強いというか、頑固なところがあるから上手く付き合っていってくれないかな」

 彼は美城グループ会長と旧知の仲とのことなので、幼少期の美城常務をご存知なのですね。

 

「変な人の下で働くのは慣れてますからそれなりにやっていきますよ。私だけならまだしもコメットに迷惑がかかってしまいますし」

「変な人って俺のことかい?」

「もちろん貴方も含まれます」

「ハハァ……」

 乾いた笑いがルーム内に虚しく広がりました。

 美城常務の態度を見て何となく胸騒ぎします。私の嫌な予感は結構な確率で当たるので、杞憂であって欲しいと心から願いました。

 

 

 

 それから数日後、ほたるちゃん達と一緒に346プロダクションに行くと私達のプロジェクトルームがある地下一階の辺りがやたらと騒がしいのに気付きます。

「一体何でしょうか?」

「わかりません。特に工事の予定などはなかったはずですけど」

「……も、もしかして幽霊、とか?」

「こんな昼間からは出ないだろう。それよりもボクは悪意を持った人間の方が余程恐ろしいさ」

 雑談しながら階段を降りようとすると「一体どうなっているの!」という怒声が聞こえました。慌てて声をした方に駆けていきます。

 

 すると私達のプロジェクトルームの前でシンデレラプロジェクトの子達が座り込んでいました。皆とても暗い表情で、手には段ボールなどの荷物を手にしています。

「皆さん、おはようございます」

「あっ、朱鷺ちゃん。おはようございます……」

 卯月さんが返事をしてくれましたが、その顔にいつもの笑顔はありません。

「とりあえず廊下で立ち話はなんですから、中でお話を伺いますよ」

 そう言って皆をルーム内に招き入れました。

 

「はい、カモミールティーです。飲みやすくて気分を落ち着かせてくれるハーブなので、一旦心を落ち着けましょう」

 紅茶を振る舞いながら事情を伺います。すると未央さんが事情を話し始めました。

「いつも通り私達のプロジェクトルームに行ったら、ソファーとかが運び出されてたんだ。それに『シンデレラプロジェクト解体のお知らせ』って張り紙があって……。新ルームはここで、コメットと共同で使えって」

 解体とは穏やかな話ではありません。

「事前に説明は無かったんですか?」

「我が友からそのような言の葉は放たれておらぬ……」

 蘭子ちゃんが俯いたまま小声で答えました。精神的に相当参っているようです。それは他の子も同じでした。世界滅亡一時間前くらいの面持ちです。

 

「一体なぜこんなことに……」

 私の社内情報ネットでも、こんな急激な方針変更があるとは掴めていなかったので戸惑います。

 彼女達を落ち着かせながら話を聞いていると出入口の扉が勢い良く開きました。

「みんな、ここにいたのか!」

「会議中だったもので、電話に出られず申し訳ございませんでした」

 声の主は犬神Pと武内Pでした。

 

 

 

 彼らから改めて経緯を説明してもらいます。

「現アイドル事業部の全てのプロジェクトを解体し白紙に戻す。その後、美城常務が厳選した企画に適合したアイドルのみ選出し強化する、ですか……」

 説明された話をオウム返しで呟きます。今回の騒動の発端はあの美城常務でした。

「ああ。アイドル事業部の新方針説明会で開口一番に言われたよ。何でも対外的な美城のブランドイメージを確立するのが狙いらしい」

「全てとなると、コメットはもちろんシンデレラプロジェクトもですよね?」

「それだけじゃない。『セクシーギルティ』や『ブルーナポレオン』『カワイイボクと142's』『チアフルボンバーズ』『L.M.B.G』……他全て解体さ。全てのPが頭を抱えているよ……」

 その影響は346プロダクション所属アイドルのほぼ全員に及んでいるようです。

 

「多様な個性を持つアイドル達を受け入れて、その個性を大いに伸ばすというところが346プロダクションの長所だと考えていましたけど、ここに来て方針をがらりと変えるとは思いませんでしたね。……そして、貴方達はそれを素直に受け入れた、と?」

 努めて冷静に振る舞いましたが、最後の方は思わず語気が荒くなってしまいました。

「冗談じゃない! 俺も先輩も反対したさ!」

「はい。プロジェクトにはそれぞれ方針があります。その中でアイドル達は成長し個性を伸ばし、魅力的なアイドルに成長するものだと思います。それを忘れて笑顔を失ってしまうやり方には賛同できないとお伝えしました。ですが『時計の針は待ってくれない。現在の非効率的なやり方では成果が出るのが遅すぎる』と……」

 成果ですか。いかにも経営側らしい考え方です。

 

「……それで、私達はこれから一体どうなるの?」

 凛さんが皆を代弁をするかように質問しました。

「私と犬神君で美城常務の方針に対する対抗案を提出することになりました。早急に提出が必要とのことなのでこれから打ち合わせをして草案を作成する予定です」

「……現在進行中の仕事が急にキャンセルになることはないから、引き続き担当して欲しい。皆を不安にさせて本当にすまない」

 そう言いながらとても深く頭を下げました。別に犬神Pが悪い訳ではありませんからそんなことはしなくていいです。

 

「ということは、この先はわからないってこと?」

「Pチャン! アスタリスクはどうなるのっ?」

「……すみません。現時点ではそれ以上のことは申し上げられません」

「プロジェクト解散なんて嫌だよっ!」

 李衣菜さんやみくさん、未央さんが不安を口にします。

「解散はさせません! 我々を信じて、待っていて下さい」

「俺達もこんなところでプロジェクトを終わらせる気はさらさら無いさ」

 二人共真剣な眼差しでした。その瞳には並々ならぬ覚悟が宿っています。

 

「……失礼します」

 するとノックの後で千川さんがいらっしゃいました。いつも笑顔な方ですが今日はその表情が曇っています。

「武内さん、犬神さん。対応会議の時間ですよ」

「はい。今行きます」

「我々が必ず何とかします。ですから皆さんは普段通り落ち着いて行動して下さい」

 そう言い残し足早にプロジェクトルームを後にしました。

 

 我々だけがこの場に残されます。ただでさえ重い空気が一層重くなってしまいました。

「……凸レーション、解散しちゃうの?」

「そんなの、アタシ絶対に嫌だから!」

「みりあちゃん、莉嘉ちゃん、落ち着いてにぃ。Pちゃんがきっとなんとかしてくれゆから!」

「そうね。皆落ち着いて、Pさんを信じて待ちましょう」

「ダー。私も美波に同感です」

「というか待つしか出来ないけどね~。杏的には働かなくていいから楽だけど、この雰囲気はちょっと嫌いかな~……」

 残された子達の心の中には拭い切れぬ影が雨雲のように広がっています。

 

 一方、私は全く別のことを考えていました。

 以前神っぽい方から告げられた『新たな脅威』という予言。

 そして美城常務の存在。

 その二つが頭の中で完璧に繋がりました。

 うふふふ。そうですか、そういうことですか♪

 

 ────やっと見つけましたよ、『世界の歪み(諸悪の根源)』を。

 

 するとアスカちゃんとほたるちゃんが私の両腕を拘束しました。腰には乃々ちゃんがしがみついています。

「な、何のマネですか?」

「キミを犯罪者にさせたくはないからね」

「朱鷺さん、思い留まって下さい!」

「ぼ、暴力反対……だ~めぇ~……」

 三人共本当に必死でした。

「貴女達が私のことをどう思っているのか、よ~くわかりましたよ……」

 

 美城常務に直接危害を加えるつもりはありません。いくら私でも人としてやってはいけないことは理解していますし、家族を悲しませてしまいますからあくまで合法的に対抗する予定です。

 それに元男としては女性に危害を与える趣味はないですしね。前任の役員さんも女性でしたので直接的な暴力や記憶の完全消去は出来なかったのです。それは今回も同様でした。

 鎖斬黒朱(サザンクロス)の連中には散々酷いことをしているじゃないかというツッコミが来そうですが、奴らは野郎オンリーですし悪人に人権はないのでこのルールは適用されません。

 

 

 

 この日は事務所全体が機能不全に陥っており、レッスンなんてとても出来る状態ではなかったため早々に解散しました。コメットで内々に集まって重要な話し合いをしたかったので、346プロダクションの外に出てからタクシーを拾い四人で私の家に向かいます。

「ただいま~」

「お邪魔します」

「失礼するよ」

「お、おじゃまです……」

 都合がいいことに家には誰もいなかったので客間に集まり緊急会議を始めます。本当は犬神Pにも参加頂きたかったのですが仕方ありません。

 コメットと犬神Pの間では『誰かの不在時には残りの子が集まり方針を纏める』というルールを設けていますので、皆で話し合って今後の対応を検討したいと思います。

 

 テーブルの上に人数分の緑茶とおせんべいを置きました。

「新作の『ミラクルトッキー☆せんべい』です。また祖父から大量に送られてきましたので処理の協力をお願いします」

「あ、はい、頂きます。それにしても朱鷺さんが仰ったとおりになりましたね」

「ああ。ピタリ当てるから驚いたよ」

「もしかして、預言者なのかも……」

「いえいえ。とある情報筋からこういう事態になることを教えて頂いただけですから」

 非常時とは思えないくらい和やかに談笑しました。

 彼女達にはコメットと346プロダクションに危機が訪れることを事前に伝えていたのでその分ショックは少なかったようです。それに我々にとって解散危機はデビュー前とデビュー後、そして今回と三度目ですからもう慣れてきたというのもあるようでした。普通は慣れるものじゃないですけどね。

 

「これからどうするんですか……」

「ただ待つだけというのもちょっと不安です」

「どうなんだい、トキ。この危機を事前に予測していたくらいだから当然カウンタープランも考えているんだろう?」

「当然です。武内P達も対応策を考えてくれているでしょうけど人任せは性に合わないですから、私達は私達で美城常務に対抗します。

 ……それではご説明しましょう、私が計画した『V作戦』の概要を!」

 作戦概要を現在明かせる範囲で説明すると、三人の表情が物凄く険しくなりました。

 

「……やれやれ。本当にとんでもない対抗策だな」

「なんというか恐ろしく陰湿ですね。私では絶対に思い付きません」

「で、でも……それって威力業務妨害とかになりませんか……?」

「そこは上手くやりますよ。開始前には美城常務にお会いして許可を頂く予定ですし。それでこの作戦に反対する方はいらっしゃいますか?」

 コメットはグループですから作戦を行うにあたっては多数決で賛否を問う必要があります。ほたるちゃんと乃々ちゃんは眉間に皺を寄せて悩む素振りを見せました。

 

「346プロダクションのイメージダウンになりかねないので難しいところですけど……。でもこのままだとプロジェクト自体無くなってしまいますので止むを得ないと思います。私は、また居場所を無くしたくはないですから……」

「ボクは結構好きだよ。傲慢なオトナに一泡吹かせてやろうじゃないか」

「み、みんなが賛成するなら、もりくぼもそれでいい、です……」

「ありがとうございます」

 無事賛成多数で可決されました。一番高いハードルを越えたので一安心です。一応犬神Pにも後で説明をして同意を得ておくことにしましょう。

 私を敵に回すとどういう目に遭うのか、あのプライドが高そうな常務さんはまだわかっていませんからしっかり叩き込んであげますよ。

 

 

 

 その翌日、学校が終わり次第346プロダクションに直行しました。目的地は美城常務の執務室です。ドアを四回ノックをすると「誰だ」という返事が返ってきたので「コメットの七星朱鷺です」と素直に答えました。

「入りなさい」という声が聞こえたので入室します。当の美城常務は役員用の豪奢な椅子に座ったまま身じろぎ一つしていませんでした。

「おはようございます」

「キミと面談する予定はなかったはずだが?」

「すみません。アポなしで来ちゃいました」

「……要件は何だ。手短に済ませたまえ」

「わかりました。それでは結論から述べます。先日貴女が立てた新方針、あれを撤回して下さい」

 言葉自体は丁寧ですが、拒否を許さない強い響きになるよう意識しました。

 

「私の決定は絶対だ。方針が変わることはない」

 すると想定通りの回答が返ってきます。

「貴女の方針には大切なものが欠けています。誤った方向に会社を導くことは346プロダクションだけでなく美城グループのためになりませんよ」

「大切なもの?」

「ファンの皆様の心です。確かに利益にはまだ十分に結びついてはいませんが、それぞれのプロジェクトやアイドル毎に応援してくれるファンがいます。そのファンの心を無視してプロジェクトを解体しアイドル達を型に嵌めるようなやり方が上手くいくとは到底思えません」

「変革には痛みを伴う。多少の犠牲は致し方ない」

「既存のファンを犠牲と切り捨てるのですか? お客様を軽視して客商売が成り立つはずがないでしょう。『売り手良し』『買い手良し』『世間良し』でないビジネスは長続きしませんよ」

「利益が出ていない現状でそう言ってはいられない。ビジネスで必要なのは利益を出すこと。まずはそれが先決だ」

 納得頂けないようなので、切り口を変えてみることにします。

 

「それに、『美城常務が厳選した企画に適合したアイドルだけを選出する』という点にも納得出来ないです。346プロダクションの一番の強みであり、他のアイドル事務所には逆立ちしても真似出来ないこと────それが『多様性』です。

 清純派から芸人、巫女、忍者、メガキチ、ニート、中二病、年齢詐称、挙句はサンタまで揃えているプロダクションは他にはありません。その最大の強みを自ら捨てるなんて愚の骨頂です」

「だからこそ無駄が生まれていると言っている。現在のアイドル業界を生き残るには選択と集中が不可欠だ」

貴女方(経営者達)は本当にその言葉が大好きですよね。無駄を削ぎ落として投資する部門を集中すると言えば一見聞こえはいいですが、競馬に例えるなら高額を賭けて本命馬を一点買いするようなリスクの高い選択です。

 誤った部門に集中投資して大損を被り経営危機に至った会社に関する報道を見ても、まだそんなことが言えるんですか?」

「ああ言えばこう言う。……詭弁だな」

 その後も意見をぶつけますがひらりとかわされていきます。議論は平行線を辿りました。

 

「では君の案を聞こう。それほど主張するのなら私の方針以上の案を出すことだ」

「イエス、マム!」

 こんなこともあろうかと持参した分厚いファイルを三冊、常務の机に叩きつけるようにして置きました。

「……これは何だ?」

「アイドル事業部の経営改善計画書です。事業概況、SWOT分析、改善計画の骨子、売上計画、変動費及び固定費の削減計画、財務改善計画などを私なりに整理してみました。一通り分析して纏めてみましたけど現状の個性重視の方針でも利益を上げる方法は十分ありましたよ」

 自慢ではありませんが、私にはブラック零細企業の無能オーナーに代わって破綻寸前の会社の経営に携わり再建させた経験が何度もあります。常に不渡りに怯えながら必死に資金繰りをしている会社に比べると346プロダクションは恵まれていますから、個性重視の方針であってもリストラをせずに利益は確保できるとの結論に至りました。

 

「中学生が作った計画書を真に受けるとでも?」

「あら、対案を出せとおっしゃったのは常務さんでしょう? それを目すら通さずに否定するとは道理がおかしいと思いますけど」

「……いずれにしてもこれは決定事項だ。一介のアイドルでしかない君が何を言おうと覆ることはない」

 冷たくあしらわれてしまいました。

「それなら私にも考えがあります。一介の非力なJCアイドルなんですから何をしようが別に構いませんよね?」

「フッ。何でも君の好きにしたまえ」

 ん? 今何でもしていいって言ったよね?

 

「わかりました。貴女が行おうとしている誤った再生は、この私が必ず破壊して差し上げますのでご承知おき願います。近日中にとても愉快な光景が見られますから期待していて下さい♪」

「……?」

 目的は達成したので捨て台詞を残してその場を去りました。

 

 

 

「……と、まあそんな感じでしたよ。取り付く島もありませんでしたねぇ」

 今日も四人で私の家に集まりました。煎餅をボリボリ齧りながら話し合いの結果を報告します。こっそり仕掛けていたICレコーダーを再生して一連のやり取りも聞いてもらいました。

「説得は上手く行きませんでしたか……」

「予定通りですから問題ありません。中学生に諭されてコロコロ方針を変える経営者だったらそれはそれで恐ろしいですよ。それに美城常務の考えもよく理解できますし」

「選択と集中は愚かとか言ってませんでしたか……?」

「あんなのは詭弁ですよ詭弁。適当にそれっぽいことを並べただけです」

「えぇ……」

 理屈と膏薬(こうやく)はどこにでもつくんですよ。ガンダムや北斗の拳だって後付け設定ばかりですし。

 

「彼女が指摘する通り、現状のアイドル事業部は問題が多いですからね」

「問題とは?」

「内輪の仕事が多過ぎるんです。ラジオにしてもテレビにしても、346プロダクションの他事業部が制作している番組に出させて貰えているから一般の仕事を取らなきゃいけないという意識が低いんですよ。それに現状では各Pの個人商店になってますので事業部としての統一感が無いというのも問題です。P間の横のつながりが薄いからノウハウや情報の共有が全くできていませんもの。

 アイドル事業部の発足から数年経って、そろそろ投資に見合った回収をしなければいけない時期にこれではやはりヤバいですって」

 その分好き勝手出来ていたので口を挟むことはしませんでしたけど、営利企業としてそれで良いのかと常々思っていました。

 会社としても現状に危機感を抱いたからこそ、優柔不断気質だった前任の役員さんを更迭して決断力のある美城常務を統括重役に据えたんでしょう。その判断はよく理解出来ます。

 

「そういう意味では、常務さんは正しいんでしょうか……」

「御存知の通り今はアイドル戦国時代です。長期的に売っていくためには固定客が一定以上居るのが望ましいので、先に需要が見込めるブランドを作ってからそのイメージに合うアイドルを嵌め込むというのも方法としてはアリです」

 346プロダクションは資金力やコネがある会社ですし所属アイドルも豊富ですから、選抜したアイドルに集中的に資金を投入しブランド化して売り出すというやり方は経営的には間違っていないと思います。

 

 だからといって全員が全員その方針に合わせる必要はありません。例えば自動車業界では同じメーカーがブランドを変えて高級車と大衆車を併売しています。アイドル業界でも彼女が唱えるラグジュアリー路線と従来のカジュアル路線を両立することはできるはずです。そんなことが理解できない方ではないと思いますけど、目先の業績アップに目が眩んでいるのでしょうか。

 いずれにしてもどんな高尚な理念を持っていようが私には関係ないです。346プロダクション所属のアイドル達を悲しませるような奴は、地球の裏まで追いかけて必ず破滅させますから。

 

「美城常務は想定よりまともな方でしたよ。所属アイドルとはいえ中学生がアポなしで乗り込んできたら普通は門前払いですが、ちゃんとお話をしてくれましたしね。目指す方向さえ同じなら手を取り合って協力していけると思うので、こういう出会い方になってしまったのが本当に残念です。まぁ、お話をしたお陰で言質(げんち)が取れましたから良かったですけど」

 そう言いながらICレコーダーをもう一度再生しました。すると「何でも君の好きにしたまえ」という自信に満ちた声が聞こえます。

 先程の茶番劇は全てこの一言を引き出すためでした。この録音があれば私がこの先裏で手を引いてることが発覚しても咎めることは出来ないでしょう。だって好きにしていいって自分が言ったんですもん。吐いた唾は呑めぬのです。

 

「暫く準備がありますので、V作戦の発動は来週月曜からということで良いでしょうか」

「……ほ、本当にやるんですね」

 ほたるちゃんが心配そうな表情になりました。

「ええ、勿論。このためにこの1ヵ月準備をしてきたんですもの」

「美城常務が折れてくれることを祈ろうか」

「折れなかった場合の対応も考えてますから大丈夫です。さ、頑張りましょう!」

「……えい、えい、おー」

 乃々ちゃんの小さな掛け声が室内に広がりました。

 

 

 

 その夜、自室でV作戦の発動に向けて準備を始めました。まず手始めに虎ちゃんに電話します。

「は、はいっ! 虎谷です!」

 すると3コール以内で出ました。これも日頃の教育のおかげですね。

「お疲れ様です。昨日お話しした件ですけど、来週の月曜日から決行することにしましたので兵隊を集めておいて下さい」

「承知しました。1ヵ月前に指示されて以降、戦力を大幅に増強しましたので兵隊の数には困りませんよ。なんせ暴走族としては前人未到の全国制覇を成し遂げましたからね」

「警察には顔が利きますので私から事前に話を通しておきます。詳細は別途メールで送りますからメンバー間で共有しておいて下さい。今回はあくまでも意を示すだけなので、くれぐれも暴力行為はしないように」

「わかっています。指示されたとおり新加入の奴らには洗脳────ではなく更生のための教育を施しましたから問題ないですって」

「よろしくお願いします」

「ですがこんな回りくどいことをせずに、その女をキュッとシメちまえばいいんじゃないスか?」

 元DQN(人間の屑)特有のステキな発想でした。こんなのが配下かと思うと泣けてきますよ~。

 

「清純派アイドルはそんな物騒なことはしないんです」

「俺らには散々人体実験とか無茶苦茶やっているような気がしますが……。それにこれからやることも大概ッスけど」

「現行の法体制に従った合法で平和的な活動ですから問題ありません」

「姐さんの口から平和というワードが飛び出すとは思いもしませんでした。世も末っスね」

「何言っているんですか。私は自他共に認める完全平和主義者ですよ」

「過激派の間違いでしょう。『人類種の天敵』の方が百倍似合ってますって」

 鼻で笑われたような気がしたのでカチンと来ました。

「貴方今笑いましたね? 死にたいんですか?」

「すみません、調子に乗りました。処刑だけは勘弁して下さい、マジで……」

 暫く下らない雑談をして電話を切ります。私のどこが過激派だっていうんですか。本当に失礼な奴です。

 

 その後は懇意にしている警察署長さんや私の患者兼346プロ労働組合委員長さん、ADの龍田さん、アイドル誌記者の善澤さんなどに決行の連絡と改めてのお願いをしていきました。皆さんに快諾して頂けたので良かったです。やはり持つべきものは権力や高い能力を持っている方とのコネですね。

 決戦は月曜日から始まります。強い決意を胸に抱きつつ、早々にベッドへ潜り込みました。

 

 さぁ、奇蹟のカーニバルの開幕です。

 

 地獄の業火に焼かれながら、私と最悪な一時(ひととき)を過ごして貰いましょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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