ブラック企業社員がアイドルになりました   作:kuzunoha

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第52話 SAVE the World

 玄関のチャイムがピンポーンと勢いよく鳴りました。

 ドアモニターを覗くとしみったれた駄犬の顔が見えたので鍵を開けます。

「やあ、おはよう」

「遅い! 五分遅刻ですよ!」

「す、すまない。会議が立て込んでてね」

「そんなことは言い訳になりません。時間を守れない奴はビジネスマンとして失格です! 遅れるならせめて一報を入れなさい!」

「いや、本当に申し訳ない……」

「……話はそれくらいにして家に上げてあげたらどうだい?」

 アスカちゃんがそう言うのなら仕方ありません。渋々客間に通してあげました。

 

「はい、これ今日のノルマの四十枚です」

 ミラクルトッキー☆せんべいを束で渡すと物凄く嫌そうな顔をしました。

「いや、こんなに煎餅を渡されても食べ切れ……」

「何か文句でも?」

「イイエ、ナンデモナイデスヨ」

 即時撤回するくらいなら最初から歯向かわなければいいのに。

 

「では本日のコメット全体会議を始めます」

「わかりました」

 ようやく五人揃ったので会議を始めました。

 シンデレラプロジェクトの専用ルームが先日ボッシュートされてしまいましたので、現在彼女達にはコメットの専用ルームを使用して貰っています。自動的に私達は家なき子になりましたので、私の家でミーティングをすることになりました。

 共同で使う案もあったのですが、あの地下牢獄で十八人が収容されると流石に人口が密集し過ぎるので人数の少ない私達が辞退したのです。未央さん達が本当に申し訳なさそうにしていましたが、彼女達が気に病むことはありません。

 これも全て諸悪の根源────あの美城常務のせいなのですから。

 

「とりあえず私からカーニバルの進捗状況を報告しますか。現在三日目ですが、デモ部隊には人海戦術で入れ替わり立ち替わり抗議活動をしてもらっています。地元警察には話を通していますので衝突もなく、平和的にやれていますね。

 ストライキの方も順調に進んでいて、脱落した方は今のところいません。ネット上の炎上についても威力業務妨害にならない範囲で上手く燃やして貰っています」

 一通り報告を聞いたワンちゃんの顔色がブルーハワイと化しました。

「君の舎弟の暴走族連中はともかく、ストライキなんてどうやって先導したんだよ……」

「ふふふ、七星医院分院の実力を侮らないで下さい。今や私は346プロダクション社員とそのご家族の健康と美貌を一手に握っているのです。『新方針になったら即刻治療を打ち切ります』と言ったら皆さん素直に従ってくれました」

「えぇ……」

 乃々ちゃんがドン引きしています。

 

「それに皆さんからは治療の対価に社内の情報や噂を教えてもらっていたんですよ。『誰と誰が社内不倫している』とか『不正なバックマージンを貰っている』とか。依頼しても協力してくれない方には、そういう情報でお願いしたり、ね?」

「完全に脅迫じゃないか!」

 満面の笑顔で語ると容赦ないツッコミが来ました。

「いやいや、別にバラすなんて言ってませんよ。それとな~く匂わせたら皆さん自主的に協力してくれたんです。身に覚えがなければ何も問題ないはずなんですけどねぇ~」

「こんなことならこの案に賛成するんじゃなかった!」

「覆水盆に返らずですよ。諦めましょう♪」

 予想通りのリアクションでした。作戦の詳細を彼に伏せておいて正解だったようです。

 

「美城常務に軽く揺さぶりを掛けるって話だったのに、いつのまにか美城グループ始まって以来最大の危機みたいになってるし……」

「あら、私的には軽~い揺さぶりですよ。ガチで死ぬ寸前まで追い込むのであればこんなにヌルくはありませんから」

「なんだか、闇金業者よりも恐ろしいですね……」

「ああ、現代社会の闇を見たような気がするよ」

 

 散々な言われようでした。ですがこれが私の個性ですから仕方ないのです。

 戦いの結果を左右するのは結局物量です。非力な凡人だって数が集まれば恐ろしい力を発揮するんですよ。民主主義国家で一番強いのは世論なんですもの。

 そして世論を扇動するマスコミも脅威です。だからアイドル誌記者の善澤さんにお願いして一連の騒動を取材しているフリをして頂きました。美城グループの上層部としては、圧力を掛けたマスコミからいつ裏切り者が出るか今頃疑心暗鬼に陥っているでしょうね。

 相手の弱点を突くのは戦術の基本中の基本です。美城グループは清廉で高潔なイメージで売っていますから、このカーニバルによるイメージダウンは美城常務にとって最大の屈辱であり耐え難いものでしょう。

 

「ネ、ネットの炎上の方も朱鷺ちゃんの仲間が仕掛けているんですか……?」

「ええ。私の知り合いに万能超人の龍田さんというADがいまして、鎖斬黒朱(サザンクロス)の連中や私のファン達を主導して炎上させて頂いたのです。忙しいのに文句一つ言わず従ってくれて大助かりですよ。このままプロデュース業も引き継いで欲しいくらいです」

「俺はADに負けるのか!」

「だ、大丈夫です! 犬神PさんはステキなPですからっ!」

「まぁ、年齢の割には頑張ってる方だと思うよ」

 意外とダメージを喰らったようです。これ以上虐めると動物虐待になってしまうので止めておきましょうか。

 

「だが、こんな狂騒劇を続けていて本当に効果があるのかい? 悪戯に346プロダクションのイメージを落としているように感じるし、あの常務にもまだ変化はないんだろう?」

「もりくぼも、心配です……」

「このままで大丈夫なんでしょうか……」

 皆の心配はごもっともです。このままではアイドル事業部と美城常務が刺し違えることになりかねないですが、それは私の望むところではありません。今のところ全てのヘイトが常務に一点集中していますから大丈夫ですけど、それがアイドル達に飛び火しないとも限らないですし。

 しかしそれも想定済みです。第一あの駄神様が『新たな脅威』と評するくらいの存在ですから、この程度の揺さぶりで折れるとはハナから思っていませんでした。

 

「皆さん、安心して下さい。次の案はバッチリ考えてありますよ。そしてその案では武内Pと犬神Pが共同で企画した『シンデレラと星々の舞踏会』も深く関係してきます」

「……俺達の?」

 メンタルが復帰したのかワンちゃんが声を発しました。

「何だい、それは? ボクは初耳だけど」

「ああ、前に説明した時は二宮さんはいなかったか。アイドル達の個性を最大限に活かした複合イベント案だよ。ライブだけではなくてお笑いやトーク、ヒーローショー、ゲーム対決なんかも取り入れた、皆の個性を最大限活かす企画さ。このイベントが成功すればあの美城常務だって個性重視の方針が間違っているとは言えないはずだ」

「はい。とっても良い企画だと思います」

 ほたるちゃんの言うとおり、内容の七割は武内Pが纏めただけあってしっかりした企画です。

 

「でも、それとカーニバルに何の関係があるんですか……?」

「ふっふっふ、よくぞ訊いてくれました! これこそ我が秘策──『溺れる者は藁をも掴む』作戦です!」

「……物凄く嫌な予感がするのは俺だけかな?」

 犬の呟き声が室内に虚しく響きました。

 

 

 

 その翌日、いつも通りレッスンを終え少し時間を潰してから犬神Pのオフィスを訪れました。

「おはようございます」

「あ、ああ、おはよう」

 何だか忙しなく落ち着いていませんでした。柄になく緊張しているのでしょうか。

「今からそんな感じだと、美城常務に睨まれたら石化しそうですね」

「恐いこと言うなよ……」

 あらら、返しにもキレがありません。

 

「やあ、おはよう」

「……おはようございます」

 暫し二人で雑談していると今西部長と武内Pがいらっしゃいました。

「使者役なんてやって頂いて本当にすみません……」

「別にいいさ。これも346プロダクションのためだからね」

 いつも通りの朗らかな表情です。

 

 今回今西部長には我々と美城常務を繋ぐ仲介役を務めて頂きました。立場的には経営陣側ですがアイドル達のことを気に掛けており、美城常務が提唱する急進的な改革には否定的な意見を持っているので心情的には我々寄りです。そういう意味では和睦の使者にうってつけの人物でした。

 社内の情報を掻き集めても彼に関する黒い噂は欠片も出てこないんですよねぇ。この昼行灯さんは一体何者なんでしょうか。

「そろそろ、約束の時間です。行きましょう、皆さん」

「はい」

 武内Pの後に続いて美城常務の執務室に向かいます。

 

「……失礼します。武内です」

「入れ」

 促されるままに中へ入りました。

 そのまま応接用のソファーに腰掛けます。美城常務と今西部長、武内Pと犬神Pと私が向かい合って座るような状況です。

「改めて、話を訊こう」

「常務の新方針に対する我々の案を纏めてきました」

「君達のプラン──『シンデレラと星々の舞踏会』については今西部長から伺っている。それにしてもまた『個性』か。私の提示する方向性とは真逆だな。……この『Power of Smile』とは?」

 既に企画書には目を通していたようで内容について質問されました。すると犬がでしゃばってきます。

 

「コンセプトは『笑顔』です! アイドル達が自分自身の力で笑顔を引き出す。それが力になると私は思います。そうでなければファンの心は掴めません。アイドル達の笑顔、それを支える沢山の笑顔。作られた笑顔ではない本物の笑顔が彼女達の魅力なんだと思います。

 ……実際に、作られた仮面の笑顔から本物の笑顔に変わり、一段と輝きを増したアイドルを私はよく知っていますので」

「我々は、従来の方針は決して間違っていないと考えています。常務が仰る『お姫様のように優雅で綺羅びやかなアイドル』と『持ち前の個性を最大限発揮して輝きを放つアイドル』は共に歩むことが出来る。この舞踏会はその証明になるはずです」

「まるで御伽噺だな。……いいだろう、そこまで言うのならやってみなさい。期限は今期末、それまでに結果を出すように。

 進行方法と付随するプロモーションは君達の裁量に任せよう。支援はしないが口出しもしない」

「ありがとう、ございます」

 武内P達が頭を下げました。

 ですが話はこれで終わりではありません。私の出番はここからです。

 

「それでは我々の企画が成功した暁には『現アイドル事業部の全てのプロジェクトを解体し白紙に戻す』という新方針を更に白紙撤回することで、一つよろしくお願いしま~す♪」

「……君は何を言っている?」

「ちょ、ちょっと七星さん!」

 犬がじゃれついてきましたが構わず続けます。

「常務さんが提唱する方針に変えるか否か、全ての決着は『シンデレラと星々の舞踏会』で付けるという訳です。

 この舞踏会はアイドル事業部の今までの成果を発揮する史上最大の晴れ舞台です。あれだけ成果を出せと仰っていた訳ですから、これが大成功すれば貴女も個性重視の方針が間違っていなかったと認めざるをえないでしょう」

「随分と好き勝手を言うものだ。そのような一方的な条件を私が受け入れるとでも?」

「別に突っぱねても構いませんよ。ですが正々堂々舞踏会の成否で全てを決めるという勇気ある決断をすれば、一連の下らないカーニバルは一瞬で沈静化するに違いありません♥

 それにこういう大義名分があれば、例え新方針を撤回したとしてもデモやストやネットの炎上に対して『あの美城』が屈した訳ではないと対外的に主張できるので、常務さんにとって大変都合がいいと思いますけど~」

「そうか、そういうことか……」

 私の意図は無事美城常務に伝わったようです。一連の事件の黒幕だとあからさまに告げていた甲斐がありました。

 

「私は君の手で踊らされている滑稽なマリオネットだった訳か。フフ、ハハハハッ……」

 おお、メッチャこっち睨んでる。怖過ぎて思わず草が生えそう。

「いいだろう。結果によっては各プロジェクトの存続を認めよう。但し失敗に終わった時は相応の判断を下すことになる。その点は覚悟しておくことだ」

「はい、ありがとうございます。それと舞踏会の成否がわかるまで、現行の全プロジェクトは方針変更前の状態で現状維持して下さいね。そうしないとまた楽しいカーニバルが始まりますから♪」

「……わかった。その条件を飲もう」

 物分りの良い方で助かりました。というか彼女が今置かれている立場的に受け入れざるを得ないんですけどね。そしてそういう立場になるようにきっちり追い込みをかけました。

「現状維持なのでプロジェクトルームは全て返還ということでよろしくお願いします。それと新規のお仕事の受注制限も撤廃して下さいね♪」

「……善処する」

 何だか今にも死にそうなくらい憔悴した表情をしています。全く、誰がこんな酷いことをしたのでしょうか! 頑張れ常務、負けるな常務!

 

 その後は舞踏会の成否判定など、いくつかの条件交渉をしてからお開きとなりました。

 海外で辣腕を振るったと言う実力は確かにお持ちのようですが、社会の底辺の底辺で妖怪みたいな曲者共を相手に立ち回ってきた私と渡り合うにはまだまだ経験値が不足しています。

 生まれ変わりに伴いドジっ子属性をブチ込まれたためビジネスマンとしての能力は弱体化しましたが、今ではそれを補ってくれる沢山の愉快な仲間達がいますから安心です。

 弥勒菩薩のように温厚な私を怒らせるとどうなるか、これで少しは理解頂けたでしょう。

 

 

 

「ではお先に失礼します」

「今日は車で来てるから帰りは送るよ」

「そうなんですか。じゃあお願いします」

 犬神Pに呼び止められました。折角なのでご厚意に甘えることにします。

「5分くらいで行くから表で待っててくれ」

 

 社屋外で待機していると彼の車が来たのでそのまま乗り込みます。

「それにしても貴方にB○Wって本当に似合わないですよね。豚に真珠です」

「もう二十回くらい言われてるからな、それ……」

 下らないことを喋っていると良いことを思い付きました。

「あ、そうだ。どうせなら首都高に乗って下さい」

「え? だってそんなに遠くないだろ?」

「いいじゃないですか。人生時には回り道も必要ですよ」

「まぁ、いいけど」

 乗車中は先程の打ち合わせについて意見交換をします。

 

「それにしても常務に対してあの態度はヒヤヒヤしたな……」

「上に噛み付く時は喉笛を噛み千切るくらいガブリと行かないと駄目なんです。中途半端だと権力で押し潰されてしまいますからね。犬神さんにとっても良い勉強になったんじゃないんですか?」

「噛み付かなければいけない事態にならないことが一番だけどな。それにしても相当追い詰めてた感じなのに『決着はシンデレラと星々の舞踏会の成否で決める』なんて結論で良かったのかい?」

「はい。あの辺りが彼女が最大限譲れる妥協点だと思いますよ。あれ以上刺激したらアイドル事業部と共に心中する可能性がありましたし、自暴自棄になって企画自体白紙にされかねない感じでしたので。『窮鼠猫を噛む』という諺の通り、追い詰め過ぎると思わぬ反撃を喰らう可能性があります。追い込まれた狐はジャッカルよりも凶暴ですから」

「そうならないようにわざと逃げ道を作っておいたって訳だね……」

「それにこれ以上カーニバルを続けると美城常務の受けるダメージが流石に洒落にならなくなるという理由もあるんですよ。私の目的は強硬な新方針を取り下げさせることであって彼女を仕留めるつもりはありません。敵対はしてますけど別に憎んではいませんし、統括重役としてアイドル達のためにこれから馬車馬のように働いて頂く必要がありますもの。

 そして取り下げさせた後は、周囲と調整をしながらマイルドにアイドル事業部の経営改善に努めて貰おうと思っています。関係者と合意形成をせずに自分の意見を押し付けようとした点は大問題ですが、美城常務の意見自体には正しい点も多いですから」

「だけどもし舞踏会が上手く行かなかったら元の木阿弥じゃないか」

「そうですね。ですけどあの企画が万一失敗したとしても別に問題はありません」

「え?」

 ワンちゃんが驚きの声を上げました。

 

「犬神さんは237(地味名)プロダクションってご存知ですか? 中堅の芸能事務所なんですけど」

「もちろん知っているさ。そこのP達と一緒に仕事したこともあるしね。規模こそ中堅だけれども地道で堅実な良い事務所だと思うよ」

「そこの三代目の社長さんですが、会社のお金を個人的に借り入れた挙句海外のカジノで大金をスッたらしくて、内情は資金ショート間近で青息吐息だそうです」

「へぇ~、そうなんだ」

「もし舞踏会が失敗してコメットが解散させられそうになったら、その事務所を祖父に買収して貰って移籍しようかと思いまして」

「ゴホッ! ゴホッ!!」

 いきなりむせだした上、車が蛇行し始めました。

 

「何やってるんですか! 夜の首都高で事故ったら私はともかく貴方は即お陀仏ですって!」

「す、すまない。あまりに衝撃的な発言があったもので……。ていうか移籍ってなんだよ!」

「言葉通りの意味です。別に346プロダクションだけが芸能事務所という訳ではありません。方針が合わなければ辞めて移籍すればいいだけなんです。なぜ皆あの事務所に残ることを前提に物事を考えているのか、私には理解に苦しみますね」

 

 前世では何十回と転職してきましたから全く抵抗はありません。

 人気も実力もなかったデビュー当時は祖父の理解を得られなかったので取れない作戦でしたが、最近の私の活躍がいたく気に入っており総力を上げて支援するという確約を取り付けました。

 中堅芸能事務所の一つや二つ、お金が有り余っている彼には安い買い物なのです。ゴルフコースが気に入ったからという理由でゴルフ場ごと買収し貸切で遊んでいるような傾奇者ですし。

 戦いとは常に二手三手先を読んで行うものです。当然、万一敗走した時の対応も構築しておかなければなりません。とはいっても本当は346プロダクションが経営難で倒産した時に備えた保険だったんですけどね。

 

「だからって買収までしなくてもいいじゃないか!」

「美城常務の新方針が正式に採用された場合、その方針にそぐわないアイドルは沢山出てくるはずです。そういう子達の受け皿になろうかと思いまして。そうだ、いっそのこと774(七星)プロダクションに社名変更しましょう」

「多分成人しているアイドルは全員移籍を希望すると思うんですがそれは……」

「346プロダクション所属のアイドルであれば例え全員でも受け入れます。常務ご本人から『何でもしていい』というお墨付きを頂いていますので、美しいお城以外は何も残らなくなるよう全力で引き抜きをするつもりです。

 それにどう経営すれば芸能事務所が成長するかはこの1年の経験で大体掴めてますから、美城常務より上手く彼女達を輝かせて見せますよ。アイドル兼社長なんて桐生つかささんみたいで面白そうですし、独立には前々から興味があったんです」

「き、君って奴は……」

「私が大切に思っているのは346プロダクション所属のアイドル達や私達のファンであって、プロダクション自体に執着心はありません。例え本社が爆破されようが割りとどうでもいいのです。……次のPA(パーキングエリア)で止めて下さい」

「わかったよ」

 

 そのままPAに入ります。適当な場所に駐車してもらうと彼を車に残して缶コーヒーを二つ買いに行きました。

「~~♪」

 暖かいスチール缶から温もりが伝わります。おお、ぬくいぬくい。

「はい、どうぞ」

「ああ、ありがとう」

 運転席の窓越しにコーヒーを渡すと彼も外に出てきました。缶を開けて軽く傾けます。適度な苦味と酸味が喉に染み渡りました。

「いや~、夜の高速PAで飲むコーヒーの美味さは異常ですね!」

「そんなセリフを吐いたJCアイドルは人類史上初だと思うよ。……美味しいのは確かだけどさ」

 この独特な雰囲気の中飲むコーヒーは社畜時代の数少ない楽しみでした。だんだんと当時を思い出してきます。いや、深く思い出すと嫌な思い出まで出てくるので止めておきましょう。

 

「……それで、さっきの移籍の話は本気なのかい?」

 犬神Pが珍しく真剣な眼差しで問いかけてきました。

「ええ。とはいっても移籍や引き抜きをするには多大な労力が必要ですしアイドル達の負担にもなりますから、プロジェクトの解散がどうしても避けられなくなった時の最終手段ですけどね。

 もしそうなったら犬神さんはどうします? まぁ、一応腐れたご縁がありますし、『私の』コネで特別な入社させてあげなくもないですけど……」

 するととても渋い表情になった後、ゆっくりと語ります。

「……俺は一緒には行けない。色々あるけど346プロダクションには採用して貰った恩がある。社内の体制が悪くなったからといって見捨てて逃げ出したくはないんだ」

「……そうですか」

 なるほど、如何にも社畜らしい選択です。確かに346プロダクションに居続ければ高給が約束されていますし将来的にも安泰ですしね。

 家畜の安寧を享受し虚偽の繁栄を謳歌するのも人生の選択肢の一つです。私はそんな人生は願い下げですが。

 

「だから『シンデレラと星々の舞踏会』を必ず成功させる! そして誰一人346プロダクションを去ることがないよう死力を尽くす! 君達のプロデュースを続けられるよう、その力を俺に貸してくれッ!!」

 そう叫んで勢い良く私に頭を下げました。

「……ふふっ」

 な~んだ、軟弱なようでいて意外と骨があるじゃないですか。会社に飼いならされた犬ではなく、餓狼としての気位を強く感じました。

 少しですが私の好感度がアップしましたよ。ほんの少~しですけど。

「頭を上げて下さい。私は元よりそのつもりですから」

 彼の目を見ながら言葉を続けます。

 

「……前回の解散危機の際、私達は大きな過ちを犯しました。

 一人は仲間を信じず自分の力のみを頼りに暴走して自滅し、もう一人は忙しさに埋没しフォローを怠り破滅を防げなかった。ですが過ちは誰にでもあることです。問題なのは犯した過ちを認めずそれを改めないことです。私達はそんな愚か者ではありませんよね?」

「ああ、もちろん!」

 力強く言い切ります。その瞳の中には以前楓さんや菜々さんの中に見た輝きが眠っていました。

「その意気です。だから今度こそ、私達の手でコメット────いいえ、346プロダクションのアイドル達全員を救い、私達の世界を護りましょう。だから頼りにしていますよ、相棒」

「こちらこそ、改めてよろしくな!」

 そのまま握手を交わします。意外と男らしい手つきなんですね。今まで気付きませんでした。

 

「あっ、でも男女的な意味での好意は全く無いので誤解しないで下さいよ!」

「せっかく綺麗に決まったのに、どうしてそういう余計なことを言っちゃうかなぁ!」

「それが私ですから。……まぁ、老後のお茶飲み友達くらいにはなってあげますので、それで我慢して下さい」

「中三が老後を語るのか……」

「『少女老い易く学成り難し』ですよ。うかうかしているとお互いに直ぐお爺ちゃんとお婆ちゃんです」

「はいはい……」

 

 夜のPAに私達の声がよく響きました。

 

 さあ、アイドル達の『夢』と『希望』を賭けた最終決戦に向けて、もう一頑張りしましょうか。

 

 私が、私達が、全てを救ってみせます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




~七星朱鷺のウワサ③~
 敵に回すとかなり厄介らしい。





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