ブラック企業社員がアイドルになりました   作:kuzunoha

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第53話 新たな力

「皆さん、おはようございます」

「フッフッフ。闇に飲まれよ!」

「はい、やみのまー」

 美城常務と対峙してから数日が経過しました。ダンスレッスン後にふと思い立ち、シンデレラプロジェクトに返還された専用ルームを訪れました。

 再引っ越しは済んでおりほぼ元通りの状態に戻っています。ルーム内にはプロジェクトの子達がいますが、少し前に比べると笑顔が戻っており不安はだいぶ解消されているような印象を受けました。やはり住み慣れたルームがあるか否かではモチベーションが大きく変わってきますからね。

 

「本当にありがとうございました、朱鷺ちゃん!」

「頭を上げて下さい、卯月さん。私は別に大したことはしていませんから」

 深く頭を下げられると恐縮してしまいます。

「でもルームを取り戻せたのは朱鷺のおかげだよ。だから、改めてありがとう」

「うんうん! これもとっきーの脅迫……じゃなかった、交渉のお陰だね!」

「私は誠心誠意説得しただけですよ。ですが問題はここからです。『シンデレラと星々の舞踏会』が成功しなければ全ユニットが解散させられてしまうのには変わりないんですから」

 根本的な問題は解決していません。あの企画の成否が判明するまで『現アイドル事業部の全てのプロジェクトを解体し白紙に戻す』という方針は一時凍結しているだけなんです。

 新規のお仕事が受注可となり従来通り活動は出来るようにはなったものの、問題の根本を解決しなければ何も意味がありません。

 

「舞踏会を成功させるにはどうしたらいいのかな?」

 みりあちゃんが首を傾げました。

「私達が今出来ることは三つあります」

「どんなことかにぃ~?」

「一つ目は仲間を集めることです。『シンデレラと星々の舞踏会』はアイドル達の個性を最大限に活かした複合イベントで、アイドル事業部始まって以来の規模となる予定です。

 当然多数のアイドルに出演頂く必要がありますので、現在武内P(プロデューサー)や犬神Pが各Pを説得して協力を取り付けています。ですが当のアイドル達が非協力的では上手くはいきませんから、積極的に協力して貰えるよう皆さんからもお願いして頂けると助かります」

「うん、分かった♪ おねーちゃんにもお願いするね☆」

「はい。莉嘉ちゃんから協力依頼をお願いします」

 美嘉さんはトップクラスの貴重な戦力なので今度の企画には欠かせません。

 

「二つ目は私達自身のレベルアップです。複合イベントとは言いつつもメインはライブになりますので、今までよりレベルの高いパフォーマンスを発揮できるようレッスンに励みましょう」

「フフフ……遂に我が最終形態を披露する刻が来たか!」

「はい。蘭子ちゃんの更なる覚醒を期待していますよ」

「我らの黄金郷は永遠! はーっはっはっは!」

 彼女は今日も絶好調でした。もちろん中二病的な意味で。

「えぇ~、レッスン? 今日はもう閉店……明日から本気出す……」

 ばたりと倒れた杏さんを他所に話を続けます。

 

「そして三つ目は知名度のアップです。いくら企画が良くても知名度が低くてチケットが捌けなかったらその時点でゲームオーバーですから、シンデレラプロジェクトやコメットの知名度を少しでも高める別企画を武内P達が考えているそうです。そこで頑張って皆さんの知名度をアップさせましょう」

「別企画って、アーニャちゃんは知ってる?」

「ニェット。私は初耳です」

「私もバラエティ番組らしいこと以外は伺っていません。近いうちに詳細が発表されると思いますので待っていて下さい」

「バラエティなら『ゲロゲロキッチン』みたいなお料理番組だといいな。ほら、皆でお菓子作りとかっ♪」

「は、はい……」

 智絵里さんが遠慮がちに返事をしました。

 

「確かにみく達はまだまだ新人だから知名度は低いにゃ……。朱鷺チャンみたいにもっと世間から注目されたいにゃ!」

「この中じゃ朱鷺ちゃんの知名度はダントツだしね。だけどあの鎖斬黒朱(サザンクロス)っていう超ロックな人達に協力してもらえばチケットなんてあっという間に捌けるんじゃない?」

「美城常務との条件交渉の際、鎖斬黒朱を使ったサクラ行為は禁止されたのでその方法は取れないんです。ですがそんな姑息な手段を使わなくても私達が団結すればあっという間に完売ですよ」

 今回は常務さんに我々の人気と実力を見せつけるのが目的なので、そういう卑怯な手段は最初から使うつもりはありません。正々堂々と正面からねじ伏せて見せます。

 

「朱鷺の知名度はアイドルとしてって感じじゃないけど」

 凛さんの厳しいツッコミが入りました。この蒼い人はさらっと痛いところを突いてきます。

「別にそれでも構いませんよ。各ユニットの存続が最優先事項ですから私の力を含め使えるものは何でも使うつもりです。皆さんや他のアイドル達のキャリアをこんなところで終わらせるつもりはありませんので」

「おお、とっきー頼もしい!」

「十人力、いや百人力です!」

「尽力はしますが私だけでは限界がありますから皆さんの力を貸して下さい。全員で協力してこの試練を跳ね除けましょう!」

「おおー!」

 力強い返事が部屋中に広がりました。皆を信頼し一致団結して問題解決にあたるなんて、少し前の私ならしなかった……いいえ、決して出来ませんでした。そういう意味では私も成長しているのかもしれません。

 暫く談笑した後、コメットのプロジェクトルームに向かいました。

 

 

 

「ただいま~」

「お疲れ様、七星さん」

 ルームに入るといつもの三人と犬神Pがいました。

「あら珍しくお犬様がいらっしゃいますね。もしかして会社をクビになりましたか?」

「……縁起でもないこと言わないでくれよ」

 疲れた様子で溜息を吐きます。アイドル事業部が危機的な状況ですからちょっと洒落になっていませんでしたか。

「JCらしいお茶目な冗談ですって。それで何の御用ですか?」

「コメットのファンクラブ会報誌に載せる企画の原稿を書いて貰いたくてね」

「どんな企画なんです?」

「ああ、『思わず妄想しちゃう♪ 理想の初デート♥』っていう企画だよ。自分で体験してみたい初デートのプランを考えて貰おうと思って」

「へぇ……」

 結構厄介な企画でした。こういう質問は女子力が問われるので出来るだけ答えたくないんですが、お仕事ですから仕方ありません。

 

「皆さんはもう考え終わったんですか?」

「いえ……。いざ質問されると迷ってしまいまして」

 紙とボールペンを手にしたほたるちゃんがやや困ったような表情をしました。乃々ちゃんとアスカちゃんの手も止まっています。

「いきなり質問されても答え難いよな。締切は来週末で時間があるからゆっくり考えて欲しい」

「は、はい……」

「そういう犬神さんはどうなんです?」

「お、俺かい?」

「ええ、人に質問するからにはまず自分が答えるのがマナーです。自己紹介と同じですよ」

 完全に屁理屈ですし答える義務などありませんが、奴であれば気付きはしないでしょう。

 

「う~ん、デートねぇ……。やっぱり映画やカラオケとかかな」

「そう……」

 氷のような冷徹さで返事をしました。目すら合わせません。

「いや、自分から話を振っておいてその無関心さは何なんだい?」

「まさか『四八(仮)』並みに超つまらない回答が返ってくるとは考えていなかったので思わず言葉を失ってしまいました。ほらっ、いい歳した大人でもこんな捻りのない駄回答なんですから皆さんもそんなに固く考えなくて大丈夫ですよ!」

「…………」

 こめかみに青筋が立っていますがいつものことですから気にしないことにしました。先日のドライブの件では少し馴れ馴れしくし過ぎましたのでちゃんと調教しておかないとね。この私相手に安々と恋愛フラグが立てられるとは思わないことです。

 

「定番過ぎるかもしれませんが、もしデートをするのでしたら東京ディスティニーランドに行ってみたいです」

 ほたるちゃんが恥ずかしそうに答えました。

「いいじゃないですか。一日いても飽きませんしデートの定番スポットですもんね」

「アトラクションは故障するかもしれませんけど、エレクトリカルパレードなら一緒に見られそうですし素敵な思い出になるような気がします」

 実に女の子らしい回答、素晴らしい。デートとは言わず今度皆で一緒に行きたいです。

 

「乃々ちゃんはどうでしょう?」

「私は目立たず騒がず生きて行きたいので……。一緒にお外で元気に遊ぶよりかは……森やカフェ的な隠れ家でひっそりとしていたい、です」

「リアル森ガールですか」

 全くブレない回答でした。まぁ茜さんみたいに気合MAXで野原を駆け回っている乃々ちゃんは想像できませんからこれでいいのかもしれません。

「もりくぼの理想は……やさしい世界。草も食べない、草食動物ばかりぃ……」

「それはそれで生態系壊れるので止めておきましょう。……アスカちゃんはどうです?」

 問題児の方を向いて恐る恐る訊いてみました。

 

「ボク、かい?」

「はい。アスカちゃんのデートセンスは物凄く気になります」

「ボクの絶対王政にかしずいてくれるモノ好きな皇子はいないだろうけど、まぁいいだろう。

……闇夜に包まれた誰もいない学び舎。水面一面に映った月明かりを眺めながら一夜限りの逢瀬を楽しむ、なんていうのは面白いかもしれないね」

「……へ~」

 感想を押し殺しながら少し時間を掛けて静岡弁を解読していきます。恐らく深夜の学校に忍び込み、プールに映ったお月様を眺めながらお喋りを楽しみたいということでしょうか。ぶっ飛んだセンスが光るデートプランでした。というか不法侵入ですよ不法侵入!

「うわー素敵ですー。憧れちゃいますー」

「そういう朱鷺はどうなのかな。君の理屈だと人に訊くからには自分も話すものなんだろう?」

 先程の適当発言が鎖付きブーメランとなって跳ね返ってきました。ですがそれも計算済みです。

 

「ええ、良いですよ。皆さん是非聴いていって下さい。この超時空清純派アイドル────七星朱鷺の最強デートプランを!」

「ゴクリ……」

 皆緊張した様子で私の表情を伺います。

「まず午前中ですが、プラネタリウムで満天の星に包まれてロマ~ンティックな時間を過ごします。ランチは当然パスタで最大限お洒落なお店をチョイス。

 午後は最新の人気スポットで洋服や小物を眺めるウインドウショッピングに洒落込む予定です。ハイセンスなカフェで休憩を入れつつ、夜景の見える超高級レストランでお食事をして〆る。

 ……どうです! 完璧なプランでしょう!」

 自信満々に胸を張りました。正に完璧という他ありません。

 

「……すまない、どこから突っ込んだら良いのかわからない」

「あの、嘘はあまり良くないんじゃないでしょうか」

「多分読者の皆さんから総ツッコミが来ると思います……」

「エイプリルフールに発行するのならアリじゃないかな?」

 仲間内の評価は散々でした。だって普通の女の子はこういうプランが好きだって雑誌に書いてあったんだもん! 本当だもん!

 

「そ、そんなに違和感があります?」

「むしろ違和感しか無いんですがそれは……」

「きっと朱鷺さんのファンの皆さんもそういう回答は望んでないと思います。自分が楽しいと思うプランを素直に紹介すれば良いんじゃないでしょうか」

「私が楽しいと思うプラン、ですか……。100%確実に引かれると思いますけど」

「人と違うことは恥ずかしいことではないさ。試しにボク達に紹介してみたらどうだい?」

「……わかりました」

 仕方ないのでドブ川系側溝風味アイドルのデートプランを公開することにしました。

 

「まず、寂れた地方競馬場でモツ煮やコロッケなどをつまみながら競馬観戦をします」

「なぜ寂れたところ限定なんですか……」

「東京や中山、大井みたいな大きな競馬場だと綺麗すぎて場末感が足りないんです。それに食事処も整備されていて金だこやミスバーガー、ケーンダッキーまであるので競馬場という感じが余りしません。本当にモツかどうかもわからない怪しい煮込みをつまみながらその場のノリと勢いで予想するのが楽しいんですよ。殆ど外れますけど」

 前世でよく通っていたという理由もありましたが、それは流石に伏せました。

「お昼は当然ラーメンです。そして観戦後はヤトバシカメラでガンプラを眺めたり、ハードオッフでジャンク品やレトロゲーを探したりしてウインドウショッピングを楽しみます。時間があればスーパー銭湯でひとっ風呂浴びたいですね。

 ディナーは場末の激安居酒屋で、楽しくお喋りしながら焼き鳥やたこわさ、エイヒレ等をつまみノンアルコールビールを頂く。こういう流れが私の理想のデートです」

 こんなプラン、世に出した瞬間に私のアイドル人生が即終了しますよ。

 

「まるで暇を持て余した独身オジサンの休日だぁ……」

 犬っコロが呆れたように呟きました。その通りですから反論の余地はないです。仕方ないね。

「ですが先程のプランより良いと思いますよ」

「ああ。偽りの像では真実の姿に及ばないさ」

「えぇ~! いや、流石にないでしょう!」

 こんなJCアイドルがいてたまりますか。体以外は清純さの欠片もありません。

「でも、嘘はないですから……」

「少なくとも七星さんのファン的には納得すると思うよ。それに格式が高い高級レストランを好む高嶺の花より、庶民派で親しみやすい姿に好感を持つ層も多いだろうし」

「そう言われてもこれを会報誌に載せる度胸はありませんって。掲載するのはゲーセン巡り&野球観戦デートくらいに留めておきます。それならキャラ的にも然程違和感ないでしょうし」

「中学生なので、それくらいが妥当かもしれませんね」

 

 

 

 とりとめのないことを話していると、不意に出入り口のドアが遠慮がちにノックされました。

「入っていいですよ、どうぞ~」

 声を掛けると二人の美少女が顔を覗かせます。やや緊張した様子で、そろりそろりとルーム内に入ってきました。

「おはようございます。この前346プロダクションに所属した北条加蓮(ほうじょうかれん)です。先輩の皆さん、よろしくお願いします」

 栗色の髪をした女の子が丁寧に頭を下げました。チョココロネのようなおさげが印象的な子で、中々のオシャレさんです。

「おはようございます! か、神谷奈緒(かみやなお)だよっ。あたしもちょっと前に346プロダクションに所属してアイドルの卵をやってんだ! よろしく!」

 もう一人はポニーテールに少々太い眉毛が特徴的で、強気そうな元気な感じの子です。

 二人共直接お話をしたことはありませんが所属アイドル達の顔と名前は暗記しているので見覚えがあります。確か年齢は私達よりも上ですけど、自己紹介で話していた通りアイドルとしてはまだ新人のようです。

 

「先日のアイドルフェス、観客として参加してました。とても良いバラードで心に残りました」

「うん! コメットってダンスが良いイメージがあったけど歌唱力も高くてビックリしたよ!」

「お褒め頂きありがとうございます。……それで、何かご用件でしょうか?」

 所属の挨拶というタイミングでもないので思い切って訊いてみました。

「七星さんに一言お礼が言いたくて」

「お礼?」

 はて、何のことでしょう?

 

「例の美城常務の新方針のせいであたし達のCDデビューが無期延期になってたんだけど、デモやストのお陰でとりあえず解除されたんだ。まぁ実力的に少し早いってことで今直ぐにCDデビューするのは難しいんだけどな」

「それは私達がまだ未熟だからしょうがないって思う。でも先が見えなかったあの頃と今とでは全然違うよ。だから、改めてありがとうございました」

 深くお辞儀をされてしまったので恐縮してしまいます。

「フッ。別に気にすることはないさ。自分達のために行った行為が偶々君達のためになっただけのことだから、ね」

「困った時はお互い様です。同じ事務所の仲間同士なんですから仲良くやっていきましょう。お二人よりちょっとだけ芸歴が長いだけですから敬語はいりませんよ」

 私がそう言うと北条さんが少し笑いました。

 

「ふふっ。七星さんはあの頃からあんまり変わってないね」

「……あの頃、とは?」

 彼女とこうやってお話するのは初めてのはずです。こんな美少女と遭遇していれば絶対に覚えていると思いますし。

「私、子供の頃は体が弱くて。10年くらい前に七星医院にもお世話になったことがあるんだよ。どんな重病でもたちどころに治る『奇跡の医院』なんて噂があったから、お父さんが藁をも掴む思いで連れて行ってくれたんだ」

「あっ……」

 『10年前』と『七星医院』というワードが強烈に結びつきました。ちょうどその頃は私が『トキ(北斗の拳)と同じ程度の能力』で地元のご年配方(木偶人形達)を相手に好き放題やらかしていた時期です。

 

「『加蓮お姉ちゃん、マッサージしてあげる♪』なんて言っていたけど、秘孔を突いて体を治してくれたんだよね? お陰でその日から病院知らずの健康体になれたんだ。だから、七星さんに助けられるのはこれで二度目なんだよ」

「あーあーあー……」

 当時のことを色々と思い出してきました。後期高齢者ばかりですっかり飽き飽きしていた頃に美幼女が送り込まれてきましたからテンションが超上がったんですよねぇ。健康体にするだけでは飽き足らず全体的に強化したような記憶があります。何を強化したかは既に忘却の彼方ですけど。

 

「本当にすみません。北条さんの体を勝手に……」

「ううん。健康になれて嬉しかったし両親に心配をかけることもなくなったから本当に感謝しているんだ」

 ゆ、許された……。彼女の寛大な心に感謝する他ありません。

「加蓮の命の恩人ならあたしにとっても恩人だ。ホント、ありがとな!」

 神谷さんからも感謝されてしまいました。下心満載で治療したなんて口が裂けても言えない空気ですよ、これは。

「朱鷺さんは小さい頃から人助けをしていたんですね。やっぱり良い人です」

「尊敬します……」

 止めて! そんな純真な目で見ないで! 溶ける、溶ける!

 

「ま、まぁ健康にもなれたしCDデビューの凍結も無くなったのでめでたしめでたしですね!」

 超強引に話をクローズさせようとしたところ、二人の表情が曇りました。

「そのことなんだけどまた悪い噂が出てるんだよな」

「悪い噂?」

「うん。例のカーニバルの効果でユニットの解散は一旦撤回されたけど、あの美城常務が既存番組の内容を変えてバラエティ路線を縮小しようとしているみたい。いくつかのコーナーの打ち切りも検討しているって」

「ああ、その話ですか。それなら問題ありませんよ」

「何でだ? バラエティ路線が縮小されたら困る子も多いだろ」

「大丈夫です。そんなことはこの私が絶対に許しませんから♪」

 すると今まで黙って話を聞いていた犬神Pが露骨に嫌な顔をします。

 

「本当にやったのかい? あの作戦……」

「勿論ですよ。これも皆を守るためだって決めたでしょう」

「もうちょっと穏便な方法はないのかなぁ」

「ありません。今や彼女は我らの敵です。そんな生っちょろいことでどうするんですか。この世界は殺るか殺られるかなんですよ」

「作戦って何だ?」

「はい、実は……」

 話に付いてこられない神谷さんと北条さんに作戦概要を伝えると、二人して言葉を失ってしまいました。

 

 

 

「朱鷺ちゃん! どういうことですか! ……って、あだぁぁぁ!」

 二日後、プロジェクトルームで一人お茶をしていると菜々さんが血相を変えて飛び込んできました。そのままの勢いで段差に躓きバタンとコケます。

「大丈夫ですか? もうあまり若くないんですから無茶は禁物ですよ」

「ナ、ナナは永遠のJKですヨ?」

 ゆっくり助け起こすと若干目が泳いでいました。

「はいはい。そんなに急いで何の御用ですか?」

「ナナが担当しているマッスルキャッスル内のお天気コーナーのことで確認があります! 前回で打ち切りって偉い人から言われたのに今度は打ち切り中止って言われて……。訳がわからないので美城常務に直訴したら、憔悴し切った表情のまま朱鷺ちゃんに訊けって言われたんですよ!」

 ああ、そのことですか。

 

「私が圧力をかけて内容の変更を撤回させただけですけど」

「な~んだ、そうなんですかぁ~。 って何でそんなこと出来るんですか! ……ゲホッゲホッ!」

 息を切らしながら一人ボケツッコミは体に負担だったらしく、今度は勢い良くむせました。

「ちょっと落ち着きましょう。はい、深呼吸深呼吸」

「す、すみません。すー、はー。すー、はー……」

 彼女を落ち着かせてソファーに座らせます。そして順を追って経緯を説明し始めました。

 

「美城常務が既存番組の内容を変えてバラエティ路線を縮小しようとしていることは、菜々さんもよくご存知ですよね?」

「はい。それが原因でお天気コーナーが一旦打ち切りになりましたから」

「そのような横暴は到底許されるものではありません。なのでスポンサーである各企業に協力をお願いして、もし内容を変えたら番組スポンサーを降板すると強く抗議して頂いたんです」

「スポンサーですか?」

「はい。テレビ番組を制作するのは番組制作会社ですがその制作費は元を辿れば広告主である各企業が支払っています。

 宣伝の見返りとしてスポンサーから支払われる広告料は広告代理店、各放送局を経由して美城のような元請プロダクションに支払われている訳ですが、その広告主達が一斉に広告を出すのを止めると言い出したらどうなるでしょう?」

「お金がないんですから、当然番組を制作することが出来なくなると思います」

「はい、菜々さんの仰る通りです」

 見事正解なので花マルをあげましょう。

 

「それはわかりますけど、内容を変えたらスポンサーを降板するなんて各企業にどうやってお願いしたんですか?」

「私の知り合いに白報堂の専務さんがいまして、彼にお願いしてスポンサー企業の社長さん達を紹介して貰って出張治療をしていたんですよ。スポンサーになっているような大企業の偉い人は結構な年齢ですから殆どの方が持病を抱えているんです。高血圧や痛風、糖尿病、認知症とかね」

「それを北斗神拳で治療して、交換条件として圧力をかけさせたという訳ですか……」

「はい。それに彼らの奥様方にも治療やリバースエイジングを施しましたのでそれはもう喜ばれました。大企業の社長といっても奥様に頭が上がらない方が殆どですから、彼女達を味方に付ければスポンサーを降りさせるくらい造作もありません。皆さん『朱鷺ちゃんのお友達を困らせるなんて許さないわ!』って協力して貰えましたよ。あはははは」

「は、はは……」

 菜々さんの乾いた笑いが室内に響きました。その表情は思いっきり引き攣っています。

 

 私には飛び込み営業や訪問販売で鍛えたトークスキルがあります。かつてはマダムキラーと呼ばれていましたから奥様方とは直ぐに仲良くなり今では孫娘的な存在と化していました。だからお願いすれば大抵のことには協力してくれるのですよ。

 これも以前の暴走時には取れなかった戦術です。今回は白報堂の専務さんという超強力なコネがありますし、準備期間が約1ヵ月あったので余裕を持って迎撃態勢を整えることが出来ました。

 資本主義国家ではお金を持っている人や企業が最強です。お金のせいで散々苦労してきた者としてその重要性は身に沁みて理解していますので、真っ先にスポンサー各社の懐柔に走りました。

 美城常務は346プロダクション内では絶対的な権力を持つお妃様ですが一歩お城の外に出ればその魔法は解けてしまいます。広い世間の中では只の会社役員でしかありませんから、彼女がいくら頑張ったところでその力がスポンサーに及ぶことはないのです。

 

「だからお天気コーナーが急に復活したんですか……」

「方針変更を阻止したのはテレビ番組だけではありません。ギャル系ファッション命の美嘉さんを大人向けファッションモデルへ無理やり転向させようとしていたので、同じく全力で出版社に圧力をかけて阻止しました。

 他にも本人の意向にそぐわない無理な路線変更はさせないよう完璧に封殺しています。サイキックを封じられた裕子さんやキグルミを奪われた鈴帆ちゃんなんてもはや只の美少女ですし」

「……朱鷺ちゃんを敵に回したらいけないってことがよくわかりました」

「そ、そんな怯えなくてもいいですよ……」

 少し腰が引けているので慌てて弁解しました。

 

 アイドル業は慈善事業ではないので、やむを得ない事情により担当の仕事から外れることは確かにあります。しかし今回発生した菜々さんの降板騒動などは美城常務が自らの望む路線に合わせるために無理やり試みたことであり、その必要性はジンバブエ・ドルの貨幣価値くらい低いですから妨害させて頂きました。

 千歩譲って降板させるとしても、懇切丁寧に経緯を説明し当事者のアイドルが精神的なダメージを負わないよう慎重に慎重を重ねてメンタルケアを行う必要があります。いい歳のオジサンだって担当していた仕事を外されたら『自分の能力が不足しているのか』と思い傷つくのですから、うら若き少女達にとってはそれこそトラウマになりかねません。

 そういう配慮をせずに一方的に人の心を踏みにじるようなやり方は元中間管理職として許せませんし本当に大嫌いなので、敢えて大人気なく強行的に反抗したという訳です。

 小学生でも知っている通り自分がされて嫌なことを人にしてはいけません。前回のカーニバルと今回のスポンサー降板騒動を通じて美城常務も一方的に蹂躙される痛さと怖さを思い知ったはずなので、これを機に自省して頂けるといいんですけど。

 

「私のために色々してくれて、本当にありがとうございます!」

「いえいえ。菜々さんのお天気コーナーは人気がありますし私も楽しみにしていますから、今後も頑張って下さい!」

「はい!」

 眩しい笑顔で返事をしてくれました。それでこそ私の憧れのウサミンです。

 何度も私に頭を下げながら足取り軽く退出されていきました。

 

 

 

 警察及び各省庁との癒着や大企業の支援に拠る『権力』、鎖斬黒朱という巨大武力組織に拠る集団としての『暴力』、祖父が持つ莫大な『資金力』。

 これぞ美城常務対策として私が用意した新たな力────『KBS』でした。

 自分の力だけで大きな問題を解決できないことは前回の暴走で思い知りましたので、今度は色々な方の協力を得て美城常務に対抗することにしたのです。

 この力があればトップアイドルに躍り出ることも十分可能ですがあくまで皆を護るための力ですから自分のために使うつもりはありません。清純派のトップアイドルには自分の実力でのし上がってみせます。ハードルは高いほど挑戦のしがいがありますもの。

 

 それにしても、私に与えられた力が『トキ(北斗の拳)と同じ程度の能力』で良かったと心から感謝します。同じジャンプ作品でも緋村剣心(ひむらけんしん)浦飯幽助(うらめしゆうすけ)空条承太郎(くうじょうじょうたろう)など武力に一点特化した能力ではこう上手くは行きませんでした。とは言っても斉木楠雄(さいきくすお)安心院(あじむ)なじみ、殺せんせーレベルの超極悪な能力だと制御出来ずに暴走してこの世界を終わらせていたはずです。

 あの神様はノリでこの能力を与えたと語っていましたが今となってはそうは思えませんでした。恐らく彼女なりに私を気遣い、美城常務の様に強大な力を持った敵が現れた時に私が立ち向かえるようにするため、広く応用が効きながらもバランスブレイカーになり過ぎない程度の能力を与えたのでしょう。前回の解散騒動時には使い方を誤ってしまいましたが今回は正しく使うことができて何よりです。

 圧倒的な戦闘力に隠れがちですけどこの医療技術は本当に凄まじい能力です。それと私の腹黒さが悪魔合体した結果、美城常務にとって大変な惨劇が引き起こされてしまいました。

 

 とりあえず今のところは私の優勢ですが常務側も新しい企画の立ち上げ準備をしているとの噂がありますので油断はできません。

 面白そうな企画なので妨害するつもりはありませんけど、346プロダクションの所属アイドル達を手前勝手な理由で悲しませるような真似をしたら即座に叩き潰します。

 

「さあて、貴女はどう動くでしょうか。ククク……」

 一人きりのプロジェクトルーム内に私の呟き声が響きました。

 立場的には正義のヒーロー側のはずなのに、悪の女幹部っぽいのはなぜでしょう……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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