ブラック企業社員がアイドルになりました   作:kuzunoha

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今回から日常編再開です。
一応年内には本編を完結させる予定で進めていますので、最後までお付き合い頂ければ幸いです。


第54話 お姉ちゃんはつらいよ

「お疲れ様です、犬神さん」

「ああ、ご苦労様。よしっ、七星さんも来たしこれで皆揃ったみたいだな」

 シンデレラプロジェクトのルーム内には既に卯月さんやアスカちゃん達がいました。空いているソファーに腰掛けると武内P(プロデューサー)が話を始めます。

「レッスン後でお疲れのところ、お集まり頂きありがとうございます」

「別にいいけどどういう用件なのかにゃ? みく達、何の用か具体的に聞いていないのにゃ」

「それをこれから説明させて頂きます」

「はい、資料だよ」

 犬神Pが企画書らしき書類を配ります。私も一部受け取りました。

 

「シンデレラと星々の舞踏会を成功させるためには、皆さんがステップアップすると同時に知名度も上げなければなりません。そこで新しい企画を考えました」

「これがその新企画────『とときら学園』だよ!」

 分厚い企画書の表紙には今聞いた言葉と同じ文字が書かれていました。

「内容ですが、学校の教室という設定のテレビバラエティです」

「それじゃ、ワタシ達またテレビに出られるの!?」

「はい。週一のレギュラー番組です」

 莉嘉ちゃんの質問に対し武内Pが優しく答えました。すると杏さんを除いて皆嬉しそうな表情をします。

「レギュラー番組なんて凄い……!」

「うへぇ……。毎週収録があるなんて面倒くさそう。杏は人体模型の役を希望しま~す。それなら動かなくていいから楽ちん楽ちん♪」

「杏ちゃんらしいね」

「ふふっ」

 キャンディアイランドの子達につられて皆笑いました。

 

「でも、今の会社の状況でバラエティ番組の新企画を通すのは大変だったんじゃないですか?」

「先輩が尽力してくれたお陰だよ。関係各所に頭を下げてようやく実現したんだ」

「……歌やダンスだけでなく、アイドル達の個性を出せるバラエティ番組も大事だと思ったので。それに七星さんのおかげで当面はバラエティ路線も継続可能となりましたので、想定より話を進めやすかったというのもあります。改めてありがとうございました」

「いえ。全ては協力して頂いた企業のお陰ですから、私にお礼なんて言わなくていいですよ」

 武内Pが苦労をおくびにも出さず答えます。流石出来る男は違いますね。背中で語る感じです。

「そして番組ですが、諸星さんと七星さんには十時愛梨(とときあいり)さんと一緒に先生役として司会進行をお願いします」

「うきゅ?」

「私、ですか?」

 唐突に自分の名前が出てきたので驚きました。

 

「七星さんの知名度は抜群だし、ラジオやイベントの司会はお手の物だからな。是非皆を引っ張っていって欲しい」

「……承知致しました。その大役、謹んでお受け致します」

 少し考えてから承諾しました。なるほど、十時と朱鷺ときらりだから『とときら学園』なんですね。楓さんが好みそうなネーミングセンスです。

「そして赤城さんと城ヶ崎さんには生徒役としてレギュラー出演して頂きます」

「はい!」

 二人が元気よく返事をしました。

「にょわ~☆ 可愛い子がいっぱいだにぃ♪」

 きらりさんが企画書の出演者プロフィールを見て声を上げます。つられて見てみると確かに可愛い子たちばかりでした。ですがみんなやたらと若いような気が……。なんというか、某赤い彗星が好みそうな年齢層です。

 

「この子達も生徒役で出るんですね!」

「この企画のために各Pにお願いして集まって頂いたキッズアイドルの皆さんです」

「今の状況を良く思っていないのは俺達だけじゃないんだ。気持ちを同じくする他のPとも連携することが必要だと考えたのさ」

「くぅ~! 力を合わせてレジスタンスって超ロックじゃん!」

「この企画で成果を出すことができれば、シンデレラと星々の舞踏会への大きな一歩となるはずです。勿論七星さん達以外の皆さんにも各コーナーに出演頂きますので、一緒に頑張りましょう」

 確かにこの独自企画で高視聴率を取れば成果成果と(うるさ)い常務への牽制になるかもしれません。

 

「そう聞くとなんか燃えてきた~!」

「はい! 私も頑張ります!」

「……って、未央や卯月が主役じゃないんだから」

「いや~、まぁそれはそうなんだけどさ」

 思わず照れ笑いを浮かべます。

「ジェラーユ・ウダーチ。頑張って下さい」

「うんっ! まっかせて~!」

「アタシのセクシーな魅力でお茶の間の皆をノックアウトしてやるんだからっ☆」

「今こそ! 漆黒の翼をはためかせ、天上の輝きを目指す時!」

「おー!」

 皆の言葉に熱がこもりました。いやはや、若い子達は元気でいいですねぇ。精神年齢がオジサンの身としてはこのノリについていくのがやっとです。

 

 

 

 帰宅後、自室で改めて企画書を開き内容を確認しました。

 先生役が司会進行となり、視聴者から寄せられたお悩みを生徒役のアイドルと共に解決していくお助けバラエティ番組だそうです。メンバーのトークと多数のミニコーナーが中心になっており、毎週土曜日の18時からの1時間番組とのことです。

 生放送ではありませんが、トークとミニコーナーの集合体という意味では以前765プロダクションのアイドル達が出演していた『生っすか!? サンデー』に近い印象を受けました。

「う~ん……」

 思わず悩んでしまいます。企画自体はしっかりしていますし面白そうではありますが、司会を務めるとなると中々気が重いですよ。

 

 台本に則って淡々と番組進行を行う司会者は今や時代遅れの化石です。現代の芸能界で求められているのは出演者達の個性を尊重してその魅力を最大限引き出すMCなのです。

 共演者との位置関係や距離感を測りつつ、その場の空気をしっかり読む。そして思わぬハプニングや暴走を受け止めながら番組を前に進めていく度量も必要です。もちろん共演者達と良い関係を保たないといけませんし、上手く話を聞き出し臨機応変に対応しながら笑いを取ることも求められます。サラッと言いましたが滅茶苦茶難しいですよ、これ。

 

 バラエティ番組の司会をしている芸人さんやアイドルの子を馬鹿だの阿呆だの批判する人はよくいますが、とんでも無い誤解です。あの人達はコミュニケーション能力に抜きん出た化物ですよ。一般人が同じことをやらされたらお茶の間が冷え冷えになること間違いありません。前世でMCとして大活躍していた国民的男性アイドルグループの元リーダーさんはマジパネェのです。

 私は以前出演した『マジックアワー』というラジオ番組でその難しさを痛感しました。それ以降色々なラジオやテレビ番組のMCの所作を研究しているのですがまだ修行中の身です。正直言って自信はありません。

 

 それに今度出演する『とときら学園』には厄介な点が二つありました。

 一つ目は司会役が三人ということです。『船頭多くして船山に登る』という諺の通り、司会達が別の方向に進んでしまうと統制が取れなくなり番組が空中分解する可能性があります。そうならないために愛梨さんやきらりさんとは上手く連携を取っていかなければいけません。

 そして二つ目は出演するアイドルの多くが年少者なことでした。高校生以上のアイドルであればそれなりに人生経験がありますので多少進行が悪くてもある程度アドリブで対応してくれるでしょうけど、生徒役は一部を除いて小学生です。私達がちゃんとリードして答えやすいフリをしてあげないと内容がガバガバになるでしょう。

 前者は愛梨さんやきらりさんとよく打ち合わせをするとして、問題なのは後者でした。皆さんの魅力を最大限引き出しながら答えやすいフリをしなければいけませんので、今日は色々とお土産を持ち帰ってきたのです。

 

「よいしょっと」

 事務所から持ち帰った特大紙袋を二つ、学習机の上に置きました。

「そうはいっても多いですよねぇ……」

 中には無数の雑誌やブルーレイディスク、そしてプロフィールシートが入っています。全て生徒役のアイドルの子達が出演したり掲載されたりしたものです。犬神P経由で事務所にお願いして過去のアーカイブを一式貸し出してもらいました。

 有名な兵法書である『孫子』には『彼を知り己を知れば百戦殆うからず』という名言があります。その言葉の通り、相手と自分の状況・情勢をしっかりと把握して戦えば何度戦っても敗れることはありません。今回は敵はいませんが、共演者の子達の活動状況を知っていなければ上手くMCはできないでしょうから事前に予習することにしました。

 累計年齢51歳のオジサンがJSアイドルの出ているライブ映像などをひたすら見続けるのは事案になりそうですが、一応身分と見た目はJCですから大丈夫なはずです。

 

 早速ブルーレイレコーダーを起動しライブ映像を再生すると部屋のドアが勢い良く開きました。

「おねーちゃーん!」

「どうしたの、朱莉?」

 いつも通り元気いっぱいです。悩みなんて何もなさそうで本当に羨ましいですよ。

「おねーちゃんにそうだんしたいことがあるんだけど……」

 するともじもじし始めました。悩み事とは珍しいので詳しく訊いてあげたいですが、 とときら学園の初回収録は間近なので出来れば資料の確認後にして欲しいです。

「急ぎの相談? でなければまた今度でいいかな。お姉ちゃんちょっと忙しいんだ」

「……そうなんだ。じゃあ、こんどでいいよ」

「うん。ごめんね」

 テレビ画面をちらりと見た後、しゅんとした様子で部屋を出ていきました。良心が超痛みますがシンデレラと星々の舞踏会を成功させるための重要な企画なので今回ばかりは許して欲しいです。存続が決まったら何でも相談に乗ってあげますから。

「とりあえず、今日は明け方くらいまでぶっ通しでいきますか」

 以前の暴走時に箱買いしたエナドリとスタドリを段ボール箱から出しながら、ひたすら映像を再生していきました。

 

 

 

 数日が経ち、とときら学園の収録前リハーサルを迎えました。

 早めに収録スタジオ入りした後、楽屋で指定の衣装に着替えます。衣装と言ってもお洒落目の洋服の上にエプロンを付けただけなので普段着とあまり変わりません。姿鏡で確認すると何だか保育士さんのように見えます。引き続き衣装チェックをしていると楽屋の扉が開きました。

 

「おはようございます~。これからよろしくお願いしますね。朱鷺ちゃん♪」

「こちらこそよろしくお願い致します。MCの経験が豊富な愛梨さんにご迷惑をお掛けしないよう精一杯頑張りますので」

 芸歴は私より長いですし、瑞樹さんと一緒にMCの仕事もよくされていますから失礼の無いよう改めてご挨拶しました。

「ふふ、そんなに固くならなくてもいいですよ。みんなで楽しく頑張りましょうっ」

「はい!」

 いつも通りの天然ボケオーラに満ちていました。かなりの天然でおおらかな性格の子ですが、引っ込み思案な子をさりげなくフォローして周囲に溶け込ませるなど人間関係を潤滑させることに長けています。しかもそれを意識せずにやっているから凄いんですよね。

 その内きらりさんもいらっしゃったので三人で収録スタジオに向かいました。

 

「朱鷺おねーさん、おはようごぜーます!」

「おはようございます、仁奈ちゃん。……ええと、何で皆さんその服なんでしょうか?」

「揃いの衣装があった方がいいからって、急にこれを着ることになったみたい」

 収録スタジオには既に生徒役の子達が集合していましたが、なぜか揃いも揃って園児服に身を包んでいます。質問をするとみりあちゃんが事情を説明してくれました。事前の説明や台本には一言も書かれていなかったので現場の判断なのでしょうか。

「せっかく貰ったこのお仕事、頑張るでごぜーます。これを着て園児の気持ちになるですよ!」

 生徒役ではなくて良かったと神に感謝しました。私が園児服を着たら完全にアレなお店のそういうプレイにしか見えませんもの。

 

「ん~、いいじゃない、いいじゃない♪」

「今日のリハでとりあえずの段取りを掴んで下さい。それじゃ、カメラテスト行きま~す」

「はい!」

 すると番組ディレクターやアシスタントプロデューサーの指示の下リハーサルに入ります。彼女達の服装について誰かツッコミを入れないか期待しましたが総スルーされました。このロリコンどもめ!

 

「朱鷺と!」

「十時と♪」

「きらりの~☆」

「とときら学園~♪」

 三人で声高々にタイトルコールをしました。するとマスコットのぴにゃこら太が「ぴにゃ~」と呟きながら登場します。マスコットと言う割には微妙にブサいんですよねぇ、これ。ファンタジーRPGのザコ敵とかで出てきそう。

「ところで、この番組はどんな番組なんでしょう?」

「視聴者のみんなから寄せられたお悩みを、教室のお友達と解決していくお助けバラエティーだよぉ~☆」

「どんな悩みも一肌脱いで解決しちゃいま~す」

「……は~い、OKで~す!」

「次は自己紹介行ってみようか!」

 ディレクターさんの指示を受けて生徒役の子達の自己紹介に入ります。

 

「はい、龍崎薫です! せんせぇと一緒に頑張りま~す!」

「市原仁奈です! よろしくでごぜーますよ!」

「えっと、あの……。みんなに喜んでもらえるよう頑張ります。あっ、佐々木千枝です!」

「ごきげんようですわ。この櫻井桃華に不可能はありませんわよっ」

「お喋り大好き! 赤城みりあでーす!」

「わたくし依田は芳乃と申しましてー、これからーよろしくお願い致しますー」

 皆さん元気よく挨拶をしていきました。衣装も相まって、特定の年齢層を好む方々にとってはたまらないシチュエーションでしょう。

 次は莉嘉ちゃんの自己紹介なのでおもむろに立ち上がりました。

 

「じょ、城ヶ崎莉嘉で~す……。よろしくお願いしま~す……」

「は~い、ストップ~!」

 消え入りそうな声で挨拶をすると一旦中断となりました。

「ええと、莉嘉ちゃんだっけ? 子供らしくもうちょっと無邪気感じで元気に行こうね。それじゃもう一回!」

「……城ヶ崎莉嘉で~す!」

「ん~……。もう一回! もっと笑顔で!」

 誰の目から見ても元気がなく、いつもの快活さが嘘のようです。ですが私にはその理由が何となくわかりました。

 

 

 

 結局リハーサルの終わりまで元気は戻りませんでした。帰りの方向は同じでしたから、電車の中で隣の席の莉嘉ちゃんに声を掛けます。

「園児役はあまりお気に召しませんでしたか?」

「えっ……? う、ううん。そんなこと無いけど……」

「私には嘘を吐かなくても良いんですよ。子供扱いをされるのが嫌なことは知ってますから。あの服装はちょっと辛かったんじゃないかと心配しちゃいました」

 彼女の目指すカリスマギャルとはかけ離れているので不満を抱えていないか懸念していました。すると彼女が深い溜息を吐きます。

 

「あ~あ、バレちゃったか~。……うん。幼稚園児の服を着させられるなんてちょー嫌だよ~!」

「好みじゃない服装は辛いですよね。私もブルマとかゴスロリ服を強制的に着させられた時は本当にテンション落ちましたからよくわかります」

「でしょ~!」

 思わずマッスルキャッスルの悪夢がフラッシュバックしました。放映後はあの服装をネタに一週間くらい弄られましたから本当に勘弁して欲しいです。

 

「久しぶりのテレビ出演だったから、莉嘉のこと子供だって馬鹿にするクラスの男の子達に大人っぽいところを見せてあげるって言っちゃったんだ。なのにあんなのでテレビに出たら絶対みんなに笑われちゃうって!」

「なるほど。だからあんなにテンションが落ちていたんですか」

「うん。ガキだってまた馬鹿にされちゃうよ……」

 私から見れば完全に子供ですが、そういう身も蓋もないことを言ってしまうと傷つけてしまうので愚痴をじっと聴いて相槌を打ちました。不満をぶちまけると少しは心が軽くなった様子なので、話が途切れた時を見計らって提案をしてみます。

 

「それなら武内Pに相談してみるのはどうでしょう。これは彼の企画ですから衣装について不満があれば改善してくれるかもしれませんよ」

「……それはダメ」

「それはなぜ?」

「だってPくんは今、みんなを守るために頑張ってるんだもん。アタシのわがままで余計な心配を掛けたくないんだ」

「そうですか。でも武内Pとしても担当アイドルがどんな不満を持っているかは知っておきたいと思いますけど」

「……ううん、止めとく。服装が嫌だから文句を言うなんて何か格好悪いし子供っぽいもん」

 これがちびギャルの意地というものですか。ギャルなのにバカ真面目なところはお姉さんにそっくりです。私はそんな貴女が大好きですよ。

 こっそり武内Pに伝えようかと思いましたが、彼女の矜持に敬意を表して止めておきました。

 

「どうしたらいいのかな?」

「う~ん。正直私には見当が付きません」

 何せ女の子のファッションについてはとことん疎いですし、繊細な女心も理解できていませんからこればかりは完全にお手上げ侍です。

「そうだよね……」

「それならみんなに相談してみましょう! 一人でどうにも出来ない時は周囲を頼るんです。そうすれば何か突破口が見えてくるかもしれませんよ」

「でも、人に頼るのってダサくないかな?」

「私も昔はそう思っていました。ですが一人で突っ走って大失敗する方がよっぽど格好悪いです。莉嘉ちゃんには心強い仲間が沢山いるんですから、良い手がないか一緒に考えましょう。まずは美嘉さんに相談しては如何ですか?」

「うん、わかった! おねーちゃんにも相談してみる☆」

 心なしか先程よりは明るい表情です。

 

「あ~あ、やっぱり朱鷺ちゃんは大人だなぁ。歳もそんなに違わないのに全然敵わないや」

「そんなことはありません。莉嘉ちゃんだって直ぐに大人になれますって。……いえ、むしろ人生は大人の時間の方が遥かに長いですから、今の子供の時間を大切にして下さい」

「ははっ、何かママみたいなこと言ってる~☆」

「莉嘉ちゃんもその内分かるようになりますよ」

 人生はまさに『光陰矢の如し』です。ぼ~っとしていたらあっという間にお陀仏ですので、一日一日を大切に生きる方がいいと私は思います。

「じゃあアタシはこの駅だから。相談乗ってくれてありがとねっ、朱鷺ちゃん!」

「はい、頑張って下さい」

 ホームを駆けていく彼女を見送った後、私も帰路に着きました。

 

 

 

 帰宅後はまた自室で資料とにらめっこしました。三分の二くらいは消化しましたので後ひと踏ん張りと言った感じです。生徒役の子達のライブ映像やテレビ出演時の言動を逐次チェックしメモを取っていると、部屋のドアが遠慮がちに開きました。

「……おねー、ちゃん」

「あれ、朱莉。何か用?」

 少し元気が無いような気もしましたが、気のせいでしょうか。

「そうだんしたいことがあるんだけど……」

「う~ん、ちょっと今忙しいんだ。また後にしてくれるかな?」

 私がそう言った瞬間、ムッとした表情に変わりました。いつも笑顔な子にしては珍しいです。

 

「このまえもおなじこといってた! わたしよりライブをみるほうがだいじなの!?」

「え、えぇ……?」

 何故かお昼のメロドラマのようなことを言い始めましたよ。

「いや、そうじゃないって」

「でもこのあいだからずっといそがしいって、あいてしてくれないんだもん!」

「そ、そのことはごめん……。そうだ! 今から相談を受けるよ」

「ホント!?」

「うん。だから、何でも話してね」

「ありがとう!」

 すると表情が柔らかくなります。全く、一時はどうなることかと思いました。

 

「わたし、おねーちゃんとおなじ事務所でアイドルになりたい!」

「……は?」

 朱莉が大きな声ではっきり発言しましたが、何を言っているか一瞬理解できませんでした。

 

 アイドルって、歌って踊るあのアイドル?

 

「ええと、私の聞き間違いかな? アイドルになりたいって聴こえた気がするけど……」

「うん! そうだよっ!」

  朱莉が無邪気な笑顔で答えました。

 

「ダメです」

 私の頭部に搭載されている最新型OS────『Windows toki Vista(サポート期限切れ)』が瞬速で答えを弾き出しました。

「え~、なんで!」

「当たり前でしょ! アイドルなんて水商売を大切な妹にやらせられる訳がないじゃない! しかも346プロダクション? あの色物ばかりの事務所は絶対にダメ!!」

「おねーちゃんばっかりずるい! あたしもうたったりおどったりしたい!」

「いや、そういうのはカラオケボックスでも出来るから……」

「ライブはちょうたのしーって、おねーちゃんがいつもいってるもん!」

「それとこれとは話が別。とにかくアイドルなんて絶対駄目だからね!」

「……ぐすっ」

 すると朱莉が涙目になりました。そしてしゃくり上げの声を漏らします。

 

「おねーちゃんなんて、だいっきらい!」

「たわば!」

 鋭い言葉の刃が私の脆いハートをブッ貫きました!!

「もういい! ばかっ! メガトンコイン!」

「ひでぶっ!!」

 傷だらけのハートが斬鉄剣で更に切り刻まれます!

 朱莉からこんなことを言われたのは人生で初です。あの子はそのまま部屋を飛び出しましたが、精神的なダメージが半端なく半死半生のため追いかけることができません。

「朱莉に、嫌われ、た……?」

 その事実が非常に重く伸し掛かります。あまりの衝撃のため意識が次第に遠のいていきました。

 もう……生きて……おれの……塵……。

 

 

 

 翌日は意識が曖昧で、自分が生きているのか死んでいるのかすらよくわかりませんでした。

 ぼうっとしている間にいつのまにか授業が全て終わっています。今日はレッスンやお仕事の予定はありませんでしたが、朱莉と顔を合わせるのは気まずいです。すると足が勝手に346プロダクションへ向かっていました。

 

「お父さん、お母さん、先立つ不幸をお許し下さい……」

 そんなことを呟きながら死に場所を求めて事務所内を徘徊します。妹に嫌われたのであれば生きていても仕方ありません。これ以上嫌われない内に命を断った方が良いはずです。

「そうだ、こうなったらこの世界を道連れにしましょう。妹に嫌われるなら、みんな死ぬしか無いじゃない! 貴方も、私も……」

「ど、どうしたの、朱鷺?」

「ああ、なんだ美嘉さんですか……」

 事務所内の渡り廊下ですれ違いざまに声を掛けられました。心なしか彼女も少し元気が無いように見えます。

 

「FXで有り金全部溶かした人みたいな顔してるけど、大丈夫?」

「大丈夫、ではありません……。控えめに言って瀕死です」

「一体どうしたの?」

 話すべきか迷いましたが、以前のトラウマ巡りツアーの際に嫌な気分の時には人と話すと楽になることを学びましたので、昨日の朱莉とのやりとりについてお話ししました。

 

「そういうことね。確かに朱鷺の気持ちはよく分かるな」

「でしょう!? 廃ニートや痛い中二病などの魑魅魍魎が蔓延っているカオスなアイドル事務所に、純真無垢で可愛らしい朱莉が耐えられるはずがありません!」

「魑魅魍魎の親玉みたいな子がお姉ちゃんだっていうことは気にしないんだ……」

「それに朱莉の人生プランは既に決まっているんです。そこにアイドルなんて水商売が挟まる余地はありません!」

「その人生プランって?」

「まず中学、高校、大学は格式が高い私立の女子校にして純粋培養します。その後は数年間の社会人経験を経て、性格が良く能力の高い医者や弁護士等と結婚し二女を設け幸せに暮らして貰う予定です。もちろんお相手の男性は私の厳正なる審査をクリアした人に限られますよ。そして万一浮気をしたら即公開処刑です」

「へ、へぇ……。物凄く厄介な義姉さんだなぁ……」

 美嘉さんがやや引いていました。

 

「そういえば、莉嘉ちゃんがアイドルになりたいって言い出した時は反対したんですか?」

「うん、もちろん。最初は私がやってるから自分にも出来るって軽く考えたんだろうって思ってたからさ。それに半端な覚悟で務まる仕事でもないから結構反対したな。……だけど莉嘉とよく話をしてあの子が本気だってことがわかったから、そこからは応援したよ♪」

「よく話をして、ですか……」

 その言葉を聞いて心が痛みます。昨日はあまりのショックのため、朱莉の話をちゃんと聴こうともせず頭ごなしに否定してしまいました。あれでは私が忌み嫌っている前世のお母さんやクソ上司共と同じです。朱莉が嫌うのも当然でしょう。

 

「もうだめだぁ……おしまいだぁ……」

「大丈夫だって! もう一度ちゃんと話せば朱莉ちゃんもわかってくれるよ。……って私が言えた義理じゃないけど」

「そちらも、何かあったんですか?」

「うん……」

 美嘉さんがぽつぽつと語ります。何でも連日のお仕事で疲労困憊していたところ莉嘉ちゃんからとときら学園の衣装について相談がありましたが、「仕事なんだから我慢しなきゃいけないでしょ」と冷たく一蹴してしまったそうです。冷静になってみて、昨日はきつく言い過ぎたかもと後悔しているとのことでした。

 

「お互いお姉ちゃん失格かもしれないね」

「反論の余地はありません。アイドルの子達のフォローにかまけていて家族の心を踏みにじるとは、姉どころか人間失格です。もはや死んで詫びるしかないでしょう」

「いや、その発想は極端過ぎるから。……あれっ、みりあちゃん?」

 反省会をしていると美嘉さんが何かに気付きます。釣られて窓を覗くと、中庭でみりあちゃんが一人でベンチに座っていました。誰かと元気に遊んだりお喋りしている姿がデフォルトなのでその光景に違和感を覚えます。

 お互いの妹のことは一旦置いておいて、念のため美嘉さんと一緒に彼女のところへ行ってみることにしました。

 

「みーりあちゃん!」

「……美嘉ちゃん、朱鷺ちゃん」

「しょんぼりしてどうしたんですか?」

「わたし、しょんぼりなんてしてないよ。ただ、ちょっとこのへんがもやもやするかも……」

 そう言って胸のあたりを押さえました。胃もたれか逆流性食道炎かと一瞬疑いましたが、11歳の彼女には縁のない話でしたね。ついつい前世の自分ベースで考えてしまいました。

 

「みんなはどう?」

「うん……、ちょっともやもやする、かな?」

「私は現在進行形で今世紀最大級の絶望に胸をさいなまれてます」

「そ、そうなんだ」

 少し引かれました。残念ですが当然の反応です。

「ねえみりあちゃん。暇だったらちょっと私達に付き合わない?」

「えっ……?」

 思わず首を傾げました。私達ということは私も含まれているんでしょうか。

 

 

 

 その後は三人でカラオケやウインドウショッピングをしたり、プリ機でプリクラを撮ったりして遊びました。よくよく考えるとコメット以外でこういう風に女の子らしく遊ぶ機会は少なかったのでちょっと新鮮でしたよ。絶望感を一時忘れさせるような楽しさで、気付けばもう夕方でした。

「あ~楽しかった~♪」

 公園のベンチに三人並んで休憩をしました。みりあちゃんにも楽しんでもらえて何よりです。

 

「その分だと胸のもやもや、どっか行ったみたいだね★」

「うん! ……わたしね、今お姉ちゃんなの。妹が生まれて、お母さんはお世話で大変でね、妹が泣き出すとそっちばっかになっちゃって」

「あ~わかるなぁ~。私も莉嘉が生まれて直ぐは、ママに聞いて欲しいことがあっても『莉嘉が泣き止んでからね』って言われたっけ」

「私も同じですよ。朱莉がもっと小さい時はそんな感じでした」

「そう! そうなの! お姉ちゃんって辛いよね!」

 思わず三人で笑ってしまいました。正にお姉ちゃんあるあるネタです。

 

「みりあちゃんはお父さんとお母さんを妹さんに取られないか、心配になっていませんか?」

「うん……。みりあのこと大切じゃなくなったのかなってちょっと思っちゃった」

「確かに心配になってしまいますよね。私もみりあちゃんくらいの時はそうでしたよ」

「朱鷺ちゃんもそうだったの?」

「へぇ~。何か意外」

「私はかなり変わった子供でしたから。一方で朱莉はとても子供らしくて可愛い子なので、変な私はもう用済みで捨てられるんじゃないかといつも心配していました」

 

 お母さんの妊娠を最初に知った時の絶望感は、正に筆舌に尽くし難かったです。

 何せやっとあの家に馴染んできた頃に朱莉が生まれましたから、前世と同じように『要らない子』として児童養護施設に送られるんじゃないかと毎晩怯えていました。朱莉の面倒を熱心に見たのだって、ベビーシッター役を買って出ることで何とか自分の居場所を確保しようという下心からですしね。

 

 だけどそんな私の心を見透かしたかのように、お父さんとお母さんは『朱鷺も朱莉も、どちらも同じくらい大切だよ』といつも言ってくれました。その言葉に何度救われたかわかりません。

 そして朱莉もこんな汚泥のような愚姉をとても慕ってくれました。この世界がこれまで平穏無事だったのはあの家族がいたからこそです。

 それでもアイドルになる前は心に余裕がなくいずれ捨てられるのではないかと疑心暗鬼になっていましたが、あの人達は絶対にそんなことをしないと今なら信じることができます。

 

「親っていうのは姉妹関係なく大事なんです。今は妹さんが小さいからそちらに注意が向いているだけで、みりあちゃんのことも本当に大切に思っていますよ」

「うん。私もそう思うな」

「……そっか、そうなんだ」

 みりあちゃんの表情がぱぁっと明るくなりました。先程までの憂いの表情はどこか遠くへ飛んでいったようです。

「そうだ。せっかくお姉ちゃんが揃っていますから、これからはお姉ちゃん同士協力していきましょう!」

「うん! じゃあ朱鷺ちゃんも辛いことがあったら絶対私に言ってね!」

「い、いえ……。私は何も辛いことなんてありませんよ。完全無欠の無敵超人ですから」

「その割には嘘が下手じゃない?」

 美嘉さんから突っ込まれてしまいました。すると二人が私の手を優しく握ります。

 

「いいよ。お姉ちゃんだって泣きたい時あるよね」

「そうそう、いいじゃない。力が強くても女の子なんだからさ」

「……そうですね。偶には、あるかもしれません」

 二人の優しさに包まれたためか、閉じた眼から一筋の涙が頬にしたたり落ちます。

 前世では弱さを見せることは死に繋がったので、人前で泣くことなど絶対にありませんでした。人に弱さを見せるようになったことは退化なのか成長なのか自分でもよくわかりませんが、こういうのも悪くないと今は思えます。

 

 

 

 三人で遊んだ後はそのまま帰宅しました。夕食の後に美嘉さんから連絡があり、莉嘉ちゃんとは無事仲直りできたそうです。莉嘉ちゃんは例え園児服であってもセクシー派カリスマギャル路線を貫くと吹っ切れたとのことでした。

 これも彼女のフォローをしてくれたキャンディアイランドときらりさんのお陰ですね。この調子であればとときら学園の初回収録は問題ないと思います。

 私も負けていられません。朱莉ときちんと話しあおうと思い、あの子の部屋に向かいました。

 

 部屋の前に着くとドアは開いていました。

「朱莉、入るからね」

「あっ……」

 ベッドの上に寝っ転がっていましたが、私が部屋に入ると気まずそうな表情に変わりました。いつもは明るい笑顔なので、こんな表情にさせてしまってとても心苦しく思います。

 

「アイドルめざすの、やめないよっ!」

 開口一番、語気を荒げてそう言い放ちました。きっと私がまた反対すると思ったようです。

「ううん、そうじゃないの。朱莉が何でアイドルになろうって思ったのか知りたくて」

「え?」

 そのまま首を傾げました。

「ん~とね。うたったりおどったりして、みんなすっごくキラキラしてるんだ! それにおようふくもカワイイもん!」

「うん、確かにそうだね」

 女の子ですからそういうものに憧れるのは当然といえば当然でしょう。

 

「……それに、アイドルだったらおねえちゃんといっしょにいられるから」

「私と、一緒に?」

 思わず聞き返します。

「おねえちゃん、さいきんはテレビとかライブでずっとおうちにいないし、あんまりいっしょにあそべないからさみしいんだ。だからわたしがアイドルになれば、ずっといっしょだもん」

「……そっか。そうだったんだ」

 確かにアイドルになってからは朱莉の相手をあまりしてあげられませんでした。同じ屋根の下で暮らしていながら自然と心の溝ができていたようです。そんな寂しい気持ちに気付いてあげられなかったなんて、あたしってほんとバカ。

 

「ごめんなさい。あんまり一緒にいてあげられなくて」

「……ううん。ライブのときのおねーちゃんは、とってもキラキラしてるからだいすきっ」

「ありがとう。それでアイドルについてだけど、もし朱莉が本気で目指すのなら私が全力でサポートするよ」

「ほんとっ!?」

「今までお姉ちゃんが朱莉に嘘を吐いたことはないでしょ?」

「うんっ!」

 

 アイドルは楽しいばかりの仕事ではありません。地道でキツいレッスンが必要ですし、いくら頑張ったところで芽が出ずひっそり去っていくこともザラにあります。

 それでも朱莉が本気で挑戦をしたいのであれば姉として全力で支援してあげたいと思いました。なんて言ったって血を分けたたった一人の実の妹なんですから。

「おねーちゃん、だいすきっ!」

「私も朱莉のこと大好きだよ」

 そのまま笑顔で私の胸に飛び込んできたので優しく抱きとめます。人生史上初の姉妹喧嘩はこれにて無事収束しました。第三次世界大戦が勃発しなくて良かったです。

 

「ん~。盛り上がっているところ悪いんだけど、それはダメよ~」

 背後から不意に声がしたので振り返ると、お母さんが困り顔で佇んでいました。

「駄目って、アイドルデビューのこと?」

「うん、そうね~」

「え~、なんで~!」

 朱莉が猛クレームを付けました。両親の恩恵で容姿は天使のように愛らしいですし、明るく天真爛漫なので私より遥かにアイドル向きだと思うんですが何故でしょうか。

 

「だって朱莉ちゃんはアイドルにならなくても十分社交的だしね~」

「その理屈で言うと、まるで私は非社交的なクソザコヒキコモリのように聞こえるんだけど」

「それは事実でしょう。だから無理にでもアイドルになってもらったんだもの~」

「……は?」

 思わぬ回答が返ってきました。

「だって日高舞さんみたいなアイドルにさせたいからオーディションに応募したって……」

「ああ、あれ~。もちろん真っ赤なウソよ。朱鷺ちゃんが女の子として余りにも終わってるから、何とか女の子らしさを取り戻して貰おうと思って新一さんと一緒に計画したの」

 今明かされる衝撃の真実でした。そんな裏事情には全く気付いていませんでしたよ。でも今はそんなことはどうでもいいんだ。重要なことじゃない。

 

「社交的だからってアイドルをやらせない理由にはならないじゃない。朱莉が真剣にやりたいならやらせてあげてもいいでしょ?」

「そうだそうだ~!」

 姉妹同盟でお母さんに喰って掛かります。

「……これを見てもまだそう言えるかしら?」

「何、それ?」

「あっ!」

 手にはしわくちゃの紙が数枚握られています。それを見た瞬間、朱莉の表情が強張りました。

 

「はい、どうぞ」

 手渡された紙を広げます。一枚目には30点と書かれていました。二枚目は40点、三枚目は35点で、いずれの紙にも『ななほし あかり』とダイナミックに名前が書かれています。

「……こ、この点数はちょっと酷くない?」

「そうよね~。私も朱莉ちゃんの机の中から発掘した時は目を疑ったわ~」

 渡された紙は小テストの回答用紙でしたが、いずれも死屍累々な結果でした。小学2年生でこの出来はやはりヤバい。

 

「ア、アイドルにはテストなんてないもんっ!」

「学生の本分は勉強よ。今ですらこの惨状なのにアイドルになったらもっと酷くなるに決まってるじゃない」

「……ごめんなさい、朱莉。こればかりは擁護しようがないって」

「ええ~! おねえちゃんのうらぎりもの~!」

 姉妹同盟は結成から僅か3分で無残に同盟破棄と相成りました。

 

 なお、その後の粘り強い交渉の結果、全教科の小テストで80点以上を安定的に取れるようになるまでアイドルデビューはお預けという結論に至りました。

 デビューへの道のりは長そうですが、いつの日か姉妹でステージに立てたらいいですね。そして所属の際には絶対武内Pにプロデュースして頂こうと固く誓いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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