ブラック企業社員がアイドルになりました 作:kuzunoha
「ファミチキください」
「はい、畏まりました」
コンビニでの会計の際に思わず男性店員さんに声を掛けてしまいました。本当は買い食いは良くないんですけど、体に悪いジャンクフードを欲してしまうお年頃なので誘惑には敵いません。
今日はモデルのお仕事でしたが、一般的なイメージと違いポーズを取ったりして結構動くのでお腹が空くのです。だから夕食前にちょっとつまんでしまうのは仕方がないのでした。前世とは違って揚げ物を食べた後の胸焼けもありませんしね。
ファミチキが包装されるのを待っていると怪しい風貌の若い男性が慌てた様子で店内に飛び込んできました。膀胱が限界にでも達したのかもしれません。
「か、金だっ! 金を出せっ!」
すると手にしたクラッチバックからサバイバルナイフを取り出し、凄い剣幕で叫び出しました。
これはいわゆるコンビニ強盗というやつでしょうか。強盗は前世の警備員時代に遭遇して以来なので結構久しぶりです。
あの時は右脇腹を刺されて結構大変でしたねぇ。全治二ヵ月でしたが会社の人手が足りなさ過ぎたので部長に強制退院させられて、血を滲ませながら立哨警備をしてましたっけ。
「早く出せよっ! じゃねえとこの女をブッ刺すぞ!」
「はい?」
そう叫びながら片手で私を羽交い締めにします。おお、刑事ドラマみたいで楽しい。
「お、お客様。どうか落ち着いて下さい……」
「だから金だっつってんだろオォ!」
その後も大声で金銭を要求しますが、店員さんは恐怖で固まってしまいその場から動けないようでした。最初こそ新鮮でしたが次第に飽きてきたので早くお金を持って逃げて欲しいです。なんて言ったって私の可憐な胃袋はファミチキを熱望しているのですから。
「ちっ、どけっ!」
強盗が私を抱えたままレジカウンター内に侵入しようとします。進路にいた店員さんを勢いよく突き飛ばすと、その拍子にファミチキがポトリと床に落ちました。
「わ、私のファミチキ……!」
「何呑気なこと言ってんだこのアマッ! これが見えねえのか!」
ナイフを見せびらかして脅してきましたが、怒りに駆られた私には関係ありません。
「……して」
次の瞬間、常人に補足不可の速度で手刀を繰り出します。するとナイフの刃が寸断されました。
「え?」
強盗が柄だけを握りしめながらあっけにとられます。
「……返してよ。ファミチキちゃんを返して! 返してよ!」
「ちょっ、ちょっと待っ……」
ジョインジョイントキィ(以下略)
「……くすん」
コンビニ強盗解体ショーを無事執り行った後、早足にその場を立ち去りました。
あれが最後の一つだったので結局ファミチキは食べられずじまいです。怒りの余り思わずノーミスフルコンボを喰らわせてしまいましたよ。ほんの少しだけ過剰防衛だったような気がしないでもないですが、まあやっちまったものは仕方ありません。どうせ私の顔なんて誰も覚えていないですから問題ないでしょう。
お家に帰るためそのままの足で最寄りの駅に向かいます。すると怪しい二人組の美女を見かけました。どちらの顔にも見覚えがあります。
「おっ! 今日初めての第一村人……じゃなかった、第一アイドルがやってきたよ♪ 本日のスペシャルゲストだ~☆」
「ただ通りかかっただけよ。それにしても、これって完全に前回と同じ流れね」
パツキンのチャンネーとクールな美女がこちらに近づいてきます。チャンネーの手にはビデオカメラが収められていました。面倒事には巻き込まれたくないのでこっそり逃げようとしましたが後の祭りのようです。
「やっほー♪ 呼ばれてないのにフレデリカー!」
「おはようございます。フレデリカさん、奏さん。こんなところで奇遇ですね。……それで、二人して一体何をやっているのですか?」
状況が掴めないのでスルーして挨拶しました。
「おはよう、朱鷺。今回はブラデリカ・リベンジスペシャルよ」
「ブラデリカ……ああ、例のアレですか」
お察しの通り、今お話をした宮本フレデリカさんも346プロダクション所属のアイドルです。
お母さんがフランス人でお父さんが日本人のハーフでして、生まれはパリですが日本での生活が長くフランス語は全く話せないそうです。時折思い出したかのように会話の中に単語を混ぜ込んでますけど。
元々は短大生でしたがお友達の勧めもあり、ノリと勢いでアイドルになったと以前伺いました。時折思慮深い面も覗かせますけど基本的には能天気でお茶目な性格をした明るい方です。私のような陰キャとは真逆と言えるでしょう。
フレデリカさんがプロジェクトクローネのメンバーに選ばれたことは346プロダクション七不思議の一つです。フランス人形のように可愛いですしミスター無責任みたいで親しみやすい素敵なアイドルであることは間違いないですが、宝石のような高級感とお城のような綺羅びやかさを感じさせるかというと……ねぇ?
『かつての芸能界のようなスター性を取り戻す』と声高に叫びながらアイドルロックバンドを立ち上げようとするなど、最近の美城常務はちょっと壊れてきたんじゃないかと少しだけ心配になります。こんなに私と美城常務で意識の差があるとは思わなかった……!
なお、アイドルロックバンドは参加アイドル達の反抗に遭い無事企画倒れに終わったそうです。残念でもないですし当然でしょう。
「以前ブラデリカの収録をした時は結局ボツになったって聞きましたけど」
「その通りよ。前回の動画は美城常務の指示で公開を差し止められたから今度こそって張り切っているの。主演・監督・撮影・演出諸々担当のフレデリカがね」
「初回は自信作だったんだけど、『君達は余りにも自由過ぎる』ってジョームに怒られちゃった。テヘッ♪」
その態度と表情を見ただけで一ミリも反省していないことがまるわかりでした。
ブラデリカとは以前フレデリカさんがプロジェクトクローネをアピールするために試みた独自企画です。ビデオカメラ片手に街を自由に散策し、相方のアイドルと自由気ままにお喋りをしたり地元のお店を巡ったりして彼女達の素の姿を伝えるという意図があるようです。
完成品をMytubeの会社公式アカウントで公開しようとしたところ、予想通り美城常務から待ったが掛かりました。『別世界のような物語性の確立』がクローネの至上命題ですから親しみやすい素顔を表に晒すのは気に食わないのでしょう。全く、窮屈な事務所になったものですよ。
クローネは彼女が必死になって立ち上げた起死回生のプロジェクトであり、プチッと潰しちゃうと多分再起不能になるので手出しはしていないですが、この調子だとその内武力介入せざるを得なくなるかもしれません。
「それじゃあ、ファンのみんなに向けて一言ちょ~だい♪」
カメラを向けられました。今回もお蔵入りだと思いますけど何か適当に言っておきましょうか。
「え~と、皆さんこんにちは。コメットの七星朱鷺です。私のファンの方々に一言とのことなので一つお願いをさせて頂きます。
先日スマイル動画に投稿した『バーガーバーガー』のRTA動画ですけど、沢山の再生やコメント、広告設定をして頂き誠にありがとうございました。ただ私も一応アイドルなので『ガーバーガーバー』や『ガバガバ』ってコメントばかり入れるのは控えて頂けると嬉しいです。『コメット最高』とコメントすればきっと幸せになれると思いますよ!」
バーガーバーガーはハンバーガ屋さんを経営するシミュレーションゲームですが、動画内コメント全体の約三分の一がそういった内容で埋め尽くされていたのでかなりゲンナリしました。確かに操作ミスで予定とちょっと違うものが出来上がったり、その場の思い付きで豆腐の唐揚げを三段重ねたキワモノハンバーガーを作ってしまいましたが、あれはきっとコントローラーの効きが悪いのが原因なんです。私は一切悪くありません。
後半は作業ゲーなので暇潰し用に私達のライブ映像を同時上映しダイレクトマーケティングを仕掛けたところ思ったより好評でした。事務所からは怒られましたけど。
「今日は仕事だったの?」
「ええ、ファッション誌のモデルの撮影でして。これから帰るところです」
「ヘーイガール、一緒にブラデリカしな~い!?」
思いがけないお誘いを頂きました。私を誘うとはどんな判断だ。時間をドブに捨てる気か。
「わ、私もですかぁ~? でもクローネの所属ではないですし、皆さんのお邪魔になるので謹んで辞退します~」
「旅は道連れっていうじゃない。それとも私達と一緒に過ごすのは嫌?」
くっ。中々いやらしい質問をしてきます。フレデリカさんと奏さんと私という組み合わせで収録が平穏無事に進むはずがないのでお断りしたかったのですが、今拒否するとまるで私がこの二人を嫌っているようなイメージを与えてしまいます。
「そんなことありませんって」
「ふふっ、冗談よ。可愛いわね、朱鷺は」
「……わかりました。ご一緒させて頂きます」
「フフフンフフーン♪ フフフンフフーン♪ フンフフンフンフンフーンフン♪ 朱鷺ちゃんがなかまにくわわった! これがRPGだったらもうクリア確定だね!」
ドラクエで仲間が加わる際のBGM(鼻歌)に暖かく迎え入れられました。ぶとうか・おんな(レベル774・通常攻撃が敵全体二回攻撃)ですからその感想は間違っていません。
そのまま三人で歩き始めましたが、どこに向っているのかふと疑問に思います。
「これからどちらへ行かれるんですか?」
「賑やかな方が楽しそうだから駅前に行くつもりだけど、そこからは特に決めてはいないわね」
「動画映えするものなら何でもオッケー☆ バッチリ撮っちゃうよ~」
完全に『ブラタ○リ』のフレデリカ版ですね……。誤魔化す気すら無くていっそ清々しい。
「おっ、あれは~!」
するとフレデリカさんが駆け出しました。何かと思って二人で後を追います。
「一体どうしたんです。金塊でも落ちていましたか?」
「ほーら、あれ見て♪」
目をキラキラ輝かせて少し遠くの地面を指差すので視線を移すと、歩道上に何か黄色い物体がありました。
「バナナの、皮?」
「どうやらそうみたいね」
「ふたりとも当たり~! じゃ滑って転んでみよっか、朱鷺ちゃん?」
「ファッ!」
あらいけない、ついつい地が出てしまいました。危うく私の清純派アイドルとしてのイメージが台無しになるところでしたよ。
「何で転ばないといけないんですか」
「バナナの皮を見た人は足を滑らせて転ぶ。フランスじゃ常識だよ~?」
「おフランスへの熱い風評被害は止めて差し上げなさい」
「バナーナァ、スベッテェ、コローブゥ。どうどう? フランス語っぽかった?」
聞いちゃいませんねぇこのアイドル版高○純次さんは。
「わかりました。転べば良いんでしょう、転べば」
「あら、もっと抵抗しないの?」
「無駄な抵抗はしない主義なので」
「ふふっ」
奏さんのことですから先程と同じく私が断れないよう誘導してくるに違いありません。グダグダと問答を続けるよりは一度で終わった方が動画的にスムーズなのでさっさと転ぶことしました。
「じゃあ行きます」
「おっけおっけ~! ダコール☆」
せめて英語とフランス語のどちらかに寄せてほしいと思いつつ、バナナの皮に向かって歩いて行きます。
「……はっ!」
皮に足を載せると確かに滑りました。普通に転んでも面白くないので滑った勢いを利用して踏み切り上空に昇ります。そのまま体を丸めて十回以上宙返りをした後で着地しました。
「う~ん、ちょっと回転が足りませんでしたか」
自分としてはいまいちな出来でした。だからといってもう一回やる気はありませんけど。
するとフレデリカさんが駆け寄ってきます。
「わーお☆ なんだか漫画みたいだったよー。こんなに回転するなんて、すごいよねー! バナナの皮♪」
「褒めるならせめて私にして下さい……」
彼女相手だと私ですら終始ツッコミに回らざるをえません。
「そういえば何か割れた音しなかった?」
「ええ、確かに陶器が割れたような音がした気がします」
バナナの皮で滑った直後くらいに聞こえた気がしたので気にはなっていました。
「どうやら、勘違いじゃないみたいよ」
遅れてやって来た奏さんが道路の向かい側を指差します。そこには真っ青な顔をした高校生くらいの女の子がいました。手には紙袋を抱えていますが、なぜかバナナの皮が突き刺さっています。
物凄く嫌な予感がするものの、無視して立ち去るのも清純派アイドルとしてどうかと思うので三人で少女の元に駆け寄りました。
「あの、大丈夫ですか?」
「ミ、ミサイルが飛んできて、それがバナナなんですっ!」
しどろもどろになりながらも事情を説明しようとしました。どうやら嫌な予感が的中してしまったようです。
「つまり、朱鷺が踏んだバナナの皮がその紙袋に命中したという訳ね」
「申し訳ございません……」
「モンデュー! でも怪我がなかったから良かったよ~♪」
少女に向って深く頭を下げました。上空に舞い上がるため思い切り地面を蹴った際にバナナの皮も巻き込まれたようです。たかが皮といっても私の力が加われば事実上の弾道ミサイルになってもおかしくはありません。頭や胸に当たっていたら恐らく即死だったと思いますので、全身から冷や汗が滲み出てしまいました。
「私は大丈夫なんですが、荷物の方が……」
少女が紙袋を揺らすとガチャリという音が周囲に響きました。
「良かったら何が入っているのか教えてくれる?」
「……食器セットです。今日は両親の結婚二十周年の記念日なので、お母さんが前から欲しがっていたこの食器をプレゼントしようと思って買ったんです。それがこんなことに……」
今にも泣き出しそうな顔を見ると罪悪感が数十倍に膨れ上がりました。
「本当にすみませんでした! 全額弁償しますからお値段を教えて下さい!」
「……税込みで十万円です」
「おべぇ!」
食器で十万円 !? マジで!?
「その紙袋は高級陶磁器メーカーの『キナシ』のものよ。十万円しても不思議ではないわ」
「ウチにもティーセットがあるけど、結構いい値段したってママが言ってたよ~♪」
前世では百円ショップの食器しか使っていなかったので軽くカルチャーショックです。だって十万円あればハイエンドのグラフィックボードが買えるんですよ! それをお皿につぎ込むなんて正気の沙汰とは思えません。
「……お母さんが前から欲しいって言っていたので、姉妹で毎月貯めていたんです」
「だ、大丈夫ですよ。十万円くらい弁償しますから……」
震える手でお財布を取り出します。
「支払いは任せろー!」とヤケクソで叫びながらマジックテープを剥がしてお札を取り出しました。しかし諭吉先生は二人しか居ません。
「あ、あの……お支払いは後日ということではダメですか?」
「結婚記念日のお祝いは今日なので明日以降だとあまり意味が無くなってしまいます……」
「ですよねー」
さて困りました。いや、以前闇ストリートファイトで稼いだ賞金やお仕事のギャラはそれなりにあるのでお金自体は持っているんです。それを銀行に預けているという点が大問題でした。
中学生なので当然クレジットカードは持っていませんしキャッシュカードは家です。それに七星家では子供が大金を下ろす際には使用目的をお母さんに説明し許可を得るというルールがあるため今家に帰っても無意味でした。
それにこの時間はお仕事中です。私の両親は普段こそ親馬鹿ですが診療中は至って真面目なので私事で訪問しても門前払いを喰らうに決まっています。そうなれば周囲を頼るしかありません。
「あの~、今だけお借りすることは出来ないでしょうか? 明日ちゃんと返しますから!」
奏さんとフレデリカさんにお願いしてみました。
「構わないけど、現金は三万円しかないわね。キャッシュカードは持ち歩かない主義だからこれ以上の額を直ぐに用意するのは無理よ」
「フレちゃんはおサイフ自体、家に忘れてきちゃった~♪」
一銭も持っていないにも関わらずなぜ渾身のドヤ顔なのか、コレガワカラナイ。
奏さんから一時的にお借りするとしても後五万円ですか。
事務所はここからだと遠く、電車の乗り換えを考えると往復3時間以上掛かります。行って帰ってきたら結婚記念日のお祝い会に間に合わないでしょう。最短距離を走れば往復30分程度ですが、今は人通りの多い夕方なので下手をすると都市伝説の正体が私だとバレる恐れがあります。
鎖斬黒朱の連中を急遽招集して
闇医療で荒稼ぎする方法も不可です。私の医療技術は世間には伏せていますので、もしバレたら世界中から患者が押し掛けて来てアイドル業どころではありません。
こういう時に頼りになるのは担当P(プロデューサー)のはずですが、そこは信頼と実績のクソ犬でした。LINEで緊急のメッセージを送っても一向に見やしません。今度会ったら開幕ガゼルパンチを御見舞して差し上げようと心に誓いました。
「万策尽きた……」
思わず頭を抱えます。この状況で五万円をどうやって用意しろというのでしょうか。誰か30分で五万円稼げるバイトを紹介して欲しいです。いいえ、どうせロクなバイトじゃないのでやっぱり紹介しなくていいです。
「フンフンフーン♪ 困った時はアタシに任せなさ~い♪」
「あら、何かいい案でもあるの?」
「うん!」
素敵な笑顔のまま言い切ります。とても嘘を言っているようには見えませんでした。
「本当ですか?」
「心配しなくていいよー♪ だってフレちゃんがついてるんだもん! 安心安心☆ へへー♪」
先程以上に嫌な予感がしましたが本当に大丈夫なんでしょうか……。
「レディースエーンドジェントルメーン♪ 奇跡のサイキックイリュージョニスト、アイビスちゃんの大マジックショーがはーじまーるよー!」
駅前広場にフレデリカさんの可愛い声が響きました。その声と美麗な容姿に引き寄せられるようにして、道行く人々が足を止めます。
彼女が提案したプラン──それは路上パフォーマンスでおひねりを稼ぐというものでした。
常人であれば路上パフォーマンスで五万円を稼ぐことは困難ですが、私の身体能力を上手く使えば短時間で大金を稼げるのではないかとの結論に至ったのです。私としても合法的に稼ぐ方法が他に思いつかないので止む無くこの案に乗ることにしました。
一応私もそれなりの知名度があるため、素のままだと正体がバレて人が殺到してしまうので謎の大物イリュージョニストという設定にしています。百円ショップで買ってきたサングラスや蝶ネクタイ、ウィッグを装着しているので一見私とはわからないでしょう。
フレデリカさんと奏さんは私の助手役として、同じく伊達メガネで変装して貰いました。一応ブラデリカは続いているため被害者の少女にその様子を撮影頂いています。
「は~い! ここに何の変哲もない風船があるよ~♪ これからこの風船をアイビスちゃんのサイキックパワーで割っちゃうから期待しててね♥ では、レッツラパーティーターイム♪」
同じく100円ショップで買ってきた風船を掛け声と共に一つ手放します。物理法則に従ってその風船は空へと昇って行きました。
「サイキック・ソニックブーム!」
わざとらしく叫びながら観客に見えないくらいの速さで拳を繰り出します。すると風船が物凄い勢いで破裂しました。
その様子を見た観客達からわあっと歓声が上がります。
「まだまだ行くわよ。それっ!」
今度は奏さんが風船を放ちます。一度に五個でしたが先ほどと同じ要領で破壊していきました。
「こっちも負けてないよ~♪」
再びフレデリカさんの方に向かい、その手から放たれた多数の風船を割り続けていきます。
すると歓声が更に大きくなりました。
当然ですが、これはマジックでも何でもなく只の物理攻撃です。
この技────『風の拳』は北斗神拳の技ではありません。以前参加した闇ストリートファイトの元ランキング一位からパクリました。拳を超高速で打ち出すことで拳大の空気の塊を飛ばし攻撃する技でして、 一撃の威力は高くないですが連続で飛ばせるので遠距離攻撃技が少ない北斗神拳のサポートスキルとして有用です。
なお、威力は高くないと説明しましたがそれは元の使い手さんの話であり、私が試しに五十メートル程距離を取って撃ったところ実験台のタウンページくんが粉々に消し飛びました。しかも100%中の30%程度の舐めプ状態でその威力です。それを一秒間に二十発、何時間でも連続して放つことが可能です。
……ガチれば一人で列強諸国を潰せそうな気がしてきました。いや、別にやる気はないですけどね。今のところは。
「アメージーング! すごーいって思ったらおひねりをちょーだいね♪」
すると何人かの観客がおひねり用の箱に硬貨を入れていきました。しかし目標の五万円には程遠いのでどんどん続けていきましょう。
「続いては人体瞬間移動マジックよ。アイビスが一瞬の内に瞬間移動するから、瞬きしないでしっかり見ていってね」
奏さんとフレデリカさんが黒色のゴミ袋を広げて手に持ちます。奏さんの背後に回りゴミ袋で姿を隠すようにしました。
「サイキック・テレポーテーション!」
北斗無想流舞で一瞬の内にフレデリカさんの背後へ瞬間移動しました。勿論常人には捉えられない速度です。
「じゃかじゃかじゃか~じゃん! はーい、見事成功~♪」
ゴミ袋の目隠しを外します。観客達のどよめきが一瞬広がった後、直ぐに大歓声に変わりました。その声に惹き寄せられて更に人が集まってきており、おひねりを入れる人も加速度的に多くなっています。このペースであれば五万円確保も夢ではありません。
「お客さんがどんどん増えてきたよー! じゃあ次は空中浮遊でもやってみよう♪」
「えっ、それは……」
いくら何でも浮くのはマズいような気がするので思わず躊躇いました。
「これもあの子のためよ」
「うっ。そう言われてしまうと何も言えませんね……」
悪いのは私ですから仕方ありません。ここは覚悟を決めるしかありませんか。
「では行きます。サイキック・レビテーション!」
その場で軽くジャンプし、そのまま気の力を利用して高度を維持します。すると観客席から物凄い歓声が上がりました。
「種も仕掛けもアーリマッセーン♪」
本当に種も仕掛けもないのですから困ったものです。むしろあって欲しいと心から思いました。
その後もサイキックイリュージョンという名の物理スキルを披露していきました。北斗神拳は人体の破壊が主目的なので『ワンピース』や『NARUTO』などと比べて技が若干地味なんですよねぇ。火や雷を使えるとビジュアル的に派手になるので大道芸人としては助かります。私の力では高速移動で一人ダブルスをするくらいしか出来ません。
気付くと駅前広場が人で埋まっていました。おひねり用の箱には満杯で、樋口さんや野口さんが多数突っ込まれています。多分あれだけで十万円以上はあるでしょうから無事目的は達しました。
一安心していると何やらサイレンの音が聞こえてきます。
「あちゃー、警察が来ちゃったみたいだねー♪」
「無許可無届出の状態でこれだけの騒ぎになれば当然よ」
あの二人が全く悪びれずに淡々と反応します。クローネ組は肝が据わった人が多いですねぇ。
「のんびりはしていられませんよ。このあたりの警察署は私の支配下エリアを越えていますので、捕まったら少し面倒なことになります。早く撤退しましょう!」
「うん、わかった! ……と、いうことで奇跡のサイキックイリュージョニスト、アイビスちゃんの大マジックショーはこれでおしまい! みんな、見てくれてありがとね~♪」
フレデリカさんがシメの挨拶をすると万雷の拍手が周囲に響きました。普段のライブでもこんなに大きな拍手を頂くことはないので心中複雑です。
「はい、ではこれを差し上げます」
被害者の少女におひねりの箱を渡すと少し困ったような顔をしました。
「これ、軽く十万円以上はあると思いますけど……」
「残りは慰謝料と迷惑料です。家族の皆さんで何か美味しいものでも食べて下さい」
「あ、ありがとうございますっ!」
「それと、お父さんとお母さんをいつまでも大切にしてあげて下さいね!」
「はいっ!」
何度も頭を下げる少女をその場に残し、三人で駅前広場を脱出しました。
「この辺りまでくれば大丈夫そうね」
「はい、流石にもう追っては来ないでしょう」
ダッシュで隣駅の近くに辿り着くと二人が息を整えました。児童公園があったので三人でベンチに座ります。
「あー楽しかったー♪」
「私は精神的に疲れましたよ……」
サイキックという名の物理スキルによる脳筋イリュージョンでしたので周囲に被害を与えないよう力を加減するのが本当に大変でした。風の拳なんて下手をしなくても人をコロコロしちゃいますから。
「でも久々に楽しかったわ。いい気晴らしになったわね」
奏さんの言葉と少し憂鬱そうな表情に引っかかるものを感じます。
「……最近は楽しくないんですか? 折角クローネという選抜チームのメンバーに選ばれたのに」
「クローネ自体は結構良い企画だと思うし、それに参加したことは間違いじゃないって信じてるわ。ただ、予想よりも周囲の風当たりが強くて辟易しているっていうのはあるわね」
「同じ社内なのに完全に敵みたいな扱いだもんねぇー。他のアイドルの子達との関係もギクシャクしちゃってるし。ブラデリカでもしてないと息が詰まっちゃうってー♪」
なるほど。プロジェクトクローネは社内での評判が大変芳しくない美城常務肝入りの企画です。その余波がクローネのメンバーにも及んでいる訳ですか。アイドルの子達は皆良い子なので敵視されることはないと思いますが、一般の社員からはそういう目で見られてもおかしくはありません。
「唯や周子達は芯が強いから大丈夫だけど、文香やありすちゃんは心配よ。あの子達は敵意や悪意を向けられることに耐性がないから」
「ありすちゃんなんて周りの人を警戒しちゃって野良猫チャンみたいになってるもんね~。みんなとお友達になればいいのに~♪」
「何か上手い解決策はないかしらね」
選ばれた者と選ばれなかった者で溝が出来てしまうのは仕方のないことですが許容できる範囲を超えているようです。常務の評判が悪いのはある意味私のせいですしクローネのメンバーも保護対象ですから、対策を立てて近日中に実行する必要があるでしょう。
「よーし、じゃあ撮影も無事終わったし、帰ろっか♪ 今日は付き合ってくれてアリガトしるぶぶれー♪」
「そうね。もう日が落ちているから早く帰りましょう」
「早く家でご飯を食べたいです。いい加減お腹が空きましたよ」
この日はそのまま解散しました。ICカードの残高が不足していたため、涙目状態でお母さんに駅まで迎えに来てもらったことはここだけの秘密です。
その後、ブラデリカ・リベンジスペシャルの動画は編集の上フレデリカさんの個人アカウントでMytubeにこっそりアップされました。私のサイキックイリュージョン(物理)の様子も完全収録されており、全世界におけるその日のMytube再生回数ランキングトップ5に入ったそうです。
グッド数が本当にとんでもないことになっており、世界的に有名なイリュージョニストから絶賛のコメントを頂きました。後継者として是非招きたいというオファーも同時に来ています。
同じエスパーアイドルとして堀裕子さんから一方的にライバル視されるようにもなりました。
ですから! 私がなりたいのはエスパーでもイリュージョニストでもなく、清純派アイドルなんですって!