ブラック企業社員がアイドルになりました 作:kuzunoha
志希さんを仲間に加えた後はプロジェクトクローネ最後のメンバーの勧誘に動きました。個人的には奏さんと共にこの企画の中核になる方だと思っていますので、ちゃんと引き込めるよう頑張っていきましょう。
今日彼女は夜間のレッスンがあると犬神P(プロデューサー)経由で伺いましたので、更衣室の前で待ち伏せすることにしました。
「あれっ。朱鷺じゃん、どうしたの?」
「お疲れ様です、美嘉さん。ちょっとお願いしたいことがあるのでお待ちしていたんです」
「そうなんだ。じゃあ着替えてくるからちょっと待っててよ」
「はい、わかりました」
そう言いながら更衣室の中に入っていきます。私が目を付けたクローネ最後のメンバーは大方の予想通り、城ヶ崎美嘉さんでした。
「お待たっ♪」
「すみません、急がせてしまったみたいで」
「いいのいいの、気にしない★ それで、どこで話をしよっか?」
「美城カフェはもうすぐ閉店ですからバトルロイヤルホストにでも行きましょうか」
「おっけー★」
雑談をしつつ近くのファミレスに移動しました。
「それじゃ、カンパーイ!」
案内された席に着き適当に注文した後、オレンジジュースと紅茶が入ったグラスをカチリと当てます。大事なお話があるのでノンアルコールビールは流石に止めておきました。
早速運ばれてきたフライドポテトをつまみながら本題に入ります。
「それでお願いしたいことって何なの?」
「最近話題になっているプロジェクトクローネについては、美嘉さんもよくご存知ですよね?」
「そりゃまぁ同じ社内だもん。嫌でも噂は聞こえてくるって」
「単刀直入に言います。そのクローネに美嘉さんも参加しませんか?」
「……なるほど、そういうこと」
私の話を聞いて、それまでの軽いノリから一転して真面目な表情に変わりました。
「でも朱鷺って美城常務とは対立してなかったっけ。それがなんでメンバー集めをしているの?」
「本日付でプロジェクトクローネのサポート役を仰せつかりました」
「マジで!? へぇ、あの人も大胆なことするね~」
「私も驚きでしたよ。そのサポートの一環でメンバーの補充をしているという訳です。因みに美嘉さんをクローネに追加投入したいと言い出したのは私であって、常務命令ではありませんので誤解しないで下さい」
すると美嘉さんの顔に疑念が浮かびます。
「経緯はわかったけど、なんでアタシなの? クローネに入りたいって子なら他にもいるでしょ。以前誘われた時は断っているし、なんで今さら……」
「美嘉さんがクローネに必要な存在だと思うからです」
はっきりきっぱり断言しました。
「クローネのメンバーは346プロダクションのアイドル達の中から選抜された、いわばベジータ並みの超エリートです。ただブランドイメージ的に考えて強いキャラが確立されている子は選ばれ難い傾向にありますから、必然的にアイドルとしてのキャリアが浅い子ばかりになっています」
「確かに、それなりに経験があるのは奏や唯、周子くらいだもんね」
「それに現状におけるクローネの社内的な立場はあまり良いものではありません。美城常務への風当たりの一部が飛び火しているような状態なので、精神的にやや不安定になっている子もいると聞きます。だからこそアイドルとしての一定のキャリアがあり、面倒見の良い美嘉さんを引き込みたいと思いました」
「なるほどねぇ……」
彼女のコミュニケーション能力や優しさは今のクローネに必要だと思います。きっとありすちゃんのやさぐれた心も癒やしてくれるでしょう。
「クローネに参加することでギャル系ファッションモデルなどの活動が制限されると思っているかもしれませんが心配は無用です。無理な路線変更はしなくてもいいと美城常務から了解を頂きましたから」
「……狙いはわかったよ。もう一つだけ訊きたいことがあるんだけど、いい?」
「はい、何でしょう」
「アタシを誘った理由はアイドルとしての経験が豊富で面倒見がいいからって話だったけど、本当にそれだけなの?」
その質問を受けてギクリとしました。
「何故そう思われたんですか?」
「だってその条件なら瑞樹さんや楓さんとか、適した人が他にも結構いるじゃん。その中でなぜアタシなのか今のままじゃ納得が出来ないな」
やはりとても頭の良い方です。本当の意図を伝えてしまうと効果が半減するかと思い伏せていましたが、こうなってはお話するしかありませんか。
「クローネに入ることが美嘉さんにとって大きなプラスになると思ったんです」
「……アタシの、ため?」
「以前の未央さんの引退騒動以降、美嘉さんは後輩のアイドルに助言することを出来るだけ避けているように思えます。事務所から面倒を見るよう指示があった加蓮さんや奈緒さんはともかく、他の子達に指導している姿をめっきり見かけなくなりました」
「そ、それはっ!」
思わず狼狽しましたが構わず話を続けます。
「自分がライブに誘ったことがあの引退未遂騒動の切っ掛けになってしまった。だから同じことを繰り返さないよう、他人には極力口出ししないでおこうと思う気持ちは確かに理解できます」
「なら、なんで……」
「ですが人にものを教えることはその人自身の成長に繋がります。自分の行動が悪影響を与えることを恐れてレベルアップの機会を逸するのはとても勿体無いことだと思いました。なので後輩に指導する機会を設けたいというのがクローネにお誘いした本当の狙いです」
「そういうこと、ね……」
後輩指導については私の妄想でしかありませんが、当たらずとも遠からずだと思います。
「確かにあの騒動以来、他の子達にはあまり口を出さないようにしていたのは事実。でも何でそんなに後輩の指導に拘るの?」
「アイドルの先輩として我々には後輩達を指導する義務と責任があると私は考えます。それに美嘉さんも私も永遠にアイドルを続けられる訳ではありません。いつかステージから降りる時が訪れます。
ですが私達の想いや経験を後輩達に受け継いで貰うことで、形を変えてステージに残り続けることが出来ます。だから美嘉さんにはその機会を失ってほしくないんですよ」
「形を変えて、ステージに……」
私と同じ言葉を呟いて、暫し考え込む素振りを見せました。
世の中に不変なものはないのです。前世で体験した通りあっさり死ぬこともありえるのですから。ですが例え死んだとしても後人に未来を託すことが出来れば無駄死にではありません。
「とはいえ、これは私の願望でしかありません。自分の人生を決めるのは結局自分自身ですから、参加するかは美嘉さんの意志にお任せします」
「自由意志と言いながらかなり強行的に思えるけどね」
浅い溜息を吐いた後、両手で顔をぴしゃりと叩きました。
「よ~し、いっちょやってあげますか★」
声高らかに宣言をします。何だか吹っ切れたような様子でした。
「……誘っておいて何ですが、即決しちゃっていいんですか?」
「言われっぱなしで引けないっしょ! それにアイドルもモデルも、何でも挑戦したいって元々思ってたし★ いろんな経験を積んだ今ならクローネでも勝負できるって自信はあるんだ。ぜーんぶアタシ色に染めちゃうから、後悔しないでよね♪」
「後悔なんて絶対にしませんので安心して下さい。私もサポート役として皆さんを支えますので一緒に頑張りましょう!」
「うん!」
そのまま固い握手を交わします。これにてプロジェクトクローネが完成しました。
この企画が美城常務の望んでいる通りに進むかはわかりませんが、素晴らしいものになることは間違いないでしょう。だって美嘉さんのような素敵なアイドルがメンバーなのですから。
それから二日が経過しました。学校が終わった後はいつも通り346プロダクションに向かいます。本館に着くとエレベーターに乗って、普段行く機会のない二十五階に行きました。
本日はプロジェクトクローネ全員の初顔合わせです。既に文香さんやフレデリカさん達はクローネとして徐々に活動を始めていましたが、志希さんや美嘉さんを加えたフルメンバーでのミーティングは今日が初めてとなります。
私はサポート役として企画趣旨及び今後の活動方針の説明を行うよう美城常務から仰せつかりました。なお、今後は各メンバーのスケジュール調整、不満・陳情・要望のヒアリング、各ユニットのレッスンの進捗管理などを一手に任されています。
この時点で違和感を覚える方々がいるかもしれません。私だっておかしいと思います。
だって、こういうお仕事って普通は担当Pがやることですもの。
何故P不在でプロジェクトが動いてしまっているのか、それにはドロドロとしたクッソ汚い大人の事情がありました。
問題の発端は、プロジェクトクローネのメンバーはコメットやシンデレラプロジェクトとは異なりそれぞれ担当Pが違うという点にありました。
あまり知られてはいませんが、Pという役職の方々はアイドルに負けず劣らず常に苛烈な競争に晒されています。
他の業界で例えると漫画雑誌の編集者が当て嵌まるでしょう。ドラゴンボールやワンピースといった国民的大人気漫画の担当になれば未来の編集長も夢ではありませんが、十週打ち切り漫画ばかり担当していれば適性なしとして他誌に飛ばされてしまいます。
それはアイドル事務所も同じでした。担当しているアイドルが大人気になれば自然と自分の評価もうなぎ登りとなりお給料が沢山貰えて出世も確実ですが、不人気で終わってしまった場合は非常に残念なことになります。
卓越したアイドル発掘能力により芳乃さんや巴さんなどの強キャラを確保している犬神Pや元々ずば抜けた能力のある武内Pは比較的のほほんとしていますが、普通のPは日々プレッシャーと戦いながら仕事をしているのです。
当然、クローネ所属アイドル達のPにも同じことが言えました。
プロジェクトクローネは美城常務肝入りの企画です。Pなら誰だって担当アイドルをそのセンターにして輝かせたいと思うはずです。
だからこそ各Pは担当アイドルをクローネの中心に据えようと必死に努力しました。適度な競争は成長や革新を促すのでそれ自体は喜ばしいですが、競争が苛烈さを増したことで大きな問題が発生しました。
なんと、あるPが血迷って他のPの足を引っ張り始めたのです。当然被害を受けたPは怒りを覚え反撃しました。
後は憎しみの連鎖です。最初こそ些細な諍いでしたが次第にエスカレートしていきました。エゥーゴVSティターンズのような同組織内での内紛が勃発し、残ったのは修復不可能となった人間関係だけです。傍から見るとキラキラしていて見目麗しいプロジェクトですが内情は結構危ういのです。
しかしこうなってしまったのはPのせいだけとは言えません。
美城常務の就任により彼女が担当する各部署は極端な成果主義に転換しました。所属アイドル達は私の保護対象なので目先の成果で判断しないよう美城常務を脅迫……もとい説得していましたが、それ以外は別にどうなろうが知ったことではないのでPの方は苛烈な成果第一主義という魔物に襲われていたのです。
勿論全員が全員問題行動に走った訳ではありませんが、この方針転換により正気を失いPとしての一線を越えてしまった残念な方が出てしまったのでしょう。というか大体常務のせいです。はーつっかえ!
当然そんな状態のクローネを放っておくことは出来ませんので、今西部長が奮闘し強制的に争いを沈静化させた後、クローネのアイドル達から一旦Pを外して部長預かりとしました。現在はクローネの子達専属の後任Pを捜していますが、あの個性的なアイドル達を一手に制御する能力が求められますのでまだ決まってはいません。
美嘉さんや志希さんを担当している有能Pを軸に調整しているようですけど、専属Pに就任するとしても今担当しているアイドルの引き継ぎや残務処理があるので暫くの間はP不在となります。
そのため公正中立な私がサポート役という名のP代行に就任したという訳です。元々営業経験は豊富ですから一応Pの真似事は出来ますし、アイドル達を使って偉くなろうとも考えていないので適役だと常務が判断したのでしょうね。
上手く回ったら常務の成果ですし、下手を打ったら私に全責任を押し付けられる。そしてもし私がアイドルとの兼業で疲れ果てて倒れたら万々歳です。どう転んでも利するのは彼女なので少し腹は立ちますが、これもありすちゃん達のためですのでやぶさかではありません。特に志希さんや美嘉さんは私から声を掛けましたので彼女達が不利益を被らないよう頑張って立て直すつもりです。
込み入った事情はありますが私としては結構楽観的に考えていました。元々は良い企画ですし魅力的な子が揃っているので、ちょっと軌道修正すればすぐに挽回できますよ。
エレベーターを降りて少し歩くと大きな部屋の前に辿り着きました。扉の隣には『Project Krone』というエレガントなプレートが掲げられています。ここがプロジェクトクローネの専用ルームですか。
「失礼します」
ノックをした後、ドアノブを回して部屋に入りました。
「おはよう、朱鷺」
「おはようございます」
一番近くにいた奏さんに挨拶をしました。室内は落ち着いたシックな感じで高級そうなデザイナーズ家具が配置されています。お洒落具合としてはシンデレラプロジェクトの専用ルーム以上だと言えるでしょう。
当然、コメット専用の
「ありすちゃん、お菓子食べる~!?」
「……橘です。いえ、お腹は空いていないので結構です。後私のことは名字で呼んで下さい、フレデリカさん」
「え~? アクスちゃんの方が可愛いよ♪ シキちゃんもそう思わないかな~?」
「うんうん。匂い的にもアリアちゃんはアリアちゃんって感じだにゃ~」
「やっぱりそーだよね~。アリカちゃんはアリカちゃん以外考えられないって~☆」
「私はアクスでもアリアでもアリカでもありません! ありすです!」
「ごめんごめん。これからは絶対に間違えないよう注意するよ、ありすちゃん♪」
「分かって頂ければいいんです」
「……ってありす呼びでいいんかーい!」
フレデリカさんと志希さんがありすちゃんをからかって遊んでいました。その様子を横目で見ていた周子さんがタイミングよくツッコミを入れます。流石関西人と言ったところでしょうか。
志希さんは二日前に加入したてですが既にクローネに馴染んでいるようで良かったです。アイドル同士は仲が良いのが不幸中の幸いですね。
「ほらっ、朱鷺が来たからミーティング始めるよ!」
美嘉さんが場を仕切ります。しっかり者のお姉ちゃんが一人いるかいないかで場の空気はガラッと変わりますから頼もしい限りですよ。
皆が集まりましたので、ミーティングの前に自己紹介をすることにしました。
「改めまして、コメットの七星朱鷺と申します。先日美城常務から特命を受け、今後はプロジェクトクローネの皆様のサポート役を務めさせて頂くこととなりました。当面はクローネの活動に関してお仕事のマネジメントやレッスンの進捗管理などを担当させて頂きます。精一杯頑張りますので、宜しくお願い致します」
すると辺りに拍手が沸き起こります。
「……サポート役として大変心強いのですが、アイドルとしての活動と両立させるのは大変ではないのでしょうか?」
心配そうな表情の文香さんから質問を受けました。私の心配をしてくれるとは心優しい子です。
「確かに大変ではありますが何とかやっていきますよ。それにこういう修羅場は慣れていますし。奏さんや美嘉さんも手伝ってくれますから大丈夫です」
「私達も自分で出来ることはするつもりよ。手が回らないところについては支援をお願いね」
1月の残業が400時間をゆうに超えていた前世に比べればまだ余裕があるから大丈夫大丈夫、ヘーキヘーキ。あの頃は常時幻覚と幻聴と自殺衝動が発生していたので困りましたっけねぇ。いやはや、懐かしいです。あはははは。
「アイドルとしてのキャリアはアタシが一番長いからさ。レッスンとかで分からないことがあったらなんでも訊いてね♪」
「美嘉の指導は本当に分かりやすいぞ! 指導して貰っていたあたしと加蓮が保証するっ!」
「そうだね。とても教え上手だから本当に助かったよ」
「うん。ニュージェネのバックダンサーデビューの時も丁寧に指導してくれたし」
「ちょっと、それは褒めすぎだって~★」
「テレんなテレんな~☆」
照れくさそうな表情を浮かべます。指導力を褒められるのはあまり慣れていないようでした。
「そういう訳で、私だけでは上手く出来ないこともあるかと思いますのでその際はご協力をお願いします。それではミーティング入りましょう。まずはユニット分けについてです」
そのまま本日の主題に入りました。
「志希さんと美嘉さん以外はご存知だと思いますが、プロジェクトクローネは三つのユニットに分かれて活動を行います。まず一つ目のユニットが凛さん、加蓮さん、奈緒さんによる『トライアドプリムス』です。クローネの趣旨に沿ったクールなトリオですね」
「うん。ニュージェネとは違ったイメージだから、こっちも楽しみだな」
この三人は既にユニットとしてレッスンを始めています。仲良くやれていると凛さんからも伺っているので、任せておけば大丈夫でしょう。
「二つ目のユニットは唯さん、文香さん、ありすちゃんによる『ノルン』です。北欧神話に登場する運命の三姉妹の総称が由来となっています。過去・現在・未来を司り人間や世界の運命を左右する女神のように高貴な存在になって欲しいとのことです」
なお、名付け親は美城常務ですので勘違いしないで下さいね。やはり私と彼女はセンスが一致しないようでした。
「へーい☆ これからヨロシクね~! 文香ちゃん、ありすちゃん♪」
「はい、宜しくお願い致します」
「だから橘……いえ、もういいです」
何だか諦めたように呟きます。
パッション溢れる唯さんとクールな二人という異色の組み合わせですが、このユニットの構成については私が美城常務に上申しました。
元々文香さんとありすちゃんは歳の離れた姉妹みたいで相性が良いので組ませる予定でしたが、二人だけだと自分達の世界に閉じ籠もりがちになるのではと懸念したのです。そのため社交性MAXの唯さんを敢えて組み込むことで周囲と広く交流を持って貰いたいという意図があります。
この狙いが成功するか否かは未知数ですので、暖かく見守っていきましょう。
「そして最後、三つ目のユニットは美嘉さん、周子さん、奏さん、志希さん、フレデリカさんによる『
主に美嘉さんが、と心の中で付け足しました。このカオス軍団を制御できるのは事務所広しと言っても彼女しかいません! 私は絶対に嫌です。
「ユニット曲も唇やキスに関係する内容らしいですよ」
「そうなの。……美嘉はキスしたことある?」
「ゴホッ!!」
その瞬間、ミネラルウォーターを飲んでいた美嘉さんが一気に吹き出しました。
「なななな何急に言い出すの!」
「気になっただけよ。……それで、どう?」
「あ、当たり前じゃない! もう高校生なんだからキスの一つや二つくらい当然よ!」
その割にはお顔が真っ赤ですが大丈夫でしょうか。
「へぇ~、美嘉ちゃんは意外と経験豊富なんやねぇ~♪」
「う、うん……。まぁそれなりに……」
「その割には清楚な匂いしかしないけどにゃ~♪」
「ワーオ、美嘉ちゃんオットナ~! アタシにも教えて教えて~☆」
「それなら私も立候補しようかしら」
「え、えぇ~!」
「ふふっ、冗談よ」
案の定、美嘉さんの寿命がストレスでマッハのようです。普段は私が弄られ役なので人が弄られている姿は微笑ましいですね♪
その後はこれからのスケジュールや秋ライブに向けての取り組み方針などを順を追って説明していきました。先程まではふざけていた子達もいざ仕事の話になれば真剣な表情になりメモを取ります。この辺りの切り替えは流石プロのアイドルといったところでしょうか。
一通り説明した後、皆の抱えている問題や不満などを確認することにしました。
「それでは、皆さんの方で何か不安に感じていることや不満などはありますか? 解決出来そうなことでしたらすぐに対応しますので何でも話して下さい」
「それなら、私から一つあるわ」
奏さんがその場で挙手します
「はい、何でしょうか?」
「クローネが今置かれている状況に関して問題があるの。私達は美城常務に選ばれたから、周囲の人達にはその手下のように思われているみたい。反常務派の人達から敵視されているのよ」
「……そうですね。廊下で社員の方とすれ違った時に挨拶をしたのですが、無視されたことがありました」
「あ~、確かに! 他のアイドルの子達もちょっと余所余所しくなってるもん!」
ありすちゃんや唯さんが同意します。文香さんも暗い表情で頷きました。
「……私はクローネに参加しましたが、他のアイドルの皆さんと敵対する気は全くありません。既存のユニットも存続して欲しいと思っていますが、上手く伝わらないようです」
「でもそれは仕方ないと思う。客観的に見たら私達は既存のユニットに取って代わる存在だもの」
「それは違うぞ! あたしはニュージェネだって大好きなんだ。だからどっちも続いて欲しい!」
「私もそうだよ。だからこそ『美城常務側に寝返った』って凛が陰口を叩かれている状況を何とかしたいって思ってるんだ」
「加蓮、奈緒……。ありがとう」
「お礼なんて言わなくていいよ。私達は仲間なんだし」
噂には聞いていましたが、プロジェクトクローネの周囲には色々と問題があるようです。これは一刻も早く何とかしないといけませんね。
「分かりました。それではクローネが誤解を解いて皆と仲良くなる方法を伝授しましょう!」
「誤解を解く方法?」
皆が一斉に首を傾げました。
「飲み物届いたよ~♪」
「テーブルはここでいい?」
「はい。すぐに料理を運びますのでお待ち下さい」
「椅子は何脚用意しましょうか」
「立食ですから適当でいいですよ。休憩できるようにいくつか用意頂ければ大丈夫ですので」
初ミーティングから三日後の夜、私とクローネの子達は346プロダクションの中庭で準備を行いました。本日は『臨時天体観測会&事務所パーティー』なのです。
プロジェクトクローネが皆と仲良くなる方法として私が考えたのがこれでした。クローネの子達が今何を考えてどうしようとしているのかが分かれば、彼女達に対する警戒心は薄れるのではないかと思ったのです。
なお、本日はシンデレラプロジェクトだけではなく多数のアイドルに声を掛けています。柔軟性のない大人の社員達の認識を変えるのは中々難しいので、まずはアイドルの子達の認識を変えて貰おうという狙いがありました。
「おはようございます、朱鷺さん!」
「おはよう幸子ちゃん。随分と久しぶりですねぇ」
「いや、毎日学校で顔を合わせてますよ! 今日もさっきまで一緒だったじゃないですか!」
「冗談ですって。忙しい中参加頂いてありがとうございます」
「パーティーと言ったらやはり華が必要じゃないですか。カワイイボクがいなくては華がなくなってしまいますので仕方ありませんね! フフーン!」
「はいはい」
こんなことを言ってはいますがお願いした通りに来てくれたのは有難いです。
「トキ! 約束通りスシを食べに来たゾ!」
「祭りじゃー! 乗り込むぞ! みんなの笑いはいただきばい!」
「出前は沢山取っていますから安心して下さい。鈴帆ちゃんは余興の方をよろしくお願いします」
幸子ちゃん以外のクラスメートの子達も続々と来てくれました。
その後も声を掛けたアイドル達が集まってきます。ざっと見て四十名以上はいるんじゃないでしょうか。しかしクローネとそれ以外の子達で微妙に距離があるのは気になります。
開始時間がやって来ましたので、まず私が乾杯の挨拶をすることにしました。
「本日は会社の許可を頂きまして、クローネ主催での臨時天体観測会&事務所パーティーをさせて頂くことになりました。皆さん飲んで眺めて楽しんで下さい……と始める前に、私からお話があります」
咳払い一つして言葉を続けます。
「この場にいる人の中にはプロジェクトクローネが自分の所属しているユニットに取って代わる存在になると心配していたり、刺客として美城常務から送り込まれた敵だと思っていたりするかもしれません。ですがそれは大きな誤解です。むしろ既存ユニットがこの先生きのこるためにはクローネの皆さんの協力が不可欠です」
「誤解……?」
誰かの呟き声が聞こえました。
「はい。御存知の通り既存ユニットが存続するか否かは『シンデレラと星々の舞踏会』の成否で決まります。具体的にはチケットの売れ行きや物販の売上、ライブ等を収録したブルーレイディスクの予約枚数、当日アンケートの結果等を総合的に判断し、高い成果を出したと認められば合格となります。これは私が直接美城常務と交渉しましたので間違いありません。
……そしてその条件の中に、プロジェクトクローネに勝つことは含まれていないのです」
「それって、どういう意味?」
「例えライブの出来や盛り上がりでクローネに及ばなかったとしても舞踏会の成否には一切影響しないということです。いえ、逆にクローネのライブが盛り上がれば盛り上がるほど顧客満足度は高まるので既存ユニットが存続する可能性は上がります。いわば彼女達は我々の切り札なんですよ」
そう言うとマイクを手にした奏さんに目配せしました。
「朱鷺の言う通り、プロジェクトクローネは貴女達の敵じゃないの。いえ、むしろ『シンデレラと星々の舞踏会』が成功してどのユニットも存続出来ればいいと思っているわ。だから、皆のためにも精一杯頑張るつもりよ」
「うん! ゆいもみんなのためにちょー働いちゃうって~! いえ~い!」
「……はい、どれだけ力になれるかわかりませんが、私も一緒に頑張ります」
「私も、文香さんと同じ気持ちです」
ノルンの子達が次々と奏さんに賛同しました。
「そっか、クローネはみくたちの味方だったんだ……。今まで常務の味方だと思ってたから、正直ちょっと距離を置いてたかもしれないにゃ。ごめんなさい!」
「わ、私もっ!」
みくさんと李衣菜さんが頭を下げると他の子達も次々と頭を下げ始めました。自らの過ちを素直に認めて謝ることが出来る素敵な子達です。社会にはこういうことが出来ない、しようともしない人間の屑がごまんといますので、そういう連中に比べたら天使のような存在ですよ。
「は~い。それでは勘違いに拠る誤解も解けたと思いますので、臨時天体観測会&事務所パーティーを始めましょう。それでは乾杯!」
「カンパーイ!」
プラスチックのコップを互いに当てていきます。先程までの緊張ムードは大分弛緩しており、明るい声が中庭に広がりました。
その後は料理を頂きながら談笑したり星々を眺めたりしながら自由に過ごします。
クローネの子達の表情はとても朗らかで、他のアイドル達と楽しそうに談笑していました。今の話で誤解が完全に解けた訳ではありませんが切っ掛けにはなったはずです。社員達に関しては私の方から誠心誠意説得を行いますので後は時間が解決するでしょう。
「さて、私も何か食べるとしますか」
オードブルが置いてあるテーブルに向かう途中、卯月さんと未央さんがいました。どうやら二人して望遠鏡で星を眺めているようです。聞く気はありませんでしたが私の発達した聴覚が自然と彼女達の会話をキャッチしてしまいました。
「へぇ~、アレが北斗七星なんだ。綺麗だな~!」
「はいっ。その隣で光っている蒼い星も綺麗です!」
「……しまむー、隣の蒼い星って何? 私には見えないけど」
「え? 微かに光っていませんか?」
「ううん。あちゃー、視力落ちちゃったかなぁ……」
北斗七星の、隣で輝く、蒼い星……。
ん? んん?