ブラック企業社員がアイドルになりました   作:kuzunoha

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第6話 レッスン後ティータイム

「……北斗有情断迅拳(ほくとうじょうだんじんけん)

 寝ぼけまなこの私はこう(つぶや)き、眼前でけたたましく鳴る目覚まし時計を手刀で軽々と真っ二つにしました。その後予備の目覚まし時計で二度寝から起床し暫くして正気になると、やらかしたことに気付きます。

「また、つまらぬ物を斬ってしまいました」

 窓の外に広がる青空を遠い目で見つめながら、そんなセリフで黄昏(たそがれ)てみましたが後の祭りです。

 

 12月に入って早くも1個目の破壊です。このペースはあまりよろしくありません。これだから『トキ(北斗の拳)と同じ程度の能力』は厄介なんです。

 力自体も恐ろしいですが、能力のオンオフが利かないところが最低最悪です。

 これは『常に実弾入りライフル銃(AKー47)を手にしつつ生活をしている』ようなものです。

 暴発したら誰を怪我させるかわかりません。むしろ怪我で済めばマシといえるでしょう。

 幸いなことに今まで人死や負傷はさせていませんが、ヒヤリとした時は何度かありました。

 

 特に、寝ぼけているときは手加減が利かないのです。

 おかげで累計百個以上の目覚まし時計が我が拳で天に召されていきました。我が家の家計簿には『朱鷺ちゃんの目覚まし時計代』という謎品目がある位です。

 

 今は悪魔が微笑まない時代です。原作のトキやケンシロウのような心優しい聖人ならまだしも、私のようなアミバ系アイドルにこんな力を与えてはならぬのです。

 なんていったってトキを真似てこの力を医療の一環として活用し、七星医院を『奇跡の医院』として売り出してお金儲けしようとしていましたし。

 

 

 

 そんなどうでもいいことを考えつつ、今日も学校へ向かいました。

 本日は金曜日で、コメットの顔合わせがあった日から約1週間です。学校が終わると346プロダクションに直行しました。

 

「あーあーあーあーあー」

「もっとお腹から声を出して!」

 ボーカルのトレーナーさんの指示を意識して、腹式呼吸で発声練習を行います。

「はい! あーあーあーあーあー」

「まだ足りないですよ!」

 

 今日はボーカルレッスンです。私はつい先日所属したばかりなので、他のメンバーとは別に基礎練習を行っていました。歌うのは好きなので家族でカラオケにはよく行っていましたが、当然プロとしてご披露できるレベルには達していませんので、こういったレッスンが必要です。

 

 レッスンが終了した後帰り支度をしていると、見知った女性が通りかかったので挨拶をします。

「千川さん、おはようございます」

「あら、おはようございます、七星さん。今日もレッスンでしたか?」

「ええ、ちょうど今終わったところです」

「精が出ますね。色々と大変でしょうけど、私はコメットを応援していますから、デビューライブ是非頑張って下さい♪」

「はい、ありがとうございます!」

 

 千川ちひろさんは、346プロダクション アイドル事業部の事務員さんです。二次面接審査の時に案内して頂いたのも彼女でした。可愛くて仕事ができて人当たりもいいので、部の皆さんからとても愛されていると犬神Pから伺いました。

 実際、コメットのような期待感ゼロのプロジェクトのメンバーにも、優しい言葉を掛けてくれる良い方ですね。先日はエナジードリンクを差し入れて頂きました。

 千川さんは裏表のない素敵な人です。ええ、千川さんは裏表のない本当に素敵な人なんです! これだけ褒めておけば大丈夫でしょう……。

 

 

 

 その後、346プロダクションの社屋外にあるイタリアンレストランに向かいます。

 ワイゼリヤと書かれた扉を開けて店内を見るとあの3人の姿が見つかりましたので、席に近づき「すいません。お待たせしました」と言いました。

「……お疲れ様、です」

「刹那のすれ違いだから、キミが気にすることはないよ」

「私達も、まだ来たばかりですから」

 

 四人テーブルの空席に座ると、呼び出しボタンを押してドリンクバーを追加注文しました。

「しかし、ボーカルレッスンは大変ですね。のどが枯れ果てそうです」

「最初は大変ですけど、慣れてくれば大丈夫ですよ」

「そういうものですかねぇ」と言って既に頼んであったフライドポテトをつまみながら、おどけた表情でやや大げさにため息をつくと、三人とも少し笑ってくれました。

 

「そちらは、今日はどんなことをされたんですか?」

「……デビュー曲の振り付けの練習です、けど」と乃々ちゃんが応えてくれました。

「そうですか。私も早く追いつかなくてはいけません」

 コメットのデビューミニライブではライブに合わせて新曲CDのリリースも行うようです。

 まぁ、12月にデビュー予定だった時の曲をそのまま使いまわしただけですけど。

 

 曲名はグループ名と同じ『Comet!!』で、アップテンポのポップな曲です。まだ期待されていた頃に作られたので作詞作曲は有名な方が担当しており、私も気に入っています。

「基礎は大事だからね、(おろそ)かにはできないさ」

「まだ時間はありますし、頑張りましょう!」

 アスカちゃんとほたるちゃんが励ましてくれました。

 

「でも朱鷺さんはダンスが凄いですよね。あのベテラントレーナーさんが『あいつは百年に一人の逸材だから、私の手で世界一のダンス系アイドルに育てて見せる!』って仰っていましたし」

「ははは……。買いかぶりすぎですよ」

 正直ダンスなんて地元の商店街の盆踊り大会くらいでしかやったことないんですけどね。

 レッスン初回に何でもいいから適当に踊って見せろと言われたので、テンパってつい北斗神拳の演舞をやったら大絶賛されてしまいました。

 北斗神拳千八百年の歴史の中で最も華麗な技の使い手と言われたトキの完全コピーですから、動きのキレは正に『流水の如く』です。激流に身を任せどうかしているのです。

 

 これが自分で努力して得た力であればいいのですが、所詮(しょせん)は神様によるポン付けですから褒められてもあまり嬉しいものではありません。

 『過程』を飛ばして、良い『結果』だけ手に入れようとするのは私の主義には反します。地道にコツコツ努力することが一番です。

 しかしこの能力がこんな形で活用できる日が来るとは思ってませんでした。たまにあらぬ方向へ瞬間移動しそうになるので注意は必要ですが。

 

「そうだ、乃々ちゃん。この間借りた漫画を返しますね。とても面白かったのでまた別のものを貸してもらえると嬉しいです」

「う、うん。少女漫画なら結構持ってるから。またおすすめの漫画を貸して、あげる……」

 少し赤くなってうつむいちゃいました。ああ、可愛いなぁ。

「はい。楽しみにしてますね!」

 こんな感じで、四人でしばし談笑しました。

 

 

 

 私がコメットのデビュー成功のために考えた第一の矢がこの『レッスン後ティータイム』です。

 『同じ釜の飯を食う』といった古いことわざがあるとおり、人は生活を共にしたり、同じ時間を共有していると自然に仲間意識が生まれるものです。そのため、平日のレッスン後に毎日こうしてお茶をして雑談をすることで、少しでも連帯感を生み出そうと画策したのです。

 

 346プロダクションの中にもカフェはありますが、会社関係者が多すぎて誰に何を聞かれるかわかったものではないので、あえて社屋外にあるファミレスを利用しています。あんなところでは怖くて言いたいことも言えません。

 本当はブルーナポレオン(同じ346プロダクションの有名アイドルグループです)のように専用のプロジェクトルームがあれば一番なのですが、コメットという名前のいらん子プロジェクトにそんな良いものは与えられていないのです。

 

 コメットに何より足りないものはチームワークでした。グループで活動を行う以上、それぞれがお互いを大切な仲間としてリスペクトし協力し合える関係でないといいお仕事はできません。

 

 最近はアイドルのライブDVDを借りて色々と研究していますが、765プロダクションのトッププロ等はチームとして一体になっているのが素人でもわかります。個々の輝きが素晴らしくても、その一体感がなければよいライブにはならないでしょう。

 チームワークのない状態でデビューライブなんて、FF5において初見でオメガに特攻をかけるようなもので、確実に全滅します。私は初見時セーブせずに突っ込みました。

 

 初回の集合時とは違い今はレッスンとデビューミニライブという全員共通の話題がありますので、先ほどのように自虐したり皆に話を振ったりすることで四人の間でだいぶ会話が盛りあがるようになってきました。

 私の提案によりお互い下の名前で呼び合えるようにもなりましたし、コメット全体のLINEグループも開設しました。当然犬神P(プロデューサー)は省いてあげました。

 

 皆でお酒飲みながら346プロダクションや犬神Pの悪口を言い合えればもっと仲良くなれると思うんですけど、私達にはまだ6,7年は早いのです。考え方が完全に昭和のオジサンで自分でも悲しくなります。

 

 とりあえず下ごしらえとしてはこんなところでしょうか。後1ヵ月もあれば、コメットとしてもっと仲良くなれるでしょう。そう思い計画を次の段階に進め第二の矢を放つことを決めました。

 第二の矢とは、この三人が抱える個別の課題を解決することです。皆さん素晴らしい個性を持つ超絶美少女ですが、こうして接しているうちに改善すべきところがはっきり見えてきましたので、デビューミニライブ前に解決してしまおうという腹積もりです。

 

 

 

 三人の中でも急を要するのは、何といっても乃々ちゃんです。

 この1週間を使い言葉巧みに近づいて、彼女から色々と個人情報を引き出しました。臆病で人見知りな性格は生まれつきのもので、小さい頃は両親にべったりだったそうです。

 アイドルになったのはたまたま親戚から代役を頼まれたのがきっかけで、ウケが良くてなし崩しに続けていたところ、犬神Pの毒牙にかかり346プロダクションに所属することになったとのことでした。今回ばかりは犬神Pを褒めてあげなければいけません。

 

 そのおどおどした態度が庇護欲(ひごよく)をかきたてます。私が持つピッコロさん並の父性(母性?)が、『全力を挙げて彼女を護れ』と遺伝子レベルで呼びかけてきます。流石に私も芸能事務所で働いたことはなかったのでアイドル業界についてはまだまだ素人ですが、絶対にトップアイドルになれる逸材でしょう。少なくとも四位にはなれるはずです。このまま辞めずに続けられれば、ですが。

 

 常に『むーりぃー』とか『アイドル辞めたいんですけど……』とかふざけたことを言っていますので、辞められないように(くさび)を打ち込まなければなりません。辞められてしまってからでは流石に手出しができなくなるので速攻で仕留めます。ブリッツクリーク(電撃戦)です。

 

 そこで乃々ちゃんを辞めさせないための対応として、とりあえずコメット内に乃々ちゃんの役割を作ることにしました。

 人間と言う生き物は組織の中で重要な役割が与えられると責任感を感じてしまい、中々その組織を抜けられないものです。だから有能な社員には高い役職を付けてしがらみを多くして拘束しますし、逆にリストラするときは無理やり仕事を取り上げて役割をなくしてしまうんです。

 

 私が乃々ちゃんに与えたコメット内での暫定的な役割は『気丈に振舞う、けどたまには落ち込んじゃう健気で可愛いリーダー()を影から支えるヒロイン役』としました。

 具体的に何をやるかですが、まず私と乃々ちゃんとの個人のLINEグループで、普段の会話やコメット全体のLINEグループでは絶対に入れないようなネガティブなコメントを少女漫画の感想などの普通のコメントに巧妙に混ぜながら投下していきます。

 

 例えば『またミスしてしまいました、死にたいです』『こんな失敗するなんて、私は本当に才能ありません』『ちょっと樹海逝って来ますね…… ノシ』等ですね。秘密の共有と自己開示は親近感と好意を高める効果があるのです。

 まぁ送っている本人は、正直そんなことこれっぽっちも思ってはいないのですが。

 

 大体、取り返しのつかないミスなんて世の中に早々あるものじゃありません。決死の表情で必死に謝れば大体許してくれますし命をとられる事はないんですから、それこそ『誤差ですよ誤差』と軽く笑い飛ばせばいいのです。

 それにミスしたらミスしたでその場は反省し、それをバネに次回で挽回すればいいんです。人は転んで痛みを感じて、次は転ばないよう学習しながら前へ進むのです。細かいことでいちいち落ち込んでいたら精神が持ちませんよ。

 そんなこと気にしてたら前世の私はうつ病で千回くらい死んでます。

 

 そうすると、ネガティブなコメントに対し乃々ちゃんは『そんなことないし……』『ぇっと、私よりマシ……』などと健気に返事をしてくれます。しかも、既読後直ぐにです!

 本当に良い子ですよね、乃々ちゃん。お姉ちゃん、ついホロリと来てしまいました。一応肉体的には同い年ですが是非養子に迎えたいです。本当に大切にしますから来てくれませんかね?

 

 こうして、あまりウザがられない程度にこれを数日間やり続けます。

 そうこうするうちにコメット合同のレッスンがありましたので、その日を総仕上げとの日と定めました。

 

 

 

「あーあーあ~あーあ~」

「七星さん! 音が外れていますよ!」

「あ、はい、すいません……」

 ボーカルレッスンの際、私は何回か故意に音を外しました。こうやってわざと失敗するのはプロとしては本当に嫌なんですけど、今回ばかりは仕方ないです。

 そしてボーカルのトレーナーさんからひとしきり怒られた後、世界が崩壊したかのように盛大に落ち込んだ振りをします。

 傍から見るとこの人死ぬんじゃないかと思うような表情ですが、本人は全然気にしていません。むしろ帰りにコンビニでどのスイーツを買って帰ろうかな、とか考えてます。

 

「不調の時は仕方ないさ。次回また頑張ればいい」

 そう言って慰めてくれました。言動はちょっとアレですが、アスカちゃんは優しい良い子です。

「あまり気にしないでください」とほたるちゃんも励ましてくれます。アニメ版シティーハンターのエンディングの入り方くらい感動的です。

 

 そしてレッスン後、更衣室で乃々ちゃんと二人きりになるタイミングを図りました。あ、アスカちゃんは今は邪魔なので早く外に出て行って下さいね。

 ようやく二人っきりになると、私は乃々ちゃんに近づいて、こう言います。頑張ってぎこちない笑顔も作っています。

「あはは……。トレーナーさんに怒られちゃいました。こんなんじゃリーダー失格ですよね」

 そうすると、乃々ちゃんはとても焦って「ぇ……そ、そんなこと、ないし」と言ってくれます。泣けます。

 

「本当にありがとうございます。私、乃々ちゃんがいつも励ましてくれるから頑張れるんですよ。乃々ちゃんは私にとってかけがえのない存在なんです。だからこれからも一緒にアイドル、頑張りましょう?」

「で、でも、私には、むーりぃー……」

 む、小癪(こしゃく)なことにまだ抵抗しやがりますか。その言葉を受けて私は乃々ちゃんを正面から優しく抱きしめました。私と彼女は身長差が二十cmあるので、恋人同士の抱擁の様でちょっとだけ恥ずかしいです。

「心配しなくても大丈夫ですよ。二人、いや私達四人ならきっとできます。だから一緒にアイドル頑張りましょう?」

 そう繰り返し言うと、彼女は「あうぅ……。ぅん」と照れくさそうに返事をしてくれました。

 

 

 

『計 画 通 り』

 心の中で、前世で見た『コロンビア』のガッツポーズをしてしまいました。実は私、あのポーズ結構好きなんですよね。あの無駄に自信満々な表情が何ともいえません。

 言質(げんち)はとりました。2人の思い出エピソードとしても、まぁまぁの及第点でしょう。

 これで2人は晴れて一蓮托生(いちれんたくしょう)、切っても切れない仲、運命の赤い糸、地獄(アイドル)へ道連れです。最後はちょっと不吉でしたか。

 

 今日のことで七星朱鷺(リーダー)にとって自分が重要な存在であることを認識してくれたはずです。

 そして今後乃々ちゃんが本気でアイドルを辞めたいと言い出したら、「えっ(絶句)。の、乃々ちゃん、あの時の言葉はウソだったんですか!? 私を騙していたんですか!?」と言ってヒステリックに泣き叫んであげれば、優しい優しい乃々ちゃんのことですから必ず思い留まってくれるでしょう。

 彼女は人の嫌がることは絶対にしない、とっても良い子なんです。

 

 騙して悪いですが、これもリーダーのお仕事ですから仕方ありません。残念ながらビジネスに私情を挟むことはできないのです。私達がこのどん底から這い上がるには乃々ちゃんの力が絶対に必要なのですから。

 その代わり、この命を賭けて彼女を全力でサポートしようと心に誓ったのでした。

 

 しかし本当に友達思いの良い子ですよね。私が男の身の上なら絶対に惚れていましたよ。

 これはコメットのリーダーとして、悪い虫が付かないよう気をつけてあげなければいけません。

 むしろ私が一番の悪い虫のような気がしますが、それはあえて気にしません。気にしたら負けでしょう。

 

 とりあえず、一人目はこんな感じで対応しました。あと二人、頑張りましょうか。

 

 

 

 

 

 

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