ブラック企業社員がアイドルになりました   作:kuzunoha

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第62話 フォーリン・エンジェル

「コメットを分けてまで、卯月さんをオータムフェスに参加させる意図をお教え願います」

 常務室に私の声が広がります。感情が少し表に出てしまい語気がやや強くなってしまいました。

「いいだろう。理由は二つあるが両方説明が必要か」

 美城常務の返事を聞き「お願いします」と軽く頭を下げました。

「一点目は人材の有効活用だ。渋谷凛がトライアドプリムスとして参加すること、本田未央が舞台の都合で欠席することからニュージェネレーションズは今回参加不可となる。だがアイドルとして力のある島村卯月をスタッフとして遊ばせておくのは勿体無いと判断した。社員でも出来る裏方の仕事を敢えて彼女にやらせる理由はないだろう」

「それは、確かに……」

 その点については私も納得できました。デビュー前ならともかく、今の彼女に裏方の仕事をやらせても得られるものはそう多くはありません。だってアイドルとはステージ上で光り輝く存在なのですから。

 

「二点目だが、私は彼女にアイドルとして成長する機会を与えたいと考えている」

「成長、ですか?」

「ニュージェネレーションズの他二人がそれぞれの道を模索している中、島村卯月だけが同じ場所で立ち止まっている。だが歩みを止めた生物に待っているのは死だけだ。それはアイドルにとっても同じだろう」

「現状維持では後退するばかりである、ですか……」

「今の彼女のように『ニュージェネレーションズであり続けること』が目的になっていては先がない。シンデレラプロジェクトは彼女達にとっていわばインキュベーター(保育器)だ。私の方針が万一反映されないとしても、いずれ成長して殻を破り各々が選んだ道を歩んでいかなければならない。

 だからこそ、あえて従来と異なる環境で活動することで新たな目標が見つけられるのではないかと判断した」

「ではコメットを分割したのも我々の可能性を広げるためなんですか?」

「ああ。私の方針が決定した暁には君達にも新たなステージで活躍して貰う。だからこそ、様々な環境に適合できるよう進化して貰う必要がある」

「そうですか……」

 どうしましょう。余りにもマジメ君過ぎる回答だったので上手い返しが思い付きません。

 

 美城常務の意見は至極真っ当でした。一般的なアイドルはアイドルとしてこうなりたい、こんなことをしてみたいという希望を強く持っています。例えば私の場合は清純派アイドルとして光輝くことですし、李衣菜さんで言えば世界一のロックアイドルになることです。アイドル達はその目標に向かって日々精進しています。

 一方で卯月さんは『アイドルに対する憧れ』がアイドルになった動機でしたから、ある意味もう夢が叶っています。人というものは目標がなければここぞという時に頑張り切れませんので、何かしらのダメージを受けた際に緊張の糸が切れてしまうのではないかと懸念していたのは事実でした。そのあたりの事情を正確に把握しているとは、さすおにならぬさす常務です。

 私も通常時であれば賛成しますけど、何せ卯月さんの頭上にはあの死兆星が輝いていますので余計なことはさせたくありません。何とか思い留まらせることは出来ないでしょうか。

 

「ですけど肝心の曲がないですよね。折角のオータムライブで使い古された共用曲を流しても盛り上がりませんよっ!」

「今後アイドル事業部全体の共用曲となる『Take me☆Take you』を先行投入する。それならば文句はあるまい。それでも反対するのであれば相応の根拠を示したまえ」

「くっ……」

 ここで死兆星なんて言い出したら『自分をアイドルだと思い込んでいる精神異常者』扱いされて隔離病棟に放り込まれてしまいます。謎の幼女に北斗神拳を伝授して貰ったという時点で頭がちょっとアレな奴だと各方面から思われていますので、更にイカれた設定を追加する勇気はありませんでした。他の言い訳を考えましたがとっさには出てきません。

「理にかなう根拠が無いのであれば指示に従って貰おう」

「……わかりました」

 結局彼女の案を飲まざるを得ませんでした。

 

「しかし常務さんがそんなに卯月さんのことを買っているとは思いませんでしたよ。クール美女好きな能力第一主義者だと思っていたので意外でした」

「確かにダンス、ボーカル共にシンデレラプロジェクトの中では平均的なレベルだろう。だが彼女には既存のアイドルが持っていない未知の力が眠っているように感じる。その輝きがリアルかイミテーションか、この目で確かめてみたい」

 美城常務も卯月さんが持つ無限の可能性を感じたという訳ですか。確かにあの子は事務所の中では取り立てて尖った個性のないアイドルですが、その分どのお仕事にも馴染みやすいので様々な分野で活躍できる可能性があります。それに狂気すら感じるほどの努力家ですし普通の子達が感情移入し易い等身大のアイドルですので、何かの拍子に化けたら天下を取れるかもしれません。

 

「ですが他にも理由があるんじゃないんですか? 面倒見が良くて別け隔てのない本当に良い子ですから、つい応援したくなっちゃったとか」

 冗談半分でからかうと常務の眉がピクリと動きます。

「……人柄が良いのは否定しない。だが私はアイドル事業部の統括重役だ。特定のアイドルに肩入れすることはない」

「はいはい、そういうことにしておきましょう」

「はいは一回でいい」

「は~い」

 この反応はガチっぽいです。ファンだけではなく常務まで虜にするなんて、卯月さんは魔性の女なのかも……?

 常務が選抜したクローネのメンバーも素晴らしい子達なのでアイドルを見る目はあるのだと思います。人材発掘能力が高く育成能力がイマイチとは、まるでどこかのお犬様みたいだぁ。

 

 

 

 その翌日、私はクローネのプロジェクトルームに伺いました。セットリストの詳細が決まったので各メンバーにオータムフェスの概要を説明する必要があるのです。

 既に全員集まっていたので進行や当日の注意事項について一通り連絡しました。

「……フェス全体についての説明は以上です。何かご質問があれば気軽におっしゃって下さい」

「トキせんせー! おやつはいくらまでですか~」

「税込み五百円までです。もし一円でも超えた場合は、ウチの実家から送りつけられた先行試作型『手羽先唐揚げキャラメル』や『味噌煮込みうどん風ドロップ』にすり替えますので注意願います。両方共超クッソ激烈に不味いですから覚悟しておいて下さい」

「おーまいがー!」

 大げさに叫びながら両手で頬を挟む仕草をしました。すると何人かの子が吹き出します。

「あはは~、フレちゃんレビューよろしく~☆」

「う~ん。前に実家が血迷って試作した『ニシンそば風生八つ橋』とどっちがまずいかな~?」

クローネにとって初となるライブの話で緊張感が漂っていたので、気遣い屋のフレデリカさんが空気を読んでくれたようです。単純なボケか気遣いかが分かり難いのでリアクションに困りますね。

 

「私から一つ、質問ではなく相談があるんだけどいい?」

「何でしょう、奏さん」

「出演の順番なんだけど、今からは変えられないのよね? LiPPSはいいとしてトライアドプリムスとノルンはライブ未デビューの子が多いから、もう少し前にして貰えると負担は減ると思うのだけど」

「私も直訴しましたが、残念なから関係各所に通知済なので難しいようです」

「そう……」

「でも今回のステージはキャパ七千人の幕張ミッセだよ。デビュー前のプレッシャーはアタシ達の比じゃないって! 後半になればなるほど緊張しちゃうから厳しいと思うけど……」

 美嘉さんも常務の采配には疑問があるようでした。その気持ちは痛いほどわかります。

 現場をあまりよく知らない方はついつい自分の都合で物事を考えてしまうので困りますね。一度でもライブを経験していればこんな選択はしないですもの。

 

「それでは私から改めて常務に上申しましょうか。関係者の負担増になってしまいますが、背に腹は代えられませんし」

「待って。……大丈夫、私は行けるから」

「加蓮、大丈夫?」

 凛さんが心配そうにその表情を窺いました。

「私達はこのライブを目指して頑張ってきた。当日は今までの成果を出すだけだから、順番なんて関係ないよ」

「そうだな! ここまで来ちゃった以上、なるようになる……いや、何とかするさ!」

「わかった。加蓮と奈緒が大丈夫なら私も付き合う」

「……ありがとう、凛」

 トライアドプリムスは無事に解決したようです。

 

「文香さんや橘さんはいかがでしょう?」

「……正直なところ、ライブの前にどのような心境になるのかはわからないのです。ですが加蓮さんや奈緒さんの言う通り、私が今出来ることをするだけですからこのままで構いません」

「文香さんがそう仰るのなら、私も問題ないです」

 ありすちゃんがコクコクと頷きました。表面上は平静を装ってますが内心は動揺しているようなので心配です。何せ橘さんと呼んでいることに気付かないくらいですし。

「もちろんゆいも問題ないよ☆ いかにも主役って感じでアガッちゃうくらいだし♪」

「……それでは、出演の順番はこのままとさせて頂きます。私もDIOとしてフェスに出演するのでバタバタしてしまいますが、皆さんのお役に立てるよう努力するのでよろしくお願いします」

「こちらこそ、ヨロシクねっ★」

 美嘉さんと固い握手を交わしました。この子達のデビュー戦が素晴らしいものになるよう頑張っていきましょう。

 

「はぁ~、真面目な話は疲れるにゃ~♪」

 借りてきた猫状態だった志希さんが思いっきり伸びをしました。大型フェスも彼女とっては実験の一つくらいの位置付けなのかもしれません。

「確かにお固い話で疲れたから、このシューコちゃんが思いっきり話題を変えちゃおっか~。……ねぇねぇ美嘉ちゃん、担当Pとはどこまで行ったの?」

「ぶっ!」

 ミネラルウォーターを口にしていた美嘉さんが盛大に吹きました。プロレスの毒霧みたいです。

「ちょ、ちょっと! 何の話!」

「だって美嘉ちゃんって担当Pのこと好きじゃん。だからどこまで進んでるのかな~って」

「何もない! まだ何もないから!」

「『まだ』何もないとは、語るに落ちたねぇ~」

「だから違うって!」

 瞬く間に顔が赤くなっていきました。おやおや、これはどういうことですかねぇ?

 

「大体何で急にこんな話になってるのよ!」

「だって美嘉ちゃんのPがプロジェクトクローネの担当になるかもしれないって噂やん。なら聞くしかないっしょ」

「キスくらいはしていてもおかしくはないものね。いえ、もしかしたらその先も……フフッ」

「にゃーっはっはー♪ いつの間にPと化学変化するなんて、やるねぇ~美嘉ちゃん!」

「だからそういうんじゃないって!」

 奏さん達が楽しそうで何よりです。いいですよ、もっとやりなさい。

「文香さん、キスの先って何ですか?」

「ありすちゃんにはまだ早いお話だと思います……。私も経験はありませんから詳しい説明は出来ませんけど」

「ち、小さい子供のいる前でそんな話するなよなっ!」

「奈緒、顔真っ赤……」

「私は小さくもありませんし子供でもありません!」

 先程までの緊張感は予想外の恋バナを切っ掛けに吹き飛びました。皆の弄りを一手に引き受けてくれるとは、流石私が見込んだ被害担当艦です。

 

「美嘉さん、美嘉さん」

「な、何?」

 ツッコミ過ぎて疲れ切った彼女にそっと寄り添います。

「これを渡しておきましょう。苦痛に耐えられぬ時飲むといいです」

「……これは?」

「胃薬です。美城常務も愛用している優れものですよ」

「ああ、ありがと……」

 力ない手で受け取りました。いや~、皆さんから愛されて羨ましいです!

 

「ほら、皆いつまでも遊んでないでレッスンを始めるよ。もうそんなに練習日も残ってないんだからさ」

「は~い!」

 凛さんが声を掛けると漸く場が落ち着きを取り戻しました。

「それでは私は卯月さん達の様子を見に行きますので失礼します。レッスン頑張って下さいね」

「うん。……私も一緒に行こうか?」

「今の貴女にとって大事なのはトライアドプリムスとしてライブを成功させることです。ですからレッスンに集中して下さい」

「わかったよ。卯月のこと、よろしく」

「はい。承りました」

 心配そうな表情の凛さんを残し、クローネのプロジェクトルームを後にしました。

 

 

 

 そのままの足でボーカルのレッスンルームに向かいました。この時間はほたるちゃん達が新曲のレッスンを受けているはずです。

「……失礼しま~す」

 ゆっくり扉を開けて小声で挨拶をしました。室内にはトレーナーさんとほたるちゃん、乃々ちゃん、そして卯月さんがいらっしゃいます。無言でトレーナーさんに一礼した後、レッスンの邪魔にならないよう隅っこで見学を始めました。

 

「~~♪~~♪~♪」

「はい、一旦ストップです」

 新曲を歌っていた卯月さん達に声を掛けました。

「森久保さんはまた声が小さくなっていますよ。もっとお腹から声を出すよう意識しましょう」

「はぃぃ……」

「島村さんは高音があまり出ていませんね。喉仏を上げず、通常の位置をキープするよう注意して下さい」

「わ、わかりました」

「それではもう一度通してみましょう」

 その後もレッスンは続きましたが、全体的に少し精彩を欠いているような印象を受けました。

 

「今日のレッスンは以上です。みんな、ご苦労様」

「ありがとうございました!」

「喉を使ったのでちゃんとケアしておいてね。後はお願いします、七星さん」

 すると皆が一斉に振り向きました。レッスンに集中していて私の存在には気付いていなかったようです。

「皆さんお疲れ様でした。ちょっと休憩でもしましょうか」

「はい、わかりました」

 そのまま四人で休憩室に行きました。

 

「どうぞ、ホットレモネードです。喉を保温してくれますし体も温めてくれますからボーカルレッスン後に丁度いいですよ」

「ありがとうございます」

 自販機で買った缶ジュースを三人に渡します。休憩用のソファーに座りながらちびちびと頂きました。

「進捗はいかがですか、ほたるちゃん?」

「新曲で振り付けも一からなので大変ですけど、当日には間に合うと思います」

「一時はむ~りぃ~だと思いましたけど、何とかなりそうで良かったです……」

「そいつは重畳(ちょうじょう)ですね」

 臨時ユニットでは上手く合わないんじゃないかと思っていましたけど、取り越し苦労のようで何よりでした。

 

「卯月さんも大丈夫ですか?」

「……」

「卯月さん?」

「えっと、はい! 何でしょう!」

 顔を覗き込むと慌てて飛び上がります。

「フェスまでにスマイルステップスが仕上がるかって話をしていたんですけど」

「だ、大丈夫です! 島村卯月、頑張りますから!」

 いつもは素敵な笑顔ですが今日に限っては少しぎこちないように感じました。

 

「無理しなくていいんですよ? 大変であればダンスの構成を簡略化することもできます。ニュージェネ以外のユニットで演ることに抵抗があるのでしたら何とかして常務に掛け合いますし」

「私頑張りますから、本当に大丈夫です!」

「……そうですか。わかりました」

 本人がやると言っている以上、強制的に辞めさせる訳にはいきませんでした。それに今回の臨時ユニットで成功して自信が付けば凛さん達に置いていかれているという劣等感を払拭することが出来るかもしれません。しかし死兆星のことがあるのでどうしても不安は拭えないのです。

 こんなとんでもない能力があるのに仲間一人完璧に護ってあげられないとは、とんだ無能ですよ、私は。

 

 

 

 それから一週間程経ちオータムフェスの当日になりました。フェス自体は午後からですが事前準備があるので早めに会場に向かいます。到着後はプロジェクトクローネの控室で文香さん達に今日の流れを改めて説明しました。全員話は聞いているものの緊張した面持ちでして、今から討ち入りでもするかのような真剣さです。

「何か質問はありますか?」

 すると周子さんが手を挙げます。

「質問と言うか疑問なんやけど、どうやったら朱鷺ちゃんみたいにライブ前に笑顔でいられるのか教えて欲しいな~。こんな大きなステージでライブだって思うと流石のシューコもちょっと厳しい感じだし」

「そこは経験の差ですよ。ステージ上でどう動けばいいのか、自分をどのように見せるかがイメージ出来ていますからその分少しだけ余裕があるんです」

「でも、それって今からどうしようもないなぁ」

「はい。私もサマーフェスで経験しましたけど此処のような大きなステージは本当に緊張します。ですがその壁を乗り越えれば素晴らしい光景が待っています。それに周子さんにはLiPPSという素晴らしい仲間がいますのできっと大丈夫ですよ」

「そうそう、ここはフレちゃんに任せて、泥舟に乗った気で行こ~!」

「にゃはは、泥舟じゃ直ぐに沈んじゃうって☆」

「そんなに心配しなくても大丈夫よ。何かあったら美嘉が体を張って助けてくれるから」

「ってアタシかい!」

 皆さん緊張はしていますがお互いがお互いを信頼しています。この調子なら問題ないでしょう。

 

 一方で、クローネ内にちょっと気になる方がいました。

「文香さんは、今日のフェスは大丈夫ですか?」

「えっ……。な、何でしょう……」

 なんだか心ここにあらずと言った様子です。

「本当に大丈夫ですか? 昨日はちゃんと眠れましたか?」

「は、はい。少しは……」

「それならいいんですが」

 若干顔が青くなっているのが気になります。気の流れもあまり良いとは言えません。それは他の子も同じなので彼女だけを特別視する訳にはいきませんけど。

「文香さんなら大丈夫です! 今日のライブを成功させるって、三人で約束したんですから!」

「うんうん☆ ゆい達にまーかせてっ♪」

「……わかりました。ですが何かあったら連絡して下さいね」

「はい」

 いつも以上に口数が少ないので気になりますが、私自身の準備もあるのでクローネの控室を後にしました。

 

 

 

「すみません、お待たせしました」

 シンデレラプロジェクトとコメット共用の控室に入ると頭を深く下げました。集合時間に3秒も遅れるとは不覚です。人様にアドバイスしていますが私自身緊張しているので時間が管理が疎かになっていたのでしょうか。

「クローネのサポートご苦労様、七星さん。今から説明するから大丈夫だよ」

「それでは全員揃いましたので、本日の予定を改めてお伝えします」

 武内Pと犬神Pが流れを説明しました。もしかしたら当日の変更があるかもしれないので耳に神経を集中させます。一通り聞きましたが特に大きな変更はなくて一安心でした。

 

「それではもう直ぐ開演の時間です。川島さん達に続いて我々の出番となりますので準備をお願いします。沢山のお客様が皆さんのステージを心待ちにしていますので頑張って行きましょう」

「はいっ!」

 皆気合の入った返事をしました。

「気合は入れなければいけませんが、過度に緊張する必要はありません。会場のお客様と同じように笑顔でこのフェスを楽しんで下さい」

「先輩の言うとおりだ。それにこのオータムフェスの成否はプロジェクト存続の有無には影響しないしね。多少失敗しても大丈夫だから自由にのびのびと演じてくれ!」

「自由にのびのび……。じゃあ杏は楽屋で横になってるから後はよろしく~」

「なんでやねん!」

 杏さんのボケに対してかな子ちゃんと智絵里さんがツッコみました。最近ではこの漫才スタイルが板についてきたようです。

「冗談だって。でも意外だな~。あの常務のことだから、『オータムフェスで失敗したら即プロジェクト解散だあ~!』って無茶を言い出すと思ってたよ」

「そ、そうだね。最初はそんな話も出ていたんだけど、七星さんが誠心誠意説得した結果撤回して貰えたんだ」

「ああ、そういうこと……」

 皆一様に何かを察しました。嫌ですねぇ、別に脅迫なんてしていませんよ。ただ私はストレスが溜まると無性にカーニバルが見たくなるとお伝えしただけです。それを常務が勘違いしただけなんです。

 

「それじゃ、『アスタリスク with なつなな』の初お披露目と行きますか!」

「おう!」

「はいっ!」

「行っくにゃ~☆」

 気合の入った掛け声が聞こえてきます。 アスタリスクは元々みくさんと李衣菜さんのユニットですが、紆余曲折あって本格派ロックアイドルの木村夏樹さんと菜々さんが臨時メンバーに加わりました。夏樹さん達は元々担当Pが違うのですが、Pの垣根を気にせず超党派で美城常務に対抗することにしたそうです。

 強い敵と戦うために同盟を組んで立ち向かうとは何とも王道な流れですね。でも私が大好きな展開です。

 

「わくわくドキドキだね☆」

「み~んなで、ハピハピしよっ!」

「お客さんに幸せを届けましょう!」

「私達も頑張ろうね、アーニャちゃん♥」

「ダー。美波と一緒なら、何でも出来る気がします」

 他の方々もそれぞれ張り切っています。ですが私としては心中複雑でした。

 

「我が半身達よ! 堕天した我々が地獄の釜を開いてやろう! 民共よ、ひれ伏せ! その魂の鼓動を我に捧げるのだ! ハーハッハッハッハ!!」

「アッハイ」

 蘭子ちゃんのテンションが当社比二倍で高まっています。普段はソロで頑張っていますけどこれでいて結構な寂しがり屋ですから、たまに臨時ユニットを組むと物凄く張り切るんですよね。そして今回組むのは盟友であるアスカちゃんなので尚更です。

「ああ、オトナには観測できないボクらの世界を見せてやろうじゃないか」

 正直私にも観測できないですと言いたくなりましたが、水を差すので止めておきました。

 

「それにしてもDIOの衣装ってなぜゴスロリ固定なんでしょう……」

「蘭子が中心のユニットだからね。ボクの趣味とはちょっと違うけど、これも悪くない」

「今回は適正サイズですから、以前と比べればまだマシだと我慢するしかありませんか」

「我が望むのは黒衣。七彩の華よりも漆黒の闇色がよい」

 約一名はご満悦な様子です。蘭子ちゃんとアスカちゃんは世間的には同じ中二病アイドルで認知されてますけど、一見似ているようで趣味嗜好はかなり違うんですよね。

 人間として非常に魅力的で将来有望な子達なので、中二病という陳腐な言葉でカテゴライズすること自体が望ましくないのかもしれません。彼女達の売り出し方については今度手が空いた時に武内Pと犬神Pに相談してみますか。

 

「ニュージェネ以外のユニットに参加したことはありませんけど、頑張りますのでよろしくお願いしますっ!」

「こちらこそよろしくお願いします、卯月さん」

「よ、よろしく……」

 一方で急造ユニットである『スマイルステップス』は緊張感に包まれていました。三人共本来のユニット以外で組んだことはないので仕方ないと思います。だって、ユニットでの活動はそう簡単なものではないのですから。

 私だって最初にDIOとして出演した際には相当緊張しました。あの時はそれ程お客様が多くなかったので良かったですが今回はオータムフェスという大舞台です。

 コメットとニュージェネは共に解散危機など紆余曲折を経て絆を深め今に至ります。なのでそういう歴史がないスマイルステップスが大舞台で高いパフォーマンスを発揮できるかちょっと心配でした。でも皆出来る範囲で頑張って来たので大丈夫だと信じることにします。

「それでは皆さん、頑張って行きましょう。シンデレラプロジェクト&コメット、ファイトー!」

「おー!」

 美波さんの言葉に応えるようにして、力強い掛け声が控室に響き渡りました。

 

 

 

 そしてオータムフェスが始まりました。幸子ちゃんや茜さんなどの事務所エースが先陣を切るとシンデレラプロジェクトがそれに続きます。私達の順番もあっという間に回ってきました。

「次は神崎さん達の番になります。よろしくお願いします」

「わかりました。DIOは神崎蘭子、二宮飛鳥、七星朱鷺で行きます」 

「神崎さん。存分に頑張って……いえ、魂を輝かせてきて下さい」

「ふふん♪ ならば我は同胞達を誘う導き手となろう!」

 緊張よりも期待に胸膨らんでいる様子です。担当アイドルに合わせてコミュニケーションを図るとは、流石武内Pと言ったところですか。過去の失敗を反省し改善に務めるPの鑑です。

「蘭子ちゃん、よろしくお願いしますね」

「闇の刻を超えて、いま覚醒の時は来たれり!」

「フフッ。今日は絶好調のようだ」

 そういうアスカちゃんも機嫌がいいように見えます。好調の二人に置いて行かれないよう私も頑張らないといけない感じです。 

 

「せーのっ!」

 順番が来たのでステージに飛び出しました。するとスポットライトが一斉に当たります。

「我らはダークイルミネイト・オーベルテューレ。闇夜を彩るは我らの光! そなたらの眼に、この姿を焼きつけよ!」

「ボク達はアイドルという名の偶像に過ぎない。だがそれも一興さ! 暗黒の闇の中に輝く偶像達の魂のユニゾンを魅せてあげるよ! さぁ、奏でようか!」

 二人共以前一緒に演った時と比べて二段階位ギアが上がっています。ならば私もギアを上げざるを得ないでしょう。さぁ、行こうぜ!

「フゥーハハハハ! 禁忌の覇王こと七星朱鷺は再び現世に舞い戻った! 希望よりも熱く、絶望よりも深いもの────即ち愛を取り戻した我を誰も阻むことは出来ぬ!」

 顔から火が吹き出そうなのを必死で我慢して言葉を続けます。

「愚民共よ、血塗られたショーの第二幕だッ! ダークイルミネイト・オーベルテューレが贈るのは深淵の戯曲 ──── 『-LEGNE- 仇なす剣 光の旋律』。さぁ、ふるえるがいい!」

 イントロ! イントロを早くプリーズ!

 

 

 

「……三つの運命が邂逅するとき、闇夜に歌は紡がれた!」

「迂闊に近寄ると怪我をするよ。ボクらは今、昂ぶっているからさ!」

「私が、私達が、アイドルだ!」

 無事歌い終えた後で舞台袖に駆け込みます。今のライブの様子が販売用のブルーレイに永久保存されると思うと気しか重くなりません。

 とりあえず今のライブが前半最後で、少しだけ間を開けて後半開始となります。後半の一組目は本日の目玉であるノルンですから私としても楽しみでした。

 

「ベルゼブブの羽音を感じぬか?」

「そういえば何だか騒がしいですね」

 正気に戻るとスタッフさん達が舞台裏をバタバタと駆け回る騒音に気付きました。

「あっちに人が集まっているようだけど」

 人が多い方に駆け寄ると、そこには真っ青な表情の文香さんがうずくまっています。

「一体どうしたんですか!?」

「ライブ前で準備していたんですけど、文香さんが急に苦しそうになって……」

 今にも泣きそうな様子のありすちゃんが事情を説明してくれました。

 

「多分、不安と緊張で目眩を起こしちゃったんだと思う。それに昨日の夜はあんまり寝てなさそうだったし、食欲も全然ないって言っていたから……」

 恐らく唯さんの言うとおりだと思います。これはサポート役にも関わらず文香さんの体調を完全に把握出来ていなかった私の落ち度です。自分の無能さを全力で呪いたくなりましたが後悔先に立たずでした。しかし今はこの場を何とかすることが先決です。

 

「ど、どうしましょう!? 文香さんがいないと私……」

「今からプログラムの変更……っていってもこんな直前じゃ無理か~」

「フフッ」

 不安そうな二人を前にして不敵な笑みを浮かべます。

「こんな時に笑うなんて不謹慎ですっ!」

「私を誰だと思っているんですか。北斗神拳伝承者の七星朱鷺ですよ」

 文香さんの方へ手を伸ばし、鼻の下を軽く指で突きます。

「あっ……」

 すると文香さんが意識を失いその場に倒れ込んだので、その体を抱きとめました。

 

「朱鷺さん! 文香さんに何を……」

 ありすちゃんが最後まで言い終わらない内に文香さんが意識を取り戻します。

「……此処は、どこでしょう?」

「舞台裏ですよ。とりあえず深呼吸して気分を落ち着けて下さい」

 私の言葉に従い何度か深く呼吸をします。すると顔色が見違える程良くなりました。

「落ち着きましたか?」

「はい。ですが私の体に一体何が……」

「経絡秘孔の一つである『定神』を突きました。この秘孔には錯乱状態にある者を一旦気絶させ、目覚めた時に落ち着かせるという効果があります」

「おお~! 流石朱鷺、いざという時に頼りになるね~☆」

 借り物の力ではありますが、褒められると悪い気はしません。

 

「ライブですが、いけそうですか?」

「ええ。先程までは息が苦しくて震えが止まりませんでしたが今は大丈夫です。このまま演らせて貰えないでしょうか」

「流石文香さんです!」

「よ~し! それじゃあノルンのデビュー戦、パーッといっちゃうよ~☆」

「わかりました。では、一生に一度のデビューライブを楽しんできて下さい!」

「はいっ!」

 笑顔で三人を送り出します。あれだけ練習してきたのですからきっと素晴らしいライブになるでしょう。

 

 

 

 いつまでも舞台裏にいる邪魔になるので、そのままシンデレラプロジェクトとコメットの控室に移動します。ドリンクを飲みつつ室内に設置されたモニターでライブを観戦しました。今は丁度トライアドプリムスの『Trancing Pulse』が終わったところです。

「凛ちゃんも奈緒ちゃんも加蓮ちゃんも、み~んな可愛かったにぃ☆」

「でも、可愛さならみく達も負けていないにゃ!」

「可愛いっていうか格好いい感じだと思うけどな。何となくロックっぽいし」

「李衣菜ちゃんのロック判定基準は相変わらずガバガバなのにゃ」

「ロックだって感じたことがロックなんだよ!」

 ライブ終盤で私達の出番はほぼ終わっているので皆の緊張はだいぶ解けていました。いつも通りの他愛のないやり取りが繰り広げられています。

 

「今度は誰の出番だっけ~」

 出番が終わってぐでたまと化した杏さんが呟きます。すると横に座っていた智絵里さんがフェスの資料をめくりました。

「次は『スマイルステップス』と書かれてますので卯月さん、ほたるさん、乃々さんの三人です」

「あの三人かぁ~。う~ん……」

「何か問題でもあるんですか?」

「別に問題って程じゃないけど……何となく、ね」

「だ、大丈夫ですって! 皆頑張って練習していましたから!」

 慌ててフォローしましたが内心どきりとしました。なぜなら私も杏さんと同じく、言い様のない不安を憶えていたのです。

「あっ、始まりますよ!」

 卯月さん達の出番が来たのでモニターを食い入るように見つめました。

 

「~~♪~~♪」

『Take me☆Take you』のイントロに合わせて三人が歌い始めます。時間がないながらもしっかり練習してきたので歌もダンスもレベルが高いです。

 それなのになぜでしょうか。何かが少しづつズレているような違和感を覚えます。まるで洋服のボタンをかけ違っているような……。

 曲の後半に進むにつれ、その理由が少しづつ分かってきました。

 違和感の正体────それは、卯月さんです。

 

 素人目からはしっかり合っているように見えますが、私も約一年アイドルを続けてきたので流石に気付きます。歌にしても踊りにしても、他の二人と比べほんの少しだけ遅れていました。僅かな遅延ですがライブではその違和感が大きな影響を与えてしまいます。しかしそれを大きく上回る問題点がありました。

 

 笑顔が、ぎこちないんです。

 

『笑顔だけは自信があります!』と公言するだけあり、彼女のスマイルは本当に素晴らしく見た者を幸せにします。その笑顔が自然ではありません。

 あれではまるで、以前の私が常時使用していた『営業スマイル』です。心からライブを楽しむことによって生まれる本当の笑顔とはかけ離れていました。自分がライブを楽しむことが出来なければ人に楽しんでもらうことなど出来るはずがありません。

 

 早く立て直して! と心の中で祈りましたが、結局終盤まで改善することはありませんでした。ライブでは誰も助けに入ることが出来ないのです。そのことが本当にもどかしく思いました。

「あっ!」

「卯月ちゃん!」

 すると最後のステップの途中で卯月さんが転倒しました。直ぐに立ち上がりましたが表情が引き攣っています。そこにはもう、笑顔すらありませんでした。

「あ、ありがとうございました……」

 曲が終わると、そのままひっそり退場します。

 

「足、大丈夫かな? 最後引きずっていたけど」

「今日は何だか調子が悪いね」

「やっぱりニュージェネじゃないと駄目なのかな……」

 皆が不安を口にします。クローネを含め、他のユニットのライブの出来は上々だったので悪い意味で目立ってしまいました。

 今日のフェスは卯月さんにとってニュージェネ以外での初ライブでしたから大きな挑戦だったと思います。それだけに彼女が受けた精神的なダメージは図り知れません。

 輝きを失い地上に堕ちた天使は、これからどこに向かっていくのでしょうか。

 

 すると次の瞬間、私の頭の中で何かが繋がったような気がしました。

 仲間に対する劣等感、アイドルとして曖昧な状態、真面目な性格で狂気すら感じる努力家、新たなチャレンジの失敗、そして死兆星……。

「もしかして、卯月さんの一連の不調と死兆星は関係しているのかも……」

「どうしたんだい、トキ?」

「い、いえ、別に何でもないですよ!」

 思わず独り言を呟いてしまいました。

 今までは原作(北斗の拳)的に考えて彼女が事件や事故等の物理的災難に遭うものとばかり思っていましたが、生命の危機はそれだけに限りません。精神的な死も危機であることには間違いないのです。そして現状を鑑みれば後者の可能性の方が遥かに高いように思えました。

 このままでは誰得バッドエンドどころか悲しみしか残らないサッドエンドへ一直線です。これはもう、どうあがいても絶望……。

 

 

 

 いや、まだだ! まだ終わらんよ!

 

 どうすれば良いか必死に考えなさい、七星朱鷺!

 

 天使が再び羽ばたけるようになる方法が、きっとどこかにあるはずです!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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