ブラック企業社員がアイドルになりました   作:kuzunoha

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第64話 島村卯月ちゃんを救う会

「頼む! 一回だけ! 一回だけでもいいからっ!」

「ないです。無理です。お断りです」

 犬神Pの無茶な要求をハッキリキッパリ断りました。普段であればすごすごと引き下がりますが今日は様子が違うようです。

「そんなこと言わないで考え直してくれないかな?」

「清純派アイドルはイメージが大切なんです。そんなはしたないことをしたら私のイメージがダウンしてしまうじゃないですか」

「今時中学生だって普通に経験しているよ? アイドルでもやっている子は多いしね。最初は慣れないから緊張すると思うけど何回かやっていれば楽しくなるしスムーズに出来るようになるさ」

「しつこい男は嫌われますよ。嵌りすぎて依存症になる方もいますからやりたくないです」

「どうしてもダメかい? 七星さんならこういうことは結構得意だと思うんだけど」

「興味が無い訳ではないですし適切な対応をすればリスクは減らせますが、それでも絶対安全とは言い切れません。万一大事故が起きてしまったらスキャンダルになってアイドルを続けられなくなりますしね。こういうことはもっと大人になってからで十分です」

「……頼む! 一生に一度のお願いだ! 俺を一人前の男にしてくれ!」

 コイツいつも一生に一度のお願いしてんな。デッドプールさん(不死身ヒーロー)の親戚か何かでしょうか。

「土下座されてもむ~りぃ~ですって。……ん?」

 プロジェクトルームの外から人の気配がしました。もしかして泥棒かと思い、外にいる不審者に気付かれないよう忍び足で扉に近づきます。内開き式の扉のドアノブに手を掛けました。

 

「はっ!」っという掛け声と共に一気に扉を内側に開きます。

「きゃあ!」

「おっと!」

「うわわわっ……」

 すると一斉に人が流れ込んできます。入ってきたのはコメットの三人でした。

「あれ、どうしたんです?」

「な、何か立て込んだお話をされていたのでお部屋に入り難くて……」

 ほたるちゃんが慌てて弁解しました。ああ、結構な大声で喋っていたので外まで聞こえていたのですね。

「皆さん顔が赤いですけど大丈夫ですか?」

「あ、ああ。別に、何でもないよ」

「もりくぼ、ドキドキでした……」

「……?」

 思春期の女の子達が何を考えてるのか、私にはよく分かりません。

 

 

 

「ツイッター、かい?」

「ああ、みんなに始めてもらおうと思ってね」

 乃々ちゃん達を含め先程の話を再開しました。プロジェクトルームに着いて直ぐに犬神Pがやって来て、今日からSNSの一種であるツイッターを始めて欲しいとお願いされたので対応に苦慮していたのです。

「そうだったんですか……」

 皆が少し残念そうな表情を浮かべました。一体何の話だと思っていたのか超気になりますから後で聞いてみることにしましょう。

 

「先程も申し上げた通り私は反対です。対応を誤ると炎上する危険性がありますし誹謗中傷を受ける可能性も無いとは言えませんから」

 この世界は前世と比べて良心を持った方の割合が高いのでネット上もあまり荒れてはいませんが、災いの芽を自分から積極的に撒く必要はないと思います。

「確かにそういう懸念はあるけど、不特定多数の人とも繋がりやすいので宣伝としては有効だよ。それにツイッターの公式アカウントを持つことが今交渉中の仕事を受ける条件になっているんだ」

「さっき私に話を振った時にはそんなこと一言も言ってませんでしたけど」

「そんな条件は撤回させるように交渉しろと言うに決まってるからね。とりあえず伏せてお願いしてみたんだよ」

 一応は学習能力が備わっているようで一安心しました。十中八九そんなことを言っていたでしょうね。

 

「お仕事ってどんな内容ですか?」

「『LIZ LASA』っていうファッションブランドとのコラボ企画だ。交渉は九分九厘纏まっているんだけど、コラボ期間中はツイッターで相互フォローしてフォロワーを増やしてなるべく多くの人に知れ渡るようにするというのが契約の条件になっているんだよ」

「かなり有名なファッションブランドじゃないか。確かホタルも何着か持っていなかったかい?」

「ワンピースやアウター、ボトムスをいくつか持っています。とても可愛いですし好きなブランドなので、朱鷺さんさえよろしければそのお仕事をお受けしたいのですが」

「もりくぼは恥ずかしいですけど……皆がやってみたいなら、頑張って挑戦します」

 ほたるちゃんと乃々ちゃんが不安そうな表情で私を一瞥しました。何だか私が悪者みたいで居心地が悪いです。

 

「ファッションブランドとのコラボなんてトキのような清純派アイドルにぴったりな仕事だと思うけど、折角の機会を無駄にしてしまっていいのかい?」

「うっ……!」

 清純派というワードにより私の心はかなり揺れ動きました。

「それはそうですが、やはりリスクが……」

「使用する者が規律を理解していれば然程問題はないさ。例えばナイフだって人に向ければ凶器だけど正しく使えばとても便利なツールになる。要は使う者次第という訳だよ」

「私達なら正しく使えると思いますけど、駄目でしょうか?」

 ほたるちゃんがしっかりと私の目を見て話します。そこに不安の色はありませんでした。

「……わかりました。その条件を呑みましょう」

「ありがとうございます!」

 この三人からお願いされてしまっては、さしもの私も降伏せざるを得ませんでした。

「その代わり始める前に使用マナーの講座を受けて下さい。それが交換条件です」

「ああ、元からそのつもりだよ。マナー講座のDVDが事務所にあるから見て貰えると助かる」

「わかりました」

 止む無く引き受けましたが、また面倒なお仕事が増えてしまいました。コラボ期間中だけ適当にやって後はフェードアウトすることにしましょう。

 

 

 

「ふぃ~」

 入浴後、パジャマ姿でベッドに寝っ転がります。ネットのなんでも実況する匿名掲示板でビースターズのドラフト会議の結果について熱く語ろうとしたところ、大事なことを思い出しました。

「そういえばツイッターに登録したんでしたっけ」

 先程事務所にいる時に四人でアカウントを登録し会社から公認マークを付けて頂きました。『初投稿です。346プロダクションきっての清純派アイドル、七星朱鷺と申します。これからよろしくお願いします』という簡単なツイートをしたきりですが、開始早々放置プレイでは見て頂いた方に不誠実なので何か適当に投稿しなければいけません。

 ですがこういうSNSって自分がいかにリア充かアピールする場になっているので正直苦手なんですよねぇ。『私ってこんなにぃ、流行に敏感なんですよぉ☆』とか『毎日がとても充実してるんですぅ♥』といったリア充アピールをするために皆やってるんでしょう?

 別に貴方が海外旅行に行こうがパリピで賑わうナイトプールではしゃいでようが全然興味ないからと言ってあげたいですよ。まぁ、これも私のような陰キャの妬みなのでしょうけどね。

 そういう文化を否定はしませんけど、私のような中身オジサンではついていけないと思います。

 十人くらいフォロワーが付いていればいいなぁ、なんて思いつつスマホでアプリを開きました。

 

「ファッ!?」

 目に飛び込んできた光景に全身が凍りつきました。思わずスマホを裏返しにしてしまいましたので、呼吸を整えて恐る恐るスマホを視界に入れます。そこには先程と同じものが映っていました。

「何で万単位でフォロワーが増えているんですか……」

 事務所から帰ってご飯を食べてお風呂に入った数時間の間にフォロワー数がとんでもないことになっていました。恐る恐る初めてのツイートに対するリプライを見ていきます。

 

『こマ?』『beam兄貴姉貴オッスオッス!』『まさかのツイッターとはたまげたなぁ』『お前のことが好きだったんだよ!(本気)』『あぁ~生き返るわ~』『なにやら面白いことになってますねぇ』『自分から弄られに来るのか(困惑)』『マジモンで草』『清純派?』『清純の定義こわれる』『超可愛いけど清純かと言われると、ねぇ……』『メ ガ ト ン コ イ ン』

 なんということでしょう。あんなに綺麗だった私のアカウントが、たった数時間でアニメアイコン勢共に汚染されてしまいました。こういう返信が来ることは予想済みでしたがこの人数は流石に想定外でしたよ。

 有名ファッションブランドとのコラボが控えていますので、このツイッターアカウントはクッソ汚い動画投稿者のbeamではなく清純派アイドルである七星朱鷺のものであることを理解頂く必要があります。

 

『沢山の方々からフォロー頂き感謝感激です♪ このアカウントではアイドルとしての活動状況の他、最新ファッションやスイーツ、カフェの情報等をお届けしますのでよろしくお願いします♥』

「ポチッとな」

 即興で考えた無難なコメントをツイートしました。清純派アイドルという生物は可愛らしいファッションに身を包みシャレオツなカフェでスイーツを食しているらしいので、そういった情報を提供していくと宣言すれば私が清純派アイドルであることに気付いてくれるでしょう。正に完璧な作戦です。投稿して数十秒後にはいくつかの返信が届きました。

 

『あのさぁ……』『冗談はよしてくれ(タメ口)』『違う、そうじゃない』『七星くんはヨゴレ芸人みたいなもんやし(暴論)』『これじゃ台無しだぁ』『そんなことしなくていいから』『なんか足んねえよなぁ?』『ん? 今何でもするって言ったよね?』

「ぐぬぬ……!」

 その後も似たような返信が続きます。匿名動画投稿者時代に拡散させた前世の某語録に苦しめられることになるとは、策士策に溺れましたね……。

 私をフォローするような奇特な連中としては、私が清純派アイドルらしいツイートをすることに対し不満を持っているようです。どうせRTAとかヲタ臭い話題や北斗神拳等に関するネタツイートが中心になると思っていたのでしょう。だけど私は負けない!

 この汚名を返上するためにも、清純派アイドルらしい清流のような美しいツイートをしまくってやるのですよ!

 

「本日、フタヒトマルマルを以って『七星朱鷺 清純派アイドル化プロジェクト』を発動する! この作戦が成功した暁には、私の清純派アイドルとしての地位は確固たるものとなるであろう! クックック……。フハハハハ……。ハーッハッハッハ!!」

「朱鷺ちゃん~。夜中に騒ぐとまたご近所迷惑になるから止めてね~」

「ご、ごめんなさい!」

 悪の黒幕っぽく三段笑いをしていたらお母さんに注意されました。地上最強と言えども両親には敵わないのが悲しいところです。

 

 

 

 そしてツイッターに登録をしてから数日が経過しました。当初は炎上しないか心配していましたが三人共マナーをきちんと守って運用しているため特段問題は起きていません。粘着してくる悪質な一般人もいないのでまずは一安心といったところです。

 ありがたいことに私のフォロワー数はその後も伸び続け、現役アイドルの中でも相当上位に食い込むようになりました。人気を高めるという点では成功したと言えるでしょう。

 今日も無事お仕事が終わりましたので自室でのんびりしながらツイートを投下します。

 

『苦節二ヵ月、ようやく究極の逸品が完成しました。以前作り上げたヅダキャノン、ヅダスナイパーに続く至高のオリジナルガンプラ────フルアーマーサイコヅダ・アイビススペシャル・フルクロスです!』

 完成の証拠として一眼レフで撮影した写真(フォトショ加工済み)を添付しました。絶賛してもいいのよ? と思いながら皆のリアクションを待ちます。するとぽつぽつと返信が来ました。

『完成度超高いけど(頭部以外)原型ないやん』『重武装過ぎてヅダの機動性が殺されているんじゃないでしょうか』『ウルトラスーパーフルアーマーヘビーデラックスガンダムZZの親戚か何か?』『一人で連邦軍相手に戦争を仕掛ける気かな?』

 むっ。予想していたよりも辛辣な感想です。

 

 にわかさん達はこれだから嫌ですねぇ。一見ゲテモノMSに見えますが細かい設定や整合性の調整は完璧なんです。何て言ったって、生まれ変わり後の幼少期に余りにもやることがないのでガンダムの各シリーズをリピート再生していましたからね。その代償としてお父さんとお母さんからは割と本気で心配されていましたけど。

『機動性が低いのではとのご指摘がありましたが心配には及びません。リックドム三機分のジェネレーターを搭載していますし、機体背部には加速用スラスターがあるのでMAを凌駕する推力があります。さらに全身の装甲上には三十基もの姿勢制御用スラスターが配されていて運動性は元のヅダよりも高いです。エンジンの力で無理やり機体を動かすので重力負荷が酷く、超人的な身体能力がないとミンチより酷くなりますけど』

 長くならないよう注意しながら機体解説をツイートします。するとまた返信が帰ってきました。

『ヅダって元々高出力エンジンに機体が耐えられなくて空中分解してましたよね……あっ(察し)』『エンジン暴走不可避』『宇宙の藻屑と化した姉貴に敬礼!』

 完全に死ぬ前提で話を進められたので『死にませんよ!』と返しました。全く、失礼な話です。

 

 大方の予想通り『七星朱鷺 清純派アイドル化プロジェクト』は開始三日で頓挫しました。最初こそ不慣れなファッションやスイーツの話題を出していましたが、フォロワーからの評判が非常に悪い上にネタも直ぐに尽きたのです。そのため得意分野である漫画アニメゲームやガンプラ、麻雀、B級映画、RTAについて呟き出したところ『こういうのでいいんだよ、こういうので』と掌返しで暖かく受け入れられました。

 アイドルとしてこれでいいのかという葛藤はありますが、公式ホームページの趣味欄に載っていますのできっと大丈夫でしょう。今回の敗因は私自身がファッションやお洒落カフェにあまり興味がなかったことだと思いますので、勉強し直してもう一度挑戦する予定です。

 からくりサーカスのフェイスレス司令も『夢はいつかかならず叶う!』と仰っていましたから、私も今度こそ清純派アイドルとして羽ばたけると信じています!

 

『先程のヅダはホビーワールドに掲載されている小説にも出てくる予定なのでご期待下さい。そして話は変わりますが今夜は20時からスマイル生放送でコメント付きの映画上映会があります。今回は私の熱い推薦によって実現したデビルマン(実写版)とメタルマン(吹替版)の豪華二本立てですからゆっくりしていってね!』

 皆で不幸せになろうよと願いながらツイートします。どちらも映画という芸術を最大限馬鹿にした、いわばそびえ立つクソですから一人でも多くの犠牲者を増やすためにちゃんと宣伝しなければいけません。

 

『日米を代表するクソ映画じゃねえか!』『嫌です……(鋼の意志)』『いや~キツイっス……』『(見る気)ないです』『えっ、なにそれは……(ドン引き)』『トキネキが無言でガンプラを組み立てる様子を生配信した方が視聴者満足度が高そう』『クソ映画レビューで朱鷺さん自身が人生の不法投棄って言ってたじゃないですか、やだー!』

 すると一気に返信が増えました。私自身頭おかしいラインナップだと思いますから仕方ないでしょう。

『最近のキッズ達は自分の意に沿わない展開がちょっとでもあるとやれクソ漫画だのクソゲーだの極端な評価をするじゃないですか。そういう方々に本当のクソとは何かを味わって欲しいんですよ。大丈夫、私も見るんですから』

『見るのか……(困惑)』『しょうがねえなぁ』『おっ、そうだな(思考停止)』『かしこまり!』

 フォロワーが途端に観念し始めました。誠意とは言葉ではなく態度で示すものだと私は思います。言い出した者が率先して大海原に漕ぎ出す姿を見せることで後続の方々がついてくるのです。船は船でも泥舟ですけどね。

 

「トキ姉貴はどんな映画が好きなんですか、ねぇ……」

 私のファンのフォロワーさんから質問されたので返すことにしました。

『好きな映画は多いので絞りきれませんが、ゴッドファーザーシリーズは特にお気に入りですね。後はベッタベタですけどバック・トゥ・ザ・フューチャーやダークナイト、007、8マイル、レオン、アメリなどは本当に素晴らしいです。後はサメ映画やゾンビ映画は小梅ちゃんとよく上映会をしていますし大好物と言っていいでしょう。もし私が女優デビューするならどんな映画がいいですかね?』

 恋愛映画になんて出たら清純派JCアイドルとして益々磨きがかかるかもしれません。私もそれなりに有名になったと思いますけど、そういうお仕事の依頼は皆無なんですが何故でしょうか。

 するとまたリプライが多数来ました。

『エイリアンVSプレデターVS七星朱鷺』『マッド・トキ 怒りのデスロード』『女コマンドー』『沈黙のアイドル』『346・オブ・ザ・デッド』『仁義なき戦い in 346プロダクション』

 思わず溜息がでます。主演候補映画がバイオレンスアクションやVシネマで埋められてしまいました。

 

 エイリアンVSプレデターは完全に消化試合になってしまうので駄目ですね。エイリアンは強酸にさえ気をつければどうにでもなりますし、プレデターお得意の光学迷彩やプラズマキャノンは私の前では玩具同然です。二種族合わせて開幕20分で殲滅できますから企画倒れになるでしょう。

 でも仁義なき戦いin346プロダクションや346・オブ・ザ・デッドはちょっと見てみたい気がします。組長役は幸子ちゃんに演じてほしいですね。開始3分で殺られてそうですけど。

 それにしても結構なツイ廃になってしまいました。匿名で動画投稿していた時も色々コメントを頂きましたがあくまで一方的なメッセージの送付でしたから、ファン達と双方向のコミュニケーションを取るのは新鮮で楽しいです。今度会社の許可を貰ってツイキャスでもしてみましょう。

 

 

 

「……ってこんなことしている場合ですかーー!」

 正気に戻るとスマホを壊さないよう優しくベッドに叩きつけました。卯月さんが絶賛ピンチ中なのにツイッターに現を抜かすとは……、このトキ、一生の不覚!

 最近の卯月さんですが、捻挫は問題なく治ったもののオータムフェスのライブ失敗が尾を引いているようでコンディションは良くないです。本人は普段と変わらないように努めていますが、いつものエンジェルスマイルの面影はなくぎこちない笑顔を振りまいていました。

 一応事務所には来ているものの、「怪我明けですから、軽めに調整します!」と言ってストレッチと簡単なボイトレだけをやって帰る毎日です。凛さん達と差がついていることを気にしているらしく、他のシンデレラプロジェクトメンバーを無意識に避けているようでした。正直なところ、見ているだけでこっちが辛くなってきます。

 このまま状況が悪化したら最悪の事態も想定されてしまいます。

 

 こういった状況を踏まえ、現在武内Pと犬神P、そして私で『島村卯月ちゃんを救う会』を結成し対応にあたっています。私としては積極的に行動し彼女を助けようと提案したのですが、一対二で却下されてしまいました。

 武内P曰く、「島村さんはもう王子様に選ばれる灰被りではなく、自分の足で進むことが出来るアイドルです。確かに今は彼女にとって辛い状況が続いていますが、再び自らの足で歩んでいけると信じています」とのことです。要は卯月さんが自分でこの壁を乗り越えていくのを見守ろうというのがあの二人の考えでした。

 確かに一理ありますけど、表情に影を落とした卯月さんを見かける度に世話を焼きたくなってしまうので困りものです。この調子でちゃんと復調できるのでしょうか。

 

「~♪~~♪」

 悶々としているとスマホから着信音が鳴ったので手に取りました。相手は犬神Pです。

「もしもし。全世界待望の清純派アイドル、七星朱鷺です」

「ああ、七星さん。夜にゴメンね。今少し時間いいかな?」

「はい、大丈夫ですよ」

 ツッコミ待ちのボケが華麗にスルーされました。ちょっと悲しいです。

「明日だけど、学校が終わったらレッスンに向かう前に俺のオフィスに来てくれないかな。トレーナーさんには話をしておくから」

「いいですけど、どんな御用ですか? はっ! もしかして部屋に連れ込んでイヤラしいことをっ!」

「……流石にまだ死にたくはないんで遠慮するよ」

 むっ。そういう目で見られるのは超迷惑ですが論外扱いされるのも腹が立ちます。

 

「話の内容だけど、島村さんについてなんだ。先輩のオフィスはシンデレラプロジェクトの専用ルーム内にあるだろ? あそこだと他の子達に情報が伝わる可能性があるからさ」

「ということは事態に動きがあった訳ですね?」

「ああ。……電話じゃなんだから、詳細は明日先輩と一緒に話すよ」

 歯切れが悪いということはあまり良くない方向に動いている可能性が高いです。

「わかりました。学校が終わり次第お伺いします」

「ありがとう。それじゃね」

 悪い方向とはいえ、事態が動いたのであればこちらとしても何か打つ手があるかもしれません。明日相談してみようと思い早々に床に就きます。今夜は何かやらなければいけないことがあったような気がしますけど、きっと気のせいでしょう。

 

 

 

 翌日の放課後は約束通り犬神Pのオフィスに伺いました。既に武内Pとワンちゃんがいましたので早速打ち合わせを始めます。まず武内Pが事情を話し始めました。

「島村さんですが、怪我が完治して少し時間が経ったので復帰を兼ねて小日向美穂さんとペアで仕事をしてみませんかと打診しました。すると彼女から『前回のライブで自分の未熟さがよくわかったので、一旦お仕事を休んで養成所で基礎レッスンをやり直したい』との申し出を頂いたのです」

「ですが島村さんは現役バリバリのアイドルですよ。仕事だってあるのに良いんですか?」

「……彼女がまた輝けるのであれば、そうさせてあげても良いのではと」

「いえ、違いますね。間違っています」

 我慢できず横から口を挟んでしまいました。

 

「違和感はあるけど、どうして間違っているって断言できるんだい?」

「養成所を批判する訳ではありませんが、あちらはあくまでも『アイドルとしての基礎』を叩き込むための施設です。人員、設備共にそう高いレベルにあるとは言えません。

 一方で346プロダクションは所属アイドルを一流アイドルへ育成することに主眼をおいていますから、最新の設備が揃っていますしトレーナーも青木四姉妹さんを始めとした一流どころが揃っています」

「確かにそうだね。ウチはアイドルの育成に関してはお金に糸目をつけていないし」

「346プロダクションの環境が業界最高水準であることはアイドルである私達が一番良く理解しています。だから卯月さんが本当に基礎を固めたいのであれば、わざわざ養成所に戻る必要なんて無いんですよ」

 そこまで言うと強面な武内Pの表情が一層渋くなりました。彼ほどの能力があれば私に言われるまでもなく理解しているはずですが、第三者から指摘されることで厳しい事実が直視出来ると思いますのであえて言います。

 

「意識的か無意識的かはわからないですが、卯月さんは基礎を固めたい訳ではありません。────ただ、逃げ出したいだけです」

「……ッ!」

「彼女の目標はアイドルであり続けることです。ですが此処に来てメンバーとの差に躓いてしまった。更にはオータムフェスのライブ失敗で劣等感は増大してしまいました。

 新しいことに挑戦する勇気がなく、憧れのアイドルを辞める決心もつかない。だから自分にとって居心地が良く、他のアイドル達から隔離された養成所と言う名のパレス()に籠城しようとしています」

「そ、そこまで厳しいことを言わなくてもっ!」

「事実は事実です。私達としても問題を直視しなければ有効な対策は取れません」

 私だって卯月さんの行動を批判するようなことは言いたくありません。目を逸らして甘やかすことは簡単ですし楽ですが、それでは緩やかに自滅するのを待つだけです。

 

「……七星さんの仰ることは、概ね正しいと思います」

「それで、武内さんとしては今後はどのように対応される予定ですか? もしかして養成所行きを認める訳ではありませんよね?」

「……はい。少し迷っていましたが、七星さんに指摘頂くことで良くわかりました。更なる逃避は島村さんのためにならないと思います。時間さえ経てば島村さんの中で整理が付くと考えていましたが、誤った判断だったのかもしれません」

「そんなことないですよっ! 先輩の言う通り、彼女達はPの意のままに動く人形じゃありません。時には悩んで壁にぶつかりながら、自分の進む道を切り開いていかなければならないんです。……まぁ、極稀にぶつかった壁をブチ破りながら明後日の方向に突き進む子もいますけど」

 頭にきました。今は武内Pがいらっしゃいますので後で千本ノックの刑(ボーリング玉)に処しましょう。

 

「私もお二人の考え自体は間違っていないと思います。しかし本人だけでは解決できないこともありますから、そっと背中を押してあげることくらいはしてあげても良いと思いますよ」

 私だって記憶抹消騒動の時は周囲の皆さんに支えて貰いました。あの時私一人だったら、きっと記憶を封印していたでしょう。だからこそ卯月さんにも周囲の手助けが必要だと思います。

「色々とありがとうございます」

「いえいえ、これも彼女のためですから」

「じゃあ、島村さんをどうフォローするか対応を検討しましょうか」

 その後は三人で知恵を出し合い方針を整理しました。武内Pのお陰もあり上手くフォローする案が纏められたと思います。

 

 

 

「それでは行動の前に、これまでの経緯とこれからの対応を上司に報告しましょう」

「上司って?」

「勿論美城常務に決まっているじゃないですか」

「ええっ!?」

「今西部長は今週大阪出張なんですから、不在の場合はその上の方に説明するのは当然のことです。相手がどんなに厄介な上司であっても報告連絡相談は欠かしてはいけません。社会人としてのマナーですよ」

「その割に俺に独断で色々やってるような気がするけど……」

「人外はマナーの対象外ですから」

「そういう俺ルールは止めようよ……」

 ぶつくさ文句を言うワンちゃん達を引き連れて常務室に向かいました。ノックをすると「入れ」という声が聞こえたので三人で室内に足を踏み入れます。室内には美城常務が不機嫌そうに佇んでいました。

 

「何の用だ?」

「島村卯月さんのことで報告があります」

「……いいだろう。手短に済ませたまえ」

「はい」

 武内Pが一連の卯月さんの不調及びこれからのフォロー方法について美城常務に説明します。口数は多くありませんが端的でわかりやすい話し方でした。

 すると常務が渋い顔になります。

 

「島村卯月のパフォーマンス低下が渋谷凛にも影響を与えている。先日トライアドプリムスと共にレッスンを行ったが、心ここにあらずと言った様子だ。

One bad apple spoils the barrel(腐ったリンゴは周りのものを駄目にする)』────一部の腐敗はトライアドだけでなくシンデレラプロジェクトにも影響を与えている。アイドル一人一人の気持ちを尊重する結果がこれか」

 武内Pが押し黙ります。反論したい気持ちはありますが担当Pの彼が黙っている以上割り込むことは出来ないのでぐっと堪えました。

「アイドルを星に例える者がいるが、星の光は永遠ではないと知るべきだな。雲に隠れた星に価値など無い。見えなければ只の闇だ。そこには塵芥(ちりあくた)しか存在しない」

「ですが、晴れない雲はありません。星は今もそこにあります。島村さんはシンデレラプロジェクトに必要なメンバーです。彼女は必ず戻ってきます」

 朴訥ですが自信に満ちた声が聞こえました。担当アイドルのことを心から信じているPの鑑です。ロマン溢れる応酬(ポエムバトル)の最中ですが私も口を挟むとしましょうか。

「闇はそう悪いものでもありませんよ。闇を知っているからこそ光に憧れ追い求めることが出来る場合もあるんです。それに塵芥だって積もりに積もれば彗星(コメット)として輝けるのですから」

 社会の闇の化身である私が言うのですから間違いありません。言ってて悲しくなりますけど。

 

 断固として譲らない武内Pを見て常務が軽く溜息を吐きました。

「どう言い繕おうが輝けなくなったシンデレラに居場所はない。────切り捨てろ」

「そんなっ!」

「……と、経営者としてはこう言うのが正しいのだろうな」

 犬神Pが抗議の声をあげようとした瞬間、常務の表情が柔らかくなりました。

「美城さんの本音は別にあるんですか?」

「私とて人間だ。木の股から生まれてきた訳ではない。公としての考えとは別に私としての考えもある。そしてそれらが常に一致しているとは限らないだろう」

「ジュラル星人並みに言動が回りくどいので三行でお願いします」

「……島村卯月という一等星を覆う暗雲を晴らして欲しい。346プロダクションの常務ではなく彼女の友人の一人として、君達にお願いしたい」

 漸く本音が飛び出しました。常務のデレは非常に分かり難いので困ったものです。

「最初から『卯月さんを助けて欲しい』って言えばいいのに。相変わらず不器用な方ですねぇ」

「私にも立場というものがあると言っただろう。それになんというか……恥ずかしい」

「純情乙女ですかっ!!」

「し、仕方ないだろう! 今までそのような生き方をしてこなかったのだ!」

 私としてはオサレポエムの方が114514倍恥ずかしいですけどねぇ。

 

「ありがとうございます。必ず、常務のご期待に応えてみせます」

「何が出来るかは分かりませんが、コメットも全力で協力します!」

「……ああ、よろしく頼む」

 そう言いながら私達に頭を下げました。プライドの高い彼女がこんなことをするとは思いもしませんでしたよ。

 

 こうして『島村卯月ちゃんを救う会』に心強いメンバーが加わりました。経営者とPとアイドル。立場や性別には違いがありますが、卯月さんを助けたいという気持ちは一致しています。それだけ彼女が人として素晴らしく魅力的な女の子なんでしょう。

 卯月さんは私のような妙ちくりんな個性なんて無くても輝ける素晴らしいアイドルです。そのことを本人が理解すれば眩いほどに輝くことが出来るようになるはずです。

 

 よしっ、それではこれより卯月さん救出RTAを始めるとしますか!

 

 はい、よーいスタート!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ご一読頂きありがとうございました。
人様の創作物をちゃんと見ずに批評するのは大変失礼だと思い、ゲオオンラインの80円セールの際にデビルマン(実写版)とメタルマン(吹替版)のDVDを借りて各二回見ました。
感想は本文の通りです。メタルマンはそれでもまだ見所がありましたが、デビルマンは拷問です。






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