ブラック企業社員がアイドルになりました   作:kuzunoha

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第65話 持つ者、持たざる者

『島村卯月ちゃんを救う会』に新メンバーが加わった日の夜、私は早速行動を起こすことにしました。ここ数日卯月さんにお会いしていませんでしたので、まずは電話で現在の状況について探りを入れることにします。

 帰宅して自室に戻った後、着替えもそこそこにスマホの通話アプリでコールすると少し経ってから無事繋がりました。

「もしもし、卯月さんですか。七星です」

「お、おはようございます、朱鷺ちゃん。どうかしましたか?」

「最近事務所でお見かけしませんので、もしかしたら体調を崩したのかと心配しちゃいまして」

「心配かけてしまってすみません。私は元気ですから」

 口では平静を装っていますが声のトーンはいつもと比べて少し暗いです。やはりどこか無理しているような気がしてなりません。

 その後は無難な話題で暫し雑談をしてから、主題であるあの件について切り出しました。

 

「そういえば養成所でレッスンをやり直したいというお話を聞いたんですけど、本当ですか?」

「はい。このままだと凛ちゃんや未央ちゃんに迷惑かけちゃうし……。だから、一旦お仕事を休んでもう一度基礎レッスンをやり直したいと思ったんです」

「基礎固めのレッスンだったら346プロダクションでも受けられますよ。何なら私からトレーナー姉妹さんにお願いしますけど」

「えっ……。いえ、いいんです! 皆さんのご迷惑になりますから」

 養成所の話になると途端に歯切れが悪くなりました。やはり後ろめたい所があるのでしょう。

「もう一度、ちゃんとレッスンをしたいんです。またみんなと一緒に歌えるように……。だから私、頑張ります!」

「頑張る、ですか……」

 貴女は何のために何を頑張るつもりなんですか、という言葉が出かかりましたが押し込みました。これ以上彼女を追い詰めるのは望ましくありません。今はぐっと堪えてふさわしい時期を待つのです。

 

「さっき、凛ちゃんや未央ちゃんからも電話貰っちゃって……。でも私大丈夫です。頑張って追いついて、直ぐに戻ります!」

「……わかりました。ああ、そうそう。卯月さん宛に言伝を預かっています」

「どなたからですか?」

「美城常務からですよ」

「ええっ!」

「『12時の鐘が鳴り、灰被りに掛けられた魔法は解けた。だが魔法だけが灰被りの答えとは限らない。舞踏会に辿り着く道は幾つにも、無限に広がっている』とのことです」

「はぁ……」

 ちなみに標準語に翻訳すると『待ってるから早く帰ってきて~!』になります。

 だからあの人の言葉は伝わりづらいんですって! 基本良い人ですけどお嬢様キャラで不器用、ツンデレ、ポエマーとクッソ面倒な属性が揃っているから誤解されやすいんですよ。武内Pを専属の通訳兼ポエ友(ポエム友達のことです)として雇った方がいいと思います。

 

「まだ養成所のことはPさんから許可を貰っていませんけど、頑張って沢山レッスンして戻ってきます。だからその時はよろしくお願いします」

「頑張るのはいいですが無理すると体を壊してしまいますからゆっくり休んで下さいね」

「はい、わかりました」

 状況は大体把握できたので電話を切りました。

 

 さて問題です。只今30分程度お話をしましたが、その中で卯月さんは何回『頑張る』と言ったでしょう? 正解はCMの後で!

 ……という激寒な冗談はさておいて、結果は驚きの三十九回でした。1分間に一回以上頑張りますと発言しています。人ではなくロボと化していました。これはもはやガンバリマスロボです。

 私は精神医学のプロフェッショナルではありませんが、過去勤務したブラック企業にて心を壊し経営者に使い捨てられた人を腐るほど見てきました。その苦い経験と今の卯月さんの状態を重ね合わせると一つの結論が導き出されます。これはもう、断言しちゃっていいんじゃないでしょうか。うん、いいですよね。

「完全に心の病予備軍じゃないですかーー! やだーー!」

 自分の悲鳴が室内に響き渡りました。あーもう滅茶苦茶ですよ……。

 

 

 

 翌日の夕方にニュージェネの二人と武内Pを急遽招集しました。皆さん予定は入っているでしょうがガチの緊急事態ですから仕方ありません。あまり大事にはしたくないのでプロジェクトルームではなく小会議室に集まってもらっています。

「おはようございます。皆さんお揃いのようで何よりです」

「おはよう朱鷺。大事な話があるから集まって欲しいって、一体何の用?」

「しまむーのことだよね? 最近何だか様子がおかしいから……」

「はい。未央さんの仰る通り今日は最近の卯月さんの件で集まって頂きました。正直に言ってこのままではかなりまずい感じですから、彼女が立ち直るためにも皆さんの力をお借りしたいんです」

「一体どういうこと?」

 事情が飲み込めていない凛さんにもわかるよう、卯月さんが二人に置いていかれているのではと焦っていること、先日のライブ失敗もあり精神的に相当追い詰められていること等を一つ一つ丁寧に説明していきました。

 

「心の病予備軍、ですか……」

「いやいや! あのしまむーに限ってそんなはずないって!」

「確かに最近はちょっと暗かったけど、そこまで酷くはないんじゃない?」

 未央さんと凛さんはにわかには信じられない様子でした。明るく優しく頑張り屋なイメージが定着していますから無理もありません。

「責任感が強い、仕事熱心、努力家、真面目、几帳面、人付き合いが良い……これらは全て心の病に掛かりやすい人の特徴です。これって全部卯月さんに当て嵌まりますよね?」

「う、うん……」

「あの手の病の恐ろしい点は誰でもなる可能性があるという所にあります。勿論私達アイドルだって例外ではありません。あの超明るいフレデリカさんだって悪い条件が重なってしまえば罹患してしまう可能性は十分にあります」

 不幸中の幸いですが、私は前世の幼少期頃がダークネス過ぎて耐性が出来ていたので野垂れ死ぬまでメンタルに不調をきたしたことはありませんでした。しかし苦しんで倒れていった元同僚は数多く見てきています。

 豪放磊落で皆の頼れる兄貴的な存在だった先輩が突如として職場で首を吊ったこともありましたし、前日一緒に飲み会に参加した後輩が翌日の早朝に電車へ飛び込んだこともあります。

 甘えとか言っている人もいますが、身近な人が壊れていく様をリアルタイムで見続けてきた私としてはそんなことは口が裂けても言えません。

 

「で、でもさっ! 病気なら北斗神拳でパッと治しちゃえばよくない!?」

「残念ながら秘孔治療にも限界はあります。記憶の一部や全部を封印することは可能ですが、心の病だけをピンポイントに治療することは出来ないんですよ」

「そんな……」

 未央さんが項垂れました。力及ばず本当に申し訳ないです。

「卯月がそうなったのって、私がトライアドに参加したせい? 今になって思えばニュージェネの活動が減ってから卯月がちょっと変わった気がするし……」

「辛いことを言うようですがその影響はかなりあったと思います。卯月さんの夢はニュージェネでアイドルとして活動することなので」

「それなら私のせいじゃん! 私が舞台の仕事をしてみたいって言ったから!」

「二人共少し落ち着きましょうか。確かに原因の一つではありますが、アイドルとして仕事をする以上個別の活動が出てくるのは当然です。遅かれ早かれこういう問題は発生していたはずですから貴女達が責任を感じることではありません」

「だからって……」

 食い下がる未央さん達を見て武内Pがゆっくりと口を開きました。

 

「確かに、ニュージェネレーションズが個別の活動を始めた頃から島村さんは少しづつ変わっていきました。ですが個別の活動は皆さんが一層輝くために必要なことだったと思います。オータムフェスのライブは確かに芳しくはありませんでしたが、彼女はこの試練を必ず乗り越えると信じています。そして私も、島村さんが立ち直れるよう出来る限りの手助けをするつもりです」

 私が伝えたいことを的確に伝えて頂きました。やはりアイドルのことを一番良く理解しているのは担当Pのようですね。素敵なPに出会えて本当に幸せだと思います。

「卯月さんはアイドルとして輝くために必要なのは特別な技術や才能だと誤解しています。でも自分にはそれが無い。だから色々な分野で活躍し始めているシンデレラプロジェクトのメンバー達から置いていかれていると思い込んで自らを追い詰めています」

 そう言った次の瞬間、凛さんの感情が爆発しました。

 

「そんなことないっ! 私、踏み出せたんだよ。卯月の笑顔があったから私はアイドルやってみようって思ったんだ。だから……」

 最初の涙がこぼれてしまうと、後はもうとめどがありませんでした。その様子を見て未央さんが呟きます。

「前に私が逃げちゃった時も、しまむーはずっと待っててくれたんだ。だからかな、なんか安心してた。しまむーはどんな時も笑って『頑張ります!』って言ってくれるって……。でも、そんな訳ないよね。ごめんね、気づけなくて」

 泣きそうなほど眉をひそめましたがすんでのところで留まりました。悲しみに耐える大人びた顔で私を見つめます。今まで見たことがないくらい真剣な表情でした。

 

「私は、しまむーを助けたい。ニュージェネのリーダーだからって訳じゃなくて、大切な友達だから絶対に助けたいんだ。だからどうすればいいか教えて」

「……私も同じ。卯月を助けたい。いや、必ず助けるから!」

 いつの間にか涙を止めた凛さんも同意します。

 この件に関しては色々と策を弄していましたが、彼女達の目を見るだけで稚拙な小細工は不要であることを悟りました。だって卯月さんには自分の身を心から案じてくれる素晴らしい友達がいるんですもの。これはどんな金銀財宝よりも得難い宝物です。

 

「卯月さんの心の問題ですから100%確実に解決できる方法はありません。ですが二人の気持ちを素直に伝えれば誤解はきっと解けると思いますよ」

「きちんと自分の思いを伝え相手の気持ちを知ることは大切なことだと思います。ニュージェネレーションズのファーストライブの際に私自身も学ばせて頂きました。ですので、まずは島村さんと渋谷さん、本田さんの三人で話をしてみるべきでしょう。皆さんは同じ夢を追いかける仲間なのですから」

「わかった。しまむーは今日事務所に来てるの?」

「はい。養成所へ戻りたいという要望について、武内さんと一度きちんと話をしなければいけませんのでお呼びしています。後一時間もすればいらっしゃるかと」

「本当?」

「ええ、間違いありませんよ」

 卯月さん親衛隊の鎖斬黒朱構成員からも同様の報告を受けていましたので確かです。親衛隊というかほぼストーカーと化してますけどねぇ。

 

「じゃあ、来るまで待とうか」

「どうやら対応は纏まったみたいですね。でしたらそれまでの間に話をする際の注意事項についてレッスンを行いたいと思います!」

「レ、レッスン?」

 私が声を張り上げると他の三人がキョトンとしました。

「心の病の疑いがある方には特に注意して接さないといけません。言葉一つで相手を更に追い込んでしまう恐れだってあるんですよ。特に凛さんはダメダメです! さっきみたいに大声を上げて問い詰めるような行為は絶対にNGです!」

「ご、ごめん」

「頑張れなどの励ましの言葉は当然ですが気分転換すれば大丈夫といった軽い言葉、嘘は聞きたくないといった感情的な言葉も絶対にノウですからね!」

「そんな急に言われても難しいんだけど……」

 未央さん達が困惑しますが構わず続けます。

「普段であればゆっくり優しく手取り足取りお教えしますが、残念なことに残された時間は1時間です。こうなったら例のアレをやるしかありません」

 そのまま心のスイッチを『あのモード』に切り替えました。

 

「……私が訓練教官の七星先任軍曹です。話しかけられたとき以外は口を開かず、口で文句をたれる前と後に“マム”と言いなさい。分かりましたか、灰被り共!」

「え、何? 急に……」

「上官に口答えとは何事ですか!!」

「ごめん……じゃなかった。い、いえす、まむ!」

 私の鬼の気迫に押されたようで未央さんが思わず承服の言葉を口にします。

「貴女達灰被り共が私の訓練に生き残れたら……各人が最強の心理カウンセラーとなります。傷つき迷える子羊達を救う善良なシスターです。その時までは尺取虫だ!」

「えぇ……」

「返事はァ!」

「イ、イエス、マム!」

「そこの目つきの悪い三白眼もです! 自分は関係ないという面をしていないでこっちへ来なさい!」

「イエス、マム……」

「性格・能力共に非の打ち所がないので気に入りました。家に来て妹をプロデュースしてもいいですよ」

「はぁ……」

「ん?」

「イエス、マム!」

「それでは早速レッスン1からです!」

 

 こうして鬼の講習会が執り行われました。もしかして心の病患者が増えるかもと途中で気づきましたが、このモードは一度スイッチが入ると終わるまで切れないという大きな欠陥があるので1時間みっちりやりきりました。まぁ誤差ですよ誤差。

 最後の方は皆さんプロの心理カウンセラーと見まごうばかりでしたよ。目は完全に死んでましたけど。

 

 

 

 三人共少し休憩が必要なのでとりあえず一人で卯月さんを迎えに行くことにしました。私としても彼女に話したいことがあるので好都合です。

「おはようございます」

 エントランスに向かう道中、美城常務に遭遇しましたので軽く会釈しました。高級そうな毛皮のコートを手にしているのでこれから外出されるのでしょうか。

「ああ、おはよう。今日はもう帰るのか?」

「いえ、卯月さんと少しお話がありまして」

 すると神妙な顔つきに変化します。

「……そうか。彼女の件、よろしく頼む」

「はい、最善を尽くします。吉報をお待ち下さい」

 そのままビルの外に出ると高級車に乗って颯爽と出かけられました。てっきり自分も話をしたいと言いだすと思ったので一安心です。彼女の言葉は翻訳なしだとキツく感じますしね。

 

 エントランスで暫し待つと俯きながらとぼとぼと歩く卯月さんの姿を見つけました。様子を伺いつつ近づくと彼女も私に気付いたようです。

「おはようございます、卯月さん」

「あっ……。おはようございます」

 頑張って笑顔で返事を返そうとしましたが、やはりどことなくぎこちないです。常務が気を遣って用意したオータムフェスのライブがトドメになってしまった感じですね。

「武内さんに用があって来たと思いますが、彼は今手が放せないのでよかったら少しお話でもしませんか?」

「は、はい」

 あまり乗り気ではない彼女を連れて中庭に移動しました。奥まった所で社員やアイドル達があまり通らないので大切なお話をするのに適しています。夕日を背にして二人でベンチに座りました。

 

「最近は寒くなってきましたから体調管理をしっかりしないといけませんよねぇ。年末年始はインフルエンザが流行るって注意報も出ていましたし」

 あまり刺激しないよう、軽い世間話を切り出しました。天気は誰の生活にも直結した共通事項ですし、会話のきっかけにも使いやすい定番の雑談ネタなのです。

「……そうですよね。年末ですから『シンデレラと星々の舞踏会』はもうすぐなんですよね」

「直球で切り替えされたっ!?」 

 ライブや舞踏会の話だと養成所通いの件に発展するので避けたかったんですが、卯月さんから切り出されてしまったのであれば仕方ありません。

 

「島村卯月、頑張ります! もう一度基礎から頑張って、皆からはちょっと遅れちゃうかもしれませんけど、いつかきっとキラキラしたアイドルになれたらいいなって」

『いつか』『きっと』『なれたらいいな』ですか……。既にアイドルとして第一線で活躍している子のセリフとは到底思えません。少し前の乃々ちゃんですらこんなネガティブワードを一度に連発しませんよ。

「卯月さんは舞踏会には出演されない予定なんですか?」

「えっと、その……。私、オータムフェスでもあんな風で……。今まで何やってたんだろう。もしかしたらアイドルになるのはちょっと早かったのかもしれません」

「早かった、ですか」

「そうです。きっと早かったんです。私にはお城の舞踏会なんて、まだ……」

 私が何も言わなくても、堰を切ったように自分を卑下する言葉を吐き続けました。どうやら私が考えていたよりも限界は近づいていたようです。

 

「私、本当に頑張ろうって思っただけです。もう一度頑張ろうって。笑顔だって普通に……。私、笑顔じゃないですか?」

「笑顔ですよ。私が知っている卯月さんの笑顔は周囲の人達を幸せにする素晴らしい笑顔です」

 今は酷く曇っていますけど、と心の中で付け足しました。

「私、舞踏会に向けて頑張って……。皆みたいにキラキラしなきゃ。歌とかダンスとか色々……。皆新しい何かを見つけてて。私、頑張ったんです」

「はい。卯月さんが頑張っていることは皆よくわかってますよ。だから少しだけ、疲れちゃったんですよね?」

「レッスン大好きだし、頑張っていたら。もっともっとレッスンしたら……。でも、ちっともわからなくて。私の中のキラキラしたものが何なのかわからないんです。このままだったらどうしようって。もし、このまま時間が来ちゃったら」

 そのまま両手で自分の肩を抱いて震え始めます。

 

「怖いよ……。もし私だけ何にも見つからなかったら、どうしよう。怖いよ……」

「怖がらなくてもいいです。大丈夫、私が付いていますから」

 卯月さんを優しく抱きとめます。

「Pさんは、私のいいところは笑顔だって。だけど、だけど……。笑顔なんて、笑うなんて誰にもできるもん!! 何にもない、私には何にも……」

 大粒の涙が留め度もなく豪雨のようにポロポロ落ちました。そんな彼女を優しく抱きしめながら背中をさすります。

 

 

 

「落ち着きました?」

「……はい」

 暫くすると少し落ち着きを取り戻しました。ですが両目は真っ赤で兎みたいになっています。

「そうだ、少し昔話でもしましょう! 卯月さんも気分を変えたいでしょうし」

「昔話、ですか?」

「はい。私が知っている、超クッソ激烈に愚かな男のアホみたいな一生についてのお話です。下らない話ですけど聞いて頂けますか?」

「……分かりました」

 そのままコクリと頷きます。その様子を確認してから言葉を続けました。

「昔々、あるところにとても貧乏な男の子がおりました。生まれた時には既にお父さんはおらず、お母さんからは邪魔者扱いされる毎日を過ごしていました。級友や教師からも害虫の様に迫害される日々でしたが、ある日とうとうお母さんからも捨てられてしまいました」

 キョトンとする卯月さんを尻目に話を続けます。

 

「その男の子は全てを憎みました。母親だけでなく他人や世間、そして自分さえも大嫌いになったのです。でも彼には全てを壊す勇気も力もありません。自ら命を断つ度胸すらなかった男は怒りと憎しみを胸に押し込みつつ、生きるために全てを諦めて日々働き続けました。

 情熱を注げる理想の仕事にいつかは就きたいと思い、頑張って頑張って頑張って、そして頑張り過ぎた彼はある日無様に死んでしまいましたとさ」

「悲しい、お話ですね……」

「まだ続きがありますよ。

 ……ですが超意地悪な神様の不思議な力により、彼は記憶を持ったまま別の世界に生まれ変わりました。それも今度はなんと、途轍もない力を持った女の子として生まれたのです。少女の家族はとても優しかったので、いつしかその子は家族さえいれば他人はどうなろうが知ったこっちゃない、むしろ早く滅びろと思うようになってしまいました。

 しかし家族は人格が破綻している娘をとても心配しました。そして血迷った挙句、娘を皆から好かれるアイドルにしようと画策したのです。当然その少女は反発しました。元々は男でしたしアイドルにも一切興味がなかったのですから当たり前でしょう。

 でも、大切な仲間と一緒に過ごす内に友達のアイドルやファン達、ついでにPのことが大好きになっていました。そしてあれだけ抱えていた怒りと憎しみが綺麗さっぱり消えていたことに気付いたのです。そうして自分のことを少しだけ好きになれた少女は、ちょっと変わった清純派アイドルとして幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」

 自分で軽く拍手をしました。

 

「さて、昔話には教訓がつきものです。当然この物語の中にも教訓は隠されています。さぁ、一緒に考えよ~!」

「はぁ……」

「この頭がアレな主人公は二度人生を生きましたが、結末は幸と不幸に別れました。一体それはなぜでしょうか?」

「やっぱり、男の子と女の子の違いですか?」

「ブブー! 残念ですがハズレで~す。確かに男と女という違いはありますけど、それは表面的な違いでしかありません。そんなことはどうでもいいんです。重要なことじゃないんですよ。さぁ、次の回答は?」

「え、えっと……。じゃあ、凄い力があるかないかでしょうか?」

「それもハズレです。確かに二度目の人生ではとんでもない力を得ましたが、その力のお陰で幸せになった訳ではありません。というかむしろ邪魔なくらいです」

 一呼吸置いてから続けました。

 

「一度目と二度目の人生を分けたもの────本当に月並みですが、それは家族と仲間です。

 自分のことを案じてくれる人達のお陰で、全てを呪った主人公は救われました。ただ生きているだけの空っぽの人形から、やっとまともな人間になることができたんです。いつもモノクロだった景色が鮮やかな色に輝いて見えるようになりました。

 でも本当は、一度目の人生でも彼のことを案じてくれる人達は少しはいたんですよ。本人がそのことに気付こうとしなかっただけなんです。本当に頭わるわるですねぇ」

「その話って、もしかして朱鷺ちゃんの……」

「いえいえ、只の昔話ですよ。あまり深刻に捉えないで下さい」

 一瞬ドキリとしましたが上手くスルー出来たので良かったです。

 

「さて、先程貴女は『自分には何にもない』と仰いましたが本当にそうでしょうか? 今の教訓を振り返りつつ考えてみましょう」

「家族と、仲間……」

 微かに呟くのを待ってから話を再開します。

「少なくても何もない訳じゃないとは思いませんか? 卯月さんには優しいご家族がいますし、シンデレラプロジェクトというかけがえのない仲間もいます。勿論コメットだってついていますし、美城常務やクローネだって貴女の味方なんです。それにファンの皆さんだって沢山いるんですから空っぽではないでしょう?」

「でも、やっぱり私には朱鷺ちゃんみたいな能力も才能もないし……」

「こんな個性があっても碌なことがないですって。この間なんて折角テレビCMのお仕事だと思って張り切ったら『朱鷺が叩いても壊れない物置』の宣伝でしたしね……。指示されるままに小突いたら半壊して話が流れてしまいましたけど。

 こんなキワモノ系アイドルに甘んじている私としては逆に貴女が羨ましいですよ!」

「私が、ですか?」

「はい。卯月さんはどんなお仕事にも相性が良いですし、等身大の女の子ですから同世代の子達の支持も得られるでしょう。与えられた能力に頼らず自分の力だけで勝負できるという所も羨ましいです。

 結局は無いものねだりなんですよ。どんな能力や才能を持っていても隣の芝生は青く見えますから、人のことは気にせず自分の好きなことをやる方がいいと私なんかは思います」

 人生相談をしていると二つの影が近づいてきたのに気付きました。

 

 

 

「も~、捜したよ~! とっき~!」

「すみません。そういえばどこにいるかお伝えしていませんでした」

「事務所中駆け回る羽目になったよ……」

「本当に申し訳ない」

 未央さん達に平謝りします。わざととは言え悪いことをしてしまいましたね。ですが先程の昔話はニュージェネの三人で話す前にお伝えしておきたかったのです。

 さて、主役が到着しましたので端役は去ることにしますか。

 

「私はこれで失礼します。後はお若い三人でしっぽりと語り合って下さい♪」

「なんかオヤジっぽい……」

 中身が中身ですから仕方ありません。三つ子の魂百までといいますので私の場合はもはや改善しようがないのです。

「あ、そうそう」

 去り際に卯月さんの方を振り向きました。

「どのルートを選択しても私は貴女の味方です。そのことは絶対に忘れないでいて下さい!」

「は、はいっ!」

「では諸君! サラダバー!」

 そして北斗無想流舞でその場を去る────フリをしました。三人の近くの茂みに潜伏します。

 

 カウンセラー養成講座はしましたが突貫でしたからね。何か変なことを言わないようここで監視することにしました。彼女達もあれだけカッコよく去った私がこっそり隠れているなんて思いもしないはずです。フフフ……茂みは怖いでしょう。

 

 暫く聞き耳を立てましたが、凛さんと未央さんが相槌を打ちながら卯月さんの気持ちを少しづつ引き出していきました。卯月さんも最初は遠慮がちだったものの、少しづつ自分の感情を吐き出していきます。お互い大切に想っているからこそ言えなかったことが沢山あると思うので、この機に共有出来れば絆はもっと強まると思います。

 すると未央さんが他の二人を引き寄せ、三人で腕を組みました。

「私達さ、もう一回友達になろうよ、今から!」

「うん。もう一度やり直したい」

「……はい」

 おっ、卯月さんが少しだけ笑いました。さっきまでの作り笑いではなく本来の素敵な笑顔です。

「あのさ、卯月。今日はウチに泊まっていきなよ。あまり広くはないけど卯月と未央の二人くらいなら泊まれるし」

「いいね! 三人でさ、色々お喋りしよう!」

「あ、ありがとうございます。でも今日は色々と考えたいので……」

「……うん、わかった。ならまた今度」

「それじゃあ家まで送ってくよ! Pとの話が終わるまで待ってるからさ!」

「わかりました」

 三人はそのまま事務所棟の方へ歩き出しました。姿が消えるのを待って茂みから這い出ます。

「よいせっと」

 お泊まり会は実現しませんでしたが、今の不安定な状態の卯月さんを一人放置するという惨劇は起きなかったので胸を撫で下ろしました。

 

「いやはや、難しいですねぇ」

 溝はまだ完全には埋まりきっていません。心の病予備軍状態でしたから一朝一夕で改善する訳はないのです。

 雨降って地固まるにはまだ早いですが、少なくとも一歩前進したと思いたいですね。何せ墓まで持っていくと決めていた私の闇歴史を初披露したのですから。

 昔話風に誤魔化しましたけど、この話をするのは本当に勇気が要りました。ですが今の卯月さんにこそ必要な話だと思ったのです。私が得た教訓が少しでも彼女の役に立てば良いのですけど。

 これからのフォローですが、武内Pの方で急遽の対策を講じていますから後はそちらに賭けてみるとしましょう。

 

「ん?」

 ふとスマホを起動するとLINEのメッセージが大量に来ているのに気付きました。差出人は……全て美城常務です。

「え~と、『島村卯月の件はどうなっている?』『進捗はどうだ?』『何か動きはあったか?』『健康状態に問題はないか?』『食事は三食摂れているのか?』『ええい、なぜ返信をしないのだ!』ですか……」

 最初の方だけを読んで後は止めておきました。どうせ同じことが書いてあるに違いありません。そのまま大きく深呼吸して上空を見上げます。

 

「あなたはオカンですかーーーーっ!」

 誰もいない常務室に向かって吠えました。

 これだけ美城常務に好かれてる時点で卯月さんは私より遥かに『持っている』と思うんですけど、気のせいでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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