ブラック企業社員がアイドルになりました   作:kuzunoha

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第66話 S(mile)ING!

「おはようございます。まぁ、今日も見事にシケたツラをしていますこと」

「開口一番にそれか……。まぁ君らしいっちゃらしいけどさ」

 卯月さんの人生相談を受けた日の夜、私は犬神P(プロデューサー)のオフィスを訪れました。先程のやり取りを取り急ぎ武内Pに報告しなければいけませんが、彼は今卯月さんの相手をしているのでそれが終わるまで待たなければいけないのです。用が済んだらこちらにお越し頂くようメールで連絡しておきましたので、それまで駄犬と戯れて暇を潰すことにしましょう。

 

「仕事の現場では腰が低くて気配り屋だって凄く評判がいいんだから、もうちょっと俺にも優しくてもさ……」

「あら、犬神さんはそういうソフトプレイがお好みですか。なら私にも考えがあります」

 そう言うと彼に背を向けて、心の中で気持ちのスイッチを切り替えました。

「どうしたんだい、七星さん?」

「ううん。何でもないよ、お兄ちゃん♥」

「……は?」

 振り向いて満面の笑みで告げると凍りついたように動きません。少ししてから起動しました。

 

「今、とても恐ろしいワードが聞こえた様な気がするんだけど……」

「何を言ってるの? お兄ちゃんはお兄ちゃんでしょ?」

 頑張って目を潤ませました。両指を組み、少しかがみながら上目遣いで見つめます。

「な、何の冗談ですか?」

 表情が酷く強張り、思わず後退りされました。まるでマザー・エイリアンを見るかのような恐怖を帯びた視線です。

「小さい頃、私は本当にお兄ちゃんのことが大好きだったんだよ。『お兄ちゃんのお嫁さんになるんだぁ』って、よく言ってたの覚えてる。それは叶わないんだってわかっても、私はお兄ちゃんが大好きで。今になって実は本当のお兄ちゃんじゃないってわかって。お兄ちゃんはびっくりしてたけど、私はなんだかほっとしちゃった。

 ねえ、お兄ちゃん。 私が今でも好きだって言ったら、やっぱり困る……?」

「どぉえへぷ!!」

 ワンちゃんが床に膝を付きました。精神に痛恨の一撃が刺さった模様です。

 

「……といった妹キャラをお望みで? オーダーがあれば先輩後輩プレイや新婚プレイにも対応しますけど」

「すまない、本当に悪かった。今のままの君でいてくれ。でないと精神的に耐えられそうにない」

「分かって頂けて何よりです」

 やれやれ、慣れないことはするものじゃありませんね。自分で言ってて恥ずか死するところでしたよ。こういう役も卯月さんならピッタリなんでしょうけど、私がやると終始ツッコミしか入らないところが悲しいです。

 

「失礼します。……どうかされましたか?」

「おはようございます、武内さん。ささっ、こちらへどうぞ」

「お疲れ様です、先輩!」

 そうしている内に武内Pがいらっしゃったので、気を取り直して打ち合わせを始めました。

 

 

 

「来週のミニライブに出演させる、ですか……」

「思い切った処置ではありますが、現状のままでは根本からの改善は難しいと判断しました」

 武内Pに卯月さん救出のプランを一通り説明してもらいます。元々12月上旬に予定していたクローネのミニライブにスマイルステップスをゲスト出演させるという内容でした。オータムフェスでは残念な結果に終わってしまいましたので、そのリベンジを果たして再び自信を取り戻して欲しいという意図があるとのことです。

「白菊さんと森久保さんの予定は問題ないですが、本当に大丈夫なんでしょうか。もし次回も失敗に終わったら今度こそ立ち直れなくなるかもしれないですけど」

「大丈夫です。島村さんの笑顔はこれまで沢山の人々の心を明るく照らしてきました。彼女がいなければ今のシンデレラプロジェクトは無かったでしょう。その彼女なら再び自らを輝かせることが出来る。私は、そう信じています」

「犬神さんの言う通りリスクは低くないですが、このまま様子を見ても治る保証はありませんのでやってみる価値はあるでしょう。それに私も卯月さんがこんなところで終る気はしません。ですが肝心の本人にやる気はあるのですか?」

「先程打診したのですが、『少し考えさせて欲しい』とのことでした」

 残念ながら私の予想は当たってしまいました。凛さん達からフォローがあったとはいえ、心の傷が一朝一夕で治ることはないですから当然です。むしろ参加見送りという回答でなくて良かったですよ。

 

「島村さんには私から改めてお願いをしますが、もし不参加という回答であれば七星さんに代役を努めて頂けないでしょうか」

「大丈夫ですけどそうなってしまうとほぼコメットですから、万一彼女の出演が難しいようであれば我々が代理出演という形がいいと思います。犬神さんはいかがですか?」

「確かにそうだね。そうならないことを願いたいけど」

「わかりました。それではもしもの時はお願いします」

 武内Pが我々に深く頭を下げました。大ピンチ中ではありますがその目はまだ死んでいません。卯月さんを助けるため色々と策を考えたり直接アドバイスしたりしましたが、やはり最後の頼みの綱は担当Pです。彼の活躍に期待することにしましょう。

 

「差し出がましいですが、私から一つだけ助言をさせて貰っても良いですか?」

「ちょ、ちょっと! いくら七星さんでも先輩に失礼だって!」

「いえ、構いません」

 静止しようとするワンちゃんを抑えつつ話を続けます。

「このままアイドルを続けるにしても辞めるにしても、ご本人がその道が正しいと信じ自ら進んで走り出さなければ輝きは得られません。Pを含め本人以外はそのきっかけを与えるだけの存在ですから、その決断は卯月さん自身にして頂く。聡明な武内さんですから、恐らくこのように考えているのではないでしょうか」

「……確かにその通りです」

「その考えは半分正しくて半分間違っていると私は思います。確かに自分の人生は自分で決めなければなりません。ですが人は弱いものですから、時には間違った道へ無自覚に進むことだってあります。特に年端もいかない少女なら尚更です。

 こんな偉そうなことを言っている私も、かつて取り返しのつかない過ちを犯そうとしたことがありましたしね」

「七星さんが、ですか」

「はい。私だって人の子ですもの」

 思わず記憶抹消騒動のことを思い出してしまいました。

 

「誤った判断を下そうとしていた私を正しい道に引っ張っていってくれたのは家族を始め、コメットや他のアイドル、そして犬神さん達でした。皆さんのお陰で私は私でいていいんだって気付けたんです。

 甘やかせと言っている訳ではないです。今の卯月さんには必要なのはシンデレラを魔法でパッと変身させる有能な魔法使いや選択肢を提示するだけの道標ではありません。地道に一歩一歩進み続ける普通の女の子を心から案じて支えてあげる、優しいPだと思います」

「心に、留めておきます」

 私の伝えたいことが伝わったのかはわかりません。後は武内P次第です。

「さて、打ち合わせも一通り終わったことですし……入られたらいかがですか」

「……!」

 出入り口に向かって呼びかけるとガタッという物音がしました。

 

するとゆっくり扉が開きます。「失礼する」といいながら美城常務が颯爽と現れました。

「どうやら対処は決まったようだな。堕ちた天使の翼を癒やすことが出来るかは君達の手に掛かっている。一等星が再び輝けるようになるよう頑張りたまえ」

「はい、お任せ下さい。……フフッ」

「何がおかしい」

「いいえ、何でもないです」

 さっきまで息を切らせていたのに私達の前に立つなり凛とした格好になったので、そのやせ我慢っぷりがちょっとカワイイなぁと思ってしまいました。卯月さんの状態が気になるあまり、帰社後会議室まで走って来るなんて一昔前の常務では考えられませんでしたよ。

 不器用で真面目な分、デレるとかなりの威力を発揮します。結構いい奥さんになると思いますので今度お婿さん候補を紹介してあげましょう。

 

「さて……七星朱鷺。君は何か忘れてはいないか」

「え? 何のことでしょう?」

「先程私が送ったメッセージ、読んでおいてスルーとはいい度胸だ」

「あっ!」

 あの大量のスパムメッセージのことを完全に忘れていました!

「上司の確認を無視するとは訓戒を与える必要があるようだ。私の執務室でゆっくり話をしよう」

「いやぁぁぁぁ……!」

 

 結局常務室に連行され、普段のはっちゃけた言動に関することも含めて1時間ほど説教を受けました。適度にポエム調の台詞が入るので途中で笑わないようにするのが一苦労でしたよ。

 彼女に釣り合うにはポエマーの才能が不可欠なようです。そうなるとお婿さん候補は一人に絞り込まれますが、緑の悪魔が黙ってはいませんよねぇ……。

 むむむ、あちらを立てればこちらが立たずです。卯月さんの問題が無事解決したら色々と考えてみますか。

 

 

 

 翌日は通常通り学校に行きました。昼食後の教室では同級生達が思い思いに過ごしています。

「はい注目~!」

 そんなだらけた空気を私の声がかき消しました。

「朱鷺、どげんしたと?」

「そんなに大きな声で、どうしたんれすか~?」

 皆が首を傾げます。

「今日は皆さんに一つお願いがあります!」

「朱鷺のお願い、か……。クソ映画強制上映会だったらもう嫌だぞ。トランスモーファーはロボ好きの私でも二度と見たくない」

「もっと真面目なお願いですよ! 今度行われるクローネのミニライブですがスマイルステップスもゲスト参加する予定なんです。前回はちょっと残念な結果に終わってしまいましたから、皆で応援してあげようと思いまして。メッセージカードを配りますから暖かい一言をお願いします」

 説明しながら星型のカードを配りました。

 以前の記憶抹消騒動の際、私は家族やコメットを始め、今まで縁を持った人達の力で立ち直ることが出来ました。そのため卯月さんも暖かい仲間に囲まれていることを知って欲しいと思ったのです。彼女が心の病予備軍であることは秘密なので皆に詳細は話せませんが、きっと意を汲んでくれるでしょう。

 

「そういうことか! いいぞ、ヒーローらしくとっておきの応援をしてやる!」

「説明がまだ残っているのでちょっと待って下さいね、光ちゃん」

 早速書き始めようとしたので静止しました。

「前回のフェスでは満足なパフォーマンスとはいきませんでしたからその分プレッシャーが掛かっています。ですから『頑張れ!』とか『元気出せ!』といった追い込むような言葉は書かないように注意して頂けると助かります。例えばこういうメッセージは絶対にNGなのでご注意下さい」

 記入済みのカードを私の机の上に置きました。皆それを見ようと近づきます。

 

『前向きに前のめりに前倒しに熱く進みましょう、卯月ちゃん! 気合ですっ! 気合ですっ! 気合があれば何でもできますっ!! 頑張れ頑張れできるできる絶対できる頑張れもっとやれますってやれます気持ちの問題です! 積極的にポジティブに頑張りましょう! そして真っ白に燃え尽きるまでファイヤー!!!!』

 カードには太陽のように熱い女の魂が具現化していました。

「書いたのは茜さんですか……」

「茜さんだね」

「これは間違いないな」

 誰が書いたかは一目瞭然でした。昨日の帰りに偶然お見かけしたのでお願いしたのですが、自由に書いて頂いたらこんな感じになったのです。

 いや、本当に彼女らしい素敵なメッセージだとは思うんですが、いかんせん既に燃え尽きかけている卯月さんにとっては大量虐殺兵器並みに危険なので封印することにしました。ごめんなさい、茜さん。

 

 注意事項を伝えると皆が思い思いにメッセージを書いていきます。普段はバラバラですが大切な時にはちゃんと団結してくれるので本当に良いクラスだと思いますよ。

「ハイ! できタ!」

「おっ、早いですね。念のため内容を見させて頂いてもよろしいですか?」

「いいゾ、自信作ダ!」

 メッセージカードを受け取ります。

『アイドルって楽しいナ♪ ミンナとココロが通じあえるって、ステキだよネ♪ ウヅキもノノもホタルもいるカラ、ナターリアは日本にきてよかっタ♪ ライブが終わったらまたいっしょにスシ食べに行くゾ!』

「素晴らしい応援の言葉ですね。とても素敵です」

「ヘヘッ!」

 こういう内容が欲しいんですよ。天真爛漫なナターリアさんの想いがウヅキさんの心に伝わって欲しいです。

 

「アタシも完成だ! 魂のメッセージを見てくれ!」

「ありがとうございます、光ちゃん」

 カードには子供らしい勢いのある字が力強く走っています。

『いつでも、何があっても卯月達に味方するぞ! 一緒に戦える友達がいるからアタシはもっと強くなれる! 困ったことがあったら真っ先に呼んでくれ! 誰よりも速く駆けつける! 』

「こちらも素晴らしいです。光ちゃんに守られていると知れば卯月さんにも勇気が芽生えるはずですよ」

「そうだろ! なんたってヒーローだからな!」

 そう言いながら今流行の変身ヒーローのポーズを取りました。

 誰かに勇気を与えられる存在がヒーローなのだとしたら、彼女は立派なヒーローだと言えるでしょう。

 

「ボクも出来ました。カワイイボクのカワイイメッセージですから、穴が空くほど見て頂いて構いませんよ」

「ありがとうございます、幸子ちゃん。どれどれ……」

『こんなにカワイイボクと同時期にアイドルになれるなんて皆さんは本当に幸せ者ですね! でも卯月さん達もボクの次くらいにはカワイイですからこれからきっと活躍できると思います! もしカワイさ不足なら、ボクを連れていけば全部解決です! でも一番カワイイのはボクですから勘違いしないで下さいよ!』

「はいリテイク」

 無慈悲なまでに差し戻しました。

「ちょっ……! ボクにだけ厳しくないですか!」

「カワイイはNGワードでお願いします」

「それ、人にものを頼む態度じゃないですよね……」

「何を言っているんですか。幸子ちゃんがカワイイのは世界の摂理です。地球上のカワイイが元気玉みたいに集まったのが幸子ちゃんなんですから、そんな当たり前のことをメッセージに書かなくていいと思ったんですよ」

「それなら仕方ありませんね! ボクはカワイイので!」

 チョロ過ぎい! 

 

 そんなこんなで全員分のメッセージを回収しました。ライブ当日はこれをスマイルステップスの楽屋に飾っておきましょう。

「……あの、朱鷺ちゃん」

「なんですか?」

 乃々ちゃんが心配そうな表情で私を見つめます。

「次回のライブですけど……卯月さんが出るって正式には決まっていないんですよね? それなのにメッセージを書いて貰って大丈夫なんでしょうか?」

「問題ありません。私は卯月さんが立ち直ると信じています」

「何で、そんなに信じられるんですか?」

「明確な根拠がある訳ではないですよ。でも、彼女の素敵な笑顔があったから凛さんはアイドルになろうと思いました。それに未央さんの引退騒動の際、挫けかけていた武内Pを救ったのもあの天使のような笑顔だと伺っています。そんな素敵な笑顔を持ったアイドルがこのまま終るはずがないと思えるんですよ」

 卯月さんはお姫様に憧れる普通の女の子です。でもそれでいいじゃないですか。普通の女の子だって努力すればキラキラ輝けるんですから。

 それに、到底まともとは言えない人生を二度も過ごしている者としては普通の子にこそ心から憧れます。

 

「……そうですね。もりくぼと違って、卯月さんならきっと立ち直れると思います」

「いやいや、乃々ちゃんだって素敵なアイドルですから!」

「えぇ……」

「鎖斬黒朱内にもファンは沢山います。乃々ちゃんが命令すれば街の一つや二つは簡単に占拠できますから自信を持って下さい!」

「そういう物騒なのは、ちょっと……」

 ドン引かれてしまいました。そのうち乃々ちゃん専用の親衛隊を結成しようかと思っていましたが止めた方が良さそうです。

 

 

 

「はい、これが私達のクラスのメッセージカードです」

「ありがとうございます。ほたるちゃん」

「ボクの学友達の分はこれだよ。高等部のアイドルは人数が多いから骨が折れたな」

「アスカちゃんもお疲れ様でした」

「気にすることはないさ。今は卯月の運命の交差点だからね。彼女を孤独に絶唱させたくはないという意味ではボクもトキと同じ気持ちだよ」

 放課後は事務所でアイドル誌の撮影の仕事がありましたが、予定時間まで余裕があったので一旦コメットのプロジェクトルームに集合しました。

 美城学園の中等部と高等部に通っている子達からメッセージカードを頂きましたのでかなりの量です。どれも暖かい言葉で胸がほっこりしました。

 

「来週のライブだけど、スマイルステップスの準備の方は大丈夫なのかな?」

「曲も衣装も前回と同じですから私達は大丈夫です。後は卯月さん次第ですけど……」

 乃々ちゃんがおずおずと答えます。

「そうか。それで、ホタルの方はどうだい?」

「……私も、大丈夫です」

「本当に大丈夫だと言えるのかな? もし今度卯月が堕天したら二度と天上に上がることは出来なくなるだろう。その時、キミは彼女を受け止められるのか?」

 押し難い凛とした表情でホタルちゃんを見つめました。そして彼女も真剣な表情のまま、射るような視線でアスカちゃんの目を見ながら口を開きます。

 

「オータムフェスで私達のライブだけ上手くいかなくって……。昔のことを思い出してパニックになってしまいました。巻き起こる不幸は全部私のせいなんだって。言葉も涙も全部飲み込んで一人で泣いていた頃に戻ったんじゃないかって。

 ……でも、違いました。私の言葉も涙も、朱鷺さん達やPさんが受け止めてくれたんです。今日だってアイドルのお友達だけじゃなくて普通のクラスの子達も声を掛けて励ましてくれました。

 私はもう一人じゃない。だから自分を責めて泣くのは止めようって思ったんです」

「ああ、ホタルの言うとおりだ」

「絶望はしません。自分を不幸だと呪うこともしません。朱鷺さん達に護られる弱い私じゃなく、皆を護ってあげられる強いアイドルになりたいんです。だから、卯月さんのことも護りたい。いえ、護ります」

 すると玻璃のように光る涙がこぼれました。

 

「あれ、何ででしょう? 泣かないって決めたのに……」

 目尻から溢れ出た涙が、耳たぶからポタポタと雨だれのように落ちていきました。どうやら溜め込んできた感情が一気に溢れ出たようです。そんなほたるちゃんにそっと近づき優しく抱き止めました。

「いいんですよ。その涙は自分を責める涙じゃなく、これからの人生を勇気を持って歩んでいくための強い決意の涙です。だから今は一杯泣いて下さい」

 すると乃々ちゃんとアスカちゃんもほたるちゃんを抱きしめました。

「試すようなことをしてすまなかった。君は確かに深い哀しみを背負っている。だからこそ、弱い人や虐げられている人の気持ちが理解できるんだ。そしてそんな人達に勇気を与える強いアイドルになれると、ボクも信じているのさ」

「コメットが結成する前の最初の頃、寮に篭っていつアイドルを止めようかずっと考えていました……。でもほたるちゃんはレッスンについていけない駄目なもりくぼに色々教えてくれて……。私が脱走せずにコメットに入れたのはほたるちゃんのお陰です。だから私にとっては、ずっと強いアイドルです」

「ありがとう、ございます……」

 その涙が止まるまで、四人で抱き合いました。一連の騒動を通じてほたるちゃんも大きく成長したようです。そういう意味では卯月さんに感謝しないといけません。

 

 それにしてもコメットというユニットは凄いですね。お互いがお互いの存在を前提として成り立っていますので、誰か一人でも欠けていたらとっくのとうに空中分解していたでしょう。この絶妙なバランスを組み上げた人は只者ではありません。

 ……となると、やはり私達は犬の肉球の上で踊らされていたということでしょうか。それはそれで何かムカつきますね。奴には後で新婚プレイの刑を御見舞して差し上げることにします。

 

 

 

 そしてライブ当日になりました。いつも通り余裕を持って会場であるライブハウスに向かいます。今回は何度も体験している数百人規模のライブなので準備風景は見慣れたものでした。

 肝心の卯月さんですが、今のところは参加の意志を見せています。ですが吹っ切れた訳ではないのでいつどうなるかは正直わかりません。土壇場でキャンセルという可能性だって考えられますから、念のため私とアスカちゃんはいつでも出られるようにスタンバイしていました。

 

 クローネの子達に簡単に挨拶した後、スマイルステップスの楽屋に向かいます。

「おはようございます。乃々ちゃん、ほたるちゃん」

「あっ、おはようございます」

「……お、おはようです」

 扉を開けると既に二人の姿だけがありました。

「卯月さんは来られていないのですか?」

「はい。でもまだ時間に余裕があるので、もうすぐいらっしゃると思うんですけど……」

「さっきメッセージも送ったんですけどまた未読で……。ちょっと心配、です」

「……そうですか」

 ほたるちゃん達も心配そうな表情です。もしかしてこのままドタキャンになるのではとの不安が一瞬脳裏をよぎりました。

 

「ちょっと捜してきますので、メッセージカードの飾り付けをお願いします」

「ああ、任されたよ」

 アスカちゃん達を楽屋に残し卯月さんの捜索を開始しました。気の察知を始めると、彼女ともう一人別の方の気配を感じます。この大きな気は……武内Pですか。

 気配を辿ると裏口近くに着きました。するとあの二人がいましたが何やら話し込んでいます。かなりのシリアス具合なので暗殺者モードに切り替えてそっと近づきました。

 

「私、アイドルになりたくて、ずっとキラキラしたものに憧れていました。だから、Pさんに見つけてもらった時は嬉しかったです。何だか魔法に掛かったみたいで、ずっとこのままだったらいいなって……」

 卯月さんが沈んだ表情のまま、うつむいて話を続けます。

「でも、魔法は解けてしまいました。もし舞踏会で成果が出なかったら解散だから……。だから私も頑張ってたつもりだったんですけど。でも、いつの間にか嘘になっていて」

「嘘、ですか」

「未央ちゃんのソロ活動や凛ちゃんのトライアドプリムス、スマイルステップスのライブ……。どれも一人一人が輝いて舞踏会を成功させるために必要なことだって、分かっているつもりでした。一緒に頑張っているつもりでした。でも皆がキラキラしているのに私だけ出来てなくって。出来ないんじゃないかって、怖くて。

 でも、凛ちゃんは何にもなくないって怒ってくれるんです。未央ちゃんも友達になろうって笑ってくれて……。朱鷺ちゃんだって話を聞いてくれて励ましてくれるんです。それに、他の子達も暖かくって」

「皆さん、島村さんのことを心配しています」

「でも私、今もまだ怖いんです。もう一度頑張ってキラキラしたものを捜して、何もなかったらどうしようって。自分のことが怖いんです」

『頑張ります!』という虚飾のドレスを剥ぎ取った先には普通の女の子がいました。傷つきやすくて脆い、どこにでもいそうな普通の子です。

 

「春に出会った時、私は貴女に選考理由を訊かれ、笑顔だと答えました。今もう一度同じことを質問されても、やはりそう答えます。『貴女だけの笑顔』がなければ、私達はここまで来られませんでした」

「そうだったら、嬉しいです。でも、春はどうやって笑っていたんでしょう……」

「島村さん、選んで下さい。このままここに留まるのか、可能性を信じて進むのか。どちらを選ぶか島村さん自身が決めて下さい」

 そう言いつつ、彼女に向けて手を差し伸べました。

「私が、決める……」

「はい。……ですが決断をする前にお伝えしたいことがあります」

 すると厳しかった武内Pの表情がフッと和らぎました。

 

「島村さんは気付いていないでしょうが、貴女はキラキラしたものをずっと持っていますよ」

「そんな、気休めなんてっ」

「気休めや慰めではありません。実際、美城常務は島村さんの輝きによって変わりました。何よりも城の威厳を重要視していた常務が、貴女の影響でアイドル達の想いや心を大切にするようになったのです。これは輝きのないアイドルには絶対に出来ないことです」

「私が、キラキラしている?」

「はい。先程の通り、留まるか進むかは島村さんが決めなければならないことです。

 ですが私は貴女に進んで欲しい。貴女が進む手助けをさせて欲しいと願っています。なぜなら、私がプロデュースしている島村卯月と言うアイドルは、夜空に浮かぶ一等星のように大きく明るく輝くことが出来る。私は心からそう信じています」

「輝くことが、出来る……」

 卯月さんが先程の言葉を呟きました。

 

 そして少しづつ手を伸ばし、武内Pの手を恐る恐る取ります。

「私まだ怖くて。私だけの笑顔になれるかわからないけど、でも見ていて欲しいです。私に何かあるのか、確かめたいんです! ……信じたいから。私も、キラキラ出来るって信じたいから! このままは嫌です!」

「島村さん。選んだその先で、貴女は一人ではありません。私が、皆がいます」

「はい!」

 卯月さんの顔に自然な笑顔が戻りました。どうやら試練を一つ乗り越えたようですね。

 

「はい、それでは雨降って地固まったということで! ライブの準備、しちゃいましょー♪」

「ええっ! 朱鷺さん!?」

「聞いていらっしゃったのですか」

「まあまあ、そんな細かいことは気にしない気にしない! それよりもう時間ないんですから早く楽屋に行きましょう。見せたいものもありますし」

「見せたいもの?」

「それは見てのお楽しみです。さ、レッツラゴー!」

 二人の背中を押しつつ足早に楽屋へ引き返しました。

 

 

 

「未央ちゃん、凛ちゃん!」

「……来て、くれたんだ。待ってたよ。しまむー!」

「うづきぃ!」

 楽屋に戻るとニュージェネの二人が来ていました。そのまま三人で涙ながらに抱き合います。1年前の私なら青臭い青春ごっこと鼻で笑っていたでしょうが、今はとても尊く感じました。

 少しの間、お互いに感謝の気持ちを伝えます。すれ違いに拠るわだかまりはもうどこかに吹き飛んだ様子でした。

 

「ホント、心配してたんだよ」

「すみません……。でも凛ちゃんと未央ちゃんに応援して貰って、元気が出ました」

「でしたら、そちらを見るともっと元気になると思いますよ」

 そう言って壁に掲げた大きな布を指差しました。卯月さんがつられて見ます。

「これは……」

「他のアイドル達からのメッセージです。皆スマイルステップスの活躍を心待ちにしていますよ」

 布には皆から預かったメッセージカードが貼り付けられています。その一枚一枚をまじまじと見つめました。

「これは美穂ちゃんで、こっちは楓さんからです。他にもこんなに沢山。皆さん、私のために……」

「ね? 選んだその先で、貴女は一人ではなかったでしょう?」

「はいっ!」

 透明な二粒の水滴が瞬きと一緒にはじき出されました。でもこれは悲しみの涙ではありません。

 

 一方、乃々ちゃんとほたるちゃんは時計を気にしていました。

「えっと、そろそろ時間です」

「私達はクローネの皆さんの前座ですので、早めに用意しないと……」

「そ、そうですね!」

「ちょっと、まだ武内さんがいますよっ!」

「ああっ! すみません!」

 急に上着を脱ごうとしたので慌てて静止します。ちょっとドジなところも含めていつもの卯月さんが戻って来たような気がしました。

 

 すると誰かと通話していた武内Pが神妙な顔つきに変化します。

「予定が一部変わりました。スマイルステップスの前に、卯月さんのソロ曲が入ります」

「ええっ! 何でこんなタイミングで!」

 正に寝耳に水の話でした。

「理由は私にもわかりません。ですが決定事項ですので、従わざるを得ないでしょう」

「わ、私やります!」

「大丈夫ですか?」

「正直わからないです。でも私、皆と一緒にキラキラしたいって。絶対に輝くんだって決めたから、やらせて下さい!」

「承知しました。それではお願いします」

「はい! それで曲は何でしょうか!?」

「曲名は────」

 

 

 

 ライブ開始5分前になったので凛さん達と共に会場に入りました。オータムフェスの成功が功を奏したのか、立ち見のお客様が満杯になるくらいの大盛況です。前の方は既に人で埋まっていたので止む無く一番後ろに回りました。

「あっ! 朱鷺ちゃんだ!」

「おはようございます、みりあちゃん」

「おっすおっす!」

「おや、きらり達も来ていたのかい」

「うずにゃんの復活ライブなんだから、友達として応援するのは当然にゃ!」

 シンデレラプロジェクトの子達も僅かな時間を見つけて顔を出しているようです。皆努めて明るくしていますが内心は心配しているに違いありません。

 そんな彼女達から離れたところにあの人がいました。アイドル達の集団から離れてそっとそちらに近づきます。

 

「お疲れ様です。美城常務」

「……人違いではないか」

「嫌ですねぇ、私を誰だと思っているんですか。いくら変装していても発する気の性質で貴女であることは丸わかりですよ」

「つくづく厄介だな、君は」

私が正体を見破ると渋々変装を解きました。トレンチコートを羽織った上にサングラスとマスク姿ですから気で探さなくてもモロバレなんですけどね。まるで漫画の世界の変装です。

 

「心配のあまりお忍びで視察ですか。いじらしいですねぇ」

「プライベートについてあれこれ詮索される謂れはない」

「たしかにそうですね。でも、卯月さんのソロパート追加に関してはお仕事に含まれますので教えて欲しいですけど」

 すると眉がピクッと動きました。カマをかけたのですが予想通りだったようです。

「私が指示したと彼が話したのか?」

「いいえ。でもこんなことを指示する力を持っていて、わざわざやろうとする人は貴女くらいなものです。それで、なぜ急にソロパートを追加したのか理由を教えて頂きたいんですけど」

「先程あのPから、島村卯月が可能性を信じて進むことを決断したとの報告が入った。これは私の予測とは大きく異なる結果だ。自らの可能性に賭けた彼女自身の純粋な力を此処で発揮して欲しいと思った」

「ソロで失敗したらまたダメージを受けるとか思わなかったのですか?」

「確かにリスクはあるだろう。だが、自らの力だけで前に向かって進んで行こうとする今の彼女であれば、私が見たかった光景を見せてくれる。……そんな確信がある」

「随分とロマンチストなんですね。ですがその甘さ、嫌いじゃないですよ。さて、運を天に任せて卯月さんの成功を祈りましょう」

「ああ、そうだな」

 どの道今から変更は出来ません。後はあの子次第です。

 

 するとライブ開始のアナウンスが流れました。そしてトップバッターの卯月さんが一人でステージに表れます。緊張を紛らわせるように、両手でしっかりとマイクを握りしめていました。

「こんにちは! 今日は来て下さって、ありがとうございます!」

 拍手の中、そのまま頭を少し下げます。

「あ、あの……」

 微妙な表情のまま固まってしまいました。不審に思ったのか、観客席にどよめきが広がります。

「え~と……」

 指で必死に笑顔を作ろうとしますが上手く行かないようです。手助けしたいですが一度舞台に出た以上それは出来ません。非常にもどかしい思いのまま時間が経ちます。

 

「うづきちゃーん!」

「頑張って~!」

「負けるなーー!」

 すると少し離れたところから一斉に応援の声が上がりました。よく見ると凛さん達です。ピンク色のサイリウムを振って必死に応援していました。

「最後の最後まであきらめちゃ駄目です!」

 私も負けじと声を張り上げました。

「どうした島村! 貴様の力はこんなものか!」

「じょ、常務!?」

 なんか変な人まで釣られましたよ! 

 

 すると卯月さんが意を決したような表情になりました。

「島村卯月、頑張ります!」

 その瞬間照明が切り替わり、曲のイントロが流れ始めます。

 この曲は卯月さんのデビューシングル用に創られた専用曲────『S(mile)ING!』です。

 

「~~~♪」

 出だしは控えめな動き、そして少しぎこちない笑顔でしたが、曲が進む度に動きが大きくなっていきます。それに伴い表情も豊かになっていきました。そしてサイリウムの光を反映するかのように、笑顔がどんどん明るくなっていきます!

「凄いですよ! ちゃんと見てますか、じょう……む?」

 私の横には完璧に洗練された無駄のない無駄な動きで一心不乱にサイリウムを振るプロがいました。そっとしておこう……と見なかったことにし、改めてライブに集中します。

 

 それは言葉で表すのは難しいほどに圧巻の出来でした。取り戻した最高の笑顔。あれこそ私達が見たかったものです。

 これは恐らく彼女一人の力ではないのでしょう。支えてくれる家族や仲間との絆、そして観客達の応援や笑顔。それが強ければ強いほど、卯月さんの輝きに反映されているような気がします。

 人々の想いを自らの輝きに変えることが出来る。それが島村卯月というアイドルの本質ではないかと思いました。

 伝説級アイドルであった日高舞さんが持っていた、極限まで磨き上げられた圧倒的な個の力とは対極的と言えるでしょう。どちらが上というものではなく、両方共本当に素晴らしい輝きです。

 結局、卯月さんの問題を解決するには彼女が自分自身に向き合って打ち勝つしかなかったんですよね。でも一人ではそれが出来なかった。武内Pやシンデレラプロジェクト、そして沢山のアイドル達に助けてもらうことで輝きを取り戻すことができたんだと思います。そういう意味では私と彼女は似た者同士なのかもしれません。

 

 

 

「ありがとうございました!」

 その後のスマイルステップスの曲も先程と甲乙付け難いくらい素晴らしいものでした。これだけのパフォーマンスを発揮できたのですからスランプは完全に脱出したでしょう。

「……終わったか。では、失礼する」

「クローネは見ていかないんですか?」

「生憎だが、これから客先との打ち合わせが入っている。また今度の機会にするとしよう」

 何となく名残惜しそうな感じなので本音なのだと思います。そもそも仕事の合間を縫ってライブを見ること自体、仕事人間の常務としては特例中の特例ですから仕方ありません。

 

「ああ、ちょっと待って下さい」

 会場の外に出た彼女を追いかけて声を掛けました。

「急いでいる。用件は手短に済ませたまえ」

 振り返った常務と向き合います。普段と異なり少し真面目な表情で言葉を続けました。

「以前貴女は『かつての日高舞のようなスター性のあるアイドルでなければ悪魔の幻影を振り払うことは出来ない』と仰いましたが、今の卯月さんの姿を見ても同じ意見でしょうか?」

「……何が言いたい」

「卯月さんは色々な意味で普通の女の子です。でもそんな子がこれだけの数の観客を魅了することが出来ました。星によって輝き方は違いますが、どんな輝き方でも人の心を掴むことは出来ると思います」

「それはアイドルも同じこと……とでも言いたいのだろう」

「いえ、アイドルに限りません。Pもそうですし、テレビ局のAPや雑誌記者、建設作業員だって同じです。性別や年齢を問わず輝くことは出来るんですよ。勿論、常務さんもです。

 だからそろそろ貴女も、貴女自身を赦してあげてもいいんじゃないでしょうか。確かにアイドルに挑戦すら出来なかったという後悔はあると思います。完璧主義者ですから心の何処かでわだかまりが残っているのでしょう。

 ですがそんな過去を引きずっても誰も幸せになれません。以前の私のように、ぼっちをこじらせるだけですよ」

「よくもずけずけと人の心の中に入る。恥を知ることだ」

「人間だけが今を超える力────『可能性』という名の内なる神を持ちます。卯月さんは己の内なる可能性を以て、人の人たる力と美しさを私達に示して見せました。次は貴女の番ではないでしょうか?」

「誰もが神を持てる訳ではない。綺羅びやかなお姫様に変身出来るのは灰被りに限られる。ガラスの靴を自らの手で壊した愚かな魔法使いに夢を見る権利は与えられていない」

「そんなことはありませんよ。女性はいくつになっても、例え汚れたとしても乙女です。恐れることなく貴女自身の可能性を信じてあげて下さい。そうすれば正しい道は必ず拓けます」

「やはり、私と君とは意見が合わないようだな。……失礼する」

 そのまま踵を返して会場を後にしました。

 

 せっかくポエムバトルに参戦したと言うのに、ホント強情な方ですねぇ。

 まぁいいです。卯月さんの件が一段落したので残るは舞踏会の成功と美城常務の改心だけです。

 やっとエンディングが見えましたので、これよりラスボスの攻略と洒落込みましょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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