ブラック企業社員がアイドルになりました   作:kuzunoha

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 長期に渡る本編執筆RTAは本話で完結となりました。無事に完走出来たのは応援頂いた読者の皆様のお陰です。この場を借りて深くお礼申し上げます。
 完走した感想(伝統芸能)は活動報告に纏めたので興味のある方は見て頂けると嬉しいです。
 なお完結後も番外編を投稿する予定です。本編と違いネタ一色になると思いますが良ければお付き合い下さい。
 では以上で『ブラック企業社員が生まれ変わってアイドルになるSS執筆RTA』を終わります。記録は14026時間0分0秒でした。長期間のご視聴、ありがとうございました。


最終話 ブラック企業社員がアイドルになりました

「よーし、皆聞いてくれ。いよいよ明日は『シンデレラと星々の舞踏会』だ。ここまで各々のステージで最大限のパフォーマンスを発揮できるよう努力してきたと思う。その力を存分に発揮してほしい!」

 犬神P(プロデューサー)の言葉がコメットのプロジェクトルーム内に響きました。舞踏会前日の最終ミーティングなので流石のワンちゃんも今日は真剣な表情です。乃々ちゃん達も真面目な表情で聞き入っていました。

「知っての通り舞踏会は346プロダクションのアイドル達が総出演する複合イベントだ。巨大な会場内に複数のステージを設け、ライブだけでなくミニ演劇、お笑い、コスプレ大会、ゲーム対決等様々な催しが行われる。観客はステージを自由に行き来して見たいステージに移動できるというシステムだ」

「コメットとしては終盤のライブに出る訳か。ボク個人としてはファッションショーや蘭子との共演があるから楽しみだよ」

「私と乃々さんはお菓子作り対決に出演することが決まっていますから、精一杯頑張りますね」

「もりくぼ達は問題ないと思うんですけど、朱鷺ちゃんは酷いことになってます……」

 乃々ちゃんが私達のタイムスケジュール表を見ながら呟きました。

 

「ゲーム対決やミスコン、サイキックイリュージョン、コント、大喜利、北斗神拳演舞その他諸々って、本当に大丈夫でしょうか」

 ほたるちゃんも不安げな表情です。確かに朝から晩までどの時間帯にも隙間がない殺人的なスケジュールですからそう感じるのも不思議ではありません。

「七星さんには負担を掛けて申し訳ないけど、大体の分野で笑いを取れるオールラウンダーだから引く手数多でね。これでもダブルブッキングしないよう必死に調整したんだけど……」

「忙しいのは慣れていますから別にいいですよ。それよりも清純派アイドルの私としては笑いが取れるという評判の方が傷付きます」

「す、すまない」

 私は淑女なので謝罪と賠償は求めませんが、アイドルのモチベーションを下げるPの屑には後で嫌がらせをしておきましょう。以前キレた時に100円ショップで買ってきた女児用パンツをスーツのポケットに入れておいたら超キョドっていて面白かったので、今度は私のブラでも入れておきますか。

 

「皆さん分かっていると思いますが、明日の舞踏会はコメットだけでなく346プロダクションの各ユニットの存亡が掛かっています。美城常務が文句も付けられないほど盛り上げに上げて、希望溢れる未来を掴み取りましょう!」

「私は今までお遊戯会も、学芸会もずっと隠れてました……。でも、明日は皆の未来が掛かっているから。皆のためになるなら、だめくぼじゃなくてやるくぼになります……!」

 おおっ、乃々ちゃんが燃えています! これほどやる気エネルギーに満ちた彼女は始めてみました。森久保乃々改め燃久保乃々です。

「ああ、乃々の言う通りだ。明日はボク達にとってはいわばラグナロク(最終戦争)さ。コメットだけでなく、蘭子や他の皆のためにも勝利の女神を手繰り寄せて見せるよ」

「事務所の皆が幸福な未来を掴めるよう、私達も頑張りましょう!」

 全員がやる気に満ちていました。やれることは全てやりましたので思い残すことはありません。いざ舞踏会!

 

 

 

 一夜明けて舞踏会の日がやってきました。既に楽屋入りして着替えやメイクは完了しています。シンデレラプロジェクトと共用の楽屋なので卯月さんや未央さん達も一緒でした。

「調子は如何ですか?」

「はい、絶好調です!」

「おお~、やる気だねぇ、しまむー!」

「舞踏会が成功すればニュージェネレーションズが続けられるんですから、今日は人生で一番頑張ろうって決めたんです。だから島村卯月、頑張ります!」

「でもまだ開始前なんだから、気合い入れ過ぎてバテないようにね」

「そうだよ~。ほらっ、お茶でも飲んでリラックスしよう」

 未央さんがペットボトルを差し出しました。

「ありがとう、凛ちゃん、未央ちゃん!」

「ふふっ。どういたしまして」

 そのまま三人で一緒に笑い合います。卯月さんは一時期は絶不調でしたがこの様子なら問題はないでしょう。

 

「失礼します」

「やあ、お邪魔するよ」

 すると武内Pや犬神P、今西部長、千川さんがいらっしゃいました。皆立ち上がって彼らの方を向きます。

「皆さん。シンデレラプロジェクトのステージは20時から、コメットのステージは20時半からになります。それまでは各々のスケジュールで動いて下さい」

 武内Pが今日の予定の最終確認をします。

「二人共、何か一言言わなくてもいいのかね?」

 すると今西部長が発言を促しました。事務連絡だけではなく各Pの言葉で我々を激励してほしいと思ったのかもしれません。

 

「じゃあ、俺から。よく分かっていると思うけど今日の舞踏会は大きな意味を持っている。だからといってあまり気負わないでほしいんだ。足を運んでいただいたファンの方々に喜んで頂くためにも、まず自分自身がこの舞踏会を楽しもう!」

「皆さん。笑顔で、楽しんで下さい」

「はいっ!」

 元気な返事が楽屋一杯に広がりました。助言通り私も舞踏会を満喫することにします。

 

 

 

「それでは、後で合流しましょう」

「はい、朱鷺さんも頑張って下さい」

「任されました!」 

 皆と分かれてメインホールとは別のホールに向かいました。目的地のサブステージBに着いて準備をしているとメインステージの瑞樹さんや茜さん達が開始のアナウンスを行います。

「それじゃあシンデレラと星々の舞踏会の開幕よ~!」

 一通り説明が終わると本日最初の出番が来ました。私も含め出演者の子達と一緒にステージ裏に控えます。

 

「女と生まれたからには、誰でも一生の内一度は夢見る……かもしれない『地上最強の女』。神出麗羅(シンデレラ)とは地上最強の女を目指す格闘士のことである!

 ならば今日、この『神出麗羅の武闘会』にて、地上最強の女は誰か決着をつけよう!」

 リングと化したステージに男性リングアナウンサーの美声が響きました。普段格闘技の実況をしている方を臨時で雇っただけあって雰囲気は十分です。

 そう、私個人が参加する催し物の一発目は格闘大会なのです。残念ですが当然ですね。

 

「それでは、全選手入場ゥゥゥ!!!!

 タイマンなら絶対に敗けん!! 乙女のケンカ見せたる! 特攻隊長、向井拓海!!」

「全開バリバリ、Let's Go決めるぜ!」

「武術空手は彼女が完成させるはず!! 神誠道場の切り札、中野有香!」

「押忍! お願いしますっ!」

「バーリ・トゥードならこの子が怖い!! 346きっての格闘アイドル、桐野アヤだ!」

「やるときゃやるって。本気にさせてみろよ!」

「忍者はフィクションの存在ではない! 現代に生きる闇のくの一、浜口あやめ!」

「くノ一あやめ、只今参上!」

 その後も紹介順にアイドル達が特設リングへ旅立っていきます。唯でさえ謂れのない風評被害を受けているんですから私の紹介は控えめにお願いしますよ……。

「そして最後は勿論、皆様御存知コイツの登場だ! 世界最強ランキング暫定第一位であり地上最強の生物! 某国大統領も裸足で逃げ出す、歩く戦術核弾頭────七星朱鷺イィーーーー!!!!」

「ど、ど~も……」

 だからそんなに絶叫しなくてもいいんですって! そして会場も盛り上がらないで下さい!

 

「それでは本大会のルールについて、ゲストコメンテーターの速水奏さんと宮本フレデリカさんから説明して頂きましょう」

「皆おはよう。プロジェクトクローネの速水奏よ」

「フンフフーン♪ 宮本フレデリカ、フランス人と日本人のハーフでーす! よろしゅーこ♪」

「フフッ。周子は今別のステージだけどね」

「あ~、そうだったそうだった~♪」

 憎い……。汚れ仕事を華麗に回避したあの子達が憎いっ……!

 

「話を元に戻すわ。ルールは簡単。一ラウンド5分間の中で、相手の肘のサポーターに取り付けた風船を先に割った方が勝ちよ」

「流石にアイドル同士で直接殴り合う訳には行かないもんねぇ~」

「トーナメント形式の勝ち抜き戦で、時間内に割れなかったらジャンケンに勝った方が勝ち残る形になるわ」

「目指せサイキョーのアイドル! ホットショコラみたいに熱々な戦いを期待してるからね~♪」

「ちょっと待ったあーー!」

 すると拓海さんがリングアナのマイクを奪い取りました。まぁ台本通りなんですけど。

 

「どうしたの、拓海?」

「いくら直接打撃がなくてもこんな極悪非道な凶鳥と同じ檻に押し込められて戦えるか! 全身の骨ごと叩き潰されるだろ!」

 するとトーナメント出場者が一斉に頷きます。私の扱いって一体……。

「安心して。そうならないように朱鷺には専用の拘束具を付けて貰っているわ。かつて『パイク×シールド』で朱鷺の前に散っていた各メーカーが結集して作り上げた最高のパワーリミッターがあるからきっと大丈夫よ」

「ワオ! ジャポン脅威のメカニズム~♪」

「わかった、ならこの勝負受けるぜ!」

 ちなみに今私が付けさせられているのがその拘束具です。一見ドレスに見えなくもない意匠をしていますが、常人なら一瞬で圧壊する位の物凄い力で私を押さえつけていますね。一流の職人と技術者の血と汗と涙の結晶であることが垣間見れます。

 

「それでは早速第一回戦を始めるわよ」

「にゃはは~、頑張れけっぱれ~!」

 対戦表によると第一試合は私対拓海さんとのことなのでお互い準備に入ります。

「おうおう、朱鷺! 以前のレースでは不覚を取ったが今回はあの時のリベンジを果たしてやるぜ! 覚悟しろよ!」

「どうぞ、よしなに」

 ドレス風拘束具の裾をつまみ恭しく一礼します。そして戦いの火蓋が幕を開けました。

 

 

 

「優勝は、七星朱鷺ィィーーーー!!」

「ウオォォォォーーーー!」

 リングアナの絶叫と共に、山の雷のようなファンの叫び声がサブステージに木霊します。

 拘束具くん、 お前は強かったよ。しかし間違った強さだった。このどうしようもない能力を力で押さえつけようとした時点で貴方は敗北していたのです。

 なお試合は全てストレート勝ちでした。勿論怪我させないように手加減はしましたけど、肘の風船への打撃以外は回避せずに受け止めるプロレススタイルだったので会場は大盛り上がりでしたね。対戦相手だった拓海さんの渾身の右ストレートやアヤさんのローキック、あやめさんの謎忍法のどれも素晴らしかったです。

 するとステージ裏からスタッフが顔を出しました。『七星時間押してる! 早く移動!』というカンペを手にしています。

 

「見事な試合だったわね。感想を詳しく聞きたいところだけど朱鷺は次の舞台があるから先に失礼させて頂くわ」

 奏さんが気を利かせてくれたので観客席に向かって軽くお辞儀をします。

「結局勝てなかったけどいいファイトだったぜ! 次のステージも頑張れよ!」

「今度は手合わせをお願いします!」

「次も大暴れしちゃいなさい♪」

「見事な忍法に感服しました! 今度あやめにも伝授して下さい!」

「ありがとう、皆さん!」

 暖かく見送られながら大急ぎで次のステージに向かいました。

 

 

 

「は~い。このサブステージDでは選りすぐりのアイドル達を集めたミスコンを行うわよ~♪」

「沢山のアイドルの中からナンバーワンを決めるなんて超豪華ですねぇ~♥」

 突貫で着替えを終えてステージDの舞台袖に移動するとこちらのイベントが始まるところでした。司会は瑞樹さんと愛梨さんの安定コンビです。

「でも、ミスコンにしては女性ファンが多くないですか~?」

 愛梨さんの仰る通り、観客席の男女比率は三対七位の割合です。

「おかしくないわよ。だってミスコンはミスコンでも、ナンバーワンの男前を決める男装コンテストなんですもの!」

「なるほど、だから女性ファンが多いんですねぇ。では早速出場者の紹介をしていきましょう! トップバッターはシンデレラプロジェクトきってのクールキャラ、渋谷凛ちゃんです!」

 

 するとステージ裏でそわそわしていた凛さんがビクッと反応しました。

「わ、私? 大丈夫かな……」

「学ランが良く似合っていて格好いいですよ。いつも通りの澄ました雰囲気でいけば乙女のハートはしっかりキャッチできますって」

 髪をアップに纏めて学帽を被っているので一件クールなイケメンに見えます。同じクラスにいたら妬みで思わず呪い殺したくなるレベルでした。

「ありがとう。じゃあ、行ってくる」

 覚悟を決めたのか勢い良くステージに出ていきます。少しして黄色い歓声が至るところから聞こえてきました。ふむふむ、こういう路線の凛さんというのもアリかもしれません。

 

「続いては優勝候補筆頭、アイドル界きってのイケメン────東郷あいちゃんよ!」

「やれやれ、私の番か」

 私個人の感想ですが、執事服がここまで似合う女性アイドルは他にいないと思います。イケメンオーラが全身から放出されていました。

「ネタイベントですけどあいさんは結構乗り気なんですね」

「こういうのも悪くないと思っているよ。女性には好かれる方だし女の子のファンも大切だからね。やるからには多くの人を魅了できるようにするさ」

 そう言いながら颯爽と歩いて行かれました。ここまで男前だともう嫉妬心すら湧きません。私もかつてはマダムキラーとして名を馳せていましたが足元にも及ばないでしょう。

 

「そしてまさかまさか、この人の登場です。その強さはどんな男の人にも勝っているかもしれません。七星朱鷺ちゃん、どうぞ~!」

 少しして私の番が来ました。元男性としては普通のモデルの仕事よりもある意味やりやすいので抵抗感なくステージに向かいます。私の服装は暴走族がモチーフだそうで、黒皮のライダースジャケットの上下にトゲトゲの付いたアーマーを着込んでいます。

 客観的に見るとどう考えてもジャギです。本当にありがとうございました。北斗の拳は存在しない世界線なのになぜピンポイントでこういうネタをブチ当ててくるのか、コレガワカラナイ。

 まぁ格好だけなら我慢します。それより胸のサラシが非常に苦しいですから長時間この姿は勘弁してほしいですよ。

 舞台に上がると女性客達の歓声が湧きましたが、元々強い女性として女子層からも一定の支持を得ていますから不思議には感じません。その後も夏樹さんや真奈美さんなど、さっぱりした性格で女子ウケの良いアイドル達が続々と入場してきました。

「全員揃ったところで早速アピールタイムよ。皆にはこれから一人づつ、こちら側で用意した決めゼリフを喋ってもらうわ。女の子達のハートを射止めるよう格好良く頼むわね!」

 瑞樹さんの説明に合わせて指定のセリフとどのように演じるかが書かれた紙を渡されます。内容に関しては事前に知らされてないのでしっかり確認しました。

「うおぅ……」

 この内容は中々キツいですね……。しかし私もプロです。例え好みではなくても与えられた役は全力で演らざるを得ません。

 

「それでは、トップバッターは凛ちゃんです♪」

「う、うん」

 葛藤している内にアピールタイムが始まってしまいました。まずは凛さんがステージの中心へと立ちます。

「……コホン。俺がお前を守るから迷わないで俺についてこい。さんざん遠回りもしたし嫌な思いもさせたけど、それでも俺が一緒にいてやる。……だから、俺と結婚しろ!」

「キャアーーーーーー!!」

 観客席から悲鳴に近い歓声が上がりました。男性だけでなく女性も魅了するアイドルの鑑です。リン……恐ろしい子!

「な、なっ!」

 私の隣にいる奈緒さんの顔が真っ赤になっていますが、何かあったんでしょうか。

 

「ありがとうございます。超イケメンでときめいちゃいました~♪」

「わかるわ。私がJKだったら確実に落ちていたわね。さ、どんどん行くわ! 続いては朱鷺ちゃんよ!」

 凛さんと入れ違いでステージ中央に向かいます。セリフを思い出しつつ覚悟を決めました。

 

「フ、フフフフ……。ファッハッハハハ!! ハァ~~~~~ハッハッハハ!

 下郎共よ、俺の名を言ってみろォ!! 俺こそが北斗神拳伝承者トキ様だ! 俺の手で北斗神拳はより強靭な恐怖の拳となる! 全世界を俺の足元に跪かせてやるわ、ヒャッハァーーーーッ!」

「ウオォォォーーーー! トキ様ァァーーーーーー!!」

 数少ない男達の獣のような咆哮が聞こえました。どうやら出禁になっている鎖斬黒朱構成員がひっそり紛れ込んでいたようです。だからなんで私はこういう役回りばっかなんですか!

 

 がっくり肩を落として元の位置に戻ると代わりにあいさんが観客の正面に立つのが見えます。

「……お帰りなさいませ、お嬢様。この執事めが夢の世界へご案内致します。夜が明けて夢から覚めても私が共におりますよ。だから安心してお休み下さい」

 すると甲高い歓声が空中をこだましながら揺れ動くように耳に届きました。さすが優雅な執事は格が違った。

 私も女の子達にモテたいのに好かれるのはムサい野郎ばっかりです。

 

 

 

「それでは結果発表! 男装コンテストの一位は東郷あいちゃんに決定!!」

「やあ、ありがとう。また女の子に囲まれてしまうな」

 コンテストの結果は大方の予想通りあいさんの圧勝でした。全く残念でもないですし当然ですが、二位の凛さんも大健闘でしたね。清純派アイドルの私としては、本大会で頂いた三位という称号が丁度いい感じだと思います。

 ステージ裏にハケて腕時計を見ると次の催し物の時間が迫っていました。

 

「すみません! 次がありますのでお先に失礼します!」

 急いで着替えを済ませて外に出ようとします。

「会場の熱気に負けないためにも休憩はしっかり取ってくれよ」

「無理するなとは言わない。でも辛かったら私達に言って、朱鷺」

「これはシンデレラと星々の舞踏会なの。星は一つじゃないんだから、昔みたいに一人で抱え込まないでね」

「はい、気を付けます!」

 心配の言葉を背に受けつつ駆け出します。皆さんの気遣いで心が暖かくなりました。

 

 

 

 次なる舞台であるメインホールのレフトステージに向かいましたが、観客の人混みのせいでこのままでは確実に遅刻します。かくなる上ではアレをやるしかありません!

「はっ!」

 通路をダッシュしたまま速度を上げて壁を走り抜けます。こうすることでタイムを大幅に短縮することが出来るでしょう。驚くお客様達を尻目にひたすら壁走りを続けました。

 

「はい、レフトステージ司会進行の三村かな子です。こちらでは紗南ちゃんと朱鷺ちゃんのレトロゲーム対決が行われる予定……なんですけど」

「お、同じく司会進行の緒方智絵里です。開始時間になりましたが朱鷺ちゃんがまだ来ていません。この場合どうなるんでしょうか」

「あたしに恐れをなして逃げちゃったか~。じゃあ不戦勝になるのかな?」

「大丈夫だって! 朱鷺ちゃんは直ぐに来るよ!」

「ちょっと待ったあぁぁぁぁーーーー!!」

 身体能力を活かしてバッタのように飛び跳ねながらレフトステージに着地しました。

「清純派アイドル七星朱鷺、お呼びとあらば即、参上!!」

 その瞬間観客席から一斉に歓声が上がります。恐らく入場の演出だと勘違いしているのでしょう。ガチで遅刻しそうなので人力で立体機動をしただけなんですけど。

 

「それでは朱鷺ちゃんが到着したのでルール説明に入りますね。今回はレトロゲームを使用した三本勝負です。使用するソフトはファミコンの名作、『マリオブラザーズ』『アイスクライマー』『テトリス』になります」

「負けた方には罰ゲームがありますので二人共頑張って下さい!」

 罰ゲームの内容は知らされてはいませんが今までの仕打ちを考えるとロクな内容ではないと思います。回避するためにも絶対に勝たなくてはいけません。

 

「現実では絶対に勝ち目はないけど、ゲームの中はあたしのホームグラウンドだからね! 手加減なしの本気でぶつかるよ!」

「フフフ……。ゲーマー属性を持つアイドルが此処にもいることをお忘れですか? クラスメイトとは言え勝負は勝負です。勝っても負けても恨みっこなしで正々堂々戦いましょう」

「うん、よろしく!」

 お互いにがっちりと握手を交わします。紗南ちゃんは強敵ですが私もこの日のために各タイトルを必死に練習しました。その成果を今こそ発揮するのです。時は来た! ただそれだけだ!

「では二人共定位置についてね。最初はマリオブラザーズ対決です。はい、よーいスタート!」

 そして決戦のバトルフィールドにおける死闘が幕を開けました。

 

 

 

「レトロゲーム三本勝負の勝者は、三好紗南ちゃんです!」

「反射神経、前よりよくなったみたい! レッスンの成果かも!」

「もうチートや! チーターやろ、こんなん!」

 三戦ともまさかのボロ負けです。錯乱して何故か関西弁になってしまいました。

「チートじゃなくて実力だよ、実力♪ 朱鷺ちゃんも上手かったけど特訓したのは私も同じなんだよね~」

「くっ!」

 ウサギとカメの勝負なんですから油断して寝ていてほしかったです。スタートからゴールまでガチゲーマーに全力疾走されたらエンジョイ勢の私に勝ち目はありません。

 

「それでは罰ゲームの準備がありますので少々お待ち下さい」

 スタッフさんが駆け寄ってきて、先程対戦で使用していたのとは別のファミコンのコントローラーを握らされます。

 すると大型モニターの画像が切り替わりました。それと同時に8ビットのファミコンBGMが聞こえてきます。これは私がRTAで二度苦しめられたあの『じゅうべえくえすと』のBGMじゃないですか……。

「負けた朱鷺ちゃんにはスペシャルな罰ゲームとして、『公開メガトンコイン』をやって貰います! 内容は簡単、メガトンコインを持ったまま氷の橋を歩くだけです! さぁどうぞ♪」

 そうですか、そういう意図なんですね……。

 

「わかりました。やればいいんでしょう、やれば!」

 半ばヤケクソです。ロードすると氷結城の途中からだったので、十字キーを操作して氷の橋に向かいました。

 すると観客席から「メーガートン! メーガートン!」というコールが湧きます。恥ずかしさで顔が真っ赤になるのを感じながら必死で目的地に辿り着きました。

「初見の方のために説明しますが、メガトンコインとは名前の表すように非常に重量があるコインです。その重量のため、これを所持したまま隣の塔に渡る氷の橋を通ると……」

 実際に氷の橋を渡って行きます。すると中腹で異変が起きました。

「……こうなるわけです」

 橋が壊れ、主人公一行は哀れにも下の階に自由落下していきます。

 その瞬間レフトステージから本日一番の歓声が沸き上がりました。正にスタンディングオベーションと言えるでしょう。

 ああ、死にたい。マントルまで穴を掘って隠れたいです!

 

「はい、ありがとうございました。朱鷺ちゃんは別のイベントがありますので、ここで一旦お別れです。次のステージも頑張ってね!」

「私の元気と幸運を、おすそ分けします」

「磨いたスキルで最後まで突っ切ちゃおー!」

「ありがとうございます!」

 返事をしつつ再び人力立体機動で飛び跳ねてサブホールへ戻りました。

 

 

 

「チカレタ……」

 最後の催し物の出演が終わった後、満身創痍の状態でもぬけの殻の控室に戻りました。肉体的にはまだ余裕がありますけど朝から晩まで全く休憩がなかったので精神的な疲弊が深刻です。イベント出演中は終始緊張状態でしたから、休憩に入って気を抜いた瞬間に疲れがどっと出てきました。

「み、水……」

 喉がカラカラですが控室をあさっても飲料は何処にも見当たりません。人もいないので誰かに持ってきて貰うことも出来ませんでした。

「水をよこせ……。それもペットボトル一本や二本ではない……全部だ!」

 なけなしの力で叫んでから床に倒れ伏します。

 パトラッシュ、僕はもう疲れたよ。……いや、まだ肝心のライブが残っているのでこのまま燃え尽きてはいられません。立て、立つんだトキ!

 

 必死に起きようとしていると誰かの気配を感じました。そのままつかつかと私の方に近づいてきます。助けを求めようとした瞬間、不意に助け起こされました。

「大丈夫か?」

「じょ、常務?」

 気配の主は美城常務だったようです。

 

「ミネラルウォーターだ。これを飲んで落ち着くといい」

 買ってきてもらったペットボトルを開けて一気に飲み干します。

「あ~生き返るわぁ~……」

 水が全身に行き渡るのを感じます。それだけでなんとなく元気になったような気がしました。

「ありがとうございます。本当に助かりました」

「アイドル達をサポートするのが我々の仕事だ。礼を言う必要はない」

「それでもお礼は言わせてもらいますよ」

「……わかった。好きにするといい」

 本来なら一アイドルのフォローなんて誰かに任せてしかるべき内容です。ですが彼女自身が行動して私を助けてくれた。その事実が私には嬉しく感じました。

 

「もうすぐコメットのライブだが、その状態で大丈夫なのか?」

「ええ。少し横になりましたし水分補給も出来ましたから最後まで走り抜けますよ」

「ならば君達の輝きを観客達に見せてみるがいい。だから────頑張りなさい」

「はい!」

 きっとこれが彼女なりの最大の激励なのでしょうね。本当に不器用な人です。だがそれがいい。

 

「あっ、朱鷺さん! 此処にいらっしゃったんですか!」

「そろそろ出番です……」

「衣装の準備をするから、こっちに来てくれ」

「わかりました!」

 そうするうちにほたるちゃん達が来ました。常務に見送られながら準備に入ります。

 

 

 

 大急ぎで着替えやメイクの直しをした後、メインステージの舞台裏に控えます。今歌っているニュージェネの次が私達の出番ですが、今までで一番大きいステージなので四人共緊張に包まれていました。

「こうしていると、あのデビューライブのことを思い出しませんか?」

 緊張をほぐそうと皆に話を振ってみます。

「はい。あの時も今と同じくらい緊張しました」

「そういえば、デビューの時はノノがいなくなったりして大変だったな」

「うぅ……。その節はすみませんでした……」

 乃々ちゃんが縮こまってしまいます。

 

「ボクは独りでいることを望んできたしそれに不満もなかった。だが今は違う。心から信じられる同胞に満たされた今だから出来る、魂のユニゾンを魅せてあげようじゃないか」

「歩き疲れるまで歩いて、やっと見つけた光は本当に輝いていました。だからこの光をファンの方々にも分けてあげたい。そう、思います」

「もりくぼは、自分のためにはできませんけど。歌ってほしいって言ってくれた人が沢山いたから。……だから、歌えます」

 それぞれの決意を口にしました。

「ここまで辿り着いたのは私達の力だけではありません。犬神さんや事務所の方々、応援してくれる沢山の人達に支えられています。だからその人達のためにも、今までで一番、光輝いてみせましょう!」

「はい!」

 するとニュージェネの曲が終わりました。彼女達が舞台裏に戻ってきます。

 

「ファイトだよ、とっきー!!」

「ファンの皆が待ってるよ!」

「頑張って下さい、朱鷺ちゃん!」

 笑顔の未央さん達とハイタッチしつつ入れ違いでメインステージに上がります。眼前にはサイリウムの海が広がっていました。本当に、素晴らしい光景です。

 

「皆さーん、こんにちはー! コメットです♥ 今日のライブではなんと新曲を初披露しちゃいます! 是非楽しんでいって下さいね♪」

 営業スマイルではなく心からの笑顔で続けました。さぁ、ここからが本当の出番ですよ!

「それではお聴き下さい! コメットで『Shinin’Star(シャインスター)☆』」

 

 

 

「こちらにいらっしゃったんですか」

 舞踏会後、Z戦士のように気を探知しながら美城常務を捜索すると彼女と武内Pの姿を見つけました。舞台裏はまだ解体作業に入っていないからか、周囲に人気はありません。

 込み入った話をしているようなので声を掛けるべきか戸惑いました。

「……それでは、失礼します」

「ああ、ご苦労」

 私の姿に気付くと武内Pがその場を後にします。私と常務が残される形になりました。

「最大規模のイベントの直後に男性と逢い引きとは中々大胆ですね!」

「その手の低俗なジョークは好きではない」

「じょ、冗談ですって」

 眉間に皺が寄ってしまいました。イベント後で気が昂ぶっているせいかノリがちょっと軽かったです。反省しないといけません。

 

「それで、何の用だ? 無事に終わったとは言え君達には撤収作業があるだろう」

「はい。その前に常務さんの話を聞きたくて来ちゃいました。今日この場で皆が見せた素晴らしいパフォーマンスを前にしても個性重視の方針は間違っていると仰るのか、その判断を伺いたいです」

 身内びいきを差し引いても100%の出来でした。他の事務所では絶対に真似出来ない、346プロダクションだからこそ成し得た素敵な舞踏会だったと胸を張って言えます。

 それに対し常務がどのような判断を下すのかが今一番気になる事項でした。

 

「私は鈍感ではない。観客達の顔を見ればデータなどを確認せずとも成否の判断は出来る。

 アイドル達はそれぞれの可能性を広げ輝きを増している。私の理想もその一つに過ぎなかったということだ。それを押し付けるのは美城にとって望ましいことではないのだろう。

 いや、本当は既に気付いていたのかもしれない。あの日高舞の助言や、島村卯月と私自身のライブを通じてな」

「アイドルに定義はないですし、成るのに資格が要る訳でもありません。千人いれば千通りのアイドル道があるんですよ。だからこそ一つの道に無理やり集約するのではなく各々の望む道を突き進めばいいと思います」

「まさかこの私が自分を曲げることになるとはな。だが悪くない気分だ。これから私は星々が何処に辿り着くかを見定めることにしよう。……帰って来て良かった。強い子達に会えて」

 常務の判断を聞いてホッとしました。自分が立てた方針を自ら撤回するには大きな勇気が必要です。それを躊躇なく決断出来る彼女は経営者として優れているだけでなく人としての器も大きいのでしょう。

 

「貴女が常務に就任したお陰で私達は自分を見つめ直すことが出来ました。新方針は短期的には間違いだったとしても、長い目で見れば346プロダクションのためになったと思いますよ」

「いや、あながち間違いではない。私のやり方で日高舞を超えることは出来なかったが彼女自身を引き込むことは出来そうだからな。その意味でも新方針は無駄ではなかったということだ」

「あはは……あの件はやはり冗談ではなかったんですか」

 新方針は撤回となりましたが至上最高の正統派アイドルを味方にするという目的は達成されそうでした。常務からして見れば舞さんが釣れた時点で万々歳なのかもしれません。転んでもタダでは起きないところは流石です。

 PTA役員の任期が来春まで残っているそうなので再デビューは暫くお預けとのことですが、その間に考え直して頂ければ現役アイドル側としては助かります。

 

「とはいえ今のアイドル事業部に問題が多いことは事実だ。その点では抜本的に体制の見直しをしなければならない」

「そうですね。Pの個人商店状態でマネジメントが利いていない現状は変えていかなければいけませんし、予算の使い方や人材の配置にも無駄がありますので正す必要があります。でも地道に改善を続ければ従来の路線でも大きな利益を生むことは可能ですよ」

 以前アイドル事業部の経営分析をした時にも同じ結論に至りました。すると常務の表情が少し柔らかくなります。

 

「だからこそ、君の力を貸してほしい」

「私の、ですか?」

「才能ある者は評価すると前にも言ったはずだ。君の考えは私と合わないことも多いが、私を追い詰めたあの権謀術数や臨時Pとしての実務能力は高く買っている」

「……貴女が誤った方向へ進みそうになったら全力で妨害しますので、それでも良ければという条件付きになってしまいますよ」

 少し悩んだ後で回答しました。もの申す部下として上司に疎まれクビになったことは何度もありますので確認しておかなければいけません。

 

「わかっている。今回の件で私が誤った道を選択した時に異論を唱えられる者が必要なことが理解できた。君やあの彼にはその役割を担ってほしい。私に見えて君達に見えないものもあれば、君達に見えて私に見えないものもあるのだからな。

 決して交わらない平行線でも……。いや、平行線だからこそ新たな可能性は生まれると期待している」

 イエスマンだけでなく自分に苦言を呈する者を積極的に登用する姿勢は素晴らしいと思います。それが出来なくて没落していった名門企業は多々ありますもの。

「わかりました。私の能力と経験を346のアイドル達のために使うことをお約束しましょう。ですが貴方が道を間違えようとした時は部下として、一人の友人として全力で止めさせて頂きます」

「それでいい。よろしく頼む」

「それでは、今後ともよろしく」

 お互いに笑みを浮かべて優しく握手を交わしました。せっかくいい笑顔をお持ちなんですから、普段からもっと笑ったらいいと思いますよ。 

 

「たまには城から出て星を見上げるのも悪くないな。……ああ、悪くない」

 珍しく温和な表情になりました。常務としても今回の舞踏会は大満足な出来だったようです。

「それならいっそ星になっちゃいましょう! ソロデビューですよ、ソロデビュー!」

「フッ。遠慮しておこう」

「いいじゃないですか。私もアイドルになったんですから一緒にやりましょうよ」

「それは断ると言ったはずだ!」

 二人して軽口を叩きながらアイドル達がいる控室に向かいます。彼女達も今の話を聞けば不安は払拭できるでしょう。

 

 こうして、美城常務と我々の間で歴史的な和解が成立しました。

 私達は引き続きユニットとして活動することが出来るようになり、事務所から今まで以上の支援が得られることになったのです。

 安定性を重視したので多少時間は掛かってしまいましたが、『346プロダクション・アイドル事業部救出RTA』は無事完走出来ました。全員が幸せになれるトゥルーエンドに行き着くことが出来て本当に良かったです。

 

 

 

 

 

「……そして美城常務と無事和解した私達は、アイドルとして邁進し一層活躍することを心に誓いましたとさ。めでたしめでたし」

 最後まで語り終えると学習机の上に置いてある湯呑みを手に取り緑茶を口にしました。先程淹れた時にはアツアツでしたが既に温くなっています。啜る音だけが真夜中の自室に響きました。

「実にめでたいめでたい。僕の好きな『友情・努力・勝利』のジャンプ三大原則を地で行く良い話だったね~」

 するとパチパチと拍手が響きました。その手の主は私を生まれ変わらせたあの神様です。私のベッドの上でごろ寝しながら過去話をじっと聴いていました。

 

「こっちはもう喉がカラカラです。いきなり押し掛けてきて『私がアイドルになってから舞踏会までの顛末を聞かせてほしい』なんて無茶振りもいいところじゃないですか。体感で1年半以上は語ったような気がしますよ」

「まあまあ、いいじゃない。僕と君との仲なんだから」

 そう言いながら少女はケタケタと笑いました。その姿は賽の河原チックな場所で初めて会った時から全く変わっていません。

 お風呂から出て軽くストレッチして寝ようと思っていたのに、私の部屋で少年ジャンプを読みながら寛いでいたのでコケそうになりましたよ。

「貴女のことですから事の一部始終は見ていたはずでしょう。先の分かっている話を聞きたがるなんて物好きですねぇ」

「僕はあくまで第三者として客観的に眺めていたに過ぎないのさ。デビューから舞踏会に至るそれぞれの場面で君がどう思い、何を目指して行動したのかには前から興味があったんだよ」

 奇特な趣味を持っている人ですこと。いや、人じゃなくて神ですか。

 

「君の物語はとりあえず一段落付いたけど、これからどうするんだい?」

「どうするも何もアイドルを続けますよ。コメット単独の武道館ライブもやりたいですしパワー系アイドルという汚名も返上しないといけません。他にもやりたいことはまだ沢山あります」

 私達はようやく登り始めたばかりだからな、このはてしなく遠いアイドル坂をよ!

「若者らしいパワフルな姿勢は素晴らしいね」

「はい。何て言ったって花のJCアイドルですし♪」

「へぇ~、いつもの『累計年齢51歳だから~』って自虐はしないんだ」

「ああいうネガティブな自虐は極力止めることにしました。今の私は七星朱鷺という名の女の子です。確かに過去は色々ありましたけどそれも含めて私ですよ。これからは愛し愛される清純派アイドルになるんです!」

「そうかい。誰よりも愛深き故に愛を捨てた子がそこまで言うとは思いもしなかったよ。君は本当に変われたようだ」

 うっ。また祖父母が孫を眺めるような生暖かい目になっています。こういうしんみりムードはあまり好きじゃないんですよねぇ。ちょっと話題を変えてみることにしましょう。

 

 

 

「ところで……先程から部屋の隅にいる方はどなたですか?」

 そう言いながら部屋の隅のガンプラ置き場コーナーを指差します。過去語りを始めた直後にしれっと現れていたので指摘するタイミングを逸していましたが漸く質問することが出来ました。

 存在自体に靄がかかっているかのように薄ぼんやりしているので性別や年齢は明確ではありませんけど、私の能力が何らかの生命体であることを明示しています。ていうか乙女の部屋に不法侵入ですよ不法侵入!

「ああ、この子は僕の仲間さ」

「このタイミングで新設定投入!?」

 思わず突っ込んでしまいました。彼女に仲間がいるなんて初耳です。

 

「ええと、標準語は分かるんですか? 使用言語が英語オンリーだったら速攻で詰むんですけど……」

 この駄神と同等の生命体を敵に回したくはありません。敵意がないことを示すために恐る恐る挨拶をしましたがリアクションはありませんでした。

「言葉は理解出来るはずだけど意思疎通までは出来ないよ。生まれて間もない赤子に近いし、そもそも存在が固まっていないから姿もはっきりしないのさ」

「そんな怪しい人を私の部屋に招かないで下さいよ!」

「この子は人と同じように知識を身に付け学習することが出来る。それで今は色々と教えているんだけど僕では人間の心の機微は伝えられなくてね。だから人生経験豊富な君の破茶目茶なアイドル挑戦物語を聴いて学んでほしいと思ったんだよ」

「反面教師にしかならないと思うんですがそれは……」

 人間の中でも極端に偏った奴の人生経験なんて聴いて役に立つんでしょうか。

 

「貴女方はこうやって同胞を増やしているんですか?」

 何となく気になったので質問しました。よく考えればこの人達の生態は全くわからないんですよねぇ。いえ、特に詳しく知りたいわけではないんですけど。

「いいや。僕はずっと一人だったし仲間もいなかったよ。同胞を造るのは初の試みだから上手くいくかわからないのさ。とっくに目覚めてもおかしくはないんだけど、何かが足りないみたいでね。君の話を聞いたらもしかしてと思ったのだけど成果はなかったようだ」

「そういうことですか。最初からそう言って頂ければもう少し丁寧に説明したのに」

「ありのままを語ってほしかったから問題ないさ。……しかし、これでも目覚めないのであればどうしようかなぁ」

 珍しく真剣に思い悩む素振りを見せます。

 

「でも何で急に仲間なんて作ろうとしたんです? 今まで一人で気ままに楽しく暮らして来たでしょうに」

「きっと笑うから言いたくない」

「いいじゃないですか、教えて下さいって。誰にも言いませんから」

「本当かい?」

「私は嘘が大嫌いなんです。もし笑ったら桜の木の下に埋めてもらっても構いませんよ!」

 すると神様が重い口を開きます。

「……いから」

「ん? 何だって?」

 すると俯いて何やらゴニョゴニョと呟きました。聞き取れないので思わず訊き返します。

「友達が、ほしいと思ったからさ」

 消え入りそうな声を聞いて一瞬フリーズしました。

 

「あはははははははははははははは!」

 その場で笑い転げます。今の私の心情を一文字で表すのならば『草』以外ありませんでした。

 だって、人を小馬鹿にして楽しむドSの口から『友達がほしい』なんて青春ワードが出てくるなんて思わないじゃないですか! 反則ですよ反則!

「……ここは笑いどころじゃないんだけどな」

 笑い疲れた私を神様がジト目で睨みつけます。

「こんな屈辱は生まれて初めてだ。よしわかった。それ程荒野に草を生やしたいなら世紀末感溢れる北斗の拳世界に生まれ直してもらおうか」

「ちょ、ちょっと! タンマタンマ! いや本当にすみませんマジで!」

 神速でジャンピング土下座を披露します。その後5分位ひたすら謝罪を続けました。

 

「わかった。君には楽しませてくれた礼があるから生まれ変わりは免除してあげるよ」

「ほっ……」

 一時はどうなることかと思いました。アイドル溢れる桃源郷からムサい野郎ばかりの世紀末に叩き落されたら堪りませんもの。

「その代わり……。そうだ、君に子供が出来たらその子達も漏れなく北斗神拳使いになるっていうのも面白いね。とても賑やかな家庭になりそうだ」

「フザケンナ、ヤメロバカ!」

「フフフフ……」

 目が笑っていないのが超気になります。といっても私に子供が出来ることはないはずですから万一適用されても大丈夫でしょう。きっと、たぶん。

 

「話を戻しますけど本当に友達がほしいんですか?」

「今までは人が創ったフィクションで満足していたんだけど、君達の物語を見ていたらそういう存在がいても悪くないなって思ったのさ。僕の心まで変えてしまうとは大したものだよ、全く」

「それならこんな回りくどいこと必要ないですよ」

「なぜだい?」

 首を傾げる彼女を手を取ります。

「だって、私と貴女はもうお友達じゃないですか」

「え?」

 するとキョトンとした表情を浮かべました。

 

「僕と、君がかい?」

「ええ。少なくとも私はそう思っています。貴女は私にやり直すチャンスをくれた大恩人であり大切な友人ですよ」

 この気持ちに嘘偽りはありません。かなりエキセントリックな友達ですけどね。

「……そうだね。僕も同じ気持ちだ」

 顔がだいぶ赤くなっています。なんだ、結構可愛いところがあるんじゃないですか。

「あれ~、もしかして照れてます~?」

「北斗の拳だと甘いな。ここはデビルマンの原作世界に生まれ直して貰おう」

「本当に申し訳ない」

 その場で再び土下座しました。カーペットに額を擦り付けて慈悲を乞います。ヒロインの生首祭りなんて超鬱展開は絶対にノウです!

 友達と言えども分別は弁えないといけませんね。この方を煽るのは止めようと心に誓いました。

 

「まぁいいよ。友達同士の冗談だと我慢しよう」

「ありがとうございます! ありがとうございます!」

 友達と言えどもその力関係は明白でした。悲しいなぁ……。

「それでこれからどうするんですか? 私はもう寝ないと明日の仕事に影響してしまいますので、ご友人が目覚めないことについては後日改めて相談に乗りますけど」

「邪魔して悪かったね。進展もなかったし僕達はそろそろ失礼するよ……っと?」

 神様が言い終わらない内に彼女の友達がのそっと動き出しました。

 

 そのまま辿々しい足取りで私に近づいてきます。

「ちょ、ちょっと! この人って危険性はないんですか!?」

 いくら北斗神拳があるとは言っても、人知を超えた超常的な存在に通用するとは限らないので腰が引けてしまいます。

「危害を加える意志はないはずだから大丈夫だよ。どうやら君の話をもっと聴きたいらしい。何でもいいから話してくれないかい?」

 何でもって言われても困りますが、よく考えるとまだ自己紹介をしていませんでしたのでそこから始めることにしました。

 

「……そ、それでは改めて自己紹介をしましょうか。

 お初にお目にかかります。七星朱鷺と申します。アイドルデビュー時は14歳、現在は15歳の中学3年生です。

 実は私、前世はブラック企業社員(36歳男性)でして、無残にも過労死したのですが此処にいる素晴らしい神様のお陰で生まれ変わり現世ではアイドルなんてものをやっています。

 先程はその哀れで無様で滑稽な顛末を私の視点からお伝えしました。拙い語りでしたし一部やり過ぎな点はあったと思いますけど、それも含めて少しでも笑って頂けたのであれば恥を晒した甲斐があったというものです」

 一呼吸置いてから話を続けます。

 

「アイドルになってからは本当に波乱万丈な日々でした。暴走などの失敗も多々やらかしましたが、自分の信じる道を突き進んだ結果ですから反省はしても後悔はしていません。

 私はアイドル活動を通じて周囲の人達に支えられていることを改めて理解しました。だから私も沢山の人達に元気を与える素敵なアイドルになりたい。それが私の人生の目標であり、そのために二度生まれてきたと今は胸を張って言うことが出来ます。

 こんなどうしようもない私でも多くの宝物を見つけることが出来ました。だから貴方も、そんなキラキラしたものがきっと見つかりますよ」

 笑顔で手を差し伸べます。

 

 

 

 一度目の人生は酷いものでした。

 

 でもその経験があったから皆の力になることが出来た。

 

 だから今では、あの前世も素直に受け入れています。

 

 生まれ変わってみんなに出会えた、この奇跡のような巡り合わせに感謝を込めて。

 

 私はこれからも、私が望む道をみんなと一緒に進んでいきます。

 

 私は今、本当に、本当に幸せです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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