ブラック企業社員がアイドルになりました 作:kuzunoha
「では、乾杯」
ジョッキグラスを軽くカチンと当てると、黄金色に輝く液体を喉の奥へ奥へと一気に流し込みました。キンッキンに冷えたその液体が全身に染みわたり、レッスンで
美味しすぎます。これはもう犯罪的な美味しさでしょう。この一杯のために私は生きている、そんな気すらしました。ああ、ありがたやありがたや。
「……それ、本当に俺と同じノンアルコールビールだよね?」
「当たり前じゃないですか。私は未成年ですよ」
対面に座っている犬神P(プロデューサー)がそんなことを言ってきたので渋々答えました。人がせっかく雰囲気に酔っているというのに、何とも無粋な人です。
ノンアルコールビールを中学生が飲んではいけないという法的な縛りはありませんからね、何の問題もないのです。
「ビールのCMが取れそうな勢いで飲んでたから、つい本物かと……」
「そうですか、なら6年後にそのお仕事を取ってきて下さい。お願いします」
ぶっきらぼうにそう答えました。
「それでは乾杯も済んだので第2回定例会を始めようか」
「ちょっと待って下さい。つまむものがないのにそれはないでしょう、私とお店に大変失礼です」
一旦話を止め、店員さんを呼び止めて注文をします。
「すみません、注文お願いします。焼き鳥盛り合わせを塩で。あと枝豆、塩キャベツ盛、山芋の鉄板焼、なんこつ揚げ、ライス、たこわさをそれぞれ1人前でお願いします。とりあえず以上で」
「……なんか手馴れてるんだよなぁ、この人」
犬神Pのそんな呟きは華麗にスルーしました。
本日は金曜日──私と犬神Pとの定例会の日でもありました。
コメットのデビュー成功に向けた第三の矢として考えたのが、この『コメット首脳会議』です。
平日週1回、17時以降に安居酒屋にて私と犬神Pのサシで定例ミーティングを行っています。もちろん家族の了承は得ています。
本日のお店は
なお、私と彼は同じグループで働く仲なので、二次面接や初顔合わせ時のような猫かぶりは既に止め、わりと素に近い状態で接しています。
「しかし中学生と居酒屋ってのもなぁ」と犬神Pがぐずりだしました。
「まだ言ってるんですか。346の社員が行くようなオサレな高級店は私には敷居が高いんです。他の社員と
「そこまで神経質にならなくてもいいんじゃないかな?」
「なりますよ。同じ事務所だからといっても仲間ではないのですから」
「う、う~ん……」
そう言って押し黙ってしまいました。若いからか、まだまだこの辺りの甘さが抜けていないような気がします。
同じ事務所のアイドルであっても仕事の量に限りがある以上ライバル同士なのですから、弱みを見せたらそこを突かれて潰される可能性は十分あるでしょう。
しかも我々はまだデビューすらしていない弱小グループなのですから、気をつけるに越したことはないはずです。
「では私の方から報告しましょうか」と、なんこつ揚げライス(ライスの上になんこつ揚げを乗せたものです)を手に持ちつつ、話を進めます。
「まずはメンバーの健康状態からですね。アスカちゃんは心身とも問題はありません。
乃々ちゃんは身体は問題なしで、例の辞めたい病とむーりぃー病が少しずつですが落ち着いてはきていますので引き続き要経過観察です。
ほたるちゃんも身体は問題ありませんが、精神的にやや不安定なところがあるので継続フォロー中です」
私の話を聞きつつ犬神Pが熱心にメモを取ります。こういう点は好感が持てますので、花マルをあげましょう。
「七星さんはどうなんだい?」
「私は見てのとおり心身ともに健康優良児です。ビールとおつまみさえあれば幸せなのです」
「それはよかったよ。ただ、本物のビールは止めてね」
「当たり前です。お酒は二十歳になってからですので」
私には『トキ(北斗の拳)と同じ程度の能力』がありますし、メンタルはブラック企業で精製された
「次に話題ですが、やはりレッスンとデビューについての話が中心です。デビュー後に仕事があるのかほたるちゃんがかなり不安に感じているので、何かしらフォローが必要です。後は……」
こんな感じで、私の方からはメンバーの健康状態(メンタルヘルス含)、レッスンの進捗状況、話題、不満、
第一の矢である、『レッスン後ティータイム』で得た情報(プライベートなものは除きます)も含まれています。メンバーによる現場の声なのでPとしては何に換えても欲しい情報でしょう。
思春期で難しい年頃の女の子が不満や陳情を成人男性である犬神Pに直接話すのは中々難しいですから、中の人がオジサンである私が情報を集約してお渡ししているのです。
「じゃあ次は俺の方か。営業の状況だけど、引き続き有力なクライアントを中心に
「そうですか、上々です。ミニライブが迫っている現状ではオーディションに参加する訳にもいきませんので犬神Pだけが頼りです。引き続きよろしくお願いします」
「ああ、わかっているよ。デビュー前後は重要な時期だからね。できるだけスケジュールを埋めるよう最善を尽くすさ」
犬神Pの方からは営業状況、予算取り、部の方針、他アイドルの動向、社内の噂等について報告してもらいます。私もその内容をコメットのメンバーと共有するためスマホでメモをとります。
コメット首脳会議といってもそこは国と国とのお付き合い同様、お互いの立場上出せる情報と出せない情報があるので完璧ではありません。それでも面と向かって、膝を突き合わせてお食事をしながら情報交換をすることでお互いの目線合わせを行うことはできます。
スカイプ等を使えば顔を見ながら遠隔で会話できますが、やはり私はこうやって飲みながらの方が性に合ってますね。
よく言われるように、報告・連絡・相談(ほうれんそう)はビジネスの基本中の基本です。
アイドルグループにおいても、P(上司)とアイドル(部下)の双方が情報を共有できて初めて一つのグループとして上手く回ることでしょう。
それができていないとお互いが疑心暗鬼になってしまい、グループが瓦解してしまいます。外部要因ならともかくコミュニケーション不足が原因で分裂なんて、それこそ洒落になりません。
その点では犬神Pはやりやすいですね。上司というよりは人の良いお兄さんといった感じです。能力的にはまだまだですが人を見る目と熱意は確かです。
特にあの3人の逸材を見つけた
コメットが成功するには彼の力が不可欠なので、今後はきちんと教育してガンガンレベルアップしてもらう予定です。今度一緒にキャリアプランでも考えてあげましょう。
「俺に武内Pくらいの力があれば、もう少し仕事も取って来れるんだけどな。すまない」
「またその話ですか」
武内Pは犬神Pの先輩にあたる方だそうです。犬神Pが346プロダクションのアイドル事業部に配属された当初、
お忙しい様で直接お会いしたことはないのですが、大変有能な方らしく犬神Pは彼を目指して新プロジェクトのPに立候補したそうです。
ただ、こう何度も聞かされると正直うんざりします。
「心の師匠だかなんだか知りませんが、貴方は貴方であり武内Pにはなれません。人は配られたカードの範囲内で精一杯もがくしかないのですから、無意味なことを考えるのはよしましょう」
「そうは言っても……」
「あんまりしつこいと、犬神Pがホモだというあらぬ噂を346プロダクション中に流します」
「すいません許して下さい!」
テーブルにこすり付けそうな感じで、勢い良く頭を下げられました。
いや、冗談ですよ。流石に私だって大した理由もなく人の尊厳を傷つける様なことはしません。鬼や悪魔や千〇さんではありませんので。
そうして一通り情報共有が終わり二杯目のジョッキグラスに口をつけていると、犬神Pが珍しく真剣な表情をしました。
「白菊さんのことなんだけど、やはり彼女に対するフォローはPである俺からやるべきだと思うんだが……」
予想はしていましたが、やはりその話がきましたか。
「その件でしたら前にお話したとおり私に任せてください。こういったフォローはPよりも同じメンバーからの方が効果的ですからね」
「しかし、それでは七星さんの負担が大きいんじゃないかな?」
「そういう気遣いは不要です。私達五人は既に運命共同体であり、いわば一つの体なのですから、ほたるちゃんに何かあれば私も大きなダメージを受けます。自分のためでもありますので犬神Pが気に病むことはないのです」
犬神Pのプライドを傷つけたくないので口には出しませんが、ほたるちゃんのフォローに関して今の彼では正直力不足です。コメット内で現状対応できるのは私しかいませんので、私が出張るしかないのです。
「わかった。でも何かあった場合は俺からもフォローするので、絶対に言って欲しい」
「はいはい」
私の第二の矢(個人の課題解決)の次の標的はほたるちゃんです。プロダクション倒産に関して未だに罪の意識を強く持っていますので、どうにかしなければいけません。近日中に決着をつけましょう。
その後、色々と雑談をして解散と言う流れになりました。
会計を済ませようと二人揃ってレジに向かう途中、若い女性から不意に声を掛けられました。
「あれ? 犬神Pじゃん」
「ああ、姫川さん。こんばんは」
どうやら犬神Pの知り合いのようです。活発で元気溢れる感じの女の子ですね。年齢は私よりも少し年上でしょうか。なぜか大正義キャッツのレプリカユニフォームを着ています。
「こんばんは! ところでこっちの綺麗な子は誰かな? あっ……。いくら女の子に飢えていても、援〇〇際はしちゃダメだよ!」
「違いますよ! こちらは来月デビューする新グループのメンバーです!」
「あはは、冗談だって。でも、あのプロジェクトまだ生きてたんだ」
ここでもコメットの評判は芳しくありませんでした。とりあえず目の前の女性に挨拶をすることにします。
「初めまして、七星朱鷺と申します。来月デビューする新グループのリーダーを務めさせて頂く事になりました。今後ともよろしくお願いします」
そう言って深くお辞儀をしました。
「あたしは
なんと先輩さんでしたか。よく見ると確かに、テレビのバラエティ番組や事務所のホームページで見た記憶があります。現役アイドルが鳥華族に来る訳ないと思い込んでいたので気付きませんでした。
「今から帰るところ? せっかくだからちょっと寄っていかない? 菜々さんもいるし」
「折角ですけど、まだ仕事が残っているので、会社に戻……痛ッ!?」
犬神Pの話を
「いいじゃないですか。せっかくお呼ばれしているのですから、ご
「いや、でも今日中にやっておかなければいけない仕事があるから」
「なら私一人でも構いません」
「そうは言っても……」
その後、未成年を残して帰るのは気が引けると言う犬神Pを力づくで説得しました。
肉体言語です。サブミッションこそ王者の技なのです。
「じゃあタクシーチケットを渡しておくよ。お店から出たら必ずこれを使って直ぐにタクシーで帰ること。いいね?」
「はいはい」
恐らく痴漢等に遭わないよう気を使っているのでしょうが、私に関してはその心配は無用です。むしろ痴漢が危ないです。
犬神Pとはそこで別れ、姫川さんについていきます。
現役アイドルの生の声を聞ける貴重な機会ですからね。これを逃す訳にはいきません。そうこうしているうちに四人テーブル席に着きました。そこにはジョッキグラスを手に持った女性が一人、やさぐれた感じで座っています。大きいリボンが特徴的なとても可愛い方でした。
「もう、遅いですよ! お花を摘みに行くのに一体何分かけてるんですか……って、あれ? その子は誰ですか?」
「私達の後輩だって。犬神Pが進めてた企画倒れ間近のプロジェクトがあったじゃん。そこのリーダーみたいだよ!」
姫川さんがそういうと、リボンの女性は慌てふためきました。とりあえず自己紹介をしておいた方がよいでしょうか。
「初めまして、七星朱鷺と申します。来月デビューするコメットというグループのリーダーを務めさせて頂く事になりました。今後ともよろしくお願いします」
営業スマイルを崩さずに深く一礼をしました。
「ホラ、菜々さんも自己紹介しなきゃ!」
姫川さんに急かされて、リボンの女性は「コホンッ」と咳払いします。
「
カフェで臨時バイトをしながら夢に向かって頑張ってまーすっ! よろしくお願いしますっ!」
安部さんは自己紹介して決めポーズをバッチリ決めました。この切り替えは正にプロのアイドルです。こういう姿勢は私も見習わなければなりません。
その後、三人で席に着きましたので、ちょっとした疑問をぶつけてみます。
「大変失礼ですが、お二人のご年齢はおいくつなのでしょうか? 私は14歳で中学2年生です」累計年齢は50歳ですけど、と心の中で付け足しておきます。
「14歳かぁ、若いね~。しっかりしてるから高校生かと思ったよ。あたしは20歳で、お酒が飲める年齢だよ!」と言って姫川さんが美味しそうにビールに口を付けました。超羨ましいです。
一方安部さんですが、なぜか小刻みにプルプルと震えていました。
「じゅ、じゅうよんさいですか。と、とても、わかくてきれいですね……。ナナは、永遠の17歳ですよ! 本当です!」
声も震えているので心配です。しかし『永遠の』という枕詞は何を意味しているのでしょうか。あと「約二倍差ですか……」と鬼気迫る感じでぼそっと呟いていたのが怖かったです。
「20歳と、『永遠の』17歳ですね、ありがとうございました。それで、安部さんが今手にしているその飲み物ってビールなのでは……?」
そう言うと彼女の顔面が少し青くなりました。
「い、いやですねぇ、コレはノンアルコールビールです! だから17歳が飲んでも大丈夫なんです!」
これ以上突っ込むと、
「そういえばさ、朱鷺ちゃんはどこのファンなの?」
姫川さんに問われましたが、何のことかわかりませんので「ファン?」と聞き返しました。
「野球だよ、野球のチーム!」
やきう……。ああ、野球ですか。そういえば姫川さんは事務所のホームページにもキャッツの大ファンだと書いてありましたね。
私は前世では横浜生まれの横浜育ちでしたから、野球といえばもちろん横浜ビースターズです。球団名は前世と少し違いますけど、累計でいえば50年来の筋金入りのファンです。
「私は、横浜ビースターズのファンですよ」と言うと、姫川さんが何かを察しました。
「ビースターズかぁ。うん、来季はきっとAクラスになれるよ! ……たぶん、きっと」
遠い目でそんな言葉を掛けて頂きましたが、中途半端な慰めはかえって心にきます。まぁ、今季もダントツで最下位でしたし、これがあの球団の宿命ですから仕方ありません。
「安部さんはどのチームのファンですか?」とさりげなく話題を振ってみました。
「ナナは、千葉サブマリンズのファンですよ!」
なぜ千葉? という疑問が頭に浮かびました。いや、いいところだとは思いますけど。
「そうですか。ところでウサミン星と千葉ってなにか関係があるんでしょうか? もしかして姉妹都市だったりします?」
「ギクギクッ! え、えーと、そうです! ウサミン星と千葉県の間には深い深~い交流があるのです!」
「そうですか、一つ勉強になりました。ありがとうございます」
「い、いえいえ……」
今の短い時間でも、彼女のキャラクターがなんとなくわかったような気がしました。中々面白い方のようです。
結局その後アイドル活動に関する話は殆どできず、ドラフトの結果や来季の補強等について熱く語り合う野球トークとなってしまいました。残念ですが、姫川さんや安部さんとお近づきになれたのでこれはこれで良かったとしましょう。
少なくとも、お二人が親しみやすくてとても可愛いアイドルだとわかりましたしね。
なんとなくですが、これから長いお付き合いになりそうな気がしました。
二日後の日曜日、私とほたるちゃんは一緒に自主レッスンをすることにしました。
午前はボーカル、午後はダンスの練習をしっかりとやります。
ほたるちゃんは他の事務所にいただけあり、ボーカル・ダンス共に相当レベルが高いです。自分の見せ方もよくわかっており、中堅アイドルと比べても全く引けをとらないでしょう。これでまだ13歳だと言うのですから末恐ろしいです。
ダンスはともかく他の技能については私より遥かに高い次元にいますので、早く追いつかなければなりません。
ただ、アイドルとしてその不安げな表情はどうなのでしょうか。そういうマニアックな需要も一部にはあるとは思いますが、世間様一般がアイドルに求めているのは同じ事務所の
たまに儚げなら薄幸の美少女的な感じでとてもいいのですが、常時それではあまりよろしくないのではと心配します。見ていてこちらも辛くなってしまいます。
やはり度重なるプロダクションクラッシュの経験が尾を引いているのでしょう。私も、
乃々ちゃんの時のような
ほたるちゃんは自分のことを不幸だと卑下しますが、本当に不幸であれば何度もプロダクションが潰れる度に『別の事務所に拾われている』こと自体おかしいのです。それこそ彼女に才能があり不幸ではないことの何よりの証明でしょう。
それに例え不幸であったとしても今は私がついているのです。一緒に立ち向かえば負けるはずはありませんので、それをほたるちゃんにご理解頂きたいと思います。
自主レッスンが一通り終わった後「プロダクションの倒産の件で少しお話したいことがありますので、寮のお部屋にお伺いしてもいいですか」と声を掛けました。
「は、はい!」
驚いた表情ながらも了承を頂いたので、一緒に女子寮に向かいます。
彼女の部屋に着くと「散らかっているので、少し待っていて下さい」と言われたので、扉の近くで数分待ちました。
「どうぞ」
許可を得ましたのでほたるちゃんの部屋に入らせて頂きました。いかにも女の子らしい小物類が可愛く飾り付けられている可愛いらしいお部屋です。全然綺麗じゃないですか。
ファミコン互換機やセガサターン等のゲームハードや、ガンプラ(ガンダムのプラモデルです)が散乱している私のお部屋とは大違いですね。あの惨状はとても人様にはお見せできません。
クッションを貸して頂きましたので、その上に座り対面で向かい合います。一呼吸置いて切り出しました。
「さて、これからリーダーとして非常に厳しいことを言わなければなりません。腹も立つかと思いますが、『良薬は口に苦し』といいます。私を恨んで頂いて構いませんので耳を傾けてもらえると幸いです」
「はい……」という悲壮感漂う返事を受けて、私は話し始めました。
「率直に言います。貴女は自分を特別な存在だと思っていませんか? それなら違います。自意識過剰です。芸能プロダクションを倒産させる力なんてない、ごく普通の13歳の女の子です」
一方私には本当に芸能プロダクションを潰す力があります、と心の中で呟きました。346プロダクション社屋解体RTA(リアル・タイム・アタック)をやれば1時間を切る自信があります。
何せ拳ひとつで世界列強の勢力図すら変えかねませんからね。いや、ホントに。
「芸能プロダクションはさまざまな要素が複雑に絡み合って経営が成り立っています。
社長さんが意思決定し、営業さんがお仕事を取り、タレントさんがお仕事をします。頂いたお金を経理さんが管理し、会社全体の庶務を人事総務さんが行います。皆、組織の歯車として頑張って働いています。
会社組織はその歯車が少し抜けても入っても関係なく回る様にできていますので、ほたるちゃんが一人いた所で会社が潰れるなんてことは絶対にありません。論理的にありえないのです。
今まで所属してきた芸能プロダクションが潰れたのは何か別の問題があったんです。だから、貴女が負い目を感じる必要は全くありません」
ほたるちゃんがうつむいてしまいましたが、構わず続けます。
「なので、そうやって自分を責めるのは今日限りにしましょう。貴女は今まで、人よりもちょっと運がなかっただけなのです。人生における運の総量は一定だという説もありますし、今までの分きっとこれから大きな幸福がやってきますよ。
もしかしたらコメットが大成功するかもしれません。ビッグになったら調子に乗って青山に土地でも買っちゃいましょう。そして
奴隷の鎖自慢はしたくないですが、ほたるちゃんの不幸なんて全然マシです。本当の不幸というのは前世の私のような状態をいうのです。
残飯をあさるのも、学校で貧乏人だと
不幸道というものがもしあるのなら、彼女はせいぜい緑帯です。私は黒帯殿堂入りです。本当に自慢にもなりません。
「で、でも、また不幸が来るかもしれません……」と、ほたるちゃんが口
不安げな表情で膝を抱えてしまった彼女にそっと近づき、正面から控えめに優しく抱きしめます。
「その程度の不幸、この私が
「そ、そんなこと、ありません」
「良かったです。ほたるちゃんはファンに笑顔を与えたくてアイドルを目指したのでしょう?
なら、まずは貴女自身が笑顔で生きて行きましょう。貴女の笑顔はとっても素敵なんですからファンの方にも見せてあげないと
「……は、ぃ」
そう声を絞り出すと、ほたるちゃんは
「いいんですよ、今日は泣いても。でもずっと泣いていると幸せが逃げて行っちゃいますから、明日からは笑顔でね」と、
ヤバイです。この子、滅茶苦茶可愛いです。私の
一応は女性の身なので恋愛感情はありませんが、前世の時から可愛いものは大好きでしたので、こんな可愛い子が間近だと理性が飛びそうです。何とかして養子にできないでしょうか。
これはコメットのリーダーとして、悪い虫が付かないよう気をつけてあげなければいけません。
私が命を懸けて全力でサポートしましょう、と乃々ちゃんに続いて誓ったのでした。
「おはようございます!」
翌日のレッスンの際、ほたるちゃんが
三つ子の魂百までといいますし、明るくなってと急に言われても難しいでしょうが、これからは少しずつでも前向きに取り組んでもらえると、私としては嬉しいです。
残るはアスカちゃんです。彼女の『中二病』は素晴らしい個性ですから
さて、引き続き頑張って働きましょう。