ブラック企業社員がアイドルになりました   作:kuzunoha

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(新年明けてから)初投稿です。本年も宜しくお願い致します。
今後の更新ですが本編完結後のおまけ話を『後語』、別キャラ視点での話を『裏語』、それ以外を『番外編』と分類しますのでご了承下さい。


後語① 孤独?のグルメ

「大変盛り上がった『迫真過ぎて伝わっちゃうモノマネ選手権』ですが、いよいよ優勝者の発表を残すのみとなりました!」

 司会を務めている卯月さんの可愛い声がスタジオ中に広がります。それはセットの裏に控えている私にもよく聞こえました。

「第二回目だけど、今回は凄くレベルが上ったね」

「ホントホント! 私なんて笑い過ぎて顎が痛くなっちゃったよ~」

「確かに未央はずっと笑いっ放しだったな」

「しぶりんだって笑い堪えてたじゃん!」

 同じく司会の凛さん達が軽妙な掛け合いをします。

 

「しまむーはこれまでの中でどれが一番好き?」

「私は早苗さんと拓海ちゃんの『警察24時 凶悪暴走族逮捕の瞬間!』がとてもリアルで凄いと思いました! 未央ちゃんはどうですか?」

「私はやっぱりまゆちゃんの『アニメ版スクールデイズ 最終話修羅場シーン』かな~。さくまゆがあんなに演技力高いなんて思わなかったよ~。しぶりんはどう?」

「私? う~ん……やっぱり周子さんがやった『LiPPSの暴走を止めようとして逆に巻き込まれた美嘉』かな。大体いつもあんな感じだから」

 三人が笑顔でこれまでの感想を述べます。私もその中のどなたかに優勝して頂きたかったのですが、儚い夢と消えてしまいました。

 

「皆好みは違うと思うけど、迫真さと面白さで言うと優勝者はやっぱりあの子だよね?」

「うん、それは間違いないと思う。実際に見たことはないけどこうなんだろうなっていうのが伝わってくるのは凄いよ。ネタのレパートリーも無尽蔵だし」

「それでは優勝者の発表です! 第一回で優勝したディフェンディングチャンピオンが今回も王座を死守しました! 七星朱鷺ちゃん、どうぞ~!」

 卯月さんの紹介と共に入場の音楽が流れます。意を決してスタジオ中央に飛び出しました。正面のカメラを向くと披露するネタの内容を真顔で紹介します。

 

「麻雀で役満をテンパイ(上がり直前)したのに結局上がれず、少しだけゴネる父親の友人」

 これ以上ないほど真剣な表情に切り替えました。そして空中椅子のエア麻雀の体勢となり、牌を引く姿をパントマイムで完璧に演じます。

「…………」

 目を瞑り麻雀牌を引きます。意を決して目を開けるも……ダメッ!

「いやー、役満狙ってたわー! アガってたら四暗刻だったのになー!! かぁ~!」

 表情を崩して一気に饒舌になりました。モノマネでは本家よりオーバー気味に演じると笑いに繋がるのです。

「ホラホラ、俺の手牌見てよ~! ラスト八萬じゃなくて九萬だったら勝ってたのになぁ~~!! 実質四暗刻ってことにならない? あ、ダメ。そう……」

 最後にしゅんとする所まで完全再現です。すると緩急の差のためか卯月さん達が吹き出しました。掴みはまずまずなので次のネタは少し攻めてみましょう。

 

「続きまして、動物シリーズ。浮気をしつこく責め立てるこうしくんと、首を絞められながらも必死に弁明するとっとこハム太郎」

 言い終わると同時に気持ちのスイッチを一瞬で切り替えます。

「ハムタロサァン! ボ、ボクというものがありながらリボンちゃんにうつつを抜かすなんて許せませぇーん!」

「こうしくんやめるのだ! あ、あの時はヒマワリの種をキメてたから本気じゃなかったのだ! たった一度の過ちだからリボンちゃんのリボンで首を締めちゃダメなのだ!」

「ボクもハムタロサァンと一緒に天国に行きますゥ~!」

「もちろん一番は、こうしくんなのだ! カハァッ! ……だから、止めるのだぁ~!」

 迫真の演技で畜生共の修羅場(イメージです)を完全再現しました。スタッフ達の爆笑の声がスタジオ内に広がります。

 

「続きまして、野球シリーズ。東京ドームでの試合でチャンスが回り、気合十分でバッターボックスに立つ元日本ベーコンのイーフラー」

 流れる水のような自然な動きでエアバッティングの体勢に移行しました。

「ヴェー、ヴェー、ヴェーヴェーヴェー」

 鳴り物の応援を口で再現しつつフォームを再現します。

「ブェーーデ……!」

 大げさなスイングで空振りをすると同時に床がガコンと開き下に落ちます。モノマネが上手く伝わった時に床が開くシステムなので丁度オチが付いた格好でした。

 

「あはははははははは!」

 スタジオ外に漏れ出そうなくらいに笑い声が響き渡ります。

「フフッ。やっぱり朱鷺は凄いね」

「はい! 流石チャンピオンです!」

「それでは今回はこの辺で! 皆さん、バイバ~イ!」

 そうして何とか無事に収録が終わりました。

 

 

 

「だから全然無事じゃないですってば!」

 自分の楽屋に戻るなり頭を抱えました。こういうことをしているからダンスの上手い芸人呼ばわりされるんです! また風評被害で私の評判が落ちるに決まっていますよ!

 でも私の性格上、仕事では一切手を抜けないのが悲しい。とても悲しい。

 そそくさと着替えを終えると、帰る前に一言挨拶しておこうと思いニュージェネレーションズの楽屋に寄りました。

 

「……おつかれっしたぁ~」

 ドアを五センチ程開いて三人に囁きかけるととても驚いた様子です。

「うわっ! どうしたの、とっきー?」

「凄く暗いよ」

「せっかく優勝したんですから笑顔の方が良いと思いますけど」

 笑顔? 忘れちまったよ、そんなモノはな……。

 

「あの『シンデレラと星々の舞踏会』が無事成功して各ユニットが今まで通りに活動できるようになったと言うのに、なぜ『とときら学園』ではこんなネタ企画が平然と行われているんでしょうか?」

 ゆっくり室内に入ると色物芸人と同等の扱いをされている不満を語ります。

「視聴率が獲れてるからでしょ。それ以外に理由はないと思うけど」

 凛さんがド正論でピッチャー返しをしてきました。いや、それを言ってしまったら話が終わってしまうじゃないですか。もっと女子らしく中身のないガールズトークを繰り広げましょうよ。

 

「そもそもこの企画を提案したのもトッキーだからねぇ」

「舞踏会前は注目度を高める必要がありましたから色々と企画を提案していましたけど、存続が正式に決まった今としては不要なんですって」

「それはもう、手遅れじゃないでしょうか……」

 卯月さんに痛いところを突かれました。

 

 武内Pが企画立案した『とときら学園』は視聴者から寄せられたお悩みを生徒役のアイドルと共に解決していくお助けバラエティ番組……のはずでした。

 しかし現在では私が考えたり前世から持ち込んだりしたネタをAP龍田がブラッシュアップして企画にするという至上最悪のシステムが構築されており、もはやその原型を留めてはいません。

 ネタの供給は既に打ち切ったのですが今あるストックだけで後十年は戦えるそうです。彼は一体何と戦っているでしょうか。

 龍田さんのSっぷりが最近になって増しているように思いますけど、その理由が全く分かりません。もしかして嫌われてる? だとしたらちょっと落ち込みます。

 

「まあまあ、落ち込んでもしょうがないじゃん! 気持ちを切り替えていこうよ!」

「そうですね……」

 確かにくよくよしていても仕方ありません。明日から清純派アイドルとして頑張ることにして、今日はノンアルコールビールでも飲んで寝ちゃいましょう。

 辛い時は酒飲んで寝るに限りますね。古事記にもきっとそう書いてあると思います。

 

「朱鷺はこの後、仕事?」

「いえ、今日はこのお仕事で終わりです。もし時間があれば一緒にお茶でも行きませんか?」

「すみません、私達は雑誌の取材があるので……」

 卯月さんが申し訳なさそうに頭を下げます。

「いえ、謝らなくていいですよ。また今度ご一緒しましょう」

「うん、次は空けとくから」

 お仕事の邪魔にならないよう早々に退散しました。

 

 茜色に染まる空を背景に駅までの道を歩きます。

 その途中でコンビニの唐揚げやポテトフライ、中華まんを手にした女子学生達とすれ違いました。買い食いはマナー違反かもしれませんが無理なダイエットをするよりは健康的なので微笑ましく思います。

 ……はて、そういえば。

 

「お腹が、空いてきました」

 

 魂の欲求がつい言葉に出てしまいます。収録が終わって安心したら私の胃が食べ物をよこせとストライキを始めたのでした。よくよく考えればモノマネを何回も披露させられてお弁当を食べる暇もなかったので当然です。

 腕時計を確認すると夕方の4時過ぎのため何とも微妙な時間ですが、これから3時間以上空腹で過ごすというのは耐えられません。

 今は偶然にも一人です。こうなれば、やることは一つ────

 孤独のグルメごっこ、やっちゃいますか? やっちゃいましょうよ!

 

 

 

 孤独のグルメとは、雑貨輸入商を営む独身貴族の主人公が仕事の合間に立ち寄った店で食事をする様を描いた漫画です。よくあるグルメ漫画とは異なり、中年男性が独りで食事を楽しむシーンと心理描写を綴っているのが特徴だと言えるでしょう。

 古い作品ですが近年ではドラマ化もされて非常に高い人気を博しています。現世にも存在していて嬉しかった作品の一つですね。

 

 私は前世では九分九厘一人メシでしたが、最近では家族以外の人とも一緒に食事するのがデフォルトになっていました。和気藹々と頂くご飯も美味しいのですけど食べることに集中できる一人メシもそれはそれで良いものですよ。

 こうして一人でご飯を食べる機会が生まれたので久しぶりに孤独のグルメごっこをすることにしたという訳です。前世で試した際に下調べせず入った個人店は漏れなく地雷でしたが、現世ではそこまで運は悪くないはずなので大丈夫でしょう。

 

 思い立ったが吉日なのでスマホをバッグの中にしまいました。こういう時にネットのグルメサイトを使うのは無作法なのです。自分の直感と感性を信じてお店をチョイスすることにして、再び駅までの道に歩き出しました。

 どうせだったら美味しいものがいいですよねぇ。丼物、寿司、天ぷら、カレー、中華と色々なお店が目に入りますが、帰ってから夕食があることを考えるとあまり重いものは不向きです。

「おっ!」

 すると丁度良いお店が見つかりました。

 

 暖簾と看板には『淡麗醤油ラーメン 水鳥(すいちょう)』と書かれています。

 寒い時期なのでラーメンは気分にぴったりです。二十郎や家系などはボリュームがあるので間食には不向きですが、淡麗醤油系であれば問題ないはずです。

 中途半端な時間にも関わらず軽く十人以上並んでいるということは味にも期待できるはず。『君に決めた!』と心の中で叫んでから最後尾に並びました。

 

 

 

「あ、あの~。すみません」

「……何でしょう?」

 ソシャゲのデイリー任務を真顔で黙々とこなしていると列に並んでいる若い男の人から声を掛けられました。コンマ1秒で営業スマイルに切り替えます。

「もしかして、アイドルの七星朱鷺さんですか?」

 しまった。昔から愛用している伊達眼鏡やマスクで普段は変装しているのですけど、今日に限って変装セットを忘れていることを忘れていました。

 秘孔を突いて記憶を奪おうかと一瞬思いましたが、駅前の繁華街で通行人も多数いるので迂闊(うかつ)な行動はできません。嘘をつくのも気がひけるので一旦認めて反応を見ることにします。

 

「ええ、そうですよ」

「いつも応援していますっ!」

「ありがとうございます」

 凄く興奮していますね。でも他のアイドル達と違って、目の前の女は有難がるような尊い存在じゃないですよ。

「マジで?」

「えっ、本当!?」

 すると列に並んでいる他の客も気づき始めました。この流れは望ましいものではありません。

 

「外は寒いので先に店へ入って下さい! 他の方もそれでいいですよね?」

 行列の先頭が声を掛けると皆首を縦に振りました。店内へと誘う彼らに微笑みかけます。

「……お気持ちは嬉しいのですが、それは謹んでご遠慮します」

「え、どうして?」

「ラーメン店の行列は神聖な列です。並ばれている方は貴重な時間を使って至高の一杯を求めているのですから、アイドルだからという理由で安々とこの列を飛ばしてはいけないと私は考えます。皆様はそう思いませんか?」

「確かに……」

「なので順番はこのままで構いません。その代わり私のことは内緒ですよ。バレるとお店にもご迷惑をお掛けしてしまいますから」

「はい、わかりました!」

 元気の良い返事がいくつも返ってきました。「謙虚なアイドルは格が違った!」などと皆口々に言っています。

 

 別に善人という訳ではないのですが、芸能人だからといって優遇されてしかるべきという風潮には違和感を覚えます。たまたま職業としてアイドルを選んでいるだけですし、払う料金は同じなので特別待遇されるべきなんて考えはありません。むやみに借りを作りたくもないですしね。

 列の人達にサインを書いたり談笑していたりしたらいつの間にか列が消化していたので店内に入り食券を買います。軽く済ませたいので一番安い『淡麗醤油 白麗(はくれい)ラーメン』にしましょう。

 

 席に座ると煮干しの良い匂いが鼻孔をくすぐりました。これは期待できると思い、希望に胸を膨らませながら待ちます。わくわく、わくわく。

「お待ちどう様です」

「ありがとうございま……す?」

 目の前に置かれたものを見て目が点になりました。

「あの~、これって私のラーメンですよね?」

「はい。間違いありません」

「こ、この鬼のようなトッピングは一体何事なんでしょうか……」

 ラーメン(ばち)には煮玉子、チャーシュー、海苔、メンマが溢れんばかりに盛られています。ボリューム的には二十郎に近いレベルにまで魔進化していました。

 

「先程のお客様達が『ラーメンに向き合う真摯な態度に感動した!』とのことで、せめて具材を奢らせて欲しいという申し出があったのです」

 しまった! 好感度を上げ過ぎた!

「そしてこちらが当店からのサービスです」

 すると特盛りのチャーシュー丼が出されました。肉マシマシマシくらいのボリュームです。

「えっと、これは?」

「以前テレビの取材を受けた際、出演した芸人は『たかがラーメン』と我々を見下しており態度も横柄でした。ですが貴女は大人気アイドルでありながら一人の客としてラーメンに対し誠実に向き合っていると聞きます。副店長としてその姿勢に敬意を評したい」

「えぇ……」

 シンプルなラーメンを軽く頂くつもりだったので超ありがた迷惑ですよ! しかし何だか良い話っぽい雰囲気を壊すようなことは言えませんでした。私は空気詠み人知らずではないのです。

 

「……ありがとうございます。それでは頂きます」

 覚悟を決めた後、まずスープを一口頂きます。フワッと芳醇な煮干しの風味が口の中に広がり、げんこつだしも加えあっさりとした上品な味です。麺は平打ちで中太の縮れ麺でスープとの相性は抜群でした。コシがありモチモチとしていて食感が素晴らしいの一言です。

 柔らかい食感の穂先メンマもグッドですし、味玉の甘辛い味付けと黄身の半熟さも良い。

また、チャーシューは驚くべきほどの柔らかさとジューシーさを保っていました。半端な時間帯に行列が出来るだけのことはあります。

 

 凄く美味しいのですが……いかんせん量が多い。

 私は身体能力的には超人なので大食らいと勘違いされがちですけど食事量は普通の少女とそう変わりません。食べられる量には自ずと限界がありますが、出された料理は残さないというのがポリシーです。生き物の命を頂く以上、喰らい尽くさなければ犠牲となった彼らも浮かばれません。

「いざ完食!」

 そして孤独のグルメ改めラーメンアンドチャーシュー丼との格闘が始まりました。熱戦・烈戦・超激戦です。

 肉、肉、玉子、肉、玉子、肉、肉、肉……。

 黙々と胃に投下していきます。ラーメンだけならまだしもチャーシュー丼が非常に厄介でした。分厚いお肉はお腹に溜まるんですよ!

 肉に次ぐ肉、玉子に次ぐ玉子。

 にく……たま……。

 

「ご、ごちそうさまでした。とても美味しかったです」

 何とか完食しましたがその代償は大きかった。もうお腹はパンパンで、このまま第一子が生まれそうな状態です。

「そうだ、折角なのでサインを頂けないでしょうか。初めてのサイン頂くお客様として貴女が相応しいと思いますので」

「はい。いいですよ……」

 サラサラとサインを書いて手渡します。店名入りで丁寧に心を込めて仕上げました。

「美味しい料理は人の心を豊かにします。これだけ美味しいラーメンを作れる皆さんは人に誇れる素晴らしいお仕事をされていると思いますので、自信を持って下さい!」

「ありがとうございます。店長が仕上げる白麗ラーメンは水面に浮かぶ水鳥のように優雅で華麗な味わいですから、今度は彼がいる時に是非ご来店願います」

「ええ、喜んで♪」

 

 笑顔で店を後にすると路上のガードレールに腰かけました。

「ヒー、ヒー、フー……」

 いや~、本当にきついです。夕食は入りそうにもないので不要だと家に連絡しておくべきですね。そう思ってスマホを取り出すとお母さんからメッセージが届いていることに気付きました。

「え~と、『患者さんが少ないから早く帰ってきちゃった♥ 朱鷺ちゃんも今日はお家でご飯食べるって言ってたから、今夜は張り切って本格中華のフルコースよ~♪』ですか……」

 無理無理無理! もう入らない!

 

『もしもの話だけど、もうお腹一杯で食べられないって言ったら?』

 牽制のジャブ的なメッセージを発信すると一分経たずに返ってきました。

『その時はとっておきのHなお仕置きがあるから覚悟してね~♪』

 大体予想通りの返信です。でもHなお仕置きとは一体……と訝しんでいると追加のメッセージが来ました。

『言い忘れてたけど、HはHでもHELL(地獄)の方だから♥』

「Oh……」

 恐ろしいワードを確認した後、スマホをそっとしまいます。

「……今から全力疾走すれば多少はお腹が空くでしょうか」

 重い腰を上げた次の瞬間、『七星朱鷺 空腹化RTA』が幕を開けました。

 

 

 

 そんな出来事から数日後、またも仕事帰りに一人でおゆはんを食べる機会に遭遇しました。

 先日の空腹化RTAではお腹を空かせるためだけに都心から埼玉の川越市までダッシュで二往復するという酷い目に遭いましたけど、今日はご飯は要らないと家に連絡済みです。なので孤独のグルメごっこをゆっくり堪能しましょう。

 なお、前回の反省を生かして今回はしっかり変装しています。髪をまとめて帽子を被り伊達眼鏡をかけているので、よほどのことがなければ私だと気付かれないはずです。

 まずはお店選びですが何となく魚系に行きたい気分ですね。そして食べる量を自分でコントロールできるお店だと尚良しです。すると条件に合致したお店が見つかりました。

 

「らく寿司ですか。うん、悪くありません」

 目の前にあるのは国内有数の回転寿司チェーン店です。お寿司は百円均一なのでお財布にも優しいですし、何より食事量と食べるタイミングを自分でコントロールできるのでベターな選択肢でしょう。そう思い自動扉を開けて店内に入りました。

「いらっしゃいませ~。順番にご案内していますので、名前を書いてお待ち下さい」

 平日ですが日は落ちているので店内にはそれなりにお客様が入っています。パート従業員と思われる女性店員さんの言葉に従い名前を書いて待ちました。少ししてからその方が案内に来ます。

 

「あの~。もしかしてアイドルの七星朱鷺ちゃん?」

「……っ!?」

 馬鹿な、変装は完璧だったはず! 私の変装を見破るとはこの女性只者ではありません。もしかして謎の組織の刺客⁉ だとしたら始末しなければ!

「ど、どうしてわかったんですか?」

「受付の紙にフルネームが書いてあったのよ」

「まさかの自白っ!?」

 変装で安心しきって警戒心がガバガバだったようです。このトキの目を持ってしてもこのような展開は読めませんでした。すると店員さんが小声で耳打ちします。

 

「受付の紙の名前は消しておいたわ。お店にいることは誰にも言わないから安心してね」

「た、助かります……」

「後でサイン頂けないかしら。私も娘も貴女の大ファンなのよ~。きっと娘も喜ぶわ~!」

「ええ、いいですよ」

 話好きな普通のオバちゃんという印象でした。こういうタイプの人は取っつきやすいので嫌いではありません。

「それじゃ、ゆっくりしていってね!」

「はい、ありがとうございます」

 するとカウンター席の一番端に案内されました。少々トラブルが起きましたけど気を取り直してお寿司を堪能するとしますか。

 

 

 

「どきどき……」

 お寿司を何皿か頂いた後、お皿回収用のポケットにお皿を五枚投入します。すると液晶画面にゲーム風の演出が流れました。判定の結果は……当たり!

 心の中でガッツポーズしました。すると景品の入ったガチャ玉が出てきます。らく寿司では五皿につき一回ゲームに挑戦することが出来まして、当たると色々なグッズや玩具が貰えるのです。

 恥ずかしながら私はこれが大好きでして、回転寿司チェーン店が複数ある時は必ずらく寿司に行くようにしていました。企業の戦略にまんまと乗せられている格好です。

「う~ん、ジバニャンマグネットですか。私的にはコマさんの方が好きなんですけどねぇ」

 景品は選べないので仕方ありません。貰えただけラッキーと思いましょう。

 

 そんな感じで楽しくお寿司を頂いていると隣の二席にお客さんが来ました。若い男性の二人組で、茶髪・ピアス・謎アクセといういかにもチャラついた感じです。正直私の嫌いなタイプなので関わり合いにならないよう机上の湯飲みやお皿をスッと自分側に寄せました。

「昨日の合コン、ホント最悪やった。ブスばっかで選択肢ゼロ!」

「マジで? 行かなくて良かったわ-」

「でもシゲルの奴はガッついてたんだよ。ガチで女の趣味わりーって、アイツ」

「ギャハハッ! マジか~!」

 店内であることを全く考慮しない大声で品のない会話を延々繰り広げます。

 

「注文してから何秒経ってんだよ! おせーよ!」

 更にはいちゃもんとしか思えないクレームを大声で喚き散らしました。いや、ここは貴方達専用のお店じゃないですから。そういうきめ細やかなサービスを求めるのなら回らない高級店に行って下さいって。

「はぁ……」

 不快指数がみるみる上がり食事どころではなくなってしまいました。そろそろ出ようかなと思っているとチャラ男Aが私の顔をジロジロと見てきます。

 

「おねーさん、超かわいいね~♪ 美人だってよく言われるでしょ!」

「……いえ、そんなことはないですよ」

「え~嘘だ~! じゃあ彼氏いるの? いなかったら俺とかどう?」

「そういう話を初対面でするのは常識的に考えていかがかと思いますけど……」

 思わず成層圏まで蹴り飛ばしたくなりましたがぐっと堪えました。お店の中での流血沙汰はご迷惑になってしまうのでNGです。

 

「常識なんて言葉があるから世の中窮屈なんだって」

 するとチャラ男Bも参戦してきました。最近の若い子はしっかりしていて真面目な方が多いですけど、極稀にこういう例外もいるんですねぇ。

「暇ならカラオケ行こうよ! 一緒にオールしてアゲてこうぜ!」

「すみません。門限がありますので」

「そんなの別にいいじゃん! 門限なんて後で謝ればいいんだからさ!」

「厳しい両親ですから」

 人語を解さない猿かな?

 いえ、お猿さんは可愛いですけど彼らは何一つ良い所が見当たらないので救いようがありません。叱るだけ無駄ですし怒る価値すらありませんから適当に話を受け流しました。この手のナンパは昔からされているのであしらうのにも慣れています。

 

 すかさず注文用のタッチパネルで精算のボタンを押しました。お店の外に出てしまえば彼らも追ってこないでしょう。

「え~もう帰っちゃうの? そうだ、ここは俺らが奢るから別の店行こうよ~」

「知り合いがバイトしてるいい雰囲気のバーがあるからさ!」

「……本当にすみません」

 くどい! 私はともかく気弱な子の場合は強引に連れていかれる恐れがありますから、アイドルの子達の防犯対策を今後徹底しなければいけませんね。明日にでも美城常務に相談してみますか。

 

「も、申し訳ございませんお客様! 店内での迷惑行為はお止め下さい!」

 すると先程の店員さんが駆け寄ってきて二人組に注意しました。私が困っているのを見かねた様子です。

「んだ? うっせえよ!」

「ああっ!」

 するとチャラ男Aが店員さんを片手で突き飛ばしました。そのまま態勢を崩し床に倒れます。

「ババアはお呼びじゃねえんだって」

「そうそう。歳考えろよ、オバサン。はははは!」

 二人して下卑た笑い声を上げます。

 

 次の瞬間、私の心の中の制御装置が見事にはじけ飛びました。

 戦闘モード起動後、そのままゆっくりと席を立ちます。

 

「……余は寛大な女です。過ちも三度までなら許しましょう。

 貴方達は周囲のお客様を不快にさせ、理不尽なクレームでお店に迷惑をかけ、私をナンパし心底苛立たせました。ここが我慢の限界だった訳ですが……」

「え、何?」

 きょとんとする彼らを他所に続けます。

「その上、私のファンに対する許し難い暴力行為の一件……!」

「ちょ、ちょっと……」

 殺気をぶつけるとチャラ男共がたじろぎましたが、もう遅い。

「てめえらの血はなに色だーっ!! 」

 ゴートゥー・アノヨ!

 

 

 

「ストーップ‼」

 秘孔を突こうとした瞬間何者かが割り込んできました。予想外の事態のためギリギリのタイミングで寸止めします。

「……何で貴方がここにいるんです?」

 割り込んできたのはあの虎ちゃんでした。

 

鎖斬黒朱(サザンクロス)の連中と打ち合わせがあったんで、ついでにここでメシ食ってたんスよ。そしたら姐さんの声が聞こえたんで飛んで来たら客をブチのめしそうになってるじゃないスか。アイドルが暴力沙汰は不味いと思ったんで止めたって訳です」

 偶然その場に居合わせたとは、世の中は狭いものですねぇ。

 

「そんで、こいつら何をやらかしたんスか? 丸くなってきた最近の姐さんをキレさせるなんて余程のことだと思いますが」

「実は……」

 鎖斬黒朱の構成員達も集まってきたのでかいつまんで事情を説明します。すると皆呆れたような表情を浮かべました。

「女の前でイキる男はよくいますがコイツらは情状酌量の余地なしっスね。しかも姐さんとそのファンの方に多大な迷惑かけたとなっちゃ、鎖斬黒朱(ウチ)としてもきっちり落とし前をつけないといけません。……おい、連れていけ!」

「ウッス‼」

 先程までは威勢よく振舞っていたチャラ男達でしたが、喧嘩慣れしているいかつい元暴走族共に囲まれると生まれたての子犬のように弱々しくなってしまいまいました。

 

「えっと、まだ会計が済んでないので……」

「すみません、ボクら門限が……」

「フフッ」

 青ざめた彼らに向かって微笑みかけました。天使のようなアルカイックスマイルです。

「ここは私が奢りますからご安心下さい。それに門限なんて後で謝ればいいんですから問題ないのでしょう?」

「そんな……」

「店員さん、助けっ……!」

「ハイハーイ、キミ達はこっちね~」

「はよ面貸せや、このガキ共!」

 言い終わる間もなく店外に拉致されて行きました。傍若無人な振る舞いをしていたためかお店側も見て見ぬふりです。こういうのを自業自得というのでしょう。

 

「大丈夫ですか?」

 倒れていた店員さんを助け起こしました。

「は、はい」

「怪我は……されてないようですね」

 気の流れは正常ですから問題はなさそうです。

「助けて頂いてありがとうございました!」

「いえ、お気になさらず」

 何度も頭を下げて仕事に戻られたので二人してその姿を見送ります。ああいう善良なファンに危害を加える輩は本当に許せません。

 

 

 

 その後は一旦精算してから虎ちゃん達のいるボックス席に移りました。何か四席くらい占領してますよ、こいつら。酸素の無駄使いですから何人か間引いた方が環境保全に貢献すると思います。

「一応念を押しますけど暴力での落とし前は付けないで下さい。警察に駆けこまれたら揉み消すのが面倒ですし」

 お茶を啜りながら先程の話の続きをします。

「わかってます。とりあえずあいつらの両親に電話で全て報告した上で、スマホに登録された連絡先全員に先程の経緯と反省文を送らせるようにしますよ。登録しているSNSにも同じ謝罪をアップさせます。勿論実名と学校又は会社名、更に顔写真入りで」

「……社会的な意味では死刑に近いですね」

「人によっては直接殴られるより痛いかもしれません。元々は姐さんが考えた完全平和主義的な報復策だけあってやり口がえげつないですわ。外傷を負わせずに人間関係を崩壊させるなんて俺らじゃ思いつきませんよ」

「それほどでもないですって」

 エグさのレベルでは10段階中で3くらいの措置です。なおレベル8で人格崩壊、レベル10で一族郎党破滅となります。

 

「それにしても間に合って良かったです。あの連中はどうでもいいっスけど、あのまま暴力沙汰になったらアイドルとしてスキャンダルになりかねませんから」

「別に暴力を振るうつもりはありませんでしたよ。とある技をかけようとしただけですもの」

「……ちなみに、どんな技なんスか?」

「北斗神拳には全身の痛感神経を剥き出し状態に変化させる『醒鋭孔(せいえいこう)』という奥義があるのは知っているかと思います。それを応用し、全身を性感帯化して感度を三千倍に引き上げる秘技をお見舞いするつもりでした」

「ボコボコにされる方が遥かにマシじゃないっスか! というか普通に死ぬわっ‼」

 虎ちゃんの容赦ないツッコミが入りました。

「別に死にはしないので大丈夫ですって。……まぁ、あの時は死ぬかとは思いましたけど」

「その口ぶりだと自分で試したようにも聞こえるんですが」

「……命が惜しいなら余計な詮索はしないことですよ」

「す、すみません」

 私の黒歴史を探ろうとする奴は死あるのみです。

 

「取りあえず寿司でも頼みませんか。奴らのせいでまともに食べていないでしょう? 食べたいものがあれば注文するんで言って下さい」

 虎ちゃんの言う通り先ほどは六皿しか食べていないのでお腹一杯とは言えないです。本当はプリンが食べたいのですが、こいつらの前ではなんだか恥ずかしいので言うのは止めておきました。他にこれと言って食べたいものは思いつきません。

「それじゃあ、美味しそうなものを適当にお願いします」

 そう言った瞬間、虎ちゃんの目つきが一気に鋭くなりました。

 

「聞いたかお前ら! 姐さんが美味しい食事をご所望だ! 必死になって探し出せ!」

「押忍ッ‼」

 すると四席一斉に注文用のタッチパネルを連打し始めます。止める間もなく上限まで注文を終えました。

「何やっているんですか貴方達……」

「言われた通り適当に美味しそうなものを頼んだんスけど」

「そんなに沢山頼んでどうするんですか!」

「金なら心配しないで下さい。俺らが全部支払いますんで」

「いや、そういう問題じゃないんですよ」

 そうする内に頼んだ料理が特急レーンで次々と運ばれてきます。

 

「QUEEN! 中とろ、うに、ズワイガニ、ふぐの握りです!」

「こっちは味噌らーめん、魚介醤油らーめん、えび天うどんっス! 」

「俺らはメシ系です。天丼、うな丼、シャリカレーをどうぞ」 

「スイーツもちゃんと確保しましたよ。こちらイタリアンティラミス、チョコケーキ、揚げたて豆乳ドーナツ、ミルクレープになります」

「お、おう……」

 テーブル一面に様々な料理が並べられました。いや、いくらなんでもこれを一人じゃ無理でしょ!

 

「私一人で食べるのもなんですので、皆でシェアして頂きませんか?」

「俺達はもう食った後なんで正直腹一杯なんスよ。姐さんが好きなものだけ食べて貰えればいいですから」

 いや、そう言われても出されたものは残せない主義なんですって!

「さぁ、食べて下さい!」

「うぅ……」

 みんなすっごい笑顔なので超断り難いです。これはもう覚悟を決めるしかありません。

「い、頂きまーす!」

 半ば自棄(ヤケ)気味に言い放つと一心不乱に食べ始めました。女子中学生が黙々と食べる姿をごつい野郎共が笑顔で見守るという、イヌカレー空間並みに異様な空間の出来上がりです。おお、周囲のお客様が完全に引いておられるぞ。誰かフォローして差し上げなさい。

 

 モノを食べる時は誰にも邪魔されず自由で、なんというか救われてなきゃあダメだと思うのですが、今の私には一人でゆっくり食事を楽しむという行為に縁がないことをこの時点ではっきりと思い知ったのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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