ブラック企業社員がアイドルになりました 作:kuzunoha
「以上、
映画の紹介を一通り終えると正面の撮影用カメラに向かって再び微笑みかけます。
「こんな素晴らしい映画やドラマが見放題なのに利用料が税抜き月額千円なんて超おトクですよね~♪ 月額五百円払って動画すらまともに見られない時代遅れな某サイトとは比較になりません!
ゴミのようなイベントを開いたり誰も使わない無駄機能を追加したりするお金があるならもっとエンジニアを雇って基本機能の増強をして頂きたいものですよ。次に投稿動画が消されたら私もmytubeに移住して大物マイチューバーになる予定なので覚悟しておいて下さい」
おっと、スポンサーの宣伝と関係ない愚痴を言ってしまいました。日頃の不満がついつい出てしまったので自重して本来の業務に戻りましょう。
「……コホン。話は逸れましたがNetfrogsには名作映画やドラマ、アニメ、ドキュメンタリーなど素敵なコンテンツが多数揃っています。私も仕事の移動中によくスマホで視聴していますので、逆にお薦めがあればツイッターなどで教えて下さいね。
それではお別れのお時間がやってきたようです。ホラーアニマル特集のナビゲーターはコメットの七星朱鷺がお送りしました。次回の『サメ映画特集パートⅢ』でまたお会いしましょう」
お別れの挨拶の後、席の横においてあったアコースティックギターを手に取りました。
「では毎回恒例になりましたが私の弾き語りでお別れです。今回紹介した名作B級映画のエンディングテーマをアレンジしましたので是非聞いて下さい。歌詞はオリジナルなのでカスラッ……J○S○ACさんに通報しなくても大丈夫ですよ」
露骨な問題ないアピールをしてからピックを手にします。そのまま軽やかな手つきで弾き語りを始めました。
「ゾンビーバ~ゾンビーバ~♪ チャラケた大学生共を~磨いた牙で食い殺せ~♪ 茶色い毛皮のげっ歯動物は最強のモンスターだよ~。
立てこもっても~遺伝子組換えビーバーには無意味なのさ~。バカンス気分の陽キャ共を一人残らず皆殺し~♪ 全員地獄に叩き込め、ヘイ!
ゾンビーバ~♪ ゾ~ンビーバァ~~!!」
「はい、カット!」
歌い終わるのと同時にディレクターが撮影終了の合図をします。するとロケスタジオ内が途端に慌ただしくなりました。間もなく次の番組の収録があるのでスタッフ達が急いで作業をします。
「お疲れ様でしたー。今回も人を引き込む映画紹介とネトフロさんに露骨に媚を売る姿勢が素晴らしかったですよ」
「ありがとうございます」
ディレクターに頭を下げました。社交辞令でしょうけど褒められて嫌な気はしません。お客様には媚びて媚びて媚びまくるのが私の営業スタイルですからそこを評価して頂けて良かったです。
元々映画は好きなので動画配信会社の宣伝番組の仕事は進んで引き受けました。推薦作品のチョイスやどのように紹介するかは全て私に丸投げされているため色々と好き勝手に言えるのが楽しい番組ですが、一つだけ不満があります。
「最後の弾き語りですけどあれ要りますか?」
清純派アイドルとしてのイメージが崩れるので私としては即刻廃止して欲しいのです。今日はたまたまディレクターが収録に立ち会われたので、要らないという回答であれば次回から無しにして貰おうと画策していました。
「あの弾き語りは視聴者からとても人気があるので引き続きお願いします。映画の紹介を飛ばしてオリジナルソングだけ聴く人もいるようですし」
「そうですか……」
私の目論見は一瞬で崩れ去ってしまいました。映画紹介は一本につき数時間かけて良い点や惜しい点を洗い出して原稿を纏めているのですが、作詞作曲30分程度の弾き語りに負けるとはなんとも悲しいです。
「一体どこの誰があのパートを盛り込んだんでしょう?」
一言文句を言ってあげようと思い犯人は誰か確認することしました。
「導入を決めたのは私ですが、アイディア自体は『とときら学園』APの龍田さんから出して頂きました」
「はぁっ!?」
予想外の人物が出てきたので驚きの声が出てしまいます。
「な、何で彼の名が出てくるんでしょうか……」
「貴女のアイドルとしての魅力を一番上手く引き出しているのは龍田さんですからね。その関係で七星さんを起用する時に各所から相談が来ているようです。私も知り合いのディレクターに紹介して貰って出演時の注意点やアドバイスを一通り聞きました。いや~、頭の回転が恐ろしく早いので驚きましたよ」
アイツ既存の番組に飽き足らず他番組にも魔の手を伸ばしてきやがった!
アイドルなんて世の中にごまんといるでしょうに、なぜよりによって私に固執するのでしょうか。もしかして以前お薦め映画を訊かれた時に嫌がらせで『ドラゴンボールエボリューション』と答えたことを未だに根に持っているとか?
未熟な過去を乗り越えた『ザ・ニュー七星朱鷺』は誰もが羨む清純派アイドルとしてアイドル界に君臨する予定なんですからあまり余計なことはしないで欲しいものです。
なんだかどっと疲れたのでとぼとぼと家路につきました。
次の日は美城常務と仕事関係の打ち合わせがあったので346プロダクション本社の常務室に伺いました。
部屋に入ると応接用のソファーに対面で座ります。いつも通り凛とした雰囲気ですが最近では態度が柔らかくなりました。きっと卯月さんの笑顔のお陰でしょう。
「私が企画したプロジェクトクローネだが統括P(プロデューサー)が正式に決定した。今後は城ヶ崎美嘉の担当Pがプロジェクト全体のPとなる」
「その件は風の噂で聞いていますよ」
美嘉さんの担当は社内で武内Pに次ぐ若手のホープですし、とても真面目で誠実な人柄なので妥当な人選です。ワンちゃんに任せると秒速で崩壊するに違いありませんから彼の名が出てこなくて安堵しました。
「ついては君に担当して貰っていた彼女達のサポート役は不要となるため、今週末を以ってアイドルとの兼任を解除する。今までご苦労だった」
「承知しました。どれだけ彼女達の力になれたかはわかりませんが少しでも役に立ったのであれば幸いです。美嘉さんの担当との引き継ぎは円滑に行いますのでご安心下さい」
芸能活動をしながら十名以上ものアイドル達の面倒を見ると細かいところを見落としてしまいますので、プロデュースを専門に行うPを置く方がクローネにとっても有益だと思います。関わる機会が減ってしまうのは残念ですけどね。
「では次の議題に移ります。先日私がプレゼンしたアイドル達のフォローに関する提案ですけど、その後検討はして頂けましたか?」
「ああ。君が考えたアイドル達に関する防犯対策とメンタルヘルス対策だが、私も就任当初から気にはしていた。対策を検討する前にあの地獄のカーニバルが始まってしまいそれどころではなくなったがな」
「へぇ~そうなんですか。デモやストを誘導するなんて悪い奴がいるものですねぇ」
「……ああ、そうだな。とても腹黒い奴の仕業であることは間違いないだろう」
さらりと嫌味を言われましたが第三者のフリをしました。直接的な証拠がなければセーフというアウトロー特有の精神です。
「アイドル達は魅力的な分、悪い連中から狙われやすいので注意が必要です。私も先日お寿司屋さんで性質の悪い男達にしつこくナンパされましたので、私のようにか弱いアイドルが被害に遭わないよう事務所として取り組みを強化するべきです」
「……君がか弱いかはさておいて、主張自体はもっともなものだ。取り急ぎの対策として防犯ブザーを全員に配布し女性向け防犯セミナーを受講してもらう。今後は大手警備会社に依頼しイベントの警備を強化するのに加えて一層の安全対策を検討する予定だ」
「よろしくお願いします。何かあった後では遅いですから」
担当役員が女性だとこの手の話がすんなり通るのでやりやすいです。70歳以上の男性役員だと自身が平然とセクハラをしているケースもありますもの。
「メンタルヘルス対策についても先日の島村卯月の一件でその必要性を実感している。現在も週一回産業医が出勤しているが、それとは別にメンタルケア専門の医療従事者を定期的に呼び相談しやすい体制を整える予定だ。
後は提案があったアイドル達へのアンケート調査や定期的な面談、そして担当Pへの教育や聞き取り調査などを新たに実施し、不満や悩みを内に溜め込まない健全な組織へと転換していく」
「ありがとうございます。但しそれだけで完璧にフォローできる訳ではありませんので会社として更に良い仕組みの検討をお願いしますね。その分お金は掛かってしまいますけど」
「言われずとも取り組む予定だ。灰被り達に輝いて貰うためには城自体もその輝きにふさわしい姿でなくてはならない。両者が完璧であってこその美城なのだからな」
人材と設備への投資をケチらない精神に敬意を表します。芸能関係の会社は人そのものが財産なので、コストを掛けてでもそれを守ろうとする美城常務は芸能事務所の経営者として一番大事なものが見えていました。
「そこでだ。メンタルヘルス対策の一環として君にも協力して貰いたい」
「協力……ですか?」
嫌な予感をひしひしと感じます。このパターンでロクな目に遭ったことがありませんよ!
「美城のアイドル達の多くは年端もいかない少女だ。そのような子達が見も知らない大人に悩みを相談するというのは、我々が想像する以上にハードルが高いのではないか?」
「まぁ、確かに」
私も前世では貧困状態であることが恥ずかしくて教師達に相談できなかったという記憶があります。でもそのお陰で食料調達のサバイバルスキルが飛躍的に向上しました。やったね!
「だが身近な友人であれば多少なりとも相談はしやすいだろう」
「そうですねぇ。私もアスカちゃん達にはよく愚痴をこぼしていますし」
「では七星朱鷺、クローネのサポート役に代えて君に新たな仕事を任せる。その仕事は……」
「だからプロジェクトルームの表札にお悩み相談室って書かれているんですか」
「ええ、そういう訳です」
ルーム内で事情を説明するとほたるちゃん達が納得したように頷きました。
常務との打ち合わせの翌日、コメットのプロジェクトルームに行くと既に表札が書き換えられていたのです。『Comet Project room』という表示の下に『七星朱鷺 お悩み相談室』という文字がちゃっかり追加されていました。こういう時の仕事は異様に早いのはなぜなのでしょうか。
「シンデレラプロジェクトやクローネのサポートの際に発揮した支援力を今後は他のアイドル達のためにも発揮して欲しいそうですよ」
「アイドルの気持ちを理解できるのは同じアイドルだから他の子達の相談に乗ってくれという訳か。また無理難題を押し付けられたものだ」
「それじゃ朱鷺ちゃんに負担が掛かってしまうんじゃないでしょうか……」
乃々ちゃんが遠慮がちに意見を述べました。私の心配をしてくれるなんてこの子は天使の生まれ変わりに違いないです。
「一応手が空いた時で構わないという話ですよ。事務所側で解決出来る相談であればそのままお任せしますし、解決出来ないなら解散といった罰もないので常務なりに配慮はして貰ってます」
「でも、やっぱり心配です」
ほたるちゃんの表情が曇りました。以前の暴走時のようにならないか気にしているのかもしれません。
「無理はしないので大丈夫ですよ。私としても皆の力になりたいですし」
前世の記憶消去未遂や各ユニット存続運動の際にはアイドルの皆に支えて頂きました。その恩を返す良い機会ですから快諾したのです。
「それに、この私に大切な相談をしようなんて奇特な子はそうはいないでしょうからノープロブレムですって」
「なるほど、確かに一理あるな」
「すんなり肯定されるとちょっと傷付くんですが」
「冗談だよ。ボクとしてはそれがトキの望みであれば構わないさ」
「……わかりました。もし大変そうなら協力しますので言って下さい」
「もりくぼも、手伝います……」
「はい、その時が来たらお願いします」
皆の理解も得られたようで一安心です。先程も言った通り私に大事な相談をするような子は多くはないはずなので杞憂だとは思いますけどね。
お悩み相談室についてこの時はこんな風にお気軽に考えていました。
「ええと、皆さんお揃いでどうされたんです?」
その日の夜、レッスン後に私だけ事務所内の中会議室に呼び出されました。部屋に入ると346プロダクション所属のアイドル三人組が直立不動の姿勢で立っています。
「……なんや朱鷺はん、これを見てもわからんか?」
三人の内の一人────
彼女は大阪出身の女子高生で、普段はとても明るく快活な方です。趣味はお笑いで好きな食べ物はたこ焼きというベタな関西人さんですね。アイドルとしてもカワイイ系というよりかは面白い系で売っている子です。
笑美さんが指差す横断幕を見て目を疑いました。
「え~と、『七星朱鷺 被害者の会』って……。何ですかこれ?」
「うう……。ふぇいふぇいは反対したんだヨ~」
横断幕を手にしている
彼女は香港出身の海外組の一人でして、アイドル目指しはるばる日本までやってきたそうです。同じ犬神Pの担当アイドルなので私が一方的に愚痴るのをよく聞いて貰っています。
「これも世界一の忍ドルになるためです。お許し下さい、朱鷺殿!」
横断幕の反対側を持っている
重度の時代劇マニアで伊賀忍者のお膝元出身のためか、くノ一アイドルという斬新な路線で頑張っている子です。忍者なのに綺麗で可愛い方ですね。
「全く事情が飲み込めないんですけど……」
笑美さんからは『用があるのでちょっと来て欲しい』というメッセージしか受け取っていないので訳がわからないですよ。それに被害者の会って何のことでしょうか。鎖斬黒朱や犬神Pならともかくアイドル達に危害を加えることをした覚えはありません。
「お悩み相談室なんて、またけったいなことを始めたそうやな」
「ええ、美城常務から直接依頼がありましたから」
「なら悩みを解決してもらおうやないか! 朱鷺はんの被害を受けているウチらの悩みをな!」
「だから被害ってなんのことですか!」
こればかりは本当に心当たりがないです。
「どうやら自覚が無いようやな。ならふぇいふぇいとあやめはんから説明してもらうで」
そう言いながら後ろの二人に目配せしました。
「わかったヨ~……」
「承知しました」
二人が横断幕を下ろします。皆で椅子に座ってから話を再開しました。
「じゃあ悩みを話すネ。皆知っていると思うケド、ふぇいふぇいは香港出身だからアイドルの活動をする上でもそれをアピールすることが多いんだヨ」
「確かに仕事でよくチャイナドレスを着ていますよね。カンフーをモチーフにしたミュージカルにも以前出ていましたし」
「日本だとなぜか中国人は拳法が出来るって思われてるからふぇいふぇいもよく勘違いされるんダ。エラい人達から『346のアイドルで香港出身なんだし北斗神拳くらい使えるでしょ?』って話を振られて、出来ませんって言うとがっかりされちゃうのがとっても辛いんだヨー……」
「あっ……」
私の風評がとんでもないところに波及していた!
被害者の会という意味がやっと理解できました。私のトンデモ行為による風評被害者の集まりだという訳ですか。
「わたくしも似たような状態です。お仕事の際に手裏剣投げや殺陣をしても地味だと言われてしまいました。『346で忍者アイドルなんだからNARUTOみたいに派手にやってよ』と言われましても……。朱鷺殿と違い人の身には為す術がありません!」
「いや、私も一応人間ですから」
あやめさんのお悩みの方も理解できました。どうやらサバイバルレッスンやITACHI、翼人間コンテストなどの無茶企画により業界関係者や世間の人の感覚が完全に麻痺しているようです。
知らず知らずのうちに346プロダクションのアイドル達に対する要求水準を上げてしまうとは……。このトキ、一生の不覚!
「トキが悪い訳じゃないから言うつもりはなかったんだケド、『良い機会やし同じアイドルの仲間なんやから大切なことは言わなアカン!』ってエミに説得されたんダ」
「わたくしも右に同じです」
正直かなりショックですが、笑美さんの言う通り隠されているよりもこうして突きつけられた方が解決に動けるので何倍もマシです。
「あやめさん達のお悩みはよく理解しました。ところで笑美さんのお悩みは?」
「ウチは最後でええから、まずこの二人の悩みを解決したってや」
「そうですか、わかりました」
彼女の悩みも気になりますが、まずは二人のお悩みを解決することを優先します。
「こうなってしまったのも私に責任がありますので少しでも改善できるよう協力させて頂きます」
「ふぇいふぇいも頑張るヨ!」
「よろしくお願いします!」
二人共気合は十分なようです。
「それではまずフェイフェイさんのお悩み解決から始めますか」
「はい! よろしくお願いしマス!」
屈託のない笑顔を受かべます。こんな素敵なアイドルに迷惑を掛けていると思うと罪悪感で死にそうになってきました。
「貴女の最大の個性はやはり香港出身という点ではないでしょうか。その個性を強化することでコテコテの中国人キャラなのに実は拳法が出来ないというギャップ萌えを生じさせたいと思います」
「ギャップ萌えって何かナ?」
「ある要素と別の要素とのギャップが生みだす萌えのことです。『ボーイッシュに見えて実は少女趣味なアイドル』や『実は20代後半なのにJKの様に振る舞うアイドル』など色々ありますよ」
「でも、どうすれば個性を強化できるのでしょう?」
「その答えはただ一つ────語尾に『アル』を付けるのです!」
私が自信満々に言い放った瞬間、場が静寂に包まれました。
「んなアホな。きょうび映画でもそんなステレオタイプな中国人はおらんで?」
「だからこそ個性の強化に繋がるんですよ。それに語尾というのは非常に大切です。例えば語尾に『も』を付けるだけで何となく萌えキャラになったような感じがするんですも」
「なんでやねーんっ! ……って確かにちょっと可愛いかもしれへん」
「さぁ、フェイフェイさん! やって見せますも!」
「わ、わかったヨー。じゃなくてわかったアル!」
おお、なんかしっくりきますも。
「どうアル? 変じゃないアルか?」
「これはこれでええなあ。ザ・チャイナガールって感じやで!」
「はい、とても可愛らしいと思います」
「ふふん。私の言った通りですも!」
「いや、朱鷺はんはもうええから……」
確かに痛々しくなってきたので私の語尾チェンジはここで切り上げます。
「……コホン。それではこの状態が維持できるかテストして見ましょう。私が簡単なインタビューをしますのでそれに答えて下さい」
「わかったアル」
そしてインタビューの練習が始まりました。
「じゃあまず年齢を教えてくれるかな?」
「15歳アル」
「15歳? ならまだ学生?」
「学生とアイドルをやっているアル」
「あっ、ふ~ん……。身長と体重はどれくらいあるの?」
「身長は152cmで、体重は41kgアル」
「彼氏とかいる?」
「ないアル」
ん? これは……どっちでしょうか。
「彼氏はいるの? いないの?」
「ないアル」
「いるのかいないのかちゃんと答えなさい! お姉ちゃん怒りますよ!」
「だから、いないって言ってるヨー!」
はっ、しまった! 変な虫が付いていないか気になったあまり暴走してしまいました。
「あの~。この語尾は誤解を生じさせてしまうのではないでしょうか」
傍から見ていたあやめさんから冷静なコメントを貰います。確かに話を聞いていて混乱する可能性があることに今気付きました。
「これはボツやな」
「ふぇいふぇいもその方が良いと思うヨ……」
こうしてフォースの中華面の強化作戦はあえなく失敗となりました。フェイフェイさんがなぜか疲れた様子なので一旦休憩とし、今度はあやめさんのお悩み解決に入ります。
「わたくしとしては忍術の強化を図りたいのです。先日の『シンデレラの武道会』で披露された様々な技を是非教えて下さい!」
「やはりそう来ましたか」
先日行われた『シンデレラと星々の舞踏会』の一企画で彼女と一緒に格闘大会に出たのですが、その時に見せた北斗神拳奥義を目の当たりにして純真な瞳をキラキラと輝かせていました。それらの技を忍術に取り入れたいと言うのではと懸念していましたが案の定です。
「この技は本当に危険なんですよ。なので人様に教えることは出来ません」
生まれついての能力であり血の滲むような修行を経て身に付けたものではないので、教えられる自信が欠片もないというのが本音です。一般人に使えるかどうかも未検証ですし。
「忍びとは耐え忍ぶこと。辛い修行でも耐えてみせます!」
「う~ん……」
そうやって上目遣いでお願いされると罪悪感で胸がいっぱいになるので止めて下さいしんでしまいます。
「ならテストしてみたらどうカナ? 大丈夫ってトキが認めたら技を教えてあげるのは?」
「せやな。チャンスくらい与えてやらんと可哀想や。事の発端は朱鷺はんなんやし」
うう、何だか私が悪者っぽいです。実際にそうなんですけど。
「……わかりました。では私が求める基準をクリアしたら北斗神拳をお教えします」
「本当ですかっ!」
するとあやめさんが喜びを隠さず目を輝かせました。
「あくまでクリア出来たらの話ですよ」
「わかりました。忍ドルの力、お見せしましょう!」
どうやらやる気は十分なようです。心苦しいですが彼女のためにも心を鬼にしてテストに落ちて貰わなければなりません。
「でもテストってどうするん?」
「任せて下さい。私にいい考えがあります」
「あまり良い予感がしないネー」
だーいじょうぶ! まーかせて!
「指示通り医務室から借りてきました」
あやめさんが会議テーブルの上に洗面器を慎重に置きました。中は既に水で満たされています。
「北斗の流派には『
「そーなのカー。トキは何分くらい止めていられるの?」
「昔試しましたが1時間くらいは無呼吸で大丈夫でしたよ」
「やっぱ人間超えてるやないかい!」
笑美さんの鋭いツッコミが入りました。一方であやめさんは覚悟を決めた様子です。
「忍びとは死中に活を求めるもの。くノ一あやめ、例え死線を潜り抜けてでもやり遂げる覚悟です。いざ鎌倉!」
よう言うた! それでこそ忍びや!
「では計測いきまーす。はい、よーいスタート」
合図に合わせて洗面器に顔をつけました。いくら普段鍛えていると言っても女の子ですから精々2分が限界でしょう。挑戦して及ばなかったのであればあやめさんも納得してくれるはずです。
そのまま1分が経過しました。大抵の人間が脱落するのに頑張っていますねぇ。
「そろそろ2分ですよ~」
流石に苦しいのか手と足をバタバタと動かしているので恐らくここが限界です。ギブアップするかなと思っていると体の力がフッと抜けたような状態になりました。
「なぁ、朱鷺はん。……これって溺れてへん?」
「ストーップ!!」
慌ててあやめさんを引き剥がしにかかりました。蘇生の秘孔を慎重に突くと激しくむせ始めます。暫く背中をさすり落ち着くのを待ちました。
「フェイフェイ殿、此処は……」
「良かった、生き返ったネ」
「危うく死ぬところやったで!」
「本当に死にそうになるまでやらなくていいんですよ!」
無事なようなので安堵しました。もし彼女の身に何かあったらご家族に顔向け出来ません。
「修練不足でした。苦しくなったと思ったら妙な河原が見えたのですがあの場所は一体……」
「ああ、あそこですか」
私も昔行ったことがありますよとは流石に言えませんでした。
「次こそは、必ず!」
「駄目ですって!」
まだあやめさんとさよならバイバイしたくはありませんので再チャレンジは不許可です。するとガックリとうなだれました。
「このままでは忍術もアイドルも極められないままです。一体どうしたら良いのでしょうか」
「ウチらに言われてもなぁ。他に忍術を学ぼうにも本物の忍者なんてこの時代におらんし」
「……いえ、忍者ならいますよ。現存しているのは少数ですが確かに存在しています」
「本当ですか!」
「ええ。あやめさんの好きな伊賀忍者ではなくて尾張忍者というマイナーな連中ですけど」
私の
「私が頼めば初歩的な忍術は教えて貰えると思います。もしよければ紹介しましょうか?」
「現役忍者の技を学べるなんて素敵です。是非お願いします!」
「拳法家の知り合いはおれへんの? フェイフェイも拳法を習えば話振られても困らんやろ」
「正統派八極拳士の知り合いならいますよ。性格にやや難はありますが人間の中では最強クラスの実力があります」
「ふぇいふぇいにも紹介してくだサイ!」
「わかりました。そちらも手配します」
こうして二人のお悩みは忍術と拳法の講師を紹介することで無事解決しました。問題が一度に解消出来て何よりです。
彼女達はとても魅力的なので手を出さないか少し心配ではありますが、『もし擦り傷一つでも負わせたら全身の骨が粉末になるまで砕く』と脅しておけば過ちはないでしょう。
「ではお悩みは無事解決したということで。もう夜ですから皆で何か食べて帰りませんか?」
「わたくしはあんみつが食べたいです」
「ふぇいふぇいはごま団子がいいナ~」
「じゃあバトルロイヤルホストに行きましょう。あそこなら両方ありますし」
「ちょっと待たんかい!」
バッグを手にすると辺りに響くような大きな声が聞こえました。振り返ると笑美さんが仁王立ちしています。表情がちょっと怖いですよ。
「ウチのお悩みをまだ聞いてへんやん!」
「ああ、そう言えばそうでした」
あやめさん達のお悩みパートの尺が当初の予定よりも長くなったのですっかり忘れていました。
「先程からの疑問ですが何で笑美さんが私の被害者なんですか? このお二人と違って私の超人キャラによる風評被害はないと思うんですけど」
「……そんなに聞きたいか。なら教えたる。
ウチと朱鷺はんは個性がモロに被っとるんや! お笑い芸人系アイドルという個性がな!」
「お笑い芸人系アイドル……だと……」
衝撃的なワードが彼女の口から飛び出しました。
「はて、いったい何のことでしょう?」
全然ピンとこないので思わず首を傾げます。
「なんでやねん! テレビとかであんだけ笑いを取ってるんやから自覚はあるやろ。こないだのモノマネ選手権でもウチの爆笑ネタを差し置いて堂々優勝しとったやん!」
「普通の人よりほんのちょっとだけユーモアが上積みされているとは思いますが、取り立てて面白みがある訳ではありませんよ。だって私は押しも押されもせぬ清純派アイドルですもの」
「……それはひょっとしてギャグで言うてんのやろか?」
「いえ、大マジですけど」
確かにモノマネや芸人の真似事をすることもありますが、お笑い芸人系アイドルを名乗れるほど愉快な人間でないことは承知しています。なので笑美さんと個性が被っているという指摘は的外れとしか思えません。
「自覚はなかったんダ……」
「なるほど。朱鷺殿はいわゆる天然さんなんですね!」
いやいや、世間から見れば私なんて面白みの欠片もないつまらない女ですって。絶対そうです。そうに決まっています。
「でもお笑い芸人系アイドルなら鈴帆ちゃんだっているじゃないですか」
「鈴帆っちはキグルミ芸人系アイドルやから系統がちゃうやろ。それにウチらはお互いに切磋琢磨して実力を磨いてきたんや。後から彗星のように現れた朱鷺はんが芸人アイドルのホープみたいになってて納得いかへん!」
「そんな不名誉な座はいくらでも譲って差し上げますよ……」
こうなってしまったのはあの雑種犬とドSドラゴンのせいです。その内ちゃんとお礼参りをしないといけません。
「うーん。エミの悩みを解決するにはどうすればいいのかナ?」
「ふっふっふ。よう聞いてくれた……。七星朱鷺、この場で決闘を申し込むで!」
「け、決闘?」
思わぬ方向に話が進んだので動揺してしまいました。
「すみません。笑美さんをミートボールにするのはちょっと良心が痛むんですけど」
「拳で戦ったら一瞬で死ぬわ! そうやなくてお笑い勝負や。お互いに自信のあるネタを披露してこの二人を笑わせた方が真のお笑い女王ってことでええやろ」
「お笑いと言っても色々種類がありますけどジャンルは何にします?」
「何でもええで。今日こそウチの真骨頂を見せたる!」
「……わかりました。それで笑美さんの気が晴れるのであればお相手致しましょう」
「お互いに全力を尽くそうやないか。よ~し、ドッカンドッカン笑わせたるでー♪」
こうしてお笑い芸人系アイドルと清純派アイドルの戦いの火蓋は切られました。
「ウチの、完敗や……!」
笑美さんが憔悴した様子で床に膝を付きます。その姿はまるでRPGの強制負けイベントで無残にやられた勇者のようでした。その横にはあやめさんとフェイフェイさんがお腹を押さえたまま倒れています。
「死にかけのハム太郎の真似は反則だヨー……」
「わたくしは『一人シンデレラプロジェクト』と『ショートコント 神崎さんと二宮くん』でもう限界でした……」
モノマネ中心で攻めてみたのですが彼女達の好みに合っていたようです。アイドル達は箸が転んでもおかしい年頃なのできっと笑いのハードルが低いのでしょう。
「残ってた自信も今ので砕かれよったわ……」
「すみません。手を抜くのは失礼なので全力を出させて頂きました」
「ええんやで。ウチがお願いしたんやからな」
そのまま力なく笑いました。フォローできないか考えましたが、この状態で私が何を言っても下手な慰めにしか聞こえないと思います。
重苦しい空気に包まれていると会議室の扉が唐突に開かれました。
「こんなところにいたんだー。も~探したよー!」
声の主である三好紗南ちゃんが笑顔でこちらに近づいてきます。
「これは紗南殿、どなたをお探しでしょうか?」
「朱鷺ちゃんだよ。借りてたゲームをクリアしたから今日返すって学校で約束したのにLINEと電話のどっちも繋がんないんだもん。受付の人に聞いたらまだ事務所から出てないって言うんであちこち見て回ってたんだ」
「すみません、まるっと忘れてました」
「まぁ見つかったから良いよ。……それでさ、深刻な雰囲気だけど何かあったの?」
笑美さんの方を見ながら疑問をぶつけてきたので、今までの経緯をかいつまんで説明しました。
「なるほどねぇ。個性の重複かあ~」
両腕を組んでうんうんと頷きます。
「そう言えばサナとトキは同じゲーマー系アイドルだよネ。個性が被っているから困ってたりはしないの?」
「ううん、別にそんなことはないよ」
「それはなぜでしょう?」
「だって同じ個性の子がいるからってアイドルとして輝けない訳じゃないもの。それに同じ個性があれば一緒に協力プレイが出来るから一人よりもっと輝けるじゃん! 実際あたしは朱鷺ちゃんと一緒に仕事して世界が広がったなぁ~って思うんだ。皆はそう思わない?」
紗南ちゃんの言葉を聞いて笑美さんがハッとした表情を浮かべます。
「そうですね。一人では100万パワーが限界ですけど二人いれば100万パワー+100万パワーで200万パワー。それに二倍のジャンプが加わって400万パワー。そして三倍の回転を加えれば脅威の1200万パワーが生まれるんですよ」
「それはちょっと意味が違うと思うヨー」
ウォーズマン理論が一蹴されてしまいました。握力×スピード×体重=破壊力と同じくらい大好きなガバガバ理論なんですけどねぇ。
「同じ個性があるからこそ、一人よりもっと輝けるか。確かにそうやな」
「それに笑美さんは元々アイドルとしての成功には執着せず自分なりに仕事を楽しむことを優先していると以前伺いました。お笑い芸人系アイドルとして人気を得ることに拘り過ぎて仕事を楽しむ気持ちを無くしてしまうのは凄くもったいないと思います」
笑美さんが落ち着いたのを見計らって私なりにアドバイスをしました。一応お悩み相談室長ですのでちゃんと仕事はしておかないとね。
「……ウチが間違えとった。人を笑わせることばかり気にして自分が楽しむことを忘れとったわ。人を笑わせるなら、まず自分が笑えってな」
そう言うと両手で頬をピシャリと叩きます。
「よーし、みんなを笑かしてウチもめっちゃ笑うライブするでー! これからもみんなでめっちゃおもろくて盛り上がるもんにしよなーっ!」
「はい、その意気です!」
笑美さんに再び闘志が宿るのがはっきりとわかりました。試練を一つ乗り越えたことでアイドルとしても一皮剥けたでしょう。
アイドル達の力になれる仕事が受けられて良かったと改めて思いました。三人のお悩みを無事解決できたのでめでたしめでたしです。
「……それで、私はなぜこのような格好をしているのでしょうか?」
不細工な鳥のキグルミを着たままポツリと呟きます。
「そりゃキグルミコントをやるために決まっとるやん」
「いやそうではなくて、何故清純派アイドルの私が笑美さんや鈴帆ちゃんと一緒にキングオブコントの予選大会に出てるのかという意味なんですけど」
「そりゃウチがあのお悩み相談後にウチのPにお願いして、朱鷺はんをコントメンバーに組み込んで貰ったからやで。そっちのPも二つ返事でOKしてくれたから乗り気やと思っとったわ」
潰す……。アイツいつか潰す……。
「ウチと笑美しゃんと朱鷺しゃんが揃えば優勝は貰ったも同然ばい!」
カニのキグルミを身に纏った鈴帆ちゃんが自信満々に言い放ちました。いや、予選敗退して貰わないと私が非常に困ります。
「おっと、次はウチらの番や。腹がよじれるぐらい笑わせるからな!」
「やる気満タンばいっ! 笑わせに行こうかー!」
「おー……」
その後私達は破竹の快進撃を続ける訳ですけど、この話はこれ以上語りたくないので深い闇の底に葬ることにしましょう。
なお余談ですが、八極拳士と尾張忍者に弟子入りしたフェイフェイさんとあやめさんはその後メキメキと実力を上げ、大の大人を軽く捻るほどの戦闘力を短期間で身につけたそうです。
……アイドルのちからって、すげー!