ブラック企業社員がアイドルになりました 作:kuzunoha
「本日の撮影は以上です。貴重なお時間を頂きありがとうございました」
「へ、いいってことよ。それよりちゃんとウチを紹介してくれよな!」
「私共にお任せ下さい。大人気の老舗ラーメン店として特集しますから」
「おう。頼んだぜ、兄ちゃん! アンタは信用してっからな!」
「それでは失礼します」
一礼してから店の外に出る。昔ながらの職人気質で噂通り気難しい店主のためロケには骨が折れた。だが長年取材拒否だった名店がテレビ初登場となれば話題性は十分なので、ラーメン店紹介番組の目玉の一つにはなるはずだ。
今日のロケは全て終わったので出演したタレントをタクシーで送り、スタッフ回収用の車が来るのを撮影班と共に路上で待つ。
「お疲れ様でした、龍田さん!」
新人ADが人懐こい笑顔を浮かべたので「君こそご苦労様」と返事を返した。
「いや~、あのおっさんマジで怖かったすね~! ザ・頑固親父って感じで超ビビリましたよ!」
外に出た途端饒舌になった。先程店主に睨まれて以降ずっと緊張した面持ちだったので、ようやく安心したのだろう。
「そういう話は第三者から聞こえない場所に行ってからにした方がいい。もし店長の知り合いに聞かれて本人に伝わったら先程のロケが全て無駄になってしまう」
「いけねっ! すみません、つい……」
「同じ間違いを繰り返さなければいいさ。それに君の気持ちは理解できる」
「へへっ、ですよね~! でもあの超頑固店主の店と交渉して出演OKさせるとか、龍田さんマジパネェっすよ!」
「何事も誠意をもって対応すれば概ね上手くものだ」
「それが出来たら苦労しないんですけどねぇ~」
出演交渉にもコツというものがある。相手の情報を得た上で何を欲し望んでいるかを考えれば、
すると仕事用のスマホがポケットの中で振動するのを感じた。手に取り確認すると直属の上司にあたる一条D(ディレクター)からの電話だったので通話の表示をタッチする。
「もしもし、龍田です」
「あ~龍田くん? おっはー♪」
「お疲れ様です。ご用件は何でしょうか」
「んもう、つれないなぁ。仕事は出来るんだからもっと明るく楽しく働いた方がいいよ~。これ、オニーサンからのアドバイスね♪」
「可及的速やかに協議し必要との判断であれば粛々と対応します」
「まるでお役所みたいな答弁だねぇ~」
いつものジョークをさらりと受け流す。ADとして初めて仕事をして以来の付き合いなのでもう慣れたものだ。若いスタッフから相談してもらえるよう軽い男を演じているのはわかっているので、俺には自然に接して欲しいと何度も言っているのだが。
「それで、ご用件は?」
「明後日収録の『とときら学園』なんだけど出演者二人がインフルエンザで倒れちゃったからさ、当日の代役をどうしようかなってね」
「その件でしたら346プロと交渉し代役のアイドルを用意して頂く手はずとなっています。3時間程前にメールをお送りしましたが届いていなかったでしょうか?」
「あ~ゴメン、数時間で何十通も届くもんだから多分見落としてたわ。相変わらず仕事早いねぇ~。業界経験ウン十年のオニーサンとしては日々肩身が狭くなるよ~♪」
その割には何故か嬉しそうな様子だが気のせいだろうか。
「他にご用件なければ仕事に戻ります」
「いや、もう一つあるよ。明日の夜に30分くらい時間を空けてくんないかな。かな~り重要な話があるんだ」
「明日ですか。……少しお待ち下さい」
私用のスマホで明日の予定を確認する。番組収録の合間であれば何とか都合は付きそうだ。
「18時からであれば問題ありません」
「オーケー。それじゃあ予定入れといてね!」
「わかりました」
そのまま通話を終える。重要な話とは何か気にはなるが考えても仕方ない。どの道明日になればわかることだ。自分の中での優先度を『低』とし、優先度が高い仕事の相談メールやLINEの対応を黙々と行った。
翌日の夜はテレビ局内の役員応接室に向かうよう一条Dに指示された。番組制作会社の契約社員が普段立ち入るエリアではないので何事かと訝しんだが、引き返す訳にもいかないので粛々と目的地に向かう。
「失礼します」
軽くノックをしてから室内に入る。高価そうな調度品が輝く中、ディレクターと見知らぬ初老の男性がソファーに座っていた。一般人とは違う風格があるので只者ではないのだろう。
「ああ、来た来た~。こっちこっち!」
「ご用件は?」
「まぁ、取り敢えず座りなよ」
指示されるまま高級そうなソファーに腰掛ける。
「忙しい中呼び出して悪かったね~! 今日は君に紹介したい人がいるんだ。
……こちら不死テレビ専務取締役の一条さんだよ。専務って分かるかな? 簡単に言うとテレビ局の超偉い人!」
「どうも、一条です。なるほど、君が龍田君だね。甥がいつも世話になってるよ」
「龍田翼と申します。よろしくお願い致します」
二人共同じ苗字なので気になっていたが親族という訳か。念のため持参した名刺を彼に差し出す。名刺交換をした後再び着席した。
「君の話は甥から聞いている。まだ若いにも関わらず随分有能な人材だと絶賛していたよ」
「随分じゃなくて『非常に』だから、その辺間違えないようにね!」
「ははは、それは失礼した」
一向に話が見えてこない。こちらから切り出すべきか迷っていると一条Dが真面目な表情に変わった。
「実はさ、龍田くんに一つ提案があるんだ」
「提案、ですか」
「うん。……君さ、局の正社員になってみる気はない?」
その口から思いも掛けない言葉が飛び出した。
「なぜ私なのでしょうか?」
想定外の事態のため若干の混乱が生じている。とりあえず無難な質問をして考えを整理する時間を稼ぐことにした。
「とても使える人間だから、という率直な理由では駄目かな。一緒に仕事をした人達の話を聞いたが皆仕事振りを絶賛していたよ。提案した企画も限られた予算内で素晴らしい成果を出しているそうじゃないか」
専務が温和そうな笑みを浮かべながら答えた。
「テレビ局の新卒社員採用倍率は数百倍だと伺っています。確かに成果は出していますが、そもそも大学すら卒業していない者が入社しては不都合があるかと思いますが」
「高学歴者は能力が高い傾向があるのは確かだよ。だが学業が優秀だからと言って全員が満足な実績が出せる訳ではない。学歴が高くなくても社会的に成功した人達を私はよく知っているのさ」
「確かに例外が存在することは言うまでもありませんが……」
「時代は大きく変わった。情報通信技術が発展し個人でさえ世界に向けて自由に放送が出来る現代で、既存の局は衰退する一方だ。今はまだいいが、20年後や30年後にこの局が生き残るためには多様な経歴、経験を持つ人材が必要不可欠だと思うのだよ」
「その人材の中に私が含まれているということですか」
言っていることに矛盾はないように思える。
「それに龍田くんの場合は事情が事情じゃん。
もし眼の病気がなければ確実に主席で卒業していたって航空大学校時代の教官に電話で聞いたよ。能力・人格共にあれ程優れた奴はいないのでよろしく頼むなんて言われちゃったし~」
「私にお誘いがあった経緯は一通り理解しました。ですが優秀な人材を正社員にという話であれば一条さんが適任なのでは?」
人気番組をいくつも生み出してきたヒットメーカーなのだから年次で考えてもその方が違和感はない。
「私も以前から提案しているのだがね。本人が断固拒否するのだよ」
「コネ入社だって後ろ指刺されたくないじゃん~。それにボクは現場主義だからね。シャレオツなオフィスで難しい顔して働くよりもヘラヘラしながらロケ場所で走り回ってる方が似合ってるって思わない?」
確かにこの人がスーツで真面目に勤務している姿は想像出来ないな。
「で、どう? テレビ局との直雇用で正社員だなんて超絶いい話だって♪ 乗っちゃいなよ、このビックウェーブに!」
「わかりました。その話お受け致します。……但し、二つ条件があります」
「条件!?」
一条Dが思わず立ち上がった。
「こんな良い話なのに条件って……。冗談だよねぇ?」
「いえ、本気です。そもそも雇用契約とは雇用者と被雇用者が双方合意して結ぶもの。被雇用者が条件を出しても何らおかしくありません」
淀み無く断言する。こちらとしては言葉の通り真剣だ。
「どんな条件かな。言ってみなさい」
「テレビ局の社員の場合だと営業や事務、広報など直接番組制作に関わらない仕事があるかと思います。しかし私としては現場の仕事に拘りがあるので転職後も引き続き番組作りを行いたい。それが一つ目の条件です」
「ほほう、それでもう一つは?」
「346プロダクションに七星朱鷺というアイドルがいます。彼女が出演する番組の制作には極力携わらせて頂きたい。それが二つ目の条件になります」
「本当にこの二つでいいのかい? 年収や休み、福利厚生など交渉すべき内容は他にもあると思うのだが」
「それ以外は些細なことです」
「……ほーんと、朱鷺ちゃんのこと大好きだよねぇ~」
彼女の力になることが今の俺の夢だ。好きや嫌いなどという次元の話ではない。
「わかった。それくらいの条件であれば私の方で何とか出来るはずだ」
「無理を言ってしまい申し訳ございません」
「いや、いいさ。君はその条件を呑んででも囲い込んでおきたい貴重な人材だからね。
それに男には何があっても曲げられないことが一つや二つはある。君にとってはその子が譲れないものにあたるのだろう?」
「はい、その通りです」
七星朱鷺というアイドルが輝く手助けをする。あの日誓った気持ちに一切揺るぎはない。
こうして意図しない転職が30分足らずで成立した。
「それでは、コメット『裏定例会』及び龍田くんの出世を祝して~、乾杯!」
「カンパーイ!」
「……乾杯」
琥珀色の液体で満たされたグラスを傾ける。爽快な味わいでメリハリのある喉越しが乾いた体に心地良い。
「普通の居酒屋ですまないね。転職が事前にわかってたらもっと良いお店にしたんだけど」
「いえ、犬神さんが気にすることではありません。私自身唐突な話でしたから」
「でもテレビ局から直にスカウトされるなんてマジスゲーッスよ!」
虎谷君がカシスオレンジを手にしたまま興奮気味にまくし立てる。
「上司の叔父が局の専務でなければこの話はなかったでしょう。縁故入社の様なものですよ」
「いやいや、実力がなければ推薦なんてされないって。もっと自分に自信を持とう!」
「ありがとうございます」
犬神P(プロデューサー)がまるで自分のことのように喜ぶ。この人の良さでドロドロとした芸能界を生きていけるのか改めて心配になってくる。
346プロダクションのアイドルグループ────『コメット』ではPとアイドルとで打ち合わせ兼食事会を定期的に開き様々な情報共有を行っている。しかしその裏でもう一つの打ち合わせが行われていることを彼女達は知らない。
その会が今行われているコメット裏定例会である。参加者は犬神Pと虎谷君、そして私だ。社内外を問わず七星さんと何かしらの関係がある男性陣が集っている。
なお発起人も私である。元々犬神さんとは面識があるし虎谷君や鎖斬黒朱は七星さんから伝え聞いていたので結成は容易だった。コメットの再スタート頃から継続して実施しているので軽く半年以上の付き合いになっている。
「すいませ~ん、生中もう一つ!」
「はいっ、かしこまり!」
開始1時間程経つとアルコールもある程度回ってきた。すると話がいつもの流れになる。
「俺の顔を見る度に七星さんが『キングオブコントの芸人トリオから外せ!』って噛み付いてくるんだけど望みどおりにした方がいいのかな? 面白かったって褒めても白い目で見てくるから超怖いんだ……。笑顔のままスチール缶を握り潰したりして脅してくるし……」
「続けさせる方が七星さんのためになります。それに一人出場ならともかくトリオなので、もし止めたら難波さんや上田さんにも迷惑を掛けてしまいますよ」
「破竹の快進撃で準決勝まで勝ち進んでるんからもうちっとやっても良いんじゃないッスかね。今辞めたら勿体無いですって!」
「そうだよなぁ。とりあえず俺が我慢すればいい話だもんな~……」
なお、裏定例会と銘打ってはいるが内容の半分は犬神Pの愚痴大会となっている。その後も日々の苦労話や被害を涙ながらに吐き出していく。
「やっぱり俺の器じゃ七星さんのPは務まんないのかなぁ。武内先輩や他の有能なPの方が彼女を幸せに出来るのかも……」
「……ッ!」
「はあっ!?」
情けない婚約者のような発言を聞いて私と虎谷君に電流が走る。
経験から判断してこれは実によろしくない状態だ。ストレスレベル5段階(独自制定)の内レベル4に片足を突っ込んでいる。
「いえ、そんなことはありません。七星さんは犬神さんに気を許しているからこそ、好きなことが言えるのです。信頼していない人に暴言なんて吐かない方ですから」
「そうッス! あのツンツンした態度は姐さんなりの愛情表現なんですって!」
「そ、そうかな?」
「ええ、間違いありません」
「外から見ると深い絆で結ばれているように思えます!」
「二人共、ありがとう……。もう少し頑張って対話を試みてみるよ。……ゴメン、ちょっとトイレ行ってくるね」
赤ら顔の彼を見送った後、二人で軽くため息をつく。
「やれやれ、何とかフォロー出来たみたいっスね……」
「今日はいつも以上に闇が深い。七星さん自体はそれ程荒れてなかったはずですが」
「万一辞められでもしたら姐さんの怒りの矛先が俺達に回ってくるから堪んないっスよ。犬神さんには末永くサンドバッグとしての役割を果たしてもらわないと」
「もしPが変わって怒りが発散出来なくなったら被害が何処に飛んで行くか想像が付きませんからね。代えのいない貴重なタンク役なので定期的なメンテナンスが必要です」
「あっ、そうだ! もし犬神さんが壊れたら龍田さんがPをやれば解決しますよ!」
名案を思いついたと言わんばかりの表情だ。
「いえ、それは難しいでしょう」
「どうしてですか?」
「七星さんは本来自由人というか、人に管理されることが非常に苦手なタイプの方です。犬神さんは色々な意味で緩いので彼の下であればのびのび働けますが、私は厳格に管理するタイプなので窮屈に感じるでしょうし遅かれ早かれ暴発します。
魅力を引き出すためとはいえ色々酷いこともしているので、番組で顔を合わせるくらいの距離感が丁度良いんですよ」
「そう言うもんなんスねぇ。女心は難しくてわかんねぇな」
曇った表情のまま軽く溜め息をついた。
「それに犬神さんは凄い力を持っているのでコメットのPを続けて貰わないと困ります」
「いや、どう見ても姐さんに振り回されているだけに見えますって……。耐久力の高さは確かに驚きですけど」
「先日ネット上で大炎上して放送中止になった大手化粧品会社のCMがありましたが、あれは元々コメットにオファーが来ていたんですよ。七星さんも乗り気でしたが最終的に犬神さんが『言いようのない不安感がある』という理由で断った結果、あの惨状が起きて出演タレントを含め叩かれたという訳です」
「へ~、そうなんですねぇ。でもそれって偶然じゃないっスか」
「確認したところ同様の事例が多数ありました。これは推測ですが、犬神さんは人を見る目が優れているだけでなく優れた直感力と豪運を持った方なのだと思います」
「Pとしての実力は一切認められてませんね……」
「運も実力の内と言います。実務能力は後からいくらでも身につけられますが直感力や運は天性の才能ですよ。白菊さんの運勢が上向いているのも彼の影響があるからなのかもしれません」
「だからこそコメットのPを続けてもらわなきゃならんって訳ッスか」
「その通りです」
それに七星さんをアイドルに仕立て上げた彼は俺にとって間接的な命の恩人でもあるから、出来る範囲で支えたいと思っている。
「いや~、ゴメンゴメン。トイレ混んでてさ~」
すると犬神Pが赤い顔のまま席に戻ってきた。本人を前にしてこの話を続けられないので話題を変えなければならない。
「竜虎相搏つなんて言葉があるけど、君達二人はその反対で仲いいよね~」
するとタイミングよく話を振ってくれたので流れに乗ることにした。
「ええ、そうですね。撮影などで人手が足りない時には虎谷君のチームの子達を貸して頂いているので頭が上がりません。当日1時間以内に無償で手配できる人材なんて普通はいませんし、軍人並みに教育されていて使いやすいので本当に助かっています」
「いや、こっちこそウチの元不良共の就職活動を支援して貰ってますんでマジ感謝っスよ。龍田さんのお陰で高卒連中の非ブラック企業への就職率が100%になりましたし」
「七星さんの企業人脈があってこそです。私は少し手伝いしただけに過ぎませんよ」
「それに身近に暴君の如きJCアイドルがいるんで、男連中は結束しないとやってられねえっス」
双方にメリットがある関係なので今後も良い協力体制を維持したいものだ。それは七星さんのためにもなる。
「そういえば来月からテレビ局に転籍なんですよね。現場の仕事はもうしないんですか?」
「そうそう。俺も気になってたんだ!」
「現場の仕事を続けることを転籍の条件にしたので変わりません。これからですが局から今所属している制作会社に出向することになるようです。従来担当していた番組に関してはD兼Pとして担当させて頂きますよ」
「……うわー、一気に偉い人になっちゃった。こ、これからは敬語で話した方がいいかな?」
「いえ、私は私ですから今まで通りで構いません」
そう言うと重荷を下ろしたように清清しい顔になった。だが安心するにはまだ早い。
「さて、これで晴れて私が『とときら学園』などの責任者になりました。そのことが何を意味するかお分かりになりますか?」
「意味すること……?」
二人共怪訝な表情を浮かべる。少しすると意図を察したらしく、不安な感情が湧き出し一気に顔を曇らせた。
「そう、封印されしあの企画達を現世に解き放つ時が来たのです」
「やめっ……ヤメロォーー!!」
騒がしい店内でも一際大きい叫び声を上げる。すると周囲の客がこちらをジロジロと見てきたので声のボリュームを絞って話を続けた。
「龍田さん、マズいっスよ! 例の企画って以前番組PやDから却下されたじゃないですか!」
「今後は私が責任者です。誰にも文句は言わせません」
「公共電波の私的使用の上に職権乱用だって!」
「それの何が悪いのか理解出来ませんね。七星さんが輝く方がその数千倍は重要です」
「せっかくテレビ局に就職して高給と将来が約束されたってのに、どうしてそんな危ない橋を渡る必要があるんスか……」
「クビになったら私の力がその程度だったということ。もしそうなれば別の手段を用いて七星さんの力になるだけです」
「お願いだから自分の人生は大切にしようよ……」
「人が生きるということは夢を見るということです。それを見なくなったら死人と同じでしょう。肩書きや長生きなんてものには何の意味も興味もありません。それに命なんて安いものですよ、特に私のはね」
なにせ一度は死んだ身だ。常時捨て身の人間に怖いものなど何一つ存在しない。
「いや、君がよくても俺が殺されるから!」
「そこは担当Pとして上手くフォローをお願いします」
「それこそむ~りぃ~なんだけど……」
目の中に絶望の色がうつろう。命の恩人ではあるが優先度は七星さんの方が高いので許して頂きたい。
「何で姐さんには頭のおかしい男しか寄ってこないんスかねぇ……」
安心しろ、君もその中の一人だ。悪いが二人纏めて地獄の底まで付き合って貰う。
三週間後、例の企画から一つ選んで実際に収録することとなった。春の番組改編期にとときら学園初の特番が放送されるのでその中に混入する予定である。数ある企画の中では比較的マイルドな内容なので実験としては申し分ない。
「みんな、おはよう」
「おはようございまーす!」
「はよっす!」
スタッフ達に軽く挨拶しながらスタジオ入りすると準備はほぼ終わっていた。典型的なバラエティ番組の舞台構成で、司会者席とアイドル達が座る雛壇、そして観覧席が設けられている。最終確認のため手にした資料の中から出演者リストを取り出した。
司会進行は七星さんを除くコメットの三名が担当し、雛壇の席にはシンデレラプロジェクトやプロジェクトクローネ、七星さんのクラスメイト達が座る。
これだけのアイドルを揃えるのには予算とスケジュールの面で骨が折れたが、成功のためには致し方ないので人には言えない方法も使いながら上手く纏めた。
観客入場と前説を経てようやく本収録に入る。アイドル達が舞台に上がると観客席から一斉に歓声が沸いた。
「皆さんこんにちは~!」
「こんにちは~!!」
司会の白菊さんが挨拶すると観客席から大きな返事が返ってくる。観客の多くが若い女性のためかノリがいい。
「この『ミシロトーーク!』のコーナーは普段瑞樹さんや愛梨さんが司会を務めているけど、今回は特別編なのでボク達が仕切らせて貰うよ」
「で、では早速テーマを発表します……」
森久保さんが言い終わると同時に背部の大型モニターが切り替わった。
「本日のテーマは『どうした!? 七星』です!」
大きな声で発表すると周囲が一瞬静まり返る。
「いや、何ですかこのテーマ! ボク達にもわかるように説明してくださいよ!」
雛壇に座っていた輿水さんが台本通り説明を求めた。リアクションが日に日に芸人に寄ってきているが気のせいだろうか。
「今日のテーマを決めた方が別にいるので、その人から詳細を説明してもらいます……」
「来てくれ。そしてこのマイクに叫ぶといい……キミの奥底にある願いを」
深呼吸してから満を持して舞台に向かう。さぁ、ここからが勝負だ。
ステージに上がると観客の歓声が湧く。七星さんと共に何度か出演したことがあるので一応は認知されているのだろう。
「こんにちは、本番組D兼Pの龍田です。それではテーマについて説明しますが……その前に皆さん、最近の七星さんを見てどう思いますか?」
雛壇席のアイドル達に疑問を投げかける。
「ニェージノスチ。トキは前から優しいですが、最近はもっと優しいです」
「うん。最初に会った時はもっと殺伐としてたから昔より大人しい気がする」
「しぶりんの気持ちわかるな~。テレビに出始めた時みたいなハラハラ感はないもんね~」
「私服も最初の頃は中性的だったけど、今はアイドルらしく可愛い感じになったのにゃ」
「確かにすっかり丸くなった気はしますね。転校直後の頃は滅茶苦茶でしたからボクなんて何度も死にそうな目に合いましたよ!」
「サチコは体育の球技の度に的になってたナ!」
他にも意見を頂くが概ね同じ内容だった。
「ちなみに番組公式ツイッターでアンケートを取った結果、『最近大人しくなったと思う』に賛同のリツイートをした方が1万人以上いらっしゃいました。
コメントも多数頂きましたが『マジメちゃんになってからイマイチ』『姉貴に清純派路線は無理だってそれ一番言われてるから』『おふざけが足りない -114514点』『もっと毒出せよオラァァァン!』『これじゃ台無しだぁ(絶望)』『も ど し て』などと書かれており圧倒的に不評です」
「あ~、やっぱり……」
観客とアイドル達が納得したように頷く。
「ということで今や誰得アイドルに退化しつつある七星さんですが、今回は以前のようにギラギラとした個性派アイドルに更生して貰うためのコーナーなのでよろしくお願いします」
言い終わると観客席と雛壇から一斉に拍手が湧いた。
「ですが本人抜きでこんな話をしてしまって大丈夫なのでしょうか……」
「ご安心下さい、鷺沢さん。本日の主役である七星さんはテレビ局の楽屋でこの収録をリアルタイムで見ています。そのため陰口にはなりませんので皆さん言いたいことを好きに言って下さい」
「は~い! みりあもがんばる~♪」
本人には収録直前まで企画内容を伏せていた。今頃あの楽屋は世界で一番立ち入りたくないパンデモニウムに変化しているだろう。
「それでは早速年表を使いながら七星さんのアイドル史を振り返っていきましょう」
大型モニターに彼女の経歴が書かれた年表が表示される。
「これまでの歴史ですが、大きく分けて三期に分類されます。アイドルデビューから体力系仕事で色々やらかすまでの『ギラギラ期』、キャラが定着して人気が出てきた『調子ノリ期』、そしてシンデレラと星々の舞踏会以降の『どうした期』に分かれる訳ですね」
「それではギラギラ期から始めていこうか。デビュー前に最初に撮った宣材写真がこちらだよ」
二宮さんの合図に合わせて写真が表示された。そこには完璧な笑顔を浮かべた少女が佇んでいる。いや、完璧過ぎて却って胡散臭い。
「うっきゃー! かわいいにぃ☆」
「確かにこれだけ見ると清純派アイドルに見えなくもありませんね」
「あはははー。ありすちゃん辛ラツー♪」
「す、すみません! つい……」
「でもこれがまさかああなるとは誰も思わないよなぁ」
「朱鷺には悪いけど奈緒と同じ意見、かな」
北条さんが申し訳なさそうに呟くが世の中の大半が思っていることだから気にする必要はない。
「知名度はほぼなく世間的には趣味がちょっとおかしいアイドルくらいの認識でした。無事デビューしてから地道な下積み仕事をしていた訳ですが、ある出来事をきっかけにその路線が大きく変貌します」
「で、では続いて朱鷺ちゃんが打ち立てた伝説を見ていきましょう……」
「暴走の始まりは横浜ビースターズVS中日コモドドラゴンズ戦の始球式でした。アイドルとして普通に可愛く投げれば良いものをとんでもない球を放ちます。その時の貴重なVTRがこちら」
すると大型モニターの画像が切り替わった。左右に高速移動しながらキャッチャーに向かう恐ろしい魔球の動画が表示される。
「あ~、これこれ☆ 一緒に動画見てたお姉ちゃんが牛乳吹き出しちゃってたよ~☆」
「今なら割と普通に感じるけどさ~。当時は意味わかんなくてCG説もあったね~」
「ちなみにこの魔球を捕球したビースターズの戸木主捕手にその時の話を伺ったところ『一瞬走馬灯が見えた』とのコメントを頂きました」
「道理でスカウトが殺到する訳だよ……。確かにロックではあるけど私には真似出来ないな」
「これはまだ序の口です。他の輝かしい実績もどんどん見ていきましょう」
その後も無人島生活やITACHI、翼人間コンテストなど本人が黒歴史認定している経歴を順を追って紹介していく。アイドル達も当時を懐かしむように色々なコメントをしていった。
「以上のようにギラギラ期の七星さんは様々な伝説を打ち立てていきました。しかし彼女がなぜこのような暴走に至ったのかはあまり知られてはいません」
「なぜって……。人気を集めるためじゃないんでしょうか?」
島村さんが不思議そうに首を傾げる。
「確かに合ってはいますがその裏には聞くも涙、語るも涙の物語があるのです。その説明はコメットの皆さんからして頂きましょう」
司会の三人に話を振る。事前に打ち合わせ済みなので落ち着いた様子だ。
「今だから言えるけど、コメットは元々シンデレラプロジェクトを成功に導くためのプロトタイプだったのさ。ボク達のプロデュースの結果を分析して後の子達に活かす予定だった」
「……でも事情があって結成が遅れてしまって。デビューした頃にはもうシンデレラプロジェクトがデビュー間近で……。それなら存在意義がなくて人気もないもりくぼ達は解散させようかって話が事務所の偉い人達の間で決まりそうになったんです」
「私達やPさんはその方針に反対しました。特に朱鷺さんはユニットで活動したいって強く思ってくれていたから、人気と知名度を一気に上げようとして一人で目立つ行動を始めたんです。誰にも相談せずに無理して最後は倒れてしまいました」
彼女達の口からあの暴走の真相が語られた。社内の機密事項を暴露して大丈夫かと一部のアイドルは心配そうな様子だが、アイドル事業部の統括重役である美城常務には事前に話を通している。
『誇りある美城として、犯した過ちは公表し正さなくてはならない』と言っていたが、汚名返上に力を貸すあたり彼女も彼女なりに七星さんのことを気にかけているのだろう。
「そんなことがあったなんて知らなかったにゃ……」
「みりあ初めて聞いたよ~」
「事務所内では噂になっとったが、知るとシンデレラプロジェクトの皆が無用な罪悪感を感じるけんね。朱鷺ちゃん達の依頼で伏しぇられとったばい」
「すみません。私達のせいで……」
「智絵里が謝ることではないさ。それに理想へと至るのは困難の連続だ。平坦な道程などありはしないのだろう」
あの暴走があったからこそ俺は今この場に立っている。人の運命はどう転ぶか本当にわからないものだ。
「ということで、無事パワー系アイドルとしてキャラが確立した七星さんは主にバラエティの分野で優れた才覚を発揮していくことになります。それでは勢いが出てきた調子ノリ期の活躍をご紹介しましょう」
DIOでのライブやRTA傑作シーン、アイドル格付けチェック不正解集、渋谷ゴスロリスキップなどの痴態をDIEジェストで紹介していく。迷シーンの度に会場が爆笑の渦に包まれた。
「やはりこの天才と朱鷺の体力があれば不可能はないな!」
「捕れたてのサメ料理は美味しかったれす~♪」
「ゴスロリ服から零れ出るお山がセクシー……エロいッ!」
雛壇席のアイドル達は笑いながらもフォローを入れてくれるため不快感はない。クラスメイトやサポート役として世話をしていた子を呼んでいるので皆爆笑エピソードを交えながら頑張って彼女の良い所をアピールしてくれている。
編集を考慮しても十分な撮れ高が確保できたので本日のメインテーマに入ることにした。
「このように皆が知っている七星さんのままで独自路線を突き進んで頂ければよかったのですが、『シンデレラと星々の舞踏会』の後から雲行きが急激に怪しくなりました」
「一体どんなふしぎなことが起こったんだッ!?」
「それがこちら」
合図に合わせて大型モニターの画像が切り替わる。
「清純派アイドル転向策謀期────通称『どうした期』です」
すると出演アイドル達の表情が一斉に曇った。どうやら心当たりがあるようだ。
「舞踏会以降、朱鷺さんは既存のイメージを覆そうと色々な作戦を実行に移しました。手始めとして行ったのが料理レシピ本の出版です」
白菊さんが本のサンプルを手に取る。本の表紙には『トキちゃんの七つ星節約レシピ♥』というタイトルと笑顔の七星さんが写っていた。
「見て下さいこの可愛らしいエプロン姿! 普段の彼女から想像できますか!?」
「ないなー。フリル付きのハート型エプロンとか絶対好みじゃないって」
神谷さんが反射的に首を振って否定する。
「……他にはブライダルのCMでウエディングドレス姿になったり水着グラビアの撮影でビキニになったりしていました。今までの朱鷺ちゃんなら『恥ずかしくて死ぬから無理!』って言っていたはずです……」
「ま、まさか……。スク水しか持ってないあのビームちゃんがビキニなんて嘘だよ!」
雛壇が一斉にざわつき始める。
「いえ、残念ながら事実です。更には映画祭の審査員やエッセイの執筆、ゲーム業界人との対談などといった文化人の真似事までしている有様です」
全く、俺に隠れて小賢しい真似をしてくれるものだ。
アイドルらしい仕事や知的な仕事の比率を少しずつ上げることで清純派アイドルに転向できると本気で思っているのだから笑わせてくれる。
俺としても可能であれば清純派アイドルとしてトップに立って欲しい。しかし残念なことに今やアイドル業界は過当競争時代。765プロのような古豪や283プロなどの新興勢力が活躍をする中、清純派アイドルという
闇にまみれた彼女がトップアイドルになるためには『武闘派ガバガバ系バラエティアイドル』という路線で
「なお先程のレシピ本は美城出版から絶賛発売中です。実用的な内容でレビューサイトでも高く評価されており発売早々重刷となっていますので、ご興味のある方はお早めにお買い求め下さい」
本の宣伝を入れつつ番組の進行を続ける。
「クサジャリェーニユ。トキはありのままで十分素敵です。だから、自分を偽ってしまうのはとても残念です」
「自分を曲げるのは格好良くないにゃ。強い個性があるんだからそれを貫いた方がいいにゃ」
「ああ、ボク達も同じ気持ちだよ。だからこの機に皆の声を聞いてもらおうと思ったのさ」
「頑張っても朱鷺は朱鷺だって。清純派が無理なのは自覚してるんじゃないの?」
「いえ、双葉さんの考えに反して気分はすっかり清純派アイドルですよ。『女子力の高いアイドル特集♪』という偽企画のインタビューで本人に質問したところ驚愕の回答が多数返ってきました」
手元の資料を確認しつつ話を続ける。
「例えば最近ハマっていることは何かという質問には『サイクリング』と答えています。『クロスバイクに乗り心地いい風と木漏れ日を感じた後、木々に囲まれたカフェで優雅に紅茶とケーキを頂くのがオフの楽しみなんです♥』と語っていました」
「絶対ウソだーーーーーーーー!!」
アイドル達が口々に声を上げた。なぜこんな見え透いた嘘をつくのか、これがわからない。
「ご家族の協力の下、検証のため七星さんの愛車をお借りしてきました。それがこちらです」
ADに目で指示をすると自転車が舞台に運び込まれてきた。
「……完全にママチャリだよね」
「うん。それに作りが結構安っぽい」
「うわっ! これ前カゴがベコンベコンじゃん!」
「ベルも壊れてる……」
「フレームにも歪みあるな」
散々な言われようだが実際にボロいのだから仕方がない。カゴがへこんでいるのは鎖斬黒朱のメンバーを数回跳ね飛ばしたことが原因なのだが流石に放送できないので黙っておく。
「お母様に確認しましたがフリーマーケットで販売されていた中古自転車だそうです。『売値五千円を千円に値切ってやった!』とホクホク顔で語っていたと伺いました」
「普通に新品買えばいいじゃん!」
「ビームちゃんはケチじゃないけどお金には恐ろしい程シビアだから……」
「それに朱鷺の脚力は異常だからな。普通の自転車だと丁寧に使っても半年もたないから安いものを定期的に購入していると人力飛行機製作時に聞いたことがある」
「いずれにしてもこれで優雅にサイクリングは無理がありますね……」
「問題発言は他にもあります。次に行ってみましょう」
自転車を舞台端に移動させてから話を続ける。
「アイドルとして気をつけていることは何かという質問への回答も興味深いです。『体が資本なので食事には気をつけてます~。最近はオーガニック食品にハマっていますね~。……ジャンクフードやファストフード? も、もちろん論外ですよ』とのことですが……」
「ナターリアはそんな話一度モ聞いたことないナ。昨日も大盛りラーメンと餃子と半チャーハンのセットを食べてたゾ!」
「アピスの肉片と黄金の宝珠の融合を食すのが至上の喜びだと過ぎ去った日に語っていたが……」
「あ、アピスの肉片?」
「吉のん家の牛すき鍋膳が最近のフェイバリットだとこの間朱鷺が言っていたのさ」
「言いよることが全然違うやんか!」
「サバイバル企画でキングサーモン獲って生で食べてた時点でオーガニック(笑)だよね……」
「大抵のものは焼いて塩かければ食べられるんですよと言っていた頃に戻って欲しいです」
その後も理想と現実のギャップを白日の下に晒していった。
「さあ、それではいよいよトキの登場だよ」
「いよっ、待ってました~!」
番組も佳境に入り本人登場の時間がやってきた。すると雛壇と観客席から一斉に拍手が沸く。
「今までのやりとりは全て楽屋で見ていました。朱鷺さんからの反論などもあると思いますので、登場して頂きましょう」
「……朱鷺ちゃん、どうぞ~」
コメットのデビュー曲と万雷の拍手が流れる中、七星さんがフラフラと姿を現す。目は虚ろで顔に憂愁の影が差していた。
「ぬわーーーーーーーーっっ!!」
断末魔の叫びをあげてその場に倒れ込む。次の瞬間スタジオが爆笑の渦に包まれた。
精神的に大ダメージを喰らったためかヤムチャの死亡ポーズのまま動けないので、捕獲された宇宙人の様に抱えられながら特設席に座らせられる。
「今までの話を聞いていかがでしょうか?」
「いや、あの頃の私が好きだって言われても俯瞰で見てたら三種類のドアホじゃないですか……。どのシーンを切り取ってもアホなら救いようがないです……」
「そ、そんなことないよ」
「『ミシロトーーク!』って普段のテーマは好きなものや趣味とかでしょう? それなのに『どうした!? 七星』ってメッセージ色が強過ぎますって!」
「ちょ、ちょっと落ち着こう、ね? そうだ、楽屋にお菓子があるよ!」
「ここまで恥を晒されたのなら、もはや死ぬしかないじゃない! 誰か、早く私を殺しなさい! くっ……殺せーーーー!」
三村さん達が頑張ってフォローしようとしたが七星さんの感情スイッチが入ってしまった様だ。ここは上手く抑えるしかない。
「番組としてもそれだけ危機感を持っているということです。話は戻りますがあのインタビューについて弁明はありますか?」
「あ、あれはインタビュアーの人が私の女子力が高いって散々持ち上げてくるから……。自分でもそうなのかなって気になってきたんですよ」
「それで、つい嘘を?」
「う、嘘じゃないです! ……まぁほんのちょこっとだけ話を盛りましたけど」
罪を認めようとしない姿勢は視聴者ウケが悪いので徹底して攻めることにする。
「化粧品は全てお店の人任せなのに自分でセレクトしているとのコメントですが」
「うぅ……」
「オシャレな服を眺めながら優雅にウィンドウショッピングをしていると言いつつ実際買っているのはPCパーツやガンプラなのはなぜなのでしょう?」
「やーめーてー! 嘘ですごめんなさいすみませんでしたぁ!!」
顔を真っ赤にしてその場で転がる姿を見てスタジオ中に笑顔の花が咲いた。
「でもさ、朱鷺ちゃんはそのままで十分ロックなんだから別に路線変更する必要なくない?」
「バラエティの仕事は嫌じゃないですけど、やっぱり私はステージの上で歌って踊るのが大好きなんですよ。それに……」
「それに?」
「同じユニットの中に一人だけ異様な路線のアイドルがいたら、他のメンバーに迷惑を掛けてしまうじゃないですか」
ポツリと呟いた後、なんともいえず悲しそうな顔をした。するとコメットの子達が七星さんに駆け寄る。
「そんなことありません! 朱鷺さんは朱鷺さんのままでいて下さい!」
「迷惑だなんて、思ったことはないです。そんなことを言ったらもりくぼの方が百倍迷惑かけてますから……」
「虚飾の衣に包まれるのはキミらしくない。コメットが幸せな夢幻か、それとも悪夢幻かはわからない。だがどちらにしても、ボクは最後まで付き合うさ」
「み、みんな……」
そのまま四人で抱き合う。感動的な雰囲気のまま無事収録が終わった。
「お疲れ様でした~!」
撮影後、七星さんがトコトコとこちらに近づいてくる。笑顔ではあるが怒りを奥底に抱えていることが丸わかりだ。
「これはこれは。本日は大変お疲れ様でした」
「……全く、貴方にはいいようにやられましたね。残念ながら今日は手玉に取られましたが、私はまだ清純派アイドル路線を諦めた訳ではありませんよ!」
「ええ、構いません。私は路線変更の都度、七星さんの進路妨害をするだけですので」
「番組D兼Pなので今は手出し出来ませんけど、いつか潰しますから覚えておきなさい!」
「その時を楽しみにしています」
「……くっ! ばーかばーか、ばぁ~~~か! 貴方なんてカレーうどんの汁が毎回跳ねる呪いにかかってしまいなさい!」
子供のような捨て台詞を吐きつつ涙目で敗走した。
「ふぅ……」
とりあえず無事に収録を終えて安堵する。
これで今日のノルマ────暴走の真相を明らかにしながら七星さんの好感度を上げつつ書籍などの宣伝を行い、更に誰得路線への転換を妨害するという目的は達成出来た。
だがこれは始まりに過ぎない。トップアイドルに押し上げるための企画はまだまだ控えているので頑張ってもらわねば。
七星さんのためになるのなら何でもしよう。その結果、蛇蝎の如く嫌われたとしても構わない。
それでも、俺は貴女が幸せになれる世界を望むから。