ブラック企業社員がアイドルになりました   作:kuzunoha

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番外編① 吾輩は幼女である

 吾輩(わがはい)は幼女である。名前は七星朱鷺。

 都内某所の高級住宅街にて生を受けた。両親は共に腕利きの医者で、やや変わり者ではあるが基本的には人格者であり一人娘である吾輩を猫可愛がりしている。

 繁盛している開業医の令嬢という身分なので順当に行けば順風満帆な人生が約束されているであろう。だが幸福を阻害する問題が複数ある。

 その最たるものは、吾輩が前世の記憶を持ち越しているという事実だ。

 

 前世の吾輩はしがない雄の社畜であった。油虫よりも黒光りする暗黒企業にてトラック運転手、訪問販売、底辺SE、介護、警備、土方、小売など様々な業務に挑んだのだ。いずれも過酷な仕事であり死にかけたことも一度や二度では済まぬ。死ぬ思いで稼いだ金の多くが医療費として搾取されるという無為無駄無残な人生である。

 そして最期には過重労働による過労にて無様に討ち死にするという末路に至った。残念だが当然の結果だと言わざるを得ない。所詮この世は搾取する者が強いのであり、持たざる愚者は惨めに死ぬしか無いのだ。

 

 無慈悲な生からようやく開放されたと安堵したが、気まぐれで加虐心の強い神に目を付けられ再び生を受けることとなった。生に執着していない吾輩が生まれ変わるとは何とも皮肉なことであるが、一度生まれてしまったものは詮方(せんかた)無い。恥辱にまみれながらも生きるしか無いのである。

 そう自分に言い聞かせ、今日も吾輩は修羅の門を潜る────

 

「着いたわよ~、朱鷺ちゃん♪」

「わ~い、保育園ら~!」

 そう、保育園という無間地獄へ向かわねばならぬのだ。ファッキューゴッド、グッバイゴッド。

 

 

 

「おはようございます~」

「あらおはよう~!」

 現実逃避のため『吾輩は猫である』ごっこをしていたらいつの間にか保育園に着いていました。お母さんが周囲の母親達と挨拶している間に電動自転車のチャイルドシートから降りて地面に着地します。

「最近暖かくなってきたから花粉症の患者さんが多くて~。もしかしたら迎えが遅くなるかもしれないけど、我慢してね~♪」

「うん、大丈夫!」

「朱鷺ちゃんは良い子ねぇ~。えらいえらい♥」

「えへへ♪」

「先生の言うことをちゃんと聞くのよ~」

「は~い!」

 お母さんの乗った電動自転車が見えなくなるまで笑顔で手を振り続けます。そして見えなくなった瞬間、偽りの笑顔を剥ぎ取りました。

 

「あ~、正直しんどい」

 普通の幼児のフリをするのがこんなに疲れるなんて今の身分になるまで気付きませんでしたよ。まぁ気付くほうがおかしいんですけど。

「死にたいですねぇ……」

 前世の口癖を呟きながらトボトボと園内に向かいました。

 

「わーい! まてまてーーー」

「さいくろん、じょーかー! じょーかーえくすとりーむ!!」

「ぐわー、やられたー」

「さぁ、おまえのつみをかぞえろ!」

 私のクラスであるさくら組の教室に入ると早速男子共がはしゃいでいました。全く、この元気はどこから来るのでしょうかね。累計年齢40歳の身としては到底理解出来ません。

 動物とあまり変わりない園児達には付き合っていられないので隅っこの定位置に陣取りました。周りの子達が遠巻きに私をチラチラ見てきますがいつものことなので無視します。

 

「みんな~、おはよう!」

 すると少しして担当の保育士が教室内に入ってきます。その後ろには見慣れない女の子が緊張した面持ちで立っていました。年齢的には小学校高学年くらいでとても可愛らしい子です。

「皆さんお静かに。今日は新しいお友達を紹介するわ。さ、亜里沙ちゃん、自己紹介お願いね」

「は、はい!」

 おずおずと一歩前に進みました。先程よりも緊張の度合いは高まっているようです。

「みんな初めまして! 私の名前は持田亜里沙(もちだありさ)です。保育士さんのお仕事に興味があったので、親戚のお姉さんにお願いしてこの園のお手伝いをさせて頂くことになりました。春休みの短い間だけですが、よろしくおねがいします!」

 そのままペコリと一礼しました。なるほど、親戚の保育士にお願いしてボランティアで仕事体験をしに来たということですか。給料が出ないのによくやります。私だったらお金の出ない仕事は死んでもやりません。いや、むしろお金を払いますから早く死なせて下さい。

「わ~い、あたらしいせんせいだ~!」

「こんにちわ~!」

「かわいい~~♪」

「はわわっ!」

 園児達が早速持田さんにまとわりつきますが私には関係のないことです。まぁ若い子同士で仲良くなって頂ければいいんじゃないですかね。心底どうでもいいです。

 

 

 

 朝の挨拶が終わり自由時間となりました。園児達が一目散に中庭へ駆け出していく中、私は逆方向へ歩き出します。

「今日も屋上に行きましょうか」

 騒音と人目を避けるために一人で屋上に向かいます。もちろん屋上への扉の鍵は掛かっているので鍵穴にヘアピンを差し込みました。シリンダー内部のピンをカリカリと削るように移動させると、カチャリと言う音と共に扉が開きます。

 鍵修理会社での勤務経験がこんなところで生きるとは思いませんでしたよ。連続72時間勤務がザラのブラック企業でしたけど。

 定位置に着くと家から持参したリュックサックを開き、いつものセットを取り出します。

「あの~、七星さん?」

「……何でしょうか、持田さん」

 振り向いて彼女に対しけだるげに返事をします。気配は感じていたものの反応するのが面倒なので無視していたのですが、声を掛けられてしまっては答えざるをえませんでした。

 

「えっと、ここで何をしているのかなって……」

 私の返事が威圧的だったためかやや口ごもります。別に脅しているつもりはありませんよ。他人と関わることが超絶ダルいだけです。

「自由時間ですから自由に過ごしているだけです」と言いながら新聞を手にしました。

 経産、嫁売、全経、夕日、米日といった主要紙だけでなくブロック紙や地方紙もあるので結構な量です。

「何種類もあるけど全部読むの?」

「一紙だけだと傾向が毎回同じですし主義思想が偏ってしまうんですよ。どんな商談相手にも対応できるよう複数紙に目を通すのはビジネスマンの基本です」

「……七星さんって何歳?」

「4歳ですが何か?」

「えぇ……」

 これは完全に引いてますね、間違いない。まぁあえて引くような回答をしたので狙い通りではあります。

 

「他の子と一緒にお外で遊んだりしないの?」

「趣味嗜好が大きく異なるので難しいです。それに私が一緒に遊ぶと大惨事になりかねませんから一人で静かに過ごすのがお互いにとって有益なんですよ」

 小説や新聞、携帯ラジオ、ポータブルDVDプレイヤーなど暇を潰すための道具は持参しているので一人でも十分過ごせます。家では純真な娘を演じなければいけませんが常時演技していると精神が壊れるので保育園では素の自分でいることにしていました。

「でも一人だと寂しいでしょう?」

「いいえ、全然。むしろ一人の方が落ち着きます。だから持田さんも私に関わらない方がいいですよ。この園の保育士達と同じようにね」

「だけど……」

「すみません。お花を摘みに行ってきますのでこれで失礼します。もしお暇でしたら壁にでも話していて下さい」

 なおも食い下がろうとする持田さんを置いてその場を去りました。冷たいようですが彼女のためです。私みたいな21世紀の精神異常者と付き合って貴重な青春を浪費する必要はありません。

 

「いっただ~きます!」

「いただきまーす!」

 暫くするとおやつタイムになりました。この時間は教室内にいなければいけないので渋々園児達と合流します。

 テーブルの隅の方で今日のおやつを黙々と食しているとまたも持田さんが近づいてきました。

「朱鷺ちゃんだけ別メニューだけど何でなの?」

「さぁ、なぜでしょうか?」

 他の園児にはクッキーやマドレーヌといった甘いお菓子が配られている中、私には柿ピー、チータラ、ビーフジャーキーといった乾き物が配給されています。菓子より乾き物が好きだという話を以前保育士にしたので忖度(そんたく)したのだと思います。

 

「ちょっと、亜里沙ちゃん! こっちこっち!」

「あ、はい」

 雑談していると持田さんがクラス担当の保育士に呼び出されました。話の内容は大体予想できますが念のため探っておきましょうか。

「…………」

 意識を耳に集中します。ふっふっふ、この七星朱鷺のデビルイヤーを持ってすれば内緒話など筒抜けなのですよ。すると二人の会話が明瞭に聞こえました。

 

「朝にも言ったけど、お願いだから七星さんには極力関わらないでね」

「なぜですか?」

「亜里沙ちゃんにはあまり言いたくはなかったんだけど……。実はあの子、以前あのクラスを担当していた保育士を退職に追い込んでいるのよ。それに園の管理不備やミスを的確に指摘してくるから対応に困っているの」

「そんな悪い子には見えませんけど……」

「今日会ったばかりだからそう言えるのよ。反論しても完璧な理論武装で追撃してくるからウチの園では『ミス・アンチェイン(繋がれざる者)』と呼んで絶対に刺激しないルールを設けているの。もし機嫌を損ねると亜里沙ちゃんも何をされるかわからないからあの子には関わらないこと、いいわね!?」

「ミス・アンチェイン……」

 予想していたとおりの内容だったので会話の追跡はそこで切り上げました。散々な言われようで草も生えません。

 

 彼女の言う通り以前私のクラスを担当していた保育士を退職に追い込んだというのは本当です。

 ですがその保育士に致命的な問題があったという事実は知られていません。私は上手くあしらいましたが、他の女児の衣服をめくったり下半身を執拗に触ったりといったアレな行為を繰り返していました。要はロリコンです。

 私も前世では無認可保育園で保育士をしていたのであのようなド外道はどうしても許すことが出来ませんでした。ああいう不心得者がいるから真面目に働いている保育士に嫌疑の目が向けられてしまうのですよ。

 他の先生に再三報告しましたが園児の戯言として真面目に取り合って貰えなかったので自ら動くしかなかったのです。

 あの手この手で心を折り二度と保育士が出来ないくらいに追い込んだのは良かったのですけど、そこからがよろしくありませんでした。なんと退職時に八つ当たりで私に関する悪評をぶちまけたのです。その内容の殆どは事実無根でしたが他の職員から疑念の目を向けられました。

 

 以前から施設の管理不備やミスを指摘していて厄介者扱いされていたこともあり、保育園内で完全に孤立したという訳です。家族に報告されていないのは不幸中の幸いですけどね。

 周りのためにと善意で行った行為が仇となるのは前世からのお家芸とも言えます。自分に被害が及んでいる訳ではなかったので見て見ぬフリをするのが賢い選択だったのでしょう。

「死にたいですねぇ……」

 ついつい口癖が出てしまいました。結局、生まれ変わっても馬鹿は馬鹿のままです。

 だから私は決めました。これからは困っている人がいても絶対に助けません。泣いている人がいたら全力で無視します。助けを求められても笑顔でオ・コ・ト・ワ・リです。

 トラブルの原因となる他人とは極力関わらず、植物のようにひっそりと平穏な一生を過ごすことが二度目の人生の目標になりました。

 それこそ、絶望感と虚無感に支配された私がこの人生を上手くやり過ごす唯一の方法です。

 

 

 

「……で、なぜ持田さんがここにいるんですか」

 その翌日、自由時間になったのでいつものように屋上に向かうと先客がいました。

「はーい、今日はありさ先生といっしょに遊びましょ~♪」

「いや、私に関わるなと言われたばかりでしょう!」

 屈託のない笑顔を見せる彼女に対し冷静にツッコミを入れます。

「そうだけど、七星さんと一緒に遊びたいっていうお友達がいるから来ちゃったの」

「お友達?」

 周囲を見回しましたがそれらしい園児はいません。

「はーい、この子はウサコちゃん! 仲良くしてくださいねぇ。ぺこりー」

 すると隠していた右手を見せます。その手にはウサギらしきパペットが収まっていました。

 

「いや、そんな人形で騙される歳ではないんですけど」

「ウサウサ、人形じゃないウサ!」

「は、はぁ……」

 昨日はやや弱気な印象でしたが、このウサギ人形を持ってからは妙なプレッシャーを感じます。その雰囲気に若干飲まれてしまいました。

「それじゃあ改めてご挨拶しましょう。よろしくウサ、朱鷺ちゃん♪」

「じゃあよろしくお願いします、うさみちゃん」

「うさみじゃなくてウサコだウサ!」

「そうでしたっけ?」

「あと私のことは持田さんじゃなくてありさ先生って呼んでね」

「ありさ天帝(てんてい)?」

「先生です!」

「はいはい、わかりました」

 こうして持田亜里沙feat.ウサコと遊ぶハメになってしまいました。私は一人が好きなんですから放っといてくれればいいのに。

 

「今日は朱鷺ちゃんが好きそうなものを色々持ってきたんですよ」

「ほう、どんなものですか?」

「一つ目はこれです!」

 そう言いながら長方形のケースを取り出しました。どうやらDVDのようです。

「今女の子達の間で人気が急上昇しているJKアイドルのライブDVDです。朱鷺ちゃんの持ってきたプレイヤーで一緒に見ましょう?」

「フフッ……。何かと思えばアイドルとは笑わせてくれますね」

「アイドル、嫌いなの?」

「別に嫌いじゃないですけど、アイドルなんて自己顕示欲の塊で自分大大大好きな痛々しい奴らじゃないですか。際どい衣装を着て大勢の前で歌って踊るなんて、超クッソ激烈に恥ずかしいことをよくシラフで出来ると思いますよ」

「朱鷺ちゃんは凄く可愛いからアイドルに向いているウサ」

「私ですか? アイドルなんて恥の極みな仕事は絶対無理です。天地がひっくり返ってもありえません。それに売れたら事務所に酷使されますし売れなかったら枕営業なんでしょう? どっちにしても地獄です。そうに決まっています」

「そこまで言い切らなくても……」

「もし私がアイドルになるような事態になったら全裸で町内一周でも何でも余裕でして差し上げますよ」

 ホントありえませんけどね、あはははははは。

 

「ア、アイドルが嫌ならオセロなんてどう?」

 そう言いながら携帯用のオセロを差し出しました。100円ショップで売っていそうな安っぽい感じのものです。

「ええ、いいですよ。お相手します」

「それじゃあゲーム開始!」

 こうして決戦の火蓋が切られました。

 

「パーフェクト負け……だと……?」

「勝ったウサ~!」

 決着が付く頃には盤上が純白に染め上げられていました。おかしい……こんなことは許されない……。

「い、今のはフェイント! 次こそ本番の勝負ですっ!」

「フフッ。いいですよ。納得するまで何度でもお相手します」

 結局次戦も一方的に虐殺されるという有様です。可愛い顔してこの子割とやるものですね。

「うんが~~~~!」

 その後もトランプやボードゲームを一緒にやりましたがいずれもワンサイドゲームと言う結果でした。最近の子供には接待ゲームという概念がないから困ります。

 対戦に熱中しているとあっという間にお迎えの時間が来ました。

 

「それじゃあ明日も遊びましょうね~♪」

「その前に、最初の質問に答えて下さい」

「最初の質問って?」

「私に関わるなと言われたばかりなのに、何故一緒に遊ぼうとしたのかについてですよ」

 わざわざ禁を破るくらいですから何かしらの理由があるはずです。

「やっぱり朱鷺ちゃんは悪い子だとは思えないから、かな。それに最初に会った時はとっても寂しそうに見えたし」

「寂しそう? この私が?」

 いやいやいや、それはないです。生まれたこの方、己の力で生き抜いてきた私が仲間を求めるなんてありえません。

 

「先生達はあんな風に言っていたけど見えない所で頑張ってたって園児の皆から話を聞きました。乱暴な男の子達に突き飛ばされて怪我したのを朱鷺ちゃんが治してくれたって言っている女の子もいたから、絶対に良い子だって確信したんです」

「……たまたま倒れていたから助けただけです」

 恐らく同じクラスの子が喋ったのでしょう。この園の本当の問題児である双子の兄弟はよく悪さをしているので巻き込まれてしまう子もいるのです。親が代議士のため保育士達も見て見ぬふりをしているので少し前までは私が裏でフォローをしていました。ミス・アンチェイン呼ばわりされてからは一切止めましたけど。

 

「クラスの子達は朱鷺ちゃんのことを嫌いじゃありません。朱鷺ちゃんだって皆が嫌いな訳では無いでしょう? だから私を通じて仲良く出来たら良いなって……」

 なるほど、そういうことですか。少々お節介ではありますがありさ先生はとても良い子ですね。ここの保育士達より余程人間ができています。

「……確かにクラスの子達が嫌いな訳ではありませんよ」

「それなら……」

「私が嫌いなのは────人間そのものです」

 もちろん、自分自身も含めて。

 

 

 

「な~んか中二病患者みたいな痛い発言しちゃいましたねぇ。あ~、死にたいです……」

 帰宅後ベッドの上で横になると先程の発言が痛々しく思えてきました。人間そのものが嫌いとかクサすぎてホントマジで激痛です。

 でもある意味本音ではありました。今年で累計年齢40歳になりますけど人と関わってロクな目に遭ったことがありません。レスホーム時代の師匠だったシゲさんとの暮らしなど極稀に良かったこともありましたが99.9%は辛い思い出です。

 母親や先生や同級生からは蔑まれ、経営者にはこき使われ、客からは罵声を浴びせられ、同僚には妬まれるという難易度ハイパーエクストリームな人生を歩むと人を信じられなくなるのです。

 今の両親のことは心から信じていますが、それでも前世の記憶持ちだとバレないよう薄氷を()む思いで日々を生きているのでした。

 

「何で生まれ変わってしまったんでしょうか……」

 今まで何千回も繰り返してきた問いを口にしました。前世であの神様に死を告げられた時は驚きが大きかったのですが同時に安堵もしていたのです。これで辛く苦しいだけのクソみたいな人生にやっと終止符が打てるとね。

 そう胸をなで下ろしていたのに意図しない二周目が始まってしまったので心底失望しました。私が生まれた時には喜びの涙ではなく絶望の涙を流していたのです。

 世の中には生きたくても生きられない人や生きていれば社会に大きく貢献出来た人が無数にいるというのに、底辺のゴミ虫である私なんかが選ばれてしまって本当に申し訳ないですよ。これも全てあの天の邪鬼な神様のせいです。

「よいしょっと!」

 余計なことを考えているとどんどん落ち込んできました。お酒を飲める身分ではないので、こういう時はスマイル動画でも見て気分を紛らわせるに限ります。

 

「う~ん、やっぱりないですか」

 RTAで検索したところ無編集のものしか見当たりません。前世では解説付きのRTA動画が人生の数少ない楽しみだったのでがっかりです。

 この世界と前世は結構異なっていて偉人や有名人もかなり違っていますから、前世でRTA動画を投稿していた有名人が存在していない可能性があります。

「はぁ……寝よ寝よ」

 諦めてベッドに潜り込みました。

 

 

 

「バー○ラバ○ラバー○ラ求人♪ バー○ラバ○ラ高収入~♪ 即日稼げるお仕事、バ○ラ♪ バー○ラバ○ラ体験入店、今から稼げるアルバイト~♪」

 風俗店の求人CMソングを口ずさみながら今日も保育園の屋上に向かいます。昨日あれだけ痛いセリフを放ったのですからありさ先生だって流石に私を見放したでしょう。

 これで静かな生活に戻れます。そう思って屋上への扉に手をかけるとそのまま開きました。

「おはよう朱鷺ちゃん! 今日はありさ先生とおうたのレッスンですよ~♪」

「ファッ!?」

 すると彼女が笑顔で待ち構えていました。思わずその場でズッコケます。

 

「な、なんでここにいるんですか……」

「皆で仲良く出来たら良いなって言ったでしょう?」

「いや、ですから私は人間そのものが大嫌いなんですって!」

「今は嫌いでもそのうち好きになるかもしれません。だから人を好きになって貰えるよう、ありさ先生とウサコは頑張るウサ!」

 雰囲気は温和ですけど意外と頑固な方だったようです。その事実はこの朱鷺の目をもってしても見抜けませんでした。

「……好きにしてください」

「はい、そうします!」

 こうして私とありさ先生による二人っきりの授業の日々が始まってしまいました。

 

「ウサウサ、いっしょに踊るウサ♪ ……ほら、手をつないでっ♪」

「恥ずい! 恥ずいですって!」

「ヒヨコのピーちゃんっていうのもいますよ。実はウサコちゃんとピーちゃんはライバル関係って設定で、最愛の女性を巡って命懸けの決闘をしたこともあるんです!」

「マスコットキャラの割に意外と血なまぐさい関係ですね……」

「ピアノ、弾きましょうか。リクエストはあります?」

「死ね死ね団のテーマをお願いします。日本全国酒飲み音頭でもいいですよ」

 最初の内は周りの保育士達から私に関わるなと注意されていたようですが、少しすると見て見ぬふり状態になりました。ボケとツッコミが頻繁に入れ替わるので大変疲れますけど楽しくないこともありませんでしたね。

 そんな日々が暫く続きましたがありさ先生はあくまでボランティアの身分です。お別れの日はそう遠くない内にやってきました。

 

 

 

「……と、いうことで今日で亜里沙ちゃんの職業体験は終わりとなります。それでは一言お願いするわね」

「はい。憧れの保育士の仕事が体験できて夢のような毎日でした。短い間だったけど、皆のことは絶対に忘れません。本当にありがとうございました!」

 素敵な笑顔のまま一礼します。

「ええ~~~~!」

「せんせー! かえらないで~~!」

「やだーーーー!」

 園児達が一斉に不満の声を上げながらありさ先生にしがみつきます。短い間でこれだけの支持を集めるとは中々の手腕だと言っていいでしょう。きっと良い保育士さんになれると思います。

 困り顔の彼女を残して、そっとその場を後にしました。

 

「ふう……」

 静寂が戻った屋上で一人溜息をつきます。ありさ先生が来てからはずっとドタバタしていましたけどそれもやっと終わりました。明日からここで暇を潰す日々がやって来るのかと思うと物足りなさを感じなくもありませんが、そんな感情もすぐに治まるはずです。

「やっぱりここにいたんですね」

 暫くぼ~っとしていると不意に声を掛けられました。振り返るとありさ先生とウサコが佇んでいます。

 

「今日までお疲れ様でした。性根がねじ曲がったクソガキの世話は大変だったでしょう?」

「いいえ、そんなことありません。とても楽しかったです」

「ありさ先生はとても良い保育士だと思いますので自信を持って下さい。こんな頭のおかしい幼児は世界で私くらいですから更生させられなかったと落ち込まなくていいですよ」

「いいえ、朱鷺ちゃんは私の自慢の教え子第一号です♪」

「……どう考えれば自慢の教え子になるのか小一時間問い詰めたいですけど、今日でお別れなので止めておきます」

「先生の前では背伸びしなくていいんですよ。ほら、力を抜いて」

「私はいつでも脱力してますって。あ~面倒~。息をするのも面倒で嫌ですねぇ~」

「うふふっ」

 だらけたポーズをするとありさ先生が少し笑います。私の人生の中で一番良い先生でしたというコメントは照れくさいのでナシにしました。

 

「そろそろ園を出る時間じゃないんですか? 新幹線は予約済みなんでしょう?」

「そうなんですけど、最後に言っておきたいことがあるから」

「言っておきたいこと?」

「うん……それはね」

「……ッ! 伏せて!」

 言葉を続けようとした次の瞬間、何かが猛烈なスピードで近づいてきました。咄嗟にありさ先生を庇います。するとさっきまで私達がいた空間を鳥のようなものが通り過ぎました。

「あれは、ラジコンヘリ?」

 一瞬ドローンかと思いましたが、時代的にまだ存在していないのでラジコンヘリに違いありません。それもチャチなやつではなく軍用ヘリを模した比較的大型のものです。

 

 よく見るともう一台存在しており、そちらは中庭の地上スレスレを飛んでいました。事情がわからない園児達が泣きながら逃げ回っています。

「いけない!」

 ありさ先生が急いで下に向かいました。一方私は操作している奴らを捜します。

「いました!」

 保育園内の木の上に二人分の気を感じます。目を凝らすとこの園の問題児である双子の兄弟でした。大方親に買って貰った玩具を無断で持ち込んで悪戯に利用しているのでしょう。悪ガキな彼らがやりそうなことです。

「早く止めさせ……」

 そのまま飛び出して止めさせようとしましたがギリギリで思いとどまりました。

 そうです。これからは困っている人がいても絶対に助けないって決めたじゃないですか。それにここで頑張って、もし『あのこと』が不特定多数にバレたらタダでは済みません。

 他人と極力関わらず植物のようにひっそりと平穏な一生を過ごすためにも、ここは保育士達に任せることにします。

 

 そのまま地上の観察を続けましたが事態は一向に収拾出来ませんでした。保育士達は園児を避難させるのに手一杯で犯人に気付いてさえいません。もどかしい思いのまま時間だけが過ぎます。

 そのうち誰かが問題児の兄弟に気付いたようで、彼らがいる木に駆け寄りました。その姿には見覚えがあります。

「ありさ先生!」

 思わず叫んでしまいました。兄弟も彼女に気付き慌ててラジコンヘリで追い払おうとします。

「きゃあ!」

 操作を誤ったためかヘリが急接近しました。

 その羽根が彼女の頬をかすめます。

 

 

 

 次の瞬間、私は空を駆けていました。

 外壁を蹴った反動で一気に間合いを詰めます。

「天翔百裂拳!!」

 滑空しながら二台のラジコンヘリに無数の拳を叩き込みました。

 次の瞬間には粉々の破片に変貌します。

 

「…………」

「く、くるなぁっ!!」

「ヒィィッ!」

 着地後はヘリのパーツを手に取り兄弟達がいる木に近付きました。

「北斗有情断迅拳!!」

 気を纏った手刀で大木の根本を切断すると支えを失い勢いよく倒れます。すると兄弟が這い出てきたので行く手に立ちふさがりました。殺意のオーラMAX状態です。

 

「貴様らにそんな玩具(がんぐ)は必要ない」

 拾った破片を更に粉々にすると二人共青い顔をしました。ちょっとチビってもいます。

「みんなをびっくりさせたくて……」

「ご、ごめんなさい~~!」

「謝るのならありさ先生や皆にして下さい」

「う、うん!」

「ママ~~!!」

 涙目で私から逃げ出しました。余程怖かったのでしょうが自業自得です。しっかり反省なさい。

「さて、これは言い逃れ出来ませんよね……」

 ふと冷静になるとやったことのヤバさに気付きました。ラジコンヘリ二台に樹木の破壊となると親への報告は待ったなしです。

 

 

 

「この度は大変申し訳ございませんでした」

「園児達を守ろうという気持ちは立派ですが、なにせやったことがやったことですので……」

「はい。重ねてお詫び申し上げます」

 案の定ラジコンヘリの件についてお母さんが呼び出されました。今は保育士達から事情を聞いて平謝りしているところです。

 

「あ~、死にたいです……。誰でもいいですから早く私を殺して下さい」

 ジャングルジムのてっぺんで一人黄昏れました。生まれ直して一番気分がブルーな日かも知れません。いえ、この能力────『トキ(北斗の拳)と同じ程度の能力』を与えられた日が一番憂鬱でしたから恐らく二番目ですね。

 この力を発症したのはある事件がきっかけでした。それまでは前世の記憶があるものの身体的には普通の子と同じでしたが、あの日から恐ろしい程の身体能力と秘孔の力、そして奥義の数々を強制的に与えられたのです。私にとっては正に最悪のプレゼントでした。

 

 これは私の予想ですが、ある程度体のコントロールが出来るようになってから能力の付与をしたのだと思います。生まれた時から備わっていたら親に危害を加えてしまいますもの。

 世紀末やファンタジー世界ならいざしらず、現代日本でこんな力を押し付けられても迷惑以外の何物でもありません。だって躓いて転んだ拍子に誰かの秘孔を突いたら全身が破裂するんですよ!? こんな状態で園児達と一緒に遊んだらスプラッタ間違いなしです。

 医療技能は使えますがデメリットが余りにも大き過ぎて話にならないですね。ハイパワーのF1カーで常時路地裏を走らされているようなものですから窮屈この上ありません。

 

「はぁ~~……」

 どう考えても私が首を突っ込むべきではありませんでした。でもありさ先生が危害を加えられている姿を見た瞬間、体が勝手に動いてしまったのです。

 やはり私は人と関わり合いになるべきではないのです。ありさ先生だって他人でさえあれば見捨てることが出来たはず。他人と極力関わらず、植物のようにひっそりと平穏な一生を過ごすという目標を心に刻み込む必要があります。

 

 落ち込みながらお母さん達の会話を聞いていると話が悪い方向に進んでいるのに気付きました。

「朱鷺ちゃんに関してお母様には非常に言い辛いのですけど……以前から協調性に欠ける所や問題行動が見られまして。それに身体能力も普通の園児と比べて発達し過ぎていると思います。このまま保育を続けるためにも一度どこかの病院できちんと検査されることを強くお薦めします」

 はい今死んだ! 今私の家庭内の立場死んだよ!

 このクソ保育士、ここぞとばかりにとんでもないことを言いやがりました。こんな事を言われたらまともな娘として扱われることは二度とないはずです。

 

「フ、フフ、フフフ…………」

 一度ならず二度までも世界に拒絶されるとは思ってもいませんでしたね。もういい、わかりました。そっちがその気なら私にも考えがあります。

 この世界は絶妙なパワーバランスで成り立っているのでそれを崩してあげれば大きな混乱が生じます。そうですねぇ、手始めに大国と独裁国家の首脳陣をサクッと暗殺してあげましょうか。

 そうすれば疑心暗鬼に陥った各国が勝手に小競り合いを始めてくれるはずです。始めは小競り合いでも憎しみの連鎖であっという間に三度目の世界大戦が起きるでしょう。そうすれば原作通り世界は核の炎に包まれるはずです。

  間違っているのは私じゃない、世界の方ですよ。だから全人類まとめて地獄に道連れです。暴力が支配するイカれた時代にようこそ! 力こそ正義となる良い時代(世紀末)の到来です。

 そんなよからぬことを考えていると今まで低姿勢だったお母さんの表情が厳しいものに変わりました。あんな表情今まで見たことがありません。てゆうかめっちゃ怖い。

 

「お話はわかりました。ですが朱鷺ちゃんは私がお腹を痛めて産んだ自慢の一人娘です。この子の良い所を何も知らない貴女にそんなことを言われる筋合いはありません」

「し、しかし……」

「大変申し訳ございませんが本日限りでこちらの園を退園させて頂きます。今まで娘のお世話をして頂きありがとうございました。

 設備の修理費については金額が決まりましたら改めてご連絡下さい。それでは失礼致します」

「えっ!」

 言葉こそ丁寧ですけど怒りのオーラが凄まじいです。先程までネチネチと嫌味を言っていた保育士が黙り込んでしまいました。

「朱鷺ちゃん、帰るわよ~♪」

「は、はい!」

 私に話しかけた時には既にいつもの雰囲気に戻っていました。余りに落差があるので思わず挙動不審になってしまいます。

 

「~~♪」

「…………」

 電動自転車のチャイルドシートに座りながら気まずい思いをしました。私のやったことでお母さんに頭を下げさせることになってしまい、申し訳ない気持ちで一杯です。

「あの、今日は本当にごめんなさい!」

 意を決して謝罪しました。誠意とは言葉ではなく金額とよく言われますが、素寒貧の私には謝ることしか出来ません。

「ごめんなさいって、なにか謝るようなことをしたの?」

「ラジコンヘリ二台と木を一本壊しました……」

「壊した理由は?」

「ありさ先生を護るため、です」

「人を傷つけるためじゃなく、人を護るためにしたことなのね。……なら、良かったわ♪」

「良かった?」

「うん。朱鷺ちゃんのその力は大切なものを護るために神様から与えられたんじゃないかなって思うの。人のものを壊すのはちょっとやりすぎだったけど、力自体は正しく使っているからお母さんは怒らないわよ~」

「正しく、使う……」

 今まではこの力自体を忌避していたため力の使い方なんて考えたこともありませんでした。

「でもお父さんがどう思うかはわからないわね~。もしかしたら激怒するかも♪」

「げっ!」

 一難去ってまた一難です。お母さんには許されましたがお父さんがどう思うか戦々恐々でした。

 

 

 

 帰宅後、なんとなくリビングでテレビを見ながら胃の痛い時間を過ごします。お父さんは帰りにあの双子の家に寄って謝罪してくるとの話でした。母親だけでなく父親にも頭を下げさせる娘の屑です。ああ、死にたい。

「ただいま~!」

「おかえりなさ~い♥」

 私の不安を他所に明るい声が玄関に響きました。恐る恐る覗くといつもの変わらない様子でリビングに入ってきます。

 

「ケーキ買ってきたぞ! 後で一緒に食べよう!」

「それよりもラジコンの件はどう……?」

「ん? ああ、そのことか。さっき先方の親御さんに会って謝罪してきたぞ。あちらも『不出来な息子達で申し訳ない』と萎縮してたからラジコンの代金を弁償することで話を付けてきた」

「そうだったんだ」

 その言葉を聞いてホッとしました。穏便に解決したので本当に良かったです。

「ごめんなさい。私がいなければこんなことにならなかったのに……」

 私が謝った瞬間、お父さんの表情が急に厳しくなりました。

「それは違うぞ。子供の行動に責任を持つのが親の務めだ。だから朱鷺は自分の正しいと思う道を進めばいい。行動した結果、問題が起きたら俺達が責任を取るから安心しろ」

「あ、ありがとう……」

 

 何だこの聖人!

 私が知っている親は息子が内職で稼いだ金を盗んだり水商売で得た給料を全額ホストに貢いだり苛ついた時にタバコを押し付けてきたりしていたのでギャップが凄まじいです。

「よし、じゃあ夕食にするぞ!」

「えっ! 壊した理由とか問い詰めないの!?」

「朱鷺は俺達の自慢の一人娘だ。人のものを壊すからには相当な事情があったんだろう。俺は朱鷺を信じているからいちいち問い詰めたりしないさ。もし良からぬ理由でそうしたのであればきっと反省しているし、ちゃんとした理由があるなら胸を張っているはずだからな」

 すみません、その自慢の一人娘は数時間前に第三次世界大戦を引き起こそうとしてました。本当に腹を切って死ぬべきである。

 

「ふぅ……」

 夕食後、部屋に戻って今後のことを考えます。今回の件で私は色々と学びました。

 やはり北斗神拳と前世の記憶を持っている以上、他人と深く関わることはそれがバレるリスクが高くなるので避けるべきです。なので他人と極力関わらないという生き方に変更はありません。

 しかし他人と極力関わらないとはいっても保育園のように完全に孤立してしまうと目立ってしまいます。なので今後通う小学校や中学校では目立たないが孤立もしていない平均的な地位をキープするよう努めることにしました。

 

 後は証拠の隠滅方法です。今回は現場が混乱していたので北斗神拳を使っている瞬間はごく一部の人にしか見られませんでしたが、今後もし目撃された時に隠滅できるよう対策を講じる必要があります。

 写真などは機械を壊せばいいので簡単ですけど人の記憶は厄介です。北斗神拳には記憶を完全フォーマットする技がありますがそれは流石にまずいので短期記憶を完璧に削除する技が今後必須でしょう。でも新秘孔を研究するには大量の木偶(実験体)が必要ですよねぇ。

 万一のことを考えると後期高齢者(死にぞこない)が最適なんですけど、良い木偶(デク)が沢山いて私が触れても違和感のない場所はどこかにないものでしょうか。

「……ん?」

 そこまで考えてふと名案が浮かびました。ふふふ……よく考えたら身近にあるじゃないですか。諸条件を完璧に満たす夢のような理想郷(絶望の医院)が。よ~し、ついでに色々な新秘孔の研究をしましょう、そうしましょう♪

 こうして将来に向けた対策と方針が再構築されました。正に完璧な未来予想図です。

 

 

 

「郵便でーす」

「は~い、ありがとうございま~す」

 それから数日後、私宛に一通の手紙が届きました。送り主の名は持田亜里沙────あのありさ先生です。

 そういえばラジコンヘリ事件以来ですね。あの時はバタバタしていてきちんとお別れの挨拶ができませんでしたけど元気にやっているのでしょうか。内容が気になるので早速ペーパーナイフで封を切ります。

 

 中には可愛らしい便箋が入っていました。几帳面できれいな字で書かれているので、当時のことを懐かしみつつ読んでいきます。

 最初の方はあの事件のお礼が書かれていました。

「素手で木を切り倒すなんて凄いウサ!」というウサコのコメントも合間合間に入れられているのでクスッときます。

 中盤はありさ先生の今の生活についてでした。どうやら保育士の仕事が気に入ったらしく「将来は皆から好かれる立派な保育士になります!」と燃えているそうです。

 

 そして後半は私について書かれていました。

「クラスの園児達とちゃんと仲良くしていますか?」って言われても、もう退園しているから関係ないんですよね。結局、ありさ先生のいない保育園に何の価値も見い出せませんでした。

 読み進めましたがその後も私を心配する内容ばかりです。貴女は私のオカンですかと問いたい。

「朱鷺ちゃんは孤独なダークヒーローを気取っているけど、実際は超がつくほどの寂しがり屋であることをありさ先生は見抜いています。だから一刻も早く友達を作って下さい……」

 やるじゃない。人の神経を的確に逆撫でしていく所は煽り屋の才能がありますよ。

「私はずっと一緒には居られませんでしたが、そのうち心から信頼できる友達に出会えると信じています。その時はその子達を大切にしてあげてね、ですか」

 心から信頼できる友達ねぇ。そんな都市伝説みたいな存在がいるとは到底思えません。私にとってはツチノコ並みにレアな存在ですから一生をかけても見つかることはないでしょう。

 

「それでは最後に友達からのお願いです。死にたいという言葉は使わないで下さい。朱鷺ちゃんがもし死んでしまったらお父さんやお母さんだけでなく、私やウサコも悲しいです。だから冗談でも死にたいなんて言わないで貰えると嬉しいです。

 いつの日か死にたいって気持ちが消えたら教えて下さいね。それではまたお手紙書きます……」

 う~ん、本当にそうなんですかねぇ。両親はまだ若いんですから子供なんてまた作ればいいじゃないですか。ヒネたガキが消えて純真な可愛らしい子供が出来た方が幸せ家族になると思います。

 ありさ先生だって数年もすれば私のことなんて綺麗サッパリ忘れているでしょう。

「異論はありますがわかりました。死にたいという言葉は極力使わないようにします。……大切な友達のお願いですもの」

 私の返事は春の暖かな風に飲み込まれていきました。

 

 

 

 

 

 

「朱鷺さんの子供の頃ってそんな感じだったんですね」

「ボク達と最初に出会った頃も相当闇が深かったけど、当時は輪をかけて酷かったのか」

「はい、それはもう凄かったです。私が小学生の頃の出来事だったんですけど、印象が強烈過ぎて今でも鮮明に覚えていますよ」

「た、確かに……。そんな子がいたらもりくぼは一生忘れられそうにありません……」

 プロジェクトルームにギャル達の明るい声が響きます。一方私は頭を抱えていました。

 

「どうしたんですか、朱鷺さん? 不機嫌そうに見えますけど……」

 ほたるちゃんが心配そうに私の顔を覗き込みます。

「……不機嫌そうじゃなくて不機嫌なんですよ。新人アイドルが挨拶に来るので待っていたら実は古い知り合いで、挨拶のついでに過去の恥ずかしい話を暴露されたんですから!」

 そう言いつつ(くだん)の新人アイドル────持田亜里沙さんをジト目で見つめます。

「ごめんなさい。本当はこんな話をするつもりではなかったんですけど、久しぶりに朱鷺ちゃんに会えたら嬉しくって色々喋っちゃいました」

 口で言うほど反省しているようには見えないです。

「別にいいじゃないか。トキの昔話が聞けてとても有意義だったよ」

「聞く方はそうですけど暴露される方はたまったものではありません!」

 テーブルを軽く叩いて断固抗議しました。

 

「そんなことより、あれだけ保育士フラグを立てていた持田さんがなぜアイドルになってるのかを教えて下さい。担当P(プロデューサー)に弱みを握られているのなら即刻抹殺してあげます」

「保育園には無事就職出来たんですけど担当頂いているPさんから何度もスカウトされちゃって……。保育園の皆もアイドルになったありさ先生が見たいって応援してくれたから、思い切ってやってみることにしました」

 アイドルPの辞書に節操という言葉は載っていないのでしょうか。

「それに、あれだけアイドルを批判してた朱鷺ちゃんが楽しそうにしているのを見て興味が湧いたっていうのもあります」

「うぐっ!!」

 11年越しのブーメランが見事に突き刺さりました。だって当時はアイドルなんて微塵も興味がなかったんですから仕方ないでしょう!

 

「まぁいいです。本当に久しぶりの再会ですから水に流しますよ」

「ありがとう朱鷺ちゃん。そうだ、せっかくだからあの子とも再会しないとね」

「あの子?」

 はて、何のことでしょう。11年振りなので記憶がかなり曖昧です。すると持田さんがバッグからぬいぐるみのようなものを取り出しました。それを右手に装着します。

「それじゃあ改めてご挨拶しましょう。よろしくウサ、朱鷺ちゃん♪」

「あっ!」

 その姿を見た途端、当時のことが鮮烈に蘇ってきました。

「ふっふっふ。やっと思い出してくれたウサ?」

「お久しぶりです、うさみちゃん」

「うさみじゃなくてウサコだウサ!」

「そうでしたっけ?」

 前にもこんなやり取りをしたような気がします。

 

「昔とは立場が違いますけど、ウサコちゃん共々よろしくお願いします。あと私のことは持田さんじゃなくて昔みたいにありさ先生って呼んでね」

「ありさ天帝?」

「先生です!」

「はいはい、わかりましたよ。ありさ先生」

 こうして持田亜里沙feat.ウサコと再び関わり合いになってしまいました。これも運命というやつでしょうか。でもこんな素敵な運命だったら大歓迎です。

 この後も五人で話し込んでいると夜になったので、寮住まいの三人と別れてありさ先生と二人で最寄駅に向かいました。

 

 

 

「うふふっ」

「随分嬉しそうですね。宝くじ3億円でも当たりました?」

 ずっと笑顔なので軽い冗談を飛ばします。

「……本当によかったです。あの朱鷺ちゃんが心から信頼できる友達に出会えて」

「そう見えます?」

「はい。傍目から見てとっても仲良しさんに見えますよ」

 客観的にはそう感じられるんですか。いつも輪の中にいるので気付きませんでした。

 

「彼女達とも色々ありましたからね。その分、絆が強くなったのかもしれません」

「ぷっ!」

 そう言うとありさ先生が吹き出します。

「いや、今の笑うところちゃいますやんか」

「ごめんなさい。だって昔の朱鷺ちゃんは『絆や仲間なんて胡散臭い言葉は正直嫌悪しています。所詮この世は弱肉強食。人間なんて結局利用するかされるか、搾取するかされるかなんですよ』って言ってたから……」

「捻くれ過ぎィ!」

 流石闇の権化たる幼少期ですね。こんな幼児がいてたまりますか。

 

 もし過去に戻れるなら『貴女が考えているより世界は優しいんですよ』と教えてあげたいです。

 よくよく考えると当時の保育士さん達も私が憎くてああいうことをしたのではないのでしょう。ただ単に未知の生物が怖かっただけなんです。

 子供達の命を預かっている立場ですからリスクに対して神経質になるのは当然です。今になってみるとその気持ちがよく理解出来ました。私が勝手に悪い方へ考えていただけですから、彼女達を憎んだり恨んだりする気持ちはありません。

 

「ま、まぁその分私も成長したということです!」

 力づくで話を終えようとするとありさ先生が真面目な表情になりました。

「ちょっと教えて欲しいことがあるんですけど、いいですか?」

「ええ、私で答えられることなら」

「……朱鷺ちゃんは、今でも死にたいって思う?」

 一瞬どきりとしましたがすぐに手紙の約束のことを思い出しました。そう言えばあの時の回答をしていませんでしたっけ。ならば心からの気持ちをお伝えしましょう。

「いいえ。だって今は、皆と一緒に過ごす日々がとっても楽しいんですもの!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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