ブラック企業社員がアイドルになりました 作:kuzunoha
時期的には保育園中退後のお話になります。
ネタにさせて頂く以上、今回紹介した映画は当然全て借りて二周しました。お金と時間返して。
「やることないなぁ~。どうするよ~暇だぁ~……」
芸能人の超クッソ激烈にどうでもいいスキャンダル報道をテレビで見ながらぼそっと呟きました。誰と誰が不倫しようが興味ないって、それ一番言われてますから。
昼ご飯代わりに食べていた煎餅が無くなったので別のお菓子を求めてキッチンをさまよいます。
「ドーナツ見っけ! いっただっきまーす」
冷蔵庫に保存されていたドーナツをつまんで再びリビングのソファーで横になりました。
先日のラジコンヘリ撃墜騒動により保育園から事実上の戦力外通告を受け無事自宅謹慎になりましたが、それ以降こんなグータラな生活が続いています。前世では納期とノルマに追われ続けていた日々だったので精神的な負担は少ないのですけど、その分暇を持て余していました。
もはやテレビを見つつネットサーフィンをしながら飯を食うだけの寄生獣に退化しつつあります。人としてこのままではいけません。
「はぁ~……」
ですが七星医院での新秘孔の研究も概ね完了しています。先日のように美幼女の治療ができるのであればやぶさかではないのですが、老い先短い人達を治療しても大して面白みはありません。私にとって大事なのは両親と祖父であり、それ以外は死のうが生きようが心底どうでもいいのです。
それにしてもやることがないというのは本当に辛いですね。前世では働かないと死に直結したので好き嫌いに関わらず猛烈に働いていましたが、なにせ今は幼女で扶養されている身。しかも両親は開業医な上に祖父はそれなりに富豪なので働かなくても一生食べていけます。
それはそれでありがたいのですが完全にワーカホリックであった前世の影響で暇という状況にはとても耐えられないんですよ。忙しい両親に代わって炊事洗濯掃除は一通り行っていますけど、どれだけ丁寧にやっても午前中には終わってしまいます。
前世だと暇な時は酒呑んで寝てたのでこういう事態にはならなかったんですが、今はそれもできないのでどう時間を潰そうか難儀していました。
家政婦さんでもいれば話し相手にはなるのでしょうけど、見ず知らずの他人と長時間一緒に過ごす辛さの方が勝ります。お母さんが私の意向を無視して雇おうとしていたので断るのが本当に大変でしたよ。
「こうなったらアレを見るしかありませんか」
テレビのリモコンを操作してアニメ見放題チャンネルに切り替えました。これは自宅でのお留守番時に私が退屈しないようお母さんが契約してくれたものです。
アニメなんてオタクの方々が見るものという先入観が強い私は今まで利用したことはなかったのですけど、無為な日常にはこれ以上耐えられないので背に腹は変えられません。
前世では36歳でしたが今は5歳なのでアニメを見たとしてもオタクには該当しないでしょう。
「色々ありますねぇ」
バトル、コメディ、バイオレンスと多種多様な作品が画面に表示されます。ですが大半の作品が美少女を前面に押し出していました。元中年としてそういうものにはあまり興味が無いので硬派な作品がないか捜してみると良さげなアニメが目に付きます。
「機動戦士ガンダムですか……」
名前は前世で聞いたことがありますが、安室とシャーがたたかう話という程度しか知識がありません。まぁどうせ子供騙しの戦争ごっこ劇でしょうけど他の萌えアニメよりはマシな可能性が高そうです。
とりあえず数話見てみて面白くなければ切ればいいやと思い、軽い気持ちで再生してみました。
それから約半年が経過しました。
「う~ん。やっぱりガンダムはファーストに限ります! 種デスなんて邪道ですよ邪道!」
私は無事宇宙世紀主義者の害悪ガノタに退化していました。まるで即落ち二コマのようです。
いや、でもそれは仕方ないのです。機動戦士ガンダムはそれ以前のアニメとは違い善悪で切り分けられない重厚なストーリー、敵味方問わず魅力的なキャラクター、素晴らしいメカデザインなどなど良い所をあげるとキリがありません。大人の視聴にも耐えうる濃密で絶巧な作品がガンダムなのです。
最初はただの暇つぶしで見ていましたが、視聴していく内にその世界観に引き込まれていきました。そしてZ、ZZ、逆シャア、0080、0083、第08MS小隊、MS IGLOOなどを続けざまに見ていったのです。見放題のガンダム作品をすべて見終える頃にはガンプラを買うまでになってしまいましたよ。
特にヅダは素晴らしい。欠陥品と揶揄されながらも戦場で燦然と輝いて消えた姿には前世の私を重ね合わせてしまいます。お陰でヅダだけでプラモを三体も買っちゃいました。
また萌え系などガンダム以外の作品にも手を伸ばしたので知識が大きく偏るというザマでした。もうオタクを馬鹿にできませんね。
「『NEW GAME!』世界の会社に勤めたいな~。私もな~……」
ポテチを手にしたままソファーに横になり、アニメを見ながらぐでたまのようにグダりました。
あんな十代二十代の可愛らしい女性ばかりで社員同士の仲の良い職場なんて絶対ありませんよ。私の勤めていた会社なんて腐れ外道かド阿呆か、もしくは腐れ外道かつド阿呆ばかりでした。それもくたびれたオッサンか化粧の濃いオバサンが殆どです。
一度だけ女性ばかりの職場で管理職をやりましたが本当に酷いもんでしたよ……。指導をすれば嘘泣きをする、仕事中におしゃべりがとまらない、お局様が若い女性をターゲットにイジメを繰り返す、何かあればすぐセクハラと訴えるなど、正にこの世の生き地獄でした。
仕方がないので私が共通の敵になって職場環境を改善した後に退社しましたが、もう二度とあんなことはやりたくないです。胃腸が何個あっても足りません。
なにせ女性社員は二人揃えばその場にいない者の悪口大会が始まりますからね。普段仲良くしている同僚を容赦なくディスる姿には戦慄が走りました。彼女達はなぜあんなに陰口が好きなのか、コレガワカラナイ。
やはり時代はフリーランスです。開業医なら上司や同僚がいませんから気楽なものですよ。コツコツ勉強しているお陰で東大医学部の合格ラインには既に到達していますので、小中高大と無難にやり過ごし人生安泰コースを目指すのです。
暇にならない程度に働いて北斗神拳で大金を稼ぎ、余暇を優雅に過ごすというのが理想のスタイルです。
「でも今の環境はちょっと良くないですよね。よしっ!」
一念発起して立ち上がりました。この間発行してもらった会員カードとサイフを握りしめてお家の外に出ます。
「うう、太陽が眩しい……」
平日のお昼に外出すると何となくニート感がありますが一応幼女の身なので職務質問は受けないはず。そのまま徒歩で最寄り駅に行きます。
賑やかな駅前に着くとその近くにあるボロい雑居ビルに向かいました。目的地に到着すると『ビデオマッスル』と書かれた看板の店に入ります。
「こんにちは~!」
「おう、いらっしゃい」
子供らしく元気よく挨拶すると痩せこけた中年店長のけだるげな返事が返ってきました。手にしていた新聞をカウンターに置くと人懐っこい笑顔を浮かべます。
「何だ、嬢ちゃんか。こんな店に通うなんて暇だねぇ」
「やることがないんですから仕方ありませんよ」
「ははっ、そうかい。子供は時間があり余ってていいよなぁ」
「ええ、お陰で退屈しています」
「ならじゃんじゃん借りてってくれよ。今は映画もみ~んなテレビでやっちまうもんだから毎日暇なのさ」
「はい。私のお眼鏡にかなえばですけど」
「そりゃ手厳しいな」
いつものように軽口を叩き合いました。このお店──『ビデオマッスル』は文字通りレンタルビデオ店です。残念ながら映画見放題の動画サイトは今の時代まだ存在していないので、映画に関してはお店で借りる他ありません。
最近はアニメの見過ぎで完全にアニオタと化しているので映画や海外ドラマに切り替えることでオタ化を少しでも抑えようとする作戦です。
祖父から頂いたお年玉(百万円以上)はお母さんに没収されてしまいましたが、直前に諭吉さんを数枚抜いておいたので最近ではそのお金でDVDをレンタルしていました。
チェーンの大きなお店だと年齢の都合で親に内緒のまま会員になれなかったのですけど、個人経営のこのお店では融通が利くので秘密裏に会員登録をさせてもらったというわけです。私の両親は地元では結構有名なのでトラブルがあってもとりっぱぐれることはないと判断したのでしょう。
「それじゃあ色々と物色させてもらいます」
「狭い店だが自由に見てくれよ」
お許しを頂いたので店内をくまなく探索します。ご主人の言う通り確かに広いとは言えないお店ですが、
プリズン・ブレイクの全シーズンを完走したので次に何を借りようか迷っていると、あるワゴンコーナーが目に止まりました。
「すみません、この『阿鼻叫喚&血反吐地獄! 逆おすすめコーナー』って何ですか?」
確か前回来店した時にはなかったはずなんですけど。
「ああ、そのコーナーかい。それは俺が視聴して、明らかに映画としての水準を満たしていないアレな作品を晒し上げてんだよ。温厚な俺でも見ててキレたやつをな」
「へぇ……」
ワゴンの中を覗くと見るからにヤバ気な作品が密集していました。
サメ、ゾンビ、モンスター、ナチス、サメ、ゾンビ、モンスター、ナチス……。映画の素人である私の目線で見ても『無いわ……』と感じさせるものばかりです。
ですが映画をこよなく愛するご主人がこれだけ徹底してディスる作品というのも逆に興味が湧いてきました。
「どれどれ」
とりあえず某世界的ヒーローのパクリだと思われる『メタルマン』、これまた某超有名ハリウッド映画のパクリ(推測)である『トランスモーファー』、映画史上最強最悪という殴り書きのポップが貼られた『恐怖! キノコ男』をカゴに入れます。それを見て店長の顔色が変わりました。
「いや、俺が作っといてアレなんだけどな。その作品は借りないほうがいいぞ」
「そんなにヤバいんですか?」
「ああ、この俺が保証する。ストレスで憤死したくなければ止めておけ」
「えぇ……」
その表情はこれまでになく真剣でした。ですがここまでクソミソに言われると益々興味が湧いてしまいます。人はやるなと言われることは逆にやりたくなってしまうものなのです。
「いえ、大丈夫です、お借りします」
「……わかった。だがノークレームノーリターンだからな」
「いや、レンタルDVDですから! リターンはしますよ!」
「ちっ……」
「今露骨に嫌な顔をした!」
シネフィルの店長にここまで嫌われる作品達……私、気になります!
その次の日、お父さん達が出勤したのを見計らってから映画鑑賞に入りました。
店長は大げさに言ってましたけど、一応商業映画として世間に出回ってるんですから最低限のクオリティは保証されているのではないでしょうか。
そんな淡い期待を込めてBDレコーダーに挿入したDVDを再生しました。軽い気持ちで選んだのは店長逆オススメ一位の『恐怖! キノコ男』です。わくわく、わくわく。
「……………………」
再生後、84分の上演時間が過ぎました。映画にしては短いですが私には無限の地獄のように感じられます。スタッフロールが唐突に流れるとようやく正気を取り戻しました。
「ファッ!?」
え、これマジ? いや、ホント正気?
今の今まで私の想像を軽く凌駕する狂気映像が液晶テレビに映し出されたのです。そりゃあ動揺もしますって。この映画が商業作品として世に出たことが一番のホラー現象です。
映画のあらすじですが、どんな生物も凶暴化させる液体を開発した科学者が静養のため郊外のペンションを訪れた際に転んでしまいます。その時バッグからこぼれた液体が野生のキノコに流れ落ち、新たに誕生した凶暴なキノコ男が殺戮を行うというものでした。これだけなら他の凡百なB級ホラー映画と変わりありません。
ですが本作は一味も二味も違います。8mmビデオ並みの画質、初代PS未満のCG、突っ込みどころしか無い脚本及び演出、カカシが名俳優に思える程の演技力……枚挙に暇がありません。
これをB級映画と評するのは良質なB級映画に対して失礼でしょう。いや、これを映画と評するのは映画の神様に大変失礼です。よって私はこれをZ級問題映像にカテゴライズしました。
店長、貴方の判断は間違っていませんでしたよ。私は今猛烈に後悔しています。
「はぁ……はぁ……」
あまりのヤバさにメンタルが大きく削られてしまいました。視聴するだけでダメージを与えるとか只者ではありません。これは新手のスタンド使いによる攻撃ではないでしょうか。
でも何でしょう、この感覚は。何だかとても懐かしい感じがします。これはそう、以前勤めていたハイパーブラック企業でいびられていた時に感じたストレスと似たものが……。
確かに嫌なのですが、同時に懐かしさも感じるのでクソ映画の視聴を止められません。気づくと『メタルマン』と『トランスモーファー』も再生していました。
「フ、フフ……」
キノコ男には及びませんがいずれも店長が逆オススメするだけあり無残な出来です。これを映画と主張するのは映画の神様に喧嘩を売るのと同等でしょう。ですがそのストレスが心地良い。
ぬるま湯に浸かっていた私に必要な刺激。それがクソ映画だったんですよ!
「こんにちは~」
「……ああ、また来たのかい」
ビデオマッスルの店長さんが呆れたように呟きます。このところは週三ペースでクソ映画を借りにしているので仕方ありませんね。
「あのなお嬢ちゃん。世の中にはさ、心から感動する素晴らしい映画がいっぱいあんのよ。こんな産業廃棄物をわざわざ借りる必要なんて無いんだぞ」
「仰っしゃりたいことは良くわかります。ですが今の私にはクソ映画が必要なんですよ」
「すまない、言っている意味がわからん」
ぬるま湯の海に浸かりきらないためにもクソ映画は欠かせません。だって生きる上には適度なストレスも必要不可欠なのですから。
「はぁ……。じゃあこんなのはどうだ?」
「おおっ、それは!」
日本映画史上の伝説になっている実写版デビルマンです! 私も噂には聞いていますけど実物はまだ見たことがありません。
「クソ映画界の巨塔じゃないですか! ぜひお借りします!」
「……わかったわかった。やれやれ、どうせ見るなら俺としては『パルプ・フィクション』や『グッドフェローズ』、『地獄の黙示録』といった名作を見てもらいたいもんだがね」
「いや、どれも5歳の女児に薦める作品じゃないでしょう……」
花も恥じらう乙女なんですからアナ雪とかにして下さい。
「~~♪~♪」
「そんじゃな~」
ルンルン気分で帰宅しようとするとキッズケータイが振動しました。画面を確認すると相手はお母さんのようです。無断で外出しているので若干の緊張と共に通話ボタンを押しました。
「もしもし」
「あ~朱鷺ちゃん。良かったわ~。うちの電話にかけても出なかったから心配したのよ~」
「ト、トイレに行ってたからかな? それで何の用?」
「今日はちょっと帰りが遅くなりそうなの~。だからちょっとお使いを頼まれてくれない?」
「うん、いいよ」
了承すると買うもののリストが口頭で伝えられました。トマト三個、ベーコン二百グラム、牛乳一パックとのことです。内容から考えて恐らく明日の朝食なのでしょう。お使い自体は問題ないのですが、懸念すべきはどこで買うかです。
「それじゃあ、近所のイーオンでいいよね?」
さらっと重要事項を確認します。最寄りのスーパーであれば特段問題はありません。
「あらあら、駄目よ~。ちゃんとファーストクラスショップで買ってね。支払いはカードを使っていいから」
「いや、あそこメッチャ高いじゃん。品質だって大して変わりないんだし……」
「うふふ。駄目ったらダメ♥ もし違うところで買ったらお小遣いなしよ♪」
「アッハイ」
優しく話してはいますが断固として譲らないオーラが電話越しにも伝わりました。5年間一緒に暮らしてきましたのでもう察することができます。
「それじゃあね~♪」
言いたいことを言ってから切りやがりました。はぁ、またあそこのお店ですか。気が重いです。
重~い足取りでファーストクラスショップの前に着きました。やたらとハイソなデザインの気取った店です。スーパーと言うよりか海外の高級ブランド店って感じがしますね。精神的にはド底辺層である私の趣味ではありません。
カゴを手にしてから店内に入りました。カゴすらシャレオツなのが癪に障ります。
「いらっしゃいませ~♪」
「うっ!」
入店早々店内の雰囲気に気圧されました。買い物客はファッションや化粧にバリバリ気を遣っているセレブ達ばかりです。普通のスーパーにいるようなオバちゃんは影も形もありません。
早速帰りたくなりましたがミッションは果たす必要があります。しょぼくれたままトボトボと歩き始めました。
「トマト~トマト~。トマトを食べるのちょっとまっとって~」
入口付近にある青果コーナーからトマトを探すとすぐに見つかりました。手に取って値段を確認します。
「こだわり有機栽培オーガニックトマト、一個五百円ですか。……え、一個?」
目をこすってもう一度値段を見ましたが当然変わるはずがありません。
ファッ!? いくらオーガニックでもボリ過ぎやんけ! そう思いましたがお客達は気にせずカゴに放り込んでいきます。
五百円あればセール中のもやしが二十袋は買えますよ。贅沢に一日三袋食べたとしても7日くらいは生き延びられるんです! それをこんなトマト一個に支払うだなんて……。餓死寸前ラインを這いずり回ってきた私のプライドが許しません!
「くっ……」
震える手でトマトを三個手にしました。悲しいかな扶養家族である私には親に逆らう権利がありません。プライドは許さなくとも買わなくてはいかんのです。
「はぁ、はぁっ!」
続く牛乳もこれまた酷い。全てオーガニック限定で最低価格でも一リットル六百円です。こんなのスーパーの廃棄を貰えばタダなのになぁ……。
子供の健康のためにオーガニック食品にこだわっているのには感謝していますが、その気遣いが今私を猛烈に苦しめていました。
懸念していた通りベーコンもやはりヤバイです。二百グラム千五百円なんてステーキを超えてるじゃないですか、こんなの!
「ふ、ふふ……。そうだ、きっとこのスーパーだけハイパーインフレが起きているんですよ。だから価格が高いんです。決済通貨はジンバブエドルに決まっています!」
自己暗示を掛けながらレジに急ぎます。その途中で鮮魚コーナーが視界に入ってしまいました。
「マグロの刺身……。三百グラム一万四千円……」
その価格を見た瞬間、視界が完全にホワイトアウトしました。金銭感覚こわれる! 金銭感覚こわれちゃ~う!
「ただいま……」
誰もいない自宅に戻りました。購入したものを冷蔵庫に入れ借りたDVDを自室に隠してからベッドに倒れ込みます。大貧民として育った私には刺激が強すぎですよ、あの光景は。
お金持ちと言われる人達はきっと成城岩井で値段を気にせず買い物をするのでしょうね。もちろん貧乏性の私にそんな芸当はできません。チーズの値段を見ただけで卒倒しますしお惣菜の値段を見て憤慨します。一体なんですかあのクソ強気設定。
でも買う人はいるんですよねぇ。お金はあるところにはあるものです。
「よしっ!」
少し休んでから再び立ち上がりました。毒の強い光景を見たので浄化しなければいけません。
「はっ!」
家を抜け出して隣の埼玉県に来ました。電車賃がもったい無いので北斗無想流舞で瞬間移動しています。目撃されると都市伝説になるので人目につかないルートを選択しました。
『翔んで埼玉』では散々ネタにされてますけど私は好きですよ、埼玉。草加せんべいや十万石まんじゅうはとても美味しいですし、何と言ってもあの小江戸・川越がありますからね。
「さて、行きますか」
気合を入れてから『驚安の王宮 ユートピア』と書かれた看板のお店に入ります。
なぜわざわざ埼玉県にまで足を伸ばしたのか、その理由はこのお店にありました。ここは日本でも屈指の激安スーパーとして知られておりお金がない人達から名の通り楽園と評されています。
確かにどの食材も原価が割れているのではと疑いたくなるほど安いんですよ。その分品質は値段相応でして、衛生的なアレで過去に数度の立ち入り検査や営業停止処分を受けながらも不死鳥のように蘇っていました。ちょっと眠ってろお前。
そんなお店ですから当然客層は推して知るべしです。ですが私にとっては懐かしさすら覚える微笑ましい光景なので、ファーストクラスショップでダメージを負った時にはこのお店で心を癒やすことにしていました。
「おお……ファンタスティック!」
店内に入ると心温まる光景が広がっていました。
やたらと殺気立った店員さん、店内を徘徊する死にかけの高齢者、クレジットカードが使えずキレるチンピラ、騒ぎ立てる酔っぱらいのオッサン、よくわからない言語でわめき散らす外国人、カートで爆走するオバちゃん、奇声を発する茶髪のクソガキ共などが奏でる超不愉快な不協和音が素晴らしい。正にびっくりするほどディストピアです。
「これです、この社会の底と言った雰囲気! フフ……この風……この肌触りこそ底辺よ!」
超クッソ激烈に優しい両親に囲まれてヌクヌクと暮らしているとスラムドッグ時代を忘れてしまいますので、たまにはミリオネアであることを忘れ自我を取り戻さなければいけません。今は優しいですがいつ豹変して捨てられるかわかったものじゃないですし。
「フフフンフフーン♪」
ご機嫌で店内を物色します。ああ~いいですねぇ、何の肉か不明なメンチカツとか絶対国産米でないであろう三角ちまきなどの怪しい食品を見ると心が洗われるようです。いや、別にディスってる訳じゃないですよ、心から称賛しているんです。
買って帰ったらお母さんからフルボッコ確定なのでお買い物はできないですけど、眺めているだけでも癒やされていきます。ほら、この某国産冷凍鶏もも肉なんて安すぎて不安になってくるからたまらないですよ!
「あれ?」
そんな感じでテンションを上げて徘徊しているとパーカーを着たちびっちゃい子が途方に暮れていました。いや、私もちびっちゃいんですけどね。
年齢的には同い年くらいな感じがします。茶髪のツインテールが特徴的な美幼女でした。
暫く眺めていましたが相変わらずしょぼくれています。店員さんはチンピラと酔っぱらいの対処でいっぱいいっぱいなので彼女に気付いていすらいませんでした。
美幼女だからといって他人に関わるのは望ましい行動ではありません。先日もありさ先生を助けようとして結果的に保育園をクビになったじゃないですか。なのでスルーがベストな対応です。
リフレッシュも済んだので美幼女を放置して店外に出ます。気になって振り返ると未だにまごまごしていました。私には関係ない、私には関係ない、私には関係ないと心の中で唱え続けます。
「でも……」
再び数歩歩き出してから止まりました。
「ありさ先生ならこんな時は『あの子を助けてあげて!』って言いますよね」
踵を返してお店に戻ります。どうやらあのお節介が私にも伝染ってしまったのでしょう。本当に迷惑なことです。
「どうしたんですか?」
「えっ……!?」
美幼女に優しく声を掛けましたが後ずされました。まぁ赤の他人ですから仕方ありません。
「驚かせてすみません。何だか悩んでいるようなので声を掛けさせて頂きました」
「え~! なんで私がなやんでることわかるんですか~!」
「いや、見てればわかりますよ……」
だって初めてのお使い並みの挙動不審さだったんですから。
「それで、なにか悩みごとがあるんですか?」
「……こんしゅうからおかーさんがあかちゃんをうむためににゅういんしたんですけど、そのあいだのかじは私がやることになって……。でもおうちはおかねがあまりないから、どんなごはんをつくればいいのかなってなやんでました」
「なるほど、それで途方に暮れていたんですね」
予想よりも深刻ではなくてホッとしました。ネグレクトされて家出してきたとか言われたら重過ぎてどうしようかと思いましたよ。
お金に困っている幼児を見ると前世の自分を重ねてしまいます。家族大好きで他人はアウトオブ眼中な私ですが、とても人事ではないのでこの子の手助けはしてあげたいと思いました。
「わかりました、それでは日本有数の激安スーパー通である私がとっておきの節約料理をご紹介しましょう!」
「ホントですか! やったー!」
「ささ、まずはこっちです」
彼女を連れて入口付近の冷蔵コーナーに移動します。そしてお目当ての食材を手に取りました。
「安くてボリュームがある。それならばもやし一択です! もやしがあれば何でもできる!」
「もやしですか? あんまりえーよーがなさそうですしおいしそうでもないですけど……」
その一言を聞いて私のスイッチが入りました。
「何ですかその態度は! 謝りなさい!! もやしの神様に謝りなさい!!」
「え? ええ?」
ツインテ美幼女の狼狽する姿を見て正気に戻りました。いかん、危ない危ない危ない。
「……コホン、失礼しました。ではもやしに栄養がないという誤解を解きましょう。
まずもやしに含まれるビタミンCは老化防止やがん予防、ストレス対策に効果的です。そして豆の部分には良質なタンパク質を含むため筋肉や皮膚、髪などを正常に保つ効果もあります。またアミラーゼと呼ばれる消化酵素もあるので胃もたれや胸焼けを防ぐ効能もあるんですよ。
「へぇ~、そうなんですかぁ~!」
「他にも貧血予防や疲労回復効果もあります。他の食材と上手く組み合わせることで必要な栄養を網羅できるというわけですね」
「うっうー! もやしってすごいです!」
ツインテ美幼女が目をキラキラさせていました。ヤバい、超かわいい。抱きしめたい。
「そして食材としても超有能なんです。何せ大抵の食材と相性が良いですし、煮てよし焼いて良しなんですよ。更に二~三週間は冷凍保存できますので安い時に買いだめして冷凍しておけば食べるものには困りません!
実際、幼少期頃はセールに殺到するベテラン主婦をいなしながら1円のもやしを買い占めしていました。叩き売りされた製造会社の方には申し訳ないのですが、幼少期に餓死寸前だった私がここにいるのはこの白くて細っこいもやし達のお陰なのです!」
サンキューモヤシ。アイラブモヤシ。フォーエバーモヤシ。
「がしってなんですか?」
「貧乏すぎて食べるものがなく、そのまま死んじゃうことですよ」
「いのちをすくうなんて、もやしはかみさまです!」
「そうですよ。もやしは神様が地上に遣わした天の恵みなのです……」
そのまま小一時間程もやしの素晴らしさを説いて聞かせました。最終的には二人してうっとりともやしを眺めるレベルに進化しましたよ。でも傍から見たら怪しい宗教みたいですね。
「それではもやしをメインとして、サブ食材の買い出しに行きましょう」
そこまで言ってから重要な事実に気付きました。
「そういえば自己紹介がまだでしたか。私は七星朱鷺と申します。貴女は?」
「高槻やよいです!」
「それでは行きましょう、やよいちゃん!」
「わかりました!」
その後は高槻家の予算を確認しながら食材確保に走りました。たまたま店長がいたので「私達貧乏過ぎて倒れそうなんです! 助けて下さい……!」と泣きついたら大幅に値引いてくれましたよ。こういう時は幼女ボディも悪くありませんねぇ、ファファファ!
「レシピはこのノートに纏めたので確認しながら作って下さい。私の秘蔵のレシピですからきっとプロ並みの味が出せますよ」
やよいちゃんは携帯を持っていないので、近所のコンビニで買った大学ノートに一通りレシピを書いておきました。小さい子供なので火を使う料理は避け電子レンジやホットプレートを活用した内容にアレンジしています。
「うっうー! ありがとうございました、ときちゃん!」
「これくらいどうってことないですよ。お父さんに美味しいご飯を作ってあげて下さい」
「はい! きょうはもやし祭りです! ほんとーにありがとう!」
お店の前で笑顔の彼女と別れました。やはりいいことをすると気持ちがいい。
「でも随分時間がかかりましたね。もう真っ暗じゃないですか」
ん? 何か大事なことを忘れているような……。そう思った瞬間私のキッズケータイが無情にも鳴り始めます。確認すると発信番号は家の電話と同じものでした。超クッソ激烈に嫌な予感がしますが出ないわけにもいきません。
「も、もしも~し?」
「こんばんは~、朱鷺ちゃん♥ 今何時なのかな?」
「じゅ、19時です……。遅くなるって言ってたけど、結構早かったね!」
「予定が変わったからそうなったのよ。それで……」
謎の溜めが入ったのでゴクリと唾を飲み込みます。
「夜は危険だから一人で出歩いちゃいけないって何度も言っているのに、こんな時間までどこをほっつき歩いているのかな? かな?」
「えっと、これにはマリアナ海溝よりも深い事情が……」
「うふふふ。言い訳は地獄で聞くわね~♥ だから早く帰っていらっしゃ~い♪」
次の瞬間通話が切られました。無情な音だけがスピーカーから聞こえます。
「はぁ……」と軽く溜息をつきます。これは絶対に長時間お説教コースですよ、間違いない。
「あの~~。わたしぃ~、今日はおうちに帰りたくないの~♥」
お持ち帰り希望のOLのような呟きは虚しく消えていきました。
そんなドタバタ劇が現世の幼少期にありましたが、時計の針は『シンデレラと星々の舞踏会』後に進みます。この頃にはもやしの件なんて綺麗サッパリ忘れていました。
あの時出会った高槻やよいちゃんが765プロのアイドルになっていたことは後で気付きましたがお仕事で共演する機会は中々ありません。向こうは私なんてとっくのとうに忘れているでしょうけど、あの時のことがありましたので私は彼女をひっそりと応援しているのです。
今日もやよいちゃんのインタビューが掲載されたアイドル誌を購入し、自室のベッドに寝転んでドクペを飲みながらパラパラと記事をめくっていました。
お、あったあった。
「ブフォアッ!!」
インタビューページを見た瞬間口にしていたドクペを吹き出しました。
「た、炭酸がぁぁぁぁ~~!!」
ちょうど最悪のタイミングで気管に入ったので悶え苦しみます。暫くしてから冷静になりました。そしておそるおそる恐怖の記事を目にします。
「もやし好きで広く知られる高槻やよいさん、そのルーツは346プロ所属アイドル、七星朱鷺さんにあった……」
何言ってんだやよいィィーーーー!!
『幼少期の朱鷺ちゃんは凄く貧乏でもやししか食べていないって言ってました! だから私がお金がなくて困ってた時、もやしの素晴らしさを教えてくれたんです!』
いや、確かに言いましたけどこんな公式の場で話さなくてもいいじゃないですか……。それにこんなことを書かれたらまた幼少期の謎が深まりますよ。
その後はインタビューの趣旨を考慮せずにもやしがいかに素晴らしいかを熱心に説いています。お、ちゃんとろくろを回すポーズもしてますね。
『うっうー! だからもやしは神様なんです! もやしは天の恵みなんです!』
「…………」
最後まで読んでから雑誌をパタンと綴じます。
「よし、見なかったことにしましょう」
こうしてもやしの件はひっそりと歴史の闇に葬られ……ませんでした。残念ながら。
何とその記事を見たもやし製造会社の幹部さんが私達に目をつけたのです。知名度が高い割にはギャラが安い我々を利用して自社のもやしを宣伝しようとしたのでしょう。後日正式に仕事のオファーが来ました。
美城常務が止めてくれるのではと期待しましたが、何故かトントン拍子で話が進んでしまい結局もやしの宣伝をすることになってしまいました。
何でも765プロと346プロがコラボして、私とやよいちゃんをもやし製造会社の広告塔として全面的に売り出すそうです。『もやっしー』というオリキャラの着ぐるみを着てCMに出演することも決まりました。
これにより、晴れて私のアイドル属性に『もやし』という謎項目が追加されたのです!
どんな判断だ。金をドブに捨てる気か。