ブラック企業社員がアイドルになりました 作:kuzunoha
「ああ~~」
じわじわとしみてくるような暖かさが全身を包みます。プロジェクトルームにも暖房は付いていますが、地下のためか効きが悪いのでこの温もりが楽園のように思われました。
「あの、朱鷺さん」
「なんですか?」
ほたるちゃんの方を向いて返答します。困り顔ですがその理由はなんとなく察しました。
「そろそろレッスンですけど……」
乃々ちゃんがおずおずと口にしました。おっといけない、もうそんな時間でしたか。
「わかりましたよ、では…………ひゃあ!」
もぞもぞと這い出ようとした瞬間冷気が体を包みました。それを敏感に感じ取った私は再び元の場所に退却します。
「最近は皆頑張りすぎじゃないですか? 私、なんだか心配なんです。だから今日は全員で自主休業にしましょう? うんうん、それがいいと思います」
どこかで聞いたことのあるような話を力説していると飛鳥ちゃんが呆れ顔になりました。いや、これは敗北ではなく戦略的撤退なのです。
「やれやれ、君はいつから杏になったんだい?」
「そんなこと言っても寒いものは寒いんですよー!」
先日自費で購入した大型コタツから首だけ出して抗議しました。客観的に見るとガメラみたいになっていることでしょう。
「コタツは体を潤してくれます。リリンが生みだした文化の極みですよ。そう感じませんか?」
「…………」
そう言いながら三人に視線を向けると養豚場のブタでもみるかのような冷たい目をしていました。う……うろたえるんじゃないッ! 清純派アイドルはうろたえないッ!
「ならば仕方ない、最終手段に出るとしよう」
「ダニィ!」
飛鳥ちゃんの冷酷な表情から何を企んでいるのか理解しました。しかしやらせはせん、やらせはせんぞ!
瞬時にコタツに潜り込み電源コードのスイッチを確保しました。ふふふ、これで熱エネルギー供給ストップ作戦は封じたはず。尻の青い小娘め、出直してくるが良いわ!
すると次の瞬間、こたつ布団の中が真っ暗になりました。あ、あれ?
「────君はコンセントという概念を知っているかい?」
自信に満ちた中二病ボイスが聞こえてきます。そうですか、そうきましたか……。
熱エネルギーの大本を絶たれては仕方ありません。クソザコナメクジの如くコタツから這い出しました。うう、寒い。
「ボクが勝ったんじゃない────キミが負けたんだ」
格ゲーの勝利ボイスみたいなことを言っている娘を尻目に立ち上がります。出て少しするとコタツのまどろみが綺麗サッパリ消え去りました。プロのアイドルともあろうものが一瞬でもニートみたいなことを考えてしまうなんて、まだまだ修行が足りませんね。
「さ、では今日も皆でレッスンを頑張りましょう!」
零細企業の社長のような朝令暮改ムーブをかましつつレッスンルームに向かいました。
季節が過ぎるのは早いもので、今年も既に半月ほど経過しています。クリスマスから年末年始は芸能関係者にとって仕事のかき入れ時ですから中堅アイドルの私達も非常に忙しく毎日を過ごしていましたが、一月も下旬となりようやく落ち着いた感じです。
私は前世では盆も正月もなく過重労働をしていましたので問題ありませんけど、慣れていない乃々ちゃん達は結構大変そうでした。明日から数日それぞれの実家に戻られる予定なのでリフレッシュして欲しいものです。
レッスン後、着替えをしてからプロジェクトルームで雑談していると内線電話が鳴りました。
「あ、私が出ます」
ほたるちゃんが電話機に駆け寄り話を始めました。そういえば、今までの努力が実を結んだのか最近彼女の人気が上がっているように感じます。心なしか声までクリアに聞こえるようになったので私としても嬉しいですね。ほたるちゃんは私が育てた……訳ではありませんが育成が大成功して万感の思いです。
電話を切ると再びコタツに戻ってきます。
「あの、なんのお話だったんでしょうか……」
乃々ちゃんが疑問を投げかけました。内線電話なんて普段はあまり使わないですから興味があるのは当然でしょう。
「犬神P(プロデューサー)さんからです。346プロダクションの新人アイドル二人を紹介したいのでこちらにいらっしゃるそうですよ」
「期待のルーキーか。どんな子達かあまり興味はないけど、話をするのも悪くないだろうね」
いやいやいや、その顔は興味ないどころかメッチャ興味津々じゃないですか。
意外かもしれませんが346プロダクションに新人アイドルが加入するのは結構久しぶりのことです。確か桐生つかささん以来でしたか。
『強烈な個性の発揮』という曖昧でガバガバな旧方針のもと攻め過ぎた属性のアイドル(残念ながら私も含みます)を多数勧誘した結果、収集がつかずアイドル動物園と化していたので美城常務が新規採用を一時凍結していたのです。
当時は結構不満が出ましたが私としてはその案に賛成でした。何しろP一人が担当するアイドルの数が多過ぎて統制が取れていませんでしたし、個性の発揮しどころを間違えてスポットが当たり難いアイドルもいましたから良い意味でのリストラクチャリングは不可欠な状態だったのです。
育成されるアイドル側としても不満が多数あったため、私の方で現場の意見を取りまとめて美城常務に提案をさせて頂きました。それも参考にしつつ教育制度を一新したそうなので、今回採用された子達は新制度での新人第1号と言えるでしょう。
「そうなると乃々ちゃんも先輩ですか。ここは一つ、ナメられないように先輩らしくヤキの一つや二つ入れてあげないと」
「えぇ……む~りぃ~……」
乃々ちゃんがいつも通り困り顔になりました。アイドルとしての経験値は着実に積んでいますけどこういうところは相変わらずです。
「私達も所属したての時は戸惑いましたから、新人の皆さんのサポートをしてあげましょう」
「そうですね。私も楓さんや瑞希さん達にサポートして貰いましたし」
先輩から受けた恩は後輩に返すのが人間として正しい姿です。先輩から受けた苛烈なシゴキを後輩に倍返しするという負の残虐スパイラルは絶対にしてはいけません。
「でも油断は大敵ですよ。アイドルなんて人気商売ですからポッと出の新人に一気に抜かれる可能性も十分にあります。可愛い後輩であり強力なライバルだと思って接して下さい」
「ライバル、ですか?」
「私達の活動は一定の成果を得ていますが、それに胡座をかいていると過当競争のアイドル業界からあっという間に消えてしまいます。なので常にチャレンジャーとして戦い続けなければいけません! 戦って! 戦って! 戦い抜いて! 最後まで勝ち残った者がアイドル・ザ・アイドルの栄光を手にすることが出来るのです!」
「さっきまでコタツの主だった者のセリフとは思えないな」
「…………」
こう言われてはぐうの音も出ません。ですが生まれ変わった私は過去を振り返らないのでアスカちゃんの口撃を華麗にスルーします。レスバトルには乗らないのが大人の女の嗜みなのです。
「そういう点では地下アイドルやローカルアイドルの泥臭さは学ぶべきものがありますね。ああいうところにも思わぬ実力者はいますし」
特に佐賀県で人気急上昇の某ローカルアイドルは要チェックです。ですがメンバーが誰もSNSをしていませんし公式情報がクソダサホームページしかない謎のグループなんですよねぇ。自称アイドル研究家としては一度現地視察に行ってみたいです。
「みんな、お疲れ様!」
取り留めない話をしているとノックの音がしてから犬畜生が姿を現しました。
「おはようございます」
「お、おはようございます……」
「やあ、おはよう」
「あざ~っす」
「うん、今日も皆いい返事だね! ……若干一名はアレだけど」
小声で文句を言ったのを私は聞き逃しませんでしたよ。これは後で教育が必要ですね。かつて私も悶え苦しんだ感度三千倍を叩き込んであげましょうか。
「電話で伝えたけど、先日346プロダクションに新しいアイドルの仲間が加わったんだ。ちょうど今挨拶回りで事務所に来ていたから皆にも紹介しようと思って連れてきたよ」
「新しいアイドルって犬神さんが担当されるのでしょうか」
「いや、別のPの担当だ。緊急の打ち合わせが入ったから俺が代わりに引率を引き受けることなったのさ」
その言葉を聞いて少し安堵しました。当初と比べて見違えるほど成長はしているものの、これ以上担当が増えたらキャパオーバーなので増やされたらはたまったものではありません。
「じゃあ二人共、こっちに来てくれ」
犬神Pが手招きすると二人の女の子がルーム内に入ってきました。一人は茶髪ロングの美少女でどことなく卯月さんに似ているような感じがします。もう一人は黒髪ツーテールの少し小柄な子です。マスクをしているので顔ははっきりとはわかりませんがアイドルになるくらいだから美少女なのでしょう。
「こちらがさっき話していたコメットの娘達だよ。活動を始めてから1年くらいだから君達より少し先輩かな。それじゃあ、先に自己紹介をお願いするね」
「は、はい!」
茶髪ロングさんが先に挨拶をするそうです。どうやら正統派っぽいイメージなので今までのようなイロモ……もとい個性豊かなアイドルとは異なるキュートな自己紹介が聞けることでしょう。
「山形生まれのりんごアイドル、あかりんごこと辻野あかり15歳で~す♪ いやぁ~、アイドルの皆さんに自己紹介なんてアイドルっぽいなぁ~、いまの私! 照れるんご!」
「……ンゴ?」
一瞬『お、Jか?』という考えが脳裏をよぎりましたが必死に打ち消しました。あんなところと初々しい新人アイドルを結びつけてはいけません。
「どうしました、朱鷺さん?」
私が大いに動揺しているとほたるちゃんが心配そうに声をかけてきました。幸い私以外にこの語尾について違和感を持っている人はいないようです。よかったい、よかったい。
「え~と、その……。中々個性的な語尾だなと……」
「んご……。それさっき姫川さんにも言われたんご……。こういう言葉を使うのが都会では流行ってるって聞いたのにな~。おかしいんご」
私も一応都会と呼ばれている場所に住んでいるはずですがこんな語尾を使う学生に出会ったことはありません。ですが新たな環境に順応するため努力されているようなので、これを笑ったりネタにするのは絶対に止めようと思いました。
「いえ、虚を突かれただけで全然おかしくはないですよ。とても可愛らしいですからそのままでいて下さいね」
言葉遣いも含めて彼女の個性ですからそれを尊重することにします。第一個性の総合商社と呼ばれている私は他の子を指摘できる立場にはありません。
「そ、そう? 可愛いって言ってくれてありがとうっ!」
すると頬がりんごのように赤くなりました。お世辞抜きで可愛いのでアイドルとしてスカウトしたくなる逸材ですね。
「ちなみに友紀さんは言葉遣いについて何か言っていましたか?」
「え~と……。一部の野球好きには強烈なインパクトを与えるし面白いから絶対に変えないでねって言ってたんご」
サンキューユッキ。フォーエバーユッキ。
「続きだけど、好きなものはりんごとラーメン、苦手なものはトマトです! あは♪」
「……山形はりんごの名産地ですね」
「親から山形りんごのアピールをしてって言われてます!」
りんごといえば青森県を思い浮かべますが山形県も同じく名産地です。以前お歳暮で山形産の『ふじ』や『秋陽』の詰め合わせセットを頂いたことがありますが本当に美味しかったですよ。
「ラーメンなら私も好きです。仕事がてら色々なお店を開拓していますから今度都内のオススメ店を紹介しますよ」
「ありがとっ! テレビだと少し怖そうなイメージあったけど優しいな~」
「いえいえ、それほどでも」
近寄りがたいイメージ払拭キャンペーン中ですからこれくらいの親切は当然です。あかりさんの自己紹介が無事終わったのでもう一人の自己紹介タイムとなりました。
「あ、どーも」
少し暇そうにしていた黒髪ツーテールの子がマスクを外します。おお、やはり美少女でした。鮫のようなギザ歯は自称サメ映画研究家の私にとって興味深いです。
「砂塚あきらデス。なんで自分がアイドルなのか、よくわかんないデスけど……アイドルはいろんな服が着られそうだしとりあえず様子見って感じ。15歳で、趣味はファッション、SNS、動画配信、FPSデスかねー」
「こ、これが現代っ子……」
さとり世代っぽい淡々とした自己紹介を聞いた瞬間一歩後退りしてしまいました。
周囲の15歳達が揃いも揃ってアレなのでついぞ忘れていましたが、イマドキの15歳ってこんなにマセた感じなんですねぇ。前世の学生時代なんて今日生き延びられるかで精一杯でしたからまるで異世界の住人のようです。でもこれはこれで『可愛いからヨシ!』と心の中で現場猫のポーズを取りました。
「ああ、この間はありがと」
するとあきらさんが私に向かって軽く会釈しました。今日初めてお会いしたはずですけど。
「え~と、この間って?」
「ちょっと前にmytubeで自作PCの相談をさせてもらったんデスけど」
「あっ!」
その言葉を聞いてやっと思い出しました。そういえば年末に投稿した自作PC製作動画に美少女マイチューバーからの質問メッセージが来ていたので返した記憶があります。しかしそれがあきらさんだったとは今の今まで気付きませんでした。
「動作は問題ありませんでしたか? 安定性が高くてコスパが良い構成で考えてみたんですが」
「グラボ代でちょっと予算オーバーだったけどオススメのパーツにしてよかったデス。動画エンコも安定してて格段に早くなったし」
「初期投資は重要ですからねぇ。私みたいにケチってアジア製の激安パーツばかり組み込むとしょっちゅう故障しちゃいますよ」
「あれはある意味芸術的だね」
「動画編集中に落ちたりすると殺意しか湧きません」
「ははっ、あるあるだなー」
「故障の修理もアレはアレで楽しいですけどね。動画のネタにもなりますし」
共通の話題があるっていいですねぇ。手の届かないと思われた美少女がとても身近に感じます。
「あの、お二人はお知り合いなのでしょうか?」
話についていけていないほたるちゃん達に事の経緯を簡単に説明しました。
「なるほど、お互いにマイチューバーだから知り合いだったんだね」
「別にそういうのじゃないデスよ。配信ならよくするけど……『はいどうもー☆ あきらデース☆』なんてサムいことはやらないし」
「私も趣味で動画アップしているだけですからマイチューバーではないですよ」
今の私はアイドル一筋です。汚れ芸人(副業:アイドル)ではないのです。
ちなみにかつての主戦場だったスマイル動画はオワコン化が著しいので既存動画を残して撤退しました。ランキングを覗いてもアニメ本編とRTA以外に見たい動画があまりない現状は流石に終わっていると思います。まあ全ては運営の怠慢による自業自得ですから一ミリも同情はしません。
「私はあんまり動画は見ないけど、二人はmytubeで人気あるんご?」
「こっちはファッションとゲーム実況がメインで人気はそこそこかなー。朱鷺サンはRTAやガンプラ、自作PC、B級映画批評、ソシャゲ実況とかで大人気デスね。特にガチャ爆死動画は急上昇ランキング一桁に入るし」
「また懲りずにガチャ回してたのか……」
犬神Pの哀れみの視線を浴びましたが無視します。私だってたまには神引きして『○○持ってない奴おりゅ?』ってキッズみたいに煽りたいんですよ! でも運が腐り切っている敗北者にそんな権利は許されていません。
「この間のスカサハ復刻774連のすり抜け七回核爆死はある意味神懸って……」
「それ以上いけない」
そっとあきらさんの口をふさぎました。今でも引きずっている古傷をえぐっては駄目です。ああ、また気持ちが悪くなってくる……。十連二十連で爆死爆死と騒いでる人達は私の鋼の忍耐力を見習って欲しいです。
たまにソシャゲ運営から金もらってわざと爆死しているんだろとか言われますが、別にしたくてしてる訳ではないですし課金は全部自腹ですからね。それもこれも未成年の課金額制限を設けていないこの世界線がいけないのです。ガチャは悪い文明! ガチャは悪い文明! 私はもう二度と回しませんよ!
二人の挨拶が終わるとこちらも順に自己紹介をしました。先輩風こそ吹かしていませんが三人共デビュー当時とは比べ物にならないほどしっかりしているので頼もしい限りです。
「あと一つ連絡があるんだけど、いいかな?」
「はい、なんでしょう」
おそらく犬神さんからの業務連絡だと思いますので続きを待ちます。
「二人は研修生としてレッスン等をやっていく訳だけど、研修の一環としてこれから週一回、現役アイドルの仕事に同行することになったんだ。それで早速なんだけど、今週の土曜日は七星さんに付いて現場見学をして欲しい」
ああ、そういうことでしたか。これは以前私が美城常務に提案した研修プログラムの一つです。シンデレラプロジェクトの発足当初はレッスンばかりでちゃんとデビューできるか不安に感じた娘が多かったので、現場の第一線で輝く先輩の姿をたまに見せてモチベーションの向上を図るという施策です。現役アイドルとの交流の機会を増やして悩みを相談しやすい環境を構築するという意図もあります。
「別にいいですけど、大事な新人を私の現場に付けて大丈夫ですか?」
一般的なアイドル像とはほんのちょっとだけ外れているので一応確認しておきます。
「ああ、美城常務直々の指名だからその点は問題ない。提案者が率先して実践するのは当然のことだろうと仰っていたよ」
「ならOKです。ではお二人共、当日はよろしくお願いしますね。時間と場所はそちらのP経由で連絡しますから」
「はい!」
「それじゃ現地集合ってことで」
連絡が終わると三人が退室されました。恐らく別のアイドルに挨拶へ行ったのだと思います。
新人の引率はいささか大変ではありますが、前世ではよくやっていて慣れていますので苦ではありません。アイドルとして失望されないよう当日は頑張りましょう。
「おっはようございま~す♪」
「ねむ……」
現場見学の当日、朝から元気一杯のあかりさんとは対象的にあきらさんは寝ぼけ眼で目をこすっていました。夜遅くまでFPSでもやっていたのかもしれません。
そんな二人に対し「おはようございます」としっかり返事をしました。どの業界でも挨拶は基本です。出来ない人は認めてもらえませんのできちんとした挨拶をこれから伝授していきたいです。
すると撮影スタッフ達も口々に挨拶を交わしました。なお経費削減のためロケができる最低限度の人員しかいません。龍田さんプロデュースの番組っていつもこんな感じですねぇ。
「ところで今日って何の収録なのかな? リフォーム系の番組らしいけど、Pさんからは詳細は現地で聞いてっ言われたんご」
「テレビなんて普段見ないし」
「なるほど、そういうことですか。わかりました」
特番枠で数回放映しただけですから馴染みがない方がいるのは当然です。作業開始がもうすぐ始まりますので要点だけ簡単に説明しちゃいましょう。
「リフォーム系の番組って昔から根強い人気があるじゃないですか。普通は視聴者さんの応募でリフォームする家を決めて、プロの建築家さんがオリジナリティ溢れる住み難い家に改悪するのが定番ですけど、この『極限ビフォーアフター』という番組はかなり違います」
「どう違うの?」
「番組Pの龍田さんが駅チカだけど古いボロ一軒家を購入して、それを私が最新デザインの超住みやすい家にリノベーションするんです。その家を転売していくら儲けが出たか視聴者に予想してもらう番組なんですよ」
「へぇ、結構面白そう♪ だけどリノベなんてできるの?」
「昔は色々とやっていましたから、戸建住宅程度ならお手の物です」
「どんな昔なんデスか……」
前世の若い頃には備長炭よりも黒いブラック土建屋で設計や現場監督をはじめ基礎、躯体、外装、内装、設備の職人をやっていましたから普通に得意分野です。別番組の打ち上げで建築関係に明るいことを龍田さんにポロッとこぼしたら翌月にはこの番組のオファーが来ていました。一体何なんだアイツは。
住人がいませんからクレームや仕様変更がなく短工期で施工できる点が効率的です。何より恐ろしいのは物件の売却で得た多額の利益によって只でさえ少ない番組制作費の多くが回収できていることですね。
主に中高年の方から大受けで視聴率も毎回時間帯トップの人気番組ですから低視聴率にあえぐテレビ局としては大助かりでしょう。でもP特権で番組広告枠の半分をコメットの新曲CMにするのは私が職権乱用しているように見えるので控えて欲しいです。
「それじゃ朝礼を始めまーす」
色気のない作業着姿でヘルメットを被ってからスタッフに声掛けしました。職人を雇うと人件費が高く付くので、車を使う作業と資格が必要な作業以外は私だけで施工します。競売で落札した家の家財道具の処分からスタートするリノベーション番組とか斬新過ぎてめまいがしてきますね。
それでも前世の経験と『トキ(北斗の拳)と同じ程度の能力』の相乗効果により熟練職人の十数倍の速さで作業ができるので何も問題はありません。本業をリノベ屋にした方がアイドルより絶対に儲かるところが悲しいなぁ。
「ご安全にー」
作業内容の確認と一人
「あきらちゃん、アイドルって大変ご……」
「いや、これができるのは朱鷺サンだけだと思うよー」
何も言い返せないのが悔しいです。農業系アイドルが人気出るなら土建系アイドルも流行りませんかね? あ、ない……そう……。
「本日の作業は終了でーす。お疲れ様でしたー」
今日は別現場での仕事があるためお昼前に作業を終えました。工程表よりも速いペースで進んでいるので後二日で終わるでしょう。作業着から私服に着替えて二人の元に駆け寄ります。
「お待たせしました。じゃあ次の現場に行きましょうか」
「……う、うん!」
おお、あかりさんが若干引き気味でおられますぞ。まぁ私の作業風景はスピーディかつテクニカル過ぎて気持ち悪いと言われることが多いので仕方ありません。
「次の現場は何するの?」
「え~と、これからタクシーに乗って渋谷の本屋さんでサイン会をする予定です。最近レシピ本の第二弾を発売しましたからその本の宣伝ですね」
「ほっ……。普通のアイドルの仕事だ……」
「その後は砲丸投げの砲丸でストラックアウトをやります」
「全然普通じゃなかったんご!」
あかりさんには刺激が強かったようです。私の基準では十分普通のお仕事なんですけど。あれ、普通って何でしたっけ……。
その後はサイン会をこなしつつ、新魔球を駆使し三球で九枚抜きを達成してから次の現場に向かいました。今日の『とときら学園』の収録ではきらりさんと愛梨さんが司会進行を務めますので、生徒役の私は専用の園児服に着替えて他のアイドル達と共に出番を待ちます。その様子をあかりさん達が眺めていました。
「この服はないな~」
私の服装を見て眉間に皺を寄せます。園児服はファッションに厳しいあきらさんのお眼鏡に叶わなかったようです。
「これ恥ずくない?」
「最初は抵抗感がありましたけど何度も着ていますからもう慣れましたよ。照れずにちゃんと着ていれば園児っぽい感じになりますし」
「でもそのスタイルでこの服だと、怪しいお店のコスプレみたいな……」
「それ以上いけない」
そっとあきらさんの口をふさぎました。この番組で私が一番気にしていることを言ってはいけないのです。一度それらしいポーズを取って自撮りしたらイメージ的なクラブの子にしか見えませんでしたよ。百歩譲ってドリーム的なクラブの範囲に留まって欲しいです。
「おぉ~、これぞアイドルの現場、芸能界って感じだぁ。私、浮かれてるっ♪」
一方あかりさんは落ち着きなくキョロキョロとしていました。数ヶ月後にはこの輪に加わっているはずですからそれまでの辛抱です。
「今日はどんな企画なの? あっ、みんなで楽しくおしゃべり会とか!」
「ふう、わかっていませんねぇ。今回はそんなにこやかな収録ではなく、私にとってはある意味弾道ミサイル以上の危険性があるのですよ」
やれやれと言った表情で肩をすくめました。
「それでは説明致しましょう」
「ぬわっ!?」
龍田Pがいつの間にか背後に立っていました。確かに油断していましたが、この私に気配を悟らせないなんて人外に足を突っ込んできていますね。風のヒューイくらいだったら多分倒せそうな気すらしてきます。
「辻野さん、砂塚さん、初めまして。当番組Pの龍田と申します。以後お見知りおきを」
そう言って二人に自己紹介しました。一見温和で紳士的な
「あかりんごこと辻野あかりです! よろりんご♪ ……それで、どんな企画なんですか?」
「正式名称は『リバース授業参観』────我々スタッフ間では生き地獄と呼んでいます」
「リバース?」と呟きながらあきらさんが首を傾げました。
「通常の授業参観は生徒のご両親が参観し、子供が変なことを言わないようハラハラしながら一挙手一投足を見守ります。今回はその逆としてアイドル達のお母様に授業を受けて頂き、お子様に関する様々な話題を振ります。七星さん達にはその様子を後ろからただ見守って頂きます」
「あっ……」
あきらさんはこの企画のヤバさを察しました。
「へぇ~、面白そう。でもそれのどこが危険なの?」
「……いいですか。母親という連中は子供のありとあらゆる個人情報を握っています。もちろん、恥ずかしい話や過去のやらかしも把握されているんですよ。話の流れでいつ爆弾発言が飛び出すかわからないのに、私達は後ろで見守ることしか許されていません。更には親バカによる娘自慢という羞恥プレイのオマケまでついてくるのです」
「それを全国に晒されるってわけ」
「辛いんご!」
あかりさんにも理解をして頂きました。まあ、でも普通の母親ならそこまで大きな問題はないんですよ。普通の母親なら。
超クッソ激烈にヤバいのはマイマザーの情報セキュリティがガバガバなことなんです! アレを野に解き放つのはサポート切れOSでウイルス対策ソフトを入れないまま海外エロサイトに特攻するくらいの危険行為と言えるでしょう。龍田Pもここぞというところで介入してくるに決まってますから恐怖心しかありません。
「朱鷺ちゃん~、お母さん頑張ってアピールするわね~♥」
「頼むからその口を閉じて一言も喋らないで! できればそのままUターンして家に帰って!」
笑顔で手を振るお母さんに向かって大声を上げました。三十ウン歳の子持ちの癖にアイドル達と遜色ない見栄えなのが今日に限ってイラッとします。
「安心して下さい。オンエアできない七星さんの情報は私の胸の中にしまっておきますので」
「貴方に知られるのが一番厄介なんですよ!」
漫才みたいなやりとりをしている内に収録タイムになりました。本当にお願いしますからヤバい情報は漏らさないで欲しいです。
収録が終わった後は三人で最寄り駅に向かいました。あかりさん達は寮住まいなので私とは逆方向ですが、日が暮れていますのできちんと送り届けるつもりです。
「ああ、疲れました……」
精神的に満身創痍の状態でふらつきながら歩きます。
「収録中あれだけ絶叫すればそうなるよ!」
「ご愁傷様」
マイマザーも一応配慮したのか私の能力の秘密は秘匿されましたが、小中学生時代のやらかしエピソードを暴露され親バカぶりを遺憾なく発揮されました。確かに笑いは取れましたけど清純派アイドルとしての私の評判に傷が付かないか心配ですよ。全くもう!
「あ、そうだ」
精神的な動揺によって大切なことを忘れていたのに気付きます。
「今日は一日お疲れ様でした。私のお付きは色々と大変だったでしょう? 他の子達はちゃんとしたアイドルらしい仕事ばかりしていますから心配しなくていいですよ」
駅までの道すがら軽くフォローをしてみました。今日は普通のアイドルが絶対にやらない仕事をしましたから結構心配です。これが原因で『私、アイドル辞める!』なんて宣言されてしまったら責任問題になりかねないので内心ヒヤヒヤでした。
それにしても現場同行の第一弾に私を選ぶなんてあのポエミィ常務は一体何を考えているのでしょうかねぇ。
「ううん。かなりビックリしたけど……アイドルって楽しそうって思ったよ!」
「えっ?」
あかりさんから意外なリアクションが帰ってきたので思わず聞き返しました。
「とりあえず、飽きるまではやろっかなって感じで」
「えぇ……?」
あきらさんもまんざらではなさそうです。あれ、ひょっとしてこの娘達は相当な変わり者なんでしょうか。それならそれで今後の対応を検討しなければいけないんですけど。
「あは♪ やっぱりあの常務さんが言った通りのリアクションになった!」
「常務が言った通り……?」
訳がわからないので聞き返します。
「実は昨日、現場同行について常務サンから話があって。内容がポエム的だから半分聞き流してたんデスけど、『地上で輝く北斗七星の姿をよく見てみることだ。それこそがアイドルの輝きなのだから』って感じなコトを言ってた」
「だから今日はずっと朱鷺ちゃんを見てたけど、普通のアイドルの仕事もちょっと変わった仕事も、両方すごく楽しそうにしてて輝いて見えたよ! だからあかりんごもアイドルになれば毎日キラキラできるんだ~って思えたんご♪」
「まあ、そういうこと」
「…………」
そうですか。この私が、そんな表情をしていましたか。
「あれっ、どうしたの?」
思わず立ち止まった私を心配してか二人が振り返りました。
「いえ、別になんでもないですよ。さ、もう夜ですから早く家に帰りましょう!」
思わず口角が上がってしまったので隠すために早歩きをします。笑みが口元に浮かんでくるのを抑えるにはいくらかの努力が必要でした。
「ふふっ……」
やっぱり私は、