ブラック企業社員がアイドルになりました   作:kuzunoha

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裏語⑫ ラブラブ大作戦

「みんな~! 今日のライブは楽しい~!?」

「たのしーーーー!」

 七星さんが呼びかけると大きな歓声が返ってきた。

「本当? でもまだまだ盛り上がりが足りないよ~! コメットは最高~~!?」

「サイコーーーーーー!」

 返事に合わせてライブハウスが一斉に揺れる。どの観客の表情も笑顔で満ちていて良い。

「ここ名古屋で、みんなと一緒にライブができて私達も最高っ! せ~の、我が一生に~~」

「一片の悔いなーーーーし!!!!」

 最近のライブで試験的に導入した呼びかけにも一生懸命応えてくれる。盛り上がりとしては十分合格点だろう。

 

「それじゃあ、新曲行くよ~~!」

 熱気溢れるまま新曲に突入した。四人とも自信に満ちていてアイドルとして立派に成長している。もうどこに出しても恥ずかしくないな。

 少し不安だったので舞台袖から様子を見ていたけど必要なくなったので下がることにするか。

 発足当初は正直なところ存続すら危ぶまれていたが、こんな素晴らしいユニットに育ってくれて担当P(プロデューサー)としてはとても感慨深い。

「よし、俺も頑張ろう!」

 だけど現状に甘えていてはいけないよな。彼女達を日本一、いや世界一のアイドルユニットにするためにもこれまで以上に頑張る必要がある。思いを新たにしつつ舞台裏の方へ足を向けた。

 

 その後ライブは無事に終わった。

「みんな、ご苦労様!」とねぎらいの言葉を掛けながらスポーツドリンクを手渡していく。

「あ、はい。ありがとうございます」

「気遣い感謝するよ」

「とても疲れました……」

 森久保さんはフラフラだけど、それでも発足当初と比べたらまだ余裕があるように見える。

「あっつ~! ビールビール!」

「……未成年にふさわしくないセリフは、やめようね!」

「わかってますって、冗談ですよ冗談。ああ、犬畜生に冗談は通じませんでしたか。大変失礼致しました」

「相変わらず二言くらい余計だから……」

 少なくとも俺にはジョークに聞こえないんだよなぁ。

 

 四人が備え付けのパイプ椅子に座りドリンクを飲み始める。休憩の仕方にもそれぞれ個性があるから面白い。

「今日はツアー初日ですからちゃんとできるか不安でしたけど、無事に終わって何よりでした」

 白菊さんが心底安心したような表情で呟く。

「ボク達の実力は本物だと言っただろう? たとえ未踏の地でも実力を発揮すればオーディエンスは応えてくれるのさ」

「もりくぼは緊張で頭ぐるぐるでした……。でも名古屋の人達に楽しんで貰えてよかったです」

 彼女たちの言う通り、現在コメットは連休を利用したツアーの真っ最中だ。今回は近畿・東海エリアを対象にしており各地のライブハウスで一日二~三回ライブを行う予定となっている。

 ファンを全国に増やすためにはこういう地道な努力が欠かせない。なお全員未成年なので俺がP兼保護者としてツアーにしているというわけだ。

 

「それで、私達のライブはいかがでしたか? 忌憚のない意見をお願いします」

「うん、とても良かった! 全員輝いていて素晴らしかったぞ!」

「バッキャロウ!」

「たわば!」

 七星さんのエアビンタを食らって思わずのけぞる。風圧だけでも普通のビンタ以上の威力だから恐ろしい……。

 

「褒めたのになんで!?」

「一般客と同じ目線で楽しんでどうするんですか! 小学生並みの中身のない感想はNGです!」

「そう言われても、本当に心から良かったって思ったんだけど」

「Pなんですからプロの視点で課題を見つけてダメ出しをして下さい。コメットがアイドル界で輝き続けるには常に課題を見つけて解消し、進化を続けなければいけないんです。一応は上司なんですからハムスターの如くPDCAを回すようお願いしますよ」

「す、すまない」

 言われていることは正しいんだけど、自分の担当するアイドルだと思うとついつい贔屓目に見てしまう。

 

「まあまあ、そんなに厳しく言わなくても……」

「育て方は人それぞれだからね。彼は褒めて伸ばすタイプだと考えればいい」

「もりくぼは褒められたいです……。スパルタ教育はむ~りぃ~……」

 二宮さん達にフォローされてしまうのが情けない。

「ああ、もうわかりました。次から気をつけて頂ければいいですよ」

 不満げな表情のまましぶしぶ引き下がる。誰にでも意見を言える度胸はあるんだけどアイドル達には弱い。

 

「さて、そろそろ撤収作業を始めようか。いつまでもこうしていたら日が暮れてしまうよ」

「そうですね。今日の宿泊先にも行かなければいけませんし」

「うっ……」

 宿泊先という言葉を聞いて七星さんが露骨に嫌な顔をした。

「朱鷺さんのお爺様のお家なんですよね? 私、楽しみです」

「お城みたいって聞いたことがありますけど……」

「百聞は一見にしかずです。見てもらうのが一番早いと思いますよ。……本当は気が進まないんですけどね」

 憂鬱な表情でため息をつく。確かにこの後のことを考えると俺も気が重いが、ライブハウスの予約時間も少なくなってきたのでいつまでもこうしてはいられない。

「さ、それじゃあ片付けを始めようか!」

「はい、わかりました」

 話はそこまでにして撤収に入った。

 

 

 

 片付けを終えるとこのツアー中に使用している大型ワゴン車に戻った。これから暫く一緒に旅をする相棒である。

「よし、じゃあ行くよ」

 荷物を詰み終えると七星さんの祖父の家に向かった。カーナビによると市街地から少し離れたところにあるらしい。子供達を預かっているので安全運転を心がける。

「はぁ……」

「どうしたんだい、トキ」

「もしかして車酔いですか?」

 何度かため息をつく七星さんを他の子達が心配する。

 

「大丈夫? 気分が悪いならコンビニで一旦休憩しようか?」

「いえ、大丈夫です」

「お爺さんに会いたくないんでしょうか……?」

「そういうわけではないですよ。とてもいい人ですしね。ただ『例の件』を考えるとちょっと気が重いだけです」

「ああ……」

 皆の表情が微妙なものになる。確かに憂鬱になるだろうな。特に相手が俺ならなおさらだろう。

「さ、気にしないで向かって下さい」

「わかったよ」

 カーナビの指示に導かれるままひたすら街道を進んでいった。

 

「ええと。ここ、なのかな?」

 目的地の少し前で停車して目の前の建造物を指さした。この辺りに他の家はないから必然的にアレが七星さんの家だと思うんだけど。

「はい、ここですよ」

 七星さんが答えると車内が一瞬静寂に包まれる。

「城じゃん」

「お城ですね」

「フッ……まるで城だな」

「お城です……」

 皆の心が一つになった瞬間だった。

 

「だから何度も『城みたい』って言ってるじゃないですか」

「いや、それにしても……」

 格式高い日本邸宅を数十倍に巨大化したような建造物がそびえたっている。その周囲一面は土塀で覆われているので、戦国時代の城のレプリカだと紹介されたら疑うことなく信じるだろう。

「何だか観光スポットみたいです」

「ググレマップでも目立つのでまとめサイト等では謎の城としてよく取り上げられていますよ。城の雰囲気が味わえるということで海外の観光客には人気のスポットらしいです」

「やれやれ、本人だけでなくご親族も規格外なのか……」

「否定できないのが辛いところです」

 目の前で止まっていても仕方ないのでハザードランプを消して再び走り出す。

 

「これ、普通に車で入っていいのかい?」

「事前に連絡していますから問題ありません」

「し、失礼しま~す」

 徐行しながら立派な城門を恐る恐るくぐる。すると石畳が飛行場の誘導灯のように光り始めた。

「誘導路に沿って進んで下さい。その先に駐車場がありますので」

「はいてくです……」

「見た目は古めかしい城ですけどセキュリティを始めとして最先端の技術を導入しているんです。不審な動きをしたら契約している警備会社がすっ飛んできますので注意して下さい」

 これだけの土地建物とシステムを用意するのにいくらかかったのか見当もつかない。

「この家についてずいぶん詳しいんだね」

「新築の際には私も関与しましたもの。ゼネコンと設計会社がふっかけてきやがりましたから血が出るまで値引き査定のうえ手抜き箇所は全て指摘してあげましたよ。あはははは」

 お、鬼がいる……。

 

「やっぱり朱鷺さんはお嬢様なんですね」

「そこまで大したものじゃないですって。水瀬財閥や西園寺グループと比べたら中小企業みたいなものです。それに私自身の力で勝ち取ったものではありませんから自慢はできませんよ」

「それは比較対象が巨大すぎるだけかと……」

 話をしていると駐車場に着いた。車を止めると深呼吸する。

「コホン。さあ、行きますよ。犬神さん」

「あ、ああ……」

 覚悟を決めて車から降りる。ここからが今日の本番だ。

 

「それじゃあ行きましょうか、一郎さん♡」

「お、そうだな。行こう行こう!」

 手をつないで笑顔のまま歩きだすと森久保さんが「ひいっ……」と発して思わず後ずさった。普段なら絶対にありえない光景だから仕方ない。俺だって心拍数が一気に跳ね上がっている。

 どうしてこうなってしまったのか────城内へ向かう道すがら、数日前の出来事が脳裏をよぎった。

 

 

 

「お願いします、犬神さん。私の恋人になって下さい!」

「……え、何だって?」

 夜の八時頃、七星さんが俺のオフィスにやってきて開口一番にこんなことを言ってきた。難聴ではないのでちゃんと聞こえていたのだけど、鬼の霍乱かと思い反射的に聞き返す。

「ですから、一時的でいいので私の恋人になって下さいと言っているんですよ」

「…………………………正気?」

「ええ、正気かつ本気です。本気と書いてマジと呼びます」

 思わず目と目が合う。その瞬間、俺には事態が理解できた。

 

「今流行りのインフルエンザ脳症か。よし、救急車を呼ぼう」

「お、待てい!」

 スマホを取り出そうとすると右手の五本指で頭部を掴まれた。

「いたたたたた! いたい痛いイタイ!」

「人が真剣にお願いしているのにボケないで下さい! このまま爆熱ゴッドフィンガーで握り潰しますよ!」

「ごめんなさい許して下さい何でもしますから頭部破壊だけは止めて!」

「気持ち悪い媚びを売ってるんじゃないですよ!」

「ひぎぃ!」

 必死に懇願するとようやく解放された。

 鈍い痛みがまだ頭部に残る。危うく潰れたトマトみたいになるところだった。

 

「そういうつまらないジョークは不愉快極まりないって、それ一番言われてますから」

「すまない、俺が悪かった。てっきり脳が壊れてしまったのかと……」

「私は心身共に健康です。で、さっきの話は受けるんですか、それとも断るんですか?」

 ジト目で詰め寄られたので思わず数歩後ずさる。いや、これ断ったら絶対トマトジュース化間違いなしだって。

「とりあえず事情を話してくれないか? 悩みごとがあるなら担当Pとして相談にのるからさ」

「……はい、わかりました」

 様子がおかしいのでとりあえず話を聞いてみることにする。

 

「私の母方の祖父が東海地域で複数の病院や企業を経営しているのはご存知ですよね?」

「うん、知っているよ」

 以前にも話を聞かせてもらったことがある。俺はその辺りの出身じゃないからピンとこないけど、彼女のお爺さんは地域の名士らしい。

「今度コメットの近畿・東海ツアーがあるじゃないですか。祖父にはしばらく顔を見せていないのでその際に家に寄るよう言われているんです。とても広い家なので一泊して行けとね」

「いいことじゃないか。お爺さんも喜ぶし、宿泊費が浮くから経費節減にもなるよ」

「その時なんですけど、ある話を振られる可能性が非常に高いんです」

「ある話って?」

 聞き返すと微妙な表情になった。そのままぼそぼそと何かを呟く。

「……い、です」

「え?」

「だから、お見合いですよ!」

「はぁ!?」

 あまりに唐突で心臓が飛び出るくらい驚いた。

 

「実はですね……」

 すると七星さんがぽつぽつと経緯を話し始める。彼女のお爺さんはアイドルとしての活動や人外キャラとしての活躍を当初から全力で応援していた。しかしあまりの暴れっぷりに将来嫁の貰い手がいなくなるのでは心配する気持ちが強くなっていったようだ。

 芸能活動自体は応援しているのでアイドルを止めろと言う気はないが、今の内に婚約者候補を選定することで保険を掛けておきたいという要望があるらしい。

 

「そしてこいつらがお見合い候補者達です」

 写真が入ったバインダーを机の上に置いた。軽く十冊以上はありいずれも利発的な男性の写真が入っている。

「命知らずな……」

 思わず余計なことを言ってしまったので口を覆った。だが幸いにも怒っている様子ではない。

「ええ、私自身そう思います。九分九厘資産目当てでしょうけどコイツらは自分の命が惜しくないんですかね?」

「で、でも中には七星さんを気に入っている人だっているかも……」

「常識的に考えてそれはないでしょう。いいんですよ、慰めてくれなくても」

 濁った目で自嘲気味に笑う。確かに身体能力と性格はアレだけどこれはこれで魅力的な子だと俺は思うけどなぁ。

 

「それで、お見合い回避のために俺に恋人役を務めて欲しいというわけか」

「意中の人がいると思わせれば祖父もおとなしくなるでしょう。だからお願いします」

 なんだか九十年代のベッタベタなラブコメ漫画みたいな展開だけど、こんな話が俺に振られるとは思っても見なかった。

「でもなんで俺なんだい? 年齢的に言えば虎谷くんの方が近いし、役者としては龍田くんの方が数段上手じゃないか」

「一応虎ちゃんにも話を振りましたが『ストレスで胃が破裂するんで勘弁して下さい』と言い残し有給取って失踪しています。龍田さんに至っては『私は七星さんにとってのゲッベルス(宣伝相)ですからそういう役回りは犬神さんにお任せします』と笑顔でお断りされる始末です」

「……笑えないブラックジョークだね」

 いや、もしかしたら龍田くんは本気なのかもしれない。

 

「会社の戦力的に武内Pを犠牲にすることはできませんから、身近で若い独身男性という意味ではもはや貴方しか残っていないんですよ。流石の私も知りもしない野郎との見合いなんて願い下げなので、ご迷惑をおかけしますがご協力をお願いします」

 そう言って嫌々ながらも俺に頭を下げた。七星さんの力になれる貴重な機会だし担当しているアイドルが困っている姿を見過ごすことはできない。一通り事情を聞いて決心する。

「わかった、俺に全て任せてくれ!」

「それではよろしくお願いしますね」

 憂鬱そうな顔が少し明るくなって俺も嬉しくなった。不安はあるけどまぁ何とかなるだろう。

 

 

 

「お嬢様がお帰りになりました~~!」

 着物姿の女性が発する大きな声で現実に引き戻された。気づくと同じ姿の女性達が邸宅の出入り口で二列に整列している。深いお辞儀は一糸乱れず、同じ角度で完璧に統一されているのでかなり訓練されているのだと思う。

「トキ、この人達は?」

「祖父の使用人の方達です。この家に関わるお仕事をやって頂いてるんですよ。何しろこれだけ大きい家なので維持にもそれなりの手間がかかりますから」

「へ、へぇ……」

 使用人なんてまるで漫画の世界だ。自分が場違いな存在であることを改めて感じる。

 

「皆様、お荷物をお持ち致します」

「あ、いえ。これくらい自分達で運びますよ」

「そういう訳には参りません。何と言ってもお嬢様は二年振りのお帰りなのですから、誠心誠意おもてなしをさせて頂きます」

「さあさあ、こちらへどうぞ」

 使用人さんと話をしていると地の底が震えるような振動を感じる。そしてその振動は徐々に大きくなっていった。

「ふふふ、旦那様が待ちきれずにいらっしゃったようです」

「ええ!?」

 まだ心の準備ができてないが、こちらの事情などお構いなしにそれは姿を現した。

 

「…………」

「ひっ……」

 森久保さんが思わず腰を抜かしたがそれも仕方ない。

 俺達の前に現れた高齢の男性だが、熊が立ち上がったような大男で堂々とした体つきが周りを威圧している。無駄な肉は一片もなく、固く引き締まった筋骨が只者ではないことを暗示していた。

 頑丈で意志の強そうな目鼻立ちもそうだが、獲物を見つけた獣のような眼光には畏怖すら感じる。もし道端で出会ったら目を伏せ道を譲ってやり過ごす。つまりは滅茶怖いということである。

 

「朱鷺ィーーーーーー!」

「まさかの開幕ダッシュ!?」

 福男レースのような勢いで巨漢が突進してくる。

「うぉぉぉぉーーーー!」

 そのままアメフトの悪質タックルのように七星さん目掛けて飛びかかった。勢いのままに彼女を抱き上げる。

「よくぞ! よくぞ戻ってきた!」

「んもう、大げさだよ」

「大げさなものか! 正月すら帰ってこなかったのでもう二度と会えぬかと思ったわ!」

 鬼のような大男が涙を浮かべている。やっぱりあの人が七星さんの祖父か。何というか、孫に負けないくらいキャラが濃そう。

 

「トキィィィィ!!」

「ちょっ、髭が、髭が刺さる!」

「うぉぉぉぉーー!」

 七星さんの静止も聞かずに頬ずりを続けた。

「このっ……いい加減にしなさい!」

「うぐぉ!?」

 髭攻撃に耐えかねてボディーブローを繰り出すと鳩尾に入った。すると巨体が大きくよろめく。以前俺のミスでダブルブッキングした時に喰らったことがあるけど一日何も喰えなかったよ。

「ク、ククク……」

「た、倒れない!?」

 気絶できたら幸せレベルの攻撃を受けても彼は膝を付かなかった。

「効かぬ……効かぬのだ。この一撃は儂にとって喜びだからな!」

 そう言いながら不敵な笑みを浮かべる。あ、ダメだこの祖父。

 

 

 

 感動?の再会も一段落したので案内されるまま大広間に通された。なんか時代劇に出てきそうな風景だなぁ。白菊さん達も物珍しいのか周囲をキョロキョロと伺っている。すると七星さんの祖父が再び姿を現した。

「先程はお見苦しい姿を見せてしまい失礼しました」

「い、いえ、お気になさらず……」

 そう言いながら丁寧に頭を下げる。とても貫禄があって格好いいんだけど、先程の姿を見ているので微妙な気持ちだ。

 

「儂はここにいる朱鷺の祖父で七星李白(りはく)と申します。日頃孫娘がお世話になっており心より感謝しております。皆々様もよくご存知の通り、非常に偏屈で極度に気難しい子ですがどうぞ今後とも仲良くしてやって下さい」

「……偏屈で気難しいは余計じゃない?」

「だが事実だろう」

「くっ……」

 自分でも理解しているのかそれ以上は言い返さなかった。

 

「い、いえ。こちらこそ朱鷺さんには日頃から助けてもらってます。同じユニットの仲間としてだけでなく、大切なお友達として凄く仲良くさせて頂いています」

「むしろ助けて貰ってばかりですけど……」

「口では色々と言っているが根はお人好しだからね」

「ありがとうございます。あの友人ゼロ人を擬人化したような孫娘にこんな素晴らしい友人ができるとは、長生きはしてみるものですな」

「……だから一言余計!」

 七星さんが真っ赤になっている。昔を知る人が一緒だと彼女も防戦一方みたいだ。

 

「あの、李白さんは朱鷺さんの母方のお爺さんなんですよね? 名字が一緒なのはなぜなんでしょうか?」

「あれ、言っていませんでしたっけ。ウチのお父さんは七星家に婿入りしたんですよ。だから名字が一緒なんです」

「なるほど、そうだったのか」

「儂が言うのも何だが、我が家は由緒正しい名家ですからな。残念ながら男の跡取りには恵まれなかったのでせめて家名は残したかったのですよ」

 和やかな話が続いているけど、そろそろ偽恋人の話を振らないといけないんじゃないだろうか。気が気ではないので出されたお茶も喉を通らない。

 

「それで、そちらの方はどなたですかな?」

「わ、私ですか!?」

 李白さんが俺の目を見ながら質問してきた。不意打ちで虚を突かれたので思わず声が裏返ってしまう。

「え、ええと、七星さん達の担当Pを務めている犬神一郎と申します。よろしくお願いします!」

「君が責任者か。こちらこそよろしくお願いするよ」

 お互いに手を差し出して握手する。初見のインパクトが強烈過ぎて苦手意識を持ってしまったけど、こうしてみると普通に良い人で一安心だ。

 

「そして私の恋人でもあります♡」

 次の瞬間、あの悪魔が仮初の平穏を完膚なきまでに破壊した。

「……ほう」

 優しい表情は一変し全身の筋骨が仁王のように盛り上がる。ハイ、俺死んだ! 今俺死んだよ!

「一体どういうことか、説明して頂きたいものだ」

「痛い痛い痛い!」

 今まで平和的だった握手が一瞬で拷問へと切り替わった。

 砕ける! 指の骨が砕ける! というか手首からもげる!

 

 

 

「ということで私と犬神さんは将来を誓いあった仲なの♪」

「ハイ、ソウデスネ」

「……なるほど、事情は理解した」

 交際に至った経緯は七星さんが全て説明してくれた。何でもアイドルとして伸び悩んでいた七星さんに俺が優しく手を差し伸べたことがきっかけで淡い恋心が芽生えたらしい。え、君そんなキャラだった?

 その後は東京ディスティニーランドでのデートやピクニックデートなどを経て、夜景がキレイに見える場所で告白し正式交際に至ったそうである。あれ、君そんなキャラだった?

 なお体の関係があると遺伝子のカケラまで焼き尽くされかねないので、キスすらしていないプラトニックな純愛を貫いているという設定になっている。普通のアイドルならまあまあ納得できるけど話が七星さんとなると信憑性が限りなくゼロになるのが悲しい。

 

「だからお見合いとか婚約とかそういう話は今後一切無しでいいよね?」

「今の話が確かであれば仕方がない。その方が朱鷺に相応しいかは別として、心に決めた男がいるのなら涙を飲んで耐え忍ぼう」

 視線がレーザーのように突き刺さるけど今は我慢だ。七星さんのためにも頑張れ一郎!

「さて、そろそろ夕食の時間だ。今日は家の料理人が腕によりをかけた料理を皆さんに振る舞うので期待していて下さい」

「ありがとうございます。楽しみにしています」

 李白さんに挨拶をしてから一旦部屋に戻った。アイドル達と一緒の部屋に泊まるわけには行かないので俺だけ個室である。

 

「ふぃ~~」

 小奇麗な和室の座椅子に腰掛けてため息をつく。

 馴れない嘘をついたせいで精神的な疲労がどっと出たよ。温厚な好々爺が悪鬼羅刹に変貌する瞬間は今思い出しても恐ろしい。普通にトラウマになる。

 でも結構物分りの良い人だったな。恋人の振りもちゃんとできたしこれで七星さんの役には立てただろう。緊張が解けてのんびりしていると「失礼します」という声が聞こえた。

「入っていいよ、どうぞ」と返事をすると神妙な面持ちの七星さんが姿を現す。

 

「どうかしたの?」

「今後の作戦会議を開きに来ました」

「作戦会議ってどういうこと? 恋人の振りなら上手く行ったんじゃないの?」

「何言ってるんですか、全然ですよ全然!

 私は祖父と長く接しているからわかるんですけど、私と犬神さんの仲を疑っていました。今のままでは偽恋人だとバレてしまいますので信憑性を増すための作戦が必要なんです」

「でも、どうやって……」

 恋人だと思わせる方法なんて想像もつかない。

「こうなったらプランBで行くしかありません」

「プランB?」

 物凄く嫌な予感がするのは俺だけ……ではないだろう。

 

 

 

 それから間もなく夕食の時間がやってきた。来客用の豪奢な食堂に案内されるとこれでもかというほどのごちそうが並べられている。この部屋だけ洋風だからちょっと違和感があるけど、内装は派手すぎず質素すぎずでセンスがいい。

「海の幸も山の幸も沢山ですね」

「これはまた豪勢だな」

「もりくぼの一年分の食べ物より多いんじゃ……」

 白菊さん達の目が輝いていた。明日からはかなりグレードが下がるので今日はお腹いっぱい食べて欲しい。

「よいしょっと」

 七星さんが俺の隣に椅子を持ってきた。悪い冗談かと思ったけど本当にやるんだ、あれ……。

「では、皆様お召し上がり下さい。残された分は使用人の賄いにしますから無理に詰め込まなくても大丈夫ですよ」

 李白さんが発声すると皆で「いただきます!」と挨拶した。

 

「は~い、ア・ナ・タ。あ~ん♡」

「あ、あ~ん……」

 七星さんが運んできたふぐ刺しを心を無にして口に入れる。多分とても美味しいのだけれど、シチュエーションが異次元過ぎて正直味が感じられない。

「ど~う? 美味しかった?」

「ウン、ヤッパリトキチャンガハコンデクレルリョウリハ、オイシイナ」

「またまた~。そんなこと言ってぇ~♡」

「ハハハ、オセジジャナイヨ」

 七星さんが考えたプランBの一つ目がこの『あ~んして♡』である。今時バカップルでも滅多に見かけないと思うのだが、それを本気でやろうとする勇気と胆力が凄まじい。俺なんて思わず片言になってしまう。

 

「…………」

 李白さんの視線が痛い! というかこっちガン見だよガン見! 視線で人を殺せるのなら現在進行形で嬲り殺しにあっているだろう。

「あのっ、この伊勢海老は美味しいですね!」

「そ、そうだな。このひつまぶしも中々のものだよ」

「……もりくぼ、名古屋コーチンは初めてです」

 事情を知っている二宮さん達は極力俺達を視界に入れないよう努力している。七星さんも必死に堪えているのだから俺も皆のPとして頑張らなければいけない!

「次は松阪牛のステーキですよ~♪」

「ワーイ」

 食べたり食べさせたりで無限のような苦行が続く。食事が終わる頃にはお互いに疲労の色が濃くなっていた。多分寿命が七年くらい縮んだんじゃないか。

 

「皆様、食事の後はお風呂を用意しています。この家には温泉を引いた大浴場がありますので是非そちらも楽しんで下さい」

「ありがとうございます。それでは頂きますね」

 そう言って白菊さん達が大浴場に向かっていった。

 ああ、風呂ね……。食事だけで疲労困憊だったのですっかり忘れていた。

 私邸のため男女別にはなっていないので、二宮さん達に先に入ってもらい時間をずらして俺も入ることにする。彼女達が出たことを電話で確認してから重い体を引きずり大浴場に向かった。

 

 

 

「おおっ!」

 服を脱いで浴室に入ると壮観だった。泡風呂、電気風呂、寝湯、薬効湯、檜風呂、ミストサウナといった温泉施設さながらの設備が整っている。しかも露天風呂まで完備しているとは心憎い。ここは上層階だから眺めはいいはずだ。温泉好きとしては堪らないよ、早く見せてくれ!

「~~~~♪」

 恐怖心に支配されて下がっていたテンションが急上昇したので、まずは体を洗って入浴の下準備をする。よ~し、何から入ろうかな~!

 

「失礼しまーす♡」

 作ったような可愛らしい声が響くとのぼせていた頭に冷水をぶっかけられた感じになった。そういえばプランBの二つ目をすっかり忘れていたよ……。

「お背中を流しに参りました~♡」

 振り向くと体にバスタオルを巻いた七星さんが張り付いた笑顔で立っていた。

「本当にやるの、これ?」

「当たり前です。祖父に私達の関係を信じ込ませるにはこれくらいしないといけません」

「……わかった」

 真剣な表情になり小声で囁く。どうやらプランBの二つ目────『お背中流し大作戦♪』は避けられないイベントのようである。今はいいけど七星さんが素に戻った時どんな仕打ちを受けるのか、考えるだけで恐ろしい。

 

「それじゃあ洗いますね~♪」

 手にしたスポンジにボディソープを付けると俺の背中をこすり始めた。またもや亜空間のシチュエーションなので反応に困る。でも今のところ丁寧に洗ってくれてはいた。

「頭行きますよ~」

 背中を流し終えると今度はシャンプーで頭を洗い始めた。後ろからなのでお互いの距離が自然と近くなる。

「ん?」

 なんだろう、バスタオル越しにふにふにした柔らかい感触があるんだけど。

 あれ……これはまさか……。

「どうしました~?」

「いや、何でもない、何でもない……」

 思わず前かがみになってしまう。これは色々な意味でまずいよ!

 

「では前に参りま~す」

「はあっ!?」

 ヤバイヤバイヤバイヤバイ。この状況で前は絶対にダメ! いや、この状況でなくても絶対にダメだって!

「いやいやいや、前はまずいんじゃないかな! 流石にさ!」

「ここまで来てしまったら前も後ろも大して変わりないですって」

「天と地ほど違うっ!!」

「いいから観念なさい!」

 何で君はそんなに漢らしいんだ!

「クソッ! こんなところにいられるか! 俺は部屋に戻る!」

 慌てて立ち上がろうとするとシャンプーの泡でツルンと滑ってしまった。そのまま意図せず仰向けになってしまう。衝撃で腰に巻いていたタオルが落ちた。

 

「………………」

 静寂がその場を支配する。ああ、終わった。

「フッ……。勝った!」

「何が!? 何に!?」

 もう訳がわからない。

 

「あ~生き返るわぁ~~」

「こんな醜態を晒して生きていけない……。これからはHENTAIとして惨めな余生を過ごすしか無いんだ……」

 体を洗った後は二人で湯船に浸かる。もちろん七星さんはバスタオル着用のままだ。そうでなかったらとっくにこの場から脱出している。

「まあまあ、そんなに落ち込まないで下さいって。男の生理現象ですから仕方ないですよ。それに見られても別に減るものじゃないでしょう?」

「どこをどう切り取っても清純派アイドルが言うセリフじゃないよね、それ……」

 男女の立場が逆転しているような気がするのは俺だけかな。

 

「というかなんで七星さんは普通に混浴してるんだ! 絶対おかしいって!」

「少し前まではお父さんと一緒に入っていましたから抵抗感はありませんよ」

「……少し前っていつまで?」

「確か中二になる直前でしたか。背中を流すと言ったらお父さんから駄目だって言われました」

「断られなかったら今でも入ってたのかい?」

「多分そうですね。拒否する理由はないですし」

 さも当然のように答えるので一瞬何が常識なのかわからなくなってしまった。

「えっと、恥ずかしかったりはしないの?」

「いえ全然。だって大切な家族ですし、私の原材料の半分は父ですもの」

「生々しいことは言わないでくれよ……」

 う~ん、なんだろう。やっぱり決定的にズレてるんだよなぁ、この子。

 

 

 

「本当に疲れた……」

 大浴場で七星さんと別れてからポツリと呟く。

 食事アンド風呂のツープラトン攻撃でもうノックアウト寸前だ。明日もライブはあるんだから早く寝て疲労を回復させたい。そのまま這うようにして部屋へと向かった。

 客室に戻ると既に布団が敷いてあった。こういう心配りは素晴らしいなぁ。ベッドもいいけど日本人はやっぱり布団だよ布団。

「お休みなさい」

 歯を磨いてから布団に潜り込む。ああ、暖かい。このまま泥のように眠ろう、そうしよう。

 

「失礼しま~す♡」

「…………」

 電気を消そうとした瞬間、小悪魔────いや大魔王がやってきた。

「間に合っていますのでお引取り下さい」

「私は悪質なセールスか何かですか!?」

 いや~もう、もう勘弁してくれ……。でも大魔王からは逃げられそうもない。

「すまない、思わず取り乱してしまった。それで何の用だい? 確かプランBは二つで終わりだったはずだけど」

「私も当初はそのつもりでしたけど祖父の眼力は本物ですから念には念を入れた方が良いと今思いついたんですよ。そこでプランBの三つ目────『ドキドキ☆同衾作戦』を実行するに至ったというわけです」

 同衾作戦ということは一緒の布団で寝るのか。

 

「ヤメロー、シニタクナーイ!」

「殺しませんって!」

 逃走しようとするが手を掴まれてしまう。

「以前林間学校の際に開発した『右腕以外動かせなくなる秘孔』を自分に使いますから安全面は無問題です」

「いや、それでも倫理的に無理……」

「無理を通して道理を蹴っ飛ばしなさい!」

 何だこの男前!

 

「これも役得だと思って下さい。まぁ、私みたいな変な奴と一緒に寝るなんて迷惑でしょうけど」

 その言葉を聞いてカチンと来た。

「いや、七星さんは確かに他のアイドルとはちょっと違うかもしれないけど、君には君にしか無い魅力がある。だから自分を卑下しないで自信を持って欲しい」

 一応俺の本音だ。確かにとんでもない力があったり腹黒だったりズレてたりするけど、それも含めて素敵な子だと思う。

「……あ、ありがとうございます」

「う、うん……」

 顔を赤くしてしおらしくなったので調子が狂うな。いつもみたいに何か言い返して来ると思ったんだけど黙り込んでしまった。なんだかお互いに気まずい。

「じゃあ、寝ようか」

「そ、そうですね! お休みなさーい!」

 背中合わせで布団に潜り込む。サイズが大きいから二人入っても十分余裕があった。

 

 

 

「…………」

 そのまま三十分くらい経った。う~ん、とても疲れているはずなのに後ろの子が気になって全然眠れない。そうする内にかすかな寝息が聞こえてくる。

 七星さんもライブに加えて慣れていないプランBで相当疲労が溜まっているはずだ。ツアーは始まったばかりだからどこかで慰労してあげないといけないな。

「よっと」

 尿意を感じたのでそっと部屋を抜け出しトイレに向かう。すると道すがら家政婦さんから呼び止められた。

「夜分申し訳ございません。大旦那様がお呼びですのでお済みになりましたらこちらへどうぞ」

「は、はい」

 もの凄く嫌な予感がするけど呼ばれてしまっては仕方がない。数ある婿候補を差し置いてどこの馬の骨ともわからない者が孫の恋人だなんてと激怒しているのだろう。せめて命だけは助けて欲しいと思いつつ案内されるまま歩いていく。

 

「こちらです、どうぞ」

 家政婦さんが襖を開けるとそこは落ち着いた和室だった。その中心に李白さんが一人で佇んでおりお猪口を手にしている。どうやら一杯やっているようだ。

「おお、きたか。まぁこちらに来たまえ」

「失礼します……」

 恐る恐る入室する。正座で対面に座ると「一杯どうかね?」と言われたのでお膳の上のお猪口を手にした。すると徳利からお酒が注がれる。

「この辺りの地酒で、甘みと酸味のバランスが良い。試してみなさい」

「頂きます」

 震える手で日本酒を流し込むと、爽やかでフルーティながら米の旨味もしっかりと感じ取ることができた。これはたしかに美味しい。

 

「さて、朱鷺とのことだが……」

「ゴホッ……!」

 いきなり本題に入ったので軽くむせる。何とか呼吸を整えて次の言葉を待った。今後出入り禁止くらいで済むと良いなぁ。

「アレの恋人『ごっこ』に付き合わせてしまい、大変申し訳ない」

 そう言いながら正座のまま深く頭を垂れた。今までの苦労が水の泡となってしまい脱力しかけたが何とか意識を正常に保つ。

「……具体的にはどの辺りから気付かれていたので?」

「最初からな。第一朱鷺が淡い恋心とか言い出す時点で嘘確定だ」

「わかりますわかります」

 ぐうの音も出ない指摘だ。でもバレたならバレたで言っておかなければいけないことがある。

 

「お見合いの件については七星さんに聞きました。ご存知の通り彼女は家族にはとても優しい子です。その彼女がお祖父様にこんな嘘をついてしまうくらい嫌がっていますので、今後本人の了解なくお見合い話を持ってくるのは止めて下さい」

 怖いけど何とか言いたいことを絞り出した。その言葉を聞いて李白さんが厳しい表情になる。

「大切な商品に傷をつけるな、と?」

「いえ。Pだからではなく、彼女の友人としてのお願いです」

 七星さんが大切にしている家族に彼女の嫌がることをさせたくないというのが一番の理由だ。たとえその豪拳で殴られたとしてもこの考えを曲げる気はない。

 そう言うと表情が穏やかなものに変化した。

「心配する必要はない。今後本人の望まない見合い話は一切設けないつもりだよ」

「本当ですかっ!?」

「ああ、男に二言はない」

 思わぬ返事に喜んだけど、なぜ今までの方針をあっさり撤回したのだろう?

 

「犬神くんは最初に朱鷺と話した時にどう感じたかね」

「最初ですか……」

 正直あまりポジティブなイメージではなかったので言っていいものか悩む。

「ははは。何を言っても怒らんさ」

「わかりました。一言で言うと『凄く偏っている子だな』という印象が強かったです」

「偏っているとは?」

「何というか、家族に対する深い愛情とそれ以外に対する無関心さがあまりにも極端で、そのアンバランスさが凄く危ういなと。ですが本質的には情が深くてとても優しい子という気がしたので、内に向ける愛情の半分でも外に向けばとても良いアイドルになるという直感がありました」

「そうか。確かにそのとおりだな」

 遠くを見ながらお猪口をぐいと傾けた。

 

「……今でこそ溺愛しておるが、儂は最初あの子が怖いとさえ思っていたよ」

「えっ!? もしかして大暴れしていたとか?」

「いや、親の言うことはきちんと聞くしイタズラもしない。本当に理想的な子供だったからこそ怖かった」

「完璧過ぎて不自然だと?」

「だいたい幼子なんてものは親の言うことなどまるで聞きやせん。儂もかつては子を育てたから重々承知しているが、あの子は異質だった。まるで得体の知れないものが模範的な幼児を演じているようでな。まぁ後になって色々とボロが出たから安心したが。

 それに君の言う通り身内以外は雑草並と捉えていた節がある。だが親は子より早く死ぬものだ。姉妹とていずれ離別する可能性がある。あの朱鷺がもし一人でこの世に残されたらと思うと毎日気が気ではなかったよ。それこそ死んでも死にきれん」

 李白さんが執拗にお見合いを勧めていた理由がやっと理解できた。

 

「だから新しい家族を持って貰おうとした、と言う訳ですね?」

「そうだ。伴侶や子ができれば朱鷺が孤独になることはないだろうと思っていた。だがとんだお節介だったようだ。あの青年が言っていたとおり君や友人達と本音で接している姿を見て、この先孤独にはならんと信じることができたよ」

「あの青年?」

 気になるワードが出てきたので思わず聞き返してみる。

「確か数日前だったか。朱鷺の仕事仲間を名乗る龍田という若人から電話があった。『彼女はアイドル活動を通じて他の誰かを助けられる存在に成長しました。今度そちらに伺う時にそのことがわかって頂けるはずです。なのでお見合いの必要はありません』とな。

 妙に説得力のある話術だったので記憶に残っていたが、今日の様子を見て彼の言うとおりだと悟ったよ。無理に見合いの席を設けることは朱鷺のためにならぬ。この李白、己の愚かさに気づかず危うく一生の不覚を取るところであった」

「あ~なるほど……」

 先手を打っていたから後詰めを俺に任せたのだろう。この用意周到さは彼らしい。

 

「恋人のフリが失敗したことや今後お見合いをさせるつもりがないことは本人に言わなくていいんでしょうか?」

「恥を忍んで頑張ったことが無駄だとわかれば明日以降の巡業に差し障るから今は言わん方がいいだろう。儂がまんまと騙されたと思っていれば機嫌よく帰れるのだから暫く秘密にしておいてくれ。時機を見て改めて謝るつもりだ」

「わかりました」

「これで儂も肩の荷が下りたわ。はははははは! さあ、もう一杯!」

「はい、頂きます」

 その後は七星さん達の近況やアイドルとしての活動について色々と話をした。気難しいのではという印象とは裏腹にとても理知的で頭の切れる御仁だったので名士という評判は間違いないのだろう。ゆっくりとしたペースで美酒を酌み交わしながら長い夜が更けていった。

 

 

 

「それじゃ行ってくるね。また近い内に帰るからよろしく」

「うむ。その日を楽しみにしているぞ。道中息災でな」

 翌日はライブの予定のため朝食を頂いた後早々に出発した。打ち合わせ通り最後まで恋人話を信じたフリをしていたので七星さんの表情も明るい。車に乗った後も上機嫌で鼻歌を歌っている。

「いや~流石は私です。何とか恋人関係だと信じ込ませることが出来ましたよ!」

「お、そうだな」

 挨拶後数分で嘘だと看過されていたことは七星さんの名誉のため言わないでおこう。落ち着いた頃に李白さんから話があるはずだし。

 

「昨日はお疲れ様でした。朱鷺さん」

「全くですよ。相方が大根役者だと苦労もひとしおです」

「ウン、ソウダネ」

 正確には大根×2だった訳だけど口にしたらまたゴッドフィンガーの刑なので止めておく。

「お見合い話も無事振られなかったので良かったです……」

「フフッ、どうせなら嘘ではなく既成事実にしてしまってはどうだい?」

「ちょ、ちょっと!」

 森久保さんの安心したような言葉に続いて二宮さんが飛んでもないことを言い出した。これ以上荒れそうな話を振るのは止めてくれよ!

 

「アスカちゃんには申し訳ないですがイヌ科とヒト科の間に恋愛は成立しません」

「おや、それは残念なことだ」

 そのまま肩をすくめる。絶対遊んでるよな、この子……。

「それに私は永遠の清純派アイドル。いわばファン全員が恋人のようなものですから、当面の間は特定の誰かとそういう関係になることはないのです。さ、切り替えて今日のライブを頑張りますよ! ファイト、オー!」

 そう言って張り切る姿は確かにアイドルとして輝いていた。清純派……かどうかは神のみぞ知るところだけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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