ブラック企業社員がアイドルになりました   作:kuzunoha

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ジャスト三周年です。


後語⑥ 金曜日のシンデレラ

「おはようございます! 本日もよろしくお願いします♪」

「あざっす!」

「は~い、ヨロシク~」

 スタジオ入りすると共に全てのスタッフさんに笑顔で挨拶をしました。多少面倒ではありますが、芸能界といえども最近は真面目で礼儀正しい奴以外は表に出してもらえないので誠実アピールは欠かせません。私のような吐き気を催す邪悪であっても、表面さえ良ければ問題ないのですよ、ククク……。

 それに将来この中から出世し偉い立場になる方がいないとも限らないので媚は売っておいた方が良いのです。タダで(好感度が)もらえるならもろとけばええんやの精神ですね。

 

「失礼しまーす」

 挨拶を終えて楽屋に入ると本日の共演者が椅子に座っていました。私の姿を見るとおもむろに立ち上がります。

「おはようございますっ!!」

 小さな部屋いっぱいに大きな声が響きました。流石空手をやっているだけあって体育会系な挨拶です。

「おはようございます。今日はよろしくお願いしますね、有香さん」

「はい、こちらこそ!」

 そう言いながらお互い笑顔で握手をしました。

 

 今日の共演者────中野有香さんは現在十八歳のアイドルで、歳も芸歴も私より上の先輩にあたります。黒髪ツーテールで元気の良い空手少女な所が魅力な子ですね。なお身長は百五十センチと小柄で私より二十センチも低いので、こうやって握手すると親子のようになってしまいます。

 今日は『Netflogs(ネットフロッグス)で見られるカンフー映画特集』という宣伝番組の収録であり、武術つながりで彼女にゲスト出演頂くこととなりました。

 映画はたまに見る程度とのことなので、カンフーパンダのようなメジャー作からおすすめのマイナー作品まで掛け合いをしつつ一緒に紹介する予定です。

 

「あれ、まだメイク前ですか?」

 収録までそれほど余裕はないですが特に準備をしていないようなので訊いてみました。

「どうやら電車の遅延でメイクさんの入りが遅れているみたいです。収録は多少押しになるかもしれません」

「なるほど、そうでしたか。わかりました」

「下のスノーバックスで飲み物を買ってきますけど、なにか一緒に注文してきます?」

「そうですね……」

  お互いこの後の仕事はないので多少遅れていてもゆったりムードです。部屋の中は少し乾燥していたので、時間があるのなら飲み物を飲んでおいた方がいいでしょう。

 

「ではお言葉に甘えまして、グランデノンファットミルクノンホイップチョコチップバニラクリームフラペチーノでお願いします」

「……もう一度いい?」

「すみません、少し早口でしたか。グランデノンファットミルクノンホイップチョコチップバニラクリームフラペチーノです」

「……呪文?」

 思わず眉間に皺が寄りました。仮に呪文だとしたら長さ的に考えて爆裂魔法ぐらいの大ダメージが入りそうです。

「別に呪文ではないですって。『グランデサイズ』で『無脂肪乳』を使用し、『ホイップクリーム』を抜いて『チョコチップ』と『バニラクリームフラペチーノ』を追加したものです」

「絶対に覚えられませんよ、そんなの! えっ、そういうの注文するキャラでした?」

「フフフ……新時代を迎えた、ザ・ニュー七星朱鷺を甘く見てもらっては困ります!」

 そう、私は変わるべき時を迎えたのですよ!

 

 時は遡ること数週間前、ある日私は自分のツイッターを振り返った際にふと気付いてしまったのです。『コイツいつもラーメンについて呟いてんな』ってね。

 いや、私だって最初は清純派アイドルらしくファッションやコスメ等について頑張って呟いていたんですよ。しかしものの二週間でネタが切れてしまい、それ以降はラーメンやゲーム、動画、やきう等について淡々と呟く場と化していました。お仕事情報やたまに撮るアイドル達との写真を除けばどうみてもただの中年リーマンの糞アカウントです。本当にありがとうございました。

 

 しかしなんてったってアイドル、己の過ちに気付いたのであれば正さねばなりません。ちょうど元号も令和に変わりましたから心機一転し清純派アイドルらしいアカウントに修正していこうと一念発起したのです。

 という訳でここ最近はシャレオツなカフェやセレクトショップでのキャワイイ自撮り写真を多数ツイッターにアップしているという訳なのでした。なお古参ファンからは大ひんしゅくで大量にフォロー解除された上『嘘松乙』『需要を考えろ』『ウソつきサギバード』『ウソサギちゃん』『ウサちゃん』等といった謂れのない非難を浴びていますがこれも清純派路線回帰のためです。

 

 しかし我が生涯において一片の興味もないことを続けるのは想像以上に苦痛ですね。本音を言えばコーヒーなんて業務スーパーの怪しい激安インスタントで十分ですし服も着られればデザインなんて大して気にしません。

 先程の注文も好きで頼んでいる訳ではないのですが、ネットで調べるとこういう注文が最近の女子中高生間界隈で流行しているという噂なのでとりあえず便乗してみました。

 正直誰かに止めて欲しい気持ちが大いにありますけど、近しい人達に大々的に宣言した以上引っ込みがつかなくなっています。

 

 

 

 結局その後は普通のコーヒーを買ってきてもらいました。メイクさんも無事到着し衣装合わせ等も終わりましたので撮影スタジオで準備に入ります。

「そうですね。そこは……」

 位置取りと進行を確認している途中、ふと私の能力が警告を発しました。

「……!」

 背後に迫った力を静水の如く受け流し、突き出された腕を壊さないよう優しくキャッチします。そのまま振り返ると有香さんが驚きの表情を浮かべていました。

「正拳突きが完全にはいったのに……!」

 確かに見事な技でしたし完全に不意打ちだったので、よほどの達人でもない限りかわせないでしょうね。そう、達人でない限りは。

 

「残念ですが仕掛ける直前に闘気が生じていました。それに一人だけ心拍数が急上昇していましたから気付かない方が難しいですよ」

「一本負け……自分が情けないです」

 その場でがっくりと項垂れました。これに関しては相手が悪すぎたとしか言いようがないのでそう落ち込まないで欲しいです。なにせ相手は世界のパワーバランスすら壊しかねない奴ですから。

 しかしなぜ有香さんが急に襲いかかってきたのでしょうか。確かに彼女は武術家ですが優しくて礼儀正しいですし、むやみに人を強襲するようなバーサーカーではありません。

 個人的な恨みを買った覚えもないため襲撃の理由を探っていると、直感と推理によってある結論にたどり着きました。

 

「金曜日……きさま! 見ているなッ!」

 影DIOのような決めポーズを取りつつ撮影用のカメラを指差します。すると一部のスタッフがニヤリとした笑みを浮かべました。よくよく考えればなぜか金曜日のスタッフが数人混ざっているので現場入りの時点で気づくべきでしたよ……。

「これは……『説』ですね?」

「すみません、また『説』でした」

 有香さんが申し訳なさそうに声を発します。

「こんなことを仕掛けてくるのはあの番組だけですしね……。それで、今回の内容は?」

「ええと……『空手アイドルの正拳突き、七星朱鷺なら不意打ちでも余裕で回避可能説』でした」

「これはまあ、無謀なことを」

 やれやれとため息をつきます。私じゃなかったら怪我していたかもしれませんよ。まぁ私以外にこんなことはしないでしょうけど。

 

『金曜日のシンデレラ』とは346プロダクションがメインスポンサーのバラエティであり、多種多様な説をプレゼンしてその説の検証動画をスタジオで紹介し、アイドルのパネラーと共に面白トークを展開するという番組です。

 類似した番組が前世にもあり過激な内容で話題になっていましたけど、こちらの出演者はアイドルなので企画はかなりマイルドになっています。その分一般アイドル向けでない企画が私に集中しているのでした。ふぁっきゅー! ふぁっきゅふぁっきゅー!

 

「もしかしてこの収録自体ドッキリなんですか?」

「いえ、企画は企画で本当にありますよ。『全て仕掛け人だと彼女が気付いてしまうので既存の企画に巧妙に混ぜます』と龍田さんがおっしゃっていました」

「面白い奴ですね、気に入りました。サンドにするのは最後にしてあげます」

 映画紹介の内容や構成は全て自前で準備しているため嘘企画ではなくて不幸中の幸いでした。

 なお本番組のP(プロデューサー)は案の定龍田さんであり、これまた低予算で高い平均視聴率を叩き出しています。最近では自局だけでなく他局のスタッフにも信者を形成しつつあるので恐怖を感じてきましたよ。

 エンタメ業界を制圧したいのであれば私なんぞに拘らずとも手段は沢山あるでしょうに、なぜ執拗に引っ張り出そうとしてくるのか全くもって理解不能です。

 その内釘を差しておかなきゃな~と思いつつ、その日の収録は無事に終了しました。

 

 

 

「今日も一日頑張るぞい!」

 有香さんとの件があってから三日経ちました。本日はアニメの番宣番組の収録との話なので、どこぞの萌キャラのようなセリフを吐きつつ楽屋で気合を入れます。

「準備できました、どうぞ~!」

 外にいるスタッフさんに声を掛けられたので早足で向かいます。あれ、さっき事前打ち合わせしたのはBスタジオだったのですがなぜかDスタジオに誘導されているんですけど。まあ、きっと私の勘違いでしょう。

 

「本日もよろしくお願いしま…………す?」

 スタジオに入るなり条件反射のように挨拶をしましたが違和感のある光景が目に飛び込んできました。いや、違和感というかむしろ見慣れている光景というか……。

「ではここに来て! こちらに立って!」

「は、はい!」

 指定された場所に慌てて立ちました。前方は板で仕切られており何があるかは見えませんが、賑やかな話し声はよく聞こえます。

「それでは本日の特別ゲスト♪ 七星朱鷺ちゃんで~す、どうぞ~☆」

 軽快な音楽と共に板が外されると、私の眼前に広がったのは、『金曜日のシンデレラ』の舞台セットと番組MCのあべななさんじゅうななさいでした。ほほう、これは……罠じゃな?

 

「ささっどうぞこちらへ~♪」

「は~い……」

 慌ててビジネス笑顔を作りセット内に入りました。そこには菜々さんだけでなく有香さんやニュージェネの凛さんの他、クラスメイトでゲーマー系アイドルの三好紗南ちゃん、ブラジル人アイドルのナターリアさんが椅子に座っています。この番組はMCとプレゼンター、そしてゲストで構成されていますので恐らく本日のゲストなのでしょう。

「え~と、一つお伺いしてよろしいでしょうか」

「なんですか、朱鷺ちゃん?」

「今日はアニメの番宣番組の収録だって伺っていたんですけど……」

 

 ここでボケるというチャレンジングな選択肢もありましたが、まだ状況が読み切れておらずスベる可能性が高いため一応真っ当な質問をしてみます。すると菜々さんが申し訳無さそうな表情になりました。

「今日はある説を一緒に検証してもらうためにこっそり来て貰ったんです。騙してしまってごめんなさい!」

「いえ、別に……。それで一体どんな説なんでしょう?」

「うン、ナターリアも気になるヨ!」

 こんな回りくどいことをしてまで提唱するのですからまともな説ではないことは確定的に明らかです。嫌な予感がしますがこのままでは番組が進まないので聞かない訳にはいきません。

「それでは早速ご紹介しましょう。続いてのプレゼンターはこちらの方!」

 そして、軽快な音楽と共に黒幕兼ラスボスが姿を現しました。

 

「本番組の龍田Pです、どうぞ~♪」

 菜々さんの紹介と観客の拍手と共にドSドラゴンがセット内に侵入してきました。生意気にも普段とは違い高級ブランドスーツ姿でサングラスを装着していやがるので、何か闇の商売でも営んでいそうです。

「皆様こんにちは。本番組のプレゼンターはアイドルの方々に担当頂いておりますが、今回は緊急の説となりますのでPである私が提唱をさせて頂きます。お目汚し失礼致しますが、何卒ご容赦願います」

 綺麗にお辞儀をした後、決算発表のように落ち着いた口調で丁寧に話を始めます。コイツお目汚しとかいっていますけど、他番組では散々私と一緒に出演していますし下手な男性アイドルよりも女性ファンが多いですから腹が立ちますよ。

 

「緊急の説って、どんなものなの?」

 早速凛さんが話を振りました。それに対して静かな口調で語り始めます。

「皆様、天体の見方の一つに天動説と地動説というものがあることはご存知でしょうか。

天動説とは地球の周りの天体が地球を中心として回っているという考え方。そして地動説とは地球はあくまでも衛星のひとつで太陽の周りを周回しているとする考え方です。

 当然現在では地動説が定説とされていますが、四百年程前までは天動説が常識でした」

「うん、学校で習ったからナターリアも知ってル!」

「それと今回の説になんの関係があるのでしょうか?」

 有香さんが首を傾げました。私も全くの同意見です。

 

「その天動説と地動説のような認識の誤りがこの現代社会でも起きているのです。我々の常識が実は非常識であったことが新たに判明しましたので、今回はそちらをご紹介します」

「はいっ! それでは、説のご紹介をどうぞ♪」

「私が提唱するのは────『七星朱鷺、実は清純派アイドルだった説』です」

 彼は超シリアスな表情のまま、バラエティ番組用の紙のテロップを掲げて自説を提唱しました。観客も含め一瞬その場が静まり返ります。

 

「えぇ……」

「それは……ちょっと厳しいかと」

「ナナも人のことはあまり言えませんけど……ねぇ?」

「ウソ! それ絶対ウソだヨ!」

「いや、どう考えても無理があるでしょ!」

 次の瞬間、龍田さんと私以外が一斉に否定しました。しかもクラスメイトが率先して強く否定している所がなんかもう絶望的にアレです。

 ですが私が想像していたよりまともな内容でした。てっきり『実は昆虫が主食』とか『実は地球外生命体』といったブチギレものの説が来ると思っていましたもの。

「皆様のお気持ちはよくわかります。地動説を唱えたニコラウス・コペルニクスも同じような反論を受けたでしょう。しかしこれから放送するVTRがこの説を証明します」

「それでは、早速見てみましょう! VTR、始まり〜♪」

 菜々さんの合図と共に証拠映像がスタジオ内の大型モニターに流れ始めました。

 

 

 

「『七星朱鷺、実は清純派アイドルだった』説、一般的なアイドルと比べて若干違ったイメージのある彼女だが、本当にそんな事はありえるのか。まずは検証の前に街頭アンケートで調査をしてみた!」

 やや大げさなナレーションで街頭アンケートの結果ランキングトップ10が表示されます。細かい結果は割愛しますが予想よりも良い内容でしたね。『かわいい』や『綺麗』『ダンスが上手』よりも『面白い』や『つよい』『芸人』の方がランクが上なのは血管が切れそうでしたけど。

 

「バラエティに富んだ結果だが七星朱鷺=清純派アイドルという結論には至らなかった。なので彼女の生態を知るためにも最近のツイッター上の呟きを見てみることにする」

「あっ」

 ナレーションに反応して思わず声が出ました。これは! これはマズいですよ!

「するとどうだろう、流行のカフェやショップ、コスメ等に関する写真や情報が続々出てくるではないか! この清楚で女子力の高いイメージは確かに清純派アイドルを彷彿とさせる」

『今日はいい天気だから、テラス席でゆったり気分☆』『馴染みのショップで新作コーデを試してみました♡』『コスメ選びも勉強中♫』等の冷静に振り返れば超クッソ激烈に痛々しい呟きが次々と画面に表示されます。

 正直この時点で冷や汗が止まりません。営業スマイルのまま表情が凍りつきましたが、ゲストの一同も困惑の表情を浮かべています。

 

「……という訳で、念の為我々は彼女のとあるオフの日の足取りを調べてみた。なお未成年アイドルに対する尾行や盗撮は番組倫理上望ましくないので自粛し、地道に聞き込みを行いアリバイを確認することにする」

 相変わらず嫌なところでコンプライアンスを徹底しやがりますね。素直に実行していれば局にクレームが入って奴の地位も危なくなったかもしれないのに惜しいことです。

「まずは十二時二十分、都心の某カフェのテラス席にてゆったりとした時間を過ごしダージリンと特製ティラミスを頂いたと呟いている。清純派アイドルであればさぞや絵になる光景であっただろう。なので当時の様子をお店の店員さんに伺うことにした」

 画面が切り替わり若い女性の店員さんと思しき方がインタビュアーの質問に答えます。

 

「はい、確かに七星朱鷺さんはその時間にいらっしゃいました」

「その時はどんな様子でした?」

「確か入店直後から視線が定まらず、ちょっと挙動不審な感じでした。注文した商品を持って店内をさまよった挙げ句比較的空いているテラス席に行かれましたが、笑顔で写真を撮った後なぜか大急ぎで完食し出ていかれましたよ」

「滞在時間は何分くらいだったのでしょう?」

「多分……五分もいなかったと思います。当店は十代から二十代の女性のお客様が多いのですけど、なぜか終始居辛そうな感じでした。雰囲気が合わなかったのであれば申し訳ないですね」

 店員さんは思わず苦笑いします。

「おかしい、情報と違う」というナレーションと同時に思わずセット内のテーブルに頭突きをしてしまいました。シット! あのコミュ障ムーブの一部始終を見られていたのですか! 

 

「どうされました七星さん?」

「いや、ちょっと……急に頭痛が痛くなったので……」

 私の挙動不審具合を見ても龍田さんは表情一つ変えやしません。

「しかしおかしいですね。ツイッターと現実の情報に差異がありますが、一体どういうことなのでしょう?」

「ちょ、ちょっと私が勘違いしていたみたいです。どうでしょう、私の尊厳を維持するためにもそろそろこの辺りで手打ちにしては……」

「いえいえ。VTRはまだ残っておりますので」

「いや〜もう十分です、もう十分でしょう……」

 抗議も虚しくVTRが再開されました。

 

 その後も私の痴態が様々な証言により裏付けられていきました。確かに『ショップで優雅にでウインドウショッピング♪』と呟きながら実際は店員さんに話しかけられたくない一心で気配を遮断していたり、『コスメ選びにハマっています♡』と呟きながら実際は馴染みのデパートの店員さんに丸投げしていたりと少し誇張はしていましたが、何もそれを白日の下に晒さなくても良いのではと思います。

 精神的に疲労困憊の状態でやっとVTRが終わりました。私としてはこの場にいるよりもベーリング海でカニ漁をしている方が百倍マシですよ。

 

 

 

「皆様、大変申し訳ございません。先程私が提唱した『七星朱鷺、実は清純派アイドルだった説』ですが、先程のVTRによりこの説に大きな欠陥があることが図らずも証明されてしまいました」

「それはそうだよね……」

「ですので私は新たな説────『七星朱鷺、ツイッター盛り過ぎ説』を改めて提唱します」

 そう言いつつ龍田さんは紙のテロップのシールを剥がしました。勝手に持ち上げておいて叩き落とすとか、もうドSというよりサイコパスの域に達しているような気がします。

 

「それでは被告人、何か弁解はありますか?」

「いつの間にか裁判にっ!?」

 まるで魔女裁判のような状況になってしまいました。この男が検事役だと自己弁護では勝てる気がしないので、火炙りにされる前にこの場を逆転できる弁護士を紹介して欲しいです。個人的には青いスーツでギザギザ頭の方がベストなんですけど。

「裁判長裁判長! 個人的にはそこまで盛ってはいないと思いますよ! それに悪質な嘘はついていませんので例え有罪だとしても執行猶予を求めます!」

「う~ん……確かに話を盛っただけで人を傷つける嘘ではないですけど……」

 MCの菜々さんに必死にアピールしますが渋い顔をしました。まぁ先程のVTRを見ればその反応は仕方のないことです。

 

「そもそも、なんでそんなに話を盛ったりしたの? 私は、SNSだからって身構えて特別なことなんてしなくても良いと思う。普段感じたこととか思ったことを呟いて、その時の気持ちをファンと共有できれば良いんじゃない?」

「うぐっ……!」

 凛さんのド正論火の玉ストレートが私の心に深く深くめり込みました。でもね、そう言う言葉は貴女が素の状態でも素晴らしいから吐けるんですよ。だって私のように内面がドス黒い奴が思いのままに呟いた挙げ句出来上がったのが、あの魔城ガッデムのような糞アカウントなんですから。

「……残念ながら、私は皆さんと比べて優しくないですし素敵成分が含まれていないので、頑張って盛るしかないんです」

 心に溜まった鬱屈のためか少し本音を出してしまいました。しかし今は収録中なので慌てて取り繕おうとします。

 

すると、「異議あり!」という凛とした声が周囲に響きました。

 

 

 

 振り返るとそこには派手なレディーススーツを見事に着こなしたアスカちゃんがカッコいいポーズで私を指差していました。その後ろに隠れるようにしてほたるちゃんと乃々ちゃんもいます。

「フフフ……。只今の被告人の《証言》は、事実と決定的に《ムジュン》している。弁護士側はこのムジュンを徹底的に追求したいが、どうだい裁判長?」

「はいっ! ナナは全面的に弁護士側の異議を認めます♪」

 

 ええ、なにこれ……。

 なぜか急に寸劇が始まりましたよ。

「検事側も異論ありません。しかし法廷では証拠こそ全てです。証拠を基に先程の証言を覆すことができなければ直ちに弁護を諦めて頂きたい」

「ああ、承知の上さ」

 そう言いながら余裕の笑みを浮かべます。って、龍田さんもなぜこんな茶番に乗っているんですか! 企画の趣旨から大分離れてしまいましたけどカメラが止まっていないので乱入して止める訳にもいきません。

 

「ではナナが質問します! 先程の朱鷺ちゃんの証言のムジュンとはどの点だったのでしょう?」

「具体的には二つのポイントに絞られるけど、まずは『皆さんと比べて優しくない』というムジュンから指摘させてもらおうか。それではそこの証人、こちらに来てくれるかい?」

「うん、わかっタ!」

「はいは~い」

 アスカちゃんが紗南ちゃんとナターリアさんを証人席に立たせました。

 しかしこの女完全にノリノリである。こんなことになるのなら逆転裁判と大逆転裁判シリーズのソフトを彼女に貸すんじゃなかったです。

 

「では初めにナターリアから証言をお願いしよう。キミはトキが優しくないと思うかい?」

「それは違うヨ! トキは学校で勉強を教えてくれるシ、困ったことがあったらいつでも助けてくれるナ。前にトキとナナミと一緒に海でオサカナを釣るお仕事をした時、一匹も釣れなくてスシ食べられないナって落ち込んでたら、トキが『別に、全て獲ってしまっても構わないのでしょう?』って言って素潜りで沢山オサカナを獲ってきてくれたんダ!」

 あ~……確かにありましたね、そんなこと。

「続いて紗南からも証言をお願いするよ」

「ビームちゃんは協力プレイで色々アシストしてくれるし、リアルでもゲームセンターでファンに囲まれた時に体を張って助けてくれたんだ。だから絶対優しいって。

 それに前に一度、ハマってたソシャゲに課金しようか迷っていた時に『止めておきなさい、その先は地獄ですよ。ピックアップガチャは絶対にすり抜けるんですから』って鬼気迫る表情で止めてくれたから課金しなくて済んだし」

 私はもう引き返せませんが無垢な紗南ちゃんは助けたいと言う一心で説得したのを覚えています。ガチャ依存症患者だからこそ課金ガチャの怖さがわかるのですよね。

 

「二人共、ありがとう。さて、この証言を聞いてもまだ自分は優しくないというのか、キミは!」

 アスカちゃんがセット内のテーブルをバンと叩いて私に問い詰めます。あれ、弁護士役なのに検事っぽい。

「だって、それくらい普通ですよ」

「いいや。自分よりも友達を優先するなんて誰にでもできることではないのさ」

「ナナも朱鷺ちゃんには沢山助けてもらいました。だから『皆さんと比べて優しくない』という証言にはムジュンがあると認めます!」

「検事側も特に異議はありません」

「被告人も納得したかい?」

「は、はあ……」

 友達ですからそれくらい当然だと思いますし納得はしていませんが、第三者による客観的な評価ですから結果は結果として謹んで受け入れましょう。

 でもなんだか恥ずかしいです。こんな風に持ち上げられるのには慣れていませんので、全身がむず痒いと言うかなんというか……。これだったら『実は昆虫が主食説』を提唱された方がいくらかマシです。

 

「それでは続いてのムジュンについて指摘しよう。『素敵成分が含まれていない』とういう証言について、今度は有香さんと凛さんから証言をお願いしたい」

「わかりました!」

「うん、まかせて」

 紗南ちゃん達と入れ替わりで今度は有香さん達が証言席に立ちます。

 

「押忍! では私から証言させて頂きます。

 朱鷺ちゃんとは今までお仕事で共演する機会はそんなになかったのですが、先日映画の紹介番組で一緒に撮影をしました。その時びっくりしたんですが紹介する映画のセレクトや紹介内容は全部朱鷺ちゃんが用意していたんです。

 見ている人達に少しでもわかりやすく、紹介する映画のいいところを最大限伝えるために自分の時間を削って何度も内容を見直したって聞きました。これだけひたむきに仕事に打ち込んでいる子が素敵でないわけがありません!」

 すると観客席から一斉に拍手が沸きました。いやっ、止めて! 半分趣味が入っていますし私が好きでやっているだけなんですからそんなことで褒めたりしないで!

 

 首を振って熱くなった顔を冷ましていると、交代で凛さんが話を始めました。

「知っている人もいるかもしれないけど、私の家は花屋なんだ。だからこの間の母の日はとても忙しくって。私も少し手伝ってたら朱鷺が店に入って来たんだよ。

 『用件は何?』って聞いたら、『母の日のプレゼントを買いに来ました』って言って、あれが良いかな、これが良いかなってずっと真剣な表情で悩んでたんだ。しかも一時間くらいね」

 ふふっと軽く笑ってから言葉を続けます。

「多分、朱鷺にとっては悩むくらい大切な贈り物だったと思う。それだけ家族のことを大切に思えるって素敵なことなんじゃないかな。だから私は自分の家族を大切にしている朱鷺も、素敵だって感じるんだ」

「たわば!!」

 恥ずかしさのあまり思わず椅子から転げ落ちました。これは恥ずかしい! こっ恥ずかしくて顔からメラガイアーが打てそう!

 

「改めて両名に感謝するよ。さて、この証言を聞いてもまだ自分には素敵成分が含まれていないというのか、キミは!」

「一体何なんですか! こんなの新手の拷問です!」

 小学校の家庭訪問の際に母親から自分のことをべた褒めされた時以上の羞恥心を感じます。こんな恥辱を受けるのならば死んだほうがマシですよ!

「やれやれ、明確な根拠に基づいて客観的な事実を述べているだけさ」

「菜々も朱鷺ちゃんの素敵なところを沢山見てきました。なので『素敵成分が含まれていない』という証言にはムジュンがあると認めます!」

「くっ! 殺せ!」

 もう穴があったら入りたい。この際墓穴でもいいです。

 

「……さて、事態はここに来て大きく動いたようですね」

 今まで腕組みをして目を瞑っていた龍田さんが静かに語り始めました。

「どうやら我々は『七星朱鷺、実は清純派アイドルだった説』や『七星朱鷺、ツイッター盛り過ぎ説』、そして数多の証言を経てようやく真実に辿り着いたようです」

 ああ、そんな説もありましたっけ。裁判編が始まってからすっかり忘れていました。

「その真実────」

 言葉を溜めながら紙のテロップのシールを再び剥がしました。

「それこそ『七星朱鷺、優しくて素敵で可愛いアイドル説』です」

「異議なし!」

 すると再び観客席から拍手が沸きました。ゲスト席のアイドルや飛鳥ちゃん達も笑顔で頷いています。まるで逆転無罪を勝ち取ったかのように晴れやかな様子でした。だからなにこれ。

 

「おめでとうございます、七星さん」

 困惑したまま立ち尽くしていると龍田さんが拍手をしながらこちらに近づいてきました。

「あ……どうも……」

「今の感想はいかがでしょうか」

「え~と……。この説を勝ち取れたのも、応援して頂いた皆様のおかげです。本当に、本当にありがとうございました」

 思わず当たり障りのない感謝の言葉を述べました。しかしサイコパス龍田のことなので最後に私を貶めるオチは何かしらあるはず。このままでは恥ずかしくてむず痒いだけですからその場で彼の次の言葉を待ちます。

「…………」

 ですが暫し待っても無言でした。

 

「えっ、オチは?」

 痺れを切らして問いただします。

「いえ、そんなものはありませんが」

「はあっ!? だって企画の起承転結で考えれば最後に私が何か酷い目にあってオチを付けて終わりっていうのが定石でしょう!?」

「芸人ではありませんのでオチ等といったものは不要です。なぜならば七星さんは優しくて素敵で可愛いアイドルなのですから。それでは私はこれで失礼しますので、残りの説の検証はよろしくお願いします」

「ではこの抱えきれない羞恥心をどこに持っていけばよいのですか!」

「貴重なものですので是非お持ち帰り下さい」

「ウニョラーーーーーー!!!!」

 オチを、誰かオチをプリーズ!

 

 

 

 散々酷い目にあった『金曜日のシンデレラ』の収録でしたが、それから少しして無事OAされました。業界の方に反応を伺ったところ評判は上々とのことなのでとりあえず一安心です。

 この放送の後で行われたタレント好感度調査において私の順位が大幅にランクアップしていたそうですが、きっと関係はないでしょう。いや、そうに違いありません。

 

「萌古ラーメン上本、南極の火山(辛さ二倍)にチャレンジ。基本激辛ですが炒めたシャキシャキもやしの食感といつものマーボーのコンビネーションがグッドでした……と」

 先程頂いたラーメンの感想をツイッター上で呟きました。結局あの後、ツイッターで無理に話を盛る必要がなくなってしまったのでまたラーメン等について淡々と呟く糞アカウントに逆戻りです。でも一時期解除されていたフォロワーが戻ってきましたから、これはこれで良かったのかなと思います。

 自分を偽ったところでいつかは破綻するということを今回の件で思い知りました。なので無理をせず自分ができる範囲でやりたいことやればいいのでないでしょうか。それはアイドル活動も人生も同じことです。

 

 

 

 清純派アイドル自体は諦めていませんけどね!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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