「この常人にまねできないドリフトを見たまえ!実に無駄のない動きだろう!」
「おぉ、すごいすごい!」
「確かに無駄がない。限りなく無駄がなく、果てしない無駄な行為だ……」
聖罰の儀より一夜明け。聖都を根城としている円卓の騎士を始めとする粛清騎士たちから見事に逃げおおせた仁慈達は難民の子どもを安心させて上げるために遊び相手を買って出ていた。今はダ・ヴィンチがスピンクス号に乗り込み、片手で無駄に洗礼された無駄のない無駄な技術を披露している。一体どういうものなのか理解ができなくてもそこそこの速さで動く物体は男の子にとってロマンなのは変わらないらしく、うけは上々だった。
……しかし、それは仁慈によって中止させられることとなる。子どもの前で危険な行動を行うということはある意味で自分たちが乗っている時に行ったドリフトよりも危ないものである、と彼が考えたからだ。ダ・ヴィンチは同じように天才に不可能はない(キリッというかもしれないが、もはや問答など無用である。
瞬間移動かと見間違うほど一瞬にしてスピンクス号に乗り込んだ仁慈はダ・ヴィンチの肩を軽く叩き、そのまま運転を止めるように指示した。その声音は地獄の底から響いていると思えるものであり、命の危機を感じたのは二回目だとダ・ヴィンチを震え上がらせていた。
「あまり危険なことをしないように。この年頃の男の子は色々真似したがるんだから」
「私だってわかってるよー。それにねぇ、何度も言うけどこの私がこの程度のことを――――『やめようね?』hai!」
圧倒的凄味。ここ最近感じたことのある威圧感を再び味わったダ・ヴィンチはおとなしくスピンクス号から降りると別の発明品を取り出して子どもの相手をしだした。注意されてもなおやめない当たりダ・ヴィンチの人柄が出て来ている気がする。まぁ、幼いうちから自分の発明品の素晴らしさを宣伝しているだけの可能性も僅かばかり存在するが。
しかし、その様子に安心した仁慈はそのままダ・ヴィンチから目を話すと丁度聖都の方へと視線を向けた。魔力を眼に回し、周囲の斥候を行う。
『西で難民のために戦っていたのはベディヴィエールだったんだね。円卓の騎士、片腕の騎士でありながらその槍は他の騎士の三倍の力を有していると言われている―――君が味方してくれるなら心強いよ』
「円卓の騎士としての実力から言えば末席もいいところですけれどね。それに難民の救助も、貴方達の存在が合ったからこそ成功したようなもの―――特別なことはしていません」
「いえ、そんなことはありません!一人で向かって行くなんて、簡単にできることではありませんから」
「その通りです。騎士とはやはり本来こうあるべきですよね!………何でそこで私を見るんですか?」
ベディヴィエールのことを褒めたヒロインXがカルデア勢からお前が言うな的な視線を向けられる。しかたがない。彼女の戦法も仁慈好みの騎士道の欠片もないものであるのだから。ちなみに、色々な意味で同じ穴の狢であるサンタオルタは彼女達から視線を逸らし、皆に褒められているにも関わらず胃を抑えつけているベディヴィエールへと視線を固定していた。見られていることに気づいていないベディヴィエールは昨日のうちにちゃっかり渡されていた胃薬を飲み込んだ。
「―――恐らくもう少しで山の入り口へ着くと思う」
「分かった。―――もうしばらくの辛抱だ、全員気を引き締めろよ」
子どもたちと遊んだり、食事を与えたり、何より彼らが見返りを求めていたことにより仁慈達を信用した難民の一人がそう言った。
今向かっている村は山に隠された村であり、案内が無ければ早々に辿り着くことができないらしい。現在、仁慈達はそこに向っている途中だ。目的地が近いことでサンタオルタも難民たちを元気づけた。
だが、もう少しで着く――――この発言がフラグとして機能したのか、視力を強化して様子を窺っていた仁慈がこちらに近づく人影を見つけた。それは当然というべきか、粛清騎士とそれらを従える円卓の騎士と思わしき人物の姿だった。彼らは馬に乗り、こちらにまっすぐ向かって来ている。このままでは追いつかれるのは時間の問題と言えるだろう。
「騎士が来た。できれば急いで」
静かにけれどもよく通る声で騎士たちの接近を伝えると難民たちははぐれないように一つに集まり、進む速度を上げた。一方戦う術を持っているカルデア勢+αは仁慈の元へと駆け寄り彼が視線を向ける先を見据える。
確かにそこには騎士たちがいた。そしてWアルトリアとベディヴィエールが様子を確認しに来たことにより、仁慈達に向かって来ている円卓の騎士の正体も判明する。
「紫色の鎧―――よりにもよってランスロット卿が来ましたか……!」
焦るベディヴィエール。仁慈は情報を得るために彼に問いかけた。
―――ベディヴィエール曰く、ランスロットは円卓の騎士の中で一番の技量を持っている最強の騎士らしく、三倍のガウェインとも渡り合える技量を持っているという。仁慈はそれを聞き、確認の意味を込めてWアルトリアを見る。彼女たちも無言でうなずいた。
「あれの腕は確かなものだ。正面から戦うにしては聊か分が悪い」
「まぁ、セイバーで召喚されているみたいですし。私は優位に立ち回ることができると思いますよ?精神揺さぶって不意打ちすればいい線はいくと思います」
仁慈は頷く。ヒロインXはアルトリア顔のヒロインを滅殺するために、スキルとしてセイバー殺しを持っている。スキルに昇華するレベルの怨恨を抱えているということではあるが割と役立つ場面は多い。そして、彼女は自重を捨てたアルトリア(のようなもの)の円卓の騎士相手でも自分のことを棚に上げて効果的な口撃を行うことができるだろう。
「いや。このまま逃げ切ったとしても俺達の居場所はすぐにばれる。距離もあるし、できればサンタオルタの宝具でまとめて吹き飛ばしたいところではあるけれども、あれはかなり目立つからこれも又居場所がばれる可能性がある……」
仁慈はヒロインXの提案で不安な部分を上げた。そう。彼らは現在逃走中であり、難民たちは受け入れ先を探している。この状態で敵を引き付けたまま村に入れてもらえるわけはない。むしろ余計な火種を持ち込むだけとなってしまう。
故に、仁慈は四次元鞄の中からぱっと見普通の弓と矢を取り出し、構えた。
「何をしている?」
「馬を潰す」
サンタオルタの問いかけに簡潔に答えた。彼らが自分たちに追いつきそうなのは、単純明快、馬に乗っているからである。実際に戦ったが故に知っている事柄ではあるが、彼らの鎧は生半可な攻撃が効かない程度には防御力に優れている。サーヴァント級の攻撃も意識していない攻撃では一撃で倒すことができないと断言できる。―――そしてそれ相応の防御力を発揮するには当然重装備でなければならない。その重さは移動に多大な支障をきたすことを仁慈は知っていた。昨日も追いかけられたのだ、そのことは既に把握済みである。
故に彼は馬を潰してしまえば早々に追いつけないと考えた。少なくとも粛清騎士は足止めを喰らう。円卓の騎士最強のランスロットに関しては分からないが、一応同じように馬を攻撃してみる算段だった。
「でも、あのNTR騎士。日頃の行いはともかく実力だけは確かですよ?正直、唯の矢では効果が薄いと思います」
「こんなこともあろうかと、こちらの矢はエレナと共同開発した特注の矢なのでたぶん行ける」
「えっ」
衝撃の事実だった。
用意がいいことは知っていた。こんなこともあろうかと、まるで某カードゲーム主人公のようにその場に適した武器を出してくることも確かにあった。それでも自分で作り出してくるようなことはない。遂にこのキチガイは制作にまで手を出したのかとみんなはあきれ果てた。只一人、ダ・ヴィンチを除いて。
「そ、そんな……面白いことを、私の与り知らないところでやっていた……だって……?こんなの、普通じゃ考えられない……!」
「別にそこまで特別なことしたわけじゃないから……」
『いや、まず君には色々仕事をしてもらわなくちゃいけないから遊ぶ暇はないよ?』
「作業なんて並行してできるに決まってんだろこのヘタレ!」
『何故僕は罵倒されるのか』
周りが騒いでいるがこれを華麗にスルーしながら仁慈が矢をつがえ、そのまま引き絞る。
今仁慈がつがえている矢はエレナと共同開発した矢の一つ。見た目は普通の矢であるが、中に魔術を内蔵しているというものだ。効果は矢によって違っているが、どれもこれも仁慈が魔力を込め矢を射るることでスイッチが入り、一定の衝撃を受けることによって魔術が発動する仕組みになっている。
パッと見は魔力を帯びたただの矢と感じることができるので高確率に不意打ちを狙える。実際、こっそりクー・フーリンに撃った際には槍で弾こうとした瞬間に魔術が発動し見事に喰らっていた実績もある。
「ランサーが死んだ!」
「別に死んでないと思いますよ?」
魔力を込め、そのまま粛清騎士の乗っている馬に向けて矢を射る。この矢の効果は爆発。接触、もしくは衝撃を受けた時点で込められていた術式と過剰な魔力が暴走し、広範囲を爆発させる威力を持っている。このキチガイ、明らかに一発で巻き込む気満々であった。
一方矢を射られた方であるランスロット達であるが、当然彼はすぐに飛来するそれに気づいた。何処かの世界ではAUOの宝具すら見切り、やり過ごすほどの実力者である。その彼がいくらキチガイとは言え、マスターが放った矢に反応できないはずもない。馬に向って真っ直ぐ進んでいたその矢を彼は自分が持っている剣、無毀なる湖光を振るう。完璧なタイミングのそれは難なく仁慈の放った矢を弾いた。
――――それによって、魔術発動の条件がそろう。
ランスロットが防いだはずのその矢は、剣が接触した瞬間に矢ではなく質の悪い爆弾と成り、暴走した魔力に任せ周辺を巻き込む爆発を起こした。
仁慈達の所にもわずかに聞こえるほどの威力。あれでランスロットが死んだとは欠片も思っていないが、少なくとも彼らが乗っていた馬は耐えることができないだろうと仁慈は踏んでいた。
仁慈はヒロインXについてくるように指示を出すと先程と同じように矢をつがえるとその場から跳躍し、先程とは別の場所から同じように矢を射る。それは難民たちの場所を悟らせないようにと考えたためであり、尚且つ爆発による視界阻害効果を持続させるためである。
当然、円卓の騎士最強と言われたランスロットがその程度で仕留めきれるわけもなく、彼は近くにあった石ころを掴んで仁慈が居る場所へと投げた。それも一回ではない。幾つも、彼がいる場所を予測し投擲してきたのである。だが、弾丸の如き速度をもって飛来するそれは仁慈の身体に触れることなくヒロインXの聖剣に行く手を拒まれ塵と化す。
作ってきた矢(爆発)が無くなるまで放ち続ける仁慈。するとぎりぎり矢のストックが切れる前に難民たちは山の中に入ることができた。それを遠目で確認した仁慈はヒロインXに合図を送ると魔力放出と肉体強化、そして気配遮断を使い、その場から離れた。
――――――――
「皆の者無事か?」
仁慈とヒロインXの襲撃をやり過ごした円卓最強の騎士、ランスロットは見通しが良くなった周囲を確認しながら自分たちが引き連れて来た騎士たちの状態を確認する。すると、元気とは言い難いが、確かに生きている彼らの声が帰って来た。
「は、はい。しかし、馬の方は完全にやられました……どうします、追いますか?」
「そうだな。あの方角から山に向かったことはほぼ間違いないだろうが……この状態では確実性がない。……ここまでできる相手だ。反逆者も只者ではないだろう。この付近にある砦へ向かい、治療と馬の補充を済ませることにする。ついでにあの山岳地帯、その地形に詳しい人物の確保もな」
踵を翻しながらランスロットは考察する。
弓の腕前からして向こうにはアーチャーが居ると彼は仮定した。自分たちが確認できないところから矢を射るなどということが可能なクラスはアーチャーしか該当しないからである。いると想定することで想定外の事態を一つ減らすためだ。まあ、彼はこの考えを間違いだとは思っていないが。
「(しかし、あの矢……アーチャーでありながら魔術を齧っている……もしや純粋な戦士ではないのか?)」
もしくは純粋な技量ではなく、外から取り入れ他を補った戦士―――その可能性もあるのではないかと考えた。
「(何にせよ、厄介極まりない)」
この攻撃手段から少なくともこのアーチャー(?)には少なくとも自分たちと同じような正面切って戦うことを花とする英雄でないことは確定していると言っていいだろう。この相手は勝つためであればどのようなことでも行うと同時に、自分たちの立場をわきまえている厄介な相手であると予測していた。終始、こちらを錯乱させるような行動が何よりの証拠だ。飛来してきた矢に自分たちを仕留めようという気は無かったことを、戦場に身を置いていた騎士である彼は感じていた。
「(アグラヴェインの判断は間違っていなかったようだな……)」
己の主。もはや人を王を越えた存在となったその主から文字通り祝福を受けた円卓の騎士たちはサーヴァントの中でも最上級に値する。そのことを当然ランスロットも理解している。
しかし――――
彼は考えをいったん打ち切り、先程まで自分のことを攻撃していたアーチャーがいたであろう位置へ視線を向ける。
「(何やら嫌な予感がする)」
敵なしであるはずの自分たちにいとも簡単にとどめを刺せる存在がどこかに潜んでいるではないかという正体不明の寒気を背中に感じた彼は、再び正面に視線を戻しその歩みを速めた。まるで、手遅れになってしまわないように。
―――――――――
「ただいま帰りました」
「またエレナと矢を作り直さないとなー」
『よくってよ!なんなら今からでも作ってあげるわ!今度は直接攻撃だけじゃなくて、再現が難しかった搦め手もね』
「おっと、今度はハブらないでくれよ?仁慈君、かつて君の槍を改造した実績を持つ私に話を通さないとかもう許さないからね?」
「お、おう……」
どうやらハブられたことがマジで堪えていたらしいダ・ヴィンチちゃん。今度は俺がマジ顔で釘を刺される番だった。そこまで加わりたかったのか……。なら仕方がない。今度は一緒に誘おう。
ランスロットに嫌がらせかと言わんばかりに矢を放った俺は何とか無事に合流することができていた。
気配遮断もしっかりと行ったはずだから多分大丈夫だとは思う。只、向こうもあのまま諦めるなんてことはしないだろう。身体を整え、足を補充し、道を攻略するための策を練って再びやってくるはずだ。それまでにこの難民たちを送り届け、ついでに戦力の補充を行いたいな。
「無事でよかったです……」
「ごめんね」
心配をかけさせてしまったようで申し訳ない。
「しかし、君のおかげで助かった。ここまで来れば後一日で到着するだろう」
「貴様もここまで先頭での案内ご苦労だった。ここらで一度食事にするか」
「良いですね、食事。それは人間に必要なものですよ。ええ……」
「別に何を食べても栄養価は変わらないのではないでしょうか?」
その一言で、空気が凍った。
発言者は今まで苦労を背負いに背負ったベディヴィエール。何が引き金となるのか、よく胃を抑えている円卓の常識人枠である。しかし、その彼も今は完全に地雷を踏み砕いていた。
ここには食に関して口うるさい対極の二人がいるのだ。手間がかかった料理、コッテコテのジャンクフード……好みの違いはあれど、どちらも
「ベディ君……」
「ベディヴィエール卿」
「………えっ」
がしっと掴まれるベディヴィエールの肩。彼は高身長であり、普通の身長では届かないが故に少しだけ背伸びしてもなお肩を掴んでいた。その姿に仁慈は鋼の意思を感じる。
「確かに、私たちの時代はそうだった」
「けれども時代は確かに進んでいるんです」
「えっ……えっ……?」
隠し切れない戸惑いを顔に浮かべたまま、ベディヴィエールはずるずると二人のアルトリアに引きずられていく。これは確実にOHANASHI案件ですわ。何か助けを求められているような気がしなくもないが、うん。俺は何も見ていない。
引きずられていく彼を遠目にみつつ、ダ・ヴィンチちゃんとみんなの為のご飯を作り始めるのだった。
「ごはん?」
「そう、ご飯。もう少し待っててね」
「はーい」
――――お、お待ちください我が王!私は食事を侮辱したわけではなく……!
――――ダメです。もう手遅れです。
――――その通り。あの一言で全ては決してしまった。……卿だけは、と考えていたが……残念だ。
――――我が王。僭越ながら、それは私の台詞でもあるかと……な、なんですかそれは!?考え直してください。それは、それは―――――
「……マシュお姉ちゃん。何か聞えてくるけど、これなに?」
「ルシュド君は気にしなくていいんだよ」
「よし、水の錬成完了!」
「料理もできたし、食べようか」
道具:エレナの矢
魔術師なのに、魔術使わないじゃないですかやだーとエレナにツッコミを入れられ、魔術を教わる傍らでその成果として製作してみようというのが始まり。
未だ完成しているのは魔力暴走を利用した爆発だけとなってるが、そのほかにも一応主要な属性の効果を持つ矢も作ることには成功している。只威力が実践レベルではないため改めて狩りようが必要。
現在、改良と並行して毒を始めとするいわゆる状態異常を再現できるかどうか試している。