『先輩―――いえ、マスター。シールダーであるこの身ですが、今だけは最前線に出ることを赦していただけないでしょうか』
我らカルデアでも天使と名高い最堅の後輩ことマシュ・キリエライトは普段と変わらない笑顔で俺にそう言い残して、目の前の敵へと向かって行った。……しかしその気配は今までにないほどの気迫と覚悟に満ち溢れている。故に俺に止めることはできなかった。今の俺にできることは彼女の無事を祈りこの場で待ち続けることである――――。
―――――なんて、かっこいい表現をしてみたのだが実際にはそこまで緊迫した状況ではない。マシュが俺の元から離れて盾としてではなくサーヴァントとして戦いに行ったのは事実なんだけれども……俺の視界に移る光景はもはや戦いと呼べるものではなかった。
「これで……倒します!」
「くっ…!例え、君が相手でも大人しくやられるわけにはいかない!」
「貴方の答えは聞いていません。大人しく潰れてください……!貴方の存在は先輩の教育に大変悪影響を及ぼします。これ以上アレになったらどう責任取ってくれるんですか?」
「えっ」
後輩と思っていた人物がまさかのお母さんだった疑惑が浮上……?流石にそんなことはないだろうけど。まさかそんなことを考えていたなんて思いもしなかった。若干俺もディスられている気がしなくもないけど。
「先輩……それは、あそこに居るマスターの事かな?」
「サー・ランスロットそんなことは貴方に関係ないです」
「……貴様ァ!我が王だけでなく……!」
矛先こっちに剥きだしたんだけどどうしてかしらね。ランスロットが親の仇を見るような目で俺を睨みつける。ついでに常人なら気絶しそうな殺気も丁寧に付属されている。しかし現実は非情である。親であり仇のように思われているのは何を隠そうランスロット本人なのだから。
こちらに意識を向けている間にもマシュの攻撃は苛烈になっていく。アルトリアの宝具を始めとする数々の高ランク宝具を受け止めて来た彼女の盾の強度は既に保証されておりその強度から繰り出される攻撃は到底無視できるものではない。そしてさらにもう一つだけ、ランスロットがマシュの攻撃を無視できない理由があるのだ。
「これで……終わりです……!」
「待て、待ってくれ。君は私の何を……ナニを終わらせたいのだ!?」
「私は盾、シールダーのサーヴァントです。故にこれから貴方の剣にかかる相手を守るために……これ以上、犠牲者を増やさないために……此処で、断ち切ります!」
「な、何という気迫……いったい何がそこまで君を!」
「私の霊基が叫ぶんです!
とても熱い場面なのだろう。マシュの願いは盾を持ち、守りたいと良く気持ちを強く持っている彼女らしいとは思う。聞いていて何の違和感もない。ないのだけれども、何処か何かが引っかかる。なんていうのだろうか。言葉としては何も問題はないのだけど言葉の裏にはどす黒い何かが隠されている……そんな予感がひしひしとしているのだ。
けれども、何か含むところがあろうともマシュの気迫は本物だ。実際にギフトを受け取り一級サーヴァントの中でも最上位に位置するであろうランスロットがみるみるうちに押されていた。このままではまずいと彼も直感で感じたのだろう。自身が誇る技術を巧みに使い、マシュの質量による攻撃を、アロンダイトで受け流す。そして―――先程と同じように俺に矛先を向け、そのままサーヴァントの性能をフル活用して接近を試みようとしていた。
「貴様が、私の娘をこんな風にしたのか……!」
「あんたの子どもじゃねえだろ」
接近すると同時に血迷ったことを口にするランスロット。その剣先は怒りに包まれていても鈍ることはなく真っ直ぐに俺の頭蓋を捕らえていた。このままでは直撃コース。しかし、一旦ヘイトが向かったことによってこちらの準備は既に万端である。回避する用意ならできている。
無詠唱で発動できるまでに馴染んだ強化魔術を使って俺は剣を振り下ろす直前のランスロットの懐に入り込む。こういう時は逆に近づく。定石である。
もちろんランスロットもそのことを理解している。ぶっちゃけ彼ほどの人物であれば懐に獲物が入り込んだ程度で攻撃を与えられなくなることはないだろう。それに今の彼はギフトを受け取っている。マスターである俺に対して警戒することは何もないはずだ。しかし――――令呪を使い捨てではなく、むしろ何回でも使えるようにしているカルデアの技術を舐めてはいけない。俺が着ている礼装にもいくつかそのカルデアから魔術をインプットされているのだ。令呪ですら回復できる技術が詰まっている魔術……弱いはずがない。
俺は剣が振り下ろされる前にランスロットの鎧に手を当てると、そのまま自分の魔力を流し込みながら、魔術を発動した。
「ガンド!」
「―――!?」
これこそカルデアが誇る最強(暫定)の魔術―――ガンド。その威力は第三特異点にて既に実証済み。神話級の大英雄。文句なしの最強格、公式チート主人公と言っても過言ではないヘラクレスですらその呪縛からは逃れることはできなかったのだ。いくらセイバーの対魔力があったとしても、流し込まれた魔力を経由し内部からの発動では分が悪いだろう。それに、これはカルデアの技術を凝縮したもの。…こんな好条件なのに破られたら冷たい目で見られちゃう。
内心でくだらないことを考えつつ、ガンドの効果によって行動が一時的に不能になっているランスロットの腹を思いっきり蹴りつける。いくらサーヴァントと言えども、無防備な腹に魔力で強化した蹴りを受ければ仰け反るくらいのことはするのだろう、体勢を崩した彼は地面に線を残しながら後退していく。
これだけでは彼に対して止めなど刺せるわけはない。そんなことは分かっている。だが、白状すると俺は唯の時間稼ぎだ。そもそもランスロットは一体誰と戦っていたのだろうか。そのことを忘れてはいけない。
「マシュ、新しいランスロットよ!」
「ありがとうございます先輩!」
ランスロットが飛んでいった場所には既に自身の身長と同等の大きさを持つ盾をしっかりと構えているマシュがスタンバイしている。そのことに気づいたのかランスロットは必死に身体を動かそうとするが如何せんガンドの所為で身動きが取れない。彼の表情に一筋の光が走る。
太陽の光を反射させて地面へと落ちていく其れはまごうことなき彼の冷や汗だった。それも仕方がないだろう。彼女が狙っているのは戦いが始まってからブレることはなかった。人体の急所。ただし頭でも、鳩尾でも、首でもその他諸々でもない。―――生殖器がぶら下っている―――いわゆる股間である。
「決着です。最期に言い残すことはありますか?」
「ま、待っt――――――いや、では一つだけ言わせてもらおう。……お父さん、女の子が乱暴するのはどうかと思うんだ」
「――――さようなら。穀潰し」
もはや取り繕うことすらもやめた彼女ははっきりとランスロットに穀潰しと言い放ち、何と背後から彼の急所に衝撃が行き渡る一撃を放ち、見事円卓の騎士最強のランスロットの意識を刈り取るのであった。
後に残ったのは戦闘後の静寂と、すっきりした顔のマシュ。太陽の光の熱を吸収した熱々の砂の上で白目をむいて痙攣するランスロット。呆れ顔の女性陣と俺と同じく冷や汗を流す男性陣が残されたのであった。
―――――――――――――
「………いやはや、拙者はどうすればいいのだろうか。強敵を倒せたことを喜べばいいのか、それともあのようなことで敗北をしてしまった彼を嘆けばいいのか」
「うーん、何はともあれ人数は減ったしいいんじゃないかな?」
「まぁ、いつも通りですね」
「真面目に戦えば円卓最強……なのだが……ハァ」
「あっはっは、苦労してんだな」
「娘は強いねー」
普通に和気藹々と話しているようだけど、実はランスロットがダ・ヴィンチちゃん特性伸びびーるロープでぐるぐる巻きにされている挙句、ずっとマシュに冷たい目で見られているからね。
みんな気にしていない当たり対応力があると取っていいのかそれとも適当なのかわからないけど。
「フォーウ!!(てしてし)」
「で、フォウ君はどうして俺のことをペシペシ叩いてくるんだろう」
急に現れたことに関してもうツッコミは入れない。俺は割り切った。フォウ君は何処にでも現れていつでも消えることができる系マスコットなのだろう。
「フォウフォウ!(特別訳:ちょっと目を放した隙にあのマシュがとんでもないことになってるんだけど!?何かしたのかこのキチガイ!)」
「何言ってんのかさっぱりわからない」
てしてしと肉球で叩かれているので痛くはないのだが、なんか妙に心が痛む。そんなフォウ君を肩に乗せつつマシュの元まで移動する。ランスロットが痙攣しているのだけれどもそこは俺の精神衛生上スルーを決めるとしてとりあえず彼女にはお礼を言っておかないといけない。経緯はどうあれ、結果としてランスロットという確実に強敵となり得るサーヴァントを無力化してくれたんだから。
「マシュ、ありがとう。おかげでランスロットを倒せた」
「――先輩のサーヴァントとして当然の事ですっ!」
よかったいつものマシュだ。
こんなことを言ってくれる彼女が先程まで暴風のような戦い方をしていたわけではないんだ。それが現実だとしてもきっとギャラハッドに当てられてしまった結果一時的にバーサーク状態になってしまったんだろう。そうに違いない。だって目の前の彼女はこんなに今まで通りじゃないか。
「なので――――――――これにもしっかりと止めを刺しますね!」
「ステイ」
くるりと身体を一回転させた彼女はあろうことかせっかく巻き上げたランスロットのに狙いを定めて盾を振り上げ始める。やばい。マシュがオルタ化している。これ以上彼女が暗黒面に浸かるのはよろしくない。カルデアはマシュを清涼剤、鎮静剤として稼働している節もある(主に俺の所為)故にここで彼女の暴走を止めておかなければならないのだ。
「ちょっと待とうマシュ。いきなり殺るのはよろしくない。ほら、色々な情報持ってそうだしあの円卓メンバーの中では一番会話の余地がある人物だから……ね?」
「…………………そう、ですね。分かりました」
「うん。ありがとう。後お疲れ様、大金星だぞ」
「頑張りました!」
本当にありがとう。
マシュの太陽にも負けない眩しい笑顔を見て心の底からそう思う。……なんて、ここで終わればいい話で済むんだけども……どうやらランスロットが目を覚ましたらしくこちらを今すぐにでも殺しそうな目で見つめていた。だからマシュはあんたの娘じゃないでしょうが……。
盛大に溜息を吐きながらどうしたものかと天を仰ぐ。
すると太陽光が目に直撃し、危うくムスカになるところだった。
それにしてもあの天使マシュさえ、あそこまで荒ぶる結果になろうとは……どれだけマシュに力を貸したギャラハッドの怒りが大きいのかが知れるなぁ。円卓の騎士、最高峰の騎士たちの集まりではあるんだろうけど……色々と内面的な問題抱えすぎじゃね?
――――――――――
何はともあれ完全に一段落したので、こちらを睨みつけていたランスロットに話しかけてみる。しかし残念。野郎はお呼びでないのか、娘(偽)を誑かした悪い男だと思われているのか彼は俺の話を全く聞いてくれなかった。小さく「我が王までこの男の毒牙に……!」とかわけのわからない言葉も聞こえた気がするけど、聞えなかった。うん。
このままだんまりされるのも面倒くさいので俺は一度下がり、円卓の騎士たちが愛して止まないアルトリア(のようなナニカ×2)と見かけだけは極上の美女であるダ・ヴィンチちゃんをぶつけることにする。すると彼は
獅子王と呼ばれているアルトリアの事と、円卓の騎士たちの事。そして彼らに与えられたギフトの正体なども教えてくれた。どうやら彼は彼で獅子王のやることに何か感じるところがあったのだという。それで止めに入れない当たりあいつは一生らんすろのままだ、とはWアルトリアの弁。
何はともあれ、俺達は真の騎士()に目覚めたランスロットを開放し、彼が匿っている難民の元へと向かうことにした。
普通であればここで真っ直ぐとオジマンディアスの所に行った方がいいのかもしれないけれども、そうもいかない。何ども繰り返すが俺は人間である。高濃度の魔力とかは割とどうにかなるのだけれども生物として正常な反応には逆らうことはできないのだ。簡単に言うと水が心もとないので食料と水を少しだけ補充するために行くのである。
「わぁ、すごい!本当に色々な人が居るわ!山の民、砂漠の民に難民の人まで!」
「……聖罰を行うのは恨みを残さぬため。であれば私の下で働かせ、食料と水を確保できればその必要はなくなるのだ。それ以上の意味はない」
「おっと、これは意外にもできた人物だったのかな……?」
「本当に能力は高水準なんですけどねぇ、いざという時に限ってポンコツ化するというかやることなすこと裏目に出るというか」
「しかし、見直したのも事実だ。その心意気、見事であるサー・ランスロット」
「………ありがたきお言葉」
あそこまで低かった好感度をここまで回復させるとは……ランスロット、やはり天才か……。
「ほら、マシュからも何か言ってあげたらっ?」
「
「辛辣っ……!圧倒的辛辣……!」
「フォーウ……」
「あの嬢ちゃんがあそこまでになるなんてほんと、あの兄さんは何をしでかしたんだろうな」
「あ、あはは……」
スッと静かに目を逸らすベディヴィエール。やはり円卓の騎士たちの闇は深かった。それはともかく、ここはどうやらオジマンディアスたちの領域ではないようで今の今まで全くつながる気配のなかったカルデアからの通信が聞こえて来た。もちろん繋がってから一番最初に聞くのはロマンの焦りに焦った声だった。
『――――t……よかった!やっと繋がった!仁慈君、マシュ!大丈夫だったかい?』
「大丈夫。何にも問題はなかった……うん、なかった」
『その返答はものすごく反応に困るなぁ。全然大丈夫そうじゃないんだけど……』
ロマンは知らないままの方がいいと思う。ぶっちゃけ、マシュの親代わりって実はロマンだと思ってるし、そんな彼女があのような暗黒面を手にしたと知ってしまったら卒倒しちゃうんじゃないかな。
『……マシュの霊基が各段に上がってる……仁慈、私たちと通信がつながらない間に何かあったの?』
「あっ、居たんですね所長」
『…………ふぅー……。……えぇ、居たわよ?トッポみたいに最初から最後まで意地でも居るつもりよ?』
トッポなんて知ってたんだ。てっきり見たこともないのかと思ってたけど。所長ってお嬢様っぽいし。
「そのことに関しては簡単さ。マシュに力を貸してくれて居る英霊に真名が判明したんだよ」
『何ィ!?そんな感動的な場面を僕は見逃したのかい!?』
『…………』
『えっ、なにこの空気』
感動的ではなかった。驚愕ではあったけどね。やっぱロマンはあの光景を見るべきじゃなかったよ。
なんとも微妙な空気になったものの、話自体は順調に進んでいる。ランスロットは自身の命を懸けてでも主人の行動を止める真の騎士()になった。反逆のことに関してもギフトは
やはりガンドは強い(確信)