パチパチパチと木々が燃えて、木炭へと変わっていく音が耳に届く。それと同時にいい感じに食欲を刺激するようないい匂いも鼻腔を通じて入ってきていた。ちょうどお腹がすいていたことも相俟って、私はガバッと起き上がりぐるぐると周囲を見渡してしまった。そうすると視界に入ってきたのは私を上から見下ろすマスターの樫原仁慈だった。急に飛び起きた私のことをパチクリと驚愕顔のお手本みたいな表情を浮かべた後にふっと柔らかく微笑み、目の前に大きな肉を出してきた。なんですかこれ。
「ご所望のワイバーンの丸焼きverマンガ肉だよ。さっき首筋に思いっきり蹴りを叩き込んでしまったお詫びと思ってくれ。いやほんと悪かった……。まさかサーヴァントを二時間ほど眠らせるほどの蹴りを繰り出せるとは思ってなくて……」
そういえば、ジャンヌ・ダルクと呼ばれた彼女の顔を見た瞬間自分の背負った
次々と思い浮かぶ考えにどんどんと気分が沈んでいっている自分がいることをはっきりと確認できる。
「……どうした?やっぱりやばかった?思いっきりキマってた?自分でやっておいてなんだけどさ、本当に大丈夫?」
「どうしてそこまで心配そうにするんですか」
「Xが差し出された料理を食べないとかもう俺がやらかしてしまったことが原因でしょう。明らかに」
冗談でも何でもない本気で心配しているという表情を浮かべながら今まで聞いたことないほど深刻そうな声音でマスターはそう言った。それに同意するのはランサーたるクー・フーリンとなんとなく親近感を覚えてるマシュ。
失礼な。そこまで食い意地張ってないですよ。
なんてことを考えつつも、本気で心配してくれるマスターに感謝する。私をこの状態にしたのは彼だけど、必要とされていない私にここまでしてくれる人はいなかったから。まぁ、セイバースレイヤーなんてやってる私がいけないんですけど。
「いえ、大丈夫です。ほら、普通にお腹もなっていますし、このまま食べさせていただきます」
先ほどまで何気に膝枕してくれていたらしいマスターの膝にもう一度お邪魔して、お肉を頬張る。マシュがどこか羨ましそうにこっちを見ているのが見えるが、知らぬ存ぜぬを貫き通すことにする。
「俺の膝の上で……しかも寝ながら食べるな」
呆れたような声とともに体が強制的に起こされる。残念。
ジト目でマスターに抗議をしながら肉をパクつく。すると、私が襲い掛かってしまった憎きセイバー顔……ジャンヌ・ダルクがこちらを見ながら笑っていた。何で笑うんですか。
「いえ、いきなり斬りかかって来ようとしたからどんな方かと思っていたのですが、面白い人ですね」
「あの時は、あれですよ……ちょっと心のうちから湧き出る衝動というか発作を抑えきれませんでした」
「えっ、あれそういう類のものなの?持病かなんか?」
すかさず入るツッコミに再び笑みを作るジャンヌ・ダルク。なんというか、私が知っているジャンヌ・ダルクと違うんですけど。私の知っているジャンヌ・ダルクは割と腹黒いうえに犬耳フリフリミニスカ魔法少女コスプレをした人だったんですけどねぇ。
マスターは脱線しつつある話を一度手をパンと叩くことでリセットしたのちに真剣な表情を作り出した。
「とりあえずX。喰いながらでいいからジャンヌさんとまとめた情報を今から言うからしっかり聞いといて」
マスターが口を開く前に、二つ目のお肉を口の中に放り込む。
「………現在フランスでは、大暴れしている黒いジャンヌ・ダルクと今俺たちと一緒にいる白いジャンヌ・ダルクの二人が存在している。で、その黒いジャンヌ・ダルクはフランスの王シャルル9世を殺してオルレアンを乗っ取ったらしいんだ。おそらくこれが特異点化の原因だと思われる。何が言いたいかと言うと、俺たちは黒ジャンヌを倒してそいつが持っていると思われる聖杯を回収すればオーダー完了となるんだ。つまり、俺たちのやることは、黒ジャンヌを倒して聖杯を奪取すること………オーケー?」
「はい。実に簡潔で分かりやすい今までのあらすじでした。……しかし、疑問も生まれます。私たちの目の前にいるジャンヌ・ダルクは一体何なのですか?サーヴァントというには存在感が薄すぎますし」
「そこに関しては謎らしい。本人も数時間前にPONと召喚されただけで、聖杯からの情報ももらえずに投げっぱなしジャーマンを喰らったらしいし。まぁ、それでも十分に戦えているけどさ。俺なんかよりもよっぽど」
襲い来るワイバーンから守られちゃったしとアメリカンに肩を竦めるマスターですが、この人は基本的に身体能力ではなくその身につけている技術で戦うタイプなので、ワイバーンなどの人外生物との相性はそこまでよくないんですよね。それにあれでも……あれでも、マスターは人間ですから、体の構造的に不可能なことはできません。逆に人間と似たような身体構造をしていれば彼の技術はかなりの力を発揮します。それは、クー・フーリンとも正面から渡り合えるほどです。私の場合はさらに身をもって知っていますからね。二時間寝てましたし。
「で、ここからが問題。黒いジャンヌ・ダルクは俺たちと行動を共にしている白ジャンヌと同じクラスで復活したのだとしたら、当然彼女にもルーラーの特性が引き継がれている可能性があるんだ。そしてその能力はジャンヌから聞いた限りだと、令呪や真名看破、他にはある程度近くにいればどのクラスのサーヴァントが居るのかわかるらしい。だから、この辺のことを気を付けて。もし黒ジャンヌと遭遇した場合は優先的に手にある令呪を狙いに行くように。手段は問わないから」
この人何のためらいもなく言い切りましたよ。
令呪を何とかするということはすなわちその手を切り取るということなのですが、それを何の表情もなく言い切れるとは……我がマスターながら生まれる時代を間違えたのではないでしょうか。
彼はそれだけ言うと再び料理(肉を焼く作業)に戻っていった。私は私で、これから一緒に戦うことになるであろう彼女、ジャンヌ・ダルクに謝罪しにいった。行動を共にするのであれば、先ほどのことは確実に謝罪しないといけない事案……むしろ謝罪しても許されないことです。しかし、けじめは必要なのです。マスターに迷惑をかけるわけにはいかないですから。その相手がたとえ憎きセイバー顔だとしても……!
「あの、先程は本当に申し訳ありませんでした。ちょっと持病の発作が……」
「珍しい病気をお持ちなのですね。それはさぞ大変でしょう。周囲の人に対していきなり斬りかかってしまう衝動を持っているなんて。大丈夫です、先程のことならもう気にしていません。ですから貴女も頑張ってください」
なんですかこの眩しさ。四月一日に星座に関係する戦士たちが居そうな宮殿で戦った魔法少女(笑)的な人とは似ても似つかないです……。
すべてを許すという正しく聖女らしい笑顔を浮かべた彼女を見ていると自分の中にある汚い部分が余計にわかってしまって精神的にライフゼロなんですけれども……。
そうして私は苦し紛れに肉を口に詰め込むことで自分の気分を紛らわすのだった。もぐもぐ、おいしい。