目を覚ましてみると、そこは知らない土地だった。
うん、知らない土地だった。よくわからない大きな門やあたり一面ものすごい真っ暗で見たこともない魑魅魍魎が闊歩してるんだ。俺が知っているわけない。けれどなんと言うのか……何処か懐かしい気配を感じるんだよね。具体的には会いたいようで今一番会いたくない槍師匠の気配を。
そんな考えがフラグとなったのだろう。唐突に背後から強烈な殺気を向けられた。全身の肌が逆立つような、体の芯から凍り付くような殺気を浴びせられてとっさに回避行動を取る―――――が、俺が考える攻撃よりもよほど速かったため頬の薄皮一枚持っていかれる。それでも相手は関係なしに攻撃を続行した。一つ、二つ、三つと突く度に加速していく突きを何とか素手でいなしていく。
この突きを俺は知っている。思いっきりフラグを立てたからこそわかる。どう考えてもこれを行ったのは……
「仁慈……お主、もしや衰えたか?」
「無手だから………なんて言い訳通用するわけないですよね」
年齢不詳。ぴちぴちタイツを着込んだパッと見若めの美女。名前はまだ知らない。俺は普通に槍師匠と呼んでいる。……まぁ、兄貴のおかげでこの人の正体は大体わかるけど。というか、どうして俺はこんなところにいるんですかね。確かレイシフトしてフランスにいるはずなんだけど。色々おかしくない?
「私が呼んだ。それで納得しろ」
「なんという説得力」
この人なら何しても納得してしまう凄味があるんだよね。なんていうのか、人類が滅亡しても普通に槍を振るっているイメージしかないし。宇宙でも地味に生きていけるんじゃないかな。
「それにしても……どうやらしくじったようだな。少しばかり強くなったからと言って慢心しているからだ。この馬鹿弟子が」
「返す言葉もありません」
自分の魔力の残量すら把握できていないとか色々うかつすぎる。こればかりは何言われても言い返せない。
槍師匠は俺の姿を見てそこらへんはわかっていると理解してくれたようで、説教モードに入りかけた口を一度閉じて俺にくれた槍よりもより怪しく光る深紅の槍を構えた。
「武器を取れ、仁慈。その慢心に濡れた心を私が鍛えなおしてやる」
「だから無手ですって。あと、俺今世界の危機を救おうとしているんですけど?割と誇張抜きで」
「知らんな」
「ですよね」
知ってた。
というか、割とマジで死んじゃうので少しは手加減してくれると嬉しいです。そこら辺のところお願いします。今ここで死んじゃうと人類の未来が消滅されてしまうんですよ。
「フッ、丁度良いではないか。ここで死ぬくらいなら人理修復など成し得ることはできないだろう。さぁ、かつて私に見せた勇姿をもう一度見せてみよ。さすれば、生き残ることも可能となるだろうて」
「せめて俺も槍が欲しいぜ……!」
無手のままあなたの攻撃をそらしつつ反撃をかますのは流石に厳しいと思うんですがどうでしょうかね!
と、心中思っていようともこの人はそういったことを全く配慮しない。むしろこの程度の逆境は軽く超えて見せよと言ってくるので俺はおとなしく彼女の槍に立ち向かったのであった。
樫原仁慈の拳が、人類の未来を救うと信じて……!ご愛読ありがとうございました!
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「そういえばマスターは人間でしたね……」
開幕から失礼極まりない発言をかますヒロインXさん。しかし、そんな彼女の声に意義を申し立てる人は誰一人としていませんでした。それは通信越しにこの会話を聞いているドクターや所長も同様です。このことから先輩が普段からどれだけ並外れた人物なのかということが分かると思います。
……現在先輩は私の膝の上ですやすやと眠られています。ドクターが言うには魔力の使い過ぎによる疲れが原因だと言っていました。特にけがをしたというわけではないということでほっと一安心するとともに私は自分が情けなくなりました。デミ・サーヴァントになってからというもの、先輩を護ったことは両手で数えるくらいしかないからです。これでは一体どちらがサーヴァントなのか分かったものではありません。
『僕らは彼に期待をしすぎていたのかもしれない。彼があまりにも当たり前のようにサーヴァントを相手するものだからね。しかし、やはり彼も人間だったんだ。それもつい最近まで魔術のまの字も知らない一般人。自分の魔力量の限界値を知らなくても不思議じゃない』
「俺と戦う時だって魔力は基本的にカルデアが担っていたから魔力切れになることもなかったしな」
そう。
どれだけ常識はずれであろうと、サーヴァントと正面から戦えるとしても、たとえ竜種を簡単に葬れるとしても、先輩はただの人間なんです。私たちのように常識から外れた耐久力はなく、一回攻撃を受けてしまえば死んでしまうかもしれない……ただの人間。普段は並外れた危機察知能力と魔術でごまかしてはいますが、攻撃を受け流せなかった場合の結末は考えるまでもないでしょう。
『それによくよく考えてみれば、ここまで魔力が保ったこと自体がおかしいのよ。レイシフト先というカルデアの支援が限られている場所で3騎の英霊と契約を交わしただけでなく既に3発の宝具を使っている。そこに自身の強化とあの槍に送った魔力を考えればこの結果は当然よ』
改めて先輩の行ってきたことを挙げるとどれだけおかしいのかがわかる。だからこそ私たちは甘えてはいけなかったのです。彼に任せておけば大丈夫なんて根拠のない盲信を持っていたからこそ今の状況なのですから。
今までの行動を恥じた私はとりあえず先輩のためになることを行おうと皆さんに声をかけました。
「ドクター。この付近に召喚サークルを設置できる場所はありますか?」
『ちょっと待って……あった。そこから2キロほど森に行ったところに良い龍脈を見つけたよ。そこなら支援物資を転送することができる。もちろん、魔力の回復を行うことができる薬もね』
『どうも、天才たるダ・ヴィンチちゃんが一時間でやってあげました』
流石ダ・ヴィンチちゃんです。いつもは間違った方向ばかりに使われている天才的頭脳が初めて役に立ちました。
「すみません。みなさん聞いていたとおりです。先輩……マスターを運ぶので手伝ってください」
「えぇ、もちろんです。今の今までこのフランスのため、人類の未来のために戦ってきた方ですから。恩返しの意味も込めて手伝わせていただきます。……このようなことになったのは我々サーヴァントの怠慢でもありますから」
「何かを与えてもらっているだけじゃいけないものね。もちろん私も手伝うわ。なんだったらこのガラスの馬に乗せましょうか?」
「それだと君が追いつけなくなるだろう……。それはともかく、僕も是非手伝わせてもらうよ。彼は今までにあったことのないタイプの人間だから、もっと色々話してみたいしさ」
「すまない。先程、そこまで無理をして魔力を分けてもらったにもかかわらず宝具を外してしまって本当にすまない……せめてもの償いとして俺が彼を運ぼう」
「ネガティヴすぎるだろ」
「警戒は任せてください。スキル的に適任でしょうからね。私も今ここでマスターに死なれては困ります。彼には私がすべてのセイバー(顔)を倒して、頂点に立つ姿を見ていただかなくてはなりませんから」
この場にいるサーヴァントたちは全員快く手伝いを承諾してくれました。……先輩、無理をさせて本当に申し訳ありません。今度こそ、私はあなたをお守りして見せます。先輩は過去様々偉業を成し遂げた英霊たちにここまで好かれる人なんです。だから、早く目を覚ましてくださいね。
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「魔境の智慧3回連続使用はなしですよ師匠!」
俺の魔術に必中効果を持つ奴はないんですよ。装備している礼装もカルデアから支給されたものだけなので、そのあたりのことはもう少し手加減してくれてもよかったんじゃないんですかねぇ!?
悉く襲い来る6本もの深紅の槍が視界いっぱいに広がり絶望を振りまきながら飛来してくるので、それを必死に回避しつつ俺はそう叫び散らした。唯でさえ、月とすっぽんレベルの差があるのにさらに回避付与からの攻撃とかムリゲーとしか言えないんですが……。
あまりに理不尽な状況だったため叫んだのだが、それがよかったのかいつの間にか俺の視界には深紅の槍ではなく黒い2つの山が映っていた。今気づいたけど頭になんか柔らかいのが当たってるし。
「先輩、目が覚めたんですね。よかったです」
「……マシュ?どういう状況?」
「先輩が魔力切れで倒れてしまったので処置を少々行っていました。そのため膝枕をしています。……もしかして、嫌でしたか?」
「とんでもありません。ありがとうございます……ありがとうございます……!」
天使の膝枕とかご褒美以外の何物でもありません。本当にありがとうございます。
にしても、俺が倒れてからずっと看てもらっていたということは槍師匠は俺の精神だけを持って行ったということになるな。……ホント、なんでもありだな。
「どのくらい寝てた?」
「ほんの30分ほどですよ」
思ったより早かった。槍師匠とは体感で2時間くらいはぶっ通しで戦っていた気がするんだけど。
「30分ね。……マシュ、急に倒れたりして本当にごめん。次は大丈夫、2度とこんなことは繰り返さないと誓う。だからどうか見捨てないでくださいお願いしますなんでもしますから」
槍師匠に肉体的にボコボコにされ、なぜか知られている近年の情報から精神的にもボコボコにされた所為で必要以上に卑屈に遜ってしまった。マシュの方も急に低姿勢でこんなことを言い出すものだから驚いて目を丸くしてしまっている。
「ど、どうしたんですか先輩」
「若干取り乱した」
一度心を落ち着かせるために深呼吸を行う。その間にマシュも言いたいことがあったのか、俺が落ち着いたであろうタイミングを見計らって彼女は口を開いた。
「先輩……すみません。私が不甲斐ないばかりに無理をさせてしまって」
「別にそんなこと思ってないけど」
今回のことは慢心していた俺が10割悪い。ちょっと自分の攻撃が通用するからと言って調子に乗って魔力を使い前に出た結果があれである。大して使い慣れてもいない魔術を使えばこうなることは明白だった。しかし、俺はその初歩的なことに気付けず、無様をさらすことになったのである。むしろ俺は彼女たちに悪いことをしたと思っている。うろちょろ動きまわるマスターなんて守りにくいったらないだろうし。
これらのことをマシュに伝え、俺は改めて謝罪と先ほどのこと……見捨てないでほしい旨を彼女に伝えた。すると彼女は、
「私も先輩に頼りすぎていました。サーヴァントとしての役目を放棄していたにも等しいことをしていました。……なのでお相子様、です」
と言ってふわりと微笑んでくれた。正直ぐっと来た。
彼女の言葉もあって雰囲気が軽くなったため、一段体の力を抜いた。すると、自分の頭がより深くマシュの太ももに埋まっていく。そこで改めて自分が膝枕をしてもらっているということを認識し慌てて飛び起きた。
「そういえば、膝枕状態だった……。大丈夫?しびれてたりしない?」
「大丈夫ですよ。なんたって私はサーヴァントですから。先輩の方こそもう起き上がっても平気なんですか?」
「体のどこにも異常はないし大丈夫。魔力の上限も今回倒れたことで完全に覚えたし。むしろ、倒れる前より悪くないんじゃないかな」
「それはよかったです」
その場で2、3回拳を振るってみると特に切れがおちたわけでもなかったため問題はないと判断する。
話し合いにひと段落付いたころ、森の奥からぞろぞろとサーヴァントたちがやってきて俺達の近くまで集まって来た。
「おう、マスター。美少女の膝枕はどうだ?」
「最高だった。見てた夢は悪夢に近かったけど」
「目が覚めたのですね。よかったです。………本当に、ね」
「怖い、怖いよ。ハイライトさん仕事してくれー」
「仁慈さん。目が覚めたのですね。よかったです」
「ありがとう」
「まぁ!目が覚めたのね。本当によかったわ!帰還のお祝いにベーゼを差し上げようかしら?」
「いえ、間に合ってます」
「皆に好かれているようでなによりだね仁慈」
「うれしい限りだよね」
「すまない。今の今まで全く以って役に立たなくて本当にすまない」
「ジークフリートさん、大丈夫です。大丈夫ですから。そこまで気にしなくていいですから。というかどうしてそこまで卑屈なんですかね?」
あの大英雄にいったい何があったというのだろうか。
ジークフリートさんのことが若干気になりつつも、この光景を見て改めて思う。かつて慢心しないように……なんて言っていたが、力を持てば人間だれしも心に隙ができる。どうやら俺はまだまだ自分のことをわかっていなかったみたいだ。頭のおかしい師匠たちに囲まれて慢心なんて抱かないと思っていたこと自体がそれなのだと気づかされた。だからこそ、これからはもっと様々なことに気を配っていかなくてはならない。
そう心に決めた俺はとりあえず、ロマンに魔力タンクとなる薬を送ってもらうことにするのだった。
とりあえず、次敵に遭遇したらこれにものを言わせて宝具をぶっぱしまくってやる。