結局あの後、清姫の勢いに負けた仁慈は彼女と共に同じベッドで寝ることとなった。しかしよくあるような昨夜はお楽しみでしたね、という事件というか事案にはなっていない。理由は意外なことに、生まれながらにして狂化EXを完備している清姫がうぶだったということが原因なのである。彼女は生前十代前半で死んでいるため、そこら辺の知識が不十分なのである。まぁ、そのおかげで仁慈はロで始まりンで終わる犯罪者予備軍にならなくて済んだのだが。
ノリと勢いだけでベッドには潜り込むことができたものの、そこから先にはどうしても踏み込むことができなかったと後々に本人が語ることとなる。彼女自身は一緒に寝れただけでも十分幸せそうだった。ちなみに仁慈は清姫とは正反対で精神的疲労と全く休めていないことから少しだけ不機嫌気味だった。
とまぁ、こんなことがありつつもカルデアに清姫が来たことには変わりがない。急遽とんでもない方法でカルデアにやって来た清姫に元々居たロマンやオルガマリーをはじめとする職員たちは引き気味だったものの、なんと一日で彼女は受け入れられていた。
その理由は、あの仁慈を止めることのできる唯一の人物というこの一点である。彼女が仁慈に突っかかり、それに対する彼の対応から見て仁慈が清姫に弱いということを見抜いた無駄に優秀な職員たちは、「来た、嫁キタ。メインストッパー来た!これで勝つる!」と大歓迎な状態だった。
日常生活では清姫のストッパーを引き受けている仁慈としては大変不本意な扱いだったことは言うまでもない。
普通は戦力増強という面で喜ぶのでは?というマシュの疑問は大多数の歓喜の声に消えていったことをここに記しておく。
話を戻そう。
こうして清姫の存在を受け入れより一層の戦力強化を行ったカルデアだが、仁慈は召喚システムフェイトがある部屋へと訪れていた。ご丁寧に、聖杯と共にいつの間にか手にしていた聖なるもやっとボール――――別名聖晶石――――を大量に抱え込んでである。その数はなんと40個。
この前清姫を戦力に加えたばかりだろうと考える人もいるだろうが、仁慈にとってそんなことは重要ではなかった。今彼に必要なのは、戦力増強による代償(自分の精神)を癒すためのサーヴァントである。それを呼び出すために彼は今日ここに来たのだ。
「このままだと、次回予告がガチのネタバレになる……」
既に半分ほど精神を清姫に焼かれつつも、40個もの聖晶石をまとめてブン投げる。すると、聖晶石の存在を確認したフェイトは神秘を内包した存在を召喚するために起動した。目を焼くような光とシンク〇召喚を思わせる円を出現させ、出てきたものは……。
黒鍵×7 アゾット剣×3
「………」
溢れんばかりの黒鍵と優雅(笑)を殺しそうな短剣だった。
しかも、黒鍵に関しては一回の召喚で三本出てくるのでさらに多い。
「……人類史を取り戻す戦いなのに、どうして俺たちに優しくないんだ……」
溢れでる黒鍵を指の間に挟んで軽く振るう仁慈。本格的にマーボーを食す神父の師匠を思い出したとのことでこれらの武器を四次元鞄にぶち込んで仁慈は逆に考えることにした。
―――――使い捨ての武器が多く手に入ったと考えればいいじゃないかと。
そう考えればあら不思議。そこまで悪くない結果に思えてくるよ、なんて無理矢理自分を納得させて彼はその部屋を後にした。
ちなみに、その後すぐに清姫に遭遇してから何のために自分が召喚システムフェイトのある部屋へと行ったのかということを思い出しかなりのショックを受けるのだった。
―――――――――――――
「―――――疾ッ!」
「ハッ!そんなんじゃ当たってやれねえなァ!」
再び時は飛んで仁慈が自身のストレスから起こした大爆死事件から二日後。
第一特異点から帰って来た仁慈が感じていた遠距離攻撃の少なさを思い出した彼はカルデアに取り付けられている訓練室にて、クー・フーリンと共にその精度を高めていた。
一応、はじめは一人で的に向かって弓や剣の投擲、簡単な魔術をぶつけていたのだが、途中で訓練室に入って来たクー・フーリンにやらないかと誘われた仁慈はそっちの方がいいかとほいほい模擬戦を受けて現在に至っている。
ちなみに今戦いに参加していないながらも、ここにはマシュも清姫もいる。後々様々なシチュエーションで戦闘の訓練を行うためにクー・フーリンが呼んだのだ。
「というか今さら気が付いたんだけど、兄貴に遠距離オンリーってつらいというレベルじゃないだろう……」
「矢避けあるしな」
「的から自動的に避けていく矢なんて初めて見たわ」
絶望的な状況にもめげずに矢を射る。
通常ではありえない矢の三本同時発射。しかも何かしらの魔術を加えているのか不規則な軌道を描いてクー・フーリンへと殺到する。
だが、彼にも矢避けの加護という遠距離に対する優位に立てるスキルを持っているためその矢がクー・フーリンの身体を貫くことはなかった。
結局、その日の勝負は仁慈の攻撃が一度も当たることなく敗北で終わった。
「…………いや、無理だって」
苦手な分野で相手するにはレベルをかなりの段数フッ飛ばした訓練だったのでその言葉も当然だろう。
いきなり、矢避けの加護を持っている英霊相手に弓を当てられたら正直、アーチャーがカルデアに来た時直接教えを乞うほうが効率がいいだろう。
清姫もなんとか追い出して一人で広々と使える自室のベッドにて肢体を弛緩させて投げ出しながら仁慈はぼんやりと頭を働かしていた。そもそも、魔術だって家から持ってきた本を一冊読んだだけなので基礎的なことしかできない状態で遠距離オンリーでクー・フーリンに攻撃を当てるなんて無理なのだ。それは今日の模擬戦でよくわかっている。ではどうするのか、仁慈は考え、考え、考え抜いた上に一つの答えにたどり着いた。
「………よし、これにしよう」
作戦が決まったのか、それ以上は考えることなく仁慈は眠りについた。
そして、次の日。
クー・フーリンと対峙するのは昨日と同じく仁慈とそれに加えてマシュである。曰く、そもそも遠距離攻撃をするのは前線にいるサーヴァントのフォローに回れるようにするためなので、ついでにコンビネーションの方も鍛えるということである。クー・フーリンも槍兵の自分と接近戦を封じられた仁慈との一対一では結果が見えているので許可をする。
え?清姫?参加はしないけど、今日も仁慈を見ています。
「よし、じゃあ始めるか」
「せい!」
「先輩、早いです!」
クー・フーリンの言葉と共に弾丸よりも速くクー・フーリンに向けて一直線に飛来する魔術の加護を受けた矢。
だが、彼はそんなことを予想済みとでも言わんばかりに槍を振るってその攻撃をいなす。直後、今度は自分の番だと言わんばかりに踏み込み一気に仁慈との距離を詰めた。残り彼らの距離が3メートルを切ろうとした時、マシュが体を滑り込ませてクー・フーリンの槍を自分の盾で受け止める。
仁慈はその隙に上方に弓を構えて射る。放たれた矢は少しだけ天井へと向かうが、すぐにその向きを下へと変えて重力を味方につけてクー・フーリンへと向かって行った。それを一秒の間に無数に繰り返して一瞬にして矢の雨を完成させる。それを確認したクー・フーリンはすぐさまバックステップを踏んだ。
だが、仁慈はそれを狙っていたのである。
弓に矢をセットし、地面を魔術での強化を施した足で蹴りあげて加速する。これだと、いつも通りなのだが今回は違う。仁慈は地面を蹴る時さらに魔力を放出してジェット機の如き推進力を手に入れ、
「―――――ッ!(ドヒャ!」
まるで何処かの汚染をまき散らしながら戦う山猫たちが出すような音とともに一瞬で背後に回る。そのままほとんどゼロ距離で矢を射た。矢は見事にクー・フーリンの背中にヒットした。そのことに仁慈は喜びつつ、そのまま追撃として二、三発射る。
それを受けたクー・フーリンは自ら負けを認めて槍を下ろすが、
「(これ、遠距離攻撃じゃないだろ)」
と心の中でツッコミを入れるのだった。
こうして仁慈は今日も色々間違えながらも自らを鍛えるのであった。
タララッタッタッター♪
仁慈はレベルが上がった。
弓の技術が1上がった。
機動力が―――上がった。
魔力放出を覚えた。