マシュは今仁慈とレフ・ライノールの戦いを黙って見ていた。デミ・サーヴァントとしては異例の事態だが、そもそも仁慈自体がマスターとして異例なのでそこまで問題ではなかった。
それはともかく、問題は彼女の目に映し出されている光景である。
王の寵愛という言葉を残して変身を遂げたレフの存在感は圧倒的だった。見るだけでも人の精神を削っていくような外見と、存在感に見合った内包魔力の存在をはっきりと感じることができたのである。
マシュはもし、自分が一人で対峙するのであれば確実に心が折れるだろうという確信を抱いてしまった。
だが、人類最後のマスターにしてマシュのマスターである仁慈は表情を変えるどころか、嗤いながら正面から肉の柱と化したレフへと構えていた。いや、それだけではない。対峙するだけではなく、レフ曰く魔神柱と化した相手に対して圧倒的な強さを見せつけていた。その様はもはや戦闘とは言えない。蹂躙……と言い換えた方がいいのかも知れない。
『マシュ!マシュ!?無事だったかい!?』
一人の人間が魔神柱を蹂躙するというショッキングな映像を呆然と眺めていると、ロマニが通信越しにマシュの心配をして声をかけてきた。彼も、仁慈暴走の原因を知っている人物なのだ。当然マシュの安否を気にしていた。
「あ、ドクター。私は大丈夫です。体調面、精神面ともに良好な状態です」
『はー………よかったぁ~。……ん?アレ?でも、仁慈君は?』
「先輩ならあそこです。今映像を送りますね」
マシュは手慣れた様子で仁慈の戦闘映像をカルデアに送る。すると通信越しにロマニの大きな驚きの声が聞こえてきた。ちょっとだけ音量が大きかったため、マシュは耳を塞いだ。
『な、なんだアレ!?魔力も、その在り方も、普通のサーヴァントや幻想種たちと異なるんだけど!?マシュ、あれは何!?』
「ドクター。興奮するのは別に構いませんが、音量を下げてください。耳が痛いです」
『す、すまないね。……フゥー。それで、あれは一体?』
「あれはレフ・ライノールです。彼曰く、王の寵愛を受けた結果があれだそうですよ。先程、自信満々に自己紹介してました。『改めて自己紹介をしよう。私はレフ・ライノール・フラウロス。七十二柱の魔神が一柱である!』と」
『無理してまねしなくてもいいよ。違和感すごいから。……それにしても、七十二柱の魔神にフラウロス、か』
マシュからの情報に気になるところがあったらしいロマニは、自身の気になったワードを口に出して頭の中で考えを組み立てる。
「やはり、ドクターもそこが気になりますか」
『うん。考えたくはないけど、七十二柱の魔神でフラウロス……さらに王と来てしまえばレフ・ライノールの言うあの方の正体の目星はついたね。はぁー……。尊敬してたんだけどなぁ………』
どうやらレフは再び余計なことをしてしまったらしい。
仁慈を覚醒させるだけでなく、自分の親玉の正体のヒント(ほぼ答え)まで残していったようだ。心中ロマンは、実は彼が味方なのではないかと若干思い始めている。冗談半分でだが。
『それにしても……今の言葉が本当なら仁慈君の強さは本当に凄まじいね』
「そうですね。もはや、私たちサーヴァントなんて要らないんじゃないかと思ってしまいます」
ひと段落付いたロマニとマシュはそうして仁慈とレフの戦いに再び目を向けた。
―――――――――――――
マシュとロマニが話し始める少し前、先に動いたのはレフだった。
魔神柱となり、機動性を完全に失った代わりに彼は王から授かった圧倒的な力を見せつけるために、まず仁慈をひと睨みした。
体全体にくまなく存在するイクラのような目に見られた仁慈は本能的にその場を飛びのく。するとその直後、仁慈が先程まで立っていた地点が爆発したのである。
回避してホッとしたのもつかの間、すぐに別の目が仁慈を捕らえその爆発の中へといざなおうとする。仁慈は身体能力強化と、魔力放出の二つが生み出す変態的機動でそれらをさばききっているが、このままではじり貧だろうとレフは考えていた。実際は、聖杯のバックアップを受けている仁慈に魔力切れは起きないに等しいので見当はずれなのだが。
『フハハ!逃げるので精一杯か!?どうした、遠慮せずに反撃に出ていいのだぞ!!樫原仁慈!』
次々と爆発を起こしながら、逃げ回る仁慈を嘲笑うレフ。しかし、仁慈はその表情を全く変えない。
しばらくレフの様子と爆発の規模、速度を測っていた仁慈はついに反撃に出た。
今まで抑えていた出力を開放して、レフの目に止まらない速度で移動をし、がら空きの胴体に魔力で強化した蹴りを叩き込む。
だが、これに対してレフは大した反応を見せなかった。仁慈はいったん距離を取ると今までの情報からレフの大まかな強さを計算していく。
『この姿になった私に人間の攻撃など、通じるわけがないだろう!さぁ、何もできないまま死にゆく恐怖を感じるがいい!』
キャラを投げ捨て、理性も若干投げ捨てているレフが再び無数の視線を仁慈に送る。一方仁慈はもはや見切ったという手慣れた様子でそれを回避すると頭の中で出た結論に基づき行動を開始することにした。
四次元バッグからフェイク・ゲイボルクを呼び出すと、仁慈はそれに魔力を回す。これは彼が大量の敵を殲滅するときに行っていた行動だが、今回は違った。
ここで一つこの槍について話をしよう。
この槍はかのゲイボルク職人である某影の国の女王が作り出した失敗作だ。しかし、普通のゲイボルクよりはランクが落ちるものの立派な宝具なのである。最初の方は、彼が槍に認められていなかったためその真価を引き出すことができず、結果ダ・ヴィンチによる改造ということで宝具級の攻撃力を放てるようにした。
だがしかし、仁慈の今までの所業と先の狂化がきっかけだろう。この不完全なゲイ・ボルクは彼を認めたのである。
つまり、今から魅せるは、曲がりなりにも影の国の女王から授けられた槍の真価。
科学と魔術が交差して物語が始まっちゃいそうなものへと改造されても、その根源までは変えなかった健気な槍の真の力。
ある意味で、マシュよりも近くで仁慈の奇行を見守って来たものであり、ある意味で誰よりも彼の力となった物……その力が今、解放される――――
魔力放出により、一気にトップスピードへと移行した仁慈はそのまま爆発を躱しつつレフに肉薄する。
そして、槍の射程圏内に入ったとき、彼は体を引き絞って槍を構え、その真名を開放した。
「真名開放、宝具展開……!穿て!――――――貫き崩す神葬の槍!」
静かに解放されたその宝具は先程仁慈の蹴りを拒んだ肉柱の内部に容易く侵入した。そして、その内包された膨大な量の魔力を一気に注ぎ込む。仁慈の魔力をその身に宿し、そして槍の性質をそれに搦めて敵の内部に注ぎ込む。
神葬と謳っているものの、その本質は人外殺しである。
仁慈がその槍を持って今まで打ち立ててきたことがここに来て真名開放を行った槍の性質を決めたのだ。これは失敗作として生まれてきたが故の弊害だが、ことこの場においては何よりも幸運なことだった。
人外殺しの概念を纏った魔力を体の内側から流され、レフは自分の身体が猛毒に冒されているかのような感覚を味わった。
『ぐ、オォォオオオオオォオオオオオオ!?!?!?』
その身を蝕む魔力の痛みからか、自身の身体から生やした目をギョロギョロとせわしなく動かしながら苦しみの叫びをあげる。
やがて、魔神柱状態すら維持できなくなったのか、いつの間にか人間の姿に戻っていた。
「王wのw寵w愛wwwwwwwwwww。七十二柱の魔神wwwwwwww」
これはうざい。
人間状態になっても本質的に人外のレフは未だ自身の中で暴れている魔力に苦しんでいる。そんな中、仁慈は腹を抱えてレフを思いっきり煽っていた。それは未だ出番がないはずの某海賊を思わせるほどのうざさである。
「グ、ガァ……キサマぁ……!」
「wwwwwwwwぶっほwwwww。フゥー………面白かった」
ひとしきり煽り、笑った仁慈はレフの身体に近づき、彼の身体から自分の魔力を回収した。そしてその後、回復魔術をかけて彼の傷を全快させる。
これにはさすがのレフも罵倒すら忘れて困惑の表情を浮かべざるをえなかった。
「……どういうつもりだ?」
「ん?あぁ、回復させたことか。そんなの簡単さ。―――――――まだ殴り足りないから早く起きろってことだよ」
「」
イイ笑顔だ。
とてつもなくイイ笑顔だ。
レフは今までの所業、発言、その他諸々を初めて後悔した。こんなことになるくらいなら大人しく自分の呼び出したサーヴァントにレ/フされた方がマシだったと、大宇宙の電波を感じながら思った。
「まだ俺のバトルフェイズは終了してないぜ!」
――――――――――――――――
「あきた」
「」
数十分後、そこには真っ白に燃え尽きたレフの姿があった。
本当に色々試した……。
再び魔神柱と化したレフの目玉をすべて潰して攻撃手段を奪ったあと、どの攻撃が効果的なのかを検証したり、ひたすら打ち込みをしたりと色々やらせてもらった。
おかげで大分怒りは収まった。うん。すっきりすっきり。
やることもやった俺は死に体のレフを蹴りながら運びマシュのところに戻って来た。
「お待たせー」
「先輩がものすごいイキイキしてます……!」
『あの眩しいばかりの笑顔の下には死に体のレフ・ライノールが居ることを考えるととんでもなく怖いんだけどね!』
今は機嫌がすごくいいから気にしない。
取り合えず、死に体のレフから聖杯を奪い取る。
「おい、もじゃ緑。お前、他に何か情報を話す気とかある?」
「…………誰が貴様らなんぞに話すか。人理復元などそもそも不可能なのだと、何故気づかない。それはもうすでに終わっていることなのだ」
「………ほかに話すことは?」
「ない」
「じゃあ死ね」
魔力で強化した足でレフの頭を踏みつぶし、その死体をマシュの目の届かないところまで蹴とばす。この一連の流れはマシュの目と耳を塞いで行っているので問題はない。
『おい。おい人類最後のマスター。その容赦のなさはどうなの?こう、善良な一般市民として』
「どうせロマンも俺を常人とか思ってないでしょ。それに、これが教えだからね。仕方ないね」
適当に会話をしつつ、俺は今の今までずっと空気だった褐色の男に視線を向ける。
「それで?あんたはどうする?俺から聖杯を奪ってローマを潰すか?」
「………そもそも、私の目的にローマの侵略はない。あれは先の男の目的であった」
「?」
「ローマは永遠だ。そして、それを証明するためには世界もまた永遠でなければならない。……ここで私が再びローマになってしまってはそれこそ本末転倒というものよ」
なるほど。
ローマは永遠。だからこそ世界も永遠でなくてはならない。ここで自分が暴れたら人理は崩壊し、ローマは潰えるからネロや今のローマをどうこうする気はないと。
「なら、このまま消えるのか?」
「――――――――だが、私がローマであるが故に、見極めなくてはならない。
「現皇帝を試すということか?」
「然り」
「殺そうとするのか?」
「否。私はローマがローマである確証があればそれでいい」
しばし、無言の時間が続く。
「なら、決着は勝手につければいい。聖杯は手に入ったし、こちらの皇帝陛下もあんたとは決着をつけたそうだったしな」
「…………」
褐色の男、レフにはロムルスと呼ばれた男は、俺が散々破壊した部屋の中で無事だった椅子に腰かけると、真っ直ぐとこちらを見た。
「…………ローマを証明するために私は待ち続けよう」
その言葉を最後に、俺とマシュはネロのところへと帰った。
―――――――――――帰った後、Xと清姫に無茶苦茶怒られた。
ぶっちゃけ、ロムルスとネロの戦いについては書かなくてもいい気がしてきました。
まぁ、要望というか、手抜きすんなコラァ!というのであれば書きますけどね。