ご注意ください。
「英霊デモナイオ前マエガ、我ノアイテヲスルト?ミノホドヲ知レ」
「うちの師匠はそろいもそろって化け物だったから、大丈夫なはず」
シャドウサーヴァントの馬鹿にしたような言葉に仁慈は特に気負った風もなく普通に言葉を返す。普通の人間のその態度が癪に障ったのか、シャドウ化した弊害か、仁慈と対峙するシャドウサーヴァントはその左手に持っている黒塗りの短剣―――ダークと呼ばれるもの――――を投擲する。
英霊にまで押し上げられたシャドウサーヴァントが放ったダークは無音にして無拍子で弾丸のように放たれた。普通の人間であれば死ぬことは必然。いくらサーヴァントでもその投擲はとらえることができないであろうその不可視の攻撃に対して、仁慈はまるで見えているかのような正確さでダークを弾き落とす。そのことに少々の動揺をしながらも長年の暗殺者としての経験からか、表に出すことはしなかった。まぁ、黒い靄がかかっているためわかりにくいが。
しかし、二度にわたり自分の攻撃を防がれたという事実をシャドウサーヴァントは認めることにした。
「先ノ言葉ヲ訂正スル。オマエハ我ガ獲物ニフサワシイ」
「アサシンならしゃべってないで早く攻撃しにきたら?というか、アサシンなのに正面から戦いに来るとかないわぁ……ほんとに下手だね?」
「減ラズ口ヲ!」
さすがに今仁慈が言った言葉は看過できなかったらしい、アサシンのシャドウサーヴァントは自身の体を周囲の風景に溶かして混ぜるかの如くすーっと消失させる。今まで肌で感じていた莫大な魔力と気配は完全に消えてしまった。これぞ、アサシンのサーヴァントが持っているスキル、気配遮断である。これこそがアサシンがアサシンたるゆえん、彼らの強みだ。それはサーヴァントであっても気づくことが困難なものである。普通マスターのような魔術師ならその効果は語るまでもない。気づかない間にあの世行きである。
が、忘れることなかれ。彼の家系は自身の体で根源に至ろうとした生粋の変わり者集団の末裔である。そんな彼は魔術こそそこいらの一般人とほとんど変わらないものの、身体能力だけはそうではない。本人の勘違いから色々制限を喰らってはいるが十分人外に近いものだ。しかも、彼の挑発によってシャドウサーヴァントは冷静さを失っている。
気配もぎりぎりまで悟らせない状態から放たれたダークを首を僅かに傾けることで回避する。それだけではなく、放たれたダークの場所からシャドウサーヴァントの居場所を割り出して、左手に握っている小太刀をまるでたった今シャドウサーヴァントが放ったかのような無拍子で投擲した。これには先ほど以上の驚愕を迫られることとなった。そのせいで行動がわずかに遅れてしまい、体に浅い傷を作る。
「馬鹿ナ!?」
なかなかやるといっても所詮はただの人間。英霊でも何でもないと心の奥底で思っていたのだろう。ごく僅かとはいえ手傷を負わされたシャドウサーヴァントはとても動揺した。一方そのとき仁慈は、相手の位置を確認しつつもマシュの状況を観察していた。
「(状況は……ギリギリ均衡もしくは、多少押され気味か……。先ほどの戦闘の疲れに加えて、慣れない戦闘の所為で長くはもたない、か……仕方ない)」
仁慈はこれ以上戦いを長引かせるのは得策ではないと思い始めていた。マシュの表情を見ればそれは一目瞭然だった。彼は仕方がないとして、自身の気配を鎖付き杭を持っていたシャドウサーヴァントを倒した時のように完全に世界と同化させると、後ろの方でおびえていたオルガマリーに近づいて話しかけた。
「所長、所長。ちょっとお話が」
「ひっ!?な、なによ!早く戦いに行きなさいよ、私にまで被害が来るでしょう!?」
「さっき狙っているのはサーヴァントだけだって言ってたでしょ。後、どこまでも自分本位ですね。ここまで来るといっそ清々しいですね」
そうじゃなくてね、と話の軌道修正を試みる仁慈。オルガマリーはプルプルと小動物のように震えつつ、仁慈のことを上目遣いで見る。
「所長。あのシャドウサーヴァントに一撃、なんでもいいので攻撃を当ててください。その隙に俺があれをしとめますので」
右手に持っていた小太刀を鞄の中にしまい、槍を一本取り出しつつそう口にした。それを聞いたオルガマリーは首が取れてしまうのではないかと心配になるくらいの勢いで横に振った。だが、そんな彼女の肩に手を置いた仁慈はさらにおびえていることもかまわずにその顔をずいっと近づける。
「お願いします!所長は言いましたよね、俺たちは人類の未来を保障するためだけの道具だと。なら、あなたもこのくらいはやってください。正直最高責任者としての義務も何もはたしていない今の状態だとただのお荷物ですよ」
「で、でも……」
仁慈の口撃力の高い言葉を受けて若干揺らめきながら、わずかに口を開いた。
彼女は、自分に自信が持てないでいた。父親が死んでしまい自分が家を継いでからか、カルデアスが人類の未来を見つけることができなくなってからか、マスター適性がないと分かったときからか……いったい何がきっかけだったのかはわからない。だけど、とにかく彼女は自信が持てなかった。
だからこそ、常に保険をかけて動くし、ここ一番という場面ではしり込みしてしまう。
「………お願いします。所長……いえ、オルガマリーさん。あなたの力が必要なんです。ほかでもない、あなた自身の力が」
「………!………でも、怖いのよ!誰もかれもがあなたみたいに強いわけじゃないの!?誰もかれもが、あなたみたいに一人で立ち上がって戦えるわけじゃないのよ!!」
「だったら俺が守りますよ」
「……えっ?」
オルガマリーは自分の耳に届いてきた仁慈の言葉を疑った。そんな言葉をかけられたことは今までなかったからだ。それを除いても、彼女は仁慈に数多くの罵倒とひどい態度をとってきた。それと同じくらい自分も肉体的なダメージと精神的なダメージを受けたが、それでも仕掛けたのは自分だ。こんな態度をとられて好きになってくれるのはちょっとばかりアブノーマルな人だけだろう。
「か、勝手なこと言わないでよ!そんなの口だけならなんとでも言えるわ!!できるわけないじゃない。……相手はサーヴァントなのよ。私たちの上に位置する上位存在なの。できないことを言って期待させるのはもうたくさんなのよ!」
それはかつてあったことなのか、先ほどまでの震えなど感じさせないほどの形相で仁慈に向かって叫ぶオルガマリー。
「……なら、一度だけチャンスをくださいよ。一度だけ、チャンスをください。……そこで、証明して見せますよ。俺の言葉が本当だということを」
しっかりと瞳を見て、真剣な表情で語り掛ける仁慈。
その真っ直ぐな目にオルガマリーは思わず口を閉じて呆然としてしまう。仁慈の目の奥にとても強い意思を感じたからだ。その強い意思をともす目に彼女は惑わされてしまったのだろう。気が付けば、無意識にオルガマリーは口を開いていた。
「………いいわ。一回だけ……一回だけ!やってあげるわ。ただし………絶対に、守ってよね………」
「無問題です。所長はいつも通り、無駄に自信満々で突っ立っててくれればいいのです」
話をつけ終わった仁慈が彼女の隣から跳躍すると、シャドウサーヴァントの近くに降り立った。
「待っててくれてありがとう。でも、別に攻撃してくれてもよかったんだよ?アサシンなんだし」
「フン、攻撃サセル気ナンテナカッタダロウ」
軽口をたたきつつもお互いにすぐに攻撃をできるような体勢をとる。仁慈は先ほどとは違い、両足を程よく広げて腰を落とし右肩を引いた構えをとる。具体的に言えば某青タイツニキと同じだ。
「とりあえず、仕切り直しとしますか!」
自分で気合を一つ入れて、地面を踏みしめ加速した。
サーヴァント相手に正面から特攻するという、他人から見たら完全に自殺と同義の行動に出る仁慈。だが、今回に限ってはそれはいいのだ。なぜなら、今回の目的はオルガマリーの一撃で隙を作るのが目的なのだ。むしろ、仁慈に集中してもらわなければこまる。マシュの様子を見る限りはあまり時間がなさそうなのでなおさらである。
「正面カラトハ流石ニ自惚レガ過ギルゾ!」
「だったら今すぐ倒してみなさいや!」
投擲されたダークを槍で弾きつつ、その勢いを利用しての突きを繰り出す。シャドウサーヴァントもそれをぎりぎりで回避しつつ、槍の弱点である超至近距離に入り込もうとするが、仁慈も槍の弱点は把握している。一歩下がりながらも、槍を横なぎに振り払って自分の適性距離を保っていた。
サーヴァントと人間……決して均衡しないはずの戦力が、特殊な条件下のおかげで均衡している。ここにきて、シャドウサーヴァントは焦り始めていた。すぐに倒せると思っていたマスターが思った以上に粘る……どころか自分と均衡し始めている。シャドウ化しているために英霊の真骨頂である宝具は使えないが、片手のままでは不利だと彼は右腕に巻いている包帯をぐるぐると解き始めた。それは、長引いた戦いで培われた慣れが起こした行動だった。
途中で得物を変えたものの、戦い方の癖はわかってきため、攻撃は防がなくてもすべて回避できるという自信から来るものである。そしてそれが――――――致命的な間違いだ。
するりと振るわれた槍を回避したシャドウサーヴァントは続く第二陣たる下段からの振り上げを回避しようとする。
が、それがかなうことはなかった。背中に不意打ち気味に衝撃が走ったからである。チラリと顔だけ動かしてそこを見てみると、震えながらも、右腕をシャドウサーヴァントに向けているオルガマリーがいた。自身の最期を悟ったシャドウサーヴァントは最期の抵抗としてダークをオルガマリーの頭と首、心臓の部分に投擲する。
しかし、死ぬ間際に彼がみたものとは、いつの間にかオルガマリーの隣に移動して自身が放ったダークを見事に回収している仁慈の姿だった。
――――――――――――――
「助かりました所長。ありがとうございます。本当に優秀なんですね。疑ってすみませんでした。とりあえず、マシュを助けに行ってきますね」
そう言って彼はマシュと戦っているランサーのサーヴァント(亡霊)に手に持っている槍を投げて牽制したあと、新しい槍を鞄から取り出して背中から正々堂々とした不意打ちをしにいっていた。
「ウアアアアアアアアアアアア!!??イクサノジャマヲスルトハナニゴトダァァアアア!!??」
「何言ってんの?戦なんて不意打ち上等、勝てばよかろうなのだぁぁああ!でしょう?マシュ疲れているんだからさっさとお亡くなりください」
「ァァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!??」
見るも無残な光景だった。
不意打ちの投擲に加えて、マシュとその槍に気を取られている間に背中に槍を一本さして足のアキレス腱にも一本あて、最後には頭に容赦のかけらもなく槍をさして完膚なきまでに消滅させた。
「……ごめんマシュ。遅くなった」
「いえ……というか、本来なら逆のはずなんですよね。私、デミ・サーヴァントですし」
「問題ない。英霊も元々は無名の戦士だ」
「その発想はありませんでした」
「まぁ、師匠の受け売りみたいなものだけどね」
くすくすと戦場に似合わない会話をしながら話し合っている仁慈とマシュ。その光景を————正確には仁慈を見ながら私はさっきの言葉を思い出していた。
――――――――助かりました所長。ありがとうございます。
いったい、いつ以来だっただろう。
あそこまで純粋に
樫原仁慈。
カルデアの数合わせで呼ばれた一般枠のマスター候補生。訓練経験なし、魔術の経験もなし、知識もなし……のはずだったのに、彼はものすごく優秀だった。もはや一般枠ってなんだっけ?と思ったのは一度や二度だけではない。しかし、そう思い始めたのはこの特異点Fであったから。
カルデアにいたときは一般枠ということで完全に役立たずだと決めつけていた。いや、普通はそう思うだろう。あれがおかしいのだ。私はおかしくなんてない。
それにクロスカウンターを決めてきたし、いい印象は持っていなかった。……でも、そんな彼だからこそ、ありのままの私を見てくれたのかもしれない。
魔術師は家系を最も気にする生き物だといっても過言ではない。そんな世界で生きている私も当然家柄で見られてきた。しかし、彼にはそんな魔術師の常識が存在しない。だからこそ、彼は誰でもその人個人として認識して受け入れてくれている。それが、どういうわけか心地よかった。
「おーい、所長!次行きましょうか。それとも、腰抜けて動けませんかー?」
「あんたほんと神経図太いわね!?そこまでじゃないわよ!」
相変わらず失礼な物言いの仁慈に文句を垂れつつ、彼とマシュの近くに寄る。
すると、珍しくマシュの方から私に話しかけてきた。
「どうしたんですか、所長。何かいいことでもあったのですか?」
「えっ?」
「何やら笑っていらっしゃるようなので、珍しいなと」
マシュに指摘されて自分の頬に手を当てる。確かに、表情筋が吊り上がっていた。私は恥ずかしくなり、両手でしっかりとほほをこねこねする。
二人ともそろって首をかしげているところから考えると何もわかっていないようなので隠す必要なないのだが、そういうわけではないのだ。
『……所長の笑顔なんて珍しいものを見たな。明日は槍でも降るかな?』
「ロマニ・アーキマン。あなた給料10%カットね」
『ヴェアアアアアアアアアア!!??』
一気にうるさくなったロマニをスル-して、私は仁慈たちに対して言葉を紡ぐ。
「さぁ、少し休んだら次に行きましょう」
「………はい」
「了解です」
マシュの腕についた傷を治療しつつ、なんとなく今までにはない絶好調の体で仁慈に対して足りない知識をつけるための高説を説いてあげた。
「やっべぇ。出るタイミング完全に逃したわ……。というか、あの坊主なかなかいいじゃねーか。ランサーだったらぜひ一合交えたいね」
こんなことで気を緩くしちゃう所長マジチョロイ(チョロくした本人)
そして、最後の一言……いったい何キャスニキなんだ……。