まさかソロモンも、世界の命運をかける戦いで素材探索を優先して魔神柱と戦うマスターたちとは夢にも思わなかったんじゃないかと思う。
ガチ勢怖すぎィ!
耳に届くは空間を揺るがすほどの爆音。飛び散るは吹き飛んだと思わしき地面の欠片。それらが一斉に、地下空間へと侵入した俺たちを歓迎した。原因は俺だけれども。
「ちっ、完璧な不意打ちだと思ったんだけど。ここ最近全然きまらないな……」
聖杯を核とした機械、バベッジ曰く巨大蒸気機関アングルボダの膨大な魔力は当然のことながら、その近くにあった一人分の気配も先程と変わらずそこに存在していたことから自分の不意打ちが不発に終わったことを悟る。これ、もうそろそろ師匠からの指導が入るのではないのだろうか。今、カルデアかレイシフトした先のどこかで夜空に輝く星になりそうな兄貴が未来の俺の姿かと思うと足が震えて仕方がないわ。
「意外と、他の特異点からの情報が出回ったりしているんじゃない?」
態々時代をさかのぼって聖杯をばらまくような奴が元凶だしそれも十分に在り得そうだ。……まぁ、たとえそうでも俺が指導されるということは変わらないだろう。これは死にましたわ。次回のレイシフトまで生きていられるかも若干怪しいかもしれん。
『これは……』
『冬木で観測した数値と一致している……間違いない。そこに聖杯……それを核としたアングルボダが存在しているはずだ』
所長の呟きとロマンの解説にみんなの視線が一気に煙の晴れた空間へとむけられる。そこには冬木で見た空間と同じような光景が広がっており、冬木では聖杯があった部分に巨大な機械、アルトリア・ペンドラゴンが居た場所に一人の男が立っていた。
……ただ、その男は遠目からでもわかるくらいに疲弊しており、姿勢こそ立っているもののその足はプルプルと小刻みに震えていた。その様は正しく生まれたての子ジカという表現がふさわしい。
「く、奇しくも……ハァ、ハァ……パラケル、ススの……ハァ……言う通りとなった、か………。悪逆を、成す、者は……ゴホッ、善を成すものに、阻まれなければ……ハァ……ならない……と……」
というか既に死にかけていた。誰ださっき全く変わらない気配があるとか言った奴は(すっとぼけ)
これならあと一押しで行けるのではないか?と考えた俺は、ルーンを使い、先程投擲した槍を回収する。そして、再び魔力を通して槍を投げる態勢に入る。ついでに、ここにいるサーヴァント全員に宝具の開帳を言い渡した。恐らくだが、これがこの特異点最後の戦いとなるだろう。出し惜しみは必要ない。あそこで既に半分死にかけた人と、ついでに聖杯をフッ飛ばすいい機会だ。
「フッ……お主は一掃がお好みか。よかろう!三千世界に屍を晒せ……天魔轟臨!」
「思いっきり好きにしていいっていうなら遠慮なくいくわよ!サーヴァント界一のヒットナンバー、ハロウィンバージョン!私にかかれば年がら年中ハロウィンよ!豚みたいに泣いて、兎みたいに喜んで跳ねなさい!」
「フム。ご主人からのオーダーであれば仕方がない。本来ならお昼寝セットが付いてくるのだが、人参と散歩を担保に更なる野生を引き出そうじゃないか。というわけで、見るがいいご主人!タマモ地獄をお見せしよう」
「ヤる気満々ということですね。つまりようやくこの私の出番ということでしょう!もはや相手がセイバーでなくとも、アルトリア顔でなくともどうでもいい。とりあえずブッパです」
「宝具を使うのね?いいわ。
「………………(黙祷)」
流石カルデア組今までの経験値の分だけその対応は速い。誰もかれもが英雄に相応しい戦闘のイロハというかむやみに手加減、施しはしないということをわかっているために実にスムーズだ。
「やっぱり、これが一番早いよなぁ!―――これこそは、わが父を滅ぼす邪剣……!」
「私を滅ぼすとは大きく出ましたね!」
「えっ、あっ!」
「は、はははっ!これではどちらが善でどちらが悪かまるで分らないな!」
「いやいや、これこそ私が求めていた者ですぞ。彼はやはり面白い。その経歴もさることながら、本人がどうしようもないくらいずれていますからな!これほど執筆が進む存在も中々いない」
「フン。ぶっ飛びすぎてて面白くなどなるものか。大半にとっては理解できないものになるに決まっている。そもそも、強すぎる主役なぞ、話の展開に困るだけだ」
カルデア組に影響されたのか、ここロンドンで会ったサーヴァント達……というのはおかしいな。作家組は何もしようとしてないし。モードレッドも自身の宝具を開帳していた。それは、かつてエミヤ師匠が見せてくれたような莫大なエネルギーの奔流……あの光のように見惚れる、というよりは背筋が凍るような悪寒を感じるようなものだがその威力に間違いはないだろう。
「くっ……!貴様ら正気か!?問答無用なんぞ、善性を掲げる人間のすることではないぞ!?」
「―――いや、別に俺たちは善性がどうのこうのなんて考えてないし、ましてや正義の味方なんてものでもない。そもそも――――戦いに善悪もない。勝てなきゃ死ぬ。それだけだ。…………いや、ほんと。それだけなんだ………」
パラケルススのことを上げた段階であれが敵ということはほぼ確定している。であれば、何かをされる前に迅速に対応をするべきだ。敵、倒すべし。
「―――突き崩す、神葬の槍」
「―――
「―――
「―――
「―――
「―――
「もうあの子はいないけど、これこそが、存在の証明……『越えて越えて虹色草原、白黒マス目の王様ゲーム――走って走って鏡の迷宮。みじめなウサギはサヨナラね?』」
「
いじめかとも思えるほど濃い密度の攻撃。その一つ一つはその名の通り、宝具であり普通の英霊どころか大英雄ですら軽く屠れるだろう。まさにそれは破壊の波だった。だが、仕方がないのだ。これこそ確実に相手を倒すための手段。魔力の消費は馬鹿みたいに大きいがそれ故に強力だ。
「本当に撃つだと!?我が、悪逆の結晶にして希望諸共吹き飛ばすつもりか……!?くっ、破壊の空より来たれ!我らが魔神――――!」
数多の宝具に埋め尽くされようとしている男からその一言が俺の耳に届いた。
―――――――――
「「―――――やったか!?」」
「どうやらあの二人、やらかしたようだな。どうするご主人。望むのなら、あの者たちにタマモ地獄を見せてもいいゾ?」
「別にいいよ。……それより、起きろ」
「残念ながらそれは無理な相談だナ。アタシはこれからたっぷりと休憩を取らなければならない故に。というかご主人ニンジンを所望するぞ」
「キャットに宝具を使わせたのは軽率だった……」
後悔の言葉を口にしながら、仁慈は宝具の攻撃によって発生した黒煙の方に視線を向けた。そして―――――
「ちっ、マシュ!」
「はい!はぁぁあ!!」
自身の勘に従い、マシュを呼んだ直後にその場で防御を取る指示を視線で送る。仁慈の意思を寸分の狂いもなく受け取ったマシュは疑うことなくそれを実行し、仁慈に迫っていた不可視とも思える光線をはじき返した。
「先輩、今のは……」
「もう恒例になってる魔神柱だ。ほら」
先の光線のおかげで爆心地を覆っていた黒煙が晴れる。そして、先程まで一人の男が立っていた場所には、その男とは似ても似つかぬ肉柱が地面に寄生するように突き刺さっていた。これこそ、仁慈は第二の特異点で屠ったレフ・ライノール・フラウロスと同じ魔神柱だ。
『わ、我は七十二柱の魔神が一柱。魔神バルバトス。―――これが、我が王が私の中で巣窟っていた醜き悪逆をくみ取った姿……消え去れ、ド畜生!』
「お前にだけは何故か心底言われたくない気がするぞ!肉柱!……さて、相手はまだまだやる気十分だ。というわけでもう一発往くぞ!」
『おぉ!』
まさかのセリフに魔神柱はその数多の瞳を全て仁慈に集中させた。だが、その後すぐに笑いだす。
『ははは!もうお前にはそれほどの魔力は残っていないだろう。正直、英霊六体の宝具を撃てただけでも奇跡ともよべる事態だ。それを再び放とうなど、夢物語に過ぎない!』
嘗て魔術師だったバルバトスだからこそわかることだ。通常では英霊六体分の宝具を回せるだけの魔力があるだけでもおかしいというのに、それをもう一度続けるなど、魔術回路が焼き切れるということであれば運がよく、命がいつくあっても足りないような事態だ。故に二回目などはないと、魔術師の常識から判断したのである。
だが、しかし、しかしだ。これまで多く語って来たとおり、樫原仁慈は物事の常識や世間の認識から浮くことが得意中の得意と言ってもいい男だ。それに加え、今回彼はカルデアのバックアップとして懐かしき、ダ・ヴィンチちゃん印の魔力回復ポーションを大量に抱え込んできたのである。聖杯からの魔力供給がなくなってしまったための保険として頼んでおいたのだ。
早速仁慈はそれを取り出して一気に呷ると、全身を再び駆け巡る魔力の感覚を確かめる。そして、十分に魔力が駆け巡ったことを確認した仁慈はその場にいる全員にあるだけ幾分かマシというレベルの強化魔術をかけ、再びポーションを煽ってから全員に宝具の開帳第二弾を告げた。
「ぬはははは!大盤振る舞いではないか!ようし、ノッブ頑張っちゃうぞー!この地下にでかい花火でも咲かせてやるとしようかの!」
「アンコール?アンコールなのね!?子イヌが私を求めているのね?そういうことならいいわ。歌っちゃうわよ!」
「キャットはもう昼寝したゆえにな。宝具は撃たない。代わりにご主人の身をしっかりと守ってやるワン!」
「それは私の役目なのですが……いえ、二人で守ればいいですね。そちらの方が確実ですし。何より、先輩自身も自分で守れますから効果も高いでしょう」
「私の聖剣は二刀流ですから、当然の如くもう一陣ありますとも!」
「寝る前に二冊も読むなんて悪い子ね。でも、いいわ。深い深い眠りに誘ってあげる」
「ハッハァッ!街中で暴れられなかった分イライラしてんだ。父上が撃つならオレが休んでいるわけにはいかねえよなァ!」
「「………(無言の執筆)」」
ノリノリのサーヴァント+マスター。再び、宝具発動の前兆か、それぞれに膨大な魔力が渦巻き始めたのを確認した魔神バルバトスは自身の選択肢が大いに間違えていることをここで悟ることとなった。
――――――――――――――――――
一面に広がるは一番初め、仁慈が不意打ちで作ったクレーターを可愛いと思えるくらい破壊された地面だった。正直、天井が崩れなかったことが奇跡と言ってもいいかもしれない。
そんな最終戦争よろしくな被害の中心地に、聖杯をアングルボダの核としようとし、計画を進めていた最初の指導者である魔術師Mが転がっていた。先程まで魔神柱と化していたおかげだろう。あれほどの攻撃を受けたにもかかわらず、その身体は原型を保ち、尚且つしっかりと呼吸を行っていた。もはや、自分で立つことすら叶わず、いまだに焦げている地面の熱を黙って感じていた。
「……」
そこに無言で近づいてきたのは先程まで相手取っていた人類最後のマスターと書いて人類史上最新のキチガイ、樫原仁慈である。ついさっきこのMによってド畜生という名前も更新された。
「……まさか、ここまで、一方、的、だとはな……」
ボロボロの身体で言葉を紡ぐM。
一方仁慈はその言葉を聞く気がないのか既にその手に持っている刀を振りかぶり、Mの首にその標準を定めていた。あと10秒もしないうちにMの首は胴体と永遠の別れを告げることになるだろう。アングルボダの方も、宝具の攻撃によって半分は崩壊している状態になっている。後数分しないうちに霧も止まるような状況だ。だが、そんな絶望的な状況の中でもMはニヤリと笑った。
「最後、に一つだけ、教えてやろう」
仁慈が、刀を握りなおす。
「お前の行動をずっと見ていた私が、黙ってお前たちが来るのを待っていたと思ったのか?」
仁慈の刀が振り下ろされる。
「既に手は打ってある、ということだ――――」
それだけを言い残してMは絶命した。
仁慈は血の付いた刀を一回振るって血を落とすと、半壊しているアングルボダに視線を向ける。
壊れ、もうその機能を失ったはずのアングルボダだが、停止の様子は見せずむしろ今までロンドンを覆っていた霧の魔力を取り込み始めていた。それと並行して強力な存在がこの地に呼び出されようとしているのか、桁違いの魔力が渦巻き始めた。
『――――っ!?まさかこれは英霊召喚!?マズイぞ仁慈君!』
「予め、術を組み込んでいたんだろうなぁ……。魔神柱じゃなくて先に聖杯を何とかするべきだったか……」
ロマンの通信から自分の失敗を悟る仁慈だが、すぐに気持ちを切り替えるとすぐさま味方のサーヴァントが集まってるところに戻る。その直後、アングルボダの目の前に激しく電撃が走り出した。
バチバチと音を鳴らしながら、徐々に電撃はその勢いを増していき、やがて眼を開けて居られたないほどの明るさになっていく。これは雷に関係する英霊の召喚だろうとあたりを付けた仁慈は魔力回復ポーションを再び呷り、各サーヴァントたちに、召喚された瞬間に飽和攻撃をくらわして速攻でおかえり願おうという旨を伝えて待ち伏せを開始した。
―――――だが、しかし、そこにMが召喚しようとした英霊が現れることはなかった。
仁慈の持ち物。
魔力回復ポーション 残り一つ。
聖晶石 一つ。