英霊が召喚されない。
この事態に戸惑いを感じていたのは何も現地に居る仁慈達だけではなかった。彼らのことを観測し存在を保証し続けることやその他諸々のサポートを行うカルデアの職員たちやロマニ、そしてオルガマリーも同様に戸惑いを覚えていたのである。
「確かに召喚、並びにそれによって現れる英霊の存在を感知したのに……」
「数値は依然として変わっていません。英霊召喚の予兆はありますが……」
観測を行っている職員の言葉にロマニは頭を抱えた。数値が安定して上昇し続けている以上召喚が失敗したということは殆どない。しかし、仁慈たちの話によればその英霊は姿を現していない。一体どういうことなのだろうかとロマニは必死に考え込む。
すると、隣で考えを纏めていたであろうオルガマリーが仁慈達に通信を入れた。
「現在、目視できる範囲で状況を報告しなさい!」
『おぉ……久しぶりに凛とした頼りがいのある所長の声を聴いた気がする……』
「無駄なこと言ってないで早く!」
『すみません。……一応目視できる範囲で言うなら、もうここには何もないですね。さっきまで出てた雷もどこかに消えてしまいました。一応、英霊っぽい気配を感じることはわずかにできるんですけど……』
「わかったわ。……そこの貴女、今から言う場所に計器を向けなさい」
「は、はい!」
必要な情報はそろったのか、素早く指示を出す。今までのヘタレっぷりを返上できるくらいの働きにロマニはぽかんと口を開けて固まっていた。いったいどういう心境の変化だろうか。
「――――ッ!反応ありました!」
「思った通りね……こっちの計器が正確でないこと、何よりロンドンの霧が全て聖杯によるものということを見逃していたわ……。仁慈!よく聞きなさい。先程貴方が倒した魔術師の呼んだ英霊はしっかりと存在しているわよ!貴方たちの真上にね!」
『……そういうことか。了解です。すぐに向かいます』
頭がおかしく、一般枠という言葉に素で喧嘩を吹っかけているような存在であるカルデア最後にして人類最後のマスターの返事が聞こえた瞬間オルガマリーは体から力を抜いた。
「ふぅー……これで間に合えばいいのだけれど……」
「お疲れ様です所長。……ところでどういうことか説明してくれません?」
「本当に仕方ないわね……。まぁ、貴方の担当は医療だし、仕方ないでしょう。いいこと?ロンドンに充満している霧は聖杯から出たもの……いわゆる聖杯の持っている膨大な魔力そのものと言い換えてもいいわ。そんな街だものどこからでも英霊召喚なんて行えるわ。実際に霧の中から出てきたの知ってるでしょ?」
「あ、あーー!!そうか、そういえばそうだった!どうして見逃してしまったんだろう……うわぁぁぁあぁあ………。ま、まぁ反省は後にして……。それにしてもどうして召喚される場所を変えたんだ……?」
「そこは確かによくわからないけど……英霊本人かあるいは聖杯が考えたのかもね。このまま出ていったら出落ちにされるから別の場所で召喚しよう、なんて。馬鹿な想像だけど」
「…………まぁ、仁慈君相手ならそれでも納得できるというところが何よりも恐ろしいことですけど」
「否定できないわね……」
オルガマリーとロマニ、そしてそんな二人の会話を聞いていたカルデアの職員たちは自分たちの希望となっている最後のマスターの頼もしさとイカレ具合を改めて認識し、何とも微妙な気分に浸りながらも再び仕事に戻ったという。
―――――――――――
「―――――私を、呼んだな。雷電たる私を。天才たる私を。インドラを、ゼウスすらも超えた新たなる神話をもたらした。この、雷電の大天才たるニコラ・テスラを――――!………ん?」
未だ霧に包まれたロンドンの中で、雷電を纏いながら現れた一人の男の言葉が虚しく見渡すことのできない空に響く。そこで望まれていた反応が返ってこないことに疑問を持ったのかそのニコラ・テスラと名乗った男はきょろきょろと見まわしてみる。
聖杯が急に召喚場所を移動させ、街中へと召喚したために当然の如く彼の周りに人はいない。先程の向上は無情にもただの大きい独り言へと変貌してしまった。しかし、自ら大天才を名乗り、他人からも天才と称される彼にそのようなことで恥じるような心は存在しない。天才とは総じて偏屈で変人で理解できないものだと誰かが言ったように、彼もその例から漏れることはなかった。
「誰もいない……。しかし、この身には召喚者たる者の望みが刻まれている。少々厄介なものもついていて、私に自由の意思はなし……か……」
ニコラ・テスラはその天才的頭脳を駆使して現在の置かれている状況を把握し、自分がどっからどう見ても敵役ということを自覚させられた。ついでに自分を止めに来る人間が、本当に人間と定義していいのか怪しい、自分に負けず劣らずな変人であることを理解した。
「は、ハハハハハ。まぁ、それもよかろう!私は召喚されたものとして……碩学たちがこぞって願ったものでもかなえてやるとしよう。幸い、目的地の近くであることもあることだしな。人類の新たな道を開拓した私が人類史に終焉をもたらすということも、皮肉にして一興だろう。ハハハハハハハハ」
ニコラ・テスラとしてはどちらでもよかった。自分がこのまま目的を達成し人理を焼却するようなことになるならそれもまたよし。頭のおかしい人類最後のマスターが来て、自分を止めてもよしと。そも、今の彼には思考する余地はあっても行動の自由が縛られている。であれば、その状況を楽しめるように考え方を変える方が建設的だと彼は考えた。
「さぁ、来たれ。私はこれから天に昇らん!運命の上空集積地帯への足場をここへ!」
まるで、これから行うことを宣言するかのような言葉と共に、ニコラ・テスラは電流を流す。
すると、先程まで何の変哲もなかったロンドンの街の中に紫電が走る階段が現れた。
「私を止める者は現れなかったか………」
何処か落胆したような感情を乗せ呟くニコラ・テスラ。だが、そんな彼に、帰ってくるはずのない返事が送られる。
「そんなにやりたくなきゃ、自分から降りりゃいい話だ。簡単だろう?」
「―――ほう?」
返事が聞こえたと同時にニコラの周囲に走っていた紫電が活性化する。それを受けた彼は疑問符を浮かべながらもその表情に笑みを浮かべた。
――――そうとも。このままうまくいきましたではつまらない。いかに天才と言えども何かを成すには、困難の一つもないとやる意味がない。
ニコラの思考に応えるかのように天から落雷が降り注ぐ。その色はニコラの生み出す紫電ではなく、黄金のような輝きを放つ金色。それと同時に一人の男がニコラの生み出した道の前に現れた。
「雷電を、受けて輝く
「―――なるほど。こういうこともあることにはあるのか。雷電を媒体として新たな英霊が召喚される……」
「どうやらそうらしいな。ま、その辺の細かいことはどうでもいいぜ。オレの嗅覚が告げてんだ。アンタを止めなきゃ世界がヤバイ……そうだろ?」
「ふぅむ。見事な理解力だ。キントキ・サカタ。まるで稲妻が如き鋭さ、迅速さだ!」
「そいつぁどうも。………さて、面倒くせぇ話合いはここまでだ。オレたちの目的は真正面から交通事故状態。どちらの脇道、回り道は叶わねえだろ?」
「ハハハハハ!その通りだ。私はこの道を往き、我が雷をこの島に轟かせる!」
「そうして、俺はお前を止める。――――――それじゃあ、派手に喧嘩をおっぱじめようぜ。同じ雷人同士、とんでもなく痺れる位のものをなァ!」
「よかろう。こういった肉体労働はあまりしないが苦手というわけでもない。何故なら天才なのだから――――!」
こうして、世界を変えた天才ニコラ・テスラとここロンドンから遠き極東の地にて圧倒的知名度を誇る自称ミスターゴールデン・坂田金時の異色のマッチが実現してしまった。
「えっ、何ですかこの少年漫画に在りそうなあって数分でのバトル展開……。おーい、金時さん。もしかして私のこと嵌めましたー?……ちょっと会いたくないというか全力でご退場願いたい気配もあるので私早く帰りたいんですけどー?」
そんな中、盛り上がっているびりびり男の横で、勝手に金時の召喚についてきた獣耳和服という属性てんこ盛りな女性が呆然としてしまったのだが、生憎彼女のことを気にしてくれるような人物はこの場に存在しなかった。
―――――――――――――――
『呼び出された英霊の動きが止まった……!仁慈君。今がチャンスだ!どうやら、彼は新たに召喚された英霊二体と戦っているらしい!』
「マジですか」
所長からの指摘を受けて地上を目指して全力で駆け抜ける俺たちに対してロマンの通信が入る。なにをしようとしているのかはわからないが、ロマン曰く。読み取れる範囲だと呼び出された英霊は上空を目指しているらしい。まぁ、ここに来て意味のない行動を取ろうとすることは考えにくいというところから確実にろくでもないことであるとロマンは結論をだした。心底同意する。
「――――――――!」
主人が消えたにもかかわらず健気にも行くてを阻む自動人形やホムンクルスを数秒でばらばらに解体していると、隣に立っているキャットの様子が変化していた。具体的には全体的に逆立ってきている。バーサーカーというか、典型的に根本のところでずれているタマモキャットのこのような姿は初めて見るため、結構動揺している。
「ど、どした?」
「この気配は――――――ペロリ……!オリジナル!つまり謎はすべて溶けたワン。オリジナル殺すべし。目覚めよキャットの野生!良妻獣耳サーヴァントの枠は二つも要らないのだナ!」
疑問に思って話しかけてみても、いつもよりおかしいことを言いだしたキャットは、今までよりも更に速度を上げて俺を追い越してどんどんどんどん先へと行ってしまった。なんだこれどういうことだ。
「先輩!タマモキャットさんが……!」
「うん。なんか先に行っちゃったんだけど……やだ、なにこれ……」
「あれは、増えすぎた己を狩りに行く目ですね。えぇ、えぇ。あの目には大変覚えがあります。具体的には毎日鏡で見てますとも」
ヒロインXの発言があれなのはいつものことなのでスルーするとして、もしかしてかつてカルデア内で聞いた「ほかのナインは殺す」ということのお相手が現れたということなのだろうか。もしそうであれば、今頑張って止めてくれているサーヴァントに喧嘩を売るということになる………。
「うぉぉぉぉおおおお!全体強化!!」
ホムンクルス殺している場合じゃねえ!
滅多に使わないカルデアの魔術を使って自身およびそのほかの英霊に許可を施し、身体能力面を全面的に底上げする。それにより、ホムンクルスたちを一撃でまとめて粉砕できるようになった彼らを引き連れて、一人で特攻したキャットを止めに走るのだった。本当に暴走するサーヴァントしかいないな!
「是非もないよネ!」
「くっそ!」
ズダダダダ!という音と共に大急ぎで地面へと上がって来た俺が視たものは、今まさに自分そっくりの女性に襲い掛かろうとしているキャットの姿だった。それを見た瞬間俺の身体は反射的に動いた。持っている槍をその場に突き刺して、加速する。その後、襲い掛かるために跳び上がったキャットと身構えた女性の間に体を滑り込ませ彼女の爪を喰らわないようにその細腕をつかんで正面から抱き着くようにしてその身体を止める。
「オウ、大胆なのだなご主人。もしかしてそういうプレイがお好み――――」
受け止めるだけでは留まらず、そのまま地面にシュート。上から抑えつけて動けないようにする。
「フギャン!?」
「反省しなさい。急に不意打ちかまそうとするとか………なんかすみませんね」
「え、あ、いえ……?」
何やら困惑気味なタマモ似の女性をスルーして金髪にサングラス、そして裸ジャケットととんでもなくワイルド極まりない服装をした男性と、スーツもどきを着込んで紫電を纏っている男性の戦いを観察する。ぶっちゃけ、どっちが召喚された英霊なのかわからないんだが……。
『仁慈君。恐らく紫電を纏っている方が呼び出された英霊だ。下で観測した霊基と一致している!』
「了解!あのなんかワイルドな人を掩護しに――――」
いこう、と言葉をつづけようとしたがその続きを紡ぐことはできなかった。自分たちに向ってくる莫大な魔力の存在に気が付いたからである。咄嗟にバックステップを踏むことで何とか事なきを得るがそれでも、助かったとは言えないような状況であることはわかる。
―――――呼び出された英霊が向かおうとしていたのであろう。天にそびえる建物の頂点に町中の霧が集まっているのが見える。そして、それはすぐに人型へとなった。
「――――――――なっ!?」
「―――――――っ」
現れたのは見たことのある顔だった。それはかつて冬木で戦ったアルトリア・ペンドラゴンの面影を残しつつもそれよりも更に成長しているように見える。何より、彼女の代名詞と言ってもいい聖剣ではなく黒き槍を持ち、なんかでかい馬にまたがっていた。
『なんだ、この反応は……!いま観測できるどの魔力反応よりも膨大だぞ……!』
「―――――なんで、このタイミングで現れるんだ……。ご丁寧にオレを殺した時の槍まで持ち出して……」
「話しても無駄ですよ。アレには理性がない。どうやら、どこからか余計なものまで拾って現界したみたいですから。……全く、気に入りません。カラーリングからしてオルタという感じで私の敵ですし、聖剣を捨てて、とんでもなく邪魔な脂肪の塊をぶらさげていますし、何より………あっさりと自我を捨てていることが気に要りません」
呆然とするモードレッドとは反比例するようにヒロインXは自身の魔力を開放していく。堂々と立っている彼女の瞳には様々な形の憎悪がありありと浮かんでいるように感じた。
「いいですよね。マスター。あれの相手は私がします。あれは私が倒します。私が倒します!」
「あれは敵だから、そこまで念を押さなくても存分に、好きなだけ戦っていいから……」
「言質取りましたからね!……さあ、行きますよバカ息子!あんなの私と認めません。でもアルトリア顔判定入るから殺します!」
「えっ、ちょっ!この空気で行くのか!?帽子の父上!?」
「当たり前です。行きますよ!その首、その命、そして何よりその乳置いてけカリバーァ!」
魔力放出で、出現したアルトリア・ペンドラゴンの元へ一直線に向かうヒロインX。もはや隠す気なしである。
「……と、とりあえず、あの斧を持った男性サーヴァントに助力をします!」
「なんだがぐだぐだじゃのぉ……」
「常々思うけど、本当に楽しいわね。子イヌ?」
「絵本にしたいくらいだわ」
「えぇい、うるさい。この面子でシリアスをやれって方が無理なんだよ!とりあえず、突撃。首 お い て け」
結局、クリスマスを過ごし終わることができる魔神柱はいなかったですね……。人類最後のマスターは伊達じゃないということか……。