この世界の片隅で(更新停止)   作:トメィト

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テストが終わるまで投稿はないと言ったな。あれは嘘だ。


堕ちた怠惰、純粋な憤怒

 

 

 

 

 仁慈が肉体と魂を剥離され、よくわからない監獄に連れていかれ、さらにその場で出会ったツンデレ染みた中二系の青年と、年齢・名前・出身地・その他諸々が不明な巨乳女性と共にただひたすらサーヴァントやら肉柱と化した魔神柱をぼこぼこにしている頃。

 当然のことというか、カルデアにある仁慈の肉体は魂が剥離したことにより、彼の肉体は三日間目を開け、呼吸もしている状態で自室のベッドに伏せているいわゆる植物人間状態になってしまっていた。

 人類最後のマスター、それも頭のおかしいことで余りにも有名な樫原仁慈の植物状態はすぐさまカルデア内に駆け巡ることになった。最初は誰しも冗談だろうと鼻で笑っていたのだが、カルデアのトップであるオルガマリーと実質リーダー的な役割を担っているロマニ、そして普段は無駄に自信満々の笑みを浮かべているダ・ヴィンチですらその表情を曇らせていることから今ではその話の信憑性を疑うものはいなくなっていた。実際に職員の一人が仁慈の様子を見に行ったということもあるのだ。

 現在の彼らは、マスターが不在という状況でぐだぐだ異変の時のように誰かに侵入されないように必死に世界最新技術の塊と睨めっこをしている。

 

「………やはり状態は変わらない……か……。身体的には何の異常もない。魔術回路も問題ないんだけど……流石に三日間もこの状態じゃあ、数値的には正常でもおかしいよねぇ……」

 

「先輩……」

 

「ふむ、時々魔術回路を使用したような感じがあるし……案外、彼の精神だけどっか別のところに飛ばされたりしちゃったんじゃないかな」

 

「はっはっは……流石にそれは―――」

 

「ないとも言い切れんぞ」

 

 ダ・ヴィンチの推測をロマニがあり得ないと否定しようとした時、タイミングよくスカサハが入室し、流れるようにロマニの言葉を遮った。だが、遮られた当の本人はそれを不快に思うことはなくむしろ「ですよねー」と納得の表情を浮かべていた。

 

 彼だって当然わかっているのだ。このような異常事態が発生したのだから考えられるあらゆる可能性はゼロにはならないと。

 

「ふむ……どうやらもぬけの殻、というところか。今の段階ではこちらで何をしても無駄であろう」

 

「な、何か分かったんですか!?」

 

 したり顔でつぶやくスカサハにマシュは食い気味に迫る。流石に今の彼女は仁慈だから、といういつもの理由で安心できるほどの余裕はないようだ。スカサハもそこら辺のことは察しているらしく勿体ぶることもなく素直に告げた。

 

「この身体には中身がない。ようは、精神・魂と呼ばれる部分がこの肉体に宿っていないのだ。その中身がどこに行ったのか……そこまでは、私でも把握できないがな。少なくともこちらの干渉でどうにかなる次元ではない」

 

 何を隠そう、スカサハ自身も時々同じような方法を取って修行をつけている人物である。現象の解析くらいわけがなかった。

 一方スカサハの答えを聞いて焦ったのは他でもないカルデアのチキンハートことロマニである。

 

「なっ!?た、大変だ!魂が肉体から離れているなんてとても許容できない状態じゃないか!仁慈君の様子から言って既に三日も魂は離れたまま……このまま行ったら確実に戻ってこれなくなる!」

 

「えっ……?」

 

 魂が無ければ肉体は死ぬ。今の彼らは知る余地もないが、そのうち訪れることになる第七の特異点でも似たようなことが発生しているために、その言葉の信憑性は疑う余地もない。

 まぁ、そんなことがわからずとも、普段見ることのない顔色が悪い仁慈を見てしまっていたマシュからすればロマニの言葉は真実と変わりないものに聞えてしまうのだが。

 

「な、何とかなりませんか、スカサハさん!」

 

「無理だな。今の私ではどうにもできん。……まぁ、たとえどうにかできたとしてもそれを実行に起こす気はないがな。恐らく、これはあやつにとってもいい機会になるだろう」

 

「…………先輩」

 

 スカサハですらどうにもならないというのであれば、もうマシュにできることなど何もない。彼女は、仁慈が見たらそれこそショックで真に寝込みそうな表情を浮かべながら寝ている彼の手を握る。

 その様子に、自分にできることは最大限行うことを改めてロマニは誓った。

 

 

 だが、その決意は早くも瓦解することとなる。

 

 

「ロマニ。決意を新たにしているところ悪いんだけど、私たちの仕事はまずアレが先になりそうだよ」

 

「あれ?」

 

 そう言ってダ・ヴィンチが指示したところをロマニも追うようにして視線を向ける。するとそこには、

 

 

安珍様(ますたぁ)旦那様(ますたぁ)ますたぁ……あぁ、安珍様(ますたぁ)旦那様(ますたぁ)安珍様(ますたぁ)旦那様(ますたぁ)安珍様(ますたぁ)旦那様(ますたぁ)安珍様(ますたぁ)旦那様(ますたぁ)安珍様(ますたぁ)旦那様(ますたぁ)安珍様(ますたぁ)旦那様(ますたぁ)安珍様(ますたぁ)旦那様(ますたぁ)安珍様(ますたぁ)旦那様(ますたぁ)安珍様(ますたぁ)旦那様(ますたぁ)安珍様(ますたぁ)旦那様(ますたぁ)安珍様(ますたぁ)旦那様(ますたぁ)

 

「ヒィ……!」

 

 とんでもない地雷と化した清姫がひょっこりと顔を覗かせており、そのあまりにも恐ろしい様にロマニは腰を抜かしてしまった。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

「……………ん」

 

 ゆっくりと目を開ける。

 もはや生まれたときから行ってきたその行動に意識を割くことなどない。ごく自然に、いつも通りに心地の良いまどろみから意識を覚醒させる。ぼやけが薄れはっきりとしてきた視界にはしみったれた石の天井が映し出されており、俺がいまだ帰れていないことを如実に表していた。

 

「あ、お目覚めですか……?」

 

 わかってはいたけれども七つの裁きを越えなければだめか、と僅かな落胆を抱えているとすぐ隣からアヴェンジャーの元とは絶対に思えない女性の声が聞こえた。何事かと振り返ってみればそこには姿勢正しく正座したメルセデスの姿がある。どうやら俺の近くで一緒に休んでいたらしかった。……俺が近くで寝ていたにも関わらず殺気どころか敵意の一つも見せないとなれば、彼女は白と言えるだろう。

 

 正確な時間は分からないが、会った当初割と物騒な想定をしていたことを心中で謝り倒しつつ、俺は軽く体をほぐしてから跳び起きる。余り寝心地がいいとは言えない硬質な寝床ではあるが、前にも言った通り殺意を感じることなくゆっくりと眠るということが何よりも俺にとってはありがたいことであるため問題はない。昨日の疲労もあらかた抜けたことを確認した俺はそのまま部屋に視線を回した。

 

「……目覚めたか。ほう、そこの女が無事なところを見ると、どうやら襲い掛かることはなかったようだな」

「えっ」

 

「……その戦闘狂みたいな言い方はやめてくれない?俺にとって戦いは娯楽じゃなくて生存に必要な過程だし。理由がなければ戦うなんてしない」

 

 逆に理由があれば何の問題もなく戦いはする。だってそうしなければ生き残れないから。殺意に優しさなんて返していたらいつか絶対に寝首を搔かれる。目に見えるような神秘なんてものはカルデアに来てからしか経験していないけど、それ以外の命の危機なら割と頻繁に来てるからな?ちょくちょく命の危機とランダムエンカウントの日常だからな?

 

「……地味に私は命の危機に瀕していたのでしょうか………」

 

 さっきも言った通り俺は快楽殺人者ではないので理由もなしに襲ったりはしないから安心してほしい。やましいことがあるのなら話は別だけど、そうでないなら過度に怯える必要もないし。

 

「フッ、まぁこのようなくだらない話は隅に置いて、だ。我が仮初の主よ。お前は怠惰を貪ったことがあるか?自身がなすべき数多くの事柄を知っておきながら、立ち向かわず、努力せず安寧の誘惑に溺れたことはあるか」

 

「…………」

 

 あった、のだろうか。ぶっちゃけ俺は生まれてこの方そういったことはしていないように感じる。多大なる誤解を抱きながら過ごしていた家でだって、親や親族に言われたありとあらゆる武を極めようと体を動かしていたし、師匠から受けたことだってこなしていなければ今ここで俺は息をしていることはないだろう。そういった意味ではやるべきことはすべてやって来たというべきなのだが……アヴェンジャーはそう考えたわけではないらしい。

 

「いや、答えなくてもいい。お前の表情を見れば大体察することができる。確かにお前の主観ではそうだろう。しかし、事実とは残酷であり己だけでは見えないことの方が多いのだ」

 

 ……どうしてこう、この前の式(お淑やかバージョン)といい目の前のアヴェンジャーといい勿体ぶるのだろうか。自分の身に関わらることだし、何か重大な秘密があるならさっさと知りたいんだけど。

 

 などと考えていると、俺の不機嫌オーラが飛び出していたらしくアヴェンジャーがこちらの方を向いてフッと笑った。

 

「そう不満げにするな。いずれ分かる、そう遠くないうちにな。……では、仮初のマスター。お前がここに来てから既に三日という時間が流れている。これ以上は元に戻るというお前の目的に支障をきたす可能性も出てくるぞ。さぁ……今すぐ第三の裁きに赴くか?」

 

「当然」

 

 ここで惰眠を貪っていてはそれこそ怠惰と言える。ていうか、そろそろマシュとかに会わないと俺の精神が止んでしまう。別にこの環境が悪いとは言ってないけどさ。やっぱり日々を彩る要素として癒しというものは欠かせないと俺は思うんだ。

 

「フッ、では往くぞ」

 

「アヴェンジャー様。仁慈様。お気を付けください」

 

「行ってきます」

 

 何やら複雑そうな顔で送り出していくメルセデス。

 うん、きっとたぶん知らないうちに自分が危機的状況に居たことの真偽を問いたいのだろう。けれどもそのことは事実であり、言及するだけダメージを受けると思うので俺はあえてスルーをした。というか、俺が元凶のようなものだしね。こう考えると……うん、俺もろくでもない存在の一員と言えるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――

 

 

 

 

 

「おぉ、主よ!ここなる舞台に私を引き落としたのは貴方なのですか!」

 

『――――――』

 

「やはりそうなのですか……。よろしい!この身はとうに悪逆に堕ち、神すらも呪った……さぁ、正しき道を行こうとする生者よ!輝かしき者よ、我が冒涜に打ち震え、我が嘲りによって穢れて地に落ちるがいい!!」

 

 裁きの間に入るとそこに居たのは、フランスでジャンヌ・オルタを作り出し、俺が袋叩きにして潰したキャスター。青髭の異名を持つ元フランスの英雄、ジル・ド・レェが珍しく最初から姿を現していた魔神柱と話しながらこちらに宣言をしていた。

 

「あれが……怠惰……?」

 

 俺にはとても働き者に見える。働く方向性は、人を陥れたり、凌辱したり、神様に対して呪いの言葉を吐きかけたりと言った感じだけれども。

 

「ハハハ!何を言う仮初のマスター!あれこそ怠惰の極みであろう!騎士たる己の本懐と高潔さを忘れ果て、傍の聖女とやらが掲げた物すら忘却した男!唯堕落するがままに魂を腐らせた……あれが人のなれの果てというものだ。容易く転げ落ちるお前たちの末路そのものと言ってもいいだろう。その点において、奴は実にわかりやすい教科書と言える」

 

「お 褒 め に 預 か り 恐 悦 至 極 !!」

 

「満面の笑み!」

 

 とっても嬉しそうな顔をしおって。このろくでなしめ。

 

 今更確認するまでもないことを改めて確認し終えた俺は、自分の思考を戦闘用のものへと切り替えて、この場所で唯一使える武器と言っても過言ではない己の肉体と魔術回路に全力で魔力を回す。

 

 すると全身を駆け巡る血液のように、魔力が循環し、いつもと比べて格段に体が軽くなったということを自覚する。息を整え、何時でも動けるように程よく体から力を抜いた。

 

「準備はいいな?マスター。では、今まで通り、己の道を、己の力で切り開いて見せろ!直接手を貸しはしないが、露払いくらいは請け負ってやる!」

 

「そもそもお前の目的は魔神柱をへし折ることだろうが、恩着せがましいぞ」

 

「クハハ!」

 

 笑ってごまかすかの如く、一足先に地面を蹴り穿ち、ジル・ド・レェの隣に生えている魔神柱へと走り抜ける。相変わらずよくわからない速度だが、サーヴァントの外見なんてなんの意味もないので深く考えるようなことはしない。目の前には俺を殺そうとする敵がいて、俺の身体は戦うことができるのだから。

 

「魂にも痛みはあります。それを受けた時、たとえ人の枠から逸脱したものですら、絶望の淵へと叩き込まれるでしょう。……貴方にそれをした時が実に楽しみです。人類を救わんとするその高潔な魂。私の手で穢しつくしてあげまs―――――」

「――――――喝ッ!!」

 

 ま、戦えるということでもう既に攻撃をするという行動に移っているんですけどね。だから何度も、幾度も言っているだろう。

 

 

 前口上を言うくらいなら、さっさと攻撃するべきだって。俺だって、アヴェンジャーと話し合ってたんだから、その時に攻撃すればよかったのにね。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

 

 と、いつもの如くジル・ド・レェを粉砕・玉砕・大喝采した後は特に何をするわけでもなくここ三日ですっかり慣れてしまった無機質なベッドへとその身を放り投げて一晩を明かした。

 

 なんだかんだでここでの生活も四日目に突入してしまい、本格的に肉体の方が心配になってしまっている俺である。栄養が不足したりとかはしていないとは思うが、体の面倒を見ているのはロマンなのかとか、師匠が情けないと嘆いて倒れている俺の身体に蹴りを入れていないかとか、清姫が病みをこじらせていないとか色々あるんだけど……。

 

「お目覚めですね。ここは獄中で、外の様子がうかがえないので朝かどうかは分かりませんけど、おはようございます。仁慈様」

 

「……おはよう。……ところで、メルセデス。アヴェンジャーは何処に……?」

 

「あー……アヴェンジャー様……ですか……」

 

 昨日と同じくメルセデスに起こされたらしい俺の視界には彼女の顔が映り込んでいるが、ともに戦場を駆ける(しかし個々に戦っている模様)のアヴェンジャーの姿がなかった。なので、寝ているのかずっと起きているのかどうか定かではないが、確実に俺よりも何かを知っている可能性があるメルセデスに問いかけてみる。

 

 しかし、意外なことに彼女は即答をしなかった。なんというか、俺に言いにくそうにしている。彼女がこの状態ということはアヴェンジャーに何か起こったのだろうか。まぁ、言いたくないのであれば自分で確認すればいいだけの話ではあるため、俺も無理してまで言わなくていいと彼女に伝える。

 

「いえ……別にそういうわけではないのですが……えーっと、なんと申しましょう……」

 

 とても困っている。言いにくいというかどう表現したらいいのかわからないというニュアンスも混ざっているようにも感じられて俺は余計混乱した。

 

 そんなこんなでお互いが若干困惑していると、件の騒動の原因であるアヴェンジャーが部屋の中に入って来た。悠々と。

 

「クハハハハハ!!目が覚めたかマスター!次は第四の裁きだ。早々に準備しろ!」

 

「お、おう……」

 

 やだ、アヴェンジャーのテンション、高すぎ?

 

 普段よりも若干……いや、ごめん嘘だわ。かなりテンションの高いアヴェンジャーの姿に思わずメルセデスに視線を向ける。しかし、彼女は黙って首を横に振り、口パクで私にもわかりませんと俺に伝えて来た。

 

 確かにこれは表現に困る。いったい何がどうしてこうなってしまったのだろうか。この監獄塔のどこかに捨てられたキノコかなんかでも拾い食いしたのだろうか。いくら考えても答えは出ない。とにかく俺はアヴェンジャーの言う通り第四の裁きに挑むために部屋から出ることにしたのだった。

 

「アヴェンジャー様もあんな感じですので、くれぐれも……くれぐれもお気を付けください」

 

「アッハイ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「次の裁きは憤怒、俺が感情の中で最も強いものと定義する感情だ。この憤怒は良くも悪くも人を惹きつける。時に怒りが招く悲劇でさえも人は称えるだろう。見事なかたき討ちだとな」

 

「古今東西、老若男女問わず。お前たち人間は復讐譚を好み、愛おしむのだ」

 

「それがテンションの高い理由?」

 

「………そうだな。それは正しくもあり、誤りでもある。……本来の憤怒の化身は、その場を任されながら決してその感情を認めようとはしない、人間要塞のような者だった。本来はな」

 

 ここでアヴェンジャーはいったん言葉を切った。その顔は実に満足げな顔をしている。話の流れから察するに俺たちが相手にする憤怒の化身はその人間要塞という人物ではなくなったのだろう。

 

「だが、今いるのは―――――いや、ここから先は裁きの間に入ればわかる。往くぞマスター。憤怒の化身が奴でなくなったことから死ぬ確率は上がっているが、お前なら問題はないだろう」

 

 それだけ言って俺の前を再び無言で歩くアヴェンジャー。色々考えることもあるがどちらにせよ、何も知らない俺は答えにたどり着くことはできないだろう。故に俺は思考を断ち切り、どのように立ち回るかということだけを考えることにしたのだった。

 

 

 

 もう四度目ということで見慣れてしまった裁きの間。相も変わらずコロシアムのように丸い部屋の中央には一つの人影が立っていた。その人影も、ジル・ド・レェのように見覚えのあるものである。

 

 そう、そこにいた人物とは―――――

 

 

 

「おや、もう二度と見たくもない顔が見えますね?……ふふっ、何ですかその笑える顔は、まるでハトが豆鉄砲を食らったような顔をしてますよ?」

 

「………ジャンヌ・オルタ」

 

「――――覚えていたのですね。気持ち悪くて虫唾が走りますわ」

 

 

 

 昨日倒したジル・ド・レェと一緒に倒した、彼の願望によって生み出された本来存在しない英霊。ありもしないフランスの聖処女、ジャンヌ・ダルクの暗黒面であるジャンヌ・ダルク〔オルタ〕だった。

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 まさかの人物。ジャンヌ・ダルク〔オルタ〕と対峙した仁慈は予想外の人物に驚愕していた。彼が考えている通り、ジャンヌ・ダルク〔オルタ〕は神をフランスを全てに絶望し、そして恨みを抱き、青髭と呼ばれるようになったキャスターのジル・ド・レェが第一の特異点において聖杯を使って作り出した英霊であり、本来であれば現界することはない。

 

 仁慈は、少しだけ精神を落ち着けるために大きく息を吸って吐くと、アヴェンジャーに対して視線をぶつけた。対する彼は余裕そうな表情で返す。

 

「ここはあらゆる怨念を引き寄せる。彼の魔術王が手を加え、肉柱を埋め込んだために普段よりもずっとな。だからこそ、認知されずとも、確かに存在していたという証明さえできれば、再び現れることもできるだろうよ」

 

「これでも、サーヴァントと言ってもいい状態ではありましたから。そこらの雑魚に飲まれるわけでもなく、こうして逆に私の力とさせていただきました」

 

 彼女は、右手から黒い炎を一瞬だけ出して仁慈に見せる。するとそこには確かに仁慈に向けて放たれるジャンヌ・オルタ以外の怨念を見つけた。これは彼がアヴェンジャーと会った時に相手した生者を恨む怨念ということにも気づくことができ、彼女の言葉に嘘偽りはないと確信する。

 

「で、彼女の憤怒はあれか。変わらずフランスへの復讐心なのか?」

 

「そんなもの、目の前に本人がいるのだから、そちらに聞けばいいだろう」

 

「それもそうだ。というわけで、そこのところどうなの?」

 

「………ふふふっ、私が憤怒を抱いている理由ですって……?」

 

 仁慈の問いかけにジャンヌ・オルタはその顔を下に向けて身体を振るわせ始める。これが仲間ということであれば仁慈は、泣いたかもしれないと一瞬くらい思うのだが、残念ながらジャンヌ・オルタは敵であり、何より今までの話の流れから言って泣くというのはまずない。つまり、彼女は今、十中八九怒っているということだ。やべぇ、余計なことを言ったと内心で思う仁慈だが、時すでに遅し。

 

「憤怒なんて抱きまくりよ!特に樫原仁慈!あんたにはッ!……よくもオルレアンではボコボコにしてくれたわねッッ!!」

 

 彼女の怒りは生前?の扱いと、今の発言の所為で有頂天である。この怒りはしばらく収まることを知らないだろう。なんせ、ジャンヌ・オルタにとってはほぼ詐欺に近い内容で宝具の一斉攻撃を食らった後に容赦なく聖杯を回収されたのだから。

 

「あんた、あんなの受けて恨みや怒りの一つも抱かなかったら頭おかしいわ!」

 

「クハハ!!流石だな、マスター!この時代で、サーヴァント連中に因縁をつけられるのはお前だけだろう」

 

「嬉しくない……」

 

 がっくりと肩を落とす、仁慈――――しかし、その後すぐに彼は弾かれるように後ろへと跳んだ。直後、仁慈が先程まで居た場所にゴウッと炎が沸き上がる。仁慈も反射的にジャンヌ・オルタの方を見ると、堂々と舌打ちしていた。犯人確定の瞬間である。

 

「私がやられたように不意打ちで倒してNDKしてやろうと思ったのに……」

 

「自分でやっていることに対策をしていないとでも思った?残念!しっかり行ってました!!」

 

 仁慈の言葉に更なる怒りを覚えたのか今度は炎だけでなく、黒い剣を飛ばし始めたジャンヌ・オルタ。仁慈はその攻撃を先程と同じく回避しつつ、黒い剣だけは自分で手に取り武器として活用しだす。

 

「ちょっと!それ反則じゃない!?それはオルレアンで呼んだバーサーカーの宝具でしょ!」

 

「あれだってもとは純粋な技量から来たものだからセーフ!」

 

 文句を言いながらも常人では見切れない速度で斬りあう二人。時々ジャンヌ・オルタが炎を使い仁慈を焼き尽くそうとするものの、彼も彼で色々おかしい日常で培われた第六感でそれらを回避していく。

 

 二人がそうして戦っている間、アヴェンジャーは一人だけ、魔神柱を探していたのだが、どうにも見当たらなかったらしく、しばらくしてから仁慈とジャンヌ・オルタの方へと語り掛けた。

 

「おい、ところで、肉柱はどうした。目が多くついている悪趣味なアレだ」

 

 仁慈とジャンヌ・オルタは丁度一度距離を取ったところだったのか、ある程度距離があったので答える余裕はあった。しかし、彼女は反応しない。それは当然である。なんせ彼女の目の前には絶対に隙を逃がさないマンこと樫原仁慈が存在しているのだから。ここで反応なんてしたら一瞬で死ぬとジャンヌ・オルタは悟っていた。

 

「………マスター。今は流石によせ。焦って功を逃すということもある。待て、しかして希望せよ、だ」

 

「それ今使うセリフじゃないだろ」

 

 と言いつつも、彼は一度体から力を抜いた。ジャンヌ・オルタはその隙に三度炎を出現させるも脱力した状態から一気に駆け出した仁慈を捕らえることはできず、虚しく空気を焼いた。

 

「貴様も、少しは待て。後でじっくりと相手させてやる」

 

「ハッ!どうして私が貴方たちの言うことを聞かなければいけないのかしら?私たちは敵同士、話し合いの余地なんて存在していないのですよ?」

 

「……ここで答えなければ、そこのマスター(キチガイ)を全力で仕向けるぞ」

 

 ジャンヌ・オルタはアヴェンジャーの言葉に思わず仁慈の方向へ視線を向ける。するとそこには、体から目視できるほど魔力を巡らせ、首を回しつつ手を軽く振っている仁慈の姿があった。この男やる気満々である。

 しかし、この状況ではどちらがサーヴァントでどちらがマスターか分かったものではない。そのことに関してツッコミを入れる人物は残念ながらこの場にはいないのではあるが。

 

「………あの気持ち悪い肉柱なら焼きました。邪魔だったし、私の趣味じゃないですから」

 

「……そうか。………わかった。なら、マスターと存分に打ち合え」

 

「おい。ここに魔神柱がいないなら手伝ってくれてもいいんじゃないの?というか相手サーヴァントなんだけど?」

 

「ハッ!今更常人ぶるなど、冗談にすらならないぞ?」

 

「…………」

 

 黙り込んだ仁慈は仕方がなく、アヴェンジャーの言う通り一人でジャンヌ・オルタと対峙することになる。

 そのことにジャンヌ・オルタはその整った顔を歪めて笑った。彼女の表情にはようやく復讐することができるという感情がありありとみることができる。

 

「ようやく、叶う。私はジャンヌ・ダルク!憎きあなたに復讐するために、アヴェンジャーのクラスを以てこの監獄に現界せし者!さぁ、人理を救わんとするマスター(キチガイ)よ。ここで決着をつけましょう!」

 

「こんなの絶対おかしいよ……戦うけど!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




純粋(仁慈に向けた100%)な憤怒。

嘘はないな(確信)

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