連合軍の半数が上陸し、公孫瓉達も上陸を行おうとしていたとき上からシャーという何かが高速で落ちてくる音が聞こえた。
本能的に剣で切ると目の前に切られた矢が落ちてきた。
しかし、公孫瓉のようにとっさに反応できたモノは少なく、その落下点にいたほとんどの兵士は為す術もなく四肢に風穴を開けられ絶叫を上げた。
「まずい! 敵襲だ! 敵襲に備え盾隊、前へ!」
そう孔融が指示を出すものの混乱が起きているせいで指示が通らない。しかし、数人の小隊長が盾隊に構えるように指示を出して被害は少し押さえられる。
その瞬間、前方にあった丘から数千の騎馬兵が現れ、突撃を始めた。
戦闘にいる人物は公孫瓉のよく知る老婆であった。
「師匠!」
公孫瓉が叫んだ。あまりにも予想外すぎる人物の登場に唖然としている。
廬植はかつて私塾を開いていたことがあり、その時の生徒の一人が公孫瓉である。また、廬植は前にも述べたとおり黄巾の乱での活躍や儒学者としても有名で数々の本を書いているため、様々な人物からの人望も厚い。そのため、連合軍内でも動揺が走った。
「何故だ、何故廬子幹様が袁紹なぞの味方に加わっている!」
鮑信が問うが誰もその疑問に答えない。皆が同じ疑問を抱いているからだ。
実は郭嘉がこの編成にした狙いはここにあった。
わざわざ老将の廬植を前線の部隊の指揮官に出したのは彼女が引き入れば連合軍に動揺が走ることは間違いないと判断したからだ。
まさしく郭嘉の狙い通りのことが起きた。
この間にも矢は降り注ぎ続け、連合軍の被害は徐々に拡大していく。
やがて騎馬隊を誤射せぬために、矢が止んだ。
すぐに指揮官は自分の部隊を敵の騎馬隊の攻撃に備え、防御態勢を取らせようとする。
「各員、こちらに集結し盾隊は上陸地点を中心に周りを囲え! 一兵たりとも入れるな!」
すぐに命令を実行しようとするも負傷した兵士達がおり、その人間を連れてくるには時間が無い。
それでも兵士達は必至に戦友を助けようと抱えながらも連れてこようとする。
それを見た公孫瓉は叫んだ。
「今、そのような時間は無い! 心苦しいが、負傷した者を置いてこちらを守備せよ!」
この指示に驚いたのは従妹である公孫越だ。
「白蓮姉さん! 言いたい気持ちは分かるけど、その命令は無茶だ! 下手すれば兵士達の離反を招くよ!」
その忠言に対して公孫瓉は引き下がる訳にはいかない。
「私は戦場の指揮官としていかに犠牲を減らすかが問われている。この状況で負傷兵達を守ろうとすれば甚大な被害が出る。それだけは指揮官として避けなければならない!」
「だけど、兵士達の気持ちも考えてあげて!」
「分かっている! だが……」
「敵騎馬隊、間もなく先鋒とぶつかります!」
話を遮るように兵士が報告を挙げる。
敵の騎馬隊がもう目の前まで迫っていた。負傷兵達は必死で逃げるが間に合わない。
もうだめだ……
そう思った直後、敵の騎馬隊は負傷兵を無視して真っ直ぐこちらに近づいてくる。
「盾隊、弩弓隊、構え! 」
直後、盾隊が一斉に盾を壁のように一列に並べた。その後方に矢を番えた弩弓隊の兵士が並ぶ。
「弩弓隊、放て!」
一斉に矢を放つが、何せ全軍の半数しか上陸をしていない。弩弓隊も定員から大分減っており、敵に被害は出せるものの突撃を止めることはできない。
しかし、弩弓隊は必至で矢を放ち続ける。
「全軍、突撃! 敵の盾を突破せよ!」
廬植がそう叫んで双方の軍がついに激突した。
この時、盾隊の後方に待機していた槍隊が槍を突き出す。
袁紹軍の兵士はそれを予測し、手前で急停止し、その一撃をやり過ごしてからその縫い目を狙って攻撃をした。
完全に不意を突かれた連合軍は、もろにその突撃を喰らってしまい次から次へと盾隊が突破されていく。
中には機転を利かして敵の突撃の瞬間、出した槍を横に振って騎馬隊の兵士を落馬させる兵士もいたが、ほとんどの兵士はそれをする術もなく蹂躙されていった。
この時、公孫瓉軍の騎馬隊は未だ上陸をしておらず、敵の突撃に対抗することはできなかった。
「このままでは……」
孔融が放心したかのように言った。
「白蓮姉さん、鮑北相主、孔北平太守。撤退の準備をしてください」
公孫越が槍を構えながら、三人に言った。
「待って、凪水! あなた一体、何をするつもり!」
「私が殿をやるからあなたたちは先に船に乗り撤退しなさいと言っているの!」
「待ちなさい! 公孫将軍、あなたを残して撤退できるわけがありません!」
鮑信が言うも、公孫越は首を縦には振らない。
「あなた方はこれからの戦を行う上で失ってはいけない存在です。ここは私に任せて撤退をしてください」
「凪水! あなたが残るなら私も残る! あなただけ置いていけるわけないでしょう!」
「白蓮姉さん……」
公孫越は黙って公孫瓉に近づき、その首に手刀を喰らわした。
完全に不意をついた攻撃に対処できず、公孫瓉はそのまま気を失った。
「ゴメンね、白蓮姉さん。こうするしか手はないんだよ」
そう言って公孫瓉をおぶって護衛の兵士に預けた。
「さあ、他のお二人も早く船に乗ってください! 私も安全を確認次第、船に乗り撤退します」
「ですが……」
「何、心配に及びませんよ。私は死ぬつもりなんかさらさら無いですから。さ、お早く」
そう言って鮑信と孔融に船に乗るように促した。
少し二人は迷ったものの、すぐに決断を下し二人は船に乗り込んだ。
すぐに船は離岸をし、撤退を開始する。
「さ~て、一暴れしますか!」
そう言って公孫越は馬に乗り、槍を構えた。配下の兵士は二〇〇〇ほど。
歩兵ばかりであったが公孫越隊の主力は騎馬ではなく、この歩兵だ。異民族相手に使うことは少ないが、来る乱世に備えて訓練を行っていた部隊でそれを率いるのが公孫越である。しかも彼女の部隊は異民族相手に実戦を何度も経験しているために対騎馬兵専門の歩兵隊であった。
この存在が彼女が殿をやると言えた、最大の要因である。
それ故、撤退までの時間稼ぎ程度であればどうにかできそうだ。
「それでは公孫越隊、行っくよ!」
「「「おおお!!!」」」
ついに物語は河水の戦いクライマックスへ向け、動き出した。