郭図、荀諶、高幹、辛評らは南皮の町を出て、今いるのは鄴だ。
郭図達一行が今向かっているのは袁紹が統治する南皮の町を含めた地域一帯の冀州を治める韓馥の屋敷だ。
彼の屋敷は鄴の中心にあり、一際目立っている。
「大きな町だね~!」
荀諶がそんな呑気なことを言いながら、鄴の町を歩いている。
ここは反董卓連合の一人である韓馥の本拠地だ。本来ならば危険で袁紹勢力の人間は誰も近寄るべきでない。
ましてや袁紹配下の中でも筆頭の人間達だ。
しかし、そのような危険を冒してでも彼女たちは来る意味があると考え、今この場にいる。
「大きな町ですか……。しかし、この町もあなたたちが来たところからしたらそんなに大きいものではないでしょう?」
荀諶の言葉に後ろから声を掛けてくる者がいた。
荀諶が後ろを振り返ると黒髪の眠そうな顔をした背の高い人物が立っていた。顔立ちは整っており、目が悪いのか眼鏡を掛けている。真っ黒な着物に身を包み、手には多くの書簡が抱えられていた。
「どちら様でしょうか? 第一、我々は商人ですよ?」
郭図は偽造の通行手形を見せながら、言う。しかし、直感でこの人物には全てが見破られていることは分かってはいた。故にそうやって時間稼ぎをしながら、この場の切り抜け方を考えていた。
高幹はいざとならばと剣の柄に静かに手を掛ける。
「まあ、そういうことにしておきましょう」
意外なことにその人物はそれ以上深入りするようなことはせず、そのまま韓馥の屋敷の方へと向かっていった。
「ふ~、危ないところだったわ」
思わず、安堵の声が出る。
「あの人はだ~れ?」
このような事態を引き起こした元凶の荀諶は悪びれたそぶりも見せず、他の人に聞くが、誰も知るはずがない。
「分からない……」
先ほどの人物のことを考えると今でも寒気がするほどだ。おそらくは彼女はこちらの正体を見破っていた。
変装をしたこちらに気付くだけの洞察力、そして上手い切り返しの知恵。さらには引き際までわきまえていた。
このような切れ者が敵の配下にいたというのは、脅威でしかない。
(だからこそ、今回の計画は何としても成功させなくてはならない)
郭図は改めて決意を固めた。
韓馥は齢四十を超えた男だ。
しかし、その人を見る目は優れており、数多くの優秀な人材を雇っていた。
「何、わしに客人だと?」
執務室に韓馥の声が聞こえる。この時間帯に面会の予定はなかったはずだが、と不思議に思い報告に来た門番に聞いた。
「その者の名は?」
「それが袁紹配下の郭図と申しております」
「何!」
信じられない客人の名に思わず韓馥は大声をあげる。
郭図と言えば、袁紹の重鎮中の重鎮。そのような人物が敵対勢力である自分の所に来るとは考えられなかった。
とにかく、会って話を聞きその真意を確かめる必要があった。
「とにかく通せ!」
「はっ!」
「失礼いたします」
郭図達は韓馥の執務室へと入っていった。
「貴様、何が狙いだ!」
開口一番に韓馥は郭図達を睨み付けながら聞いた。
「狙いとは?」
「何の目的もなく、茶飲み話に敵地にまで来る奴がおるか!」
「はてさて、何のことやら。我々はただ警告に来ただけですよ」
「貴様らに警告される筋合いなどない! わしが一番警戒しているのは貴様らだ!」
郭図は韓馥の大声を聞いても眉一つ動かさない。
その時、荀諶が静かに立って町の外を見つめた。
「大きい町だね! この町、おじさんが一人で作ったの?」
荀諶の幼い容姿を見て、一瞬韓馥の怒気が収まる。
「金を決めたのはわしだが、それを民が一生懸命発展させたのだ」
「へえ~! じゃあ、おじさんにとって民は大事なんだ!」
「当たり前だ。民あってこその国だからな」
その言葉を聞いた瞬間、郭図は静かに高幹に目配せをした。
すると高幹は狙ったかのように一つの書簡を韓馥に見せた。
「こちらは、つい先日我が領に届いた報告書です」
「それで?」
「ここには公孫瓉と鮑信、孔融が戦闘を行ったとあります」
「何だと!」
信じられない情報に韓馥は自分の耳を疑った。公孫瓉、孔融、鮑信はいずれも袁紹討伐の兵を挙げたものの、河水で撃破され撤退したと聞いていた。
「報告によると、公孫瓉が孔融と鮑信を裏切り、済北の町で戦闘を行ったとか……。市街地で行われたために民間人にもかなりの犠牲が出ております」
「嘘だ、貴様らの報告など嘘に決まっておる!」
「ならば、確かめてみられますか? おそらくは間もなく早馬が来るでしょうな」
郭図がそう言って直後、韓馥の部屋の前が騒然としだした。
「韓太守、報告であります!」
「入れ!」
部屋のドアが開かれ一人の兵士が駆け込んできた。
「報告! 済北の町で公孫瓉が裏切り、孔太守、鮑済北相両名を攻撃! お二人の消息は未だ掴めておりません! さらに物見より緊急連絡! 公孫瓉の軍勢がこちらに向かってきているとのことです!」
「何!」
韓馥はあまりの出来事にただただ声を上げることしか出来なかった。郭図達の言葉が真実であったことに続き、公孫瓉がこちらに向かってきているというのも衝撃的で、韓馥は現実を上手く飲み込めなかった。
「だから申したでしょう? 公孫瓉は裏切ったと」
郭図はこれでもかと嘆息する。
「そこで韓馥殿、あなたに一つ提案があります」
「ああ。なんだ申してみよ」
公孫瓉の軍勢のことで頭がいっぱいな韓馥は半分無意識で言う。
「我々に冀州を譲りませぬか?」
申し訳ありません! 私用で来週一週間は投稿が難しくなると思います。ご迷惑をおかけいたしますが、何卒ご理解ご協力をお願いいたします。
次回は予定としては二週間後頃の投稿となります。