まだまだ未熟な作者ですが、今後ともこの作品をよろしくお願いいたします!
道ばたに倒れていた少女を拾った次の日。
田中が目を覚ますと庭から聞き慣れない音が聞こえてきた。普段であれば、静かなもので鳥のさえずりの鳴き声を聞きながら、目を覚ますものである。
しかし、今朝は何かの風切り音が聞こえてくる。
(まさかな)
そう思いつつ、戸をこっそり開け、庭を見ると底には思い描いていたとおりの光景が広がっていた。
庭にいたのは昨日の少女だ。横にはネコもいる。
その少女が振り回していたのだ、自分の何倍もある大きな槍を。
「むっ!」
少女が何かしらの気配を悟ったのかこちらを見てきた。そして田中に気付くと、静かに槍を置きこちらに近づいて臣下の礼を取る。
「これは旦那様。おはようございます」
「ど、どうも。おはようございます」
何事もなかったかのように挨拶をされて、少したじろぎつつも挨拶を返す田中。
「昨日は助けていただき、ありがとうございました。私の名は審配。字を正南を申します」
「ご丁寧にどうも。私の名は田中豊と申します。宜しく。して、何故昨日はあそこで倒れておられたのです?」
「私は軍を率いているのですが、韓刺史が交代するという早馬が来まして、新たな刺史というのはどのような人物なのであろうと一目見たくて鄴の町に大急ぎできたのは良いのですが、交通費でお金を使い切ってしまって……。その……」
「あ~。いえ、良いのですよ。それ以上は言わなくて構いません」
田中は審配の口ぶりから事の事情を察した。審配はお金がなく、腹が減りあそこで倒れたと言うことだ。
(それにしても審配を拾うとはな)
思わず信じられない状況に素直に驚きが隠せない田中。
審配は三国志において評価がかなり別れる人物である。
かなり優秀な人物で武も智も優れており、袁紹亡き後、三男の袁尚を後継者に仕立て上げた。後に曹操が攻めてきた際には鄴の町に立てこもり、死守し続けたものの数ヶ月の激戦の末、仲間の裏切りによって曹操に捕らえられる。
しかし、曹操に下ることを断り、処刑される。この時、北側に主君の袁尚がいるからと北を向いて斬るよう言い、その命が燃え尽きるまで主君に仕え続けた忠義の士であると言われている。
一方で、仕えた三男の袁尚は当時の常識から考えて家督を継ぐはずの人間ではなく、袁家の世継ぎ争いが起きたのはこの審配による所が大きいともされており、この点で評価が大きく分かれる。
いづれにせよ、優秀な人物であったことは確かである。
その田中を気にせず、審配は言葉を続ける。
「新しくやってきた刺史殿はなかなかの人物と聞きます。旦那様は何かご存知ありませんか?」
「え~……。まあ、自分の目で確かめるのが一番なんじゃないでしょうか?」
審配の言葉に言いよどむ田中。
袁紹を評価しようとすると、あまり中立的な意見を述べられず主観的な意見しか言えないために無難な線を言った。
「まあ、そうですね。明日から私も仕事がありますし、その中で刺史殿について見極めていきたいと思います」
そう言った所で、不意に周囲を見渡し審配が尋ねる。
「そう言えば、ずいぶんと大きいお屋敷ですね。もしかして新しい刺史殿に付いてこられた高官の方なのですか?」
「……ええ。まあ」
いきなり核心を突いてきた審配の言葉に一瞬、黙り込む。
袁紹はこの地を無理して韓馥から統治権を移している。その関係上、審配に恨まれている可能性があると見て素直に答えるか迷ったのだ。
しかし、その迷いから気付かない審配ではない。すぐにその予測が真実であることを理解し、同時に田中の悩む点にも気付いた。
「あ、お気になさらず。私は別に新しい刺史殿に何の恨みもありませんし、旦那様に関してはむしろ助けていただいた感謝しかありませんから」
そういう審配の言葉を聞いて田中はほっと一息を付く。
田中は落ち着いてから今まで気付かなかった点にはたと気付き、尋ねる。
「そう言えば、先ほどから旦那様と仰いますが、どういうことです?」
「そう言えば、言い忘れていましたね。私は今日からここで旦那様のお世話をすることにしたのです。それから私はお世話係なので、敬語はいりませんよ」
その審配から出た予想の斜め上を行く発言に、田中は凍り付く。
「ちなみに誰がそれを許可なされたのですか?」
「あ~、また敬語を使いましたね! 使う方には何も答えません!」
そう言って審配は黙り込んでしまう。かなり真面目で強情な性格のようだ。
「分かりまし……。分かった。ただ何分、敬語で慣れていたからつい出てしまったら許してくれ。で、どういうことだい?」
「はい! え~と、私が旦那様に助けていただいて、今朝目を覚ましたら女中の方とお会いして、その方に事の成り行きを聞きました。そしてどうにかお礼をしたいと言ったら、旦那様を世話するのが一番と仰ったので、お世話することを希望したのです」
(あの世話焼きの婆さんか! 南皮にいた時は俺に嫁がいない事を知るなり、散々見合いしろとうるさかったな! 南皮から離れたからもう会うことはないと思っていたが、あいつもこっちに来ていたのか! と言うより、審配に変なことを仕込みおって! 次会ったらただじゃおかん!)
田中の脳内には素晴らしいお婆さんの笑みが浮かんでいる。
「分かった。しかし、私の世話役はもう足りている。別に手伝いをしなくて良い」
田中はそう言って、立ち上がろうとした。しかし審配からの返事がない。おかしいと思い、審配の顔を見るとぼろぼろと泣いている。
「どうした、何故泣く?」
思わず、狼狽しながら問う田中に審配は、鼻声で言った。
「私はいらない子なんですね! そうなんですね! どうせ役立たずとか思っているんでしょう! だったらここで死にます!」
そう言い、置いていた槍の穂先を自分の喉へ向け、突き刺そうとする。
「あ~! 待て待て! 何故そうも考えが飛躍する! いや、分かった! 世話して良いから! 私の世話をしてくれて良いから、頼むからその槍を自分の喉へ向けるのを止めなさい!」
そういって大急ぎでその槍を掴む。
すると審配は一気に泣き止み、ニパッと笑みを浮かべて言った。
「今、世話をして良いと仰いましたね!」
その瞬間、自分が審配にはめられたのだと言うことに気付く。しかし時既に遅し。言ってしまった後だ。最早、言ったことを引っ込めるわけにはいかない。
「これは一本取られたな」
その瞬間、審配が智を備えた知将であることを実感させられたのだ。
こうして田中の生活に審配という新たな風が吹き始めたのだ。