なお、あの大物が登場します!
「私はいつまでここで拘留されているのだろうか」
公孫瓉は自嘲気味に呟く。
彼女が牢に繋がれてから早四日ほど。自分は気付けば、この牢に繋がれていた。最後に記憶のあるのが炎にまかれた自分を部下が必死でかばってくれたところだ。
牢番から話を聞いたところに寄ると、部下の必死にかばったおかげで自分は生き残れたようだ。共に中に入った味方は全滅。外にいた味方は私が捕まったことにより、士気が急落。逃げ出す者や投降する者が相次ぎ、自然に崩壊していったようだ。
「白馬将軍か、笑える」
自分についたそのあだ名は今までは実に誇りに感じていた。しかし、こうして無残な敗北を遂げた今となってはただの皮肉にしか聞こえない。
そんなことばかり考えていると牢の外で足音が聞こえる。どうやら公孫瓉の牢に向かってきているようだ。
だんだんと音が大きくなり、自分の牢の間の前で止まる。
「誰だ?」
聞くが返事がない。公孫瓉は相手の顔を確認しようとするが、逆光になり顔が確認できない。
「貴殿に質問がある」
その声は女の者ではない。低い男の声だ。それもそこら辺の一般の兵士ではなく、何かオーラを感じさせる不思議な魅力を持った声だ。
「敗者が語る言葉はない」
「貴殿は敗者ではない」
「ならば、どうしてここにいる。こうして牢に入っているのは負けたからだ。違うか?」
「貴殿は敗北をしたが、勝利もした」
「くだらない。矛盾しているじゃないか! 私にこれ以上恥をかかせるつもりか! 名も名乗らずに何と無礼な!」
公孫瓉は思わず声を荒げた。まるで自分に敗北の言葉を呟かせるように何度も問答を行う相手に嫌気がさしたのだ。
すると相手は意外なことにわびを入れてきた。
「これは失礼をした。私の名は張郃。字を儁乂という。袁冀州刺史殿配下の一武将だ」
「ああ。噂には聞いたことがある」
元は韓馥の部下で、攻防共に優秀な将軍と名高い人物であった。
「で、その人物が私に何のようだ?」
「貴殿を是非我が軍へと思ってな」
「何だと!」
張郃の言葉に驚愕と共に怒りがわき上がってくる。
(仮にも自分の配下を殺した者どもの軍門へ下れとは何事か! ましてや自分の従妹を殺し、私を捕らえかくも辱めようとは!)
「断る! 貴様らのような野蛮人に下るような真似は死んでもせん!」
公孫瓉はきっぱりと断る。そこにはあくまでも一武人としての意地があった。
「やはりそうであろう。貴殿のような誇り高い人物は決して自分の家族を殺したような者の元には下らぬ。実に誇り高きものだ」
予想に反し、張郃はしきりに頷く。ここまで褒められることは予想外なだけに一瞬ためらいが出る公孫瓉。
「しかし、今の言葉には一言だけ間違いがある。我々は貴殿の従妹である公孫越殿は殺してはいない」
「何!」
意外すぎる一言に驚愕の表情が出る。
「どういうことだ!」
「その言葉通り、公孫越殿は殺してはいない。その証拠に今、この場に連れてきている」
そう言って、近くの兵士に何か合図を送ると、その兵士が牢から出て行く。
数秒と立たぬうちに一人の人物を連れて、公孫瓉の元へと近づいてきた。
その人物は紛れもない公孫越であった。
「凪水!」
「白蓮姉さん!」
「さあ、儂は少し離れておるから自由に話すと良い。せっかくの再会だ」
そう言って張郃は牢を見ることが出来るが話し声が聞こえないような地点にまで行き、腰を下ろした。
「凪水! 生きていたのか!」
「うん! あの戦いの後、捕まって牢に入れられていたら、今度は白連姉さんが捕まったって聞いたから特別にこちらに来させてもらったの」
「そうかそうか! 何か、怪我はしていないか? 殴られたとか蹴られたとかは?」
「全く何も。ただ牢に入れられているからそれほど自由はきかないけど、健康に支障が出るようなことはないわ」
「良かった!」
安堵していると公孫越は、言いづらそうに口を開く。
「白連姉さん、あのね……」
「何だ? 何でも言い、言ってみろ」
「実は私は袁冀州刺史の軍門に降ろうと思うの」
「……」
「白連姉さんのことも大事だし、決して離ればなれにはなりたくはない。だけれども思ったの。これから先はどうなるんだろうって。その時、私は白連姉さんの元では大きいことは学べないと思った。悪い意味ではないの、それだけは勘違いしないで! ただ私は騎馬の扱いに不慣れで、白連姉さんの元では役に立てないし学べることは少ない。けど、ここは違う。ここであれば、歩兵の扱いや運用のことをたくさん学べる。だから私はここに留まりたいと思う!」
公孫越の言葉を聞いて、公孫瓉は目を閉じ、何かを考え込んだまま何も言わない。
二人の間に静かな時が流れた。それは凄く長いようにも一瞬の短い出来事のようにも感じられた。
やがて公孫瓉が口を開いた。
「それは本心かい?」
「うん!」
「分かった。行きなさい」
その言葉にためらいはなかった。公孫越は元来、軽薄そうに見えるが決してそのような人物ではない。重大な決断はゆっくりと考え、答えを出す人間だ。
その従妹が出して答えに公孫瓉は口出しをするつもりはなかった。
「だが、私は行かない」
「え……」
次の公孫瓉の一言に公孫越は凍り付く。
「私は数多くの人間を死なせてこの場にいる。私だけ軍門に降るようなことをしては死んでいった者に顔向けが出来ん!」
その言葉には公孫瓉の確固たる思いが表れていた。
「白連姉さん、私は姉さんに死んで欲しくない!」
半泣きになりながらも必死に説得をしようとする従妹の言葉に決して首を縦には振ろうとはしない。
「だめだ! これは私の意地だ! 凪水、許してくれ」
はっきりと拒絶の意志が含まれた言葉に、公孫越は泣くしか出来ない。
「凪水。お前はまだ若いし、それほど高い役職にも就いていない。だから自由に生きろ。そして、いずれ私の決断の意味が分かるようになる」
「白連姉さん、嫌だ!」
「さあ行け! 張儁乂殿!」
張郃を呼ぶ。
「公孫越を行かせてくれ」
「姉さん!」
「行け! さらばだ!」
「本当によろしいのですか?」
「連れて行け!」
公孫瓉はまるで何かを断ち切るかのように言った。
「分かりました」
張郃が合図をして近くの兵士が公孫越の両側を抱え込むようにして、泣きじゃくる彼女を牢の外へと連れて行った。
「従妹を頼む」
「はい」
その二人の間には武人としての言葉には出ない確かなやりとりがあった。
「公孫将軍、貴殿はどうなるかは分からない。もしかしたらその命も……」
「分かっている。はじめよりそのつもりだ」
「私は貴殿はここで死ぬには余りにも惜しい人物だと思っている」
「買いかぶりだ」
「できる限り貴殿を生かすことの出来るよう最善を尽くす」
「勝手にしろ。私が望むのは処刑のみだ」
二人はそれで別れた。
「今日は冷えるな」
公孫瓉は見えもしない空を見上げるように天井を見て呟いた。