袁紹を活躍させてみようぜ!   作:spring snow

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第三七話 公孫瓉、北平に発つ

「公孫瓉は当時韓馥領であったこの地に攻め入り、攻撃を行った。この件は大変許しがたく、罪深き者である。しかし公孫瓉のやむを得無き当時の事情を考慮した懐の広い我が主君は貴殿を北平の地に送還。及び従来通りその地での統治を可能とする旨を決定した。また、兵士に関しては従来の公孫瓉軍は我が軍に編入。かわりに定期的に我が兵士をそちらの指揮下に入れることとする」

 

 逢起が謁見の間で書簡を広げて朗々と読み上げた。

 

 今、公孫瓉の今後に関して正式な報告が行われているところであり、この謁見の間には袁紹陣営の閣僚の全員が集結してその報告を受けていた。

 

「以上であります。公孫瓉、何か言うことはあるか?」

 

 逢起が最後に公孫瓉に尋ねる。

 

「……ございません」

 

「それでは以上のように刑を執行致します! 袁刺史、よろしいですね?」

 

「構いませんわよ! オ~ホッホッホッホッホ!」

 

 しかし、袁紹のその言葉とは裏腹に表情には、いつも見えるような元気さはない。どこかで旧友に別の言葉を掛けてやりたい、そう感じ取られた。

 

「それでは、衛兵! 連れて行け!」

 

 公孫瓉は力なくうなだれながら連れて行かれる。そのあまりのもの悲しい姿に袁紹は思わず声を掛けようとした。

 しかし、その前を逢紀が塞ぐ。

 

「麗羽、だめだ!」

 

 小さいながらも迫力の籠もったその声に思わず、袁紹はその出かかった声を飲み込んだ。

 袁紹にはその力ない背中を見送ることしか出来なかった。

 

 

 

 

 外では多くの兵士達が整列しており、その中心に公孫瓉を乗せる馬車がある。

 

「こちらへお乗りください」

 

 北平に行く第一陣の指揮を任されたのは張郃であった。

 彼は歴戦の猛将であることが買われ、今回の遠征の指揮官に抜擢された。

 

「……」

 

 公孫瓉は張郃の声に返事もせず、静かに馬車に乗り込む。

 

「公孫太守、しっかりなさってください。兵が見ております」

 

「……私は死にたかった」

 

 公孫瓉の呟いた瞬間、張郃の中で何かが壊れる音がした。

 

「貴様!」

 

 気付けば、公孫瓉に殴りかかっていた。

 

「ぐっ!」

 

 不意を突かれた公孫瓉は地面に転がる。しかし、そこはさすがは勇将。すぐに受け身を取って、立ち上がる。その顔には怒気が浮かんでいた。

 

「何をする!」

 

「何もくそもあるか! 貴様、自分が言った言葉の意味が分かっているのか!」

 

「ああ! 私は軍を失ったばかりか、袁紹の操り人形になったんだ! 武人としてこれほど屈辱的なことがあるか! このようなさらし者になるくらいであれば、死んだ方がましだ! 私だけ、のうのうと生きていては、死んでいった者達に顔向けが出来ん! ましてや、このようなさらし者にされては尚更だ!」

 

「死んでいった者達に顔向けができんだと! 貴様、自分の部下の死に様を聞いていないのか! 貴様の部下は貴様を守るようにして倒れていた! これはどういうことか分かるか! 貴様を生かすために自らの生を犠牲にしたのだ! その貴様が死んだらどうなる? 死んだ者達の思いを誰が継ぐというのだ!」

 

「……」

 

「それは貴様以外いないであろう! ならば、貴様は生きるのだ! たとえ地べたを這えずり回ることになろうとも生きねばならん! それが貴様の定めだ!」

 

「……」

 

 公孫瓉は張郃の話を聞きつつ、黙っている。

 

「公孫瓉! 生きろ! 生き恥をさらしてでも死んだ者の思いを繋ぐのだ!」

 

「……分かった」

 

 公孫瓉は納得はしていないようであったが、返事はした。

 

「いずれ、分かるときが来る」

 

 張郃そう言うと公孫瓉を馬車に乗せ、その前にいた騎馬に乗り従軍開始の命を出した。

 

 

 

 

 

 

 

「行きましたね」

 

 田中は袁紹に言った。彼は今、袁紹の私室の中に入ることを許され二人でお茶を飲みながら話していた。

 

「公孫瓉は明らかに私に恨みを持ったはずですわ。彼女は常に信念を持って行動しております。その信念を汚した者には容赦はしない、たとえそれがかつての友人であっても……」

 

 袁紹の言葉には明らかに暗い色が含まれている。

 おそらくは友人であった公孫瓉に完全に敵対視をされたのがショックなのであろう。彼女は普段、高飛車に振る舞っているが、裏では常に人の動向に気を遣っている。

 

「我が君、長になるというのは時に人に嫌われる勇気を持たなければなりません。それがたとえ、友人が相手だったとしてもですよ」

 

「分かっております。分かっておりますとも。ただ、私は辛いのですわ」

 

「我が君……」

 

 田中は袁紹に掛ける言葉に迷った。その思いは田中には分からないものであるから、どう励ましたら良いのか分からなかったのだ。

 

「麗羽、ちょっと良いか?」

 

 その時、逢紀が二人の元へとやってくる。

 

「どうしたの、雷?」

 

「お前に訪問者だそうだ」

 

「どちら様? 今日は訪問の予定がなかったはずなのだけれども……」

 

「荀諶の姉のようだけど……」

 

「まさか! 田中さん、少しこちらでお待ちになって!」

 

 そう言って袁紹はすぐに訪問客が待つ客間に向かう。

 

「逢殿」

 

「どうなされた? 田中殿」

 

「あなた方は本名や字とは別に名を持っているようだが、何なのですか?」

 

「ああ。真名のことですか」

 

「真名?」

 

「ええ。ご存知ないのですか?」

 

「私の国にはそのようなものは無かったので」

 

「成る程。では説明させて頂きましょう。名前や字とは別に真名と呼ばれる名を持ちます。これは極めて親しい間柄でしか呼ぶことは許されない名です。もし本人の許可無く真名で呼べば、それは問答無用で斬られてもおかしくないほど失礼なことに当たりますのでご注意を」

 

「分かりました。ご教授ありがとうございます」

 

 田中は真名の存在の重さに驚きつつも、何があっても気軽には呼ぶまいと心に誓った。

 

「そう言えば、今いらした方はどちら様ですか?」

 

「ああ。王佐の才を持つ方ですよ」

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