「これは、これはようこそ! 我が冀州へ! 荀文若殿の噂はかねがね伺っておりますわ! 私の名は袁紹、字を本初と申しますわ!」
袁紹は荀彧と会うなり、そう言った。
「初めまして。私の名は荀彧、字を文若と申します。荀文若が袁冀州刺史に拝謁致します。この度は冀州刺史への栄転、誠におめでとうございます」
「いえいえ、そんな堅苦しい挨拶は止めましょう。ささっ、こちらへ」
そう言って袁紹はすぐ近くの席へと案内した。
「して、ここまでいらした理由は?」
「ええ。妹に会いに来るついでに袁刺史にご挨拶をと思いましてね」
「そうですか。妹さんの友若は実に優秀で素晴らしい人物ですわ」
「それはありがとうございます。姉としても誇らしい限りです。妹は袁刺史のような素晴らしい人物に仕えられて果報者です」
「そんなことはございません。ところで、荀文若殿は未だに仕官されていないとの噂を聞きましたが、本当なのですか?」
「ええ。私のような未熟者が仕えられる仕官先などそうそうございません」
「何を仰います。あなたのような人物が未熟者では世の人が全て未熟者になってしまいますわ」
「そこまで言っていただけるとはありがたきお言葉」
「つまりは現在、仕官先を探されている状態なのですか?」
「ええ。お恥ずかしながら」
「では、よろしければ、この袁紹に力を貸してはいただけませんか?」
袁紹は思い切って、荀彧に問いかけてみた。
「ほう。それはいかなる理由でしょう?」
荀彧も袁紹を値踏みするように聞いた。
「私はこの世に憂いを持っておりますわ。世には賊が蔓延り、強い者が全てを平らげ、弱い者が虐げられる。今や、かつて栄光を誇った漢王室の存在は風前の灯火となりつつあります。しかし、私は漢王室のご威光を取り戻し、復活させたいのですわ! それは私の望みでもあり、我が先祖の弔いのためにも成し遂げたいのです。そのためにどうか私にお力添えをいただけませんか?」
そう言って袁紹は頭を下げた。
「袁刺史殿、頭を上げてください。あなた様の御覚悟は分かりました。しかし、事は重大ですので、しばしお時間をいただきたいのです」
「ええ。それは一向に構いませんわ。その間の宿泊費などは全てこちらで負担致しますので、どうぞごゆっくりお考えになって」
「かたじけない」
そう言って荀彧はその場を後にした。
荀彧が出て行った直後、部屋に逢紀が入ってきた。
「すぐに董仲潁殿の話で会議があります。こちらへ」
「分かりましたわ」
そう言って袁紹は逢紀と共に会議の場に向かった。
「それにしても董卓軍が敗北するとはどういうことだ? まだ、汜水関が陥落したという情報は入ってきていないぞ! 敵はいきなり洛陽にでも現れたというのか?」
董卓が敗れたという情報について既に会議が開かれていた。汜水関が抜かれていない状態でどうやって敵は洛陽まで攻め上がったのか、またどのようにしてあの強大な董卓軍を打ち破ったのか。また董卓達のその後はどうなったかなど議論することは山積みとなっている。
「どうも敵は汜水関を通過せずにこれら関所を迂回。洛陽方面に軍を進め董卓軍に短期決戦を迫った模様です」
「何という大胆な……」
田中の返答に審配が呻いた。洛陽方面の地図に描かれている中で汜水関や虎狼関に抜けるには険しい山中を抜けなくてはならない。さらに補給などもままならず、山賊や黄巾の残党がうようよしている地点だ。どう考えても、そのような策を取るような人間はまともではない。
「これを行ったのはどこの部隊だ?」
「袁術配下の紀霊です」
「何ですって!」
袁術の名を聞いた瞬間、袁紹が急に立ち上がる。
「美羽~~~! あのおバカはどこまで私の邪魔を致しますの!」
怒鳴りながら地団駄を踏む。
袁紹は三国志演義や史実の三国志においても袁術との仲は険悪で有名であった。この世界においてもそれは変わらない。
「今度こそあやつにぎゃふんと言わせてやりますわ! 馬を引きなさい!」
「袁刺史殿、お気を確かに!」
あまりの怒りに単騎突撃を仕掛けようとする袁紹を必死で逢紀が押しとどめる。
「袁術に怒りをもたれるのはよく分かりますが、ここは落ち着いてください! それよりも董仲潁殿達を救出する方が先です!」
「はっ! そうですわね! では何か良い策をお持ちの方はいらっしゃいますの?」
袁紹は居合わせた人物達に聞くと一人手を上げた者がいた。
「では、廬先生」
逢紀は手を上げた廬植を指名した。
「実はの私には数人、あの地に留まっている同僚がいての。その者達から董仲潁殿を始めとした文官達の多くを保護しているから救援に来てくれという早馬がこの会議が始まる少し前に儂の所に来たのじゃ」
「何ですと! その人物というのは?」
「皇甫将軍と朱城門校尉じゃよ」
この皇甫将軍とは皇甫嵩、朱城門校尉とは朱儁のことだ。
「何と! あの方々が董仲潁殿達を保護されていると!」
「いかにも早馬によれば、汜水関は今でもどうにか持っているようだが、洛陽が取られた以上は持ちこたえるのも長くはないようだ」
「では、汜水関方面の救援部隊と洛陽方面の救援部隊を組まねばなりませんな」
逢紀が廬植の話を聞き、言う。
「しかし、洛陽方面には袁術軍の目があるために軍を進めることは危険すぎる。そこで田中殿、あなたの部隊をお借りしたい」
「構いませんよ。ただ、彼らの練度はまだそれほど高くはありません。期待通りに動けるかどうか……」
「いえ。彼らなら大丈夫です。実際に彼らの訓練を見たことがありますが、彼らならやれるでしょう」
「それは良かった。ならば、彼らを派遣しましょう」
「お待ちを!」
そこで止めに入る者がいた。田豊だ。
「元皓、どうした?」
「董仲潁殿が敗れたと言うことは、天子様はどうなされたのです?」
「董仲潁殿と一緒にいるそうだ」
「では、袁術に捕らわれているわけではないのですね」
「いかにも」
その返答を聞き、田豊はひとまず安心したようだ。
「では、董仲潁殿を保護する時に天子様はどう致しますか?」
「それは……」
逢紀は言いよどんで、袁紹の方に顔を向けた。
「現在、洛陽はどうなっていますの?」
「戦に巻き込まれた影響で、火が上がり、焼け野原に近い状態です。保護した二人は洛陽郊外のあばら屋で救援を待っている状態のようです」
「それでは、あの洛陽宮が焼け落ちたというのですか?」
「残念ながら……」
「ああ、何という……」
そう言って頭を抱え込んだ。
「ということは天子様のお屋敷がなくなってしまっている。ここに招きたいものですが、ここでは何かと不便でしょうし……」
「袁刺史殿、ここは招かれるべきです。董仲潁殿と共にいるのに董仲潁殿らだけを救出し、天子様を救出しなければ袁刺史の名は地に落ちるでしょう。ここはお迎えをしてここ鄴の地に招くべきです」
田豊はそう提案した。
「確かにそうですわね! では田中殿、お願いできますか?」
「ご命令とあらば!」
「お願い致しますわ!」
「御意!」
「では汜水関方面の救援には誰を向かわせますか?」
「汜水関の周辺にはどれほどの兵力がいますの?」
「反董卓連合の諸侯の兵士がおよそ十万ほど」
許攸が答える。
「何と! ちなみに汜水関にいる兵力は?」
「四万ほどです」
「袁刺史、兵を派遣すべきだと思いま~す」
そう言って出てきたのは荀諶だ。
「これから董仲潁殿達の救出に向かうわけでしょう? 今頃、洛陽では袁術軍が董仲潁殿を必死で探し回っているは~ず。ならば、この状況で行くよりは汜水関方面に派兵を行い、敵の目をそちらにそらせた方がより成功率は高いでしょう。ここは兵を派遣すべきで~す」
「つまりその派兵は囮ということ?」
「そうでもあり否でもあります。つまりは汜水関方面の救出も大事な役目の一つです。何せあの呂奉先殿がいます。万が一にも敵になったら後が大変ですよ~。ですから、囮の任務もありますが汜水関方面の救出を行うことも完遂しなければならない目標の一つです」
「なるほど」
袁紹は返事を一つして、しばし目を瞑った。
そして目をかっと開き、皆に聞こえるような大きな声で言った。
「我が軍はこれより董仲潁殿救出と汜水関方面に取り残された同盟軍の救出に向かいます! 各員、至急作戦の立案と決行を行いなさい! 天下に袁家の威光を知らしめるのですわ!」