「はぁ……」
逢紀は自分の執務室で人事交代を行っていた。
現在、袁紹陣営では人材不足に悩まされている。最近になり廬植、郭嘉、戯志才といった大きな柱を相次いで失った袁紹陣営では大きな混乱が起きていた。
運が良かったのは董卓軍を吸収した直後であったため、多少なりとも優秀な文官が入ってきたのは僥倖である。
郭嘉と戯志才が勤めていた南皮の太守として董卓配下の李儒、賈詡を臨時で任せているが、二人とも内政向きな性格ではなく、どちらかと言えば策略などを練る方が得意な人材ではあるため、一刻も早い内政向きな人材が求められていた。
そこで袁紹は統治下の各地で文官の大募集を掛けており現在、その人事方面の仕事などを行う役目を逢紀が全て一人で行っている。
誰かいい人はいないのか。
そんなことをぼぉと考えていたとき、不意に執務室のドアが叩かれた。
「元図殿、いらっしゃいますか?」
田中の声だ。
「はい。どうぞ」
居住まいを正して田中を部屋の中に招く。
「元図殿、報告書が出来ましたので、こちらにお持ちしました」
そう言って、田中は逢紀の机の上に竹簡を置いた。
彼は逢紀の机の上にある山のような竹簡を見て、逢紀に言った。
「失礼ですが、どうか発言をお許し願いますか?」
「ええ。どうぞ」
「我が配下の田豊と沮授に元図殿のお手伝いをさせとうございます」
「ほう、私が無能とでも?」
「いえ。そういうわけではございません。現状として袁紹様は未だ立ち直られておらず、元図殿お一人に多くの仕事が回っております。見るに夜もろくに休めておらぬご様子。上のお方が休まずにいては下の者は休みを取りづらい状況であります。これでは仕事の効率が落ちることは明白です。そこで我が配下で一番優秀な二人を使って少しでも負担を減らしていただきたいのでございます」
「しかし、それではお主の仕事はどうなるのかしら?」
「私の仕事は私と子遠殿の二人がいれば十分でございます。どうか、あの二人をお使いください。その能力に関しては私が保証いたします」
「そこまで言うのであれば……」
「ありがとうございます!」
そう言って田中はすぐに二人を呼び、逢紀の仕事を手伝わせた。最初こそ、戸惑っていた逢紀であったが、二人の能力を徐々に認め、すぐに大きな仕事を任せるようになった。
その仕事の一つに人材集めがある。
逢紀は多少なりとも人脈はあるが二人ほどこの地元には人脈はない。そこでこの地元に精通している二人を人材募集係として抜擢したのだ。
一見これはそれほど大きい仕事ではないように見えるが、彼女らの仕事次第で今後の袁紹陣営の動きが変わると思えば、軽視は出来ない。
「沮授、あなた何か良い人材知らない? 悪いんだけど、私には候補がいないのよ」
「ありますよ~」
「そうよね、あるわけな……ってあるの!」
大役を任され、これからどうするべきか悩んでいた田豊は沮授の言葉を聞き、驚愕した。
「ええ。確か、近いうちにこちらに来るとか言っていたので~、おそらくは会えると思います~」
「その人物の名は?」
「陳宮、字を公台という人物ですよ~。古い友人でしてね~」
「聞いたことがない人物だな」
「まあ、彼女の才能に関しては折り紙付きですからね~。ご安心を~。ただ、問題は別の場所にありましてね……」
「どこ?」
「彼女は独特の価値観を持っているために~、よく人と対立するんですよ~」
致命的な欠陥がある人物であった。
「まあ、とりあえず人の使い方は後で構わないから人材を集めよとのことだし、あてがあるのならその人も声を掛けましょう」
「元皓殿~、あなたからはどうなされます~?」
「私、私は……。とりあえずそこら辺探してみるよ」
探している猫じゃないんだからと心中では思ったものの沮授はそれ以上何も言わず、黙って田豊を見送った。
「はぁ~~~」
珍しく田豊は酒場に行き、酒を頼んで飲んでいた。
普段はあまりこう言った場所が好かず、飲みに来ない田豊だが、今日に関しては無性に飲みたくなったのだ。
「よう、嬢ちゃん! そんなため息付いてどうしたんだい? 幸せが逃げるぜ!」
近くにいた若い兄ちゃんが気を利かせて田豊に声を掛けた。
「いや、お兄さん、私もね一生懸命働いてきたわけですよ」
そう言いながら普段の仕事の愚痴や人間関係、仕事に関することなどを話した。
もちろん、詳細に関しては言わず、機密に関わるようなことは言っていない。しかし、話せることに関しては話しきった。
その兄ちゃんはしきりにうんうんと頷いて、田豊の話を真剣に聞き入っていた。
そして話を聞き終えた後に田豊に向け、真剣に言った。
「嬢ちゃん、若えのに頑張ってるな」
「いえ、私なんかまだまだ……」
「でも袁刺史様の配下の文官様だろう? 仕事も多くて大変なのにようけ頑張っとる」
だがな……と言葉を続ける。
「嬢ちゃん、時たま気を抜くことも大事だぜ!」
その言葉に田豊は何か救われた気がした。
「お兄さん、ありがとう!」
そう言って田豊は酒代を払い、その場を後にした。
酒場にはその兄ちゃんが一人残された。
彼は先ほどの田豊の話を聞きながら、驚かされる部分があった。それは袁紹に関する愚痴は何一つ出てこなかったことだ。大体の人間は多少なりとも上司に文句を持つものだが、彼女にはそれがない。
「あんな若く優秀な子が必死で仕える袁刺史ってのはどんな方なんだろうかね~。いっちょ動いてみますか!」
彼の目には店の近くに立てられた人材募集が書かれた板が映っていた。
どうにか賈の字を出してきました。