田豊が酒場に行った次の日、いつも通り登庁すると役所の中がいつもより騒がしくなっていた。
「どうしたの?」
近くにいた文官の1人に尋ねた。
「これは田元皓殿、実は今朝新しい文官希望の方がいらしたのですが……」
「その人がどうかしたの?」
「実は即採用となり人事の仕事を受けたのです」
「それがこの騒ぎと同関係があるの?」
「彼は配属になるなり抜本的な組織改革を行い、今までの採用方法を根底から覆してしまわれたのですよ」
「え! そんなことが許されるの!」
「ええ。何でも逢元図殿直々の許可とかで……。あ、私は仕事がありますのでこれにて……」
そう言って文官は足早にその場を後にした。
「抜本的な改革を許すほどの人物って一体……」
そう言って田豊は仕事の執務室へ向かおうとすると向かいから男が1人向かってきた。
「おお! これは嬢ちゃん! 昨夜ぶりで!」
「あなたは……!」
田豊は目を見開いた。その人物は昨夜、酒場で語り合っていた兄ちゃんだったのだ。
「何故、ここに?」
「昨日、嬢ちゃんの話を聞いていても発ってもいられなくなって思わず仕官しちまったよ!」
「思わず仕官しちまった……ってあんたどういうつもりよ!」
「こういうつもりよ」
「大体、嬢ちゃんっ私は仮にもここの人事関係を取り仕切る部署の上役をやっているのだけれども!」
「どっこい、これが複雑な話が合ってだな。分かりやすく言うと俺は嬢ちゃんの上司になった」
「上司になった! 嘘でしょ!」
「しっかり書簡ももらっているぜ!」
そう言って彼は脇に抱えた書簡を取り出した。
そこには確かに田豊と沮授は彼の指示に従うよう明記してあり、逢紀のサインまで書かれている!
「直接問いただしてくる!」
そう言って、田豊は直接逢紀の所に聞きに行った。
「あ、嬢ちゃん! ってもう行っちまったか……」
「元図殿、これは一体どういうこと!」
田豊は逢紀の部屋に入るなり開口一番そう怒鳴った。
「元皓殿、来ると思っていましたよ」
逢紀はため息をつきながら、田豊を見る。
「あの人事は妥当です」
「なぜ、あの仕官したての人間がいきなりあのよう重役に来るのですか!」
「彼から名を聞いておらぬのですか?」
「は、名ですと?」
「そうです。ならば、私から言いましょう。彼の名は陳羣、字を長文と言います。あなたなら聞いたことぐらいはあるでしょう?」
「まさか、あの清流派の一人の……」
「そうです。その陳羣です」
その瞬間、田豊はしまったと思った。
陳羣と言えば高名な孔融にすら認められたほどの才能の持ち主だ。その能力はお墨付きであり、漢全土においても名は高い。
その陳羣に無礼な振る舞いをした田豊はどうなるであろうか。
考えただけで身震いをする。
すぐに無礼を詫びるべく、逢紀の部屋を飛び出した。
「全く、せっかちなのですから……」
フフッと苦笑をしながらその後ろ姿を見送った。
「誠に申し訳ありませんでした!」
田豊は陳羣の元へ到着するなり、深々と頭を下げた。
「お、嬢ちゃん! 別にそんな気にしてねえから良いよ! それよりも仕事だ、仕事!」
そう言って大量の書簡を田豊に手渡す。
「これらを昼飯までに裁ききってくれ!」
最高の笑顔で言った。
「やっぱりアイツ鬼だ……」
田豊は机の上でグデッとしながら同僚の沮授に言った。
「ま~、仕事はとても良く出来る人みたいですしね~。能力を見込んだ上で仕事を振り分けているのでしょう~」
「だけど田中殿の時はこんなに仕事はなかったよ!」
「彼の部署は少し特殊ですよ~」
そんなことを話していると彼女らの部屋に話していた田中が入ってきた。
「陳長文殿はどこにいらっしゃる?」
「先ほど逢元図殿に話があると出て行かれましたよ~」
沮授が返答をする。田中は沮授を見た後、横にいた田豊を見て苦笑しながら言った。
「仕事は大変でしょう?」
「田中殿、まさかこれを知っていて!」
「は~てどうでしょうかな?」
田豊はガバッと起き上がり田中に怒鳴った。
「何と人が悪い!」
「まあ、あなた方の能力は高すぎるのでそれくらいの職務の方がやりがいがあるでしょう?」
「むう」
実際、田中の言うとおりであるから言い返せない。
田中の部署は情報がこない限り仕事のやりようがない上に田中のみで殆ど片付いてしまうために田豊達は退屈していたのは事実だ。
「まあ、ちょうど私も元図殿に用事があったし、私もそこへ向かおう」
そう言って田中は逢紀の執務室へと向かった。
「田中です。逢元図殿と陳長文殿にお話がございます」
「良いですよ、入りなさい」
田中が逢紀の執務室に入ると陳羣と逢紀と意外なもう一人の人物が立っていた。
それは田中の主である袁紹だ。
「これは袁刺史様、失礼いたしました!」
「いえ、構いませんわよ。今まで迷惑を掛けましたわね」
そう言って優雅に髪を払いのけながら田中に言う。
「あまりお変わりなく安心しました」
「当たり前ですわ! 私は健康に関しては人一倍気を遣っておりますのよ! オ~ホッホッホッ!」
そう言って高笑いをする袁紹を見ていつも通りの袁紹だと言うこと確認し、胸をなで下ろした。
「所で用事とは何があったのですか?」
逢紀が田中に用件を聞く。
「実は間諜の人間をもう少し増やして欲しいのです」
「ほう。何故です? あなたの所には相応の人数を与えていると思いましたが……」
「実は現在、周辺の諸侯の動きなどが活発化してきておりまして、正確な情報収集のために更なる間諜の増員が求められておるのです」
「それで私と長文が同時にいるところに来たのですね」
「ええ。その通りです」
「どう思います、長文殿?」
「むしろ推奨いたします。この乱世において情報を手に入れることは必須です。更なる増員を行いましょう」
「袁刺史様は何かございますか?」
「良きに計らえ」
「御意!」
そう言って田中の間諜の更なる強化が行われたのであった。