「一体今、何をやっているのですか?」
賈詡は呆けたように言った。田中に策があると言ったがために何かしらとんでもない策を期待していたのに蓋を開けてみれば、ただの物探しという衝撃的な策に半分呆れ、半分驚きの感情が入り交じっていたのだ。
「何って、この武具がどこの物かを調べているのですよ」
しれっと答える田中の表情はさも当然と言わんばかりだ。
「策ってまさか、これのことだったの!」
「ええ。もちろん。むしろこれ以外に何を考えていると思われたのですか?」
「当然、敵に何かを仕組むなり何なりと手はあるでしょう!」
賈詡がついにキレた。この行為が余りにもばからしい行為に見えて仕方が無いのだ。
「何なりって何を言っているのですか? これは一番敵を見分ける上で確実かつ早い方法ですよ」
「何故! こんなのただ武器を見ているに過ぎないじゃ無い!」
「武器を見ているだけですと」
田中は若干眉をつり上げた。
「この武器が何を示すのかお気づきにならないのですか?」
「当然でしょう! むしろ何が分かるの!」
「武具はその産地特有の特徴を持っています。またそれらに使われた鉄もまたしかりです。これからどこで作られた物なのかを割り出し、その地域で最近何か大きな商売相手がいなかったかを探して、敵を探るのです。敵は当然直接探りに来ると思って身構えているはず。ですから敢えて直接行かずに間接的に探しに行くのですよ」
田中が言っているのは現代の警察などが行う調査に近い。
実際、情報戦というのは策を練って空いてから引き出すことや敵の本拠地に忍び込んで得るといった派手な方法よりもこうした手元にある情報から地道に探していく地道な方法の方が多い。
「でもそれだけでは分からないでしょう!」
「ええ。もちろん。ですからこれ以外にも馬や賊の使っていたありとあらゆる道具の産出場所などを洗いざらいに調べていてそれらを複合的に判断して敵を特定します」
「賊が使っていたのがばらばらだとしたら?」
「それはありません。既に腕の良い職人数人に鑑定をお願いしましたが、皆が賊の使っていた防具の大半に共通の特徴があると言っていました」
「……」
賈詡はその田中の地道な作業に若干呆れたものの、手堅く確実な探り方には素直に驚嘆していた。
(ただ、トチ狂ってやった行為かと思ったけど、中々に考えられている。この男、思った以上にやるわね)
賈詡が田中を見る目が少し変わっていくことに気付く者はいなかった。
その夜、一筋の星が天をよぎった。その明るさは各地を真昼の如く照らしだし、各地の人々は貴賤上下の差別なく誰もが恐れおののいた。その星は大陸のある地点に落下する。
それは黄巾の乱や反董卓連合で活躍した劉備の統治下にあった東郡の地であった。
その流れ星はやがて中華全土を揺るがす存在になることはまだ誰も知らない。
二日後、ようやく全ての情報をまとめ上げ田中は賈詡の元へとやってきた。
「結果が出ました」
「どうだったの?」
「まず、武具の原料となる鉄などが作られたのが幽州にある漁陽郡であることが分かりました」
「え、漁陽郡と言えば公孫瓉統治下の地域じゃないの!」
「ええ。既にその地の調査へ赴かして調査中であります。ですが、漁陽郡は鉄が取れる地としては有名な土地。彼の地から別の地へと移動してから加工した可能性もあり得ます。なお、武具の生産地に関してはただいま特定中でありまして、近いうちに分かるものと思われます。また他の物品に関しましてもやはり幽州が原産のものが多い事が分かりました。ただし、そのどれもが幽州原産とは言えど中華全土で取引されている物であり、公孫瓉が原因と断定できない上、可能性は低い状況です」
「まあ、当然ね。公孫瓉にとっては前回の戦闘の被害から全く立ち直れていないのに、現在の状況で我々に反抗する利点があまり無いもの。と考えれば、怪しいのは袁術陣営のどこか、劉虞、黒山賊。代表的な所でそんなあたりかしら」
「周囲は敵だらけでありますね」
苦笑交じりに田中は言う。
「何せ我が陣営はおそらくこの中華においては最強の存在。敵も周囲を囲って叩くしか方法は無いのでしょう」
賈詡がそう言って田中に聞く。
「さて、この戦乱の時代に際して、最も力のある袁刺史は何か手を打とうとしないのかしら。そうね、例えば天子に上奏文をしたためて、各地の諸侯に勅令を出してしまえば多くの流血無く戦乱の世は静まるのでは?」
「さあ、私には分かりかねますな。袁刺史様は我らが主、そう簡単に胸の内を開くような口の軽いお方ではありませんので。ですが、袁刺史様の願いは民の安寧。それには変わらないでしょう」
田中は賈詡の問いを躱し、逆に聞いた。
「しかし、董相国殿こそ、あれほどの軍勢を持ちながら別の地にて旗揚げなり何なりをやらない理由は何なのです? あれほどであれば十分、一大勢力を築ける上、武官、文官は優秀な人が多く、それこそ貴殿が言う流血を伴わない善政を敷くには十分な体制なのでは?」
「かつて袁刺史にお助け頂いた身。董相国は袁刺史にそのような感謝の思いを絶えず抱いており、袁刺史の傘下として全てを捧げる覚悟だそうよ」
賈詡はそう返すとそれ以上は話そうとせず、用があるとその場から立ち去った。
「そうですか、ですが私は決して信用はしたりはしませぬよ。たとえ我が陣営の誰もがあなたたちを認めようとも……」
田中にはある考えを抱いていた。それはいずれ董卓が袁紹の最強の敵となり得る可能性があることだ。
先ほどは言わなかったが今回の賊の騒動に関与していた人物達の中に董卓達も入っている。袁紹達が消えて喜ぶ者は何も袁術や曹操達だけでは無い。
恐らく一番得するのは董卓であろう。袁紹が消えたとすると大した被害を出さずに肥沃で人材も豊富なこの冀州の地を手に入れることが出来る。
袁紹達の身の中に潜む蛇と言った表現が董卓を示す一番合っている表現であろう。
もちろんこちらが警戒していることがバレれば、面倒なことになる。そこで機密情報を取り扱うような重要な地位に賈詡のような董卓側の人間を当てることで、敢えて董卓達の目を眩ます狙いがある。
しかし、董卓達も先ほどの質問から分かるように油断しきっているわけでは無い。恐らく先ほどの田中への問いは一見は普通の政治の質問に見えるが、あの真意は天子を利用する気があるかないかの確認であった。彼らもあたこちらを信用しきっているわけでは無い。田中はそれに気付き、曖昧にして返答をしたのだ。
これを完全に否定をすると袁紹はこの戦乱の世において何の手も打とうとしないうつけという評価を受けてしまう。
明らかに先ほどの質問には田中達袁紹陣営の人間を試す意味が込められていた。
(賈詡か、曹操を追い詰めた謀臣に気を許すことはできないな)
190年7月中旬。袁紹は一大勢力になっているとは言えどその力は未だ確固たるものではない。