袁紹を活躍させてみようぜ!   作:spring snow

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第六三話 袁紹からの使い

 部屋に入ってきたのは中背中肉の男だ。

 

「袁紹の使者だと……。今更何のようだ?」

 

 張燕は焦りを使者に悟られないようにゆっくりとした声で尋ねる。

 

「私の名は田中。袁大将軍配下の者だ」

 

 張燕は聞いたことがない名に一瞬、戸惑うが、すぐに思考を元に戻す。

 

「で、田中と言ったな。もう一度聞こう、用件は何だ?答えないなら、この場で肉塊になってもらうが……」

 

「他でもない。無駄な血を流す必要はない。降参しろ」

 

「何だと?」

 

 ある程度予測できていた言葉に張燕は落ち着きを払ったまま、聞き返す。

 

「袁大将軍は人が傷付くことを大変嘆いておられる。このたびの出兵もかなり躊躇っておられたほどだ」

 

「降伏だと! なめたことを言うでない! 私は百万の黒山賊の頭領、張燕だ! 死んでも降参などはせん!」

 

「未だにそのような妄想にしがみつくか、張頭領。既に百万の勢力がないことなど分かっておる。降伏しても貴殿や部下達の命、名誉共に保証しよう。例外は以前、我が領地をおそった者達のみだ。それ以外の者に危害を加えるつもりはない」

 

「貴様らの軍勢など恐ろしくもない。百万は確かにいないが、あの程度の兵力など一万いれば十分だ! 来るたびに返り討ちにしてくれる」

 

 張燕は決して弱みを見せようとしない。

 百万がいないことは、ほとんどの人間が知っていることだ。その程度の情報がバレたくらいでは問題にならない。

 

 田中と名乗った男は静かにその部屋を歩いて、近くの窓を見た。

 

「ふむ。実に景色だ」

 

 張燕が籠もっているのは晋陽だ。この町は北、東、西の三方向が山で囲まれており回り込んで後方から突くことがしづらい地形となっている。無論、山の頂上を占拠すれば良いのだが、そこには当然堅牢な陣営が築いてあり容易には落とせない。

 言わばここら一帯が巨大な要塞となっているのだ。

 そうした要塞だが、自然が豊かな土地であり、河が市街を流れ、その光景は歌にでも出てきそうなほど美しいものである。

 

「これほど美しい景色が火に包まれることになるやもしれないとは嘆かわしいことだ」

 

「何を言っている? おまえらの地からこちらを攻撃しようとすればこの山を越えるしかない。しかし、そこには数多くの陣が築いてあり、ここにたどり着くまもなく撃破されるであろう。この地が火に包まれることなどない!」

 

「いや、間違いなくあるな。そもそも一体、誰が貴殿らを攻めるのが私たちだと言ったんだ?」

 

「何?」

 

 その瞬間、一人の二人間が部屋に駆け込んできた。

 

「報告します! 異民族の軍が山を越え、我が方に攻め入ってきました! その数はおおよそ十万ほど!」

 

 本来であればこうした場で報告すべきではないと叱咤すべきなのであろうが、あまりの事態に張燕は思わずしこうが停止してしまった。

 本来であれば異民族対策として数万ほどの兵力を国境付近に貼り付けてあるのだが、袁紹との戦闘に備えてかなりの兵力を引き抜いてしまったのだ。それを勘づいた異民族がこちらに攻め込んできたのであろう。

 引き抜かれる前ですらこれほどの兵力相手では苦戦は必至であるにもかかわらず、少なくなった兵力で抑えきるなどとても不可能であろう。

 

「田中、貴様図ったな!」

 

 張燕はそう言って田中の首を切ろうと剣に手をかける。

 

「何をおっしゃられる。私は何もしていない。こうなることなど火を見るより明らかであろう」

 

 田中は特段抵抗もせず、張燕をまっすぐ見つめ返す。

 

「我が軍は現在、公孫瓉と劉幽州牧らと協力し、異民族への圧力を強めている。現在北方方面は寒冷化の一途をたどっており、食うものにすら困っているらしい。だが、南には強力な部隊がいる。そん中で兵力が少なくなった地を見つければ奴らが何をするかぐらい分かるであろう?」

 

 田中は各地の情報を集めていく中で異民族への対策に頭を悩ませていた。

 何せ北方の公孫瓉は異民族対策のプロとは言えど、繰り返される異民族の侵攻は着々とこの地の国力を奪っていた。

 そこである程度異民族の情報を集めていて、この策を思いついたのだ。

 

「どうする? 我が軍を受け入れれば、貴殿らに変わり奴らを撃退しよう」

 

「降伏しなければ?」

 

「言うまでもない」

 

 田中はぴしゃりとはねつけるように言う。

 

 張燕は少し考えてから、言った。

 

「分かった。降伏しましょう。どうかこの町を、部下を守ってやってください」

 

「ご英断、感謝いたします。すぐに我が軍勢を手配しましょう」

 

 そう言って田中はすぐに部屋を出て行った。

 

「良いのですか?」

 

 副官が張燕に尋ねる。

 

「もう暴れ回るのはこれまでだ。奴には勝てない」

 

「どういうことです?」

 

「先ほど奴はさらりと言ったが、我が軍が辺境から兵を動かしたことを知っていた。これは異民族にバレると危険なためかなり極秘で行われたものだった。しかし、奴はそれをさも当然のように知っていた。つまり我が軍営の動きは敵に筒抜けと言うことだ。そのような敵と戦って勝てるはずはない。であれば早めに降参をしてしまったほうが被害は少なくすむ」

 

「敵はそんなことまで……」

 

「とりあえず話は後だ。各地の守備部隊に伝えろ。袁軍を攻撃するな。それから各地の兵力を集め、異民族からの防衛戦に備える」

 

「御意!」

 

 袁紹、張燕連合軍と異民族との初対戦がいよいよ始まろうとしていた。

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